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非常事態宣言3日目-2 2006年2月26日 | |||||||||||||||
「海兵隊は結束」と司令官代行 26日午後10時すぎ、海兵隊のアリャガ司令官代行は、タギッグ市の海兵隊本部を出る際、記者団に「海兵隊は指揮命令系統に従い、結束している」と語った。 同司令官代行は同本部内で数時間にわたって、クーデター計画関与が疑われているケルビン海兵隊大佐や同本部メーンゲートを占拠した部隊の指揮官らとの話し合いを続けた後、同本部を出た。 ケルビン大佐らは同本部内にとどまっているもよう。 アリャガ司令官代行が出た後、同本部メーンゲート周辺に詰め掛けた市民団体関係者らも一斉に撤退した。 海兵隊部隊に占拠されたメーンゲートの内側には、海兵隊員約500人が待機している。ゲート外側では、海軍兵士や警官ら約200人が警戒を続けているが、一時の緊迫した空気はすでにない。 アリャガ海兵隊司令官代行は26日午後、解任されたミランダ前司令官から指揮を引き継いだ。前司令官解任の理由は明確になっておらず、ケルビン大佐らが解任に疑義を呈している。(26日午後10時55分、マニラ新聞) 「冷静な判断に感謝」と報道長官 海兵隊本部の占拠事件が流血などの事態を招くことなく収束したことを受け、26日午後11時30分すぎ、ブニエ報道長官は「(海兵隊幹部らの)冷静な判断に感謝する。(占拠部隊と交渉した)アリャガ海兵隊司令官代行は正しい。国軍は特定の利益のため利用されてはならない」との声明を携帯電話の文字メールを通じて発表した。 占拠事件では、ケルビン海兵隊大佐らが海兵隊司令官解任に抗議して同本部内施設に立てこもった。アリャガ司令官代行らとの交渉の結果、同日午後10時すぎに占拠解除に応じた。 同大佐の呼び掛けに応じて同本部周辺に集まった市民団体関係者らは交渉成立を受けて順次解散。 ケルビン大佐は同日午後11時すぎに海兵隊本部を去り、本部メーンゲート周辺に配置された装甲車数台も間もなく撤収した。(27日午前0時10分、マニラ新聞) 無血占拠解除の内幕明らかに タギッグ市の海兵隊本部占拠事件で、海兵隊将官の1人は27日未明、マニラ新聞の電話取材に応じ、わずか6時間あまりで無血占拠解除に至った交渉の内幕を明らかにした。 将官によると、26日午後8時ごろから約2時間続いた交渉の軸になったのは、26日にミランダ前海兵隊司令官から指揮を引き継いだばかりのアリャガ司令官代行(准将)。 同司令官代行は、前司令官解任に抗議して本部施設を占拠したケルビン前海兵隊第1旅団長(大佐)を前に、旅団長クラスの佐官5人に電話などで連絡を取り、「政治とは無関係に、指揮命令系統に従って中立を守るかどうか否か」で二者択一の決断を求めた。 これに対し佐官5人はいずれも「指揮命令系統に従って中立を守る」と回答。決起を期待して占拠事件を起こしたケルビン大佐は逆に孤立し、占拠解除に応じざるを得ない状況に追い込まれた。 佐官五人は、ケルビン大佐の後任の第1旅団長と第2、3旅団長ら。 ケルビン大佐の「計画」が失敗した背景について、この海兵隊将官は、同大佐が24日のクーデター計画発覚後に旅団長を解任されたことを第1に挙げ、「海兵隊員は現職の上官の命令に絶対服従するよう訓練されている。(前旅団長の)ケルビン大佐の呼び掛けに応える(元部下の)将兵はほとんどいなかったに違いない」と語った。 自らの命令に従う直属の将兵らを失ったことで、旅団長クラスの佐官5人の「決断」を後ろ盾にしたアリャガ司令官代行に押し切られる形になったという。 交渉終了後に海兵隊本部を出る際、同司令官代行は記者団に「海兵隊は指揮命令系統に従い、結束している」と強調。 また、ブニエ報道長官は26日午後11時半すぎ、「(海兵隊幹部らの)冷静な判断に感謝する。アリャガ海兵隊司令官代行は正しい。国軍は特定の利益のため利用されてはならない」との声明を出して、海兵隊幹部の「決断」をたたえた。(27日午前1時20分、マニラ新聞) |
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