Season

紅梅

荻窪の我が家の近所に、二月になるといつも綺麗な梅の花を咲かせる家がある。
枝ぶりがいいところをみると、丹精を込めて育てているのだろう。
ちょうど上品なお婆さんが庭に出ていらっしゃったので、一言断ってから写真を撮った。
荻窪の梅の花
紅梅
それぞれに枝ぶりの異なった紅梅が二本、実に美しいものである。
この梅が咲くと、もうじき春なんだな、と思う。
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光の春

北海道から帰ってみると、東京は早くも春の気配を漂わせていた。
気温が20度近くまで上がった日もあるが、何より日差しが柔らかい。
まさに「光の春」で、
この言葉には日本人の季節感と春を迎える歓びが込められていて、いい表現だなあと思う。

通勤路には梅の花が咲き始めた。
代々木の白梅
代々木公園沿いの道路にも白い梅(だろうと思う)が咲いて、綺麗なものである。
通勤途上に足を止めて、写真を撮る。
周囲を見ると、外人さんを含む多くの人たちがデジカメ、携帯電話(のカメラ)を向けている。
平凡な街路樹が、一年に一度、スターの座に躍り出たかのようだ。
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穏やかな、初春

2009年の最初の朝は夕張で迎えた。
昨日までの荒れ模様(千歳空港では80便だかが欠航したはずだ)と打って変わって、
元旦の夕張は穏やかな…うららかと云いたいほどの天気に恵まれた。
元旦の夕張
夕張市立診療所の村上智彦医師の初詣を撮って、今年の抱負を聞く。
自宅で、あるいは老人保健施設で、新しい年を迎えたお年寄りの穏やかな表情を撮る。
夜は(夕張に元日から開いている店なんてないので)ホテルの部屋で
スタッフと焼酎(夕張産長いも焼酎「夕張」)を一本空けて酔っぱらった。

ディレクターも五十を越えれば毎年が崖っぷちである。
いつまで番組を作り続ける体力があるのか、会社が許してくれるのか…

ぼくにとって今年はどんな一年になるのだろうか?
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寒いなあ…

連日、寒い日が続く。
二週間、北海道にいて東京に帰ってきて、
さぞや暖かいかと思ったら、寒いので調子が狂ってしまった。
ちょっと留守にしていたあいだに、
いつもの通勤路の街路樹がすっかり晩秋を思わせる色あいに変わっていた。
代々木公園・寒い日
もちろん、気温などの客観的指標でいえば、北海道が寒いに決まっている。
天気予報によれば明日の北海道(岩見沢)の最高気温は11℃…これは東京の最低気温に等しい。
最低気温は0℃近くまで冷え込みそうだ。
しかし、人の心は不思議なもので、
北海道では「覚悟をしている」ためか、さして寒さを厳しいとは感じず、
東京では油断をしているからなのだろう、寒さが身にしみる。
気分まで、寒々しくなってしまうのだ。

明日はまた夕張である。
寒いと感じるのか、思いのほか暖かいと感じるのか…。
コートは着ないで行くつもりだが、念のため、スーツケースにマフラーを一本入れておいた。
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ラーメンの季節

夕張は日に日に冷え込んできた。
今朝の最低気温は4℃ほどだったそうだ。
東京でいえば、ほぼ真冬の寒さである。
ぼくのいる数日のうちにも紅葉は色濃くなってきており、すでに盛りを越えつつあるようにも見える。

シホロカベツ川
…黙ってこの写真をみせたら、名のある景勝地だとは思わないだろうか。
なんのことはない、ホテルのすぐそば、本町の橋の上から撮ったシホロカベツ川(夕張川の支流)である。
秋のこの季節に夕張に来たのは初めてだが、美しいところだな、とあらためて思う。

そして、冷え込んでくるとラーメンの旨い季節になる。

ホテルの裏にある、カウンター6〜7席ほどの小さなラーメン屋「のんきや」。
おばちゃんが一人でやっている。
メニューは醤油と塩、
それにチャーシューを入れるか、逆に具を抜くか(「かけラーメン」と呼ぶ)しか選択の余地がない。
のんきやのラーメン
それでも、奇を衒わない、しつこ過ぎない味が気に入っていて、
夕張にいるときには三日に一度はここで昼めしを食う(この店は昼の数時間しか開いていない)。
店の絶対数が少ないので他の選択肢がないという側面もなくはないが、
ぼくと一緒に夕張を撮影してきたスタッフはみんなこの店が気に入って、というよりハマって通い詰めた。
だから、この店のラーメンを食べると、
一緒に仕事をしてきた、いまは全国の各地に散らばっている、仲間たちの顔を思い出す。
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梅雨明けとMobileMe

梅雨明けが宣言されたそうだが、いきなり、クラッとくるような猛暑である。
隣の練馬区では最高気温が35℃を超えたらしい。
我が家のある荻窪でも、近いところまで上がったのだろうな。
もっとも、湿気がなく、風があるので室内にいると意外に過ごしやすい。
ぼくの家はマンションの4階で、
南側のバルコニーに面した窓を開け、北側のドアを開けっぱなしにしておく。
風を通すために間仕切りのドアも開けるので、部屋の前の通路を通る人からリヴィングが丸見えになる。
プライヴァシーもへったくれもあったものでないが、爽やかな風が部屋に入ってきて、過ごしやすい。
クーラーをつける必要が全くないのがありがたい。
考えてみれば、伝統的な日本家屋は極めて開放的な構造で建てられており、
昔の日本人も同じようにして涼を取っていたに違いない。

Appleが「MobileMe」と称する新しいWebサービスを始めた。
iPhoneとの連携をメインに考えられたものだろうが、
Docomoの家族割引などを使っている我が家ではそう簡単にiPhoneに替えることもできない。
しかし、「MobileMe」によって、
出先の(例えば会社の)Windowsからでも、
自分のMacを使っているのとほとんど同じ感覚で
MailやiCal(スケジュール管理ソフト)が使えるようになったのは便利。
Galleryというサービスもあって、Web上で簡単にアルバムを公開できるようになった。
新しもの好きのぼくは、春以降に撮った写真を使ってさっそくアルバムを作ってみた。
    ○桜の森の満開の下(東京の桜)
    ○美ら海(慶良間)
    ○変貌する巨大都市・上海

…よろしければ、ご覧ください。

http://gallery.me.com/yoneh

なお、先日、潜った慶良間の海の様子は、Galleryのほか、このホームページでも公開しています。
「DIVE in KERAMA」…写真のセレクトはGalleryと少し変えてあります。
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梅雨入り

関東地方は早くも梅雨入りしたようだ。
連日、鬱陶しい日が続く。

我が家のバルコニーに咲いた花…
薔薇
とてもそうは見えないのだが、実はれっきとした「薔薇」である。
管理が行き届かなかったのだろう(肥料が足りなかったのか?)、今年は貧弱な花ばかりが咲いた。
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福寿草

福寿草
夕張に、遅い春の訪れを告げる、福寿草の花が、咲いた。
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大田黒公園の八重桜

きょうは休日。
医療機関を取材していると、土日は休めることが多いのがありがたい。
(週末は病院が閉まっているので、取材したくても取材にならないのだ…)
妻と二人、近所の定食屋「ゆず」で昼食をとって後、ぼくはカメラ片手に近所を散策した。
大田黒公園の八重桜
大田黒公園には八重桜が綺麗に咲いていた。

仕事の方は、今月いっぱいでほぼロケを終え、連休明けから編集に入る。
7月の初旬までに60分番組を2本作る予定なので、なかなかハード・スケジュールだ。
番組の根本的なところでまだ方針を決めかねているところがあって、
本来ならのんびり散歩をしている場合ではないのかもしれないが、
経験的に云えば、こういうときは焦ってみたところでしょうがない。
春の日の昼下がりを愉しむ。
仕事はケ・セラ・セラ…なるようになるさ。
こういう割り切りが、ぼくがこの仕事を続けながら胃を壊さないでいる秘訣かもしれない。

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名を知らぬ花

我が家の向かいにある都営団地に、春になると花を咲かせる樹がある。
荻窪団地の春
荻窪団地に咲いた花
桜よりひと足遅れて、紅色の花が咲く。
遠くからでもよく目立つ鮮やかさだ。

花の名前に疎いぼくには、なんの花(樹)だかワカラナイ。
わからないままに、毎年写真を撮っている。
今年も、綺麗に、咲いた。
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春雨じゃ…

東京の空はぐずついて、夕方ごろから雨になった。
代々木公園・桜の終わり
桜を散らせる無情の雨、ようやく芽を吹いた若葉にとっては恵みの雨
ぼくは明日からまた夕張に出張することになった。
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花の日曜日

天気のいい日曜日とあって、かみさんと二人、浜田山まで散歩をかねて買物に出た。
道すがら色とりどりの春の花が咲いていて、心を洗われるようだ。
たぶん桃の花
これは、うちのマンションに咲いている花だが、情けないことにぼくには花の名前がわからない。
たぶん、桃の花だと思うのだが
モクレン
こちらはモクレンだろう。
近所の民家の庭先に咲いていたものだ。
善福寺川・名残の桜
善福寺川の河畔には名残の桜。
散り始めた桜を愛で、ぼくたちのようにそぞろ歩いたり、車座になって宴を愉しむ人々がいる。

浜田山では、夕食(生春巻ほかの献立)の材料を買い、園芸店で大きめの鉢を求める。
ついでに愛梨の花の小鉢とアイビーを買って、荷物が多いのでタクシーで帰る。
帰宅して、さっそく、新芽を伸ばし始めた薔薇をひとまわり大きな鉢に植え替える。
ドラセナの鉢から冬の間に傷んでしまった株を抜き、替わりにアイビーを植えてやる。
水のやり過ぎで根腐れを起こしてしまったセンスベリアの替わりに愛梨を植える。
愛梨の白い花はいまが満開、うまく実が生ってくれると一石二鳥だ(笑)。
その後は、熱帯魚の水替え、靴磨き…春の日曜日はけっこう忙しい。
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桜を見るには薄曇りがいい。

桜の花は美しい。
しかし、その美しさは、決して陽気なものではない。
桜は「陰」の花であり、そのたたずまいは花の盛りにおいてさえどこか死を思わせる。
桜の花に惹かれるのは、ぼくが本質的に陰気な人間…ネクラだからなのだろう。

千鳥ケ淵の桜を見に行った。
皇居の北側に位置する陰気な土地柄(戦没者墓苑があったりする)に桜がよく似合う。
桜を見るには薄曇りがいい。
花の陰鬱な美しさが映えるからで、ピーカン(快晴)は花見にはそぐわない。
そういう意味で、きょうは絶好の花見日和だ。
九段下の人出
桜が見ごろの土曜日とあって、大変な人出である。
いいポジションから写真を撮ろうとすれば、ほとんど「順番待ち」(笑)の状態。
本格的な一眼レフ、コンデジ、携帯電話…まるでカメラの見本市だ。
ぼくの花見の目的のひとつは「写真を撮ること」なのだが、
大きな一眼レフや交換レンズ、ましてや三脚などを持って歩く気にはならないので、
愛用のコンパクト・デジカメ(28mm単眼レンズ付)をバッグに放り込んでほっつき歩く。
半蔵門から北の丸公園を抜けて九段下まで、一時間あまり。
人ごみは嫌いな性質(たち)だが、今日ばかりはやむを得まい。
ここには桜そっちのけの酔っ払い集団がいないのが何よりである。

独り歩きの「花見」を終えて新宿へ。
歌舞伎町で王家衛(ウォン・カーウァイ)の最新作「マイ・ブルーベリー・ナイツ」を観る。
王家衛としては初めて全編を英語で撮った作品だが、如何にも「らしい」スタイリッシュな映画。
新宿逢う魔が時
映画が終わって街に出ると、逢う魔が時の新宿は、いつのまにか晴れ上がっていた…。
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桜前線

千葉・東金市での撮影を終えて東京に帰ってくる。
東金の桜はまだ三分咲きくらいのものだったが、東京はほぼ満開。
首都高からみると、千鳥ケ淵あたり、桜の花がいまを盛りと咲き競っている。
きっと“桜前線”は、江戸川を越えて千葉市あたりまで行ったところで息が切れてしまったのだろう。
西口の桜
NHKの西口の前に一本の桜の古木がある。
たいそう枝ぶりのいい樹で、毎年、この樹が花を咲かせると写真を撮る。
そして、春が来たな、と思う。
云わば、ぼくの「基準木」である。
土地がもったいないとでも思ったのだろうか、
去年、桜の樹を囲むように駐輪場が作られ、「なんと艶消しなことを…」とぼくはがっかりした。
桜の下には死体が埋まっているべきで、間違ってもオートバイや自転車が放置されていてはいけない。
ぼくは、下の方は見ないようにしながら花を愛で、写真を撮った。
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善福寺川の春

きょうから泊まりがけで東金(千葉県)のロケ。
撮影は夕方からなので、時間の余裕がある。
ちょっと気が早いのだが、“プチ花見”気分で、妻とふたり善福寺川の河畔公園を歩いてみた。
出張が続くので(30日からは北海道の夕張だ)、花の盛りには東京にいられない可能性があるからだ。

善福寺川の桜
桜は…四分から五分咲きというところだろうか。
しかし、陽当たりのいい場所では、既に見ごろを迎えていた。
毎年思うのだが、桜が美しいのは東京の数少ない美点で、桜の季節だけはこの街が好きになる。
ハクモクレン
そして、桜よりも美しく印象に残ったのが、盛りを過ぎようとしているハクモクレンの白い花だ。

花を愛で、写真を撮る。
散歩に時間を費やしすぎて、
ゆっくり昼食をとるだけの時間がなくなってしまった…
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春、休日、映画…

東京はすっかり暖かくなっていた。
きょうは綿のセーターに裏地のついたGジャンで出かけた。
陽が落ちても、これで充分である。

荻窪駅前・黄昏
(午後6時前、荻窪駅南口にて撮影)

きのう北海道から帰ってきて、きょうは仕事が休みなので、映画を観に行く。
フィルムセンターでマキノ雅弘の「次郎長三国志」(鶴田浩二版)を観るつもりでいたのだが、
京橋まで行って気が変わり、歌舞伎町に取って返して、コーエン兄弟の「ノーカントリー」を観る。
しばらく出張が続くので、ぼやぼやしていたら見逃してしまうことにもなりかねないからだ。
この映画は、同じコーエン兄弟の「ファーゴ」にも一脈通じる、救いのない人間ドラマ。
なんといっても、ハビエル・バルデムの殺し屋が凄い…というか、凄すぎる。
怖すぎて、夢に出てきてうなされそうだ。
「海を飛ぶ夢」で、脊椎損傷のため車椅子の生活を送る主人公を演じた同じ俳優とはとても思えない…
このハビエル・バルデムを見るだけでも、料金分の価値は充分にある。
バルデムはこの映画でアカデミーの助演男優賞を獲ったが、
トミー・リー・ジョーンズやジョシュ・ブローリンを抑えて、印象としては完全に主役だよな…。


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もう、春。

ぼくが住む荻窪には庭を丹精している家が多く、ここ数日、通勤路に花が目立ち始めた。
きょうは、今年初めてコートを着ないで家を出た。
早春・代々木公園
代々木公園「花の散歩道」を抜けて会社に向かう。
花はまだ咲かないが、緑がみずみずしくなって、確かな気配が漂う。
もうすぐそこまで、春。
田起こし(東金)
きょうは千葉県東金市でロケ。
田んぼでは、田起こしが始まっていた。
田植えは来月の20日頃になりそうだという。

背景に見える建物が県立東金病院。
崩壊に瀕した地域の医療の再生に挑む姿を撮影にきた。
今年の春は、東金と丹波と北海道(夕張)を行ったり来たりしながら迎えることになりそうだ。
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古い奴だとお笑いでしょうが…

出張から帰ってきたら、今年最初の薔薇が満開だった。
最初の白薔薇
剪定するつもりだった枝を蕾がついたので残したものだ。
伸び切った枝の先で真っ白な花が重そうに揺れていた。

夜は京橋のフィルムセンターにやくざ映画を観に行った。
マキノ雅弘晩年の秀作「昭和残侠伝 死んで貰います」である。
ぼくの裡にはもともと「古い日本人」の部分があるが、
年齢とともにそれがだんだん表面に浮かび上がってきたようだ。
「死んで貰います」は東映仁侠映画群のなかでもとりわけ好きな一本で、
1970年の製作というのがいまとなっては意外なほど、新しいものは何もない映画。
コクのある描写は「伝統芸能」そのもので、やくざ映画というより人情劇・世話物の印象である。
荒木道子の盲いた母と高倉健…生さぬ仲の母子の交情。
主筋の高倉をかばおうと敢えて人前で殴って見せる板前の池部良(安宅の関の弁慶である)。
優男だけにどこか「遊び人」らしい色気を漂わせた池部が、
流れ者が先代の主に拾われ堅気として暮らした十数年の恩義に報いようと死地に赴く。
止める高倉に「これが男の花道です」といいながらドスの封印を切って「ご一緒させていただきます」。
いい芝居だね、見せ場だね。
大向こうから声がかかりそうだ。
そして、殴り込みに行く高倉を止めたい気持をぐっと堪えて、
「死なないで。そして、これからは私だけのための義理と情に生きて」と見送る藤純子の芸者。
泣かせるね(この頃の藤純子は、まさに零れんばかりに美しい)。
…ここには新しいものはなにひとつとしてない。
だがマキノ雅弘の熟達した腕で古い世界の情緒をたっぷりと見せてくれれば、他には何もいらない。
スクリーンに展開するいたって古風なドラマを見つめながら、心地よい酔いに身を委ねるだけだ。
日本人でよかった、ね。

こんな映画をみた夜は、古くて静かな酒場で盃を傾けたくなる(もちろん日本酒でなければならない)。
最近、近所に格好の店を見つけた。
「播州」といい、70歳前後の主と姉弟、親子三人でやっている小さな店だ。
播州
まるで骨董品みたいな雰囲気が好ましい。
戦後すぐからある建物で、いまの主が経営するようになってから既に45年たつという。
なんでも晩年の井伏鱒二(荻窪在住で著書に「荻窪風土記」がある)も通ってきたらしい。
三十代の息子が作る料理は洒落すぎず、それでいて味は一工夫あって旨く、値段も高くない。
荻窪駅のそばの中央線の線路沿いにあるのだが、
通勤路から外れているので長いあいだ気がつかずにいた店だ。
温燗の酒を嘗めながら(こういう店では、やっぱり冷より温燗がいい)、
細魚の刺身、鯛の刺身の荏胡麻あえ、蛸の子を炊き込んだものなどをつまんだ。
…日本人でよかった、ね。
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梅は咲いたか桜は…

ここ数日のあいだに丹波はめっきり春めいてきた。
午前中は連日深い霧に覆われているが、午頃には晴れて、暑いくらいになる。
コートなんか着ていられない。
市内の公園では、陽気に花のつぼみがほころんだ。
花
ぼくは花の名前には疎いので、これが梅なのか、桃なのか、それとも桜なのかワカラナイ。
「風流」を気取ろうにもこれでは情けないが、いずれにせよその類の花には違いない。
春の足音がもうすぐそばに聞こえてきた…
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薔薇のつぼみ

オーソン・ウェルズの話をしようというのではない。
ここのところ東京はすっかり春めいてきて、
我が家のバルコニーでは薔薇が今年最初のつぼみをつけた。
薔薇のつぼみ
もういまにも開かんばかりだが、この花が咲く頃には、ぼくはまた次の出張に出ているのだろう。
冬枯れの季節を耐えた植物の逞しい生命力が、なんとも愛おしいものに思えてくる。
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新芽

雪が消えたと思ったら、バルコニーの薔薇が次々に新芽を吹いた。
新芽
冬になって葉を落とした茎のあちこちから新しい芽が顔を出している。
寒い季節を耐えに耐えた生命力が時を得て爆発しているかのようだ。
まだ2月だというのに…大丈夫かな?
気が早過ぎるんじゃないかと、ちょっと心配になる。
天気予報によれば、明日からまた冷え込む(雪になる)ようだ。
せっかく芽吹いた新芽が枯れたりしないよう、信じてもいない神様にお祈りでもしておこうか。
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シャイニング

久しぶりに夕張を訪ねた。
夕張は深い雪に覆われていた。そして、寒い。
夕張
ホテルから診療所に続く道には、人の背丈を超える雪の壁がそそり立っていた。
ぼくはスタンリー・キューブリック「シャイニング」のクライマックス、
雪の迷路のなかを
ジャック・ニコルソンが幼い息子を追いかけまわすシーンを思い出した。

キューブリックの「シャイニング」('80)はモダン・ホラーの名作として名高い。
しかし、スティーブン・キングの原作は映画の三倍くらい面白い。
さしものキューブリックも、原作のもつ圧倒的なパワーと量感の前には霞む。

映画版「シャイニング」には、ふたつの欠陥があると思う。
キングの原作のみそは、
幼い息子が持つ超能力(=シャイニング)に感応して
古いホテルの地縛霊(?)が蠢き始める、
それが家族の最も弱い輪である父親を狂わせていくというところにあったはずだ。
ところが、映画版はそのあたりの構造が曖昧で、
息子が超能力の持ち主であるということの意味がよく解らなくなっていた。
もうひとつはジャック・ニコルソン特有のオーヴァーアクトで、
これでは始めから狂っているようにしか見えない(笑)。

それでも、
雪がうず高く積もっているなかの細い道を通るときには、
必ず白昼の夢魔のように映画のクライマックス・シーンを思い出す。
それだけ迫力があったということなのだろう。
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がんがらがん

きのう釧路に帰ってきたのだが、酷く寒い。
歩いていても耳がちぎれそうだし、
手袋をしていても(北海道では「手袋を履く」という)指先が痛い。

北海道弁で酷く寒いことを「しばれる」と表現するが、
もっと寒いときには「がんがらがん」という言葉を使う。
「がんがらがんに冷えてるわ、いやいやいやぁ…」という風にいうのである。
もっとも北海道全域で使う言葉かどうかは判らない。
「がんがらがん」という言葉の響きには、雪よりも氷を思わせるものがある。
雪は少ないが、すべてが凍りつく道東地方の言葉なのかもしれない。

ともあれ、釧路は「がんがらがん」である。
今朝の最低気温はー10℃だったというからたいしたことはないのだが、
それでも数字以上の寒さを感じている。
ともかく、寒いというより「痛い」のである。
ぼくはこれから知床の羅臼に向かう。
明日は潜るのだが、
「がんがらがん」のなか何を酔狂に海に潜るのかと、自分で自分に呆れている。
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静けさ

妹と一緒に中国旅行に出かけるかみさんが、今朝早く家を発っていった。
遠足前の小学生みたいなもので、
真夜中に引き出しを開けて荷物を詰め始めたり、
彼の地での買物や食べ物についてぼくに話しかけてきたりして、
昨夜は満足に眠らせてもらえなかった(…笑)。

スーツケースが重いので、夜明けの街を最寄りの駅まで送っていった。
荻窪駅前
東京とはいえ、我が家は郊外の住宅地にあるので、正月は静かなものだ。
時間が早いためもあるのだが、道行く人の姿はほとんどない。

我が家もすっかり静かになった。
ぼくも高二の息子もどちらかと云えば内向的な(?)タイプなので、
それぞれが好きなことをして時間を過ごす。
ぼくは本(ダン・シモンズ「夜更けのエントロピー」)を読むほかは、
パソコンに向かっている時間が長い。
ネットをチェックしたり、写真のレタッチや仕事のメモを整理したり…。
息子は自分の部屋にこもって…たぶん勉強をしているのだろう。
かみさんがいないとテレビを点けるのがいない。
近所の人たちもひっそりと時間を過ごしているようで、
時おり子どものはしゃぐ声が聞こえるだけで静かなものである。

今年はよく晴れた正月で、
うららかな陽射しが南側の窓を通してリビングに射し込んでくる。
こんな静かな時間を過ごすことは、今年もう何度もないだろうな、と思ったりする。
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紅葉の季節

我が家から歩いて5分のところにある大田黒公園。
もともとは大田黒某氏の宏大な邸宅(別荘?)の庭だったという。
毎年、師走の声を聞くころになると、園内の紅葉・銀杏が美しく色づく。
大田黒公園・紅葉
休日とあって、かみさんと一緒に午後のひとときを散歩と洒落込んだ。
銀杏はまだ少々青みを残しているが、紅葉は見ごろ。
夜にはライトアップもされるので、家族連れやお年寄りで賑わう。
夜の紅葉
なにしろ近所のことなので、ぼくは日没とともに写真を撮りに出直した。
空がまだ青みを残している10分〜15分、わずかな時間を狙ってシャッターを切る。
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紅葉

札幌の北海道庁に自治体病院の再編について話を訊きに行った。
取材を終えて外に出ると、道庁の広場の紅葉が美しい。
紅葉(北海道庁)
これから上富良野町に向かうのだが、
汽車まで時間があったので、しばらく足を止めて紅葉狩りと洒落込んだ。
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葡萄狩り

夕張医療センターの中庭に葡萄が実った。
いつの頃からあるものか、ずいぶん古い葡萄の木らしい。
手入れもせず肥料もやらないでいるのだが、
毎年この時期になると葡萄の房がたわわになるという。
きょうは、老人保健施設の入所者たちが身近な場所での葡萄狩りを愉しんだ。
葡萄狩り
収穫した葡萄の実をぼくも何粒かいただいた。
甘さのなかにちょっと野性的な酸味が利いていて、なかなか美味しい葡萄だった。
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北海道の寒さ

久しぶりに夕張に入った。
ロケが終了してから、ちょうど二ヶ月ぶりだ。
市立診療所の前の街路樹(ナナカマド)が真っ赤に紅葉していた。
夕張では先週末に「もみじ祭り」が行われたそうである。
夕張のナナカマド
千歳空港に降り立ったとたんに驚いたのが寒さで、午前10時過ぎで気温は12℃。
秋用のジャケットを着こんできたのだが(東京では昨日まで半袖だった)、
それでも肌寒く感じるほどだ。
北海道に慣れたぼくですらそう思うくらいだから、
夕張の医療を再生するために乗り込んできた「内地出身者」は震え上がったようだ。
東京出身の相談員のOさんも、関西出身のT医師も、
果たして夕張で冬を越せるかどうか不安になってしまったという。

温暖な広島で育ったぼくが社会人になっていきなり釧路に配属された28年前、
間借りした四畳半は老朽化していて建て付けが悪く、
すきま風が吹き込むので、明け方など室内温度がー4度くらいまで下がった。
呼気に含まれる水分が凍って、布団の襟がばりばりになったものだ。
内風呂がないので銭湯に行くのだが、
風呂上がりの帰り道、わずか数分のあいだに髪の毛が凍った。
部屋に帰って櫛で梳くと、畳に氷の塊がバラバラッと落ちたものである。
濡れたタオルも凍って、まるで棒みたいになった。
それでも無事に一冬越し、二冬越して、結局、北海道に居ついてしまった。
だから大丈夫ですよと励ましたのだが…。
あとで考えてみれば、
これは脅かしただけで、ちっとも励ましにはなってなかったかもしれない(笑)。
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ナンテンの花

我が家のポーチに置いた鉢植えのナンテンが花をつけた。
ナンテン
ちいさくて可憐な白い花
この鉢植えは妻が知り合いからもらってきたもので、
今年で3年目だと思うが、花をつけたのは初めてのことである。
ようやく我が家の環境に馴染んでくれた、ということなのだろうか。
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