身体によって喜怒哀楽がひらかれてゆく 08−10号 西田尭インタビュー


―八十二歳で益々お元気に現役!気をつけておられることはなんですか?

西田 毎日鍛錬してますよ!例えば50回跳躍する…。これをやっててある時、息切れがするのに気づいて、タバコやめちゃったの。振付けの合間にふかすのも、良かったんだけどね(笑)。
でも他は何も気にしない。健康というような意味ではね。
 最近でこそ教えるのは週に3回になったけれど、以前は休みなく、昼と夜に稽古をしていたんだよ。代稽古はしない主義でね。江口隆哉先生もそうだった。モダンダンスは言葉で指導できる部分は本当に少ない。必ず自分で動いてみせるんだよ。で、みながそれを見て動く。私の身体や動きを目標にして動くんだ。これは指導者が常に自分を鍛えていなければならないということにも繋がる。たえず「はっ」とさせる動きを生み出してゆかなくてはいけないのだから。

―教える現場も鍛錬の場。真剣勝負ですね。常にその真剣勝負が可能な秘訣はなんでしょう?

西田 絶えず動きのこと、身体のことを考え続けています。とにかくずっと、様々な身体のことを。人間の身体は不思議の塊だ。指先ひとつとっても、じっと見つめると無限の可能性を秘めている。何もしていないときはたいていそんなことを考えている。おかしいね(笑)。

―先生の振付けには、西田式と言いましょうか、独特の手指の表現が必ず出てきますね。

西田 そうだね。手足指は今までずっと考えてきたことなのだけれど、最近気づいたことがある。人間は前を向いて生きている。前を向いて行動し、前を向いて表現し、前を向いてものを見る、つまり表現を受けとめているんだけれども、待てよ、背中もあるぞってね。「親の背中を見て育つ」というのは馴染みのある言葉だけれど、背中の表現、背中にでる感情、背中をみる心。これを一度しっかり探求してみる価値がある。

―先生の作品の「和」テイストに惹かれる人もいます。身体の探求と「日本的」の間には関係があるのでしょうか?

西田 日本の芸能の源流、ひいては文化の源流に興味があってね。出雲阿国、田楽神楽、天の岩戸伝説…。最近では鵜飼が部落差別に起因しているということを読んで驚いているところです。伝統芸能も見るだけでなく、研究しないといけない。我々のこころを形づくるものを繙くことは大切だからね。

―源流と言えば、先生の先生、江口隆哉先生はマリー・ウィグマンに師事したということですが、日欧の身体観の違い、あるいは共通点として感じられたことはありますか?

西田 ヴィグマンを代表としたモダンダンスは明治時代に日本に入って来たのだけれども、ヨーロッパのやり方は、何を表現するかを決めて方法を考える。あることを表現するために動きや音を工夫する。僕も以前は例えば「嬉しい!」っていう中を作って、動きをやっていた。ところが今は、特に稽古は、まず動きからやっていく。ぱぁっと(腕を広げて)こうやると、感情もぱぁっとね。こんなふうに(ちぢこまって)とか、こんなふうに(読者の皆様ごめんなさい、言語化できません。八木ひとり至福のときを過ごさせて頂きました。)、なんてリズム感やスピードの違いをじっくりやっていく。そうするとね、感情が開かれてくるんだよ。人間の喜怒哀楽が芽吹いてゆく。こういう中身のある動きをしなくちゃだめなんだよ。そのためにはやはり相当の訓練が必要なんだね。

―能などの稽古で、様式美を獲得してゆく道筋とつながりますね。成長してゆくからだ、自分の意のままにならない猛々しいからだ、巧緻性を極めた熟練のからだ…と、さまざまな身体とつき合ってこられたところから生まれたものでしょうか。

西田 僕も昔はパーンと脚挙げたりね、うわっと跳んだりするのが好きだったんだけれどね(笑)。
 最近、コンクールで優秀な成績を上げている人でも、例えばただ歩くだけのことができない人が増えてきたように思う。足を挙げたり回ったりすることはとっても上手なんだよ。だけど舞台袖から登場しても「はっ」とさせられない。 作品を創る時もそうだけれど、「あのような気持ちでうごく」ことが感情表現ではなく、動きが内容をきちんと伴っていること、動きの中で感情が生まれていることが大切なんだよ。

―開かれてゆく感情と身体、と聞きますと、今まさに社会が必要としている「命の実感」を思い浮かべるのですが。

西田 うん、ここのところ、毎日のように刃物で人を傷付けたというニュースがあるじゃない。秋葉原の事件もあったね。秋葉原っていう町はね、昔は僕ら踊りや演劇をやっている人間の行く場所だったんだよ。

―え? あの秋葉原ですか?

西田 そう。ほら、録音したりするのに機材が必要でしょ?部品買ってきたりして、みんな自分たちでやっていた。だから著作権というのにも敏感だった。作者への当然の敬意だからね。
 僕はね、コンピュータもメールというのも一切やらない。持ってないからこそよく見える部分がある。急がず、いちばん遅れてひたすら歩く。毎日歩きながらじっと見ているとね、いろいろなことに気づかされる。歩いている人間は眼中に無く、ただただ前を急いで傍若無人な運転をするトラックなどを見ていると、人間はどうしてこんな車みたいなものをつくり出したんだろう。人間は本当に進歩しているのか?ってね。生きるからだを置き去りにした社会が見えてくる。
 とにかく歩く。歩いているときにアイデアがふっと浮かぶこともよくある。脳が活性化するのかな。

―古代の哲学者たちのように、歩くことにはなにかそうした効果があるのかも。自然のスピードが情報の流れを有機的に統合してゆくといった…
 ところで、西田尭舞踊団は優秀な男性舞踊手を輩出してきたことでも有名ですが、なにか特別な思いを持って育てていらしたのですか?

西田 僕はもともと男の踊りが好きでね。若い頃は土方巽とか若松美黄、大野一雄なんかと一緒に稽古した。それぞれみんな面白いことやる奴らでね。いろいろやったなぁ。切磋琢磨というが、まさにそうだった。金井芙三枝さん正田千鶴さんなんかも一緒だったね。このかたたちは今も立派に頑張っておられて、本当に嬉しいですね。
 西田舞踊団は男性だけではじまったんだが、その中には文学座や俳優座の演劇人がいた。その後、東京ボードビルショーのメンバーが参加したりしてね。その後の上田遥君や大神田正美、松永雅彦、伊藤拓次君らもがんばっている。しかし若い人たちには、もう少し独自性を発揮してほしいね。ユニークな作品を作り続けてほしい。

―多様な仲間の中で、内容つまり価値観を伴った動きを互いにぶつけ合うことでユニークネスが磨かれる…ですね。
 読者にメッセージを。

西田 ツーステップができないなんていう人がふえている。子どもの頃、楽しくて楽しくてスキップした、なんていう経験がないんだね。楽器を演奏してもメロディーを表面的に追っているだけ。身体の中にリズムがない。こうした身体の中からのリズム体験を是非たくさん、子どもたちにさせてやってほしい。ヴィグマンもグラハムも、長命で生涯現役だった。ゆたかな身体リズムと身体表現の探求は長生きのもとかも知れませんね。

―このほか作品「祖国」創作の原点、インド舞踊やヨガ、京劇の身体技法、團伊玖磨さんの最後のオペラのお話しなど、多岐にわたる貴重なお話をたくさんうかがいました。(七月十九日インタビュー)