Personal

思いがけない休日

MA(音入れ)が順調に進んで昨日一日で終わったので、きょうは思いがけず休むことができた。
全く意識していなかったのだが、きょうは春分の日で、世の中は基本的に休みだったのですね。
午前中は雨模様だったが午頃からは晴れて、暖かくなった。
ただし風が強いので、ポーチに置いた鉢植えのナンテンが盛大に葉を散らせた。
きっと冬のあいだに弱っていたのだろう。
マンションの踊り場から階段にかけて季節外れの落ち葉だらけで、
近所迷惑でもあるので大慌てで掃除をするハメになった。
枝葉を繁らせ過ぎでもあったので、一念発起して、病葉を刈り込んで“ダイエット”してやる。
WBCの韓国戦を観てから始めたので、これでほとんど午後が潰れてしまった。
夕方になってからかみさんの鍼灸院で鍼を打ってもらうために家を出たが、
暖かいのでコートもジャケットも着ず、セーターの上にGジャンを羽織っていった。
花粉が盛大に飛んでいるらしく、目が痒くてしょうがない。
近所の家ではハクモクレンの花が咲いている。
あと一週間かそこらで桜も咲くのだろうな。
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寒い、ネ…。

今年の釧路は「百年に一度の暖冬」だというが、ぼくが帰ってきてからはけっこう寒い。
それとも、寒冷地仕様だったはずのぼくの体が東京暮らしでなまってしまったのか…。
きょうは三食ともに自宅で。
朝はラーメン、昼は広島風お好み焼き、夜は鯖の一夜干し.etc…。
昼食後に玄関前の雪かきをする。
「雪かき」といっても、降ってからしばらくたつらしく、がちがちに凍って氷に近い雪だ。
凍った雪の塊をスコップで突き崩すのには力が要る。
手袋をしていなかったので、指先がじんじんと痛み出す。
落日
きょうも和商で買い物をして、帰りに幣舞橋で夕日を撮る。
夕焼けは毎日表情が違うので、飽きもしないで撮り続けている。
市内の燃料店に電話をして薪を届けてもらう。
十把5250円也…薪ストーブの暖かさは人間的で好きなのだが、あまり経済的とは言えないようだ。
和商で買ってきた真かすべ(山盛りの切り身が一皿680円)を煮付ける。
きょうも落語(円生「一人酒」)とJazzを聴く(いま聴いているのはジミー・スミスだ)。
本は「ゴールデンスランパー」を読み終えて、船戸与一の「満州国演義5」を読み始めている。
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独り者の夜

釧路に帰ってきた。
昨夜は昔なじみのカメラマン(いまは釧路で管理職をしている)と一緒に飲んで、
最近の番組は説明的すぎて面白くもなんともない!…という話で盛り上がる。
考えてみれば、仕事の話をしながら酒を飲む機会がずいぶん減ったなあ。
若い頃は、ほぼ毎晩のように、同僚たちと仕事の話をしつつ飲んだくれていたのだが。

きょうからは、
金もないし、のんびりしたいという気持ちもあって、飲みには出ず家で過ごすつもりだ。
和商市場に行って、
いまが旬の氷下魚の生干し(風蓮湖産のものが一番旨いと思う)、
スルメイカの一夜干し、ヤリイカ(生…刺身用)、鰰の飯寿司、青唐辛子の辛子明太子など買う。
釧路川の夕日(6日)
和商の帰り道、幣舞橋にさしかかる頃に夕日が沈む。
夕日の写真を撮って帰るのが、釧路にいるときのぼくのいつもの日課だ。

前に帰っきたときに買った「北の勝・純米」が残っているので、
一杯やりながら、落語(志ん生「鰍沢」)を聴き、釧路の旨い魚を食べる。
落語を聴き終わると今度は音楽、
ダウンタウンブギウギバンド、加藤登紀子、そして古いJazz…。
釧路のオーディオ装置は、アキュフェーズのアンプにスピーカーはタンノイ…
アナログでこそないが、東京のマンションにある装置よりも遥かに元手がかかっている。
一戸建てだから、真夜中に大音量で聴いても近所から苦情がくる気遣いはない。
ストーブに薪をくべ、炉辺でウィスキーや焼酎を嘗めながら、好きな音楽を聴いて陶然とする。
ぼくにとって、しみじみと幸福な時間だ。

独身時代は、望みさえすれば、いつだってそんな時間があった。
家庭を持つということは、自分の時間を犠牲にすることなのだと、今更ながらに思う。
東京にいると、妻や息子は落語が解らないので、ぼくが落語を聴いていると迷惑がられる。
かみさんがテレビを見るので、おちおち音楽を聴いていることもできない。
こうして独りで釧路に帰ってきたときだけ、かつての豊かな時間が戻ってくる。
かみさんが何度も電話してくる。
きっと、ぼくが「孤独」という名の昔の女とよりを戻してしまうのを警戒しているのだろう。
東京にいるときは、午前1時ごろになると「早く寝なさい!」と怒られるのだが、
釧路では誰もそんなことを云わないので、
午前2時過ぎまでベッドで読書、伊坂幸太郎「ゴールデンスランパー」を読み終えてから寝た。
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なんて静かなお正月…

東京は天気に恵まれたお正月で、
日溜まりのリビングで大学受験を控えた息子は一日中勉強をしている。
妻は出かけていて、ぼくは日がなパソコンに向かっている。
テレビのスウィッチを入れる者が誰もいないので(ぼくは元々ほとんどテレビを見ない)、とても静かだ。

ぼくは映画を見に行こうかと思っていた。
渋谷のシネマ・ヴェーラで、ちょっと気の利いたロマンポルノの二本立てをやっている。
神代辰巳の「壇ノ浦夜枕合戦」('77)と田中登の「江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者」('76)。
二本とも学生時代に封切りで見て、それ以来だ。
でも、正月早々、ポルノを観るのもなんだか気が重かったので、止めてしまった。
(ぼくはどちらかと云えば、ポルノやラブコメより暴力的な映画を愛好するタイプである…笑)
で、映画の代わりに何をやったかと云うと、包丁研ぎ。
普段かみさんによってすいぶん乱暴に扱われている菜切り、三徳、小刀を中砥にかけ、仕上げ砥で磨く。
あまり正月にやることではないかもしれないが、これはぼくの趣味みたいなものである。

そんなわけで。
本当に静かな静かな時間が過ぎていく…
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大つごもり

「大つごもり」…最近はあまり耳にしなくなったが、好きな言葉である。
漢字で書くと「大晦」。
一年の最後の日の、しんと底冷えのする寒さと沈んだ静けさ…どこか内省的な響きがある。
財政破綻をして、高齢化が進むばかりの夕張の町には、「大つごもり」という言葉がよく似合う。
宮前の市営住宅群
深い雪に降りこめられて迎えた夕張の大つごもり。
静かな、年の終わりをロケする。
ぼくは元来、西欧風にカウントダウンして新年を迎える陽気さを持ちあわせていない。
大晦日は、過ぎていく一年を哀惜するように静かに過ごしたいと思う。
夕張医療センターの老人保健施設の食堂に集まって
「紅白」を見ている20人余りのお年寄りたちの表情を撮って、21時、今年の仕事が終わった。

泊まっているホテル(シューパロ)の裏に「バロン」という名の小さな酒場がある。
女主人が一人で切り盛りしている店だが、
亡くなったご主人が残したという数百枚(千枚以上?)の古いジャズのLPがあって、
好きなレコードをアルテックのスピーカーで鳴らしてくれる(アンプはラックスのトランジスタだ)。
ぼくは1950〜60年代前半のJazzが好きで、若い頃はオーディオに凝って給料をつぎ込んだこともある。
アルテックは当時ぼくが最も憧れていたスピーカーのメーカーで(いまは見る影もない)、
必ずしもワイドレンジというわけではないが、音楽の熱気と情感を余すところなく伝えてくれる。
「バロン」に置いてある「Model 19」は、
当時(30年ほど前)、ペアで90万円くらいしたはずで、もちろんぼくに手が届くはずがなかった。
古いジャズを聴くにはまァこれ以上はないという銘機で、
事実、この店のアルテックはいまも素晴らしい音で鳴っている。
アナログってやっぱりいいなあ…と素直にそう思えてしまう音だ。
女主人に無理を云って店を開けてもらって、一年の最後を古いジャズを聴いて過ごした。
(夕張が賑やかだった時代には、大晦日は午前3時くらいまで店を開けていたものだという。)
ジョージ・ケイブルスにチック・コリア、ジャズ・メッセンジャーズ&セロニアス・モンク…
最後の曲には、大好きなカーティス・フラー&ベニー・ゴルソンの「Fivespot After Dark」を選んだ。
女主人の心尽くしの「ひと足早いお節料理」を食べて、ぼくの一年が終わった。
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悲しみ本線日本海

未明、会社の大先輩である片島紀男さんが亡くなった。68才だった。
食道癌を患い、闘病生活を送っていた。
ぼくは土曜日(20日)に見舞いに行ってきたが、
もう永くはないと聞いていたので、内心「暇乞い」のつもりだった。
ぼくが訪れたとき片島さんは麻酔で眠っていたが、
やがて目を覚ますと、
食道にできた癌が気管を圧迫するのか呼吸をするにもひどく苦しそうで、
「たまらねえな」と吐き出すようにいった。
看病のため枕元に付き添っていた娘さんに訊かれて
ぼくが片島さんと出会ったのは昭和59年(1984年)であることを話すと、
聞いていたカタさんは「もうそんなになるのか…」とぽつんと呟いた。
それが、カタさんの、心に残る最後の言葉になった。

片島さんは60年安保の体験を生涯引きずった気骨あるOld Leftで、
酒を飲んでいるときに「お前は前衛としての自覚が足りない」と怒られたことがある。
ぼくは自分が「前衛」などと、おこがましいことを思ったことは一度もなかったのだが…。
それでいて、高松宮が残した日記を基に番組を作り、宮家の信頼も篤いという不思議な人だった。
60才の定年まで現役ディレクターとして精力的に番組を作り続け、
だらしない飲んだくれで出世にも無縁だったが、志を曲げない生き方は多くの若手に慕われていた。
代表作はNHKスペシャルで放送した「命燃えつきる時 〜作家・壇一雄の最期」(1987)だろうが、
片島さん自身が多分に「火宅の人」っぽいところがあって、
カタさんが惚れていた(惚れられていた?)女性とのあいだに入って右往左往した苦い思い出もある。
「三鷹事件」など戦後に起きた怪事件の真相を追い続けて、
その縁なのだろう、
ディレクターを引退した後は、帝銀事件の犯人とされた「平沢貞通氏を救う会」の事務局長を務めた。
思い出はきりがないのだが、
会社の数多い先輩たちのなかでも最も好きだった人であり、
ぼく自身が「かくありたい」と思ってきた(酔態ではない、仕事の話…)、
そして、いまも目標にしている人である。

カタさんは酒に酔うと上手いとは言えない歌をうたった。
ア・カペラならポーランドのパルチザンの歌、
カラオケなら森昌子の「悲しみ本線日本海」が十八番だった。
上手くはないが、語り込むように歌う「悲しみ本線…」は絶品だった。

何処へ帰るの 海鳥たちよ
シベリアおろしの 北の海
私には 戻る 胸もない 戻る 戻る 胸もない
もしも 死んだら あなた あなた泣いてくれますか
寒い こころ 寒い 哀しみ本線 日本海
(作詞 荒木とよひさ 作曲 浜圭介)

…もう一度、カタさんのあの歌を聴きたいと、いま切実にそう思う。
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忙中閑有

連日の編集作業が続く。
体調はイマイチの状態が続いている。
そうしたなかで、今日はちょっとした「忙中閑有」の一日となった。

といっても、必ずしものんびりしていたというわけでもない。
朝は8時前に出て、(受験生を抱えているので)「三者面談」というヤツで息子の高校へ。
そのついでと云ってはなんだが、闘病生活を送っている会社の先輩を見舞いに八王子まで行く。
午後1時をちょっとまわって出勤、それから編集。
思いのほか早く区切りのところまでたどり着いたので、予定より早く18時過ぎに“本日閉店”をする。
かみさんに電話をしてみると、
かみさんも仕事が早く終わりそうだというので、
息子を呼び出して久しぶりに家族三人で外食をすることになった。
大昌園
行った先は幡ヶ谷六号通り商店街にある焼肉屋(…というより「ホルモン屋」の佇まいだ)、「大昌園」。
独身時代(といっても、それほど昔の話でもない)、この店のすぐ近所に住んでいた。
その頃からの行きつけである。
東京に焼肉屋は星の数ほどあれど、ぼくが食べた限りではこの店が一番旨い。
小さくてきれいとは云えない店だが(遠慮がちな表現…笑)、それだけにコスト・パフォーマンスがいい。
今日の注文は、
豚足(家族全員この店の豚足が好きで行けば必ず注文する)に、
塩センマイ(軽く炙って食べると絶品!)、塩レバ、塩タンが各二人前、
ミノとホルモンはタレでこれも二人前、
後は追加でカルビとコブクロを一人前ずつ、それにキムチ、ナムル、クッパにビビンバ。
この店の肉は、コブクロを除いて、生焼けで食べるのが美味しい。
カウンターで食べているときなど、
うっかりこんがり焼いてしまうと店主(おばちゃん)に怒られてしまう(笑)。
たらふく食べて、ビールを4本飲み、勘定は1万7千円余り。
いつもより少し高くついたが、それでもこの値段だから、いまどき大変「良心的」な部類である。

今夜は年賀状を書く(というかデザインする)つもりだったのだが、
いささか酔ってしまったようで、かったるくなって、明日に先送りすることにした。
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五十坂

風邪を引いてどん底の体調である。
それでも、もう番組の編集作業に入っているので休めない。
ロケの最後の方で体調を崩していたのだが、
そのまま編集に入ったので疲れが一気に出たものと考えられる。
それでなくても、一日10時間以上、狭い編集室に缶詰めになっての仕事は心身に堪えるのだ。
もともと熱は出ないタイプなのだが、
一日中鼻をかみっぱなしのうえ、節々が痛いので気が滅入る。
思えば、若い頃は…というより、つい先日までは…、
ロケの後、休みなく編集に入るのは当たり前で、だからといって体調を崩すことはなかった。
それがいつの間にか、無理が利かなくなってきたようである。
五十の坂に差しかかれば、誰しもきっとそういうものなのだろう。
そう思いながらも、
ぼくは体力だけには自信があったので、
自分が「歳をとった」という事実を認めるのは、いたって不本意な気がする。

このまま29日まで編集室にこもって、30日から正月の2日までは、また夕張ロケの予定。
それからまた編集に入るのだが、運が良ければ、1月の3日と4日は休むことができるだろう。
このスケジュールでは、
果たして年賀状を書く暇があるかどうか疑問で、
友人知己に不義理をすることになりそうなのが気にかかっている。
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いよいよ逃げ切れない、かも…

妻がぼくのためのランニング・シューズを買い込んできた。
軽いうえに、底に空気のクッションが入っているので膝や足首を痛めないという触れ込みである。
SDIM0217
ナイキのエアマックス、
もちろんプレミアムがつくという「95」ではないが、それでもブランド品には違いない。
値段にして1万円以上はするようだ。

ぼくは、若いときも含めて、こんないい靴を履いて走ったことは一度もない。
ここ二回走ったときは、普段履きのNB(ニューバランス)のスニーカーを履いていた。
「締まり屋」の妻が大盤振る舞いをしたところをみると、
是が非でもぼくを一緒に走らせたいという不退転の決意の表れなのだろう。
(妻は、健康とダイエットのために「週に二回は走りたい」などと口走っている。)
妻のスローなジョギングに付き合うのに、1万円以上する靴は明らかにオーバー・スペックなのだが…。

明日、出勤前に走ろうと妻は云う。
あいにく、明日の天気予報は雨なのだが…。
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再び、走る。

妻にせがまれて2週間ぶりに走った。
前回走って以来、妻はすっかり“その気”になって、
ランニング・シューズやジョギング・ウェアを買ってきた(どうやら「形から入る」タイプらしい)。
ところが、結局それから一度も走っていないわけで、
きょうは朝から「一人じゃ走れないから、一緒に走ってくれなきゃダメ」とぼくをせっつく。
息子は「つきあいきれない」と拒んだので、
しょうがない、ぼくが妻のスピードに合わせて並走することにした。

妻はぼくが早足で歩くのに毛が生えたくらいのスピードでとろとろと走る。
つきあって善福寺河畔を五日市街道まで行って折り返し、
最後の方は「もう走れない、歩く」というのを叱咤激励しながら、4km弱を30分近くかけて完走した。
ぼくはこれでは「走った気がしない」ので、
最後の100mほどを短距離並みのスピードで全力疾走し、それですっきりした。
前回は汗びっしょりになったが、きょうはようやく汗をかいた程度で、呼吸もほとんど乱れていない。
この程度でいいなら毎日だって走れそうだ。
(「走りたい」という意味ではないから、妻よ誤解するな。)
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日暮れて道遠し

昨日の夜、注文していた煉瓦が届いたので、きょうは半日がかりで玄関の前と裏庭に敷く。
煉瓦敷きの舗道
先日(27日)の写真と比べてみると、煉瓦の道がひとまわり幅広くなったのがわかる。
裏庭
裏庭の方は、いかにも「まだ手を付けたばかりです」という感じ。
7月に100個、今回は120個の煉瓦を敷いてようやくこの程度だから、前途遼遠と言わざるを得ない。

夕方、和商市場に買い物に行く。
サンマの一夜干し120円、サンマの刺身250円、イカの一夜干しが2枚で550円…しめて980円也。
魚好きの人間にとって、釧路の秋は堪えられない(あと一月もすればシシャモの季節である)。

帰りに幣舞橋で夕日を撮影した。
夕暮れの岸壁
ぼくの好きな場所、好きな時間である。
釧路にいるときは、このあたりで日没を撮影するのがほぼ日課のようになっている。
もう何百枚撮ったか知れないが、毎日の表情が微妙に違い、飽きることがない。
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釧路の休日は“家事”に追われながら…

きのう二ヶ月ぶりに釧路に帰ってきた。
思ったほど寒くはなかったが、陽が沈むとストーブが恋しくなる。
水曜日から夕張への出張(ロケ)なので、
このまま東京には戻らず、千歳空港でロケ・クルーと合流するつもりだ。

たまにしか帰ってこないので、掃除や草刈りなどの“家事”に追われることになる。
特に草刈りは「きりがない」ので、前回帰ってきたときに玄関の前に煉瓦を敷き詰めた。
舗道
家が草に覆われると廃屋じみた印象になってしまうので、
煉瓦で草の侵入を防ぐとともにエントランスを洒落た雰囲気にしようという一石二鳥を狙ったものだ。
こうしてみると、なかなか効果的だったと思う。
雑草
しかし、よく見ると、雑草は隙間を狙って早くも侵入を試みている。
さっそく除草剤を買ってきてかけてやる。
本当は除草剤を使うのは嫌なのだが、雑草との終わりなき戦いに疲れ果てて、前回から使い始めた。
除草剤の効果
これが家の裏庭で、ハルニレの樹の周囲を残して2ヶ月前に除草剤を撒いた。
除草剤を散布したところはすっかり枯れていて、かなりの効果を上げていることが判る。
今回は玄関前の煉瓦をもっと増やし、この裏庭にも敷くつもりで、120個注文した。
1個138円だから、経済的には馬鹿にならない。

午後は二階(吹き抜けになっている12畳大のスペース)のフローリングにワックスをかける。
和商市場まで行く時間がなくなったので、
近所のちいさなスーパーで1匹78円で売っていた特大の秋刀魚を買ってきて夕食。
脂がのっていて家中が煙だらけになったが、美味しかった。
秋の釧路は、ともかく秋刀魚が安くて旨いのが何よりである。
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走る

かみさんが、突然、週に1回くらい家族で走ろうと言い出した。
B型女の常で、ときどき思いつきでトンデモナイことを云う。
訊けば、職場の同僚が東京マラソンの出場を目指して走り始めたのだという。
だからといって、何故ぼくが走らなければならないのか、よくワカラナイのだが…。
どうせやっても「二日坊主」(三日モタナイ…笑)に決まっているので相手にしないでいたら、
「走らないと千円の罰金」だと理不尽なことをのたまう。
そんなわけで、かみさんと息子(高校三年生)と3人で近所を走るハメになった。
電車に遅れそうなので駅まで走る…などというのを別にすれば、本格的に走るのは二十数年ぶりだ。

走り始めれば、予想されたことながら、かみさんは遅い。
遅すぎて「とてもついていけない」ので、息子と二人でさっさと先を走る。
あまり間隔が開くと、やむを得ないので同じところをぐるぐるまわって、かみさんが追いつくのを待つ。
我が家から住宅街を抜けて善福寺河畔に出て、川沿いの小径を走って往復した。
距離にすれば、「ぐるぐるまわって待った」のも含めて4kmくらいのものだろうか。
それを20分あまりかけて走ったのだから、ま、楽なものである。
かみさんと受験生で運動不足の息子は途中から疲れて歩いたので、最後まで走ったのはぼくだけだった。

先日の日記にも書いたが、ぼくは健康に神経質な方ではない。
五十を過ぎているのに人間ドックなど一度も受けたことがなく、
懇意にさせていただいている村上智彦医師(予防医療に力を入れている)にはきっと叱られるだろう。
しかし、妙な言い方になるが、「健康」には無頓着でも「体力」にはこだわっている。
テレビ・ディレクターの仕事というのは結局は体力勝負で、
兵隊と同じで「走れなくなったらオシマイ」だと思っているからだ。
(もうひとつ云えば、「徹夜がきかなくなったらオシマイ」でもある。)
軟弱者とは云え高校生の息子と互角以上に走ったのだから、まだしばらくは「現役」で通用しそうだ。

最近は食事も節制を心がけていて、
食べる量を減らして、炭水化物は専ら液体(アルコール)のかたちで摂取している。
その甲斐あって、ここ数日は体重が63kg台と十数年前の水準をキープしている(身長は約171cm)。
きょうは走った後に映画に行って、
池袋の新文芸坐で成瀬巳喜男の「めし」と「山の音」の二本立てを観た。
夕食(ラムしゃぶ)の後には、かみさんの求めに応じてDVDでデ・パルマの「アンタッチャブル」。
太股に少々張りを感じてはいるが、体力的にはまだ余裕がある。
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ぼくが禁酒した理由(わけ)

きょう会社で秋の定期健康診断を受けた。
ぼくは、11日間、酒を抜いてこの日に備えてきた。

毎年この時期になると禁酒をすることにしている。
肝臓の数値…Γ-GTPというヤツをよくするためだ。
十日間も酒を飲まないと、数値はほぼ正常範囲に近いところまで落ちる。
こういうと必ず「そんなのはインチキだ」という人が現れるのだが、そうではない。
別に数値を落とすこと自体を目的にしているわけではないからだ。
酒を抜いてΓ-GTPが落ちるということは、肝臓がまだ充分な復元力を持っていることを意味している。
それを確かめて、また一年間、心置きなく酒を飲むのである。
また、禁酒には、自分が精神的にアルコールに依存していないことを確かめるという意味もある。


ぼくはもともと健康に対して神経質な方ではない。
むしろ無頓着なので、いつもかみさんに怒られている。
しかし、もし酒が飲めなくなったら人生の喜びが半分になってしまう。
そう思えば、十日くらいの禁酒は辛くもなんともない。


きょうは夕張への出張で、
ちょうど九州から二人の若い先生が夕張医療センターの見学にきたのと一緒になった。
夜は先生たちの歓迎会の御相伴に預かってぼくも酒を飲んだのだが、
いやあ久しぶりの酒は効きましたね。
いつもよりずっと少ない酒しか飲んでいないはずなのだが、それでも酔ってしまった。
これからは定期健康診断の前以外にも時々酒を抜くことにすれば、
少ない酒で酔えて経済的ではないか…と埒もないことを考えたような次第。
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雷雨

あまり雨が降らなかった梅雨の復讐戦かと思うほど、ここのところ、毎日の雨だ。
9月下旬並みに気温が下がって、ちょっと肌寒く感じられた日まである。
今日の午後はよく晴れて、ようやく“梅雨明け”かと思った矢先、雷雨になった。

ぼくは雷が好きである。
なぜかは判らないが、若い頃から大好きだ。
稲妻が走って夕空を切り裂き、腹に響くような雷鳴が轟き始めると、
どういうわけだか興奮してしまって、居ても立ってもいられないような気分になる。
テラスに出て、青白く染まる空を飽かず見つめていることもしばしばだ。
よくもまぁエネルギーが続くものだと、なんだか感心しながら空を見上げる。
きょうの雷は、カリカリカリッと大気を引き裂く落雷の音ではなく、
重低温でずしんずしんと空気を震わせる遠雷だった。

夜、仕事で遅くなったかみさんから、駅まで迎えに来いと電話が入る。
雷が怖いのだという。
ぼくが迎えに出たところでどうなるわけでもないが、
雷が落ちれば死なばもろとも、みたいな物騒なことをいう。
土砂降りのなかを迎えに出れば濡れ鼠になってしまうのは明らかだが、
迎えに行かないと今度はかみさんの雷が落ちる。
そちらの雷はあまり好まないので、しょうがない、出かけることにした。

おりからバケツをひっくり返したような雨である。
激しく路面を叩く雨、水しぶきがまるで一面の噴水のようだ。
時おり、稲妻がその噴水を青く浮かび上がらせて、ぼくは思わず快哉を叫ぶ。
ぼくが喜んでいる傍らでかみさんは恐怖に竦んでいるから、妙な取り合わせだ。
自転車に乗った若い女性が一人、
まるでかみさんの肩を持つかのように「怖い、怖い」と呟きながら追い越していった…

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半年ぶりの釧路

きのう17時55分羽田発のJALで釧路に帰ってきた。
正月明けに来て以来だから、半年ぶりである。

きのうは着いたのが夜だったので、街で酒を飲んで帰って、そのまま寝た。
今朝、明るい光のなかで我が家(とその周辺)をみてボー然とした。
半年も空けておけば、荒れ方はなかなか凄まじい。
家のなかは蜘蛛の巣だらけで、蜘蛛から家賃をもらいたいくらいだ。
他の虫はほとんどいないのに、いったい何を食べているのだろうと他人事ながら心配になる。
部屋に飾っていた観葉植物は…当然のことながら…枯れてしまっていた。

外に出てみると、家は雑草に埋もれていた。
玄関から道路までの数メートルには膝までの高さの雑草が生い茂り、
歩くと露でズボンがビショビショになってしまう。
南に面した裏庭はもっと惨憺たるものである。
ぼくは裏庭に一本のハルニレの樹を植えている。
ハルニレは成長が早いはずなのだが、
条件が悪いのか、植えて10年以上になるのにまだ高さが1mくらいしかない。
このハルニレが、雑草に埋もれてほとんど見えないのである。

電動の草刈り機を持ち出して雑草を刈り払ってやる。
あまりに密生しているところは草刈り機では歯が立たないので、鎌で薙ぎ払う。
なんだか宍戸梅軒にでもなった気分だ。
ハルニレ
ようやくハルニレの樹を発掘したところで、雨が降り出したので今日の草刈りはオシマイ。
もう家のなかの掃除をする気力は残っていないので、明日に順延して、風呂に入って汗を洗い流すことに。
この風呂場がまた小さな蜘蛛たちの巣窟になっている。
ぼくは蜘蛛が好きなので(なんとなく愛嬌があると思いませんか?)できるだけ殺したくないのだが、
風呂桶を洗ってお湯を張るときに逃げ遅れたヤツがいて、何匹も溺死させてしまった。
…合掌。
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沖縄へ、海へ

二本の番組を作り終えて、
きょうから海へ。沖縄へ。座間味へ。
もう半年も潜っていないので、河童なら皿が乾ききっているところである。
いま、羽田空港の出発ロビー。
12時のANAで那覇へ飛ぶ。
那覇から座間味までは、泊港から高速船で一時間。
夕方には、人口1000人足らずの小さな村の民宿に着いているはずである。

これから一週間、すべてを忘れてダイビング三昧で愉しむつもりだが、
といいながら…次の仕事の企画(ネタ)が決まっていないので、それを思うと胃の腑が重くなる。
ここ2年余り地域医療ネタばかりやってきたが、次は違うことをやろうと心に決めている。
「心に決めて」はいるが、ではいったい何をやるのか、全く目処が立っていないのが辛いところ。
今朝は、仕事の夢を見た。
というか、夢のなかで必死に次のネタを捜していた。
せっかくの沖縄行きの朝に、我ながら、どうしようもない仕事人間だと情けなくなった。
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花の日曜日

天気のいい日曜日とあって、かみさんと二人、浜田山まで散歩をかねて買物に出た。
道すがら色とりどりの春の花が咲いていて、心を洗われるようだ。
たぶん桃の花
これは、うちのマンションに咲いている花だが、情けないことにぼくには花の名前がわからない。
たぶん、桃の花だと思うのだが
モクレン
こちらはモクレンだろう。
近所の民家の庭先に咲いていたものだ。
善福寺川・名残の桜
善福寺川の河畔には名残の桜。
散り始めた桜を愛で、ぼくたちのようにそぞろ歩いたり、車座になって宴を愉しむ人々がいる。

浜田山では、夕食(生春巻ほかの献立)の材料を買い、園芸店で大きめの鉢を求める。
ついでに愛梨の花の小鉢とアイビーを買って、荷物が多いのでタクシーで帰る。
帰宅して、さっそく、新芽を伸ばし始めた薔薇をひとまわり大きな鉢に植え替える。
ドラセナの鉢から冬の間に傷んでしまった株を抜き、替わりにアイビーを植えてやる。
水のやり過ぎで根腐れを起こしてしまったセンスベリアの替わりに愛梨を植える。
愛梨の白い花はいまが満開、うまく実が生ってくれると一石二鳥だ(笑)。
その後は、熱帯魚の水替え、靴磨き…春の日曜日はけっこう忙しい。
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男の休日

妻が「実家に帰らせていただきます」と言い残して出ていったので(笑)、
高校生の息子と二人で、一週間、留守番をすることとなった。
きょうは二人とも休みだったので、
ぼくはフィルムセンターに仁侠映画(「日本侠客伝 雷門の決斗」)を観に行った。
(通俗には違いないが、日本の大衆芸能の王道をいくマキノ雅弘の“芸”を堪能した。)
受験生の息子は図書館で勉強をしていたようだ。

夕食はちょっと贅沢にオージービーフ(テンダーロイン)のステーキ。
実はぼくは「美味しんぼ」の原作者・雁屋哲さんにも認められた、自称「ステーキ焼きの名人」である。
一子相伝で、息子にもその技は伝えてある(そんな大袈裟な話でもないか…笑)。
というか、ステーキなら、肉さえ用意しておけば息子が自分で焼くので、ぼくは楽なのである。
息子はどちらかといえば無口な性質(たち)なので、黙々と食べる。
ぼくもお喋りな方ではないので、安いチリ・ワインを飲みながら、黙々と食べる。
妻がいればテレビをつけるのだろうが、
ぼくは「ながら」でテレビを見ることをしない。
9時からNスペ「激流中国」(上海から僻地に赴任した若い学校教師の話)を見たが、
終わるとまたスウィッチを切った。
妻が一人いないだけで、家のなかは静かなものである。

息子は風呂に入って、「おやすみ」とも云わず寝てしまった。
ぼくはワインを一本空けて、ソファで気持ちよくうたた寝を決め込む。
かみさんがいればメチャクチャ怒られたところである。
(帰ってきてこの日記を読んだらメチャクチャ怒るだろうから、同じことか…)
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体調がイマイチ

ここ数日間、体調が優れない。
胃がもたれる。軽い「むかつき」をおぼえる。
胃腸の丈夫なぼくとしては、大変、珍しいことだ。
考えるに、先週がヴァレンタインだったので、
苦手な甘いものを食べ過ぎたのではないかと思っているのだが…。
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静けさ

妹と一緒に中国旅行に出かけるかみさんが、今朝早く家を発っていった。
遠足前の小学生みたいなもので、
真夜中に引き出しを開けて荷物を詰め始めたり、
彼の地での買物や食べ物についてぼくに話しかけてきたりして、
昨夜は満足に眠らせてもらえなかった(…笑)。

スーツケースが重いので、夜明けの街を最寄りの駅まで送っていった。
荻窪駅前
東京とはいえ、我が家は郊外の住宅地にあるので、正月は静かなものだ。
時間が早いためもあるのだが、道行く人の姿はほとんどない。

我が家もすっかり静かになった。
ぼくも高二の息子もどちらかと云えば内向的な(?)タイプなので、
それぞれが好きなことをして時間を過ごす。
ぼくは本(ダン・シモンズ「夜更けのエントロピー」)を読むほかは、
パソコンに向かっている時間が長い。
ネットをチェックしたり、写真のレタッチや仕事のメモを整理したり…。
息子は自分の部屋にこもって…たぶん勉強をしているのだろう。
かみさんがいないとテレビを点けるのがいない。
近所の人たちもひっそりと時間を過ごしているようで、
時おり子どものはしゃぐ声が聞こえるだけで静かなものである。

今年はよく晴れた正月で、
うららかな陽射しが南側の窓を通してリビングに射し込んでくる。
こんな静かな時間を過ごすことは、今年もう何度もないだろうな、と思ったりする。
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アウトレット

苫小牧、黒松内、小樽、上川、赤平、歌志内、留萌、奈井江、由仁、そして夕張。
各地の自治体病院を訪ね歩いて今週の旅を終える。
きょうは医療コンサルタントのhiroさんが
車で千歳空港近くのアウトレット・モールまで送ってくれた。
レラ
レラ…アイヌ語で「風」と名付けられたこのモールに来たのは初めてのことだ。
飛行機まで時間があったので、ちょっとぶらぶらしてみる。
けっこう、安い。
ちょうど欲しいと思っていたEDWINのジーパン(502R)を5355円で、
安くて履きやすいので愛用しているROCKPORTの靴を6300円で買い求めた。
予定外の出費だったが、得した気がする。

空港のTVでコンサドーレ札幌が優勝し、
J1復帰を決めた瞬間に立ち会い、東京に帰ってきた。
来週北海道に来るときには、滑り止めのついた冬靴が要るだろう。
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東京の休日

きのう北海道から帰ってきて、月曜日からまた北海道だ。
経営不振と再編で揺れる北海道の自治体病院を訪ね歩いているのである。
従って、この3連休のあいだだけ、東京でゆっくり家族と過ごすことができる。

妻とふたり、散歩を兼ねて買い物に出た。
まず近所の善福寺川河畔を歩いてみる。
善福寺川の晩秋
…東京を留守にしていた2週間のあいだに、すっかり秋が深まっていた。
北海道では、
丘珠空港で吹雪のために飛行機の離陸が遅れるという事態に遭遇したが、
東京も思った以上に冷え込んでいる。
街ゆく人々もほとんどコートを着込んだ冬装束で、
Gジャンの軽装で歩いている素っ頓狂はぼくくらいなものだ。

新宿の伊勢丹でボーンチャイナの皿を買い(最近わが家は食器に凝っている)、
夜は釧路から土産に買ってきた柳葉魚と鯖の一夜干しを食べる。
…これが、ともに絶品!
ぼくはいつも和商市場の「丸栄田村商店」で魚を買うのだが、
特に柳葉魚の一夜干しは一年でもこの季節にしか手に入らない。
♂♀とりまぜて30匹買って帰ったのだが(身は♂の方が旨い)、
家族3人が一晩で26匹をきれいにたいらげてしまった。
(4匹は昨日のうちに妻がつまみ食いをしていた…笑)
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北帰行

きょうで仕事を終えて、明日から十日間の長期休暇をとって北海道に行く。
会社の「白板」(居所を示す連絡板)に「休暇・北海道 22日出」と書いたら、
同僚たちに妙にウケてしまった。
仕事でえんえん北海道に通い詰めて、
休暇をとってまで、また北海道ですか?…というワケだ。
…そう云われてみれば、そうだよネ(笑)。

ぼくとしても休暇は「沖縄でリゾート気分」を洒落込みたいところだが、
札幌での「地域医療研究会」への参加や、
かみさん慰労のための♨めぐり(沖縄には温泉がない)、
知床でのダイビングなどの予定が押し詰まっていて、
結果として「やむを得ざる事情をもって、また北海道」なのである。
それにしても…。
今年は、一年の半分ちかくが北海道、ということになるのではないか。
ちなみに、休暇を終えて帰ってきたら、またすぐ北海道出張に出る予定である。
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ベタちゃん

先週土曜日、通販で注文していた水槽セットが届いた。
かみさんとのあいだで「熱帯魚を飼いたい!」という話になっていたのである。
購入したのは30cm水槽にポンプや照明、砂までパッケージになったもので、
かみさんが夕食の準備をしているあいだに手早くセット完了。
実はひと昔前の独身時代に
海水魚(淡水魚に比べ、水質の管理が格段に難しい)を飼っていたこともあるので、
これくらいの小さな水槽のセッティングなどお茶の子さいさいである。
心配なのは、
ぼくが出張しているあいだ、
かみさんがきちんと世話をしてくれるかどうかで、
観葉植物を“大量虐殺”した前科があるのであまり信用できないのだ…。

というわけで、日曜日は新宿に水草を買いに行った。
ぼくとしては、まずは水草だけで数日間まわしてから魚を…と考えていたのだが、
案の定というか、ぼくの心配をよそにというか、かみさんは魚を欲しがる。
ひれが長く色の派手なベタに一目惚れしたらしいのである。
ぼくとしてはコリドラスやプレコ等のナマズの仲間、
シックな色あいのテトラが好みなのだが…夫婦で趣味があわない(笑)。
525円と安かったこともあって、かみさんの希望通りベタを一匹購入。
それにコリドラス(ステルバイ)を2匹買って帰って水槽に入れた。
水槽
以来、毎晩、かみさんは家に帰ってくると水槽の前にしゃがみ込んでは、
「ベタちゃん、ベタちゃん、私のベタちゃん…」と
実にベタなネーミングで呼びかけている。
家に(かみさんと息子以外の)生き物がいるというのは、なかなかいいものである。
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休肝月間

月曜日から酒を抜いている。
年に一度、この時期は「休肝月間」と称して酒を抜くことにしている。
昔(15年くらい前)は文字通りの「休肝月間」で
一ヶ月まるまる酒を抜いていたが、
最近では「月間」とはいっても1週間から10日くらいのものだ。

この時期に酒を抜くのには理由がある。
会社の定期健康診断が行われるのである。
日ごろ飲んだくれているぼくは、γ-GTPがコンスタントに三ケタある。
それが一週間酒を抜くと二ケタになる。
一ヶ月抜いたら、正常範囲に収まるほどに値が下がる。

同僚たちはこうしたぼくの受診の仕方を「インチキだ」と云う。
しかし、別にγ-GTPの値が高かったからといって、
サラリーマン生活になんらかの不都合があるわけではない。
逆に下げたからといって上司に褒められるわけでもない。
ただ、健康診断を機に、
内臓(肝臓)にまだ復元力があること、
そして、精神的にアルコールに依存しているわけではないことを、
自分で納得するために酒を抜くのである。
健康診断を終えると、
今年も元気でよかったネ、と自分に乾杯してまた飲み始める。
久しぶりに飲む酒は美味しくて、
だから一年後にはまた酒を抜いてみたくなるのだ…
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帰京

一週間ぶりに東京に帰ってきた。
釧路の夏も今年は暑いと思ったが、
さすがに東京は「それどころではない」。
飛行機を一歩降りた瞬間に熱気と湿気がむわっと襲いかかってきた。
ちょっと歩くあいだにも汗が噴き出す。

仙台在住の姪(大学4年生)が上京してきたので、
新宿歌舞伎町の四川料理「川香苑」で一緒に食事をする。
「彼氏」を紹介された。
近ごろの若い人はさばけたものだ。

さあ、明日からは編集、気合いを入れていこう。
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“男の子の休日”

3週間ぶりの休日。
東京の夏は気が遠くなるほど暑いが、
我が家はマンションの4階なので、窓を開け放てば風が通って心地よい。

久々の休日にぼくがやったことと云えば、
まず出張のあいだ履き続けていた革靴(Rockport)のケア。
サドル・ソープで洗い、ミンクオイルをたっぷりと塗り込んでやる。
それから、最近、切れ味がなまってきた包丁の手入れ。
包丁
写真左から、
刀工・藤原照康の三徳、小刀、菜切り、
「宮文」(札幌狸小路にある刃物専門店)の小出刃。
荒砥、中砥、仕上げ砥の順に研ぎ上げてやり、椿油を塗り込む。

靴を磨いたり、包丁を研いだりする時間が好きだ。
こうした“道具”に対するこだわり・偏愛は、少年時代から変わらない。
そういう意味で、男は、いくつになっても「男の子」なのかもしれない。
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老婆謝謝

腰痛というのは実に情けないものである。
立ち上がるのに「う」と呻き、体を捩じるのに「ぎゃ」と悲鳴を上げる。
スローモーションのようにしか体を動かすことができない。
だから、気分がとても年寄り臭くなる。
実際、お年寄りは、
こういう肉体と折り合いをつけながら毎日を過ごしているのだろう。
20年後の自分の肉体の“お試し版”を手に入れたようなものだ。
(あまり“正式版”を購入したいという気にはならないシロモノである。)

きょうも妻が鍼を打ってくれた。
これで四日連続、鍼治療を受けたことになる。
おかげで、コルセットを装着していれば…という条件付きながら、
どうにか普通に歩けるようになった。
明後日から夕張にロケに出なければならない。
ロケに出れば、当然、撮影機材を担がなければならない。
走らなければならない局面も出てくる。
どうにか間に合いそうである。

中国語では
自分の奥さんに呼びかけるとき、「老婆(ラオポゥ)」というそうだ。
まだ三十代(かろうじて、だが…)の妻を
「おばあちゃん」と呼ぶのはいささか気が引けるが、
こういうときは「老婆謝謝」というのだろう。

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突然の腰痛

昨夜遅く夕張から帰ってきて、
きょうは都内で取材、打ち合わせのかけもち。
午前中は田町で7月から夕張に赴任する医師と面談、
午後は人形町で福祉の専門家からレクチャーを受ける。
夕方は会社(渋谷)に戻って、
いま取材している夕張市立診療所の話を
「NHKスペシャル」にできないかという打ち合わせ。
…都内を駆け回っているうちに、酷い腰痛に見舞われた。

いわゆる「ぎっくり腰」の場合、
傷めた瞬間というのがはっきりしているものだ。
ところが、今日はそれがない。
気がついたら腰が痛くなっていて、
午後には歩くのさえツライ状態に陥っていた。

幸い、妻が「そういう関係の仕事」をしているので、
会社での打ち合わせが終わった後に、頼んで治療をしてもらう。
こういうことをしていると、だんだん頭が上がらなくなる(笑)。
しかし、背に腹は代えられない。
いや、「腰に頭は代えられない」というべきか。
来週月曜日からロケに出るので、
それまでに治してしまわないと仕事にならない。
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男が老いを感じるとき…

仕事を早めに切り上げて、夕方、昨日に続いて上野に向かう。
メガネを新調するためである。
メガネを買うのにわざわざ上野まで行くのは、
川崎和男さんがデザインしたフレームを扱っている店があるからだ。
川崎さんは著名な工業デザイナーだが、
彼がデザインしたメガネは、ともかく軽く、かけていてストレスがない。
値段はレンズ込みで4万円あまり、
かみさんに相談したら「無駄遣い」だと云われるに決まっているので、
黙って買って事後承諾を求めたら、一言も口をきかなくなってしまった(笑)。
…しかし、いまのメガネのままでは、本を読むのがツライのである。

眼科医から「遠近両用メガネ」の使用を奨められたのは、四十代の後半だった。
「若い身空でトンデモナイ」と断固拒否したのだが、
その気持ちは五十路のいまとなっても変わらない。
そんなものをかけたら、気持ちまで爺むさくなってしまいそうだ。
今回は、視力1.2まで見えていたメガネの度を1.0まで落として、
そのかわり、近いところを見やすくしようという苦肉の策である。

ぼくは普段コンタクトレンズを着用している。
アウトドア、特にダイビングをするときに、メガネをかけていては不自由である。
一時は度付きマスクを使っていたが、
陸に上がってマスクを外したとたん自分のフィンさえ満足に見えないので参った。
それに、ぼくは眩しさに弱いので、
屋外ではサングラスをかけていたいという理由もある。
また、北海道時代、
真冬にメガネをかけてラーメン屋やおでん屋に入ったときの悲惨な体験は忘れ難い。
しかし、そのコンタクトレンズも、左目は意図的に度を落として使っている。
遠くを見るときには右目、近くを見るときには左目を使う「遠近分業」である。
それも、左のレンズは度数の違う二種類を用意していて、
デスクワークが多いときには一段弱いレンズをはめて出勤する。
これがなかなか面倒なのである。

今回メガネを新調して、
例えば天気のそれほどよくない(サングラスの必要のない)日には、
メガネで出勤することにしようかなどと考えている。
メガネを使う頻度は、いままでに比べてかなり増えるはずだ。
であれば、かけていてストレスのない川崎和男さんのフレームを使いたい。
壊れてもいないメガネを新調するのは贅沢にみえるかもしれないが、
その根底には老いを迎えようとしている男の悲哀が隠されているのだ。
かみさんの“惻隠の情”を期待したいものである。
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日溜まりで読書…

体調を崩した。
季節外れの風邪を引いたのだが、
仕事が終わって疲れが出たということなのだろう。
昨夜は蒲団がびしょびしょになるほどの汗をかいて、
きょうはかなり楽になった。
仕事は休んで、映画にも行かず、自宅でのんびりと過ごしている。
wooddeck
お気に入りの観葉植物や、薔薇、紫陽花のあるウッドデッキに椅子を出して、
村上春樹が訳したチャンドラー「ロング・グッドバイ」のページをめくる。
以前、ハヤカワで読んでいるはずだ。
(「長いお別れ」という邦題だったと記憶する。)
この小説はロバート・アルトマン監督で映画化もされていて、
エリオット・グールドがフィリップ・マーロウを演じた。
同じアパートにヌーディストの女性たちが住んでいたりして、
ちっとも「ハードボイルド」ではない、なんだか妙な映画だった。
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AB男の「宿命」

このブログにコメントを下さったシゲさんがAB型だというので、
思い出したことがある。
明日の夜、遠来の友人二人と飲むのだが、
実はぼくを含めて三人とも血液型がABなのである。
一人は岐阜の地方銀行の支店長、
一人が大阪在住でM&Aを仲介する会社の副社長、
ともに仕事を通して知りあった友人である。
何年かまえ、三人で名古屋駅近くの市場で飲んでいる時に、
全員がAB型だということがわかって驚いた。
AB型は、日本人の場合、十人に一人と言われているから、
名古屋で飲んでいる大阪と岐阜と東京の男が揃ってAB型である確率は、
天文学的に(?)低いのではないか。

そのとき、「AB型はB型に支配されるのが宿命」だという話が出た。
支店長氏の奥さんはB型であり、
ぼくもB型女性(いまのかみさん)との結婚が決まったところだった。
結婚生活の先輩である支店長氏によれば
B型女性と円満にやるには「決して逆らわない」のが秘訣だという。
副社長氏は「B型と結婚するような愚は犯さない」そうだが、
社長がB型なので、やっぱり「宿命」からは逃れられないのだという。
結婚を間近にしていたぼくは、二人に盛んに「同情」されたものだ。

…シゲさんの奥さんは、まさかB型ではないでしょうね?
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のんびり…

根が無精なのと人ごみが嫌いなので、
便利な東京に暮らしながら、
買物には行かず、必要なものはネットで仕入れることが多い。
仕事が山を越えた今日も、午前中はネット・ショッピング。
「なす清」(=向井青果・大阪府泉南市)で大好物の水なすを注文。
水なすの糠漬けは、
市町村合併で泉南地方を取材したときに味を覚え、以来病みつきになった。
あと、「Sea & Sea」の水中ストロボを定価より7000円ほど安く購入。
(サブの小型のもの。以前使っていたのは去年水没させてしまった。)
今週末は久しぶり(およそ半年ぶり!)に潜りに行くつもりだ。

午後、会社に出て、編集室の片づけ。
27日放送の「夕張・地域医療再生への挑戦」(仮)の編集は終わったが、
夕張での村上智彦医師の取り組みは今後も引き続き取材するつもりなので、
撮影済みのビデオテープ(ハイビジョン)を保管しておかなければならない。
この一年、地域医療をテーマに90分番組を3本作り、テープは200本ほどある。
そのすべてを整理して棚に保管するので、それなりに時間を食う。
台本を少しずつ書き進めているが、
ナレーション原稿の推敲はまだ手付かずの状態である。
いつになく制作スケジュールに余裕があるので、気が緩みがち。自戒。
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雨の休日

やっぱり、雨になってしまった。
その雨のなかを、かみさんと観葉植物を買いに出かけた。
ぼくが長期出張に出ていた冬のあいだに、
かみさんは水をやり過ぎて何鉢か枯らしてしまったのだ。
丈夫なアイビーやら、枯れたのと同じサンセベリアやら購入。
植え替えて、ウッドデッキに並べてみる。
これから天気のいい夜には、
風呂あがりにデッキに出て夜風に吹かれながらウィスキーを飲む。
ぼくのささやかな贅沢な時間…。
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