Travel
40年ぶりの奈良“観光”…
2009/03/26 Thu
地域医療の再編をめぐって全国各地で様々な問題が起きている。
次回作はそれがテーマで、
昨日は岩手(雪が降っていた)、今日は奈良(桜が咲いていた)…と取材に飛びまわっている。
きょうは新幹線で名古屋あたりまでさしかかったところで、
取材先の奈良県地域医療連携課の方から電話をもらった。
急な用件が入ったので、13時だった約束を夕方に延ばして欲しいとのこと。
そんなわけで時間ができたので、奈良の街を歩いてみることにした。
幸い、奈良県庁のすぐそばに興福寺や東大寺、奈良公園がある。

この街には、数年前、「奈良そごう」が潰れたときに取材に来ているが、
“観光気分”で街を歩くのは…考えてみれば、「久しぶり」どころの話ではない。
中学校の修学旅行で、京都、奈良、大阪万博をめぐって以来のことなのである。
1970年だから…ほとんど40年ぶりということになる。
そんな昔の話だから、街並みなど記憶しているはずがない。
大仏を見て「やっぱり、でかいなあ…」と思ったという朧げな記憶のほかには、
鹿がやたら多かったということだけが頭に残っている。
鹿はいまもやたらに多く、糞を踏まずに歩くのは困難で、閉口した。
奈良県庁と東大寺のあいだに氷室神社という小さな神社があって、枝垂れ桜が満開だった。

ソメイヨシノはまだ半分も咲いていない樹が多かったから、枝垂れ桜の方が早いのかもしれない。
…これは、なんとなく意外な気がするのだが。
いずれにせよ、アポイントメントがズレて花見ができたのは思いがけない幸運だった。
次回作はそれがテーマで、
昨日は岩手(雪が降っていた)、今日は奈良(桜が咲いていた)…と取材に飛びまわっている。
きょうは新幹線で名古屋あたりまでさしかかったところで、
取材先の奈良県地域医療連携課の方から電話をもらった。
急な用件が入ったので、13時だった約束を夕方に延ばして欲しいとのこと。
そんなわけで時間ができたので、奈良の街を歩いてみることにした。
幸い、奈良県庁のすぐそばに興福寺や東大寺、奈良公園がある。

この街には、数年前、「奈良そごう」が潰れたときに取材に来ているが、
“観光気分”で街を歩くのは…考えてみれば、「久しぶり」どころの話ではない。
中学校の修学旅行で、京都、奈良、大阪万博をめぐって以来のことなのである。
1970年だから…ほとんど40年ぶりということになる。
そんな昔の話だから、街並みなど記憶しているはずがない。
大仏を見て「やっぱり、でかいなあ…」と思ったという朧げな記憶のほかには、
鹿がやたら多かったということだけが頭に残っている。
鹿はいまもやたらに多く、糞を踏まずに歩くのは困難で、閉口した。
奈良県庁と東大寺のあいだに氷室神社という小さな神社があって、枝垂れ桜が満開だった。

ソメイヨシノはまだ半分も咲いていない樹が多かったから、枝垂れ桜の方が早いのかもしれない。
…これは、なんとなく意外な気がするのだが。
いずれにせよ、アポイントメントがズレて花見ができたのは思いがけない幸運だった。
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変貌する春国岱
2009/02/11 Wed
きょうも春国岱(シュンクニタイ)を歩いた。
春国岱については昨年7月25日の日記にも書いたが、
ぼくの大好きな場所で、長年通って写真を撮り続けてきたところでもある。
地盤沈下の影響でアカエゾマツの林の立ち枯れが進み、独特の景観を形作っている。
もともと不安定な自然のバランスの上に成り立ってきた場所だけに、
30年も通っていると嫌でも変化が目についてしまう。
まず、地盤沈下の影響がますます顕著になって、
かつての林が立ち枯れになり、立ち枯れていた木は倒れて湿地になってしまったこと。
春国岱という砂洲そのものが、かつてに比べれば見る影もなく痩せてしまったのである。
「大自然の摂理」とはいいながら、これは淋しい。
そして、冬が暖かくなってしまったこと。
30年ちかく前には、2月といえば風蓮湖の湖面は全面結氷し、スノーモビルで走り回ることができた。
それが今年はあちこちで湖面が顔を出している。
(今年は特に「記録的な暖冬」だそうだが…)
湖の氷に穴を開けて網を仕掛け、チカやコマイを採る「氷下待網漁」も今年はままならない状態らしい。
ここ数年は雪も少なく、街にいるときと同じ足拵えで春国岱を歩くことができる。
歩くスキーをはいて湿地を横切り、砂洲の先端近くまで何キロも歩いたのがまるで嘘のようだ。
そして、理由はわからないがエゾシカがやたらに増えたこと。
(愛機SIGMA DP1は28mmの単眼レンズなので…こういうときは望遠レンズが欲しい。)
根室はもともと鹿の多いところだが、春国岱で見ることは滅多になかったと思う。
それが、最近では、鹿に逢わない日はまずないといっても過言ではない。
この日も、ぼくが木道を歩いていくと、気がついた雌鹿の群れ(仔鹿もいた)が逃げ去っていった。
で、林のなかに目を転じると、そこにも数頭いた。
ざっと数えて、10頭かそこらのエゾシカを見たはずだ。
自然は刻々とその姿を変え、例え現状のままの自然を「保護」したいと考えても、ままならない。
春国岱については昨年7月25日の日記にも書いたが、
ぼくの大好きな場所で、長年通って写真を撮り続けてきたところでもある。
地盤沈下の影響でアカエゾマツの林の立ち枯れが進み、独特の景観を形作っている。
もともと不安定な自然のバランスの上に成り立ってきた場所だけに、
30年も通っていると嫌でも変化が目についてしまう。
まず、地盤沈下の影響がますます顕著になって、
かつての林が立ち枯れになり、立ち枯れていた木は倒れて湿地になってしまったこと。
春国岱という砂洲そのものが、かつてに比べれば見る影もなく痩せてしまったのである。
「大自然の摂理」とはいいながら、これは淋しい。
そして、冬が暖かくなってしまったこと。
30年ちかく前には、2月といえば風蓮湖の湖面は全面結氷し、スノーモビルで走り回ることができた。
それが今年はあちこちで湖面が顔を出している。
(今年は特に「記録的な暖冬」だそうだが…)
湖の氷に穴を開けて網を仕掛け、チカやコマイを採る「氷下待網漁」も今年はままならない状態らしい。
ここ数年は雪も少なく、街にいるときと同じ足拵えで春国岱を歩くことができる。
歩くスキーをはいて湿地を横切り、砂洲の先端近くまで何キロも歩いたのがまるで嘘のようだ。
そして、理由はわからないがエゾシカがやたらに増えたこと。
(愛機SIGMA DP1は28mmの単眼レンズなので…こういうときは望遠レンズが欲しい。)
根室はもともと鹿の多いところだが、春国岱で見ることは滅多になかったと思う。
それが、最近では、鹿に逢わない日はまずないといっても過言ではない。
この日も、ぼくが木道を歩いていくと、気がついた雌鹿の群れ(仔鹿もいた)が逃げ去っていった。
で、林のなかに目を転じると、そこにも数頭いた。
ざっと数えて、10頭かそこらのエゾシカを見たはずだ。
自然は刻々とその姿を変え、例え現状のままの自然を「保護」したいと考えても、ままならない。
インターナショナルな夜
2009/02/10 Tue
13時45分、市立病院前発のバスで根室に向かう。
行き先は、根室市東梅…いつもの春国岱(シュンクニタイ=アイヌ語で「エゾマツの森」)である。
着いたのが15時55分、さっそく宿に荷物を置いて春国岱を歩く。
日没の風景を何カットか撮って、宿(民宿風蓮)に戻る。
「民宿風蓮」は、
バードウォッチングが薨じて根室に住み着いた松尾武芳さん(九州出身)が開いた宿で、
客だった昌子夫人をひっかけて(?)、二人して居心地のいい民宿に育て上げた。
ぼくにとって最も落ち着ける場所であり、もう30年近く(昌子さんとの結婚前から)通っている。
きょうの客は、ぼく以外には、フランス人が4人、イギリス人、ノルウェー人が1人ずつ。
実にもってインターナショナルな顔ぶれである。
松尾さんは…侮る事なかれ…英語を操ってお客さんたちと談笑している。
ぼくは、「英語」と聞いたとたんに胃がでんぐり返る性質なので、会話の輪に加われない。
「Snow Monkey」が話題になっているので、
どんな動物のことかと思っていたら、「雪のなかを温泉に入りにくる日本猿」のことだったりする。
…そのまんまじゃん(笑)。
なぜかヨーロッパでは、
長野県の某温泉地の「Snow Monkey」がことさら有名で、
日本に来たらまずカメラに押さえたい被写体のひとつなのだという。
独り会話の輪に加われないでいるのも落ち着かないので、早々に部屋に引き上げて本を読むことにした。
行き先は、根室市東梅…いつもの春国岱(シュンクニタイ=アイヌ語で「エゾマツの森」)である。
着いたのが15時55分、さっそく宿に荷物を置いて春国岱を歩く。
日没の風景を何カットか撮って、宿(民宿風蓮)に戻る。
「民宿風蓮」は、
バードウォッチングが薨じて根室に住み着いた松尾武芳さん(九州出身)が開いた宿で、
客だった昌子夫人をひっかけて(?)、二人して居心地のいい民宿に育て上げた。
ぼくにとって最も落ち着ける場所であり、もう30年近く(昌子さんとの結婚前から)通っている。
きょうの客は、ぼく以外には、フランス人が4人、イギリス人、ノルウェー人が1人ずつ。
実にもってインターナショナルな顔ぶれである。
松尾さんは…侮る事なかれ…英語を操ってお客さんたちと談笑している。
ぼくは、「英語」と聞いたとたんに胃がでんぐり返る性質なので、会話の輪に加われない。
「Snow Monkey」が話題になっているので、
どんな動物のことかと思っていたら、「雪のなかを温泉に入りにくる日本猿」のことだったりする。
…そのまんまじゃん(笑)。
なぜかヨーロッパでは、
長野県の某温泉地の「Snow Monkey」がことさら有名で、
日本に来たらまずカメラに押さえたい被写体のひとつなのだという。
独り会話の輪に加われないでいるのも落ち着かないので、早々に部屋に引き上げて本を読むことにした。
またしても、北へ
2009/02/03 Tue
番組(「夕張
年老いた町で」)は幸い好評だった。
BSハイビジョンというチャンネルの特質なのか、いままでとは視聴者層がかなり違うようだ。
初めて夕張での村上医師の活動を知ったという新鮮なリアクションが返ってきている。
多くの人が、先入観を抜きに「生と死のドラマ」として番組を見てくださったようで、嬉しい。
きょうからまた二泊三日の夕張出張である。
出演者のなかには、BSハイビジョンが受信できなくて、まだ番組を見ていない人がいる。
御礼かたがたビデオやDVDにしたものを届けにいくのがひとつの目的。
同時に、
隣町の穂別診療所に医師を派遣し始めるなど、
夕張という地域を超えた医療再生に踏み出した「夕張希望の杜」の近況を調べようというものだ。
12時のANAで千歳空港に飛ぶ。
夕張へのJRの接続の関係で、一人のときはいつもこの便に乗るのだが、
考えてみれば、冬のあいだは直通バスがあるので、もう1時間早い便に乗ればよかった。
既に特割で座席を確保していたので、いまさら気がついても後の祭りである。
羽田空港は最近では記憶にないほど人が少なく、
もうじき雪まつりだというのに千歳便には空席が目立っていた。
やはり、不景気がかなり深刻なんだろうな、と思う。
窓から外を見ていると、雲の切れ間に猪苗代湖、そして磐梯山が見えた。
ぼくは北海道とのあいだを頻繁に往復しているが、
雲の多い日でも磐梯山だけは見えることが多いのはなぜだろうか?
夕張での出張の後は、久しぶりに釧路の自宅に戻ってゆっくりするつもりだ。
BSハイビジョンというチャンネルの特質なのか、いままでとは視聴者層がかなり違うようだ。
初めて夕張での村上医師の活動を知ったという新鮮なリアクションが返ってきている。
多くの人が、先入観を抜きに「生と死のドラマ」として番組を見てくださったようで、嬉しい。
きょうからまた二泊三日の夕張出張である。
出演者のなかには、BSハイビジョンが受信できなくて、まだ番組を見ていない人がいる。
御礼かたがたビデオやDVDにしたものを届けにいくのがひとつの目的。
同時に、
隣町の穂別診療所に医師を派遣し始めるなど、
夕張という地域を超えた医療再生に踏み出した「夕張希望の杜」の近況を調べようというものだ。
12時のANAで千歳空港に飛ぶ。
夕張へのJRの接続の関係で、一人のときはいつもこの便に乗るのだが、
考えてみれば、冬のあいだは直通バスがあるので、もう1時間早い便に乗ればよかった。
既に特割で座席を確保していたので、いまさら気がついても後の祭りである。
羽田空港は最近では記憶にないほど人が少なく、
もうじき雪まつりだというのに千歳便には空席が目立っていた。
やはり、不景気がかなり深刻なんだろうな、と思う。
窓から外を見ていると、雲の切れ間に猪苗代湖、そして磐梯山が見えた。
ぼくは北海道とのあいだを頻繁に往復しているが、
雲の多い日でも磐梯山だけは見えることが多いのはなぜだろうか?
夕張での出張の後は、久しぶりに釧路の自宅に戻ってゆっくりするつもりだ。
ふたつの「富士」
2008/12/01 Mon
またしても、出張。
飽きもせず、夕張へ。
午前9時発のANA千歳空港行で飛ぶ。
最近はいつもこの便で、さしずめ、ぼくの“通勤航空機”である。
冬の訪れとともに空気が透明度を増し、飛行機の窓から見える風景が心を踊らせる。
これは「会津富士」と呼ばれる磐梯山。
福島には何度か行ったが、
会津はぼくがまだ足を踏み入れたことがない土地だ。
しかし、飛行ルートに沿っているので、空からの風景には比較的慣れ親しんでいる。
いつか、足を地につけて、訪れてみたいところである。
北海道は晴れ渡っていて、飛行機を降りると暖かかった。
これは勇払原野から苫小牧を望む風景。
写真が小さいので判り辛いかもしれないが、彼方に「蝦夷富士」と呼ばれる羊蹄山がくっきりと見える。
こんなことは珍しい。
よく晴れた冬の日の空の旅は、子供の頃に戻ったみたいに、窓の外の風景にかじりついている。
飽きもせず、夕張へ。
午前9時発のANA千歳空港行で飛ぶ。
最近はいつもこの便で、さしずめ、ぼくの“通勤航空機”である。
冬の訪れとともに空気が透明度を増し、飛行機の窓から見える風景が心を踊らせる。
これは「会津富士」と呼ばれる磐梯山。
福島には何度か行ったが、
会津はぼくがまだ足を踏み入れたことがない土地だ。
しかし、飛行ルートに沿っているので、空からの風景には比較的慣れ親しんでいる。
いつか、足を地につけて、訪れてみたいところである。
北海道は晴れ渡っていて、飛行機を降りると暖かかった。
これは勇払原野から苫小牧を望む風景。
写真が小さいので判り辛いかもしれないが、彼方に「蝦夷富士」と呼ばれる羊蹄山がくっきりと見える。
こんなことは珍しい。
よく晴れた冬の日の空の旅は、子供の頃に戻ったみたいに、窓の外の風景にかじりついている。
胃痛
2008/10/15 Wed
きのうの午後から、突然、胃が痛くなった。
きりきりと食い込むような疼痛ではないが、胃がひどく張って、異物を飲み込んだときの感覚に近い。
夕食はヒラメの薄造りを一皿と温燗の酒二合で、脂汗が出てきたので早々に帰って寝た。
今朝起きるとびっしょり汗をかいていて、
それで症状が軽減しているところをみると「風邪が胃にきた」のだろう。
きょうからまた夕張に出張で、
体調としては多少ツライところもあるのだが、
行き先が病院(診療所)なのでどうにかなるだろうと思い、家を出た。
よくないことは重なるもので、
搭乗したANA千歳便(12時発)のフライトが機材の故障で遅れた。
なんでも搭載しているコンピューターを交換することになったとかで、
交換後の作動チェックの時間も含め、滑走路の端に釘付けになったまま40分以上待たされる。
北海道に着いてから食事をとる気で弁当を買っていなかったのだが、
昨夜はろくに食べていないし、朝は林檎のすり下ろしだけだったから、さすがに腹が減ってきた。
千歳に着いたのが14時15分で、これだけ遅れてしまうと予定していた夕張行の列車には乗り継げない。
田舎のことで、次の列車は2時間後。
南千歳駅で駅弁(「元祖うにめし」)を食べ、待合室でぼーッと待つ。
16時17分の特急(釧路行)に10分ほど乗って、次の追分駅で夕張行の普通列車に乗り換えた。
夕張に着いたのが18時前で、
いまさら焦ってみてもしょうがないので、暗い夜道をホテルまで15分ほどトボトボ歩いた。
幸い、胃痛がひどくなることはなかったが、違和感と鈍い痛みは夜まで続いた。
きりきりと食い込むような疼痛ではないが、胃がひどく張って、異物を飲み込んだときの感覚に近い。
夕食はヒラメの薄造りを一皿と温燗の酒二合で、脂汗が出てきたので早々に帰って寝た。
今朝起きるとびっしょり汗をかいていて、
それで症状が軽減しているところをみると「風邪が胃にきた」のだろう。
きょうからまた夕張に出張で、
体調としては多少ツライところもあるのだが、
行き先が病院(診療所)なのでどうにかなるだろうと思い、家を出た。
よくないことは重なるもので、
搭乗したANA千歳便(12時発)のフライトが機材の故障で遅れた。
なんでも搭載しているコンピューターを交換することになったとかで、
交換後の作動チェックの時間も含め、滑走路の端に釘付けになったまま40分以上待たされる。
北海道に着いてから食事をとる気で弁当を買っていなかったのだが、
昨夜はろくに食べていないし、朝は林檎のすり下ろしだけだったから、さすがに腹が減ってきた。
千歳に着いたのが14時15分で、これだけ遅れてしまうと予定していた夕張行の列車には乗り継げない。
田舎のことで、次の列車は2時間後。
南千歳駅で駅弁(「元祖うにめし」)を食べ、待合室でぼーッと待つ。
16時17分の特急(釧路行)に10分ほど乗って、次の追分駅で夕張行の普通列車に乗り換えた。
夕張に着いたのが18時前で、
いまさら焦ってみてもしょうがないので、暗い夜道をホテルまで15分ほどトボトボ歩いた。
幸い、胃痛がひどくなることはなかったが、違和感と鈍い痛みは夜まで続いた。
ガイド犬 「もこ」
2008/09/29 Mon
きのう、紅葉を撮るつもりでオンネトー(雌阿寒岳の山麓にある湖)にきた。
来てみると紅葉はまだまだで、今年の秋はやっぱり暖かいのだろう。
きょうは天気がいいので、9時まえに宿(野中温泉別館)を出て、オンネトーに向かって歩き始めた。
歩き始めてしばらくすると、1匹のムク犬がぼくを追い越していった。
散歩かな?…と思って振り返ってみるが、飼い主らしい人の姿は見えない。
赤い首輪をしているところを見ると飼い犬なのだが、放し飼いにされているのか。
さすがに田舎の犬は自由でいいな、と微笑ましく思いながらぼくは歩く。
犬はぼくの10mほど前をちょこちょこと歩いていく。
オンネトーに着くと、犬は観光バスが停まる駐車場の方に向かっていった。
ぼくはその手前で左に折れて、オンネトーのキャンプ場に向かう細い道に入っていった。
道を外れて湖岸に出て写真を撮って、道に戻ろうと振り返ったときに思わずドキッとした。
先ほどの犬がちょこんとぼくの後ろに坐っていたのである。
犬は、ぼくの顔を見ると歩き始めた。
ぼくは自然と犬の後を追う格好になった。
ぼくはあちこちで立ち止まっては写真を撮るので、先行する犬の姿はじきに見えなくなってしまう。
ところが、彼は必ず待っている。
歩いていくと、どこかにちょこんと坐ってぼくが追いつくのを待っているのである。
そして、ぼくの顔を見るとまた歩き始める。
どうやら、犬は、ぼくを案内しているつもりらしい。
キャンプ場に続く道は「踏み分け」に毛が生えたくらいの細い山道で、
ところどころ倒木で塞がれていたりして判りにくい。
ぼくは林の中でとうとう道を見失ってしまった。
すると彼が戻ってきて先導するので、後を追っていくと道に戻ることができた。
北海道の山道を一人で歩くことにはちょっとした恐怖感がつきまとうのだが、
もし万一ヒグマでもいれば彼が教えてくれるだろうと思うから、ぼくは安心して歩く。
一度だけ樹を見上げながら激しく吠え立てるので何だろうと思って見てみるとエゾリスがいた。
いきなり猛スピードでダッシュするので見ると、駆けて行く先にエゾシカがいる。
…なかなかツボを押さえたガイドぶりである。
彼の名は「もこ」、ぼくが泊まった野中温泉で飼っている犬である。
(名前からすると「彼女」みたいだが、ときどき片足を上げていたところを見ると「彼」だと思う。)
なぜ素性が判ったのかというと、
歩いてきた方角からして野中温泉で飼っている犬ではないかと考えて、後でネットで調べてみたのである。
ある人のブログに「ガイド犬」として紹介されていたところをみると、
いつもこうして旅人の案内を買って出ているらしい。
紅葉はまだまだでも、秋のオンネトーはやはり美しい。
ぼくは夢中になって写真を撮った。
彼はいつもぼくの少し前を歩き、分かれ道では、ぼくが追いついてくるのを待っている。
ぼくがどちらに行こうとしているのかを判断すると、また前に出て先導をする。
たぶん10kmくらいは一緒に歩いたと思うが、
「疲れた」とも「足が痛い」とも言わず、ぼくが写真を撮るあいだはじっと大人しく待っていてくれる。
つまり、かみさんよりもずっといい。
湯の滝では、滝つぼの温泉で気持ちよさそうに入浴していた。

ぼくは彼と一緒に歩いているのがとても楽しくなった。
オンネトーをほぼ一周して駐車場のところに差しかかると、彼は姿を消した。
もうここまで来たら安心だと思ったのかもしれない。
ぼくは「オンネトー茶屋」まで戻って昼食のラーメンを食べ、
またしばらく写真を撮り、駐車場から帰りの阿寒湖畔行のバス(一日三便しかない)に乗った。
バスに乗るときにふと気がつくと、公衆トイレのそばに彼が坐っていた。
御礼の気持ちを込めて手を振ったが、わんとも云わなかった。
来てみると紅葉はまだまだで、今年の秋はやっぱり暖かいのだろう。
きょうは天気がいいので、9時まえに宿(野中温泉別館)を出て、オンネトーに向かって歩き始めた。
歩き始めてしばらくすると、1匹のムク犬がぼくを追い越していった。
散歩かな?…と思って振り返ってみるが、飼い主らしい人の姿は見えない。
赤い首輪をしているところを見ると飼い犬なのだが、放し飼いにされているのか。
さすがに田舎の犬は自由でいいな、と微笑ましく思いながらぼくは歩く。
犬はぼくの10mほど前をちょこちょこと歩いていく。
オンネトーに着くと、犬は観光バスが停まる駐車場の方に向かっていった。
ぼくはその手前で左に折れて、オンネトーのキャンプ場に向かう細い道に入っていった。
道を外れて湖岸に出て写真を撮って、道に戻ろうと振り返ったときに思わずドキッとした。
先ほどの犬がちょこんとぼくの後ろに坐っていたのである。
犬は、ぼくの顔を見ると歩き始めた。
ぼくは自然と犬の後を追う格好になった。
ぼくはあちこちで立ち止まっては写真を撮るので、先行する犬の姿はじきに見えなくなってしまう。
ところが、彼は必ず待っている。
歩いていくと、どこかにちょこんと坐ってぼくが追いつくのを待っているのである。
そして、ぼくの顔を見るとまた歩き始める。
どうやら、犬は、ぼくを案内しているつもりらしい。
キャンプ場に続く道は「踏み分け」に毛が生えたくらいの細い山道で、
ところどころ倒木で塞がれていたりして判りにくい。
ぼくは林の中でとうとう道を見失ってしまった。
すると彼が戻ってきて先導するので、後を追っていくと道に戻ることができた。
北海道の山道を一人で歩くことにはちょっとした恐怖感がつきまとうのだが、
もし万一ヒグマでもいれば彼が教えてくれるだろうと思うから、ぼくは安心して歩く。
一度だけ樹を見上げながら激しく吠え立てるので何だろうと思って見てみるとエゾリスがいた。
いきなり猛スピードでダッシュするので見ると、駆けて行く先にエゾシカがいる。
…なかなかツボを押さえたガイドぶりである。
彼の名は「もこ」、ぼくが泊まった野中温泉で飼っている犬である。
(名前からすると「彼女」みたいだが、ときどき片足を上げていたところを見ると「彼」だと思う。)
なぜ素性が判ったのかというと、
歩いてきた方角からして野中温泉で飼っている犬ではないかと考えて、後でネットで調べてみたのである。
ある人のブログに「ガイド犬」として紹介されていたところをみると、
いつもこうして旅人の案内を買って出ているらしい。
紅葉はまだまだでも、秋のオンネトーはやはり美しい。
ぼくは夢中になって写真を撮った。
彼はいつもぼくの少し前を歩き、分かれ道では、ぼくが追いついてくるのを待っている。
ぼくがどちらに行こうとしているのかを判断すると、また前に出て先導をする。
たぶん10kmくらいは一緒に歩いたと思うが、
「疲れた」とも「足が痛い」とも言わず、ぼくが写真を撮るあいだはじっと大人しく待っていてくれる。
つまり、かみさんよりもずっといい。
湯の滝では、滝つぼの温泉で気持ちよさそうに入浴していた。

ぼくは彼と一緒に歩いているのがとても楽しくなった。
オンネトーをほぼ一周して駐車場のところに差しかかると、彼は姿を消した。
もうここまで来たら安心だと思ったのかもしれない。
ぼくは「オンネトー茶屋」まで戻って昼食のラーメンを食べ、
またしばらく写真を撮り、駐車場から帰りの阿寒湖畔行のバス(一日三便しかない)に乗った。
バスに乗るときにふと気がつくと、公衆トイレのそばに彼が坐っていた。
御礼の気持ちを込めて手を振ったが、わんとも云わなかった。
オンネトー
2008/07/28 Mon
きょうはオンネトーを歩く。
「オンネトー」とは、アイヌ語で「年老いた湖」くらいの意味だろうか。
阿寒山麓の原始林に包まれた、周囲2.5kmほどの小さな湖である。

火山成分(硫黄)との関係なのだろう、独特のブルーがとても美しい湖で、
光の具合から様々な色に見えることから「五色沼」とも呼ばれている。
仕事で湖畔から生中継をしたり、秋の紅葉の季節に一人でキャンプをしに来たり、大好きな湖だ。
しかし、交通の便が悪いので(夏のあいだしかバスがない)、最近はなかなかくる機会がなかった。
一昨年の秋には妻と観光バスで訪れたが、
決められた時間、ポイントからでは写真を撮ってもさして面白くはなかった。
今回はキャンプ場の木陰で本(ぼくが貸したカール・ハイアセン)を読む妻を残して、
ぼくは一人で散々歩き回っては写真を撮った(山道を展望台まで登ったので汗だくになった)。
オンネトーは一年を通して水温が低いので、湖中に倒れ込んだ木が腐らず、そのままの姿を残している。
一種の悽愴と憂愁を湛えた独特の景観である。
夜は阿寒湖畔に移動して評判のいい「鶴雅」というホテルに泊まった。
野中温泉なら何泊もできそうな宿泊費である(笑)。
眺めのいい部屋には個室露天風呂がついており、サービスはきめ細やかで、食事も旨い。
妻はすっかり気に入ったようだが、
肝心の温泉が野中温泉と比べれば“気の抜けたサイダー”みたいなもので、見劣りがする。
ぼくはやっぱり、泉質で勝負する素朴な「素肌美人」みたいな温泉の方がいい。
「オンネトー」とは、アイヌ語で「年老いた湖」くらいの意味だろうか。
阿寒山麓の原始林に包まれた、周囲2.5kmほどの小さな湖である。

火山成分(硫黄)との関係なのだろう、独特のブルーがとても美しい湖で、
光の具合から様々な色に見えることから「五色沼」とも呼ばれている。
仕事で湖畔から生中継をしたり、秋の紅葉の季節に一人でキャンプをしに来たり、大好きな湖だ。
しかし、交通の便が悪いので(夏のあいだしかバスがない)、最近はなかなかくる機会がなかった。
一昨年の秋には妻と観光バスで訪れたが、
決められた時間、ポイントからでは写真を撮ってもさして面白くはなかった。
今回はキャンプ場の木陰で本(ぼくが貸したカール・ハイアセン)を読む妻を残して、
ぼくは一人で散々歩き回っては写真を撮った(山道を展望台まで登ったので汗だくになった)。
オンネトーは一年を通して水温が低いので、湖中に倒れ込んだ木が腐らず、そのままの姿を残している。
一種の悽愴と憂愁を湛えた独特の景観である。
夜は阿寒湖畔に移動して評判のいい「鶴雅」というホテルに泊まった。
野中温泉なら何泊もできそうな宿泊費である(笑)。
眺めのいい部屋には個室露天風呂がついており、サービスはきめ細やかで、食事も旨い。
妻はすっかり気に入ったようだが、
肝心の温泉が野中温泉と比べれば“気の抜けたサイダー”みたいなもので、見劣りがする。
ぼくはやっぱり、泉質で勝負する素朴な「素肌美人」みたいな温泉の方がいい。
ぼくの大好きな温泉
2008/07/27 Sun
昨夜、釧路で妻と合流して、きょうは一緒に阿寒に向かう。
モーターボートを借り切って阿寒湖を遊覧し、
夏のあいだだけ走っているバスに乗って雌阿寒岳の山麓に向かい、野中温泉に泊まる。
ここは「雌阿寒温泉」ともいうらしいが、なんとなく「野中温泉」と呼んだほうがピンとくる。
「野中さん」が開いたから「野中温泉」、というのが端的でいいではないか。
一泊7千円台の安い宿(国民宿舎)だが、泉質は抜群。
バスを降りたとたんに、周辺に硫黄っぽい臭いが漂っているのを感じる。
それくらい強烈なお湯である。

当然、源泉かけ流し。
上がり湯はなく、泉質の関係で石鹸は使えない。
木の雰囲気ある浴槽につかっていると、体が芯から温まり、すっと疲れが抜けていく。
泉質のいい温泉には事欠かない北海道だが、そのなかでもOne of Bestではないかと思う。
露天風呂もあり(写真の窓の外に見えているのがそうだ)、これも雰囲気抜群。
ただし、男湯と女湯のあいだが簡単な仕切りだけなので、露天風呂に向かう女性の姿がちらっと見える。
見るともなく見ていると(?)、一瞬、タオルで前を隠して歩くかみさんの姿が見えた。
女風呂が見えたからといって、それほど嬉しいとも思えなかった…。
食事は素朴なもので、大喰らいのぼくには少々物足りない気もしなくはなかったが、
きちんと作ってあって、山菜など地元の素材を活かした献立は凡百の「温泉料理」よりも遥かにいい。
美味しくいただいて、お湯の素晴らしさとあいまって、ぼくは一晩を堪能した。
コスト・パー・パフォーマンスでいえば、これほどの温泉はそうあるものではない。
北海道でも有数の美しい湖・オンネトーに近いので、紅葉の季節に訪れればさらに素晴らしいだろう。
モーターボートを借り切って阿寒湖を遊覧し、
夏のあいだだけ走っているバスに乗って雌阿寒岳の山麓に向かい、野中温泉に泊まる。
ここは「雌阿寒温泉」ともいうらしいが、なんとなく「野中温泉」と呼んだほうがピンとくる。
「野中さん」が開いたから「野中温泉」、というのが端的でいいではないか。
一泊7千円台の安い宿(国民宿舎)だが、泉質は抜群。
バスを降りたとたんに、周辺に硫黄っぽい臭いが漂っているのを感じる。
それくらい強烈なお湯である。

当然、源泉かけ流し。
上がり湯はなく、泉質の関係で石鹸は使えない。
木の雰囲気ある浴槽につかっていると、体が芯から温まり、すっと疲れが抜けていく。
泉質のいい温泉には事欠かない北海道だが、そのなかでもOne of Bestではないかと思う。
露天風呂もあり(写真の窓の外に見えているのがそうだ)、これも雰囲気抜群。
ただし、男湯と女湯のあいだが簡単な仕切りだけなので、露天風呂に向かう女性の姿がちらっと見える。
見るともなく見ていると(?)、一瞬、タオルで前を隠して歩くかみさんの姿が見えた。
女風呂が見えたからといって、それほど嬉しいとも思えなかった…。
食事は素朴なもので、大喰らいのぼくには少々物足りない気もしなくはなかったが、
きちんと作ってあって、山菜など地元の素材を活かした献立は凡百の「温泉料理」よりも遥かにいい。
美味しくいただいて、お湯の素晴らしさとあいまって、ぼくは一晩を堪能した。
コスト・パー・パフォーマンスでいえば、これほどの温泉はそうあるものではない。
北海道でも有数の美しい湖・オンネトーに近いので、紅葉の季節に訪れればさらに素晴らしいだろう。
春国岱を歩く
2008/07/25 Fri
昨日の夕方のバスで根室(東梅の「民宿風蓮」…食事がとてもおいしい)に入り、
きょうは4年ぶりに春国岱(シュンクニタイ)を歩いた。
春国岱は北海道東部の風蓮湖と海(根室海峡)を隔てる長さ7kmほどの砂洲で、
250種類ちかい野鳥が観察される“野鳥の宝庫”として知られている。
ぼくはバード・ウォッチャーというわけではないが、
湿地と立ち枯れた樹からなる春国岱の独特の景観が好きで、もう30年ちかく通っている。
森のなかに入る散策路をまわって7km先の砂洲の先端部まで行き、
海を見ながら小便をして弁当を食べて帰ってくるのがぼくのいつものコースである。
たぶん15〜16kmは歩いていることになるのだろう。
天気がよくて(気温は20℃をちょっと上まわった程度だろう)、
爽やかな風が吹いているので、歩いていてこんな気持のいい日はない。
4時ごろにいったん民宿(春国岱の付け根近くにある)に帰って、夕方、光がいいのでまた歩いた。
一日よく歩いて、日に焼けて、
民宿でいつもながらの美味しい夕食(地物の鰊が抜群だった)を食べて酒(地酒「北の勝」)を飲む。
大好きな場所に「帰って」くると本当にホッとするのである。
*MobileMeのGalleryに春国岱のアルバムを追加しました。ご覧ください。
http://gallery.me.com/yoneh
きょうは4年ぶりに春国岱(シュンクニタイ)を歩いた。
春国岱は北海道東部の風蓮湖と海(根室海峡)を隔てる長さ7kmほどの砂洲で、
250種類ちかい野鳥が観察される“野鳥の宝庫”として知られている。
ぼくはバード・ウォッチャーというわけではないが、
湿地と立ち枯れた樹からなる春国岱の独特の景観が好きで、もう30年ちかく通っている。
森のなかに入る散策路をまわって7km先の砂洲の先端部まで行き、
海を見ながら小便をして弁当を食べて帰ってくるのがぼくのいつものコースである。
たぶん15〜16kmは歩いていることになるのだろう。
天気がよくて(気温は20℃をちょっと上まわった程度だろう)、
爽やかな風が吹いているので、歩いていてこんな気持のいい日はない。
4時ごろにいったん民宿(春国岱の付け根近くにある)に帰って、夕方、光がいいのでまた歩いた。
一日よく歩いて、日に焼けて、
民宿でいつもながらの美味しい夕食(地物の鰊が抜群だった)を食べて酒(地酒「北の勝」)を飲む。
大好きな場所に「帰って」くると本当にホッとするのである。
*MobileMeのGalleryに春国岱のアルバムを追加しました。ご覧ください。
後ろ髪を引かれながら…
2008/07/16 Wed
宿の支払いを済ませ、ダイビング機材をゆうパックで送って、朝10時の「クイーン座間味」で島を去る。
「コーラルダイバーズ」のダイビング・ボートが、しばらくのあいだ併走しながら見送ってくれた。
那覇・泊港に着いて安里までぶらぶら歩く。
途中、崇元寺(そうげんじ)という寺の石門があるので入ってみると、
寺の建物はなく、巨大なガジュマルが一本、枝を広げていた。
案内のボードがあったので読むと、
崇元寺はもともと琉球王家(尚家)の墓所があったところだが戦禍で焼失したのだという。
戦後、再建されないままに(いまは公園になっている)、ガジュマルの古木と石の門だけが残ったわけだ。
沖縄を歩くと、思わぬところで戦争の傷跡がいまも生々しく血を滴らせていてドキッとさせられる。
安里のスーパーで「てびち」や「なかみ汁」「ミミガー」など極く普通の沖縄の食材を土産に買い込んで、
14時50分のANAで東京に帰ってきた。
東京はひどく蒸し暑く、沖縄にいるとき以上にクーラーが恋しく思われた。
「コーラルダイバーズ」のダイビング・ボートが、しばらくのあいだ併走しながら見送ってくれた。
那覇・泊港に着いて安里までぶらぶら歩く。
途中、崇元寺(そうげんじ)という寺の石門があるので入ってみると、
寺の建物はなく、巨大なガジュマルが一本、枝を広げていた。
案内のボードがあったので読むと、
崇元寺はもともと琉球王家(尚家)の墓所があったところだが戦禍で焼失したのだという。
戦後、再建されないままに(いまは公園になっている)、ガジュマルの古木と石の門だけが残ったわけだ。
沖縄を歩くと、思わぬところで戦争の傷跡がいまも生々しく血を滴らせていてドキッとさせられる。
安里のスーパーで「てびち」や「なかみ汁」「ミミガー」など極く普通の沖縄の食材を土産に買い込んで、
14時50分のANAで東京に帰ってきた。
東京はひどく蒸し暑く、沖縄にいるとき以上にクーラーが恋しく思われた。
座間味での休暇
2008/07/11 Fri
座間味での休暇は6泊7日。
時間がゆっくりと流れるこの島で、
海に潜り、古酒に酔い、心の“静養”をするつもりだ。
ぼくがいつも泊まる民宿「宮の里」の庭にはブーゲンビリアが紅い花を咲かせていた。
観光シーズンとしては端境なのだろうか、
昨夜の客はぼく1人だったし、きょうのダイビングも客はぼくだけ。
座間味で潜るときはいつも阿武靖士さんの「コーラルダイバーズ」にガイドをお願いしている。
ぼくだけのために船を出してもらうのは申し訳ないような気分なのだが…。
一本目は「伊釈加釈(イジャカジャ)NO.2」というポイント。
水温が29℃もあるので、潮がかかっているのも温泉のジャグジーみたいに感じられて快い。
二本目はダイナミックな景観が特徴の「屋嘉比Yコース(タカチンシ)」。
最後にアオウミガメが一匹、ふらっと現れた。
沖縄の海のどこまでも透明な蒼さに身を任せていると、俗世間のすべてを忘れられそうな気がしてくる。
時間がゆっくりと流れるこの島で、
海に潜り、古酒に酔い、心の“静養”をするつもりだ。
ぼくがいつも泊まる民宿「宮の里」の庭にはブーゲンビリアが紅い花を咲かせていた。
観光シーズンとしては端境なのだろうか、
昨夜の客はぼく1人だったし、きょうのダイビングも客はぼくだけ。
座間味で潜るときはいつも阿武靖士さんの「コーラルダイバーズ」にガイドをお願いしている。
ぼくだけのために船を出してもらうのは申し訳ないような気分なのだが…。
一本目は「伊釈加釈(イジャカジャ)NO.2」というポイント。
水温が29℃もあるので、潮がかかっているのも温泉のジャグジーみたいに感じられて快い。
二本目はダイナミックな景観が特徴の「屋嘉比Yコース(タカチンシ)」。
最後にアオウミガメが一匹、ふらっと現れた。
沖縄の海のどこまでも透明な蒼さに身を任せていると、俗世間のすべてを忘れられそうな気がしてくる。
温泉旅行
2008/06/08 Sun
一ヶ月近くカンヅメになって番組を仕上げ、放送が終わったら、また翌日からロケ。
さすがに苛酷なスケジュールで、五十を超えた肉体には疲労が重く沈殿している。
そこで、かみさんと二人、一泊二日の温泉旅行に出てリフレッシュを図ることにした。
高校生の息子を一人留守番に残して、向かった先は箱根…。
ぼくはアウトドア人間で、ダイビング、カヌー、散歩が好き。
カメラを片手にほっつき歩いていれば、飽きない。
しかし、買い物は苦手で、デパートなどの売場に10分もいるとどっと疲れが出るタイプ。
かみさんの方はといえば、歩くのが苦手で買い物好き。
つまり、「性格の不一致」というか、余暇の過ごし方がまるで違うのである。
そんな二人が共通して大好きなのが温泉で、必然的に、夫婦で行くのは温泉旅行ということになる。
ロマンスカーで箱根湯本まで行き、登山鉄道に乗り換え強羅、さらにケーブルカーで早雲山まで。
「山田屋」という旅館で貸し切り露天風呂に入る。
泉質は「酸性ーナトリウム、カルシウム、マグネシウムー硫酸温泉」、仄かに白濁したお湯だ。
50分の貸し切りで3350円、日帰りの入浴料が1310円なので二人で入るならそれほど高くはない。
かけ流しの湯は心地よく、体の芯から温まる気がした。
天気が悪いこともあって、温泉に入っただけで山を下りる。
かみさんは明日は仕事なので、
泊まるのは交通の便のいい箱根湯本にした(新宿までロマンスカーなら一時間半で行く)。
さすがに苛酷なスケジュールで、五十を超えた肉体には疲労が重く沈殿している。
そこで、かみさんと二人、一泊二日の温泉旅行に出てリフレッシュを図ることにした。
高校生の息子を一人留守番に残して、向かった先は箱根…。
ぼくはアウトドア人間で、ダイビング、カヌー、散歩が好き。
カメラを片手にほっつき歩いていれば、飽きない。
しかし、買い物は苦手で、デパートなどの売場に10分もいるとどっと疲れが出るタイプ。
かみさんの方はといえば、歩くのが苦手で買い物好き。
つまり、「性格の不一致」というか、余暇の過ごし方がまるで違うのである。
そんな二人が共通して大好きなのが温泉で、必然的に、夫婦で行くのは温泉旅行ということになる。
ロマンスカーで箱根湯本まで行き、登山鉄道に乗り換え強羅、さらにケーブルカーで早雲山まで。
「山田屋」という旅館で貸し切り露天風呂に入る。
泉質は「酸性ーナトリウム、カルシウム、マグネシウムー硫酸温泉」、仄かに白濁したお湯だ。
50分の貸し切りで3350円、日帰りの入浴料が1310円なので二人で入るならそれほど高くはない。
かけ流しの湯は心地よく、体の芯から温まる気がした。
天気が悪いこともあって、温泉に入っただけで山を下りる。
かみさんは明日は仕事なので、
泊まるのは交通の便のいい箱根湯本にした(新宿までロマンスカーなら一時間半で行く)。
帰国
2008/05/05 Mon
外灘(ワイタン)を歩く
2008/05/04 Sun
古い建築物が好きなぼくにとって、外灘(旧英米租界)は上海でも最も魅力的なエリアである。
カメラと一脚(機動力を大事にしたいぼくは原則として三脚は使わない)を手に黄昏の外灘をそぞろ歩く。
蘇州河を潜って北に向かう地下高速道路が工事中なのと、
建物に場違いなメーデーの紅い垂幕がかかっているので艶消しなのだが、それでもやっぱり魅力的な街だ。
外灘から黄浦江を挟んだ対岸には、新興ビジネス街の浦東(プトン)が見える。
これは3年前の4月、初めて上海を訪ねたときに撮った写真。
こちらが今回撮った写真だ。
画角は違うが、僅か3年のあいだに高層ビルの密度が段違いに増えていることがわかると思う。
上海はもともと長江(揚子江)の堆砂のうえにできた街である。
だから、高層ビルを建て過ぎたことで、最近は地盤沈下が深刻な問題になり始めているらしい。
激し過ぎる経済成長のさなかには自分の足下が見えなくなってしまう(かつての日本もそうだった)。
「砂上楼閣」とはまさにこのことで、
この街がどう“成熟”にソフト・ランディングできるのか、ちょっと心配になってくる。
カメラと一脚(機動力を大事にしたいぼくは原則として三脚は使わない)を手に黄昏の外灘をそぞろ歩く。
蘇州河を潜って北に向かう地下高速道路が工事中なのと、
建物に場違いなメーデーの紅い垂幕がかかっているので艶消しなのだが、それでもやっぱり魅力的な街だ。
外灘から黄浦江を挟んだ対岸には、新興ビジネス街の浦東(プトン)が見える。
これは3年前の4月、初めて上海を訪ねたときに撮った写真。
こちらが今回撮った写真だ。
画角は違うが、僅か3年のあいだに高層ビルの密度が段違いに増えていることがわかると思う。
上海はもともと長江(揚子江)の堆砂のうえにできた街である。
だから、高層ビルを建て過ぎたことで、最近は地盤沈下が深刻な問題になり始めているらしい。
激し過ぎる経済成長のさなかには自分の足下が見えなくなってしまう(かつての日本もそうだった)。
「砂上楼閣」とはまさにこのことで、
この街がどう“成熟”にソフト・ランディングできるのか、ちょっと心配になってくる。
「老上海」の変貌
2008/05/03 Sat
ホテルの近所、虹口(ホンクォ)地区をほっつき歩いてみる。
ここはかつて(戦前)の日本人居住区で、
映画「ラスト、コーション」に、
梁朝偉と湯唯が橋(外白渡橋=ガーデン・ブリッジ…現在は修理中で取り外されている)を渡って
日本人街の料亭を訪ねるシーンがある。
日本の軍人が大声で「同期の桜」を歌っていたりする、あの奇妙な街が虹口だ。
戦後は発展から取り残されていたようで、
上海生まれの妻に言わせれば「下町」であり、
昔ながらの生活が残された「老上海」…いずれにせよ“庶民の街”である。
この虹口が、いま大規模再開発の渦中にある。
「老上海」のたたずまいは一掃され、
数年後にはインテリジェンス・オフィス・ビルが建ち並ぶ最先端の街に生まれ変わるらしい。
この20年のあいだに上海では4000棟の高層建築(20階以上)が建てられ、
2000棟がいま新たに建築中なのだという。
なんだか「白髪三千丈」的なスケールを感じさせる話である。
ぼくは、中国の高度経済成長は、
東京オリンピック('64)から大阪万博('70)までの日本の6年間を
北京オリンピック('08)から上海万博('10)までの2年間で走り切ろうとするものだと考えてきた。
しかし、こうした風景を見ていると、
バブル経済(日本では'80年代後半)までを一気に駆け抜けようとするもののように思えてくる。
その活気は凄まじいまでのものだが、矛盾もそれだけ激しくなっているだろうと思う。
「老上海」を逞しく生きてきた上海の庶民たちは、これから何処へ行くのだろう?
ここはかつて(戦前)の日本人居住区で、
映画「ラスト、コーション」に、
梁朝偉と湯唯が橋(外白渡橋=ガーデン・ブリッジ…現在は修理中で取り外されている)を渡って
日本人街の料亭を訪ねるシーンがある。
日本の軍人が大声で「同期の桜」を歌っていたりする、あの奇妙な街が虹口だ。
戦後は発展から取り残されていたようで、
上海生まれの妻に言わせれば「下町」であり、
昔ながらの生活が残された「老上海」…いずれにせよ“庶民の街”である。
この虹口が、いま大規模再開発の渦中にある。
「老上海」のたたずまいは一掃され、
数年後にはインテリジェンス・オフィス・ビルが建ち並ぶ最先端の街に生まれ変わるらしい。
この20年のあいだに上海では4000棟の高層建築(20階以上)が建てられ、
2000棟がいま新たに建築中なのだという。
なんだか「白髪三千丈」的なスケールを感じさせる話である。
ぼくは、中国の高度経済成長は、
東京オリンピック('64)から大阪万博('70)までの日本の6年間を
北京オリンピック('08)から上海万博('10)までの2年間で走り切ろうとするものだと考えてきた。
しかし、こうした風景を見ていると、
バブル経済(日本では'80年代後半)までを一気に駆け抜けようとするもののように思えてくる。
その活気は凄まじいまでのものだが、矛盾もそれだけ激しくなっているだろうと思う。
「老上海」を逞しく生きてきた上海の庶民たちは、これから何処へ行くのだろう?
朱家角
2008/05/02 Fri
妻の親戚筋にあたる日本研究家の呉先生の案内で、
上海郊外の「朱家角」(ズー・チャー・チャオ)を訪れた。
かつての長江下流部(江南)の水郷の暮らしをそのまま観光地にしたものだ。
村に入るのに入場料が要るという、「まるごとテーマパーク」みたいな集落である。
中国でも5月初旬は「労働節(メーデー)」を軸とした連休、ゴールデン・ウィークである。
高速は渋滞し、朱家角も駐車場の確保にも苦労するほどの人出だった。
これは一番の名所である「放生橋」のたもと。
「放生橋」とは、
その名の通り、この橋から亀や小魚などの生き物を放って
日頃の殺生の供養をするという…要するに落語の「後生鰻」の世界ですね。
周辺は土産物屋がひしめく観光ゾーンである。
ぼくが印象的だったのは、
この人出にも関わらず村民が普段通りの暮らしをしているように見えることで、
お婆ちゃんは川で洗濯をしているし、
観光客が闊歩する通りには色とりどりの女性の下着が干してあったりする。
洗濯物がところかまわず干してあるのは上海の中心的な繁華街にも共通して言えることで、
「ハレ」と「ケ」が渾然一体とした、中国庶民の生活リアリズム、逞しさが感じられる。
もし、「最も中国らしい風景」とは何かと問われれば、
ぼくは観光地や繁華街に翻る洗濯物の満艦飾が一番それにふさわしいという気がしている。
上海郊外の「朱家角」(ズー・チャー・チャオ)を訪れた。
かつての長江下流部(江南)の水郷の暮らしをそのまま観光地にしたものだ。
村に入るのに入場料が要るという、「まるごとテーマパーク」みたいな集落である。
中国でも5月初旬は「労働節(メーデー)」を軸とした連休、ゴールデン・ウィークである。
高速は渋滞し、朱家角も駐車場の確保にも苦労するほどの人出だった。
これは一番の名所である「放生橋」のたもと。
「放生橋」とは、
その名の通り、この橋から亀や小魚などの生き物を放って
日頃の殺生の供養をするという…要するに落語の「後生鰻」の世界ですね。
周辺は土産物屋がひしめく観光ゾーンである。
ぼくが印象的だったのは、
この人出にも関わらず村民が普段通りの暮らしをしているように見えることで、
お婆ちゃんは川で洗濯をしているし、
観光客が闊歩する通りには色とりどりの女性の下着が干してあったりする。
洗濯物がところかまわず干してあるのは上海の中心的な繁華街にも共通して言えることで、
「ハレ」と「ケ」が渾然一体とした、中国庶民の生活リアリズム、逞しさが感じられる。
もし、「最も中国らしい風景」とは何かと問われれば、
ぼくは観光地や繁華街に翻る洗濯物の満艦飾が一番それにふさわしいという気がしている。
3年ぶりの上海
2008/05/01 Thu
3年ぶりに妻の実家のある上海を訪ねた。
オリンピックを控え高度経済成長さなかの中国にあって、
上海は新しいものと古いものが相克し発熱する巨大都市である。
左に見えるのは1930年代の建築で「上海大厦」、いまもホテルとして営業している。
正面は黄浦江の対岸にある浦東(プトン)地区で、高層ビルが林立する新興ビジネス街だ。
ぼくたちが泊まったのは「浦江飯店」。
1846年に建築された極東最古の西洋式ホテルで、虹口(ホンクォ…旧日本人地区)にある。
さきほどの「上海大厦」のすぐ隣だ。
古い建物が好きなぼくが、もっと新しいホテルがいいという妻の反対を押し切って予約した。
建物は古いが内部はきちんとリニューアルしてあり、インターネットも自由に使えて快適である。
夜は妻の母方の親戚17名と郊外の嘉定区のレストランで一緒に食事をした。
中国語のできないぼくは、
専らグラスを一気に飲み干す中国式の乾杯を繰り返し、すっかりビール腹になってしまった。
オリンピックを控え高度経済成長さなかの中国にあって、
上海は新しいものと古いものが相克し発熱する巨大都市である。
左に見えるのは1930年代の建築で「上海大厦」、いまもホテルとして営業している。
正面は黄浦江の対岸にある浦東(プトン)地区で、高層ビルが林立する新興ビジネス街だ。
ぼくたちが泊まったのは「浦江飯店」。
1846年に建築された極東最古の西洋式ホテルで、虹口(ホンクォ…旧日本人地区)にある。
さきほどの「上海大厦」のすぐ隣だ。
古い建物が好きなぼくが、もっと新しいホテルがいいという妻の反対を押し切って予約した。
建物は古いが内部はきちんとリニューアルしてあり、インターネットも自由に使えて快適である。
夜は妻の母方の親戚17名と郊外の嘉定区のレストランで一緒に食事をした。
中国語のできないぼくは、
専らグラスを一気に飲み干す中国式の乾杯を繰り返し、すっかりビール腹になってしまった。
早春
2008/03/19 Wed
テレビのない宿
2008/03/10 Mon
今回の出張は日本旅館に泊まっている。
丹波市春日にある「丹波の宿・恵泉」という旅館で、
古い日本家屋が好きなぼくはホームページの写真を見て気に入って予約をとった。
こういう宿に泊まると落ち着けるのである。
意外なことにキリスト教の教会が経営しているらしいのだが、部屋にテレビがないのも気に入った。
テレビ屋のぼくがいうのもなんだが、テレビなんぞは五月蝿くってイケナイ。
一週間に一度か二度、見たい番組があれば見る。
あとはないに越したことはない。
ぼくの場合、仕事に出ているときは、
酒を飲んでいるか読書、さもなければパソコンに向かって夜の時間を過ごす。
テレビを点けることはまずないので、ま、あってもなくっても同じことなのだが。
ビールが大嫌いなアサヒドライなので、我が侭を言ってサッポロ・ビールを入れてもらった。
酒は地元の「玉つるぎ」。
有機野菜や合鴨など地元の食材を使った料理も旨い。
(ぼくには量が少な過ぎて辛いけれど…)
ごはん(米)がとても美味しくて、
地元の農家が農薬と化学肥料を従来の半分に減らして栽培しているものだという。
宿の人もなんとなくおっとりしていて、「ほっ」とするので、ちょっとばかり酒を飲りすぎた…(笑)。
丹波市春日にある「丹波の宿・恵泉」という旅館で、
古い日本家屋が好きなぼくはホームページの写真を見て気に入って予約をとった。
こういう宿に泊まると落ち着けるのである。
意外なことにキリスト教の教会が経営しているらしいのだが、部屋にテレビがないのも気に入った。
テレビ屋のぼくがいうのもなんだが、テレビなんぞは五月蝿くってイケナイ。
一週間に一度か二度、見たい番組があれば見る。
あとはないに越したことはない。
ぼくの場合、仕事に出ているときは、
酒を飲んでいるか読書、さもなければパソコンに向かって夜の時間を過ごす。
テレビを点けることはまずないので、ま、あってもなくっても同じことなのだが。
ビールが大嫌いなアサヒドライなので、我が侭を言ってサッポロ・ビールを入れてもらった。
酒は地元の「玉つるぎ」。
有機野菜や合鴨など地元の食材を使った料理も旨い。
(ぼくには量が少な過ぎて辛いけれど…)
ごはん(米)がとても美味しくて、
地元の農家が農薬と化学肥料を従来の半分に減らして栽培しているものだという。
宿の人もなんとなくおっとりしていて、「ほっ」とするので、ちょっとばかり酒を飲りすぎた…(笑)。
「低気圧の墓場」
2008/02/15 Fri
羅臼では吹雪が続いている。
何を撮っても「真っ白で何も見えない風景」にしかならないので(笑)、仕事にならない。
オホーツクは「低気圧の墓場」と呼ばれる。
低気圧が居座って、動かなくなるからだ。
漁船も「沖止め」になり、町の人たちはひたすら除雪に追われる。
今日はきのうよりさらに吹き荒れて、
とうとう中標津に続く国道が通行止めになってしまった。
羅臼から出る道はこれ一本なので、とうとう「陸の孤島」になってしまったわけだ。
午後3時には、
タクシー会社から、「早く帰らないと、宿までも行き着けなくなる怖れがある」と宣告された。
泊まっているのは羅臼温泉(ホテル峰の湯)。
町より少し山側に入るので吹雪が酷く、ほとんど何も見えないホワイトアウトの世界を抜けて車は走る。
宿に帰っても他にやることがないので、
ゆっくり温泉につかって(ここの温泉は体が芯から暖まって最高である)、
本(海堂尊「チーム・バチスタの栄光」)を読む。
なんだか湯治に来ているような気分だ(笑)。
温泉宿をとっておいてよかった、とつくづく思う。
ビジネスホテルの狭い部屋で吹き込められていたら、きっと息が詰まったことだろう。
何を撮っても「真っ白で何も見えない風景」にしかならないので(笑)、仕事にならない。
オホーツクは「低気圧の墓場」と呼ばれる。
低気圧が居座って、動かなくなるからだ。
漁船も「沖止め」になり、町の人たちはひたすら除雪に追われる。
今日はきのうよりさらに吹き荒れて、
とうとう中標津に続く国道が通行止めになってしまった。
羅臼から出る道はこれ一本なので、とうとう「陸の孤島」になってしまったわけだ。
午後3時には、
タクシー会社から、「早く帰らないと、宿までも行き着けなくなる怖れがある」と宣告された。
泊まっているのは羅臼温泉(ホテル峰の湯)。
町より少し山側に入るので吹雪が酷く、ほとんど何も見えないホワイトアウトの世界を抜けて車は走る。
宿に帰っても他にやることがないので、
ゆっくり温泉につかって(ここの温泉は体が芯から暖まって最高である)、
本(海堂尊「チーム・バチスタの栄光」)を読む。
なんだか湯治に来ているような気分だ(笑)。
温泉宿をとっておいてよかった、とつくづく思う。
ビジネスホテルの狭い部屋で吹き込められていたら、きっと息が詰まったことだろう。
白い闇
2008/02/14 Thu
知床半島の羅臼町。
財政難の町には赤字の町立病院を維持する余力がなく、四月からは無床診療所に転換する。
きょう開かれた臨時町議会で条例改正案が可決され、診療所への移行が正式に決まった。
町議会が開かれたのが午前中。
午後からは、ひどい吹雪になった。
羅臼では雪は「下から降る」。
風が強いため、積もった雪が舞い上げられて、霧のように周囲を覆って視界を奪う。
酷いときは視界ゼロ…何も見えなくなって、車の運転すらできなくなる。
あたり一面の、“白い闇”である。

車を降りると、雪の粒子が顔に突き刺さってきて、痛い。
町役場から車でさらに30分、
知床半島の先端に一番ちかい集落(岬町)で医療問題に関する住民の集まりが予定されていたのだが、
この吹雪ではとても集まれそうにもないということで中止になった。
羅臼では、いま夜間の救急を受け付けていない。
1時間10分ほどかかる中標津の町立病院まで行くしかない。
救急対応が可能になるだけの医師の数を確保できないからで、その状態は4月以降も続く。
岬町なら、救急車が到着するまでに30分、町に戻るまでにまた30分で、中標津までは2時間以上かかる。
いや、それ以前に、今日のように吹雪いてしまえば、
中標津までたどり着けるかどうかさえ、おぼつかないのである。
24時間の救急受け入れ再開を切望する住民は、これは「命の問題」だという。
それはまったくその通りだと思う。
しかし、現状で夜間救急の受け入れを再開すれば、
時間を問わず(多くは軽症で)やってくる患者の多さに
医師二人体制の診療所がパンクしてしまう結果になるのは火を見るよりも明らかだ。
この町の医療もまた、視界ゼロの“白い闇”のなかで立ち竦んでいるように見える。
財政難の町には赤字の町立病院を維持する余力がなく、四月からは無床診療所に転換する。
きょう開かれた臨時町議会で条例改正案が可決され、診療所への移行が正式に決まった。
町議会が開かれたのが午前中。
午後からは、ひどい吹雪になった。
羅臼では雪は「下から降る」。
風が強いため、積もった雪が舞い上げられて、霧のように周囲を覆って視界を奪う。
酷いときは視界ゼロ…何も見えなくなって、車の運転すらできなくなる。
あたり一面の、“白い闇”である。

車を降りると、雪の粒子が顔に突き刺さってきて、痛い。
町役場から車でさらに30分、
知床半島の先端に一番ちかい集落(岬町)で医療問題に関する住民の集まりが予定されていたのだが、
この吹雪ではとても集まれそうにもないということで中止になった。
羅臼では、いま夜間の救急を受け付けていない。
1時間10分ほどかかる中標津の町立病院まで行くしかない。
救急対応が可能になるだけの医師の数を確保できないからで、その状態は4月以降も続く。
岬町なら、救急車が到着するまでに30分、町に戻るまでにまた30分で、中標津までは2時間以上かかる。
いや、それ以前に、今日のように吹雪いてしまえば、
中標津までたどり着けるかどうかさえ、おぼつかないのである。
24時間の救急受け入れ再開を切望する住民は、これは「命の問題」だという。
それはまったくその通りだと思う。
しかし、現状で夜間救急の受け入れを再開すれば、
時間を問わず(多くは軽症で)やってくる患者の多さに
医師二人体制の診療所がパンクしてしまう結果になるのは火を見るよりも明らかだ。
この町の医療もまた、視界ゼロの“白い闇”のなかで立ち竦んでいるように見える。
北海道の上空から
2008/01/29 Tue
1312km
2008/01/27 Sun
昨夜は知床半島の羅臼町にて、
「夕張希望の杜」の村上智彦医師の講演の様子を撮影。
明日は兵庫県丹波市で産科手術(帝王切開)の撮影があるので、
今日は一日かけて北海道から丹波まで移動した。
朝の7時半に羅臼を出て、
(機材が多いため)ジャンボタクシーで3時間弱を走って釧路空港へ。
羽田に飛び、乗り継いで伊丹空港へ。
積載する撮影機材が3人で90kgを超えたので、17850円のエクセスを取られた。

…道中はよく晴れており、「♪アタマを雲の上に出し」た富士山がよく見えた。
丹波市のジャンボタクシーに空港まで迎えに来てもらって、
1時間ちょっと走って、夕方の4時過ぎに丹波市柏原のホテルにチェックインした。
きょう一日の移動距離は直線距離で1312km。
乗り換えも含めた“心理的な移動距離”は、ひょっとしたら新記録かもしれない。
「夕張希望の杜」の村上智彦医師の講演の様子を撮影。
明日は兵庫県丹波市で産科手術(帝王切開)の撮影があるので、
今日は一日かけて北海道から丹波まで移動した。
朝の7時半に羅臼を出て、
(機材が多いため)ジャンボタクシーで3時間弱を走って釧路空港へ。
羽田に飛び、乗り継いで伊丹空港へ。
積載する撮影機材が3人で90kgを超えたので、17850円のエクセスを取られた。

…道中はよく晴れており、「♪アタマを雲の上に出し」た富士山がよく見えた。
丹波市のジャンボタクシーに空港まで迎えに来てもらって、
1時間ちょっと走って、夕方の4時過ぎに丹波市柏原のホテルにチェックインした。
きょう一日の移動距離は直線距離で1312km。
乗り換えも含めた“心理的な移動距離”は、ひょっとしたら新記録かもしれない。
天塩川
2007/12/14 Fri
名寄をでて幌延に向かう。
宗谷本線は天塩川の流れに寄り添うように北に延びている。
窓の外を眺めていると、どこか郷愁にも似た思いがぼくの心を染め上げる。

10年ほど前、カヌーに夢中だった時期がある。
ぼくは運転ができないので、
折り畳み式のファルトボートを担いで汽車に乗り、川を下った。
天塩川は一番好きな川で、三度下ったことがある。
宗谷本線の名寄駅か智恵文駅に降りて、カヌーを組み立て、漕ぎ出す。
一度は河口を越えて海にまで出たが、あとの二回は幌延までだったと思う。
ぼくは専らソロ・ツーリングで、
途中、河原でキャンプをしながら、5日〜1週間くらいかけて下っていく。
水はお世辞にもきれいとは言えないが、
人里離れた、茫漠たる風景が続くところが好きで、
自然と向きあうときの孤独感が最高の御馳走だった。
一度は台風が近づいてきたので、予定を切り上げて雄信内(幌延町)であがった。
集落から駅までがけっこう離れていて、
20kgもあるカヌーを背負って、キャンプ用具を脇に抱え、
ヨタヨタしながら歩いたことなどを思い出す。
東京に転勤し、
結婚して家族ができ、
一人一週間かけて川を下るようなことはできなくなった。
だけど、こうして懐かしい川の風景を眺めていると、
もう一度、そんな暮らしをしてみたいという思いに駆られる。
それは郷愁なのか、喪失感なのか…。
宗谷本線は天塩川の流れに寄り添うように北に延びている。
窓の外を眺めていると、どこか郷愁にも似た思いがぼくの心を染め上げる。

10年ほど前、カヌーに夢中だった時期がある。
ぼくは運転ができないので、
折り畳み式のファルトボートを担いで汽車に乗り、川を下った。
天塩川は一番好きな川で、三度下ったことがある。
宗谷本線の名寄駅か智恵文駅に降りて、カヌーを組み立て、漕ぎ出す。
一度は河口を越えて海にまで出たが、あとの二回は幌延までだったと思う。
ぼくは専らソロ・ツーリングで、
途中、河原でキャンプをしながら、5日〜1週間くらいかけて下っていく。
水はお世辞にもきれいとは言えないが、
人里離れた、茫漠たる風景が続くところが好きで、
自然と向きあうときの孤独感が最高の御馳走だった。
一度は台風が近づいてきたので、予定を切り上げて雄信内(幌延町)であがった。
集落から駅までがけっこう離れていて、
20kgもあるカヌーを背負って、キャンプ用具を脇に抱え、
ヨタヨタしながら歩いたことなどを思い出す。
東京に転勤し、
結婚して家族ができ、
一人一週間かけて川を下るようなことはできなくなった。
だけど、こうして懐かしい川の風景を眺めていると、
もう一度、そんな暮らしをしてみたいという思いに駆られる。
それは郷愁なのか、喪失感なのか…。
雪の空知で「ジンギスカン丼」
2007/12/05 Wed
きのうからまた北海道に出張、
砂川、深川、滝川と空知地区にある三つの市立病院を訪ねた。
医師不足と財政難に苦しむ北海道の自治体病院を訪ね歩く“巡礼”の旅である。
深川を除くふたつの町はともに「中空知」と呼ばれる地域に属し、
先週訪れた赤平、歌志内、奈井江とともに市町村合併を模索した時期がある。
しかし、それも新しい市立病院をどこに建てるかでモメて破談となり、
砂川と滝川はそれぞれが市立病院を新築することになった。
一方、赤平は病院の不良債務が原因で、自治体破綻の瀬戸際にある。
ある意味で、全国の自治体病院が抱える問題の縮図がこの「中空知」である。
昨夜は札幌泊まり。
二人のドクターと情報交換を兼ねて酒を飲んだ。
札幌は冷え込んでいたが、路面に雪はない。
それが特急が岩見沢駅を過ぎるころから窓の外が白くなり始め、
砂川あたりから北は一面の雪。

昼食は滝川駅の近くで、
当地の名物ジンギスカンを山盛りにした「ジンギスカン丼」(500円)を食べた。

羊肉でもマトンには独特の臭みがあるが、慣れるとそれがクセになる(笑)。
第一、500円は安い!
午後は宗谷本線からバスに乗り継いで、
一気に道北のオホーツク沿岸まで出るという強行軍となった。
砂川、深川、滝川と空知地区にある三つの市立病院を訪ねた。
医師不足と財政難に苦しむ北海道の自治体病院を訪ね歩く“巡礼”の旅である。
深川を除くふたつの町はともに「中空知」と呼ばれる地域に属し、
先週訪れた赤平、歌志内、奈井江とともに市町村合併を模索した時期がある。
しかし、それも新しい市立病院をどこに建てるかでモメて破談となり、
砂川と滝川はそれぞれが市立病院を新築することになった。
一方、赤平は病院の不良債務が原因で、自治体破綻の瀬戸際にある。
ある意味で、全国の自治体病院が抱える問題の縮図がこの「中空知」である。
昨夜は札幌泊まり。
二人のドクターと情報交換を兼ねて酒を飲んだ。
札幌は冷え込んでいたが、路面に雪はない。
それが特急が岩見沢駅を過ぎるころから窓の外が白くなり始め、
砂川あたりから北は一面の雪。

昼食は滝川駅の近くで、
当地の名物ジンギスカンを山盛りにした「ジンギスカン丼」(500円)を食べた。

羊肉でもマトンには独特の臭みがあるが、慣れるとそれがクセになる(笑)。
第一、500円は安い!
午後は宗谷本線からバスに乗り継いで、
一気に道北のオホーツク沿岸まで出るという強行軍となった。
上川は雪だった。
2007/11/28 Wed
きょうは早朝に札幌を発って、
特急で2時間あまりかかって上川町に入る。
札幌はいい天気だったが途中から雪が降り出し、
上川駅を降りた頃には本格的な冬模様、一面の銀世界になっていた。
上川町立病院を訪ね、実直そうな事務長さんに話を聞く。
人口4600人の町では、
現在の規模(91床)の病院は支えきれなくなってきている。
病院の貯金も底を尽き、
今年は1億6千万円前後を一般会計から病院に注ぎ込むことになりそうだ。
ある程度の規模の縮小はやむを得ないだろうが、住民の理解を得られるかどうか…
北海道の多くの町や村に共通した苦悩である。
取材を終えて駅前のラーメン屋(「しばやま」)で昼食。
何気なく入った店だが、意外なほど美味しいラーメンを食べさせてくれた。
午後は、赤平、歌志内の旧産炭地の病院をまわる。
赤平は病院の不良債務が大きく、
それが原因で財政破綻しかねないという苦境のなかで模索している。
泊まりは深川、明日は留萌…まるで「風雪流れ旅」みたいな出張である(笑)。
特急で2時間あまりかかって上川町に入る。
札幌はいい天気だったが途中から雪が降り出し、
上川駅を降りた頃には本格的な冬模様、一面の銀世界になっていた。
上川町立病院を訪ね、実直そうな事務長さんに話を聞く。
人口4600人の町では、
現在の規模(91床)の病院は支えきれなくなってきている。
病院の貯金も底を尽き、
今年は1億6千万円前後を一般会計から病院に注ぎ込むことになりそうだ。
ある程度の規模の縮小はやむを得ないだろうが、住民の理解を得られるかどうか…
北海道の多くの町や村に共通した苦悩である。
取材を終えて駅前のラーメン屋(「しばやま」)で昼食。
何気なく入った店だが、意外なほど美味しいラーメンを食べさせてくれた。
午後は、赤平、歌志内の旧産炭地の病院をまわる。
赤平は病院の不良債務が大きく、
それが原因で財政破綻しかねないという苦境のなかで模索している。
泊まりは深川、明日は留萌…まるで「風雪流れ旅」みたいな出張である(笑)。
函館本線
2007/11/27 Tue
昨夜は長万部温泉に泊まった。
とても体が温まる、いい湯だった。
きょうは朝に長万部駅を発って、
黒松内、小樽を取材して札幌まで入る…つまり函館本線の旅だ。
函館「本線」とはいっても長万部〜小樽間は完全に幹線から外れ、
普通列車が日に数便しか走らないという不便極まりないところである。
北海道生活が長かったぼくも、この区間を汽車で走るのは初めてのことだ。
黒松内での取材を午前中に終え、駅前で不味い寿司を食って、ふたたび汽車に乗る。
おりしも雪が舞う日で、
黒松内から小樽まで3時間、
客もまばらな車内は寒く、ぼくはすっかり風邪気味になった。
そのうえ、小樽駅で降りるときに気がついたのだが、
長万部から上川まで通しで買っていた乗車券(6千数百円)を紛失していた。
当然、5千数百円分は買い直さなければならず…すっかり気分が落ち込んでしまった。
とても体が温まる、いい湯だった。
きょうは朝に長万部駅を発って、
黒松内、小樽を取材して札幌まで入る…つまり函館本線の旅だ。
函館「本線」とはいっても長万部〜小樽間は完全に幹線から外れ、
普通列車が日に数便しか走らないという不便極まりないところである。
北海道生活が長かったぼくも、この区間を汽車で走るのは初めてのことだ。
黒松内での取材を午前中に終え、駅前で不味い寿司を食って、ふたたび汽車に乗る。
おりしも雪が舞う日で、
黒松内から小樽まで3時間、
客もまばらな車内は寒く、ぼくはすっかり風邪気味になった。
そのうえ、小樽駅で降りるときに気がついたのだが、
長万部から上川まで通しで買っていた乗車券(6千数百円)を紛失していた。
当然、5千数百円分は買い直さなければならず…すっかり気分が落ち込んでしまった。
羅臼温泉
2007/11/15 Thu
自治体病院の再編問題を探るために北海道に出張中。
車の運転のできないぼくは、
JRやバスなど公共交通機関を「点と線」のように乗り継ぎながら、
北海道の「へき地」にある自治体病院を訪ね歩いているわけだ。
きょうは知床半島の羅臼町で脇紀美夫町長のお話をうかがう。
羅臼にはぼくがいつも潜っているダイビング・スポットがあり、
年間何度も訪れているが、仕事で来るのは十年ぶり。
町立病院の不良債務が原因で財政破綻の瀬戸際に追い込まれていて、
脇町長は病院の規模縮小(診療所化)を決断している。
羅臼はこの冬初めての吹雪だった。
夜は羅臼温泉の「ホテル峰の湯」に泊まる。
二十数年前、まだ「山荘峰」という名前だったころに、
仕事で何度もお世話になっている宿だ。
(潜りに来たときはもっと海に近い宿に泊まる。)
十四年前に建て直して名前を変えたそうだが、
その後泊まるのは初めてだから、考えてみれば随分久しぶりだ。
…羅臼温泉のお湯は体の内側からホカホカと暖まり、それが尾を引く。
風呂に入ったあと、いつまでたっても湯冷めせず、汗がにじみ出てくる。
寒い冬には堪えられない湯だ。
車の運転のできないぼくは、
JRやバスなど公共交通機関を「点と線」のように乗り継ぎながら、
北海道の「へき地」にある自治体病院を訪ね歩いているわけだ。
きょうは知床半島の羅臼町で脇紀美夫町長のお話をうかがう。
羅臼にはぼくがいつも潜っているダイビング・スポットがあり、
年間何度も訪れているが、仕事で来るのは十年ぶり。
町立病院の不良債務が原因で財政破綻の瀬戸際に追い込まれていて、
脇町長は病院の規模縮小(診療所化)を決断している。
羅臼はこの冬初めての吹雪だった。
夜は羅臼温泉の「ホテル峰の湯」に泊まる。
二十数年前、まだ「山荘峰」という名前だったころに、
仕事で何度もお世話になっている宿だ。
(潜りに来たときはもっと海に近い宿に泊まる。)
十四年前に建て直して名前を変えたそうだが、
その後泊まるのは初めてだから、考えてみれば随分久しぶりだ。
…羅臼温泉のお湯は体の内側からホカホカと暖まり、それが尾を引く。
風呂に入ったあと、いつまでたっても湯冷めせず、汗がにじみ出てくる。
寒い冬には堪えられない湯だ。
温泉でマグロの刺身は食べたくない。
2007/10/15 Mon
きょうは十勝川温泉の「富士ホテル」に泊まる。
近年建て直したものか、まだ真新しく、部屋にも清潔感がある。
湯は、この宿は源泉を持っているとのことで、100%のかけ流し。
十勝川温泉は植物性のモール温泉で、濃い茶色の湯はぬるぬるした独特のものだ。
湯温はそれほど熱くないのだが、あがった後、いつまでも体がぽかぽかしている。
肌がすべすべになるので「美人湯」と呼ばれているのもお気に召したのだろう、
女房殿は「これから『ひなびた温泉』にはあなた一人で行ってね」とのたまった。
きのう泊まった「かんの温泉」の汚さがよほど堪えていたらしい(笑)。
確かに、お湯がよくて部屋がきれいなら、男だってその方がいいに決まっている。
(部屋の窓から眺めた十勝川温泉街の夕暮れ)
素晴らしい温泉であり、いい宿なのだが、
ぼくにはふたつだけ気に入らないことがあった。
ひとつはビールをアサヒドライしか置いていないこと。
ぼくは、とんがって痩せた味がするこのビールだけは願い下げである。
温泉で暖まって喉をカラカラに渇かして、
さァ、ビールだ!と意気込んだところがドライビールでは情けなくなってしまう。
(女房はぼくが本当に泣きだすのではないかと心配したらしい。)
ビール好きにはぼくのような「アンチ・ドライ」派がけっこう多いので、
ドライを置くのはいいが、マトモな銘柄も一種類くらい置いておいて欲しいものだ。
もうひとつは、夕食にマグロの刺身が出たこと。
…別にマグロの刺身が嫌いというわけではない。
しかし、十勝まで来て、
何故、さして鮮度がいいとも思えないマグロを食べなければならないのか?
ぼくの旧くからの友人に広島で温泉旅館を経営している男がいる。
瀬戸内の海の幸を中心にとても美味しい料理を食べさせるので有名な宿なのだが、
二十年ほど前に泊まったとき、夕食にマグロの刺身が出た。
友だちの気安さで「(瀬戸内で)なんでマグロなんか出すの?」と訊いたら、
ちょっと痛いところを突かれたという顔をして、
「マグロがないと怒りだす客がいるんだ」と答えた。
そういうアホな客の意向を真に受けて、
旅館側が「お客さんが誰も怒らないように」と減点法で考えた結果、
全国どこに行ってもマグロを中心とした刺身に天ぷら、鍋、茶わん蒸し…
判で押したような「温泉料理」を食べさせられるハメになるのだと納得した次第。
ぼくの友人の宿(宮浜温泉「石亭」)は、
その後、努力と研さんを重ねて客に瀬戸内の地物のよさをアピール、
顧客満足度全国一で表彰されるほどの超一流の旅館になった。
いまでは、もちろんマグロを出してはいない。
近年建て直したものか、まだ真新しく、部屋にも清潔感がある。
湯は、この宿は源泉を持っているとのことで、100%のかけ流し。
十勝川温泉は植物性のモール温泉で、濃い茶色の湯はぬるぬるした独特のものだ。
湯温はそれほど熱くないのだが、あがった後、いつまでも体がぽかぽかしている。
肌がすべすべになるので「美人湯」と呼ばれているのもお気に召したのだろう、
女房殿は「これから『ひなびた温泉』にはあなた一人で行ってね」とのたまった。
きのう泊まった「かんの温泉」の汚さがよほど堪えていたらしい(笑)。
確かに、お湯がよくて部屋がきれいなら、男だってその方がいいに決まっている。
(部屋の窓から眺めた十勝川温泉街の夕暮れ)
素晴らしい温泉であり、いい宿なのだが、
ぼくにはふたつだけ気に入らないことがあった。
ひとつはビールをアサヒドライしか置いていないこと。
ぼくは、とんがって痩せた味がするこのビールだけは願い下げである。
温泉で暖まって喉をカラカラに渇かして、
さァ、ビールだ!と意気込んだところがドライビールでは情けなくなってしまう。
(女房はぼくが本当に泣きだすのではないかと心配したらしい。)
ビール好きにはぼくのような「アンチ・ドライ」派がけっこう多いので、
ドライを置くのはいいが、マトモな銘柄も一種類くらい置いておいて欲しいものだ。
もうひとつは、夕食にマグロの刺身が出たこと。
…別にマグロの刺身が嫌いというわけではない。
しかし、十勝まで来て、
何故、さして鮮度がいいとも思えないマグロを食べなければならないのか?
ぼくの旧くからの友人に広島で温泉旅館を経営している男がいる。
瀬戸内の海の幸を中心にとても美味しい料理を食べさせるので有名な宿なのだが、
二十年ほど前に泊まったとき、夕食にマグロの刺身が出た。
友だちの気安さで「(瀬戸内で)なんでマグロなんか出すの?」と訊いたら、
ちょっと痛いところを突かれたという顔をして、
「マグロがないと怒りだす客がいるんだ」と答えた。
そういうアホな客の意向を真に受けて、
旅館側が「お客さんが誰も怒らないように」と減点法で考えた結果、
全国どこに行ってもマグロを中心とした刺身に天ぷら、鍋、茶わん蒸し…
判で押したような「温泉料理」を食べさせられるハメになるのだと納得した次第。
ぼくの友人の宿(宮浜温泉「石亭」)は、
その後、努力と研さんを重ねて客に瀬戸内の地物のよさをアピール、
顧客満足度全国一で表彰されるほどの超一流の旅館になった。
いまでは、もちろんマグロを出してはいない。
然別峽かんの温泉
2007/10/14 Sun
何年ぶりかで鹿追町の山奥にある一軒宿、かんの温泉に泊まった。
人里離れた山道の突き当たりにあり、
泉質の違う八つの湯が湧いているという、文字通りの秘湯である。
…それにしても、すべてが古く、草臥れている。
ぼくが初めてこの温泉を訪れたのは28年前で、そのころ既に古びた建物だったのだ。
木造の旧館などいまや壁の一部が崩れてしまっている。
女房はさすがに、あまりの古さ、汚さに辟易としたらしい。
この温泉は基本的に混浴なのだが、
他に客も少なかったので、夫婦二人で大浴場を占有、ゆっくりと暖まった。
この大浴場の湯が素晴らしい。
体の奥からほとまる(ほとほとと暖まる)のである。
他には岩風呂(かつては「クロレラの湯」と呼んでいた)がよかったが、
あとの湯はみんな昔に比べて温くなっていて、いささかがっかりした。
泉源が枯れ始めているのか、管理の問題なのか。
露天風呂など、数年前まで、真冬でも裸で涼みたくなるくらい熱かったのに、
今回は風邪を引きそうになって早々に飛び出すハメになった。
泉源からは相変わらず熱い湯が出ていたので、湯温の管理の問題なのかもしれない。
夕食はニジマスと茸、山菜類を中心にしたもので、
これは記憶していたよりずっと美味しかった。
人里離れた山道の突き当たりにあり、
泉質の違う八つの湯が湧いているという、文字通りの秘湯である。
…それにしても、すべてが古く、草臥れている。
ぼくが初めてこの温泉を訪れたのは28年前で、そのころ既に古びた建物だったのだ。
木造の旧館などいまや壁の一部が崩れてしまっている。
女房はさすがに、あまりの古さ、汚さに辟易としたらしい。
この温泉は基本的に混浴なのだが、
他に客も少なかったので、夫婦二人で大浴場を占有、ゆっくりと暖まった。
この大浴場の湯が素晴らしい。
体の奥からほとまる(ほとほとと暖まる)のである。
他には岩風呂(かつては「クロレラの湯」と呼んでいた)がよかったが、
あとの湯はみんな昔に比べて温くなっていて、いささかがっかりした。
泉源が枯れ始めているのか、管理の問題なのか。
露天風呂など、数年前まで、真冬でも裸で涼みたくなるくらい熱かったのに、
今回は風邪を引きそうになって早々に飛び出すハメになった。
泉源からは相変わらず熱い湯が出ていたので、湯温の管理の問題なのかもしれない。
夕食はニジマスと茸、山菜類を中心にしたもので、
これは記憶していたよりずっと美味しかった。
支笏湖
2007/10/13 Sat
昨夜は妻と二人、支笏湖畔、恵庭岳の麓にある「伊藤温泉」に宿泊した。
北海道はかなり冷え込んでいて、
湖に面した露天風呂は風にさらされ寒かったが、
ゆっくりつかっていると次第に心地よくなってくる。

それにしても湖畔の紅葉がまだほとんど始まっていなかったのは意外。
宿の御主人に湖畔温泉街まで車で送ってもらい、バスを待つあいだに遊覧船に乗る。

樽前山、風不死(フップシ)岳の威容をまぢかに眺める気分は上々。
そして船窓からは支笏湖の水中景観を見ることができる。

風が強かったので透明度は落ちていたが、
それでも柱状節理などなかなかの壮観だった。
札幌に入って、午後は地域医療研究会に出席。
ゲスト・スピーカーは旧知の伊関友伸 城西大学准教授。
ぼくはパネリストとして20分ほど発言したのだが、
瀬棚診療所や夕張の関係者など、
思いのほか知った顔が多かったこともあって、リラックスして話すことができた。
診療所移行を決断した脇 羅臼町長や、
ネット上でおつきあいのある何人かの先生方と挨拶を交わしたのが収穫だった。
先生方のオフ会に誘われ心が動いていたのだが、
ホテルで妻が待っているので、いそいそと…。
北海道はかなり冷え込んでいて、
湖に面した露天風呂は風にさらされ寒かったが、
ゆっくりつかっていると次第に心地よくなってくる。

それにしても湖畔の紅葉がまだほとんど始まっていなかったのは意外。
宿の御主人に湖畔温泉街まで車で送ってもらい、バスを待つあいだに遊覧船に乗る。

樽前山、風不死(フップシ)岳の威容をまぢかに眺める気分は上々。
そして船窓からは支笏湖の水中景観を見ることができる。

風が強かったので透明度は落ちていたが、
それでも柱状節理などなかなかの壮観だった。
札幌に入って、午後は地域医療研究会に出席。
ゲスト・スピーカーは旧知の伊関友伸 城西大学准教授。
ぼくはパネリストとして20分ほど発言したのだが、
瀬棚診療所や夕張の関係者など、
思いのほか知った顔が多かったこともあって、リラックスして話すことができた。
診療所移行を決断した脇 羅臼町長や、
ネット上でおつきあいのある何人かの先生方と挨拶を交わしたのが収穫だった。
先生方のオフ会に誘われ心が動いていたのだが、
ホテルで妻が待っているので、いそいそと…。
鬼の舌震
2007/05/27 Sun
昨夜はかみさんと出雲湯村温泉「湯乃上館」に泊まった。
明治の建物には趣があり、湯は源泉かけ流しで、食事が旨い。

刺身、てんぷら、鍋、茶碗蒸し…の判で押したような「温泉料理」ではなく、
季節のもの、土地のものをふんだんに食べさせてくれるのがいい。
米は無農薬の仁多米(「西の魚沼」と呼ばれる)で、醤油は井上醤油。
ぼくの最も愛する温泉宿のひとつなのだが、昨夜ばかりはダメだった。
家族経営のこの宿は一日に二組しか客をとらないのだが、
関西人らしいもう一組が最悪のおやぢたちだったのである。
60〜70年配の人たちなので常識は持ち合わせているだろうと安心していたが、
豈図らんや、夜中の2時半まで談論風発の大騒ぎ、それも部屋の戸を開けたまま…。
さすがに我慢しかねて文句を言いに行ったらじきに静かになったが、
今度は酔っぱらったのか、寝惚けたのか、
明け方になってぼくらの部屋の戸を二度にわたって開けるヤツが現れる始末。
おかげで妻もぼくもすっかり寝不足で、ぼくなどは風邪をこじらせてしまった。
温泉に静養に行って疲れて帰ってくるんじゃ、情けない。
タクシーを借り上げて奥出雲町の「鬼の舌震」に向かう。
ぼくは齢五十の今日まで「おにのしたぶる」だと思い込んでいたのだが、
正しくは「おにのしたぶるい」というらしい。
要するに、渓谷に奇岩がゴロゴロの、鬼怒川龍王峡のミニチュア版である。

ぼくが子どものころは、
ただの「大きな岩がある川」という感じだったのだが、
いまは遊歩道まで整備されているので驚いた。
ただし、30分ほど歩くあいだ、日曜日だというのに誰とも出会わなかったが…。
夕方、松江市に入って、親戚に遅まきながらの「結婚の挨拶」。
生家から歩いて3〜4分のところにある温泉宿に宿泊。
女性は色とりどりの浴衣の中から好きなものを選べるので妻は喜んでいた。
料理は「判で押したような温泉料理」のなかではマシな部類で平均点の上クラス、
部屋から大橋川と宍道湖を一望できるのが取り柄だ。
番組のオンエアを、この宿の部屋で見る。
かみさんは我慢して見ていたが、本当のところは眠そうである。
ま、これは、しょうがないか…。
明治の建物には趣があり、湯は源泉かけ流しで、食事が旨い。

刺身、てんぷら、鍋、茶碗蒸し…の判で押したような「温泉料理」ではなく、
季節のもの、土地のものをふんだんに食べさせてくれるのがいい。
米は無農薬の仁多米(「西の魚沼」と呼ばれる)で、醤油は井上醤油。
ぼくの最も愛する温泉宿のひとつなのだが、昨夜ばかりはダメだった。
家族経営のこの宿は一日に二組しか客をとらないのだが、
関西人らしいもう一組が最悪のおやぢたちだったのである。
60〜70年配の人たちなので常識は持ち合わせているだろうと安心していたが、
豈図らんや、夜中の2時半まで談論風発の大騒ぎ、それも部屋の戸を開けたまま…。
さすがに我慢しかねて文句を言いに行ったらじきに静かになったが、
今度は酔っぱらったのか、寝惚けたのか、
明け方になってぼくらの部屋の戸を二度にわたって開けるヤツが現れる始末。
おかげで妻もぼくもすっかり寝不足で、ぼくなどは風邪をこじらせてしまった。
温泉に静養に行って疲れて帰ってくるんじゃ、情けない。
タクシーを借り上げて奥出雲町の「鬼の舌震」に向かう。
ぼくは齢五十の今日まで「おにのしたぶる」だと思い込んでいたのだが、
正しくは「おにのしたぶるい」というらしい。
要するに、渓谷に奇岩がゴロゴロの、鬼怒川龍王峡のミニチュア版である。

ぼくが子どものころは、
ただの「大きな岩がある川」という感じだったのだが、
いまは遊歩道まで整備されているので驚いた。
ただし、30分ほど歩くあいだ、日曜日だというのに誰とも出会わなかったが…。
夕方、松江市に入って、親戚に遅まきながらの「結婚の挨拶」。
生家から歩いて3〜4分のところにある温泉宿に宿泊。
女性は色とりどりの浴衣の中から好きなものを選べるので妻は喜んでいた。
料理は「判で押したような温泉料理」のなかではマシな部類で平均点の上クラス、
部屋から大橋川と宍道湖を一望できるのが取り柄だ。
番組のオンエアを、この宿の部屋で見る。
かみさんは我慢して見ていたが、本当のところは眠そうである。
ま、これは、しょうがないか…。
古代史随想…出雲大社
2007/05/26 Sat
何年ぶりになるのだろうか、出雲大社を訪れた。
七年前に、かつて社を支えていた巨大な柱が発掘された。
それ以来、ここに来るのは初めてのことだ。

発掘された柱の大きさからいえば、
かつての出雲大社の本殿は高さが48mに及ぶ巨大な建造物だったという。
事実とすれば、とてつもなく豪壮なものである。
しかし、出雲大社は、
いまの天皇家をいただく「天孫族」と戦って滅ぼされた「出雲族」、
その長であった大国主命を祀った神社であるはずだ。
「祀る」とは、言い替えれば、祟りをなさないように「封じ込める」ことである。
それにしては、48mという高さは豪壮に過ぎないか?
敗残の王朝を地の底に封じ込めたはずの社が、
太陽により近く昇っていく構造を持っているのは矛盾ではないだろうか?
もしかしたら、出雲大社は、
かつてこの地方で栄華を極めた出雲王朝の王宮だったのかもしれない。
48mという高さ(権威の象徴)もそう考えれば説明がつく。
それが「国譲り」をして天孫族に下ったとき、
出雲大社も現在の高さにまで「足切り」がされたのではないか。
…そんなことを考えてみたりする。
してみれば、「出雲族の末裔」たるぼくにとって、ここは恨みのモニュメントだ。
一般的には、出雲大社は「縁結びの神様」として知られる。
幼い頃から何度となく詣っているはずだが、
それにしては「御利益」はずいぶん遅効性だったなあ…と思う。
七年前に、かつて社を支えていた巨大な柱が発掘された。
それ以来、ここに来るのは初めてのことだ。

発掘された柱の大きさからいえば、
かつての出雲大社の本殿は高さが48mに及ぶ巨大な建造物だったという。
事実とすれば、とてつもなく豪壮なものである。
しかし、出雲大社は、
いまの天皇家をいただく「天孫族」と戦って滅ぼされた「出雲族」、
その長であった大国主命を祀った神社であるはずだ。
「祀る」とは、言い替えれば、祟りをなさないように「封じ込める」ことである。
それにしては、48mという高さは豪壮に過ぎないか?
敗残の王朝を地の底に封じ込めたはずの社が、
太陽により近く昇っていく構造を持っているのは矛盾ではないだろうか?
もしかしたら、出雲大社は、
かつてこの地方で栄華を極めた出雲王朝の王宮だったのかもしれない。
48mという高さ(権威の象徴)もそう考えれば説明がつく。
それが「国譲り」をして天孫族に下ったとき、
出雲大社も現在の高さにまで「足切り」がされたのではないか。
…そんなことを考えてみたりする。
してみれば、「出雲族の末裔」たるぼくにとって、ここは恨みのモニュメントだ。
一般的には、出雲大社は「縁結びの神様」として知られる。
幼い頃から何度となく詣っているはずだが、
それにしては「御利益」はずいぶん遅効性だったなあ…と思う。