40年ぶりの奈良“観光”…
2009/03/26 Thu 格納先: Travel
地域医療の再編をめぐって全国各地で様々な問題が起きている。
次回作はそれがテーマで、
昨日は岩手(雪が降っていた)、今日は奈良(桜が咲いていた)…と取材に飛びまわっている。
きょうは新幹線で名古屋あたりまでさしかかったところで、
取材先の奈良県地域医療連携課の方から電話をもらった。
急な用件が入ったので、13時だった約束を夕方に延ばして欲しいとのこと。
そんなわけで時間ができたので、奈良の街を歩いてみることにした。
幸い、奈良県庁のすぐそばに興福寺や東大寺、奈良公園がある。

この街には、数年前、「奈良そごう」が潰れたときに取材に来ているが、
“観光気分”で街を歩くのは…考えてみれば、「久しぶり」どころの話ではない。
中学校の修学旅行で、京都、奈良、大阪万博をめぐって以来のことなのである。
1970年だから…ほとんど40年ぶりということになる。
そんな昔の話だから、街並みなど記憶しているはずがない。
大仏を見て「やっぱり、でかいなあ…」と思ったという朧げな記憶のほかには、
鹿がやたら多かったということだけが頭に残っている。
鹿はいまもやたらに多く、糞を踏まずに歩くのは困難で、閉口した。
奈良県庁と東大寺のあいだに氷室神社という小さな神社があって、枝垂れ桜が満開だった。

ソメイヨシノはまだ半分も咲いていない樹が多かったから、枝垂れ桜の方が早いのかもしれない。
…これは、なんとなく意外な気がするのだが。
いずれにせよ、アポイントメントがズレて花見ができたのは思いがけない幸運だった。
次回作はそれがテーマで、
昨日は岩手(雪が降っていた)、今日は奈良(桜が咲いていた)…と取材に飛びまわっている。
きょうは新幹線で名古屋あたりまでさしかかったところで、
取材先の奈良県地域医療連携課の方から電話をもらった。
急な用件が入ったので、13時だった約束を夕方に延ばして欲しいとのこと。
そんなわけで時間ができたので、奈良の街を歩いてみることにした。
幸い、奈良県庁のすぐそばに興福寺や東大寺、奈良公園がある。

この街には、数年前、「奈良そごう」が潰れたときに取材に来ているが、
“観光気分”で街を歩くのは…考えてみれば、「久しぶり」どころの話ではない。
中学校の修学旅行で、京都、奈良、大阪万博をめぐって以来のことなのである。
1970年だから…ほとんど40年ぶりということになる。
そんな昔の話だから、街並みなど記憶しているはずがない。
大仏を見て「やっぱり、でかいなあ…」と思ったという朧げな記憶のほかには、
鹿がやたら多かったということだけが頭に残っている。
鹿はいまもやたらに多く、糞を踏まずに歩くのは困難で、閉口した。
奈良県庁と東大寺のあいだに氷室神社という小さな神社があって、枝垂れ桜が満開だった。

ソメイヨシノはまだ半分も咲いていない樹が多かったから、枝垂れ桜の方が早いのかもしれない。
…これは、なんとなく意外な気がするのだが。
いずれにせよ、アポイントメントがズレて花見ができたのは思いがけない幸運だった。
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岩手へ
次回作(5月24日放送)で自治体病院の再編問題を扱うので、取材のため岩手に向かった。
岩手県には県立の病院と診療所があわせて27ある。
これは全国的にみても極めて多い数字で、いま深刻な医師不足のために再編が迫られている。
具体的には、
5つある診療所を4月から無床化(入院用のベッドを無くすこと)する計画なのだが、
これが去年の11月になって突然おおやけになったので住民や議会の反発が激しく、紛糾している。
東北新幹線で一ノ関に着いて、駅前の蕎麦屋で昼食をとった。

岩手は蕎麦どころとして知られているが、「手打ち」を謳ったこの店の蕎麦も大変おいしい。
大もりで1000円、店内のテレビではWBC決勝の韓国戦が大詰めを迎えていた。
そのままテレビを見ていたかったのだが、そういう訳にもいかない。
県立磐井病院で、付属診療所の無床化を求める院長先生の話をうかがう。
限りある戦力を分散配置していたのでは戦えないという現場の声は至極当然であり、
院長先生の話にも説得力があった。
再び新幹線に乗って盛岡まで入り、駅前の喫茶店で住民代表の話をきく。
それぞれの病院には地域とともに歩んできた歴史があり、
それを効率重視でどんどん縮小されたのでは堪らないという地域感情も充分理解できるものだ。
無床化は明日の議会で可決されることになりそうだが、
“敗北”の後に住民たちがどう地域の医療に向き合っていくのかを見つめてみたいと思った。
夜は盛岡の繁華街・菜園町にあるホテルに泊まった。
駅前からホテルまで歩く途中で目星を付けていた居酒屋「南部どぶろく家」で飲む。
自家製のどぶろく(アルコール分が13度…ワイン並み…だというが飲み口が軽い)に地元の珍味、
日本酒は紫波町の地酒「廣喜」を置いている(ぼくの好みから云えば、少々くどい)。
…ぼくは酒場捜しには鼻が利くのだが、今回もなかなか愉しい店を見つけた。
特に最後に食べた「マンボウギッチョ」(マンボウの小腸を湯通ししたもの)が旨かった。
しばらく岩手に通うことになりそうだから、またこの店で飲む機会があるだろう。
岩手県には県立の病院と診療所があわせて27ある。
これは全国的にみても極めて多い数字で、いま深刻な医師不足のために再編が迫られている。
具体的には、
5つある診療所を4月から無床化(入院用のベッドを無くすこと)する計画なのだが、
これが去年の11月になって突然おおやけになったので住民や議会の反発が激しく、紛糾している。
東北新幹線で一ノ関に着いて、駅前の蕎麦屋で昼食をとった。

岩手は蕎麦どころとして知られているが、「手打ち」を謳ったこの店の蕎麦も大変おいしい。
大もりで1000円、店内のテレビではWBC決勝の韓国戦が大詰めを迎えていた。
そのままテレビを見ていたかったのだが、そういう訳にもいかない。
県立磐井病院で、付属診療所の無床化を求める院長先生の話をうかがう。
限りある戦力を分散配置していたのでは戦えないという現場の声は至極当然であり、
院長先生の話にも説得力があった。
再び新幹線に乗って盛岡まで入り、駅前の喫茶店で住民代表の話をきく。
それぞれの病院には地域とともに歩んできた歴史があり、
それを効率重視でどんどん縮小されたのでは堪らないという地域感情も充分理解できるものだ。
無床化は明日の議会で可決されることになりそうだが、
“敗北”の後に住民たちがどう地域の医療に向き合っていくのかを見つめてみたいと思った。
夜は盛岡の繁華街・菜園町にあるホテルに泊まった。
駅前からホテルまで歩く途中で目星を付けていた居酒屋「南部どぶろく家」で飲む。
自家製のどぶろく(アルコール分が13度…ワイン並み…だというが飲み口が軽い)に地元の珍味、
日本酒は紫波町の地酒「廣喜」を置いている(ぼくの好みから云えば、少々くどい)。
…ぼくは酒場捜しには鼻が利くのだが、今回もなかなか愉しい店を見つけた。
特に最後に食べた「マンボウギッチョ」(マンボウの小腸を湯通ししたもの)が旨かった。
しばらく岩手に通うことになりそうだから、またこの店で飲む機会があるだろう。
長い一日…
2009/03/22 Sun 格納先: Job
きょうは北海道のむかわ町穂別で
診療所の医師体制に関する「緊急住民説明会」が行われるので、6時起きで撮影に行ってきた。
穂別では村上智彦医師の「夕張希望の杜」から医師の派遣を受け、
将来的には「希望の杜」の受託で公設民営化する話が進んでいたが、
条件面(契約期間)で折り合わず決裂してしまった。
当面、医師不在の診療所になる可能性が出てきたので、急きょ説明会が開かれたのである。
すぐに番組化する予定はないのだが、今後のため事態の推移を記録しようとロケに出た。
明日は「夕張 年老いた町で」(25日放送)の完プロ(=字幕入れ)なので、日帰りの出張だ。
13時から始まった町長による経緯や今後の見通しの説明が15時には終わり、
これなら16時40分の便で帰れるなと思っているところに、
「これからが本番です。まだ帰らないでください!」と叫ぶ声。
住民で作る「穂別診療所友の会」の事務局長(元助役)である。
帰りかけていた住民の多くが呼びかけに応じて足を止めた。
演壇の後ろにかけてあった「緊急説明会」の貼り紙が破られると、
その下から出てきたのは「穂別診療所を存続させる町民緊急集会」の文字…!
なるほど、ここからの展開が面白かったのだが、
16時40分の便はキャンセルせざるを得なくなり、
そうすると20時55分の便まで飛行機の空席がないのである。
そのうえ、羽田空港の強風の影響でダイヤが乱れ、フライトがたっぷり1時間以上遅れた。
結局、羽田空港に着陸したのは「ぎりぎり22日」で、飛行機を降りた時には日付が変わっていた。
自宅に帰り着いたのは午前1時20分、
それからひとっ風呂浴びてビールを飲み、ようやく一息ついた。
長い一日だった。
明日の完プロが9時からなので、また早起きをしなければならない。
診療所の医師体制に関する「緊急住民説明会」が行われるので、6時起きで撮影に行ってきた。
穂別では村上智彦医師の「夕張希望の杜」から医師の派遣を受け、
将来的には「希望の杜」の受託で公設民営化する話が進んでいたが、
条件面(契約期間)で折り合わず決裂してしまった。
当面、医師不在の診療所になる可能性が出てきたので、急きょ説明会が開かれたのである。
すぐに番組化する予定はないのだが、今後のため事態の推移を記録しようとロケに出た。
明日は「夕張 年老いた町で」(25日放送)の完プロ(=字幕入れ)なので、日帰りの出張だ。
13時から始まった町長による経緯や今後の見通しの説明が15時には終わり、
これなら16時40分の便で帰れるなと思っているところに、
「これからが本番です。まだ帰らないでください!」と叫ぶ声。
住民で作る「穂別診療所友の会」の事務局長(元助役)である。
帰りかけていた住民の多くが呼びかけに応じて足を止めた。
演壇の後ろにかけてあった「緊急説明会」の貼り紙が破られると、
その下から出てきたのは「穂別診療所を存続させる町民緊急集会」の文字…!
なるほど、ここからの展開が面白かったのだが、
16時40分の便はキャンセルせざるを得なくなり、
そうすると20時55分の便まで飛行機の空席がないのである。
そのうえ、羽田空港の強風の影響でダイヤが乱れ、フライトがたっぷり1時間以上遅れた。
結局、羽田空港に着陸したのは「ぎりぎり22日」で、飛行機を降りた時には日付が変わっていた。
自宅に帰り着いたのは午前1時20分、
それからひとっ風呂浴びてビールを飲み、ようやく一息ついた。
長い一日だった。
明日の完プロが9時からなので、また早起きをしなければならない。