Job
岩手へ
2009/03/25 Wed
次回作(5月24日放送)で自治体病院の再編問題を扱うので、取材のため岩手に向かった。
岩手県には県立の病院と診療所があわせて27ある。
これは全国的にみても極めて多い数字で、いま深刻な医師不足のために再編が迫られている。
具体的には、
5つある診療所を4月から無床化(入院用のベッドを無くすこと)する計画なのだが、
これが去年の11月になって突然おおやけになったので住民や議会の反発が激しく、紛糾している。
東北新幹線で一ノ関に着いて、駅前の蕎麦屋で昼食をとった。

岩手は蕎麦どころとして知られているが、「手打ち」を謳ったこの店の蕎麦も大変おいしい。
大もりで1000円、店内のテレビではWBC決勝の韓国戦が大詰めを迎えていた。
そのままテレビを見ていたかったのだが、そういう訳にもいかない。
県立磐井病院で、付属診療所の無床化を求める院長先生の話をうかがう。
限りある戦力を分散配置していたのでは戦えないという現場の声は至極当然であり、
院長先生の話にも説得力があった。
再び新幹線に乗って盛岡まで入り、駅前の喫茶店で住民代表の話をきく。
それぞれの病院には地域とともに歩んできた歴史があり、
それを効率重視でどんどん縮小されたのでは堪らないという地域感情も充分理解できるものだ。
無床化は明日の議会で可決されることになりそうだが、
“敗北”の後に住民たちがどう地域の医療に向き合っていくのかを見つめてみたいと思った。
夜は盛岡の繁華街・菜園町にあるホテルに泊まった。
駅前からホテルまで歩く途中で目星を付けていた居酒屋「南部どぶろく家」で飲む。
自家製のどぶろく(アルコール分が13度…ワイン並み…だというが飲み口が軽い)に地元の珍味、
日本酒は紫波町の地酒「廣喜」を置いている(ぼくの好みから云えば、少々くどい)。
…ぼくは酒場捜しには鼻が利くのだが、今回もなかなか愉しい店を見つけた。
特に最後に食べた「マンボウギッチョ」(マンボウの小腸を湯通ししたもの)が旨かった。
しばらく岩手に通うことになりそうだから、またこの店で飲む機会があるだろう。
岩手県には県立の病院と診療所があわせて27ある。
これは全国的にみても極めて多い数字で、いま深刻な医師不足のために再編が迫られている。
具体的には、
5つある診療所を4月から無床化(入院用のベッドを無くすこと)する計画なのだが、
これが去年の11月になって突然おおやけになったので住民や議会の反発が激しく、紛糾している。
東北新幹線で一ノ関に着いて、駅前の蕎麦屋で昼食をとった。

岩手は蕎麦どころとして知られているが、「手打ち」を謳ったこの店の蕎麦も大変おいしい。
大もりで1000円、店内のテレビではWBC決勝の韓国戦が大詰めを迎えていた。
そのままテレビを見ていたかったのだが、そういう訳にもいかない。
県立磐井病院で、付属診療所の無床化を求める院長先生の話をうかがう。
限りある戦力を分散配置していたのでは戦えないという現場の声は至極当然であり、
院長先生の話にも説得力があった。
再び新幹線に乗って盛岡まで入り、駅前の喫茶店で住民代表の話をきく。
それぞれの病院には地域とともに歩んできた歴史があり、
それを効率重視でどんどん縮小されたのでは堪らないという地域感情も充分理解できるものだ。
無床化は明日の議会で可決されることになりそうだが、
“敗北”の後に住民たちがどう地域の医療に向き合っていくのかを見つめてみたいと思った。
夜は盛岡の繁華街・菜園町にあるホテルに泊まった。
駅前からホテルまで歩く途中で目星を付けていた居酒屋「南部どぶろく家」で飲む。
自家製のどぶろく(アルコール分が13度…ワイン並み…だというが飲み口が軽い)に地元の珍味、
日本酒は紫波町の地酒「廣喜」を置いている(ぼくの好みから云えば、少々くどい)。
…ぼくは酒場捜しには鼻が利くのだが、今回もなかなか愉しい店を見つけた。
特に最後に食べた「マンボウギッチョ」(マンボウの小腸を湯通ししたもの)が旨かった。
しばらく岩手に通うことになりそうだから、またこの店で飲む機会があるだろう。
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長い一日…
2009/03/22 Sun
きょうは北海道のむかわ町穂別で
診療所の医師体制に関する「緊急住民説明会」が行われるので、6時起きで撮影に行ってきた。
穂別では村上智彦医師の「夕張希望の杜」から医師の派遣を受け、
将来的には「希望の杜」の受託で公設民営化する話が進んでいたが、
条件面(契約期間)で折り合わず決裂してしまった。
当面、医師不在の診療所になる可能性が出てきたので、急きょ説明会が開かれたのである。
すぐに番組化する予定はないのだが、今後のため事態の推移を記録しようとロケに出た。
明日は「夕張 年老いた町で」(25日放送)の完プロ(=字幕入れ)なので、日帰りの出張だ。
13時から始まった町長による経緯や今後の見通しの説明が15時には終わり、
これなら16時40分の便で帰れるなと思っているところに、
「これからが本番です。まだ帰らないでください!」と叫ぶ声。
住民で作る「穂別診療所友の会」の事務局長(元助役)である。
帰りかけていた住民の多くが呼びかけに応じて足を止めた。
演壇の後ろにかけてあった「緊急説明会」の貼り紙が破られると、
その下から出てきたのは「穂別診療所を存続させる町民緊急集会」の文字…!
なるほど、ここからの展開が面白かったのだが、
16時40分の便はキャンセルせざるを得なくなり、
そうすると20時55分の便まで飛行機の空席がないのである。
そのうえ、羽田空港の強風の影響でダイヤが乱れ、フライトがたっぷり1時間以上遅れた。
結局、羽田空港に着陸したのは「ぎりぎり22日」で、飛行機を降りた時には日付が変わっていた。
自宅に帰り着いたのは午前1時20分、
それからひとっ風呂浴びてビールを飲み、ようやく一息ついた。
長い一日だった。
明日の完プロが9時からなので、また早起きをしなければならない。
診療所の医師体制に関する「緊急住民説明会」が行われるので、6時起きで撮影に行ってきた。
穂別では村上智彦医師の「夕張希望の杜」から医師の派遣を受け、
将来的には「希望の杜」の受託で公設民営化する話が進んでいたが、
条件面(契約期間)で折り合わず決裂してしまった。
当面、医師不在の診療所になる可能性が出てきたので、急きょ説明会が開かれたのである。
すぐに番組化する予定はないのだが、今後のため事態の推移を記録しようとロケに出た。
明日は「夕張 年老いた町で」(25日放送)の完プロ(=字幕入れ)なので、日帰りの出張だ。
13時から始まった町長による経緯や今後の見通しの説明が15時には終わり、
これなら16時40分の便で帰れるなと思っているところに、
「これからが本番です。まだ帰らないでください!」と叫ぶ声。
住民で作る「穂別診療所友の会」の事務局長(元助役)である。
帰りかけていた住民の多くが呼びかけに応じて足を止めた。
演壇の後ろにかけてあった「緊急説明会」の貼り紙が破られると、
その下から出てきたのは「穂別診療所を存続させる町民緊急集会」の文字…!
なるほど、ここからの展開が面白かったのだが、
16時40分の便はキャンセルせざるを得なくなり、
そうすると20時55分の便まで飛行機の空席がないのである。
そのうえ、羽田空港の強風の影響でダイヤが乱れ、フライトがたっぷり1時間以上遅れた。
結局、羽田空港に着陸したのは「ぎりぎり22日」で、飛行機を降りた時には日付が変わっていた。
自宅に帰り着いたのは午前1時20分、
それからひとっ風呂浴びてビールを飲み、ようやく一息ついた。
長い一日だった。
明日の完プロが9時からなので、また早起きをしなければならない。
疾風怒涛の春である
2009/03/17 Tue
いやあ、3月になってから、公私にわたって忙しい、忙しい。
このブログの更新も半月あまりご無沙汰するハメになってしまった。
ひとつには
先日ハイビジョンで放送した「夕張 年老いた町で」を59分にリメイクして
25日の総合テレビ(夜10時〜)で放送することになったからだし、
もうひとつには5月24日の「ETV特集」(89分)を担当することになったからだ。
そのうえ、
村上智彦医師の「夕張希望の杜」が隣町の穂別診療所を支援するという話が突然ご破算になった。
放送は未定だが、この穂別をめぐる動きもフォローしなければならない。
プライベートでも色々あって、文字通り、席を暖める暇もない。
3日、4日は「夕張 年老いた町で・総合TVバージョン」のラストシーンを撮り直すつもりで夕張ロケ。
村上医師が穂別診療所に診察に通う様子をロケしたのだが、
これは先に書いた状況の変化によって、結局、使えなくなってしまった。
翌5日から8日までは、妻の父親が重い腎不全を患っているので見舞いのため上海へ。
義父と一緒に、我が家と妻の妹一家で上海市内のデイリー・マンションを借りて3泊を過ごした。
幸い義父の容態は安定していたので、車椅子に乗せて焼き饅頭を食べに行ったりした。
帰国して、翌日(9日)から「夕張 年老いた町で・総合TVバージョン」の編集。
14日、15日と、今度は事態が急変したむかわ町穂別(北海道)のロケ。
15日の昼に東京に帰ってきて、その日のうちに編集をあげる。
15日の夜から16日にかけて台本を書き、きょうはナレーションの修正。
今後は19日、20日がMA(音入れ)で、22日が日帰りで再び穂別ロケの予定。
23日に総合TVバージョンに字幕を入れて完成させる。
たぶんその翌日か翌々日から、
5月の番組の取材で奈良、沖縄、岩手、北海道…と駆けめぐることになりそうだ。
今年になって、まだ一度も海に潜っていない。
河童の頭の皿が乾いて干からびそうだ…
このブログの更新も半月あまりご無沙汰するハメになってしまった。
ひとつには
先日ハイビジョンで放送した「夕張 年老いた町で」を59分にリメイクして
25日の総合テレビ(夜10時〜)で放送することになったからだし、
もうひとつには5月24日の「ETV特集」(89分)を担当することになったからだ。
そのうえ、
村上智彦医師の「夕張希望の杜」が隣町の穂別診療所を支援するという話が突然ご破算になった。
放送は未定だが、この穂別をめぐる動きもフォローしなければならない。
プライベートでも色々あって、文字通り、席を暖める暇もない。
3日、4日は「夕張 年老いた町で・総合TVバージョン」のラストシーンを撮り直すつもりで夕張ロケ。
村上医師が穂別診療所に診察に通う様子をロケしたのだが、
これは先に書いた状況の変化によって、結局、使えなくなってしまった。
翌5日から8日までは、妻の父親が重い腎不全を患っているので見舞いのため上海へ。
義父と一緒に、我が家と妻の妹一家で上海市内のデイリー・マンションを借りて3泊を過ごした。
幸い義父の容態は安定していたので、車椅子に乗せて焼き饅頭を食べに行ったりした。
帰国して、翌日(9日)から「夕張 年老いた町で・総合TVバージョン」の編集。
14日、15日と、今度は事態が急変したむかわ町穂別(北海道)のロケ。
15日の昼に東京に帰ってきて、その日のうちに編集をあげる。
15日の夜から16日にかけて台本を書き、きょうはナレーションの修正。
今後は19日、20日がMA(音入れ)で、22日が日帰りで再び穂別ロケの予定。
23日に総合TVバージョンに字幕を入れて完成させる。
たぶんその翌日か翌々日から、
5月の番組の取材で奈良、沖縄、岩手、北海道…と駆けめぐることになりそうだ。
今年になって、まだ一度も海に潜っていない。
河童の頭の皿が乾いて干からびそうだ…
またしても、北へ
2009/02/03 Tue
番組(「夕張
年老いた町で」)は幸い好評だった。
BSハイビジョンというチャンネルの特質なのか、いままでとは視聴者層がかなり違うようだ。
初めて夕張での村上医師の活動を知ったという新鮮なリアクションが返ってきている。
多くの人が、先入観を抜きに「生と死のドラマ」として番組を見てくださったようで、嬉しい。
きょうからまた二泊三日の夕張出張である。
出演者のなかには、BSハイビジョンが受信できなくて、まだ番組を見ていない人がいる。
御礼かたがたビデオやDVDにしたものを届けにいくのがひとつの目的。
同時に、
隣町の穂別診療所に医師を派遣し始めるなど、
夕張という地域を超えた医療再生に踏み出した「夕張希望の杜」の近況を調べようというものだ。
12時のANAで千歳空港に飛ぶ。
夕張へのJRの接続の関係で、一人のときはいつもこの便に乗るのだが、
考えてみれば、冬のあいだは直通バスがあるので、もう1時間早い便に乗ればよかった。
既に特割で座席を確保していたので、いまさら気がついても後の祭りである。
羽田空港は最近では記憶にないほど人が少なく、
もうじき雪まつりだというのに千歳便には空席が目立っていた。
やはり、不景気がかなり深刻なんだろうな、と思う。
窓から外を見ていると、雲の切れ間に猪苗代湖、そして磐梯山が見えた。
ぼくは北海道とのあいだを頻繁に往復しているが、
雲の多い日でも磐梯山だけは見えることが多いのはなぜだろうか?
夕張での出張の後は、久しぶりに釧路の自宅に戻ってゆっくりするつもりだ。
BSハイビジョンというチャンネルの特質なのか、いままでとは視聴者層がかなり違うようだ。
初めて夕張での村上医師の活動を知ったという新鮮なリアクションが返ってきている。
多くの人が、先入観を抜きに「生と死のドラマ」として番組を見てくださったようで、嬉しい。
きょうからまた二泊三日の夕張出張である。
出演者のなかには、BSハイビジョンが受信できなくて、まだ番組を見ていない人がいる。
御礼かたがたビデオやDVDにしたものを届けにいくのがひとつの目的。
同時に、
隣町の穂別診療所に医師を派遣し始めるなど、
夕張という地域を超えた医療再生に踏み出した「夕張希望の杜」の近況を調べようというものだ。
12時のANAで千歳空港に飛ぶ。
夕張へのJRの接続の関係で、一人のときはいつもこの便に乗るのだが、
考えてみれば、冬のあいだは直通バスがあるので、もう1時間早い便に乗ればよかった。
既に特割で座席を確保していたので、いまさら気がついても後の祭りである。
羽田空港は最近では記憶にないほど人が少なく、
もうじき雪まつりだというのに千歳便には空席が目立っていた。
やはり、不景気がかなり深刻なんだろうな、と思う。
窓から外を見ていると、雲の切れ間に猪苗代湖、そして磐梯山が見えた。
ぼくは北海道とのあいだを頻繁に往復しているが、
雲の多い日でも磐梯山だけは見えることが多いのはなぜだろうか?
夕張での出張の後は、久しぶりに釧路の自宅に戻ってゆっくりするつもりだ。
番組完成
2009/01/24 Sat
きょうテロップ(字幕)を入れて番組が完成した。
1時間49分という、いままで経験したことのない長尺の番組だけに感慨もひとしおである。
自分としては(自身には点が甘いので)いい番組になったと思っている。
ここ数年、というか五十の声を聞く頃から、ぼくはだんだんワガママになった。
「自分の納得」を最優先に番組を作るようになったのである。
プロデューサー(組織的には「上司」)もデスクもみんな遥かに後輩で、
彼らにはぼくに対する遠慮があるのだろう、頭ごなしに修正を迫られることはない。
それをいいことに…というのではなく、
ぼくは彼らの言葉に謙虚に耳を傾けているつもりだが、
それでもどこか基本的に「自分の納得」を貫いている部分がある。
一言で云えば、できるだけ「説明を排する番組を作りたい」ということである。
最近のテレビ番組は(こういう云い方がそもそも爺臭いのだが…)説明的に過ぎてうんざりする。
視聴者が、そして作り手も、「わかりやすさ」を安易に追い求め過ぎているのではないか。
世の中で起きていることは、矛盾に充ちていて、そんなに「わかりやすい」はずがない(とぼくは思う)。
だから、曖昧なものは曖昧なままに、矛盾は矛盾のままに、まるごと描ければ…と思っている。
ぼくは自分で「問題意識を胸に秘めて世の中を見つめるジャーナリスト」のつもりだったが、
最近では「問題意識」なんぞはしょせん浅薄なものだと思えるようになった。
いまの時代を生きている人間像を…その喜怒哀楽を…記録できればそれでいいのではないか。
ただし、こんなことを言っていると、番組の(世間的な)「評価」は高くはならない。
(TV批評の世界ではメッセージ性のくっきりしたものが高く評価される傾向にあるのは間違いない。)
もとより視聴率で勝負できる番組を作っているわけではないので、
数字も稼げないし、評価もイマイチとあっては…
制作者としてだんだん隘路、というか袋小路に入りつつあることを自分で感じている。
だが、もう五十を過ぎて、意に染まぬ妥協をすることもないではないか、
自分がいいと信じることをやればそれでいいのではないかと…覚悟というか開き直りの心境である。
今回の番組は、前半は多少は説明的にせざるを得なかった。
「わからなくたっていいじゃないか」と開き直ってみたりするものの、やっぱり、そうはいかない。
つまり、作り手としてやむを得ざる妥協、である。
だから、自分で見て、そういうところはあまり面白くない。
しかし、夕張に暮らすお年寄りの「生」や「死」を見つめた後半は文句なく面白い、と自分では思う。
要するに、最低限のルールは踏まえながらも、やりたいことをやれたということだ。
1時間49分という広大なキャンバスに思いのままに絵を描けたのである。
ぼくはぼくの30年のキャリアのなかで「最高傑作」を作ることができたと思っている。
世の中の人は誰も認めてはくれないかもしれないが…(笑)。
1時間49分という、いままで経験したことのない長尺の番組だけに感慨もひとしおである。
自分としては(自身には点が甘いので)いい番組になったと思っている。
ここ数年、というか五十の声を聞く頃から、ぼくはだんだんワガママになった。
「自分の納得」を最優先に番組を作るようになったのである。
プロデューサー(組織的には「上司」)もデスクもみんな遥かに後輩で、
彼らにはぼくに対する遠慮があるのだろう、頭ごなしに修正を迫られることはない。
それをいいことに…というのではなく、
ぼくは彼らの言葉に謙虚に耳を傾けているつもりだが、
それでもどこか基本的に「自分の納得」を貫いている部分がある。
一言で云えば、できるだけ「説明を排する番組を作りたい」ということである。
最近のテレビ番組は(こういう云い方がそもそも爺臭いのだが…)説明的に過ぎてうんざりする。
視聴者が、そして作り手も、「わかりやすさ」を安易に追い求め過ぎているのではないか。
世の中で起きていることは、矛盾に充ちていて、そんなに「わかりやすい」はずがない(とぼくは思う)。
だから、曖昧なものは曖昧なままに、矛盾は矛盾のままに、まるごと描ければ…と思っている。
ぼくは自分で「問題意識を胸に秘めて世の中を見つめるジャーナリスト」のつもりだったが、
最近では「問題意識」なんぞはしょせん浅薄なものだと思えるようになった。
いまの時代を生きている人間像を…その喜怒哀楽を…記録できればそれでいいのではないか。
ただし、こんなことを言っていると、番組の(世間的な)「評価」は高くはならない。
(TV批評の世界ではメッセージ性のくっきりしたものが高く評価される傾向にあるのは間違いない。)
もとより視聴率で勝負できる番組を作っているわけではないので、
数字も稼げないし、評価もイマイチとあっては…
制作者としてだんだん隘路、というか袋小路に入りつつあることを自分で感じている。
だが、もう五十を過ぎて、意に染まぬ妥協をすることもないではないか、
自分がいいと信じることをやればそれでいいのではないかと…覚悟というか開き直りの心境である。
今回の番組は、前半は多少は説明的にせざるを得なかった。
「わからなくたっていいじゃないか」と開き直ってみたりするものの、やっぱり、そうはいかない。
つまり、作り手としてやむを得ざる妥協、である。
だから、自分で見て、そういうところはあまり面白くない。
しかし、夕張に暮らすお年寄りの「生」や「死」を見つめた後半は文句なく面白い、と自分では思う。
要するに、最低限のルールは踏まえながらも、やりたいことをやれたということだ。
1時間49分という広大なキャンバスに思いのままに絵を描けたのである。
ぼくはぼくの30年のキャリアのなかで「最高傑作」を作ることができたと思っている。
世の中の人は誰も認めてはくれないかもしれないが…(笑)。
編集が上がった
2009/01/14 Wed
きょうで編集作業が終了した。
きのうのうちに放送時間の1時間49分ジャストで仕上がっていたのだが、
30秒PRの映像を作ったり、完成したテープを作業用にコピーしたりするのにもう一日要したわけだ。
(なにせ1本コピーをとるのに、最低でも1時間49分はかかるわけだから…)
「1時間49分」という初めての長編番組で(ほとんど映画である!)当初は戸惑いがなくもなかったが、
終わってみればそれほど大変でもなかった、というのが正直なところだ。
ぼくにしても、編集マンの“ほっちゃん”にしても、
もう何度目かの「夕張」なので、リズムを掴めていたことが大きいのだろう。
12月以来、休みこそ3日しかとっていないとはいえ、編集が深夜にまで及ぶことは一度もなかった。
19時過ぎに仕事が終わったこともままあったので、むしろ楽だったといってもいいだろう。
「1時間49分」あっても、
やはり涙を飲んでカットしなければならないシーンや登場人物はあるものだと改めて思い知ったが…。
夜は打ち上げで“ほっちゃん”と月島の「岸田屋」に行った。
去年の5月26日の日記にも書いたが、
仕事が終わるとこの店で飲むのが、ぼくとほっちゃんの恒例である。
下町の名店は今夜も超満員だったが、ちょうど入れ替わりに帰る人がいて、滑り込むことができた。
前回は名物の「牛モツの煮込み」が売り切れていたので、さっそく一人前ずつ注文。
久々に堪能したが、あまりに美味しいので二皿目を注文しようとしたら、もう売り切れていた。
そのほか、煮こごりやぬた、エイの軟骨、牡蛎湯豆腐を注文…
飲んで食って二人で5600円だから「無形文化財」に指定したい居酒屋である。
編集は終わったが、
台本を書いたり、音を入れたりの作業が残っているので、休めるのは25日になるだろう。
きのうのうちに放送時間の1時間49分ジャストで仕上がっていたのだが、
30秒PRの映像を作ったり、完成したテープを作業用にコピーしたりするのにもう一日要したわけだ。
(なにせ1本コピーをとるのに、最低でも1時間49分はかかるわけだから…)
「1時間49分」という初めての長編番組で(ほとんど映画である!)当初は戸惑いがなくもなかったが、
終わってみればそれほど大変でもなかった、というのが正直なところだ。
ぼくにしても、編集マンの“ほっちゃん”にしても、
もう何度目かの「夕張」なので、リズムを掴めていたことが大きいのだろう。
12月以来、休みこそ3日しかとっていないとはいえ、編集が深夜にまで及ぶことは一度もなかった。
19時過ぎに仕事が終わったこともままあったので、むしろ楽だったといってもいいだろう。
「1時間49分」あっても、
やはり涙を飲んでカットしなければならないシーンや登場人物はあるものだと改めて思い知ったが…。
夜は打ち上げで“ほっちゃん”と月島の「岸田屋」に行った。
去年の5月26日の日記にも書いたが、
仕事が終わるとこの店で飲むのが、ぼくとほっちゃんの恒例である。
下町の名店は今夜も超満員だったが、ちょうど入れ替わりに帰る人がいて、滑り込むことができた。
前回は名物の「牛モツの煮込み」が売り切れていたので、さっそく一人前ずつ注文。
久々に堪能したが、あまりに美味しいので二皿目を注文しようとしたら、もう売り切れていた。
そのほか、煮こごりやぬた、エイの軟骨、牡蛎湯豆腐を注文…
飲んで食って二人で5600円だから「無形文化財」に指定したい居酒屋である。
編集は終わったが、
台本を書いたり、音を入れたりの作業が残っているので、休めるのは25日になるだろう。
明日は試写
2009/01/08 Thu
“缶詰”
2009/01/06 Tue
きのうから編集作業を再開して、
きょう大晦日と正月のシーン(番組のプロローグとエピローグ)を加えて一本にした。
ところが、年越しのロケでちょっとばかり頑張りすぎてしまったようで、思ったより長い。
2時間5分30秒…放送時間まで、あと15分以上切らなければならない計算だ。
明日、明後日の二日間で詰めて、9日にはプロデューサーに見せるつもり。
できれば、その段階で、1時間55分以内に収めておきたいのだが…。
編集作業に入ると、朝の11時から夜の9時、あるいは10時頃まで連日編集室に籠もる。
いわゆる“缶詰”の状態で、毎日が単調極まりないことになってしまう。
日記を書こうにも、書くことなど何も思いつかない…ということにもなりかねない。
編集期間はあと一週間の予定だが、
その後も台本を書いたりするので、もうしばらくは編集室に“缶詰”の日々が続きそうだ。
きょう大晦日と正月のシーン(番組のプロローグとエピローグ)を加えて一本にした。
ところが、年越しのロケでちょっとばかり頑張りすぎてしまったようで、思ったより長い。
2時間5分30秒…放送時間まで、あと15分以上切らなければならない計算だ。
明日、明後日の二日間で詰めて、9日にはプロデューサーに見せるつもり。
できれば、その段階で、1時間55分以内に収めておきたいのだが…。
編集作業に入ると、朝の11時から夜の9時、あるいは10時頃まで連日編集室に籠もる。
いわゆる“缶詰”の状態で、毎日が単調極まりないことになってしまう。
日記を書こうにも、書くことなど何も思いつかない…ということにもなりかねない。
編集期間はあと一週間の予定だが、
その後も台本を書いたりするので、もうしばらくは編集室に“缶詰”の日々が続きそうだ。
穏やかな、初春
2009/01/01 Thu
2009年の最初の朝は夕張で迎えた。
昨日までの荒れ模様(千歳空港では80便だかが欠航したはずだ)と打って変わって、
元旦の夕張は穏やかな…うららかと云いたいほどの天気に恵まれた。
夕張市立診療所の村上智彦医師の初詣を撮って、今年の抱負を聞く。
自宅で、あるいは老人保健施設で、新しい年を迎えたお年寄りの穏やかな表情を撮る。
夜は(夕張に元日から開いている店なんてないので)ホテルの部屋で
スタッフと焼酎(夕張産長いも焼酎「夕張」)を一本空けて酔っぱらった。
ディレクターも五十を越えれば毎年が崖っぷちである。
いつまで番組を作り続ける体力があるのか、会社が許してくれるのか…
ぼくにとって今年はどんな一年になるのだろうか?
昨日までの荒れ模様(千歳空港では80便だかが欠航したはずだ)と打って変わって、
元旦の夕張は穏やかな…うららかと云いたいほどの天気に恵まれた。
夕張市立診療所の村上智彦医師の初詣を撮って、今年の抱負を聞く。
自宅で、あるいは老人保健施設で、新しい年を迎えたお年寄りの穏やかな表情を撮る。
夜は(夕張に元日から開いている店なんてないので)ホテルの部屋で
スタッフと焼酎(夕張産長いも焼酎「夕張」)を一本空けて酔っぱらった。
ディレクターも五十を越えれば毎年が崖っぷちである。
いつまで番組を作り続ける体力があるのか、会社が許してくれるのか…
ぼくにとって今年はどんな一年になるのだろうか?
師ならぬ身も走る12月…
2008/12/29 Mon
来年2月1日放送予定の「ハイビジョン特集」は、
町立瀬棚診療所のときに初めて会って以来、
3年間にわたって撮り続けてきた村上智彦医師を主人公にしたシリーズの6本目。
これまでの集大成とも云うべき番組で、放送時間も1時間49分とめちゃくちゃ長い。
半月あまり編集室にこもって、きょうまでに1時間51分30秒まで縮めた。
もっとも、大晦日、正月のシーンの撮影がこれからなので、実質的にはまだ10分ちかく長いのだろう。
今年の編集はこれでオシマイ。
明日からはまた夕張ロケで、新しい年は夕張で迎えることになる。
きょうは早く仕事を終えることができたので、下北沢の「小笹寿司」で夕食をとった。
相変わらず金欠病ではあるのだが、
暮れも正月もない忙しさなので、よく働いている自分へのご褒美としてささやかな贅沢をする。
小鰭、鯵、鯖、蛤、鮪の漬け…しみじみと旨い寿司を食べて、ぼくの今年は終わったようなもの。
明日からのロケは、ひと足早い「来年の仕事」として臨むつもりだ。
村上医師や患者のお年寄りの年越しの様子を撮って、2日の午後には東京に帰ってくる予定。
3日、4日はどうにか休めそうで、5日からまた編集室に缶詰になる。
来し方をゆっくり振り返る暇もなく、ぼくの2009年が始まろうとしている…
町立瀬棚診療所のときに初めて会って以来、
3年間にわたって撮り続けてきた村上智彦医師を主人公にしたシリーズの6本目。
これまでの集大成とも云うべき番組で、放送時間も1時間49分とめちゃくちゃ長い。
半月あまり編集室にこもって、きょうまでに1時間51分30秒まで縮めた。
もっとも、大晦日、正月のシーンの撮影がこれからなので、実質的にはまだ10分ちかく長いのだろう。
今年の編集はこれでオシマイ。
明日からはまた夕張ロケで、新しい年は夕張で迎えることになる。
きょうは早く仕事を終えることができたので、下北沢の「小笹寿司」で夕食をとった。
相変わらず金欠病ではあるのだが、
暮れも正月もない忙しさなので、よく働いている自分へのご褒美としてささやかな贅沢をする。
小鰭、鯵、鯖、蛤、鮪の漬け…しみじみと旨い寿司を食べて、ぼくの今年は終わったようなもの。
明日からのロケは、ひと足早い「来年の仕事」として臨むつもりだ。
村上医師や患者のお年寄りの年越しの様子を撮って、2日の午後には東京に帰ってくる予定。
3日、4日はどうにか休めそうで、5日からまた編集室に缶詰になる。
来し方をゆっくり振り返る暇もなく、ぼくの2009年が始まろうとしている…
ちょっといい話
2008/12/05 Fri
11月17日の日記に書いた、元浪曲師のSさんのお宅を訪れた。
こういうのはカメラを向ける側も辛いのだが、独り遺された奥さんの話を聞きたかったのである。
取材を通じてすっかり仲よくなっていた奥さんは、快くインタビューに応じてくれた。
Sさんの最後の日の様子、いまの心境…
煙草好きだったSさんだけに、肺癌にでもなって苦しむよりは却ってよかったと云う。
一通り話を聞き終えて、(次の取材があったので)いささか心急きながらお宅を辞そうとすると、
奥さんが、ぼくたちを引き止めるようにして、何枚かの写真を見せてくれた。
浪曲師として舞台に立っていた頃のSさんの写真や、巡業先で夫婦一緒に撮った写真。
そのなかに、すっかりボロボロになった小さなモノクロ写真があった。
舞台衣装を着けた奥さんの若い頃の写真で、上半身のアップ(バストサイズというやつだ)。
ちょっと気取って、まるでブロマイドのような撮り方である。
レビューに出ていたという話を聞いていたので、その頃のものだとすぐに判った。
聞けば、Sさんの死後、Sさんの免許証入れのなかから出てきたのだという。
Sさんは晩年は車椅子の生活で、もちろん車(バイク?)に乗れたはずもない。
しかし、写真の入った免許証は肌身離さず持ち歩いていたらしい。
看護師さんに「家内は若いときは宝塚にいたんだ」と云って見せびらかしたこともあるという。
奥さんは「ほんとにホラばっかり吹いて、しょうがないね」と笑っていたが、
この写真を見つけたときにはきっと嬉しかったことだろう。
妻の若いときの写真を亡くなるまで身につけていた88才…
ちょっといい話で、ぼくはすでにカメラを止めていたことを後悔した。
あとでこの話を某医師にしたら、「それは、いい手かもしれませんね」と身を乗り出してきた。
「よそで腹上死しても、
遺品から奥さんの写真が出てきたら、
最後まで想っていてくれたのね、って許してもらえるかもしれないし…」
…いくらなんでも、それはないと思うが。
こういうのはカメラを向ける側も辛いのだが、独り遺された奥さんの話を聞きたかったのである。
取材を通じてすっかり仲よくなっていた奥さんは、快くインタビューに応じてくれた。
Sさんの最後の日の様子、いまの心境…
煙草好きだったSさんだけに、肺癌にでもなって苦しむよりは却ってよかったと云う。
一通り話を聞き終えて、(次の取材があったので)いささか心急きながらお宅を辞そうとすると、
奥さんが、ぼくたちを引き止めるようにして、何枚かの写真を見せてくれた。
浪曲師として舞台に立っていた頃のSさんの写真や、巡業先で夫婦一緒に撮った写真。
そのなかに、すっかりボロボロになった小さなモノクロ写真があった。
舞台衣装を着けた奥さんの若い頃の写真で、上半身のアップ(バストサイズというやつだ)。
ちょっと気取って、まるでブロマイドのような撮り方である。
レビューに出ていたという話を聞いていたので、その頃のものだとすぐに判った。
聞けば、Sさんの死後、Sさんの免許証入れのなかから出てきたのだという。
Sさんは晩年は車椅子の生活で、もちろん車(バイク?)に乗れたはずもない。
しかし、写真の入った免許証は肌身離さず持ち歩いていたらしい。
看護師さんに「家内は若いときは宝塚にいたんだ」と云って見せびらかしたこともあるという。
奥さんは「ほんとにホラばっかり吹いて、しょうがないね」と笑っていたが、
この写真を見つけたときにはきっと嬉しかったことだろう。
妻の若いときの写真を亡くなるまで身につけていた88才…
ちょっといい話で、ぼくはすでにカメラを止めていたことを後悔した。
あとでこの話を某医師にしたら、「それは、いい手かもしれませんね」と身を乗り出してきた。
「よそで腹上死しても、
遺品から奥さんの写真が出てきたら、
最後まで想っていてくれたのね、って許してもらえるかもしれないし…」
…いくらなんでも、それはないと思うが。
江戸っ子ばあちゃん
2008/10/16 Thu
今回の夕張出張の第一の目的は、
いままで撮影させていただいてきたお年寄りの近況を確かめることにある。
今度の番組は、地域医療の課題が云々というシカツメラシイ話はちょこっと横に置いて、
村上智彦医師ら夕張医療センターのスタッフとお年寄りとの“心のふれあい”を描けないかと思っている。
否応なく超高齢化社会を迎えようとしている日本、
お年寄りが幸せに生きられ、幸せに死んでいくためには何が必要かということを考えるのは、
狭義の「医療問題」よりも寧ろ本質的な問題ではないかという気がしなくもない。
きょうは村上先生の訪問診療にひっついて、本間きくのさんを訪ねた。
自宅で娘さんの介護を受けながら暮らす本間さんは、今月末で97歳になる。
一年半前から何度か撮影させていただいているが、寝たきりだけど「心が元気」なお婆ちゃんである。
本間さんは生まれも育ちも東京は向島、つまり、ちゃきちゃきの江戸っ子である。
亡くなったご主人が浅草六区(戦前は日本一の興行街)でならした活動写真の弁士で、
トーキーになったときに失業して、当時、石炭景気で湧きに湧いていた夕張に移ってきたのだという。
映画好きのぼくにとっては、まさにLiving Legendみたいなお婆ちゃんである。
夕張で8人の子供を育て上げたという個人史はぼくも断片的には聞かせていただいているが、
できることなら一代記を書いてみたいと思うくらいの「日本の母」だ。
一年前よりひとまわり小さくなられた気がするが、
口を出る言葉は江戸っ子らしく歯に衣着せぬ「憎まれ口」で、
その底には百年ちかい人生のすべてを肯定して受け容れたような大らかなユーモアが漂う。
だから、本間さんと会っているときには、先生もぼくもいつもニコニコ笑っていることになる。
最近はご飯が食べられないそうで心配だが、
97歳になりなんとする本間さんに「ご飯はもう食べ飽きた」と云われれば、これは説得力がある。
若い男性が大好きで、
52歳のぼくも本間さんからすれば「若いねえ」なので、いつでも歓迎していただける。
帰るときには握手をするのが常で、そうすると顏じゅうを皺だらけにして嬉しそうに笑われる。
これは握手しながら、片手で撮った写真だが、素敵な笑顔の片鱗は感じ取っていただけると思う。
来るべき97歳の誕生日には何を贈るべきか…村上さんと一緒に頭を悩ませているところだ。
いままで撮影させていただいてきたお年寄りの近況を確かめることにある。
今度の番組は、地域医療の課題が云々というシカツメラシイ話はちょこっと横に置いて、
村上智彦医師ら夕張医療センターのスタッフとお年寄りとの“心のふれあい”を描けないかと思っている。
否応なく超高齢化社会を迎えようとしている日本、
お年寄りが幸せに生きられ、幸せに死んでいくためには何が必要かということを考えるのは、
狭義の「医療問題」よりも寧ろ本質的な問題ではないかという気がしなくもない。
きょうは村上先生の訪問診療にひっついて、本間きくのさんを訪ねた。
自宅で娘さんの介護を受けながら暮らす本間さんは、今月末で97歳になる。
一年半前から何度か撮影させていただいているが、寝たきりだけど「心が元気」なお婆ちゃんである。
本間さんは生まれも育ちも東京は向島、つまり、ちゃきちゃきの江戸っ子である。
亡くなったご主人が浅草六区(戦前は日本一の興行街)でならした活動写真の弁士で、
トーキーになったときに失業して、当時、石炭景気で湧きに湧いていた夕張に移ってきたのだという。
映画好きのぼくにとっては、まさにLiving Legendみたいなお婆ちゃんである。
夕張で8人の子供を育て上げたという個人史はぼくも断片的には聞かせていただいているが、
できることなら一代記を書いてみたいと思うくらいの「日本の母」だ。
一年前よりひとまわり小さくなられた気がするが、
口を出る言葉は江戸っ子らしく歯に衣着せぬ「憎まれ口」で、
その底には百年ちかい人生のすべてを肯定して受け容れたような大らかなユーモアが漂う。
だから、本間さんと会っているときには、先生もぼくもいつもニコニコ笑っていることになる。
最近はご飯が食べられないそうで心配だが、
97歳になりなんとする本間さんに「ご飯はもう食べ飽きた」と云われれば、これは説得力がある。
若い男性が大好きで、
52歳のぼくも本間さんからすれば「若いねえ」なので、いつでも歓迎していただける。
帰るときには握手をするのが常で、そうすると顏じゅうを皺だらけにして嬉しそうに笑われる。
これは握手しながら、片手で撮った写真だが、素敵な笑顔の片鱗は感じ取っていただけると思う。
来るべき97歳の誕生日には何を贈るべきか…村上さんと一緒に頭を悩ませているところだ。
Googleドキュメント
2008/09/06 Sat
Google Chromeを入れたのをきっかけに、
いままでまるで「役立たず」だった会社のWindowsをGoogleのツールを使って補強しようと考えた。
きのう、「Googleドキュメント」を使えるようにしたのである。
これはWeb上で文書を作ることができる一種のワープロで、
新しい文書を作る以外にも、
ワードやエクセル、PDFなどの書類をアップロードして、Web上で保存・編集ができる。
メルアドと暗証番号を登録すれば無料で使え、MacやWindowsなどのプラットフォームを選ばない。
新聞記事のスクラップや資料、取材ノートをWeb上に置けば、
ネットに接続できるパソコンさえあればどこにいても仕事ができる。
具体的に云えば、「会社にいても仕事ができるようにする」というのが狙いである。
Appleが提供しているMobileMeを使って同じことをやろうとしていたのだが、
愛用のMacにマイクロソフト・オフィスなどという汚らわしいもの(笑)を入れるつもりはないので、
ワードやエクセルで作られた文書はやはり扱いにくかった。
書類を階層的に保管しようにもフォルダ名が日本語では文字化けするし、
Web上に保存した書類の内容検索ができないなど、決して使い勝手がいいとは言えなかった。
その点、Googleドキュメントは格段に優れている。
Googleらしく動作がきびきびと軽い。
もちろん検索は「お手のもの」で、
単語を入力すれば内容にその単語を含むすべての文書がたちどころにピックアップされる。
これは、Web上に保管されたぼくの書類リストだ。
いまのところまだ、最近興味を持った新聞記事の切り抜きしか入っていないが。
切り抜きといっても、文字通り新聞を切り貼りするわけではない。
これは会社のWindowsでWeb上の記事をコピー&ペーストしてGoogleドキュメント書類にしたものだ。
こうしてWeb上にぼくのスクラップブックを作っていく(いままではMacのなかに作ってあった)。
MobileMeでは写真入りのテキスト書類をアップロードできなかったが、こちらでは簡単。
いままでは専ら自宅で(愛用のMacを使って)やっていたこうした情報収集やノート作りが、
会社にいても(Windowsを使ってでも)できるようになった。
そのうえ、今日になって、iPhone用のアプリにMiGhtyDocsというのがあるのを発見。
このアプリ(無料)を使えば、
Googleドキュメント書類をiPhoneに同期して保存することができ、
いちいちネットに接続しなくてもノートを見ることが可能になる(検索機能がないのが残念だが)。
…次回作がいまだ具体化せず、
不完全燃焼で過ごした今年の夏だったが、
次の仕事に取り組むためのツールの準備だけは着々と整ってきた(苦笑)。
いままでまるで「役立たず」だった会社のWindowsをGoogleのツールを使って補強しようと考えた。
きのう、「Googleドキュメント」を使えるようにしたのである。
これはWeb上で文書を作ることができる一種のワープロで、
新しい文書を作る以外にも、
ワードやエクセル、PDFなどの書類をアップロードして、Web上で保存・編集ができる。
メルアドと暗証番号を登録すれば無料で使え、MacやWindowsなどのプラットフォームを選ばない。
新聞記事のスクラップや資料、取材ノートをWeb上に置けば、
ネットに接続できるパソコンさえあればどこにいても仕事ができる。
具体的に云えば、「会社にいても仕事ができるようにする」というのが狙いである。
Appleが提供しているMobileMeを使って同じことをやろうとしていたのだが、
愛用のMacにマイクロソフト・オフィスなどという汚らわしいもの(笑)を入れるつもりはないので、
ワードやエクセルで作られた文書はやはり扱いにくかった。
書類を階層的に保管しようにもフォルダ名が日本語では文字化けするし、
Web上に保存した書類の内容検索ができないなど、決して使い勝手がいいとは言えなかった。
その点、Googleドキュメントは格段に優れている。
Googleらしく動作がきびきびと軽い。
もちろん検索は「お手のもの」で、
単語を入力すれば内容にその単語を含むすべての文書がたちどころにピックアップされる。
これは、Web上に保管されたぼくの書類リストだ。
いまのところまだ、最近興味を持った新聞記事の切り抜きしか入っていないが。
切り抜きといっても、文字通り新聞を切り貼りするわけではない。
これは会社のWindowsでWeb上の記事をコピー&ペーストしてGoogleドキュメント書類にしたものだ。
こうしてWeb上にぼくのスクラップブックを作っていく(いままではMacのなかに作ってあった)。
MobileMeでは写真入りのテキスト書類をアップロードできなかったが、こちらでは簡単。
いままでは専ら自宅で(愛用のMacを使って)やっていたこうした情報収集やノート作りが、
会社にいても(Windowsを使ってでも)できるようになった。
そのうえ、今日になって、iPhone用のアプリにMiGhtyDocsというのがあるのを発見。
このアプリ(無料)を使えば、
Googleドキュメント書類をiPhoneに同期して保存することができ、
いちいちネットに接続しなくてもノートを見ることが可能になる(検索機能がないのが残念だが)。
…次回作がいまだ具体化せず、
不完全燃焼で過ごした今年の夏だったが、
次の仕事に取り組むためのツールの準備だけは着々と整ってきた(苦笑)。
久しぶりの出張
2008/09/01 Mon
怠惰な8月が過ぎて、9月は出張から始まった。
一年の1/3を出張で過ごすぼくには珍しく、2ヶ月半ぶりの出張だ。
行き先は夕張。
通い慣れた街に一泊二日の短い出張だが、
それでも、東京を離れるにつれて、 少しずつ気持ちのエンジンがかかってくるのを感じる。
ぼくは「地域」で起こっている問題をテーマにしているので、実は東京にいても仕事にはならない。
もちろんネットや電話を使って情報を入手することは可能だが、
それらは云わば剥製の標本のような「死んだ情報」である。
現場の土を踏み、空気を吸って、初めて情報は生きた肉体を持つ。
だから、久しぶりに出張に出たということは、「久しぶりに仕事をしている」ということでもある。
今回の出張は身軽である。
ぼくはどこに行くにも愛用のMacとカメラを離さないのだが、
iPhoneを手に入れたことで、思い切ってパソコンを置いてきたのである。
メールやネットへのアクセス、簡単なメモくらいなら、iPhoneで用が足りる。
現にこの文章もiNoteというiPhone用のアプリを使って書いていて、
メールで自分のパソコンに送っておいて、東京に帰ってからネットに上げるつもりでいる。
パソコンがあるとないとでは荷物の量がまるで違う。
そこで、しばらく使っていなかった鞄を物置きから引っ張り出してきた。

木村祐三さんという鞄作家が作ったちいさなドクターズ・バッグで、10年ほど前に買ったものだ。
(昔のお医者さんが往診のときに持って行ったような鞄だ。)
パソコンを持ち歩くようになってからは、ほとんどお役御免の状態だった。
この鞄に、
一泊ぶんの着替えと洗面具、カメラ(SIGMA DP1)とiPhone、
文庫本を一冊(高城高全集2「凍った太陽」)詰め込んで家を出てきた。
荷物が軽いと心も軽い。
身軽な旅っていいな。
しかし、それにしても、鉄道を使うと夕張は遠い。
信号所で対向列車を待つために、10分、6分…と停車を繰り返す。
タクシーだと1時間かからないところを2時間半もかけて行くのである。
窓の外では雨が降り始めた…
一年の1/3を出張で過ごすぼくには珍しく、2ヶ月半ぶりの出張だ。
行き先は夕張。
通い慣れた街に一泊二日の短い出張だが、
それでも、東京を離れるにつれて、 少しずつ気持ちのエンジンがかかってくるのを感じる。
ぼくは「地域」で起こっている問題をテーマにしているので、実は東京にいても仕事にはならない。
もちろんネットや電話を使って情報を入手することは可能だが、
それらは云わば剥製の標本のような「死んだ情報」である。
現場の土を踏み、空気を吸って、初めて情報は生きた肉体を持つ。
だから、久しぶりに出張に出たということは、「久しぶりに仕事をしている」ということでもある。
今回の出張は身軽である。
ぼくはどこに行くにも愛用のMacとカメラを離さないのだが、
iPhoneを手に入れたことで、思い切ってパソコンを置いてきたのである。
メールやネットへのアクセス、簡単なメモくらいなら、iPhoneで用が足りる。
現にこの文章もiNoteというiPhone用のアプリを使って書いていて、
メールで自分のパソコンに送っておいて、東京に帰ってからネットに上げるつもりでいる。
パソコンがあるとないとでは荷物の量がまるで違う。
そこで、しばらく使っていなかった鞄を物置きから引っ張り出してきた。

木村祐三さんという鞄作家が作ったちいさなドクターズ・バッグで、10年ほど前に買ったものだ。
(昔のお医者さんが往診のときに持って行ったような鞄だ。)
パソコンを持ち歩くようになってからは、ほとんどお役御免の状態だった。
この鞄に、
一泊ぶんの着替えと洗面具、カメラ(SIGMA DP1)とiPhone、
文庫本を一冊(高城高全集2「凍った太陽」)詰め込んで家を出てきた。
荷物が軽いと心も軽い。
身軽な旅っていいな。
しかし、それにしても、鉄道を使うと夕張は遠い。
信号所で対向列車を待つために、10分、6分…と停車を繰り返す。
タクシーだと1時間かからないところを2時間半もかけて行くのである。
窓の外では雨が降り始めた…
初めての「泊まり勤務」
2008/08/20 Wed
次回作が決まらないまま、
遊んでいるわけにもいかないので、北京オリンピックの手伝いに入った。
朝のニュース用に、
夜になってから入ってくる取材映像(例えば、帰国した競泳選手団の記者会見)を編集したり、
その日の競技の見どころを紹介するVTRを作るという仕事である。
そんなわけで、昨夜は、朝までぶっ通しで仕事をする「泊まり勤務」に従事した。
編集やナレーション原稿を書くために「結果として徹夜になった」ことは何度もあるが、
最初から「徹夜が前提」(形式上は仮眠時間が定められているが、実際は眠れない)の勤務は、
30年に及ぶTVディレクター生活で初めてのことである。
いま、自宅に帰って2時間あまり眠ってから、この日記を書いている。
(日記を書き終えたら、もう一眠りしようかと思う。)
「徹夜」自体は若いときから散々やってきたので驚かないし、
「明け」のきょうはゆっくり休めるので、
翌日も仕事が待っている普段の「徹夜」に比べれば体力的には楽なものだ。
しかし、ドキュメンタリーの制作現場とニュースの現場では、
仕事の進め方が「これが同じ会社かいな」と思うくらいに違っていて、戸惑いの連続だった。
例えていうなら、
ルールを知らないで野球をやっているようなもので、
ヒットを打っても一塁に走ればいいのか三塁に走るべきかを知らないから(笑)、
いちいち誰かに訊いて確かめながらプレーしなければならないのである。
こうなるといくらベテランとはいえ「お客さん」のようなもので、
かえって現場の若い人たちに迷惑をかけたのかもしれない。
例えば、
インサイダー取引に悪用されたことで有名になった、
記者が書いたニュース原稿を放送前に読むことができるデータ端末がある。
いままで触ったことがないから、操作のしかた自体がまずよく判らない。
そして、ニュース・デスクによって原稿がチェックされ認められた瞬間に、
全スタッフが基本的にその原稿の表現に拘束されるいうルールがあることを初めて知った。
デスクの認可を得たものが「組織が認めた表現」になるわけで、
そのままでは解りにくいと思ったとしても勝手に書き直すことは許されていない。
(もしかしたら違うのかもしれないが、ぼくが理解したのはそういうことだ。)
また、記者会見での選手のインタビューを編集するとき、
ぼくの普段の仕事の進め方からいえば、
まず取材VTRをすべて見ることから始めて、
どこがポイントかを判断し、構成(ストーリィの組み立て)を考える。
ところが、ニュースの現場では、
記者会見に出席した記者が談話の要旨を原稿にまとめていて、
その記者の(そしてデスクが認めた)まとめに従ってインタビューを切り出していくのが原則だ。
なるほど。
一種の分業システムとして確立していて、
スタッフの個性や感性などでニュースの内容が大きく左右されることがないように作られている。
「ニュースの正確さ」(あるいは「公正中立」)をそのようにして担保しているのだろうし、
実際、限られた時間のなかで、間違いのないニュースが出ていくためには、合理的なやり方である。
しかし、インタビューで語られた「言葉の内容」と同じくらい、
あるいは場合によってはそれ以上に、
口調や表情も重要な情報だと考えているぼくのような人間には、なかなか馴染めないシステムだ。
これは「テレビ(=映像メディア)ではない」と思ってしまうのである。
ニュースの現場は、ぼくのような一匹狼的な気風の強い人間にはとても務まらないのだろう。
あらためて「ニュースと番組とは事実上の別会社」だと認識するとともに、
「これはこれで、いい経験をしたなあ」と思った。
ニュースでの勤務は今週いっぱい続き、土曜日の夜にはもう一度泊まることになる。
遊んでいるわけにもいかないので、北京オリンピックの手伝いに入った。
朝のニュース用に、
夜になってから入ってくる取材映像(例えば、帰国した競泳選手団の記者会見)を編集したり、
その日の競技の見どころを紹介するVTRを作るという仕事である。
そんなわけで、昨夜は、朝までぶっ通しで仕事をする「泊まり勤務」に従事した。
編集やナレーション原稿を書くために「結果として徹夜になった」ことは何度もあるが、
最初から「徹夜が前提」(形式上は仮眠時間が定められているが、実際は眠れない)の勤務は、
30年に及ぶTVディレクター生活で初めてのことである。
いま、自宅に帰って2時間あまり眠ってから、この日記を書いている。
(日記を書き終えたら、もう一眠りしようかと思う。)
「徹夜」自体は若いときから散々やってきたので驚かないし、
「明け」のきょうはゆっくり休めるので、
翌日も仕事が待っている普段の「徹夜」に比べれば体力的には楽なものだ。
しかし、ドキュメンタリーの制作現場とニュースの現場では、
仕事の進め方が「これが同じ会社かいな」と思うくらいに違っていて、戸惑いの連続だった。
例えていうなら、
ルールを知らないで野球をやっているようなもので、
ヒットを打っても一塁に走ればいいのか三塁に走るべきかを知らないから(笑)、
いちいち誰かに訊いて確かめながらプレーしなければならないのである。
こうなるといくらベテランとはいえ「お客さん」のようなもので、
かえって現場の若い人たちに迷惑をかけたのかもしれない。
例えば、
インサイダー取引に悪用されたことで有名になった、
記者が書いたニュース原稿を放送前に読むことができるデータ端末がある。
いままで触ったことがないから、操作のしかた自体がまずよく判らない。
そして、ニュース・デスクによって原稿がチェックされ認められた瞬間に、
全スタッフが基本的にその原稿の表現に拘束されるいうルールがあることを初めて知った。
デスクの認可を得たものが「組織が認めた表現」になるわけで、
そのままでは解りにくいと思ったとしても勝手に書き直すことは許されていない。
(もしかしたら違うのかもしれないが、ぼくが理解したのはそういうことだ。)
また、記者会見での選手のインタビューを編集するとき、
ぼくの普段の仕事の進め方からいえば、
まず取材VTRをすべて見ることから始めて、
どこがポイントかを判断し、構成(ストーリィの組み立て)を考える。
ところが、ニュースの現場では、
記者会見に出席した記者が談話の要旨を原稿にまとめていて、
その記者の(そしてデスクが認めた)まとめに従ってインタビューを切り出していくのが原則だ。
なるほど。
一種の分業システムとして確立していて、
スタッフの個性や感性などでニュースの内容が大きく左右されることがないように作られている。
「ニュースの正確さ」(あるいは「公正中立」)をそのようにして担保しているのだろうし、
実際、限られた時間のなかで、間違いのないニュースが出ていくためには、合理的なやり方である。
しかし、インタビューで語られた「言葉の内容」と同じくらい、
あるいは場合によってはそれ以上に、
口調や表情も重要な情報だと考えているぼくのような人間には、なかなか馴染めないシステムだ。
これは「テレビ(=映像メディア)ではない」と思ってしまうのである。
ニュースの現場は、ぼくのような一匹狼的な気風の強い人間にはとても務まらないのだろう。
あらためて「ニュースと番組とは事実上の別会社」だと認識するとともに、
「これはこれで、いい経験をしたなあ」と思った。
ニュースでの勤務は今週いっぱい続き、土曜日の夜にはもう一度泊まることになる。
番組完成
2008/07/04 Fri
今日、テロップ(字幕)を入れて、
ようやく番組「医療再生 “地域力”を結集せよ」(7月6日放送・ETV特集)が完成した。
…いやはや、今回は本当に疲れました。
前作(6月1日放送「地域の医療を守るのは誰か」)からほとんど休みなしでのロケ、編集だったので、
最後の一週間は2本分の疲れが一気にきて集中力が途切れ気味だったかもしれない。
もうひと粘りできたかもしれないのに…と自分でちょっと忸怩たる思いがある。
でも、ぼくたちは完成度にすべてを捧げた「芸術家」ではない。
〆切厳守で番組を完成させなければならないし、
終わったらすぐに頭を切り替えて次の仕事を考えなければならない。
これも定年の日まで営々として続くだろうルーティン・ワークの一コマなのである。
きょうは妙な天気で、
朝には雨が降って肌寒かったのが、出勤途中に晴れ始め、午後には真夏を思わせる暑さとなった。
帰り道に原宿の歩道橋に上って、渋谷方向にカメラを向けて「番組完成」の記念写真を一枚パチリ。
19時過ぎてこの明るさだから、日が長くなったというか…
気がつかないうちに、今年も夏至を過ぎてしまったんだなあ。
ようやく番組「医療再生 “地域力”を結集せよ」(7月6日放送・ETV特集)が完成した。
…いやはや、今回は本当に疲れました。
前作(6月1日放送「地域の医療を守るのは誰か」)からほとんど休みなしでのロケ、編集だったので、
最後の一週間は2本分の疲れが一気にきて集中力が途切れ気味だったかもしれない。
もうひと粘りできたかもしれないのに…と自分でちょっと忸怩たる思いがある。
でも、ぼくたちは完成度にすべてを捧げた「芸術家」ではない。
〆切厳守で番組を完成させなければならないし、
終わったらすぐに頭を切り替えて次の仕事を考えなければならない。
これも定年の日まで営々として続くだろうルーティン・ワークの一コマなのである。
きょうは妙な天気で、
朝には雨が降って肌寒かったのが、出勤途中に晴れ始め、午後には真夏を思わせる暑さとなった。
帰り道に原宿の歩道橋に上って、渋谷方向にカメラを向けて「番組完成」の記念写真を一枚パチリ。
19時過ぎてこの明るさだから、日が長くなったというか…
気がつかないうちに、今年も夏至を過ぎてしまったんだなあ。
10年ぶりの出演
2008/06/28 Sat
今回の番組では10年ぶりに「出演」をした。
TVディレクターは基本的に「裏方稼業」だが、ときどき思い出したように出演をしてみたりする。
ぼくは若い頃からけっこう“出演慣れ”していて、
そういう意味では、(自覚症状はないのだが)案外「出たがり」なのかもしれない。
今回は北海道時代に作った「ホンモノが食べたい」シリーズ以来、ちょうど10年ぶりの出演である。
人前で喋る機会が多いのでそんなに緊張はしないが、
生放送(や、それに準じたスタジオ番組)で勢いに任せてくっちゃべるのとは違い、
今回は一人語りで、書いた原稿をそのまま話すのが丸暗記みたいなところがあって苦労をした。
暗記した文章の一言一句を思い出しながら話すのでは、勢いがなくなってしまって、伝わらない。
カンペを用意することも考えないではなかったが、やはり「原稿を読む」のでは勢いが失われてしまう。
だから、NGを連発しながらも、片言隻句ではなく「メッセージ」を伝えようと心がけた。
出来高がどの程度かは第三者の批判を待つしかないが、本人としては、大変疲れた(笑)。
後で見直してみると、
「偉そうなことをいいやがって、コイツは何様のつもりだ」と思わないでもなかったが…。
TVディレクターは基本的に「裏方稼業」だが、ときどき思い出したように出演をしてみたりする。
ぼくは若い頃からけっこう“出演慣れ”していて、
そういう意味では、(自覚症状はないのだが)案外「出たがり」なのかもしれない。
今回は北海道時代に作った「ホンモノが食べたい」シリーズ以来、ちょうど10年ぶりの出演である。
人前で喋る機会が多いのでそんなに緊張はしないが、
生放送(や、それに準じたスタジオ番組)で勢いに任せてくっちゃべるのとは違い、
今回は一人語りで、書いた原稿をそのまま話すのが丸暗記みたいなところがあって苦労をした。
暗記した文章の一言一句を思い出しながら話すのでは、勢いがなくなってしまって、伝わらない。
カンペを用意することも考えないではなかったが、やはり「原稿を読む」のでは勢いが失われてしまう。
だから、NGを連発しながらも、片言隻句ではなく「メッセージ」を伝えようと心がけた。
出来高がどの程度かは第三者の批判を待つしかないが、本人としては、大変疲れた(笑)。
後で見直してみると、
「偉そうなことをいいやがって、コイツは何様のつもりだ」と思わないでもなかったが…。
タイトルが決まった。
2008/06/26 Thu
7月6日放送の「ETV特集」、サブタイトルが決まった。
「医療再生 “地域力”を結集せよ 〜東金・丹波 医師と住民の挑戦〜」
この2年のあいだ、ぼくが作ってきたのは、
財政破綻の瀬戸際に立つ長野県王滝村を扱った一本を除き、すべて地域医療がらみの番組である。
そのサブタイトル、
「ヒゲ」(「〜」に挟まれたサブ・サブタイトル)を除いた部分を列挙してみれば…
「ある地域医療の“挫折”」 (ETV特集)
「医師はなぜ立ち去るのか」( 同上 )
「地域医療再生への挑戦」 ( 同上 )
「地域の医療はよみがえるか」(NHKスペシャル)
「何が医師を追いつめるのか」(福祉ネットワーク)
「地域の医療を守るのは誰か」(ETV特集)
「医療再生 “地域力”を結集せよ」(ETV特集)
…なんだかとてもよく似ていて、そのうち、どれがどれだか自分でも判らなくなってしまいそうだ(笑)。
まァ、それでも、少しずつ認識が深まっていく過程をトレースできる気がしなくもない。
最初は「行政の責任」を強調していたのが、
だんだん「結局は住民自身の責任」だという思いを強くしている。
逆に云えば、それだけ「世間には受け入れられにくい」番組ばかり作っているわけで、
そろそろこの世界からも足を洗わなければいけないかなァ…なんて思い始めているところだ。
「医療再生 “地域力”を結集せよ 〜東金・丹波 医師と住民の挑戦〜」
この2年のあいだ、ぼくが作ってきたのは、
財政破綻の瀬戸際に立つ長野県王滝村を扱った一本を除き、すべて地域医療がらみの番組である。
そのサブタイトル、
「ヒゲ」(「〜」に挟まれたサブ・サブタイトル)を除いた部分を列挙してみれば…
「ある地域医療の“挫折”」 (ETV特集)
「医師はなぜ立ち去るのか」( 同上 )
「地域医療再生への挑戦」 ( 同上 )
「地域の医療はよみがえるか」(NHKスペシャル)
「何が医師を追いつめるのか」(福祉ネットワーク)
「地域の医療を守るのは誰か」(ETV特集)
「医療再生 “地域力”を結集せよ」(ETV特集)
…なんだかとてもよく似ていて、そのうち、どれがどれだか自分でも判らなくなってしまいそうだ(笑)。
まァ、それでも、少しずつ認識が深まっていく過程をトレースできる気がしなくもない。
最初は「行政の責任」を強調していたのが、
だんだん「結局は住民自身の責任」だという思いを強くしている。
逆に云えば、それだけ「世間には受け入れられにくい」番組ばかり作っているわけで、
そろそろこの世界からも足を洗わなければいけないかなァ…なんて思い始めているところだ。
地域医療を守るのは…
2008/06/25 Wed
オレ流 編集術
2008/06/20 Fri
きのう、番組(7月6日放送「ETV特集」)の第一稿の編集があがった。
未撮影部分がけっこうあるので確かなことはいえないが、たぶん14〜15分長いのではないか。
きょう、これから出局して、編集マンの「ほっちゃん」と二人で最初の試写を見る。
この最初の試写は、何も言わず、二人で黙って映像の流れだけをみる。
ぼくは編集をするとき、とくに第一稿を作るときには、
できるだけコメント(ナレーション原稿)を書かないことにしている。
その場面でどういうことをいうかは漠然と考えるのだが、ともかく「書かない」方がいい。
若いディレクターたちの編集室を覗いてみると、
みんな第一稿からパソコンを持ち込んで一生懸命コメントを書いている。
してみれば、ナレーションを後回しにするぼくの仕事の流儀はいまや少数派らしい。
コメントを書かないのには理由がある。
面倒臭いことは後回しにしたいという心理もあるのだが(笑)、
それ以上に、コメントを書いてしまうと、
映像をコメントに合わせてつなぐことになりがちで、説明的になってしまうのを嫌うからだ。
説明のために絵をつないでいくと、
本来、映像が豊かに持っている余白というか「行間」の部分が削ぎ落とされ、
テレビは、絵を見せながら背景で説明をする、まさに「電気紙芝居」のようなものになる。
映像の面白さも強さも、
「説明」からはみ出してしまう細部、言い換えれば「無駄」のなかにあるとぼくは考えている。
映像には映像の独自の流れというものがあるので、
説明的なコメントに制約されず、流れを大切につなぎたいと思っているわけだ。
こういう仕事のしかたが許されるのは、ぼくがこの道30年ちかいベテランだからかもしれない。
若いディレクターが同じことをやろうとすると、
上司のプロデューサーから「早くコメントを書け」と叱責されるのではないか。
早くコメントを書けば、番組が(説明として)まとまったものになるので歩留まりが読める。
箸にも棒にもかからない駄作は出ないが、
その代わり、活き活きとした面白いドキュメンタリーもまた少なくなってしまう。
近ごろのテレビ(ドキュメンタリー的な番組)が説明的、予定調和的でつまらないのは、
早くコメントを書き過ぎるからでないかとぼくは秘かに考えている。
未撮影部分がけっこうあるので確かなことはいえないが、たぶん14〜15分長いのではないか。
きょう、これから出局して、編集マンの「ほっちゃん」と二人で最初の試写を見る。
この最初の試写は、何も言わず、二人で黙って映像の流れだけをみる。
ぼくは編集をするとき、とくに第一稿を作るときには、
できるだけコメント(ナレーション原稿)を書かないことにしている。
その場面でどういうことをいうかは漠然と考えるのだが、ともかく「書かない」方がいい。
若いディレクターたちの編集室を覗いてみると、
みんな第一稿からパソコンを持ち込んで一生懸命コメントを書いている。
してみれば、ナレーションを後回しにするぼくの仕事の流儀はいまや少数派らしい。
コメントを書かないのには理由がある。
面倒臭いことは後回しにしたいという心理もあるのだが(笑)、
それ以上に、コメントを書いてしまうと、
映像をコメントに合わせてつなぐことになりがちで、説明的になってしまうのを嫌うからだ。
説明のために絵をつないでいくと、
本来、映像が豊かに持っている余白というか「行間」の部分が削ぎ落とされ、
テレビは、絵を見せながら背景で説明をする、まさに「電気紙芝居」のようなものになる。
映像の面白さも強さも、
「説明」からはみ出してしまう細部、言い換えれば「無駄」のなかにあるとぼくは考えている。
映像には映像の独自の流れというものがあるので、
説明的なコメントに制約されず、流れを大切につなぎたいと思っているわけだ。
こういう仕事のしかたが許されるのは、ぼくがこの道30年ちかいベテランだからかもしれない。
若いディレクターが同じことをやろうとすると、
上司のプロデューサーから「早くコメントを書け」と叱責されるのではないか。
早くコメントを書けば、番組が(説明として)まとまったものになるので歩留まりが読める。
箸にも棒にもかからない駄作は出ないが、
その代わり、活き活きとした面白いドキュメンタリーもまた少なくなってしまう。
近ごろのテレビ(ドキュメンタリー的な番組)が説明的、予定調和的でつまらないのは、
早くコメントを書き過ぎるからでないかとぼくは秘かに考えている。
映画、そして番組のオンエア…
2008/06/01 Sun
かみさんと一緒に映画を観に行く。
新宿歌舞伎町で、映画は「最高の人生の見つけ方」(ロブ・ライナー監督)。
超満員で前から3番目の席しか空いていなかった。
(映像のテンポが速い予告編では頭がくらくらした…。)
気がついてみれば、きょうは1日の「映画の日」(入場料が1000円になる)で、しかも日曜日。
多分どこの映画館も満員の盛況だったのではないか。
ぼくたち夫婦は「夫婦50割引」でいつでも一人1000円なので、満員でなんとなく損をした気になった。
「最高の人生の見つけ方」は、
一言で云えば、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン、二人の役者の芝居を愉しむ映画である。
ニコルソンは大変クサイ役者で、目を剥いたり歯を剥いたりのオーバーアクトが身上。
ぼくは世評ほどの「名優」だとは思っていないのだが、
今回は“受けの名手”のフリーマンが傍らに控えていてくれるので、クドさがあまり気にならない。
それにしても、太ったね。
末期のガン患者の役なので、
最初はでっぷり太って出てきて、
そのうち激ヤセして見せるつもりかと思ったら最後まで血色よく太ったままだった(笑)。
映画としては、
二人の老人(白人と黒人…ともに末期のガンに冒されている)が同じ病室に入れられ、
互いに違和感を感じながらも少しずつ仲よくなっていく前半が面白く、
人生の思い出作りの旅に出る後半は型通りで、落ちる。
夜は自宅で、ぼく自身の最新作「ETV特集 地域の医療を守るのは誰か」のオンエアをみる。
村上智彦医師を主人公に「地域医療の崩壊と再生」をテーマにした4.5本目の番組で、
(一本は対談で出演してもらった番組なので「0.5本」とカウントしている)
ぼく自身は「NHKスペシャル」を含めた一連の「シリーズ」のなかで一番気に入っている。
いままで作ってきた番組のなかでもとりわけ愛着の深い一本なのだが、
番組を見てくださった視聴者はどう思ってくださっただろうか?
オンエアが終わってネットで感想をみると、
医師や医療・福祉関係者の評判はいいようだが、
一般の方々からのリアクションが弱い気がしてちょっと不安だ。
新宿歌舞伎町で、映画は「最高の人生の見つけ方」(ロブ・ライナー監督)。
超満員で前から3番目の席しか空いていなかった。
(映像のテンポが速い予告編では頭がくらくらした…。)
気がついてみれば、きょうは1日の「映画の日」(入場料が1000円になる)で、しかも日曜日。
多分どこの映画館も満員の盛況だったのではないか。
ぼくたち夫婦は「夫婦50割引」でいつでも一人1000円なので、満員でなんとなく損をした気になった。
「最高の人生の見つけ方」は、
一言で云えば、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン、二人の役者の芝居を愉しむ映画である。
ニコルソンは大変クサイ役者で、目を剥いたり歯を剥いたりのオーバーアクトが身上。
ぼくは世評ほどの「名優」だとは思っていないのだが、
今回は“受けの名手”のフリーマンが傍らに控えていてくれるので、クドさがあまり気にならない。
それにしても、太ったね。
末期のガン患者の役なので、
最初はでっぷり太って出てきて、
そのうち激ヤセして見せるつもりかと思ったら最後まで血色よく太ったままだった(笑)。
映画としては、
二人の老人(白人と黒人…ともに末期のガンに冒されている)が同じ病室に入れられ、
互いに違和感を感じながらも少しずつ仲よくなっていく前半が面白く、
人生の思い出作りの旅に出る後半は型通りで、落ちる。
夜は自宅で、ぼく自身の最新作「ETV特集 地域の医療を守るのは誰か」のオンエアをみる。
村上智彦医師を主人公に「地域医療の崩壊と再生」をテーマにした4.5本目の番組で、
(一本は対談で出演してもらった番組なので「0.5本」とカウントしている)
ぼく自身は「NHKスペシャル」を含めた一連の「シリーズ」のなかで一番気に入っている。
いままで作ってきた番組のなかでもとりわけ愛着の深い一本なのだが、
番組を見てくださった視聴者はどう思ってくださっただろうか?
オンエアが終わってネットで感想をみると、
医師や医療・福祉関係者の評判はいいようだが、
一般の方々からのリアクションが弱い気がしてちょっと不安だ。
ゴールが見えた
2008/05/25 Sun
編集作業が山場を越えて、番組作りのゴールが見えた。
きのうの土曜日は14時から試写(2回目)、修正点を確認して16時半に終わった。
(ぼくはその後、映画「フィクサー」を観に行った。)
きょうは12時に出て18時半まで仕事、番組はほぼ時間通りになった(切り過ぎて1秒短くなった)。
“カンヅメ生活”とはいいながら、今回は、仕事が終わるのが22時以降になることはなかった。
60分のドキュメンタリーを2週間余りで繋ぎあげるにしては、極めて順調だったといっていい。
「夕張」の医療再生を描いた番組はこれで3本目なので、
それだけテーマが手の内に入ってきたということなのかもしれない。
仕事を終えて外に出ると渋谷は雨上がりの黄昏どき、空気が透明に感じられた。
きのうの土曜日は14時から試写(2回目)、修正点を確認して16時半に終わった。
(ぼくはその後、映画「フィクサー」を観に行った。)
きょうは12時に出て18時半まで仕事、番組はほぼ時間通りになった(切り過ぎて1秒短くなった)。
“カンヅメ生活”とはいいながら、今回は、仕事が終わるのが22時以降になることはなかった。
60分のドキュメンタリーを2週間余りで繋ぎあげるにしては、極めて順調だったといっていい。
「夕張」の医療再生を描いた番組はこれで3本目なので、
それだけテーマが手の内に入ってきたということなのかもしれない。
仕事を終えて外に出ると渋谷は雨上がりの黄昏どき、空気が透明に感じられた。
カンヅメ生活
2008/05/17 Sat
先週の金曜日に出張(夕張)から帰ってきてから、編集室にこもっている。
きょう第一稿がつなぎあがった。
ぼくにとって、番組作りのなかで、実はこの「第一稿」を仕上げる過程が一番つらい時間である。
取材のなかで見いだしたテーマ、それなりに膨れ上がったイメージを現実に“着地”させなければならない。
物理的に云えば、
それは何十時間撮影したものを60分あまりに縮めることを意味している。
(今回の「ETV特集」は最終的には59分で仕上げる。)
当然、多くのことを切り捨てなければならず、
膨れ上がった夢が無残にしぼんでいくのを現場で確認するような作業になる。
現実に折り合いをつけることの辛さから、できれば逃げ出したくなってしまう。
そこに編集室の作業環境の悪さが拍車をかける。
それでなくても狭い部屋(三畳間くらい)の大部分が編集機に占領されていて、
編集マンと二人の中年男がカンヅメになるのは息が詰まるようだ。
そのうえ、寒い。
空調が機械を冷却することを目的に作られているので、
天気が悪い日など室温は18〜19℃、上着やベストを着こまないと肌寒くていられなくなる。
いま使っている部屋は窓があるだけまだましで、
一般にTV局の編集室の作業環境の劣悪さは言語道断といいたいほどの代物である。
これはNHKだけのことではないようで、
いやしくも「大企業」「有名企業」と呼ばれる会社がひしめいていながら、
最前線の生産現場の環境をこれだけないがしろにしている業界は他にないのではないか。
こうした環境のなかで一日10時間以上、切羽詰まってくると20時間近く、カンヅメになる。
長い番組になると、それが一ヶ月ものあいだ、休みもなく続くのである。
第一稿作りはちょうどロケの疲れが出る時期にもあたっているので、
ぼくは必ずといってもいいほど体調を崩してしまう。
今回も、世間は春、というより初夏の陽気だというのに、
ぼくは編集室で震えながら、
朦朧とした頭で、なんだか雪山で遭難しかけている登山家のような気分だ…と思ったりした。
きょう第一稿がつなぎあがった。
ぼくにとって、番組作りのなかで、実はこの「第一稿」を仕上げる過程が一番つらい時間である。
取材のなかで見いだしたテーマ、それなりに膨れ上がったイメージを現実に“着地”させなければならない。
物理的に云えば、
それは何十時間撮影したものを60分あまりに縮めることを意味している。
(今回の「ETV特集」は最終的には59分で仕上げる。)
当然、多くのことを切り捨てなければならず、
膨れ上がった夢が無残にしぼんでいくのを現場で確認するような作業になる。
現実に折り合いをつけることの辛さから、できれば逃げ出したくなってしまう。
そこに編集室の作業環境の悪さが拍車をかける。
それでなくても狭い部屋(三畳間くらい)の大部分が編集機に占領されていて、
編集マンと二人の中年男がカンヅメになるのは息が詰まるようだ。
そのうえ、寒い。
空調が機械を冷却することを目的に作られているので、
天気が悪い日など室温は18〜19℃、上着やベストを着こまないと肌寒くていられなくなる。
いま使っている部屋は窓があるだけまだましで、
一般にTV局の編集室の作業環境の劣悪さは言語道断といいたいほどの代物である。
これはNHKだけのことではないようで、
いやしくも「大企業」「有名企業」と呼ばれる会社がひしめいていながら、
最前線の生産現場の環境をこれだけないがしろにしている業界は他にないのではないか。
こうした環境のなかで一日10時間以上、切羽詰まってくると20時間近く、カンヅメになる。
長い番組になると、それが一ヶ月ものあいだ、休みもなく続くのである。
第一稿作りはちょうどロケの疲れが出る時期にもあたっているので、
ぼくは必ずといってもいいほど体調を崩してしまう。
今回も、世間は春、というより初夏の陽気だというのに、
ぼくは編集室で震えながら、
朦朧とした頭で、なんだか雪山で遭難しかけている登山家のような気分だ…と思ったりした。
徒労
2008/04/08 Tue
きょうから夕張出張の予定。
村上智彦医師の訪問診療(患者は末期の癌に冒されている)を撮影するためである。
診療そのものは午後からだが、余裕をみて9時30分のANA千歳便で飛ぶことにした。
この便に乗れば正午前後には夕張に着けるはずであった。
ところが。
8時に会社を出て、
首都高速は渋滞もなく順調だったが、
レインボーブリッジの上で走れなくなって立ち往生しているバイクに遭遇した。
東京湾一帯には暴風が吹き荒れていたのである。
一瞬、悪い予感。
案の定、羽田に着けば、高知便などが強風のために欠航している。
しかし、まぁ、乗客の多い千歳便はよもや欠航しないだろうと多寡を括っていた。
搭乗機への案内は予定時刻を一時間も遅れた10時30分になったが、気分的にはまだ余裕があった。
ところが。
搭乗を終えてからの機長アナウンスを聞いて仰天。
離陸まであと一時間半くらいかかりそうだというのである。
機内から携帯電話を使うことが許可されたので、取り急ぎ「夕張医療センター」に連絡をとる。
患者宅への訪問は15時くらいになる予定だという。
12時30分までに離陸することができれば、14時頃には千歳空港に着く。
千歳から取材場所まで一時間ちょっと、昼めしを抜いて車を飛ばせば間に合わないとも限らない。
ところが…。
滑走路の片隅で待つこと一時間、狭い機内に閉じこめられていたためか、気分が悪くなる人が現れた。
いったんボーディング・ブリッジに戻って、救護するという。
当然、出発はさらに遅くなってしまう。
乗務員に訊けば、到着は14時より大幅に遅れることになりそうだとのこと。
訪問診療をテレビ局の都合で待たせるわけにはいかないので、
きょうの撮影は諦めて、ぼくらも飛行機を降ろしてもらうことにした。
13時30分ごろ虚しく会社に帰ってきたのだが、仕事をするより遥かに疲れた。
こういう時は、ほかの仕事をする気になんてならない。
「取材断念」という自分の決断が正しかったのかどうか確認したくて、
ぼくはANAのホームページの「発着情報」を開いた。
…そして、衝撃を受けた。
ぼくたちが乗る予定だった9時30分のANAは15時17分に千歳空港に着いていた。
これでは、とうてい取材には間に合わない。
その限りにおいては、ぼくの判断は正しかったのだ。
しかし、次の10時発の便が先に飛び立って、13時27分に千歳空港に着いていたのである。
(ついでに云えば、9時50分発のJALも13時過ぎには到着していた。)
つまり、余裕をみて30分早い便にしなければ、ぼくらは取材に間に合っていたことになる…。
これはけっこう強烈なダメージで、ぼくは椅子から立ち上がる気力を失ってしまった。
村上智彦医師の訪問診療(患者は末期の癌に冒されている)を撮影するためである。
診療そのものは午後からだが、余裕をみて9時30分のANA千歳便で飛ぶことにした。
この便に乗れば正午前後には夕張に着けるはずであった。
ところが。
8時に会社を出て、
首都高速は渋滞もなく順調だったが、
レインボーブリッジの上で走れなくなって立ち往生しているバイクに遭遇した。
東京湾一帯には暴風が吹き荒れていたのである。
一瞬、悪い予感。
案の定、羽田に着けば、高知便などが強風のために欠航している。
しかし、まぁ、乗客の多い千歳便はよもや欠航しないだろうと多寡を括っていた。
搭乗機への案内は予定時刻を一時間も遅れた10時30分になったが、気分的にはまだ余裕があった。
ところが。
搭乗を終えてからの機長アナウンスを聞いて仰天。
離陸まであと一時間半くらいかかりそうだというのである。
機内から携帯電話を使うことが許可されたので、取り急ぎ「夕張医療センター」に連絡をとる。
患者宅への訪問は15時くらいになる予定だという。
12時30分までに離陸することができれば、14時頃には千歳空港に着く。
千歳から取材場所まで一時間ちょっと、昼めしを抜いて車を飛ばせば間に合わないとも限らない。
ところが…。
滑走路の片隅で待つこと一時間、狭い機内に閉じこめられていたためか、気分が悪くなる人が現れた。
いったんボーディング・ブリッジに戻って、救護するという。
当然、出発はさらに遅くなってしまう。
乗務員に訊けば、到着は14時より大幅に遅れることになりそうだとのこと。
訪問診療をテレビ局の都合で待たせるわけにはいかないので、
きょうの撮影は諦めて、ぼくらも飛行機を降ろしてもらうことにした。
13時30分ごろ虚しく会社に帰ってきたのだが、仕事をするより遥かに疲れた。
こういう時は、ほかの仕事をする気になんてならない。
「取材断念」という自分の決断が正しかったのかどうか確認したくて、
ぼくはANAのホームページの「発着情報」を開いた。
…そして、衝撃を受けた。
ぼくたちが乗る予定だった9時30分のANAは15時17分に千歳空港に着いていた。
これでは、とうてい取材には間に合わない。
その限りにおいては、ぼくの判断は正しかったのだ。
しかし、次の10時発の便が先に飛び立って、13時27分に千歳空港に着いていたのである。
(ついでに云えば、9時50分発のJALも13時過ぎには到着していた。)
つまり、余裕をみて30分早い便にしなければ、ぼくらは取材に間に合っていたことになる…。
これはけっこう強烈なダメージで、ぼくは椅子から立ち上がる気力を失ってしまった。
「今あなたがここで倒れたら」
2008/03/09 Sun
兵庫県丹波市にロケに来ている。
今回のロケの最大の目的は、
丹波市内の開業医が中心になって結成した市民グループ「丹波医療再生ネットワーク」が
医療危機をテーマに「映画」を作っているので、 その撮影の様子を撮ることだ。
この映画は「医療再生ネットワーク」のメンバーである歯科医の和久雅彦さんが台本を書き、
地元のアマチュア劇団員を起用して作るドラマ仕立ての短編(20分くらいになりそう)である。
題して「今あなたがここで倒れたら」。
老いた父親が突然脳梗塞で倒れ、
しかし、医師不足のため、地元で救急の受け入れができないという物語で、
医療の危機を広く市民に知ってもらおうというものだ。
きょうは、こちらの撮影が一段落したので、本業はちょっとお休みにして映画作りを手伝った。
監督兼カメラマンは地元の民放でニュースなどを撮っている人でそれなりの経験があるが、
あとはアマチュアばかりの手作りなので、悪戦苦闘ぶりを見るに見かねて手伝ったのである。
こちらは「映像のプロ」のはしくれだから、
絵作り(映像の組み立て方)のアドバイスをするくらいのつもりだったのだが、
気がつけば役者さんに演技をつけたりしていた(爆)。
もともと映画監督を志したこともあるくらいの映画好きなので、
つい夢中になって我を忘れてしまったわけである。
本業のドキュメンタリーを撮る何倍も疲れてしまったが…。
今回のロケの最大の目的は、
丹波市内の開業医が中心になって結成した市民グループ「丹波医療再生ネットワーク」が
医療危機をテーマに「映画」を作っているので、 その撮影の様子を撮ることだ。
この映画は「医療再生ネットワーク」のメンバーである歯科医の和久雅彦さんが台本を書き、
地元のアマチュア劇団員を起用して作るドラマ仕立ての短編(20分くらいになりそう)である。
題して「今あなたがここで倒れたら」。
老いた父親が突然脳梗塞で倒れ、
しかし、医師不足のため、地元で救急の受け入れができないという物語で、
医療の危機を広く市民に知ってもらおうというものだ。
きょうは、こちらの撮影が一段落したので、本業はちょっとお休みにして映画作りを手伝った。
監督兼カメラマンは地元の民放でニュースなどを撮っている人でそれなりの経験があるが、
あとはアマチュアばかりの手作りなので、悪戦苦闘ぶりを見るに見かねて手伝ったのである。
こちらは「映像のプロ」のはしくれだから、
絵作り(映像の組み立て方)のアドバイスをするくらいのつもりだったのだが、
気がつけば役者さんに演技をつけたりしていた(爆)。
もともと映画監督を志したこともあるくらいの映画好きなので、
つい夢中になって我を忘れてしまったわけである。
本業のドキュメンタリーを撮る何倍も疲れてしまったが…。
仕事依存症?
2008/03/03 Mon
仕事のこと(次回作の企画)を考えていたら、頭が冴えて眠れなくなってしまった。
自宅にいても、出張先でも、最近はそういうことが多い。
かみさんが横に寝ているときはゴソゴソすると怒られるので大人しくしているが、
いまは留守なので、明け方に起き出してウィスキーを嘗めたり、パソコンのキーを叩いたりする。
酒を飲んでも神経は昂ぶったまま、アイディアが妄想的に膨らんでいくだけで、寝つけない。
午まえにようやく3時間ほど寝て、午後、パソコンに向かって企画書を打つ。
かみさんがいないと、昼夜が逆転したような生活になってしまう。
「(崩壊状態にある)地域医療の再生」が目下のテーマなのだが、
先日「福祉ネットワーク」で扱った兵庫県丹波市(兵庫県立柏原病院)、
取材を進めている千葉県東金市(千葉県立東金病院)、
それに加えて、一年以上継続的に取材している北海道の夕張市立診療所、
崩壊から立ち直ろうとしている三つの医療機関をそれぞれ60分のドキュメンタリーにして、
3週連続で放送できないかという「野心的企画」(笑)を立てた。
三つの医療機関はインターネットを通して連携しており、
先日、丹波の人たちが東金を訪ねたように実際の人的交流も始まっている。
だから、それぞれの回の主人公である医師や住民が、
他の回には脇役・ちょい役として出演するという仕掛けを考えた。
知る人ぞ知る(知らない人の方が多いと思うが)
クシシュトフ・キェシロフスキ「デカローグ」のスタイルである。
「3週連続放送!」といっても、
放送枠をぼくが独り占めするわけにもいかないので現実的には難しいのだが、
最近は普通に番組を作るだけでは飽き足りなくなってきた。
30年ちかくもこの世界でメシを食ってきたので、
近頃では先が読めてしまって、番組の仕上がりもおおよその歩留まりは判断できる。
それでは面白くないし、給料ほど働いていないのではないかという妙な強迫観念にとらわれる。
去年の今ごろは90分番組を2本かけ持ちで作っていたので、今年は3本(笑)。
自分に負荷をかけて常にアドレナインが全開の状態に置いておきたい。
…これってビョーキですかね?
のんびり番組を作っていると落ち着かないのは、仕事依存症だろうか?
ぼくの年齢だと第一線でやれるのは長くてあと10年だから、
残り少ないテレビ屋人生を燃え尽きたいと、無意識のうちにそう考えているのかもしれない。
書き上げた企画書(の下書き)をメールに添付してプロデューサーに送る。
十年ほど後輩のプロデューサーには、
「ちょっと難しいんじゃないですか?」とやんわりたしなめられてしまった。
自宅にいても、出張先でも、最近はそういうことが多い。
かみさんが横に寝ているときはゴソゴソすると怒られるので大人しくしているが、
いまは留守なので、明け方に起き出してウィスキーを嘗めたり、パソコンのキーを叩いたりする。
酒を飲んでも神経は昂ぶったまま、アイディアが妄想的に膨らんでいくだけで、寝つけない。
午まえにようやく3時間ほど寝て、午後、パソコンに向かって企画書を打つ。
かみさんがいないと、昼夜が逆転したような生活になってしまう。
「(崩壊状態にある)地域医療の再生」が目下のテーマなのだが、
先日「福祉ネットワーク」で扱った兵庫県丹波市(兵庫県立柏原病院)、
取材を進めている千葉県東金市(千葉県立東金病院)、
それに加えて、一年以上継続的に取材している北海道の夕張市立診療所、
崩壊から立ち直ろうとしている三つの医療機関をそれぞれ60分のドキュメンタリーにして、
3週連続で放送できないかという「野心的企画」(笑)を立てた。
三つの医療機関はインターネットを通して連携しており、
先日、丹波の人たちが東金を訪ねたように実際の人的交流も始まっている。
だから、それぞれの回の主人公である医師や住民が、
他の回には脇役・ちょい役として出演するという仕掛けを考えた。
知る人ぞ知る(知らない人の方が多いと思うが)
クシシュトフ・キェシロフスキ「デカローグ」のスタイルである。
「3週連続放送!」といっても、
放送枠をぼくが独り占めするわけにもいかないので現実的には難しいのだが、
最近は普通に番組を作るだけでは飽き足りなくなってきた。
30年ちかくもこの世界でメシを食ってきたので、
近頃では先が読めてしまって、番組の仕上がりもおおよその歩留まりは判断できる。
それでは面白くないし、給料ほど働いていないのではないかという妙な強迫観念にとらわれる。
去年の今ごろは90分番組を2本かけ持ちで作っていたので、今年は3本(笑)。
自分に負荷をかけて常にアドレナインが全開の状態に置いておきたい。
…これってビョーキですかね?
のんびり番組を作っていると落ち着かないのは、仕事依存症だろうか?
ぼくの年齢だと第一線でやれるのは長くてあと10年だから、
残り少ないテレビ屋人生を燃え尽きたいと、無意識のうちにそう考えているのかもしれない。
書き上げた企画書(の下書き)をメールに添付してプロデューサーに送る。
十年ほど後輩のプロデューサーには、
「ちょっと難しいんじゃないですか?」とやんわりたしなめられてしまった。
光は“僻地”から
2008/03/01 Sat
仕事で千葉県東金市に通っている。
きょうで今週三回目である。
ぼくが住んでいる荻窪からは、
総武線で千葉まで行き、外房線に乗り継いで大網、そこで今度は東金線に乗り換えて行く。
東金線は1時間に2本しかないので、接続がよくないと片道2時間以上かかる。
県立東金病院に取材に行くので最寄りの「福俵」という駅で降りるのだが、ここは無人駅である。
病院までは畑のなかの道を抜けていく。
なんだか、首都圏にいる気がしない。
ぼくは歩くのはかなり速い方だが、それでも病院まで10分以上かかる。
患者さんは大変だろう、と思う。
きょうは県立東金病院が主催する研究発表会で、
「地域医療の崩壊から再生へ」というテーマで特別シンポジウムが行われた。
城西大学准教授の伊関友伸さんが座長で、
パネリストが兵庫県丹波市の「県立柏原病院の小児科を守る会」の丹生裕子会長、
「守られた小児科医」である和久祥三さん、丹波新聞の足立智和記者…
要するにぼくが先日制作した「福祉ネットワーク」の出演者が
そのまま一座を組んで(?)東金までやってきたようなものである。
ぼく自身が、まさに「地域医療の崩壊から再生へ」をテーマに次回作を作ろうとしており、
東金と柏原のふたつの県立病院は、北海道の夕張市立診療所と並んで「再生」の核だと考えている。
(東金病院についてはあらためて書くつもりだが、
平井愛山院長とNPO「地域医療を育てる会」が協力して若い医師を集め、育成に取り組んでいる。)
夕張の村上智彦医師も、つい先日、この東金を訪れており、
「地域医療再生」の芽のある地域が相互に結びつきを深めることで、
点であったものが線に、やがて面にまで育っていくのではないかとぼく自身の思い入れも膨らんでいく。
夕張はもちろんだが、東金も丹波も交通の便が悪く、辺鄙なところである。
新しい可能性が、一番隅っこの、いわゆる「僻地」と呼ばれる地域から生まれ出ようとしている。
きょうで今週三回目である。
ぼくが住んでいる荻窪からは、
総武線で千葉まで行き、外房線に乗り継いで大網、そこで今度は東金線に乗り換えて行く。
東金線は1時間に2本しかないので、接続がよくないと片道2時間以上かかる。
県立東金病院に取材に行くので最寄りの「福俵」という駅で降りるのだが、ここは無人駅である。
病院までは畑のなかの道を抜けていく。
なんだか、首都圏にいる気がしない。
ぼくは歩くのはかなり速い方だが、それでも病院まで10分以上かかる。
患者さんは大変だろう、と思う。
きょうは県立東金病院が主催する研究発表会で、
「地域医療の崩壊から再生へ」というテーマで特別シンポジウムが行われた。
城西大学准教授の伊関友伸さんが座長で、
パネリストが兵庫県丹波市の「県立柏原病院の小児科を守る会」の丹生裕子会長、
「守られた小児科医」である和久祥三さん、丹波新聞の足立智和記者…
要するにぼくが先日制作した「福祉ネットワーク」の出演者が
そのまま一座を組んで(?)東金までやってきたようなものである。
ぼく自身が、まさに「地域医療の崩壊から再生へ」をテーマに次回作を作ろうとしており、
東金と柏原のふたつの県立病院は、北海道の夕張市立診療所と並んで「再生」の核だと考えている。
(東金病院についてはあらためて書くつもりだが、
平井愛山院長とNPO「地域医療を育てる会」が協力して若い医師を集め、育成に取り組んでいる。)
夕張の村上智彦医師も、つい先日、この東金を訪れており、
「地域医療再生」の芽のある地域が相互に結びつきを深めることで、
点であったものが線に、やがて面にまで育っていくのではないかとぼく自身の思い入れも膨らんでいく。
夕張はもちろんだが、東金も丹波も交通の便が悪く、辺鄙なところである。
新しい可能性が、一番隅っこの、いわゆる「僻地」と呼ばれる地域から生まれ出ようとしている。
30分番組
2008/02/06 Wed
いま14日夜に放送する「福祉ネットワーク」の編集作業のまっただなかである。
今回はなかなか苦戦している。
徹夜をしているわけでも何でもないのだが、主観的には「苦戦」であるに違いない。
「福祉ネットワーク」は30分番組である。
30分番組は、もう10年ものあいだ、やったことがない。
いつも50分だの90分だのという長い番組ばかり作っているから、
30分番組ともなると、どうも調子がつかめない。
そのうえ、今回はスタジオ・ベースの番組である。
スタジオにゲスト(城西大学の伊関友伸准教授)を招いて、お話を聞くのである。
いつもは映像だけで構成する「ドキュメンタリー番組」を作っているので、
これもまた調子が狂ってしまう理由だ。
スタジオ・ベースの30分番組ともなると、
現場の映像(リポート)はせいぜい20分ちょっとということになる。
だが、作り手として、それではまったく物足りない。
…映像は本来、多義的なものだ。
様々な受け取り方ができる、いい意味での「曖昧さ」が生命だ。
ところが、時間が短いと、
そうした映像が本来もっている曖昧な部分は削ぎ落として、
シンプルかつストレートに意味が伝わるようにしなければならない。
しかし、ぼくには、
それは「映像メディア」としてのテレビにとって自殺行為であるように思える。
今回は始めから
「ドキュメンタリーではなくメッセージ番組」だと割り切って制作にあたってきた。
しかし、それでも、「どこかが違う」という違和感を拭えないでいる。
30分に詰め込むために単純化すればするほど、
番組がつまらなくなってしまう気がしてならない。
今回はなかなか苦戦している。
徹夜をしているわけでも何でもないのだが、主観的には「苦戦」であるに違いない。
「福祉ネットワーク」は30分番組である。
30分番組は、もう10年ものあいだ、やったことがない。
いつも50分だの90分だのという長い番組ばかり作っているから、
30分番組ともなると、どうも調子がつかめない。
そのうえ、今回はスタジオ・ベースの番組である。
スタジオにゲスト(城西大学の伊関友伸准教授)を招いて、お話を聞くのである。
いつもは映像だけで構成する「ドキュメンタリー番組」を作っているので、
これもまた調子が狂ってしまう理由だ。
スタジオ・ベースの30分番組ともなると、
現場の映像(リポート)はせいぜい20分ちょっとということになる。
だが、作り手として、それではまったく物足りない。
…映像は本来、多義的なものだ。
様々な受け取り方ができる、いい意味での「曖昧さ」が生命だ。
ところが、時間が短いと、
そうした映像が本来もっている曖昧な部分は削ぎ落として、
シンプルかつストレートに意味が伝わるようにしなければならない。
しかし、ぼくには、
それは「映像メディア」としてのテレビにとって自殺行為であるように思える。
今回は始めから
「ドキュメンタリーではなくメッセージ番組」だと割り切って制作にあたってきた。
しかし、それでも、「どこかが違う」という違和感を拭えないでいる。
30分に詰め込むために単純化すればするほど、
番組がつまらなくなってしまう気がしてならない。
ぼちぼちと…
2008/01/04 Fri
ぼちぼちと体を「仕事モード」に切り替えていく。
元日は、昼間から酒を飲んで仕事はしなかった。
二日は、ちょびっとだけ仕事をした。
三日は、それなりに仕事をした。
この場合、仕事とは、ネットでの情報収集とパソコン上のデータの整理である。
あとは昨年末に刊行された
伊関友伸さんの「まちの病院がなくなる!?」(時事通信社)を読むくらいのものだ。
だから、自宅にいながらにして出来る。
ぼくは取材先で聞いた話を、(原則的には)その場でMacBookにメモを取る。
そうした取材メモは、
話の順番も前後しているし、未確認のデータ(数字)が散乱している。
それを後から、資料とつきあわせながら、きちんとしたノートに整理していく。
これがけっこう手間を食って、
昨年末の忙しかったときのメモの一部がまだ未整理のまま残っているのである。
今日は午後から会社に出た。
もっとも会社に出ても仕事は捗らない。
私物のパソコンを会社のLANに接続することは原則として禁止されているし、
ぼくの場合、会社から貸与されるウィンドウズ・マシンは全く取材には使わない。
だから「会社に出ているときは仕事をしていない」という妙なことになる。
いくつかの取材先に電話を入れるつもりで出たのだが、
まだ正月休みのところが多く、仕事にならない。
結局、一時間かそこらでさっさと退散することにした。
来週の月曜日(7日)は会社に出ていくつかの仕事をこなし、
8日からはまた出張三昧の日々が始まる。
21日の週からはロケに入るつもりでいるので、
自分を一気にhighの状態に持っていかなければならない。
もっとも明日、明後日は、一年ぶりに伊豆の海に潜るつもりなので、
労働意欲が水に溶けてしまわないようにしなければ…。
元日は、昼間から酒を飲んで仕事はしなかった。
二日は、ちょびっとだけ仕事をした。
三日は、それなりに仕事をした。
この場合、仕事とは、ネットでの情報収集とパソコン上のデータの整理である。
あとは昨年末に刊行された
伊関友伸さんの「まちの病院がなくなる!?」(時事通信社)を読むくらいのものだ。
だから、自宅にいながらにして出来る。
ぼくは取材先で聞いた話を、(原則的には)その場でMacBookにメモを取る。
そうした取材メモは、
話の順番も前後しているし、未確認のデータ(数字)が散乱している。
それを後から、資料とつきあわせながら、きちんとしたノートに整理していく。
これがけっこう手間を食って、
昨年末の忙しかったときのメモの一部がまだ未整理のまま残っているのである。
今日は午後から会社に出た。
もっとも会社に出ても仕事は捗らない。
私物のパソコンを会社のLANに接続することは原則として禁止されているし、
ぼくの場合、会社から貸与されるウィンドウズ・マシンは全く取材には使わない。
だから「会社に出ているときは仕事をしていない」という妙なことになる。
いくつかの取材先に電話を入れるつもりで出たのだが、
まだ正月休みのところが多く、仕事にならない。
結局、一時間かそこらでさっさと退散することにした。
来週の月曜日(7日)は会社に出ていくつかの仕事をこなし、
8日からはまた出張三昧の日々が始まる。
21日の週からはロケに入るつもりでいるので、
自分を一気にhighの状態に持っていかなければならない。
もっとも明日、明後日は、一年ぶりに伊豆の海に潜るつもりなので、
労働意欲が水に溶けてしまわないようにしなければ…。
疾風怒涛の丹波行
2007/12/19 Wed
東海道新幹線から福知山線に乗り継いで、きのう13時半、兵庫県丹波市に到着。
医師の相次ぐ退職(→医療崩壊)に揺れる県立柏原病院の取材を開始した。
ここでは若いお母さんたちが「県立柏原病院の小児科を守る会」を結成、
安易な時間外受診(いわゆる「コンビニ受診」)を控えて
地域で頑張ってくれている医師を支えようと呼びかけるなど、
全国的にも注目を集める動きがある。
駅に着いてタクシーで柏原病院に直行。
20時過ぎまで、
崩壊に瀕した病院に残って頑張っている医師の方々から、
事態がここに至るまでの経緯と現状について話をうかがう。
その後は、
病院を側面から支えようという
地元の開業医を中心とした市民の会合に出席。
これが午前0時まで。
それから主立った方々と一緒に午前2時半まで居酒屋で一杯。
翌日は10時に「守る会」のお母さんたちを訪ね、
午後はこの問題を熱心に報道し続けている地元紙の記者氏の話を聞く。
…時間的にも長い取材だったが、
それよりも情報量が多く、密度が濃く、
そのうえみなさんの熱っぽさにあてられて、
ぼくは完全にオーバーフローの状態に陥ってしまった。
整理のつかない頭と、メモを書きなぐったままのMacBookを抱え、
記者氏の案内で柏原駅にちかい「田舎家」という店でラーメンを食べた。
これが丹波だけあって「猪(しし)ラーメン」。
チャーシューの替わりに猪の肉が浮いていて、濃厚な味わいである。
丹波は、人もラーメンもなかなか「濃い」土地柄なのである。
帰路は福知山線から阪急に乗り継いで、伊丹空港から北海道に飛ぶ。
札幌のホテルに入ったときには21時をまわっていて、
ぼくのアタマのなかは、依然としてオーバーフローの状態が続いていた…
医師の相次ぐ退職(→医療崩壊)に揺れる県立柏原病院の取材を開始した。
ここでは若いお母さんたちが「県立柏原病院の小児科を守る会」を結成、
安易な時間外受診(いわゆる「コンビニ受診」)を控えて
地域で頑張ってくれている医師を支えようと呼びかけるなど、
全国的にも注目を集める動きがある。
駅に着いてタクシーで柏原病院に直行。
20時過ぎまで、
崩壊に瀕した病院に残って頑張っている医師の方々から、
事態がここに至るまでの経緯と現状について話をうかがう。
その後は、
病院を側面から支えようという
地元の開業医を中心とした市民の会合に出席。
これが午前0時まで。
それから主立った方々と一緒に午前2時半まで居酒屋で一杯。
翌日は10時に「守る会」のお母さんたちを訪ね、
午後はこの問題を熱心に報道し続けている地元紙の記者氏の話を聞く。
…時間的にも長い取材だったが、
それよりも情報量が多く、密度が濃く、
そのうえみなさんの熱っぽさにあてられて、
ぼくは完全にオーバーフローの状態に陥ってしまった。
整理のつかない頭と、メモを書きなぐったままのMacBookを抱え、
記者氏の案内で柏原駅にちかい「田舎家」という店でラーメンを食べた。
これが丹波だけあって「猪(しし)ラーメン」。
チャーシューの替わりに猪の肉が浮いていて、濃厚な味わいである。
丹波は、人もラーメンもなかなか「濃い」土地柄なのである。
帰路は福知山線から阪急に乗り継いで、伊丹空港から北海道に飛ぶ。
札幌のホテルに入ったときには21時をまわっていて、
ぼくのアタマのなかは、依然としてオーバーフローの状態が続いていた…
ステレオタイプの「報道」について
2007/12/12 Wed
夕張医療センターのブログで、
T先生が北海道新聞の記事に怒り狂っている。
http://blog.livedoor.jp/yubariishiblog/archives/432507.html
温厚なT先生がここまで激しい文章を書いたからには、
よほど腹に据えかねる思いをされたのだろう。
文章のなかに「某テレビ局のディレクター」とあるのはぼくのことかと思われ、
だとすれば、ぼくの考え方をいくぶん誤解されているようでもある。
そこで、問題の記事をまな板に載せつつ、ぼくなりの考えを書いてみたい。
ぼくはこうした医師(医療機関)批判とも受け取れる記事を書く記者に、
そもそも「悪意」はないと思っている。
それはT先生が「某テレビ局のディレクター」の言葉として引用された通りだが、
いくらなんでも、この世界で30年ちかく飯を食ってきて、
「見たまま、聞いたままを書く」などと素朴に考えているわけはない。
というか、
「見たまま、聞いたままを書く」などというのはあり得ないことなのである。
取材した内容を記事なり番組にする段階で、
集めた膨大で多義的な「事実」のなかから取捨選択をし、
そうして選び出した素材を組み立てて、ひとつのストーリィに構成をする。
そのなかに記者なりディレクターの主観や価値判断…
誤解を怖れずに云えば「作為」が入るのは当然のことである。
ただ、ここで重要なのは、
この「ストーリィの組み立て方」にふたつの方法があるということだ。
(いうまでもないが、話をわかりやすくするために単純化している。)
ひとつは、取材を通して、
事実に「内在」するストーリィをつかみ出してくるやり方。
もうひとつは、
あらかじめ用意されたストーリィに事実を当てはめていくやり方である。
ぼくは前者こそがジャーナリズムの本来の姿だと考えているが、
現実の記事や番組の多くは、
例え無意識的にではあっても、後者の方法で作られている。
「事実に内在するストーリィ」を発見するためには、
ある程度の取材の絶対量が必要で、
それだけ手間暇とコストがかかって「無駄」も多い。
ぼくなどは、もう一ヶ月以上、北海道をほっつき歩いているが、
最終的に番組のかたちで日の目を見るのは、
こうして集めた膨大な「事実」のほんの一部にすぎないのである。
限られた人員、取材期間で、締切りに追われまくる現実のなかでは、
ステレオタイプにあてはめただけの
「インスタント記事」が蔓延るのは経済原理からいっても当然のことだ。
ここで、もうひとつ指摘しておかなければならないのは、
「あらかじめ用意されたストーリィ」の典型は、
「住民(患者)=弱者=被害者=善」
という図式を前提として成り立っていることである。
これはマスコミの半ば無意識的な思考の「型」なのだろう。
このスタイルに従ってさえいれば、
鋳型に素材を流し込むようなもので、
あまり考えずにすみ、取材が楽だという側面も否定できない。
で、問題の道新の記事だが、
ぼくが読む限り、
「あらかじめ用意されたストーリィ」にはめて書いた典型だと思う。
T先生が怒り狂っている
「“命の格差”まで生じかねない状況がある」という結びは、
ありがちな、云わば「決まり文句」であって、
取材を通してたどりついた結論だとはぼくには思えない。
「ある高齢者が充分な救急医療を受けられなかった」
→「夕張の財政破綻が無辜の住民を犠牲にしている」
→これでは「“命の格差”まで生じかねない状況がある」
というストーリィ(図式)は、
無意識のうちにかもしれないが、
記者氏の頭の中に最初からあったものと思われる。
このストーリィの流れを妨げかねない「事実」は、
記事の流れには「関係がない」こと、
もうちょっと意地悪く云えば、
むしろ「邪魔」だという無意識的な判断が働いたのではないか。
そう考えない限り、市立診療所に確認の取材を怠ったという事実を説明できない。
「事実」をきちんと踏まえて記事を書こうとするなら、
診察にあたった医療機関のウラを取っていないなどあり得ないことだから。
だからといって、
この記事を書いた記者氏が
夕張市立診療所に悪意を持っているとはぼくは思わない。
むしろ、T先生の怒りにきょとんとしているというのが現実ではないか。
そして、その“鈍感さ”はこの記者氏の属人的な問題ではないだろう。
こうしたステレオタイプ思考が骨絡みになったマスコミが、
一方では、
「村上医師は夕張の救世主」といった
裏返しのステレオタイプ報道を大量生産しているわけだから…。
T先生が北海道新聞の記事に怒り狂っている。
http://blog.livedoor.jp/yubariishiblog/archives/432507.html
温厚なT先生がここまで激しい文章を書いたからには、
よほど腹に据えかねる思いをされたのだろう。
文章のなかに「某テレビ局のディレクター」とあるのはぼくのことかと思われ、
だとすれば、ぼくの考え方をいくぶん誤解されているようでもある。
そこで、問題の記事をまな板に載せつつ、ぼくなりの考えを書いてみたい。
ぼくはこうした医師(医療機関)批判とも受け取れる記事を書く記者に、
そもそも「悪意」はないと思っている。
それはT先生が「某テレビ局のディレクター」の言葉として引用された通りだが、
いくらなんでも、この世界で30年ちかく飯を食ってきて、
「見たまま、聞いたままを書く」などと素朴に考えているわけはない。
というか、
「見たまま、聞いたままを書く」などというのはあり得ないことなのである。
取材した内容を記事なり番組にする段階で、
集めた膨大で多義的な「事実」のなかから取捨選択をし、
そうして選び出した素材を組み立てて、ひとつのストーリィに構成をする。
そのなかに記者なりディレクターの主観や価値判断…
誤解を怖れずに云えば「作為」が入るのは当然のことである。
ただ、ここで重要なのは、
この「ストーリィの組み立て方」にふたつの方法があるということだ。
(いうまでもないが、話をわかりやすくするために単純化している。)
ひとつは、取材を通して、
事実に「内在」するストーリィをつかみ出してくるやり方。
もうひとつは、
あらかじめ用意されたストーリィに事実を当てはめていくやり方である。
ぼくは前者こそがジャーナリズムの本来の姿だと考えているが、
現実の記事や番組の多くは、
例え無意識的にではあっても、後者の方法で作られている。
「事実に内在するストーリィ」を発見するためには、
ある程度の取材の絶対量が必要で、
それだけ手間暇とコストがかかって「無駄」も多い。
ぼくなどは、もう一ヶ月以上、北海道をほっつき歩いているが、
最終的に番組のかたちで日の目を見るのは、
こうして集めた膨大な「事実」のほんの一部にすぎないのである。
限られた人員、取材期間で、締切りに追われまくる現実のなかでは、
ステレオタイプにあてはめただけの
「インスタント記事」が蔓延るのは経済原理からいっても当然のことだ。
ここで、もうひとつ指摘しておかなければならないのは、
「あらかじめ用意されたストーリィ」の典型は、
「住民(患者)=弱者=被害者=善」
という図式を前提として成り立っていることである。
これはマスコミの半ば無意識的な思考の「型」なのだろう。
このスタイルに従ってさえいれば、
鋳型に素材を流し込むようなもので、
あまり考えずにすみ、取材が楽だという側面も否定できない。
で、問題の道新の記事だが、
ぼくが読む限り、
「あらかじめ用意されたストーリィ」にはめて書いた典型だと思う。
T先生が怒り狂っている
「“命の格差”まで生じかねない状況がある」という結びは、
ありがちな、云わば「決まり文句」であって、
取材を通してたどりついた結論だとはぼくには思えない。
「ある高齢者が充分な救急医療を受けられなかった」
→「夕張の財政破綻が無辜の住民を犠牲にしている」
→これでは「“命の格差”まで生じかねない状況がある」
というストーリィ(図式)は、
無意識のうちにかもしれないが、
記者氏の頭の中に最初からあったものと思われる。
このストーリィの流れを妨げかねない「事実」は、
記事の流れには「関係がない」こと、
もうちょっと意地悪く云えば、
むしろ「邪魔」だという無意識的な判断が働いたのではないか。
そう考えない限り、市立診療所に確認の取材を怠ったという事実を説明できない。
「事実」をきちんと踏まえて記事を書こうとするなら、
診察にあたった医療機関のウラを取っていないなどあり得ないことだから。
だからといって、
この記事を書いた記者氏が
夕張市立診療所に悪意を持っているとはぼくは思わない。
むしろ、T先生の怒りにきょとんとしているというのが現実ではないか。
そして、その“鈍感さ”はこの記者氏の属人的な問題ではないだろう。
こうしたステレオタイプ思考が骨絡みになったマスコミが、
一方では、
「村上医師は夕張の救世主」といった
裏返しのステレオタイプ報道を大量生産しているわけだから…。
番組完成
2007/09/21 Fri
4ヶ月がかりで作っていた「NHKスペシャル」がようやく完成した。
タイトルは「地域の医療はよみがえるか 〜夕張からの報告〜 」。
去年の夏に「ETV特集」で夕張市立総合病院の経営診断を撮影しているので、
そこから数えれば1年間、
地域の医療を再建するため夕張に入った村上智彦医師に伴走してきたことになる。
…これは、ぼくが編集室で手慰みに書いた村上医師の似顔絵(笑)。
いつものことだが、
番組が視聴者にとって「面白い」かどうかは、ぼくには判らなくなっている。
なにせ編集の完了から、ナレーション入れ、ミキシング、テロップ(字幕)入れ…
数日のあいだに何度も繰り返して見るわけだから、感覚が麻痺してしまう。
初めて見る人がどう感じてくれるのか、作り手にはワカラナイのである。
「面白い」かどうかは視聴者の判断に委ねるしかない。
ただ、ぼく自身にとっては、やっていてとても「面白い」仕事だった。
面白い仕事だったが…さすがに疲れが出た。
幸い、明日からは3連休、ゆっくり休むことができる。
タイトルは「地域の医療はよみがえるか 〜夕張からの報告〜 」。
去年の夏に「ETV特集」で夕張市立総合病院の経営診断を撮影しているので、
そこから数えれば1年間、
地域の医療を再建するため夕張に入った村上智彦医師に伴走してきたことになる。
…これは、ぼくが編集室で手慰みに書いた村上医師の似顔絵(笑)。
いつものことだが、
番組が視聴者にとって「面白い」かどうかは、ぼくには判らなくなっている。
なにせ編集の完了から、ナレーション入れ、ミキシング、テロップ(字幕)入れ…
数日のあいだに何度も繰り返して見るわけだから、感覚が麻痺してしまう。
初めて見る人がどう感じてくれるのか、作り手にはワカラナイのである。
「面白い」かどうかは視聴者の判断に委ねるしかない。
ただ、ぼく自身にとっては、やっていてとても「面白い」仕事だった。
面白い仕事だったが…さすがに疲れが出た。
幸い、明日からは3連休、ゆっくり休むことができる。
編集終わる
2007/09/16 Sun
かねて編集中だった「NHKスペシャル」が、きのうようやく仕上がった。
夕張の地域医療を再生しようと奮迅する、村上智彦医師らの姿を描いたものだ。
今回は短くするのに大変な苦労をした。
最近は90分番組ばかり作っていて、
すっかりそのペースが染みついてしまったのかもしれない。
番組を見てもらう上で「説明しなければならない前提」が多く、
それに時間を費やさざるを得なかったこともある。
しかし、
短くして情報のエッセンスの部分だけを残すと番組は痩せて面白くなくなる。
ぼくはテレビは「感じる」メディアだと思っているので、
情報として整理しきれない「行間」の部分を大切にしたい。
短くしてなお「行間」=余白の部分を多くとるのはなかなか難しい。
どうにか、ぎりぎりのところで巧くいったのではないかと思っている。
編集が終わると、
今度はコメント(ナレーション原稿)という大仕事が待っている。
編集中に下書きはできているのだが、それを削って磨き上げていく。
説明的なところをできるだけ削ぎ落としていくつもりだ。
孤独で、集中力を必要とする作業だ。
楽しくもあり、辛くもある。
明日までに台本のかたちにして、19日にナレーション録り。
ナレーターは(今回も)寺田農さんにお願いした。
放送は10月1日に決まっている。
夕張の地域医療を再生しようと奮迅する、村上智彦医師らの姿を描いたものだ。
今回は短くするのに大変な苦労をした。
最近は90分番組ばかり作っていて、
すっかりそのペースが染みついてしまったのかもしれない。
番組を見てもらう上で「説明しなければならない前提」が多く、
それに時間を費やさざるを得なかったこともある。
しかし、
短くして情報のエッセンスの部分だけを残すと番組は痩せて面白くなくなる。
ぼくはテレビは「感じる」メディアだと思っているので、
情報として整理しきれない「行間」の部分を大切にしたい。
短くしてなお「行間」=余白の部分を多くとるのはなかなか難しい。
どうにか、ぎりぎりのところで巧くいったのではないかと思っている。
編集が終わると、
今度はコメント(ナレーション原稿)という大仕事が待っている。
編集中に下書きはできているのだが、それを削って磨き上げていく。
説明的なところをできるだけ削ぎ落としていくつもりだ。
孤独で、集中力を必要とする作業だ。
楽しくもあり、辛くもある。
明日までに台本のかたちにして、19日にナレーション録り。
ナレーターは(今回も)寺田農さんにお願いした。
放送は10月1日に決まっている。
ロケ終わる
2007/08/10 Fri
のべ一ヶ月に及んだ夕張ロケが終わった。
最後の数日はむし暑かったが、
初夏から夏にかけて、北海道の一番いい季節を夕張で過ごしたことになる。
今回のロケでは、7月から動き始めた老人保健施設を中心に撮影してきた。
北海道は在宅医療(介護)への取り組みが遅れ、施設依存の強いところだ。
かつての夕張市立総合病院も、
いわゆる「社会的入院」の患者で溢れ、経営が悪化していた。
ぼくたちがカメラを向けてきたのは、
「在宅」と「施設入所」のあいだで揺れるお年寄やその家族の姿だった。
ぼくはテレビ・ディレクターとして、
大上段に振りかぶったテーマ主義の番組を好まない。
個別具体的な人間像(人間群像)を通して、
その先にある「社会のあり方」が垣間見えればいいと考えている。
今回の番組では、
一人一人のお年寄が抱えるドラマと
全国的に危機的状況にある地域医療の問題をどうつなげるかが勝負どころだ。
お盆明けから編集室にこもって、そのあたりの“接点”を探る作業が始まる…
最後の数日はむし暑かったが、
初夏から夏にかけて、北海道の一番いい季節を夕張で過ごしたことになる。
今回のロケでは、7月から動き始めた老人保健施設を中心に撮影してきた。
北海道は在宅医療(介護)への取り組みが遅れ、施設依存の強いところだ。
かつての夕張市立総合病院も、
いわゆる「社会的入院」の患者で溢れ、経営が悪化していた。
ぼくたちがカメラを向けてきたのは、
「在宅」と「施設入所」のあいだで揺れるお年寄やその家族の姿だった。
ぼくはテレビ・ディレクターとして、
大上段に振りかぶったテーマ主義の番組を好まない。
個別具体的な人間像(人間群像)を通して、
その先にある「社会のあり方」が垣間見えればいいと考えている。
今回の番組では、
一人一人のお年寄が抱えるドラマと
全国的に危機的状況にある地域医療の問題をどうつなげるかが勝負どころだ。
お盆明けから編集室にこもって、そのあたりの“接点”を探る作業が始まる…
待つ…
2007/07/28 Sat
23日(月)から夕張ロケに入っている。
夕張医療センター(診療所+老人保健施設)にカメラを据えての定点観測、
今度は8月中旬までの長丁場だ。
連日よく晴れた日が続いていた夕張だが、きょうは雨になった。
長いロケには自ずと緩急がある。
乗りに乗ってがんがんカメラをまわす時と、じっと耐えて待つ時。
水曜日には、
医師不足で町立病院の維持が困難になった北海道羅臼町からの視察が入り、
自治体病院の経営問題に詳しい城西大学准教授の伊関友伸さんもやってきた。
当然、様々な動きがあり、ぼくたちも忙しかった。
それが昨日あたりから「待ち」の局面に変わってきた。
きょうは土曜日で診療所は休診なので、
老人保健施設にはりついて何かが起きるのを待つ。
もちろん「何かが起きる」なんてことは滅多にないので、
ほとんどカメラをまわすことはない。
老人保健施設のなかをうろうろしながら、ただひたすら待つのだ。
正直云って、こういうときは精神的にはツライ。
時間の無駄遣いをしているような気がするし、
このまま何も起こらず、
何も見つけ出すことができないまま終わるのではないかと不安に駆られもする。
要するに何かをしていないと不安なのだ。
しかし、待つべきときに動いてしまうとロクな結果にならない。
そのうちにまた、
記録すべきなんらかの動きがあるだろうし、
自分から積極的に取材を仕掛けていく局面もあるだろう。
だから、焦る自分を抑えて、いまは待つ。
雨に降りこめられながら、怠惰とも思える時間を自分に課す。
夕張医療センター(診療所+老人保健施設)にカメラを据えての定点観測、
今度は8月中旬までの長丁場だ。
連日よく晴れた日が続いていた夕張だが、きょうは雨になった。
長いロケには自ずと緩急がある。
乗りに乗ってがんがんカメラをまわす時と、じっと耐えて待つ時。
水曜日には、
医師不足で町立病院の維持が困難になった北海道羅臼町からの視察が入り、
自治体病院の経営問題に詳しい城西大学准教授の伊関友伸さんもやってきた。
当然、様々な動きがあり、ぼくたちも忙しかった。
それが昨日あたりから「待ち」の局面に変わってきた。
きょうは土曜日で診療所は休診なので、
老人保健施設にはりついて何かが起きるのを待つ。
もちろん「何かが起きる」なんてことは滅多にないので、
ほとんどカメラをまわすことはない。
老人保健施設のなかをうろうろしながら、ただひたすら待つのだ。
正直云って、こういうときは精神的にはツライ。
時間の無駄遣いをしているような気がするし、
このまま何も起こらず、
何も見つけ出すことができないまま終わるのではないかと不安に駆られもする。
要するに何かをしていないと不安なのだ。
しかし、待つべきときに動いてしまうとロクな結果にならない。
そのうちにまた、
記録すべきなんらかの動きがあるだろうし、
自分から積極的に取材を仕掛けていく局面もあるだろう。
だから、焦る自分を抑えて、いまは待つ。
雨に降りこめられながら、怠惰とも思える時間を自分に課す。
また夕張…
2007/07/18 Wed
きのうから仕事でまた夕張に来ている。
老人保健施設に入所したお年寄りたちの姿を中心に追いながら、
村上智彦医師らが追求する「地域医療」のあり方を記録しようと考えている。
7月2日の日記で紹介したSさんは、
10日ほど会わないうちに車椅子にも歩行器にも頼らず歩けるようになり、
こぶしを利かせながら得意の「矢切の渡し」を唄ってくれた。
…これがなかなか巧かったりする(♪)。
ぼくはスタッフにSさんの将棋の相手をするように求められたが、
ブランクも長いし、正直に云って勝てる気がしない(笑)。
ともあれ、20日ほど前に初めて会ったときとは、
とうてい同じ人とは思えないほどの目覚ましい回復ぶりである。
その一方で、
リハビリに一生懸命になれずに苦しむ人もいる。
自宅は小高い丘の上にあって車椅子では生活できないのだが、
車椅子での暮らしが楽なのですっかり馴染んでしまったらしい。
そうしたそれぞれの人間模様を撮影しながら、
ぼくは「地域医療再生」の処方せんを夕張に見いだそうとしているのである…。
12日の日記で“予告”した
早稲田での講義用の資料を「PRESENTATION」として公開しました。
自分なりに「凝りに凝って」作ったものなので、
ダイジェスト版ですが、ご覧いただければと思っています。
老人保健施設に入所したお年寄りたちの姿を中心に追いながら、
村上智彦医師らが追求する「地域医療」のあり方を記録しようと考えている。
7月2日の日記で紹介したSさんは、
10日ほど会わないうちに車椅子にも歩行器にも頼らず歩けるようになり、
こぶしを利かせながら得意の「矢切の渡し」を唄ってくれた。
…これがなかなか巧かったりする(♪)。
ぼくはスタッフにSさんの将棋の相手をするように求められたが、
ブランクも長いし、正直に云って勝てる気がしない(笑)。
ともあれ、20日ほど前に初めて会ったときとは、
とうてい同じ人とは思えないほどの目覚ましい回復ぶりである。
その一方で、
リハビリに一生懸命になれずに苦しむ人もいる。
自宅は小高い丘の上にあって車椅子では生活できないのだが、
車椅子での暮らしが楽なのですっかり馴染んでしまったらしい。
そうしたそれぞれの人間模様を撮影しながら、
ぼくは「地域医療再生」の処方せんを夕張に見いだそうとしているのである…。
12日の日記で“予告”した
早稲田での講義用の資料を「PRESENTATION」として公開しました。
自分なりに「凝りに凝って」作ったものなので、
ダイジェスト版ですが、ご覧いただければと思っています。
大学講師初体験の顛末
2007/07/12 Thu
「カメラは『存在』する」と題して、
早稲田大学の学生たちを相手にジャーナリズム論を講義した。
マスコミ志望の小生意気な野郎どもばかりだろうと思っていたら、
女子大生の聴講が多いので驚く(場違いな?…カワイイ娘もいた)。
後で聞くと、4万人の早大生のうち4割が女性で、
いまや早稲田は数からいえば「日本一の女子大」なのだそうだ。
人前で話をするのはけっこう慣れていて
「アガル」というほどのことはないのだが、
70分(質疑を含め90分)という時間の感覚がピンと来ないので困った。
アドリブでやるわけにもいかないので、
事前にKeynote(iWorks)というソフトを買ってきて、
一晩徹夜してプレゼンテーション画面を作ってきた(…元手がかかっているのだ)。
画面を見ながら話をするのだが、
早々に終わってしまったらカッコ悪いなと心配していたところが、
気がつくと、あっというまに持ち時間の半ば以上を使い切っていた。
結局、後半に用意した話の一部をはしょっても、
90分の講義時間をまるまるぼくが喋ってしまうことになった。
仕事柄「時間通りに作る」ことには慣れているはずなのだが、
どうもテレビ番組と自分が喋るのでは勝手が違う。
「時間」を扱うプロとしては、いささか恥ずかしい。
本来の講義時間が終わってから質疑応答に入ったのだが、
学生たちは一人も席を立たなかった。
講座の主催者である原剛教授によれば、
ジャーナリズム論+メディア論としてよくできた講義で、
学生たちの反応も最近では一番よかったという。
ぼくは単純な人間なので、ホメられると素直に嬉しい。
普段考えていることを整理するという意味で、
自分にとってもいい機会だったと思う。
それにしても。
講義内容の構成は事前に作っていて、
それでもプレゼンの画面作りのために徹夜したのである。
Keynoteというソフトは
なかなかカッコイイ画面の転換ができたりするので、
デザインや動きをつけることに夢中になってしまったためである。
それだけ苦労して作ったプレゼンを
一回使ったきりで消してしまうのはなんとも惜しい。
短縮版を作ったうえでムービーに変換し、
近いうちにこのホームページにアップしようかと思う。
…いえ、内容より、動きのカッコよさを見て欲しいだけです(笑)。
早稲田大学の学生たちを相手にジャーナリズム論を講義した。
マスコミ志望の小生意気な野郎どもばかりだろうと思っていたら、
女子大生の聴講が多いので驚く(場違いな?…カワイイ娘もいた)。
後で聞くと、4万人の早大生のうち4割が女性で、
いまや早稲田は数からいえば「日本一の女子大」なのだそうだ。
人前で話をするのはけっこう慣れていて
「アガル」というほどのことはないのだが、
70分(質疑を含め90分)という時間の感覚がピンと来ないので困った。
アドリブでやるわけにもいかないので、
事前にKeynote(iWorks)というソフトを買ってきて、
一晩徹夜してプレゼンテーション画面を作ってきた(…元手がかかっているのだ)。
画面を見ながら話をするのだが、
早々に終わってしまったらカッコ悪いなと心配していたところが、
気がつくと、あっというまに持ち時間の半ば以上を使い切っていた。
結局、後半に用意した話の一部をはしょっても、
90分の講義時間をまるまるぼくが喋ってしまうことになった。
仕事柄「時間通りに作る」ことには慣れているはずなのだが、
どうもテレビ番組と自分が喋るのでは勝手が違う。
「時間」を扱うプロとしては、いささか恥ずかしい。
本来の講義時間が終わってから質疑応答に入ったのだが、
学生たちは一人も席を立たなかった。
講座の主催者である原剛教授によれば、
ジャーナリズム論+メディア論としてよくできた講義で、
学生たちの反応も最近では一番よかったという。
ぼくは単純な人間なので、ホメられると素直に嬉しい。
普段考えていることを整理するという意味で、
自分にとってもいい機会だったと思う。
それにしても。
講義内容の構成は事前に作っていて、
それでもプレゼンの画面作りのために徹夜したのである。
Keynoteというソフトは
なかなかカッコイイ画面の転換ができたりするので、
デザインや動きをつけることに夢中になってしまったためである。
それだけ苦労して作ったプレゼンを
一回使ったきりで消してしまうのはなんとも惜しい。
短縮版を作ったうえでムービーに変換し、
近いうちにこのホームページにアップしようかと思う。
…いえ、内容より、動きのカッコよさを見て欲しいだけです(笑)。
種を蒔く
2007/06/29 Fri
月曜日から夕張ロケに入った。
診療所にカメラを据え、
新しい医師の着任や老人保健施設開設の準備風景を撮影している。
まだ正式に決まったわけではないが、
9月くらいに「NHKスペシャル」で放送することになりそうだ。
腰を傷めているので(ロケに出たら少し悪化した)、イマイチ調子が出ない。
ドキュメンタリーの仕事は、先行きが見えないなかでの試行錯誤の積み重ねだ。
この先どうなるのか判らないまま、目の前で起きていることを撮影していく。
とはいっても、闇雲にカメラをまわしてみてもしょうがないので、
ドラマが生まれそうなところに目星をつけて布石を打つ。
それは畑に「種を蒔く」行為と似ている。
水をやり肥料を与えてやると、「種」はやがて芽を出す。
しかし、出てきた芽のすべてが順調に生長するわけではない。
途中で枯れてしまうものもあるし、
生長が早い芽をより伸ばすために間引く必要も出てくる。
蒔いた種のいくつかが順調に生長して実をつければ、
ようやく「収穫」ができ、番組が完成する。
だから、いまは必死でひとつでも多くの種を蒔く時期だ。
夕張で地域医療を立て直そうとしている村上智彦医師を主人公に、
ぼくは既に90分番組を2本半つくっている。
農作業の比喩をもう少し続ければ、「土は充分肥えている」わけだ。
それでも、無事に収穫まで漕ぎつけられるかどうかはお天道さま次第。
「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があるが、
人がやれることというのは自ずと限りがある。
自然の摂理を無視して無理やり収穫に走ろうとすれば、「やらせ」になる。
…そう考えると、ドキュメンタリーとは、つくづく非効率的な仕事である。
診療所にカメラを据え、
新しい医師の着任や老人保健施設開設の準備風景を撮影している。
まだ正式に決まったわけではないが、
9月くらいに「NHKスペシャル」で放送することになりそうだ。
腰を傷めているので(ロケに出たら少し悪化した)、イマイチ調子が出ない。
ドキュメンタリーの仕事は、先行きが見えないなかでの試行錯誤の積み重ねだ。
この先どうなるのか判らないまま、目の前で起きていることを撮影していく。
とはいっても、闇雲にカメラをまわしてみてもしょうがないので、
ドラマが生まれそうなところに目星をつけて布石を打つ。
それは畑に「種を蒔く」行為と似ている。
水をやり肥料を与えてやると、「種」はやがて芽を出す。
しかし、出てきた芽のすべてが順調に生長するわけではない。
途中で枯れてしまうものもあるし、
生長が早い芽をより伸ばすために間引く必要も出てくる。
蒔いた種のいくつかが順調に生長して実をつければ、
ようやく「収穫」ができ、番組が完成する。
だから、いまは必死でひとつでも多くの種を蒔く時期だ。
夕張で地域医療を立て直そうとしている村上智彦医師を主人公に、
ぼくは既に90分番組を2本半つくっている。
農作業の比喩をもう少し続ければ、「土は充分肥えている」わけだ。
それでも、無事に収穫まで漕ぎつけられるかどうかはお天道さま次第。
「人事を尽くして天命を待つ」という言葉があるが、
人がやれることというのは自ずと限りがある。
自然の摂理を無視して無理やり収穫に走ろうとすれば、「やらせ」になる。
…そう考えると、ドキュメンタリーとは、つくづく非効率的な仕事である。
視聴質
2007/05/28 Mon
温泉宿に泊まったからにはゆっくりしたいものだが、
ぼくもかみさんも仕事があるので、7時半には宿を出て東京に向かう。
9時5分発のANAからは、雲の上にぽっかりと顔を出した大山が見えた。
大山は中国地方随一の山で、高さ1729m。
空気の澄んだ冬の日には、ぼくの住んでいた松江市からもよく見えた。
頂上付近に雪を冠った姿をみて、幼かったぼくは富士山だと思い込んでいたものだ。
会社に顔を出すと、昨夜の番組の視聴率は1.4%だったという。
「業界の常識」とはヒトケタずれている気もしなくはないが、
地味なテーマの教育テレビ、それも90分の長尺番組とすれば上々の数字である。
分刻みの視聴率を見ると、番組が始まってから一度も下がっていない。
これはつまり「固定客」がついてくれたということで、
番組の作り手にとってこんなに嬉しい「テレビの見られ方」はない。
要は「視聴率」ではなく、「視聴質」なのだ。
いまは「ネット時代」なので、
生々しい「視聴者の声」はネットを通して伝わってくる。
このページを見てメールを下さった方、
mixiの「マイミク」として感想を寄せて下さった方…。
それ以外にも、例えばmixiで番組名を入れて検索をかけてみると、
まったく面識もない多くの方々が番組について熱っぽく語ってくださっている。
自分が発したメッセージを、
真面目に、真正面から受け止めて下さった視聴者の存在ほど、
ぼくら制作者を勇気づけてくれるものはない。
だから、ぼくは、できるだけ、そういう方々に返事を書くことにしている。
テレビというメディアを少しでも双方向に近づける、
言い替えれば「顔の見えるテレビ」を実現するための、
極めて個人的な“こだわり”である。
ぼくもかみさんも仕事があるので、7時半には宿を出て東京に向かう。
9時5分発のANAからは、雲の上にぽっかりと顔を出した大山が見えた。
大山は中国地方随一の山で、高さ1729m。
空気の澄んだ冬の日には、ぼくの住んでいた松江市からもよく見えた。
頂上付近に雪を冠った姿をみて、幼かったぼくは富士山だと思い込んでいたものだ。
会社に顔を出すと、昨夜の番組の視聴率は1.4%だったという。
「業界の常識」とはヒトケタずれている気もしなくはないが、
地味なテーマの教育テレビ、それも90分の長尺番組とすれば上々の数字である。
分刻みの視聴率を見ると、番組が始まってから一度も下がっていない。
これはつまり「固定客」がついてくれたということで、
番組の作り手にとってこんなに嬉しい「テレビの見られ方」はない。
要は「視聴率」ではなく、「視聴質」なのだ。
いまは「ネット時代」なので、
生々しい「視聴者の声」はネットを通して伝わってくる。
このページを見てメールを下さった方、
mixiの「マイミク」として感想を寄せて下さった方…。
それ以外にも、例えばmixiで番組名を入れて検索をかけてみると、
まったく面識もない多くの方々が番組について熱っぽく語ってくださっている。
自分が発したメッセージを、
真面目に、真正面から受け止めて下さった視聴者の存在ほど、
ぼくら制作者を勇気づけてくれるものはない。
だから、ぼくは、できるだけ、そういう方々に返事を書くことにしている。
テレビというメディアを少しでも双方向に近づける、
言い替えれば「顔の見えるテレビ」を実現するための、
極めて個人的な“こだわり”である。
番組完成
2007/05/21 Mon
きょう、テロップ(字幕)を入れて、番組が完成した。
テロップを入れるのはそれほど難しい作業ではないが、
字幕を出すタイミングや位置を微妙に調整するため、それなりに手間がかかる。
完成した番組を試写してみて、なかなかいい番組だと思った。
ま、ぼくの場合、「自分には点が甘い」のであまりアテにはならない(笑)。
番組は完成するとともにディレクターの手を離れていく。
コンピューターに登録され、
決まった時間になると自動的に放送が始まり、
多生の縁あった見知らぬ多くの方々に見ていただく。
テレビ番組は基本的に一過性のものだから、
見てくださった何人かの方々の心になにかを残して、消えていく。
だから、番組の完成は、
手塩にかけて育てた子どもの旅立ちのようなもので、
晴れがましくもあり、ちょっと淋しくもある。
ETV特集「地域医療再生への挑戦〜夕張市立総合病院の100日〜」
放送は5月27日(日)夜10時 教育テレビです。ぜひご覧ください。
テロップを入れるのはそれほど難しい作業ではないが、
字幕を出すタイミングや位置を微妙に調整するため、それなりに手間がかかる。
完成した番組を試写してみて、なかなかいい番組だと思った。
ま、ぼくの場合、「自分には点が甘い」のであまりアテにはならない(笑)。
番組は完成するとともにディレクターの手を離れていく。
コンピューターに登録され、
決まった時間になると自動的に放送が始まり、
多生の縁あった見知らぬ多くの方々に見ていただく。
テレビ番組は基本的に一過性のものだから、
見てくださった何人かの方々の心になにかを残して、消えていく。
だから、番組の完成は、
手塩にかけて育てた子どもの旅立ちのようなもので、
晴れがましくもあり、ちょっと淋しくもある。
ETV特集「地域医療再生への挑戦〜夕張市立総合病院の100日〜」
放送は5月27日(日)夜10時 教育テレビです。ぜひご覧ください。
「である」調
2007/05/18 Fri
5月27日放送のETV特集、
「地域医療再生への挑戦〜夕張市立総合病院の100日〜」。
きょう、ナレーション入れを無事了えた。
今回は、おととし放送したNスペ「タクシードライバーは眠れない」以来、
久しぶりに「である」調のナレーションにした。
最近の番組はほとんど「ですます」調だが、ぼくは「である」調の方が好きだ。
ナレーション原稿を書いていて、
言葉のリズムに緩急をつけやすく、表現の幅が広いと思う。
例えば、今回の番組のファースト・コメントは、
「道を見失いそうになるほどの雪だった」というものだが、
これを「ですます」調で「道を見失いそうになるほどの雪でした」
あるいは「道を見失いそうになるほどの雪が降っていました」とすると、
画面に漂う緊張感が微妙に弛緩してしまう気がする。
しかし、「である」調のコメントは女性アナウンサーには向かないし、
表現力が必要になるので、若いアナウンサーにはなかなか読みこなせない。
だから、「である」調のコメントのときは、
民放、NHKを問わず俳優さんに依頼することが多いようだ。
一世を風靡した(?)「プロジェクトX」は田口トモロヲさん。
「世界ウルルン滞在記」なら下條アトムさんである。
ぼくも「タクシー」の時は、寺田農さんにお願いした。
今回はベテランの小野卓司アナウンサー。
最近はラジオの仕事が多いようだが、さすがである。
90分番組のナレーション録りがとんとん拍子…気持ちのいい仕事をさせてもらった。
「地域医療再生への挑戦〜夕張市立総合病院の100日〜」。
きょう、ナレーション入れを無事了えた。
今回は、おととし放送したNスペ「タクシードライバーは眠れない」以来、
久しぶりに「である」調のナレーションにした。
最近の番組はほとんど「ですます」調だが、ぼくは「である」調の方が好きだ。
ナレーション原稿を書いていて、
言葉のリズムに緩急をつけやすく、表現の幅が広いと思う。
例えば、今回の番組のファースト・コメントは、
「道を見失いそうになるほどの雪だった」というものだが、
これを「ですます」調で「道を見失いそうになるほどの雪でした」
あるいは「道を見失いそうになるほどの雪が降っていました」とすると、
画面に漂う緊張感が微妙に弛緩してしまう気がする。
しかし、「である」調のコメントは女性アナウンサーには向かないし、
表現力が必要になるので、若いアナウンサーにはなかなか読みこなせない。
だから、「である」調のコメントのときは、
民放、NHKを問わず俳優さんに依頼することが多いようだ。
一世を風靡した(?)「プロジェクトX」は田口トモロヲさん。
「世界ウルルン滞在記」なら下條アトムさんである。
ぼくも「タクシー」の時は、寺田農さんにお願いした。
今回はベテランの小野卓司アナウンサー。
最近はラジオの仕事が多いようだが、さすがである。
90分番組のナレーション録りがとんとん拍子…気持ちのいい仕事をさせてもらった。
早稲田でジャーナリズム論
2007/05/17 Thu
去年の5月に放送したETV特集「ある地域医療の“挫折”」は、
今回の番組の主人公でもある村上智彦医師が
行政と衝突して北海道せたな町を去るまでを追ったドキュメンタリーだ。
その番組が「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」の候補になって、
受賞は逃したが、それが縁で7月に早稲田大学で講義をすることになった。
「報道が社会を変える〜取材過程論〜」という記念講座で、
全15回のうちの1回をぼくが担当する。
ぼくのモットーは「拍手くれればなんでもやります」だから(笑)、
番組の宣伝につながることなら…と安請け合いをした。
それが去年の暮れのことで、仕事が忙しくなったので、きれいさっぱり忘れていた。
すると、講義内容のレジュメを150字程度にまとめて提出せよという連絡が…。
なんも考えていなかったぁ…のである。
そこで、日ごろ考えていることをテーマにするしかないと腹を括った。
題して、
テレビカメラは「存在する」
〜TVドキュメンタリーの“宿命”について〜
題名だけはなかなか凄い(笑)。
以下が大慌てで書いた「講義概要」の文章である。
TVドキュメンタリーの大前提は「カメラがある」ことだ。
目立つTVカメラとともに取材者が現場にいるという事実が、
否応なく事態を動かしていく。
その意味で、カメラの存在は事実を変容させる。
その宿命に意識的でありつつ、
カメラの存在を触媒に
化学変化を起こしていく事実を記録していくのがTVドキュメンタリーである。
ずいぶん大上段に振りかぶったものだが(笑)、
マジメに考えれば、質疑を含め90分の講義内容を決めるのは大変な作業である。
アドリブでくっちゃべればいい、という訳にもいかないだろうし。
番組作りで気が重くなることはまずないぼくだが、今回ばかりは…少々胃が痛い。
今回の番組の主人公でもある村上智彦医師が
行政と衝突して北海道せたな町を去るまでを追ったドキュメンタリーだ。
その番組が「石橋湛山記念 早稲田ジャーナリズム大賞」の候補になって、
受賞は逃したが、それが縁で7月に早稲田大学で講義をすることになった。
「報道が社会を変える〜取材過程論〜」という記念講座で、
全15回のうちの1回をぼくが担当する。
ぼくのモットーは「拍手くれればなんでもやります」だから(笑)、
番組の宣伝につながることなら…と安請け合いをした。
それが去年の暮れのことで、仕事が忙しくなったので、きれいさっぱり忘れていた。
すると、講義内容のレジュメを150字程度にまとめて提出せよという連絡が…。
なんも考えていなかったぁ…のである。
そこで、日ごろ考えていることをテーマにするしかないと腹を括った。
題して、
テレビカメラは「存在する」
〜TVドキュメンタリーの“宿命”について〜
題名だけはなかなか凄い(笑)。
以下が大慌てで書いた「講義概要」の文章である。
TVドキュメンタリーの大前提は「カメラがある」ことだ。
目立つTVカメラとともに取材者が現場にいるという事実が、
否応なく事態を動かしていく。
その意味で、カメラの存在は事実を変容させる。
その宿命に意識的でありつつ、
カメラの存在を触媒に
化学変化を起こしていく事実を記録していくのがTVドキュメンタリーである。
ずいぶん大上段に振りかぶったものだが(笑)、
マジメに考えれば、質疑を含め90分の講義内容を決めるのは大変な作業である。
アドリブでくっちゃべればいい、という訳にもいかないだろうし。
番組作りで気が重くなることはまずないぼくだが、今回ばかりは…少々胃が痛い。
台本完成
2007/05/16 Wed
おととい、一日かけて、ナレーション原稿を推敲。
きのうはプロデューサー、デスクの知恵を借りて、
ナレーション内容の修正を行った。
きょうはテロップ(字幕)を書き入れて台本が完成。
今回は、
病院の「公設民営化」(自治体が所有したまま経営を民間委託)や、
「病院」と「診療所」の違い、
「社会的入院」と病院の赤字の関係など、
説明しなければならない概念が多く、苦労した。
ぼくはTV番組の作り手として、
「説明」は極力少なくして、
「感じてもらう」ことを大切にしたいと考えている。
でも、最低限の説明はしないと、観ている人がついていけなくなる。
そのあたりの“塩梅”がけっこう難しい。
ぼくは狂信的なMac教徒なので、意地でもWindowsは使わない。
台本はegword Universalというソフトを使って書く。
仕上がりが美しいので気に入っているのだが、
周囲がみんなWindowsユーザーなのでファイルの共有に苦労している。
(ワード文書でも書き出せるのだが、レイアウトが狂ってしまう。)
ぼくの場合、PDFに変換して関係者にメールで送る。
面倒といえば面倒だが、「それでもWindowsは使わない」。
…いつも少数派の悲哀を噛みしめて、ますます意固地になってます(笑)。
きのうはプロデューサー、デスクの知恵を借りて、
ナレーション内容の修正を行った。
きょうはテロップ(字幕)を書き入れて台本が完成。
今回は、
病院の「公設民営化」(自治体が所有したまま経営を民間委託)や、
「病院」と「診療所」の違い、
「社会的入院」と病院の赤字の関係など、
説明しなければならない概念が多く、苦労した。
ぼくはTV番組の作り手として、
「説明」は極力少なくして、
「感じてもらう」ことを大切にしたいと考えている。
でも、最低限の説明はしないと、観ている人がついていけなくなる。
そのあたりの“塩梅”がけっこう難しい。
ぼくは狂信的なMac教徒なので、意地でもWindowsは使わない。
台本はegword Universalというソフトを使って書く。
仕上がりが美しいので気に入っているのだが、
周囲がみんなWindowsユーザーなのでファイルの共有に苦労している。
(ワード文書でも書き出せるのだが、レイアウトが狂ってしまう。)
ぼくの場合、PDFに変換して関係者にメールで送る。
面倒といえば面倒だが、「それでもWindowsは使わない」。
…いつも少数派の悲哀を噛みしめて、ますます意固地になってます(笑)。
今日はまた仕事…
2007/05/05 Sat
今日はECS。
「ECS」とは、Edit Control Systemの略らしい。
要するに、
編集室でデータ上つなぎあげたものを、
元のVTRから放送用の画質でつなぎ直していく作業だ。
基本的には単純作業だから、
永年コンビを組んでいて気心の知れた編集マンの「ほっちゃん」と、
エンジニアにまかせっきりで、ぼくは編集室にこもって台本を書き始める。
でも、今回はナレーション録りまで余裕があるので、いまいち気合いが入らない。
考えてみれば、ここ数年、ゴールデンウィークを満足に休んだことがない。
管理職待遇で、いくら休日出勤をしても無給、組合問題にもならないから、
こういう時は使いやすいのだろうと勘ぐってみたくもなる。
春らしい陽気なのに、窓もない密室に籠りっきりなのは哀しい。
午前9時から午後10時までの仕事。
明日は休めるが、どうやら天気が悪いらしい。
…うまくいかないものである。
「ECS」とは、Edit Control Systemの略らしい。
要するに、
編集室でデータ上つなぎあげたものを、
元のVTRから放送用の画質でつなぎ直していく作業だ。
基本的には単純作業だから、
永年コンビを組んでいて気心の知れた編集マンの「ほっちゃん」と、
エンジニアにまかせっきりで、ぼくは編集室にこもって台本を書き始める。
でも、今回はナレーション録りまで余裕があるので、いまいち気合いが入らない。
考えてみれば、ここ数年、ゴールデンウィークを満足に休んだことがない。
管理職待遇で、いくら休日出勤をしても無給、組合問題にもならないから、
こういう時は使いやすいのだろうと勘ぐってみたくもなる。
春らしい陽気なのに、窓もない密室に籠りっきりなのは哀しい。
午前9時から午後10時までの仕事。
明日は休めるが、どうやら天気が悪いらしい。
…うまくいかないものである。
