Food & Drink

岩手へ

次回作(5月24日放送)で自治体病院の再編問題を扱うので、取材のため岩手に向かった。
岩手県には県立の病院と診療所があわせて27ある。
これは全国的にみても極めて多い数字で、いま深刻な医師不足のために再編が迫られている。
具体的には、
5つある診療所を4月から無床化(入院用のベッドを無くすこと)する計画なのだが、
これが去年の11月になって突然おおやけになったので住民や議会の反発が激しく、紛糾している。

東北新幹線で一ノ関に着いて、駅前の蕎麦屋で昼食をとった。
そばはな
岩手は蕎麦どころとして知られているが、「手打ち」を謳ったこの店の蕎麦も大変おいしい。
大もりで1000円、店内のテレビではWBC決勝の韓国戦が大詰めを迎えていた。

そのままテレビを見ていたかったのだが、そういう訳にもいかない。
県立磐井病院で、付属診療所の無床化を求める院長先生の話をうかがう。
限りある戦力を分散配置していたのでは戦えないという現場の声は至極当然であり、
院長先生の話にも説得力があった。
再び新幹線に乗って盛岡まで入り、駅前の喫茶店で住民代表の話をきく。
それぞれの病院には地域とともに歩んできた歴史があり、
それを効率重視でどんどん縮小されたのでは堪らないという地域感情も充分理解できるものだ。
無床化は明日の議会で可決されることになりそうだが、
“敗北”の後に住民たちがどう地域の医療に向き合っていくのかを見つめてみたいと思った。

夜は盛岡の繁華街・菜園町にあるホテルに泊まった。
駅前からホテルまで歩く途中で目星を付けていた居酒屋「南部どぶろく家」で飲む。
自家製のどぶろく(アルコール分が13度…ワイン並み…だというが飲み口が軽い)に地元の珍味、
日本酒は紫波町の地酒「廣喜」を置いている(ぼくの好みから云えば、少々くどい)。
…ぼくは酒場捜しには鼻が利くのだが、今回もなかなか愉しい店を見つけた。
特に最後に食べた「マンボウギッチョ」(マンボウの小腸を湯通ししたもの)が旨かった。
しばらく岩手に通うことになりそうだから、またこの店で飲む機会があるだろう。
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2009年の目標

渋谷の、会社の近くにベトナム料理店がある。
ちょうどパルコの裏側で、狭い階段を下りた地下にある小さな店だ。
「ホアン グン」という。
以前はエジプト料理店だったのだが、いつのまにかベトナム料理店に変わっていた。
ぼくはフォー(米から作ったベトナムの麺)が好きなので、開店当初から通っている。
といっても昼食ばかりで、夜に行ったことは一度もないのだが…。

働いている人(たぶん全員ベトナム人)はどんどん変わるし、
店の名前も変わったので、あるいは経営者が替わったのかもしれない。
しかし、昼のメニュー(680円のランチセット)は、開業以来変わっていないはずだ。
数年前はいつも閑古鳥が鳴いていて、
これで営業が成り立つのか心配になるような店だったが、
最近はランチが680円という価格設定もあってか、いつ行っても満席にちかい盛況だ。
御同慶の至りである。

さて、この店のランチ・メニューは11種類あって、いずれも680円。
しかし、気がついてみれば、フォーが入った4種類のランチしか食べたことがない。
そこで、今年は、11種類のランチ・メニューすべてを制覇しようという壮大ならざる目標を立てた。
今日はさっそく「揚げ春巻きのサラダビーフン」なるものを食べたが、
目を剥くほど旨いとは言わないまでも、悪くはなかった。
これで5種類のランチを“制覇”したことになるので、残るはあと6種類。
人生大志を抱けば大変だろうが、この程度の「寸志」であれば気楽なものだ(笑)。
春までには悠々目標をクリアできるのではないか…。
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編集が上がった

きょうで編集作業が終了した。
きのうのうちに放送時間の1時間49分ジャストで仕上がっていたのだが、
30秒PRの映像を作ったり、完成したテープを作業用にコピーしたりするのにもう一日要したわけだ。
(なにせ1本コピーをとるのに、最低でも1時間49分はかかるわけだから…)
「1時間49分」という初めての長編番組で(ほとんど映画である!)当初は戸惑いがなくもなかったが、
終わってみればそれほど大変でもなかった、というのが正直なところだ。
ぼくにしても、編集マンの“ほっちゃん”にしても、
もう何度目かの「夕張」なので、リズムを掴めていたことが大きいのだろう。
12月以来、休みこそ3日しかとっていないとはいえ、編集が深夜にまで及ぶことは一度もなかった。
19時過ぎに仕事が終わったこともままあったので、むしろ楽だったといってもいいだろう。
「1時間49分」あっても、
やはり涙を飲んでカットしなければならないシーンや登場人物はあるものだと改めて思い知ったが…。

夜は打ち上げで“ほっちゃん”と月島の「岸田屋」に行った。
去年の5月26日の日記にも書いたが、
仕事が終わるとこの店で飲むのが、ぼくとほっちゃんの恒例である。
下町の名店は今夜も超満員だったが、ちょうど入れ替わりに帰る人がいて、滑り込むことができた。
前回は名物の「牛モツの煮込み」が売り切れていたので、さっそく一人前ずつ注文。
久々に堪能したが、あまりに美味しいので二皿目を注文しようとしたら、もう売り切れていた。
そのほか、煮こごりやぬた、エイの軟骨、牡蛎湯豆腐を注文…
飲んで食って二人で5600円だから「無形文化財」に指定したい居酒屋である。

編集は終わったが、
台本を書いたり、音を入れたりの作業が残っているので、休めるのは25日になるだろう。
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忙中閑有

連日の編集作業が続く。
体調はイマイチの状態が続いている。
そうしたなかで、今日はちょっとした「忙中閑有」の一日となった。

といっても、必ずしものんびりしていたというわけでもない。
朝は8時前に出て、(受験生を抱えているので)「三者面談」というヤツで息子の高校へ。
そのついでと云ってはなんだが、闘病生活を送っている会社の先輩を見舞いに八王子まで行く。
午後1時をちょっとまわって出勤、それから編集。
思いのほか早く区切りのところまでたどり着いたので、予定より早く18時過ぎに“本日閉店”をする。
かみさんに電話をしてみると、
かみさんも仕事が早く終わりそうだというので、
息子を呼び出して久しぶりに家族三人で外食をすることになった。
大昌園
行った先は幡ヶ谷六号通り商店街にある焼肉屋(…というより「ホルモン屋」の佇まいだ)、「大昌園」。
独身時代(といっても、それほど昔の話でもない)、この店のすぐ近所に住んでいた。
その頃からの行きつけである。
東京に焼肉屋は星の数ほどあれど、ぼくが食べた限りではこの店が一番旨い。
小さくてきれいとは云えない店だが(遠慮がちな表現…笑)、それだけにコスト・パフォーマンスがいい。
今日の注文は、
豚足(家族全員この店の豚足が好きで行けば必ず注文する)に、
塩センマイ(軽く炙って食べると絶品!)、塩レバ、塩タンが各二人前、
ミノとホルモンはタレでこれも二人前、
後は追加でカルビとコブクロを一人前ずつ、それにキムチ、ナムル、クッパにビビンバ。
この店の肉は、コブクロを除いて、生焼けで食べるのが美味しい。
カウンターで食べているときなど、
うっかりこんがり焼いてしまうと店主(おばちゃん)に怒られてしまう(笑)。
たらふく食べて、ビールを4本飲み、勘定は1万7千円余り。
いつもより少し高くついたが、それでもこの値段だから、いまどき大変「良心的」な部類である。

今夜は年賀状を書く(というかデザインする)つもりだったのだが、
いささか酔ってしまったようで、かったるくなって、明日に先送りすることにした。
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柳葉魚は生干しの♂に限る

東京に帰ると柳葉魚(シシャモ)が待っていた。
11月3日に釧路の和商市場で注文したものが届いたのである。
いつも魚を買う丸栄田村商店に「半乾きの状態で」と指定して送ってもらったものだ。
一度生干しの柳葉魚を食べてしまうと、カラカラに乾いたものは食べる気にならなくなってしまう。
それほど、旨い。
一年に一度、秋のししゃも漁の季節にしか手に入らないご馳走である。
柳葉魚
柳葉魚というと全国的には「鵡川産」が有名だが、
近年は壊滅的な不漁で、今年は不漁といわれた去年に比べても半分以下の水揚げしかなかった。
いまや市場に出回る「北海道産ししゃも」の8割までが釧路産で、
「鵡川のししゃも」として出荷されるなかにも釧路から送ったものが少なくない。
であれば、釧路で買う方が、鮮度の面でも値段の面でも「お得」なわけだ。
親戚友人へのお土産を含めて7串注文していたが、
かみさんの強い意向で6串
は♂だけの串(1串10本で600円)にした。
♂♀混じりの串(750円)は1串、ということは♀の柳葉魚は5本だけだ。
「子持ちししゃも」というが、実は♂の方が身に風味があって圧倒的に旨い。
上海生まれのかみさんは、何度か釧路に通ううちに、生意気にも味をしめてし
まったわけである。

柳葉魚はこんがり焼いてはいけない。
さっと炙る程度に焼くのが美味しく食べるコツだ。
ネットで注文しておいた「雅山流 楓月」(純米大吟醸)の封を切り、柳葉魚を食べる。
美味、至福。
年に一度の愉しみだが、あっというまに食べ尽くしてしまった…
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和商市場の勝手丼 & シシャモ寿司

羅臼のシンポジウムで一緒だった兵庫県丹波市の新聞記者・Aくん、
札幌在住の医療コンサルタント・Tさんが昨夜は釧路の我が家に泊まった。
きょうは二人が(観光客らしく)「勝手丼」を食べたいというので、連れ立って和商市場に出かけた。
「勝手丼」は市場でまずご飯を買い、
好みの店でウニやイクラなど好きな海産物を買って、その場で載せて食べるというものである。
ぼくの記憶では、10数年前までは、知る人ぞ知るといった「隠れた釧路名物」だった。
徹夜仕事を終えた後など、和商に行ってちょっと贅沢な勝手丼を食べ、疲れを癒したものである。
それが近年は、それぞれの店に「勝手丼できます」といった貼り紙が目立つようになり、
刺身を小分けして、勝手丼用に売る店が増えてきた。
ぼくらが食べていたのはウニや量り売りのイクラ、タラコなどの地物で、
ほかの地方で獲れた魚や冷凍ものの刺身が並ぶようになっては興醒めである。
ぼくたちがテレビで紹介するなどして有名になった結果だから、文句の言えた筋合いではないのだが…。
ぼくは古式を守って(?)、イクラだけを買った。
いつも買う店なのでサービスにタラコを付けてくれて、ご飯代を合わせ650円で充分満足をした。

釧路ではシシャモ漁が始まっているので、
一夜干しのシシャモを東京まで送ってくれるように馴染みの店に注文を出す。
生乾きのシシャモは一年でこの季節にしか食べられない旬の味であり、
一度これを食べてしまうと、カラカラに乾いたシシャモがずいぶん味気ないものに思えてしまう。

市場の中にある鮨屋「竹寿司」に
「季節限定 シシャモ寿司」という看板が出ていたので、Aくんと二人で入ってみた。
シシャモ寿司
二貫で350円。
さっと酢をくぐらせた生のシシャモを握る。
味は淡泊さのなかにもさっぱりとした上品な甘みがあって、美味しい。
20年ほど前、沙流川の河口にある富川の町でシシャモ寿司を食べた記憶があるが、
そのときはもっと深く酢で締めてあったような気がする。
今回食べたものの方がフレッシュで旨い。
釧路にはもともとシシャモを生で食べる習慣はなかったと思うが、
この店では5年ほど前から、秋のシシャモ漁の季節だけ、寿司として供しているという。
昼食は勝手丼ですませていたのだが、後を引く美味しさなので、もう二貫注文して食べた。
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久しぶりの浅草

久しぶりに浅草を歩いた。
夕張の村上智彦医師の“特命”を受けて、
本間きくのさんの97歳の誕生日のプレゼント(10月16日の日記参照)を探しに行ったのである。
本間さんが東京にいたのは1930年代までだと考えられるから、まだ東京タワーなど影も形もない時代だ。
「その頃の東京らしいプレゼント」というのはなかなかの難題で、
かつて本間さんのご主人が働いていた浅草を訪ねることにしたのである。

丸ノ内線から銀座線を乗り継いで東京横断。
浅草に着くと、まずは腹拵えである。
浅草といえば、やはり「並木薮」の蕎麦が食べたくなる。
並木薮
喉ごしのいい蕎麦を「もり」で三枚、ずるずるずるッ…と一気にたいらげる。
ぼくはかつて「人間バキューム」と異名をとったほどの蕎麦ッ喰いである。
まだ新蕎麦には早かったようで
蕎麦の香は鮮烈というほどでもなかったが、
名物の「辛い蕎麦つゆ」(蕎麦の尻尾だけちょっと付けて食べる)の風味のよさは比類がない。
仲見世
平日だというのに、仲見世は観光客で大賑わいである。
「外人のおのぼりさん」の姿が目立つが、
それに混じってけっこう若いカップルがいたりするのが不思議である。
ぼくが初めて浅草を訪れた30年ほど前には、寂れて、荒廃の気配さえ漂わせた「元繁華街」だったのに。
六区
活動写真の弁士だった本間さんの御主人が働いていた浅草六区。
寄席こそ残ってはいるが、東京一の興行街だったという面影はない。
数年前に、六区の古い映画館に入って昔の東映やくざ映画を観ていたら、
隣で遊び人らしい風体の初老の男が厚化粧をした水商売らしい中年女を殴り始めた。
女は泣きながら二人分のコーラかなんかを買いに行ったが、
ぼくは暗澹として、映画を観る気分ではなくなってしまった。
六区は、場外馬券売り場もあって、
「どうみてもマトモに働いてはいない人たち」の吹き溜まりと化しており、
どこか饐えた雰囲気の人たちと外国からの観光客が同居しているのは一種異様な光景である。

奇妙な「江戸情緒」を売りものにした浅草では
なかなか気の利いたプレゼントを見つけることができず、
ぼくはあらためて谷中の「いせ辰」(和紙でできた品物を売る老舗)に行ってみることにした。
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絶品「かみふらのポーク」

きょうは上富良野町で行われた「第3回 地域医療を守る地方議員連盟研修会」に参加。
夜は吹上温泉「白銀荘」での懇親会に参加したのだが、
ここで食べた「かみふらのポーク」の豚しゃぶが実に美味しかった。

上富良野産の豚肉を食べたのは初めてではない。
釧路にいるときなど、よく買ってきて豚しゃぶにしたものだ。
おいしい肉だと思ってはいるが、それにしても今夜の肉はひと味もふた味も違う。
適度な歯応えがあってジューシー、豚肉特有の甘味の品がいい。
思わず(家族にも食べさせてやりたくなって)「この肉、どこかで買えますか?」と訊いたら、
「これほどのはちょっと無理だね」とつれない返事。
畜産係長として「かみふらのポーク」のブランド化に携わった山川護氏(現町立病院事務次長)によれば、
特に依頼して今夜の懇親会のタイミングに合わせて落としてもらった肉だという。
なるほど、それなら旨いはずだ。
同じ肉でも落としてからの時間によって味が変わる。
食べごろを見計らって落とした肉を食べるなんて、これほど贅沢な話はない。

地元の人たちから、豚しゃぶの美味しいタレの作り方を教えてもらった。
こちらは難しくも何ともない。
市販のごまだれとポン酢を半々に混ぜて、そこにさっと一味唐辛子を振るのだという。
ぼくは元来「ポン酢派」なのだが、
だまされたと思って「上富良野方式」(?)で食べてみて、おいしいので吃驚した。
さっぱりしたポン酢と甘く濃厚なごまだれの長所がともに生きて、豚肉の味を引き立てる。
絶品の「かみふらのポーク」を手に入れるのは無理でも、
タレの方はいたって簡単だから、今後は我が家でも「上富良野方式」を制式採用することにしよう。

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ラーメンの季節

夕張は日に日に冷え込んできた。
今朝の最低気温は4℃ほどだったそうだ。
東京でいえば、ほぼ真冬の寒さである。
ぼくのいる数日のうちにも紅葉は色濃くなってきており、すでに盛りを越えつつあるようにも見える。

シホロカベツ川
…黙ってこの写真をみせたら、名のある景勝地だとは思わないだろうか。
なんのことはない、ホテルのすぐそば、本町の橋の上から撮ったシホロカベツ川(夕張川の支流)である。
秋のこの季節に夕張に来たのは初めてだが、美しいところだな、とあらためて思う。

そして、冷え込んでくるとラーメンの旨い季節になる。

ホテルの裏にある、カウンター6〜7席ほどの小さなラーメン屋「のんきや」。
おばちゃんが一人でやっている。
メニューは醤油と塩、
それにチャーシューを入れるか、逆に具を抜くか(「かけラーメン」と呼ぶ)しか選択の余地がない。
のんきやのラーメン
それでも、奇を衒わない、しつこ過ぎない味が気に入っていて、
夕張にいるときには三日に一度はここで昼めしを食う(この店は昼の数時間しか開いていない)。
店の絶対数が少ないので他の選択肢がないという側面もなくはないが、
ぼくと一緒に夕張を撮影してきたスタッフはみんなこの店が気に入って、というよりハマって通い詰めた。
だから、この店のラーメンを食べると、
一緒に仕事をしてきた、いまは全国の各地に散らばっている、仲間たちの顔を思い出す。
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「島根デー」

「しまねの地酒フェア 2008」というイヴェントに招待していただいたので、
会場の有楽町「交通会館」に出かける。
招待客は名刺を名札として胸につけることになっているらしく、
別に取材に来たわけでもないのに、会社の名前を背負って利き酒をするというミョーなことになった。

ぼくは島根県松江市の生まれで、生家の向かい側が米田酒造(「豊の秋」)という造り酒屋だった。
だから、というわけでもあるまいが山陰の酒が好きで、
世間ではあまり認知されていないが、島根・鳥取は全国でも有数の酒どころだと思っている。
今回、ぼくのところに招待状が送られてきた理由は定かではないが、
中国山地の山あいにある木次(現・雲南市)に佐藤忠吉さんという方がおられて、
有機農業の取り組みの一環として、
「八反流(ながれ)」という古い酒造好適米を復活させて無農薬で栽培し、
それを原料に地元の小さな蔵(木次酒造「美波太平洋」)で「斐伊川おろち」という酒を醸している。
その佐藤さんと親しくさせていただいているので、そんな縁もあって誘っていただいたものだろう。

ぼくが松江にいたのは9歳まで(東京オリンピックの年)で、
大学を出るまで育った広島、仕事で前後17年を暮らした北海道での生活の方が長い。
現住所の東京も、前後二回勤務した合計がもう13年になり、いまや「本籍地」でもある。
にも関わらず、「故郷」といえばやはり松江であり、自分は「島根県人」だという意識が強い。
(二つ違いの弟になると、このあたりの意識はたぶん全く違うだろう。)
米は横田(現・奥出雲町)で無農薬栽培した「仁多米」を毎年送っていただいているし、
醤油はやはり奥出雲町の「井上醤油」(昔ながらのやり方で2年間熟成させたもの)を使う。
休暇のときに「帰省する」のはまず「第二の故郷」で家のある釧路なのだが、
そうでなければ島根県に行ってしまうことが多い。
両親が広島で健在なのだが、そちらにはあまり寄りつかない…考えてみれば親不孝な話ではある。

「しまねの地酒フェア」には22の蔵が出展し、純米や大吟醸を中心にした自慢の酒の味見ができる。
知る人ぞ知る「簸上正宗」(奥出雲町)など飲む機会が比較的多い銘柄以外にも、
出雲市の「十旭日(ジュウジアサヒ)」や「天穩」が意欲的な酒造りをしていることを知ることができた。
また、「豊の秋」「李白」の陰に隠れて印象が薄かった松江の酒「國暉」の充実ぶりにも目を瞠った。
「隠岐誉」は日本酒も旨いが、「海藻焼酎」と銘打った「わだつみの精」が美味しいことに驚いた。
わだつみの精
これは米と海藻、米麹を原料に(ラベルに「海藻30%以上使用」とある)樫樽で長期熟成させたもので、
まるでアイレイ・モルトのような強烈な香りがする。
類似のものを思いつかない極めて個性的な焼酎で、一目惚れ(一口惚れ?)して一本買い込んだ。

ほろ酔いで日本橋まで歩いて、
島根県の物産を集めた「にほんばし島根館」(三越本店の向かい)で、
井上古式醤油、サバフグのたたき(美味!)、フグ皮の刺身、エボダイの一夜干しを買って帰り、
萬祥山窯(出雲市)のぐい飲みで一杯やった。
酒は千葉県の「不動」の口を切ったのがあったのでそれを飲んだが、
さながら「島根デー」であり、久しぶりに「ふるさとの香」に酔った。
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「有いち」の秋刀魚のバッテラ

昨夜はすっかり酔ってしまい、宿酔い(トリ・イヨシキ)で夕張市議会を傍聴。
村上智彦医師らと今後のことを打ち合わせて、夕方のANAで東京に帰ってきた。
夕食は荻窪駅北口の小料理屋、「有いち」で。

「有いち」はオープンしたばかりの新しい店で、
三十になるやならずやの若い主と奥さんらしい女性が切り盛りしている。
主は、話を聞いたことはないが、きちんとした店で修業してきた人ではないだろうか。
魚は何を食べても旨く、素材を見る目の確かさに加えて、料理にはどこか折り目正しさがある。
きょうは鱧の落としのほか、赤貝とコウイカのぬたを食べたがともに大変美味しかった。
日本酒の揃えもよく、神亀(埼玉)、鷹勇(鳥取)、大七(福島)の純米が常備してあり、
ほかにも甘さが上品で後味のきれいな誠鏡純米(広島)があった。
まことに結構尽くしで、最近、荻窪界隈でぼくが一番気に入っている店である。

「有いち」の暖簾をくぐるのはきょうで三回目だが、実はお目当ては「秋刀魚のバッテラ」である。
サンマのバッテラ
先日食べて、とても美味しかったので、どうしてもまた食べたくなった。
寿司のうえに秋刀魚のわた(内臓)が乗せてあり、その苦味が味を引き締めている。
一工夫あって、秋刀魚好きのぼくには堪えられない。
右隣の女性客が食べていたナメロウ(鯵を味噌と薬味で叩いた千葉の郷土料理)も、
左隣の女性客が注文した鱸の刺身も共にとても美味しそうで、近日中にまた来たくなってしまった。
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荻窪・繁寿司

荻窪に暮らすようになって、今年の暮れで4年になる。
当初は、「どこにでもありそうな店」が並んだ、いい酒場のない街だな、と思った。
ところが、地元に腰を据えて捜せば、ある、ある、ある…。
“穴場”とでも云うべき酒場や食堂の多いところで、酒飲みには居心地のいい街だということが解ってきた。
きょうは、初めて、駅の南口にある「繁寿司」を覗いてみる。
存在は知っていたが、看板がなんの変哲もなさ過ぎて、入ろうと思ったことはない店だった。
風の噂(=ネット情報)で「とてつもなく古い店」だと知って、入ってみる気になった。

なるほど、新しいのは看板だけである。
高度成長から取り残されたような建物で、
いかにも建て付けの悪そうな古い木の引き戸が開け放たれていて、入りやすい。
入ってみると、L字型のカウンターだけの店で、
カウンターの向こう側にも同じような引き戸があって、そちらも開け放たれている。
冷房がなく、風を通すことで涼をとっているのである。
当然、虫も出入り自由で、ぼくは手首を蚊に刺されてしまった。
常連らしい先客がいて、ぼくが初めてだと知って、「ここは昭和23年開業ですよ」と教えてくれる。
今年でちょうど「開業60周年」ということになるわけだ。
付け場には、豆絞りの手ぬぐいを巻いた老人が一人で立っている。
常連客との会話を聞くともなく聞いていると大正12年の生まれらしい。
当年とって85歳、関東大震災の年の生まれということになる。
どうやら、根っからの土地っ子らしい。
そのうち、幼なじみらしい人物が「町内の若い衆」を連れて現れる。
若く見えるが、大正14年生まれだという。
おのずと、土地の古い人たちの噂話になる。

「後家さんのところに一人で上がり込んじゃいけないよ。疑われちゃァいけないから」

…いまさら誰も疑わねェだろ、とぼくは内心ニヤニヤしながら酒を飲む。
高級感はないが味はまっとうで、今年はもう諦めていたシンコを食べられたのが収穫である。
シンコや鯵のたたきを肴にお銚子を三本飲んで、軽く寿司をつまむ。
勘定を払う段になって老主人は「ちょっと、いっちゃいましたね」と恐縮する。
それで4200円…すべてが古く草臥れているが、悪くない店である。
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神田笹鮨

夏のボーナスが出たので、
住宅ロ−ンの繰り上げ返済のため、
かみさんと二人、日本橋の銀行(縁あって岐阜の地方銀行にローンを組んでいただいた)を訪れた。
ぼくは、住宅ローンなどのんびり返せばいい、
どうせ俺が死んだらチャラになる、くらいにしか思っていないのだが、
かみさんは数千万円の借金を背負っていることに本能的な恐怖を感じているらしい。
だから、毎年、頑張って精いっぱいの金額を繰り上げ返済する。

手続きを終えて神田鍛冶町まで歩き、「笹鮨」でちょっと早い昼食をとる。
この店は「並ちらし」(1200円)が抜群のコスト・パフォーマンスでお得なのだが、
借金の重荷がほんのちょっと軽くなったのを祝って、「中ちらし」(2000円)を食べた。
ちらし
車海老に鮪の赤身、鯵(酢〆)、縞鯵、烏賊(紋甲烏賊)、煮烏賊、煮穴子。
干瓢、椎茸、花胡瓜、おぼろに卵焼き…。
美味しい。
主の取手一郎さんが「鮎寿司をお食べになりませんか」と訊いてくる。
「笹鮨」では、毎年六月の一時期だけ鮎寿司を供する。
今年はもう時期が遅いので諦めていたのだが、注文があって遅く作ったのがまだ残っているという。
これは望外の喜びで、かみさんと一貫ずつ食べた。
鮎寿司
ともかく、見た目が美しい寿司で、
これを食べると今年も無事に一年の半分が過ぎようとしているのだと思う。
ぼくにとって、一種の縁起物、あるいは歳時記のようなものだ。

ぼくたち夫婦が食べて、酢で〆た鮎があと一枚だけ残った。
今年最後の一匹はどんな人の口に入るのだろう…?
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丹波太郎・米ラーメン

今週は兵庫県丹波市にてロケ。
地元の貴重な情報源であり「飲み仲間」でもある丹波新聞記者・A君の案内で、
市島地区のラーメン屋「丹波太郎」に昼食を食べに行った。
この店の名物は「米ラーメン」、600円。
米ラーメン
名前の通り、地元産の米(合鴨農法で育てた無農薬米)を原料に、小松菜を練り込んだ淡い緑色の麺だ。
米の麺といっても、ビーフンやフォーとはかなり趣が違う。
腰がある、というより妙にツルツルとした独特の食感の麺で、これがなかなかいい。
チャーシュー替わりに浮いているのは合鴨の肉で、
合鴨や鰹節、昆布、野菜で出汁をとったというスープが上品で実に美味しい。
たまらず、替え玉(100円)を注文して食べた。

経営しているのは地産地消を追求している地元のNPOらしい。
おいしいと思うのだが店内は閑散としている。
ラーメンとしてはちょっと上品すぎるのが難かもしれない。
でも、この味と「食」に対するこだわりは、ぼくは他所者ながら大切にしたいと思った。
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岸田屋

番組の編集があがったので、
編集マンの“ほっちゃん”と月島の「岸田屋」に出かけた。
「岸田屋」は、美味い、安い、雰囲気がいい、の三拍子揃った“究極の居酒屋”である。
ぼくとほっちゃんは、仕事が終わると、この店で打ち上げをするのがならいとなっている。
岸田屋
「岸田屋」はあの「美味しんぼ」(長期連載に終止符を打つらしい)にも、
25年くらい前…ということは連載が始まってまもなく紹介されたことがある。
そのとき劇中で「フランス人シェフを仰天させた」のがこの店の名物「牛煮込み」だ。
牛煮込み
牛のモツをとろとろになるまで煮込んだもので、
ぼくたちは必ずこの煮込みを一皿ずつ注文することにしている。

初めてこの店に行ったころ厨房で包丁を振るっていた主もいまは亡くなり、
カウンターの中の棚でいつも寝ていた(時おり尻尾を振るだけでほとんど動かなかった)老猫も死んだ。
いまは残った女主人(明るく庶民的なおばちゃん)が、
娘か親戚らしい若くきれいなおねえさんたちと一緒に店を切り盛りしている。
主が健在だった頃に比べればメニューが減ってちょっと淋しくなったが、
牛煮込みのほかにも、ぬたや煮穴子、焼き蛤など東京風の肴がおいしく、仕事が終わると行きたくなる。
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稚鮎の季節

編集が一段落して、ちょっとほっとした気分で酒を飲む。
ちょうど5cmかそこらの稚鮎が出まわり始めていて、鮎好きのぼくには愉しい季節になった。
稚鮎の天ぷら
これは木曜日の夜、夕張での追加ロケの帰りに、荻窪の行きつけの店「播州」で食べた稚鮎の天ぷら。
小さいのにいっちょまえのほろ苦さがあって、ほのかに苔の香がした。
つけあわせに出たミニ蕪(畑で間引かれたもの)の甘酢漬けも旨い。
稚鮎の姿揚げ
こちらは、今夜、やはり荻窪(天沼)の行きつけの店、「久」で食べた稚鮎の姿揚げ。
胸びれで支えるように盛りつけた幼気な姿は、なんだか食べるのがもったいないような気がした。

ちびちびと酒を嘗めながら、仕事に追われ、今年もはや半年近くが過ぎようとしている。
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中標津「松乃井」の十割そば

11時25分のANAで根室中標津空港に飛ぶ。
きょうから羅臼ロケ。
蔵王
眼下に雪を冠った蔵王が見えた。

中標津に着いて、昼食を「松乃井」でとる。
以前にも書いたが(去年12月26日の日記)、ぼくが最近一番気に入っている蕎麦屋だ。
店に入ると、「新メニュー」として「十割そば」を始めたとある。
地元・中標津産の蕎麦粉を使い(中標津は牧場地帯で、蕎麦畑があったのは初めて知った)、
一日十食限定とのこと。
聞けばまだあるというので、さっそく注文をした。
そば粉十割の蕎麦というと、ぼそぼそして口当たりが悪いことが少なくない。
ところが、「松乃井」のは、主の打ち方が見事なのだろう、腰があって、喉ごしもいい。
そしてもちろん、馥郁として絢爛たる蕎麦の香りが、鼻腔の奥で“爆発”するのだ。
素っ気ないまでにシンプルな「もりそば」の至福。
これで「大もり・千円」は泣かせる。
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古い奴だとお笑いでしょうが…

出張から帰ってきたら、今年最初の薔薇が満開だった。
最初の白薔薇
剪定するつもりだった枝を蕾がついたので残したものだ。
伸び切った枝の先で真っ白な花が重そうに揺れていた。

夜は京橋のフィルムセンターにやくざ映画を観に行った。
マキノ雅弘晩年の秀作「昭和残侠伝 死んで貰います」である。
ぼくの裡にはもともと「古い日本人」の部分があるが、
年齢とともにそれがだんだん表面に浮かび上がってきたようだ。
「死んで貰います」は東映仁侠映画群のなかでもとりわけ好きな一本で、
1970年の製作というのがいまとなっては意外なほど、新しいものは何もない映画。
コクのある描写は「伝統芸能」そのもので、やくざ映画というより人情劇・世話物の印象である。
荒木道子の盲いた母と高倉健…生さぬ仲の母子の交情。
主筋の高倉をかばおうと敢えて人前で殴って見せる板前の池部良(安宅の関の弁慶である)。
優男だけにどこか「遊び人」らしい色気を漂わせた池部が、
流れ者が先代の主に拾われ堅気として暮らした十数年の恩義に報いようと死地に赴く。
止める高倉に「これが男の花道です」といいながらドスの封印を切って「ご一緒させていただきます」。
いい芝居だね、見せ場だね。
大向こうから声がかかりそうだ。
そして、殴り込みに行く高倉を止めたい気持をぐっと堪えて、
「死なないで。そして、これからは私だけのための義理と情に生きて」と見送る藤純子の芸者。
泣かせるね(この頃の藤純子は、まさに零れんばかりに美しい)。
…ここには新しいものはなにひとつとしてない。
だがマキノ雅弘の熟達した腕で古い世界の情緒をたっぷりと見せてくれれば、他には何もいらない。
スクリーンに展開するいたって古風なドラマを見つめながら、心地よい酔いに身を委ねるだけだ。
日本人でよかった、ね。

こんな映画をみた夜は、古くて静かな酒場で盃を傾けたくなる(もちろん日本酒でなければならない)。
最近、近所に格好の店を見つけた。
「播州」といい、70歳前後の主と姉弟、親子三人でやっている小さな店だ。
播州
まるで骨董品みたいな雰囲気が好ましい。
戦後すぐからある建物で、いまの主が経営するようになってから既に45年たつという。
なんでも晩年の井伏鱒二(荻窪在住で著書に「荻窪風土記」がある)も通ってきたらしい。
三十代の息子が作る料理は洒落すぎず、それでいて味は一工夫あって旨く、値段も高くない。
荻窪駅のそばの中央線の線路沿いにあるのだが、
通勤路から外れているので長いあいだ気がつかずにいた店だ。
温燗の酒を嘗めながら(こういう店では、やっぱり冷より温燗がいい)、
細魚の刺身、鯛の刺身の荏胡麻あえ、蛸の子を炊き込んだものなどをつまんだ。
…日本人でよかった、ね。
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定食屋って、いいな。

我が家から荻窪駅に向かう途中に「ゆず」という定食屋がある。
安くて美味いので、昼めし時にはいつも満席になる。
四年前に荻窪に越してきて、すぐにこの店を知り(なにせ通勤路に面しているのだ)、通うようになった。
寡黙な主の料理の腕はなかなかのもので、特に揚げ物が旨い。
火の通し加減が絶妙なのだろう、ふっくら、さくさくとしていて、しかもジューシ−だ。
あとご飯の旨さも驚くべきもので、
特別な米を使っているとは思えないが、炊き方なのだろう、ふっくらとして艶があり、絶品である。

文句のつけようのない店なのだが、ひとつ困ったことがある。
ぼくは毎晩酒を飲むのだが、揚げ物を肴に酒を飲むのは好まないのである。
酒を飲んでいるときは、もっとあっさりしたものが欲しくなる。
しかも、酒を飲んだときには米(ご飯)を食べない。
これでは「ゆず」に通う意味がない。
そんなわけで、いい店だとは思いながら、次第に足が遠のいていった。

きょうは仕事に出るのを午後からにしたので、久しぶりに「ゆず」に入って昼食をとった。
ぼくが行かなくなっていたあいだに新聞や週刊誌で何度も取り上げられたらしい。
なんでも数学者の秋山仁のお気に入りの店だそうで、
B級グルメの「定食の名店」として、ちょっとは知られた存在になったようだ。
値段は50円ほど上がったが、職人肌の主は相変わらず黙々と料理を作り、そして旨い。
ぼくはカキフライ定食(野菜サラダがついて980円)を食べたが、
変わらず見事な揚げ具合で、記憶していた以上に美味しかった。
近所にこういう店があるのは、しみじみ幸せである。
もし酒の飲めないカラダになったら、そのときはこの店に通い詰めようと、しょうもないことを考えた。
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玉ゐのあなごちらし

慌ただしい日々が過ぎていく。
きのう番組の収録を終えて、きょうは北海道の羅臼に飛んだ。
富士
関東平野はよく晴れていて、北風にスモッグが吹き飛ばされたのか、空気に透明感がある。
中標津空港行のANAの機内で、買ってきた弁当を開いて昼食をとる。
ぼくは駅弁、空弁の類を好んで食べることが多いのだが、
(忙しくて落ち着いて昼食をとれないためもある)
最近とても気に入っているのが、羽田空港で売っている「あなごちらし寿司」だ。
あなごちらし
日本橋の「玉ゐ」という穴子専門店で作っているものらしい。
「玉ゐ」がどんな店かは知らないが(如何にも老舗っぽい名前だ…)、
穴子がとろけるように柔らかく煮てあって、美味しい。
酢飯や錦糸卵、煮椎茸の具合もほどよく、なぜか入っている合鴨のパストラミも旨い。
東京駅の「深川めし」と並んで、東京で買うならこの弁当がいい。

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いちべえ

台本(リポート部分)を書き終えたので気分的には一段落。
かみさんもここのところ仕事が大忙しだったので、示し合わせて一緒に飲みに行くことにした。
(といっても、かみさんはほとんど飲まないのだが。)

店は荻窪駅西口の居酒屋「いちべえ」。
いちべえ
ぼくの知る限り、日本酒の品揃えは天下一品、空前絶後。
たぶん百種類ではきかないくらいの地酒を置いているのだろう、
メニューに目を通すたびに気が遠くなる。
そして、もちろん、純米を中心にいい酒が多い。
きょうは栃木の「四季の花」、奈良の「風の森」、それに「裏雅山流」などを飲んだ。
「雅山流」については以前書いたが、山形の酒で、ぼくの最近の注目株。
しかし「裏」ってなんだ?…なんだか「裏柳生」みたいで危険な匂いがする(笑)。

二人で飲み食いすると一万円ほどかかるのでそれほど安い店とは云えないが、
写真で判る通り、居酒屋らしいたたずまいも最高である。
こういう店が近所にあるのは幸せだと思う。
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駅弁の日々

昨年来、強行軍で連日長距離を移動する出張が続いている。
乗り継ぎなどで落ち着いて昼めしを食べられないこともしばしばで、
駅弁を買ってすませることが少なくない。

8日の昼食は新大阪駅の「福ふく弁当」(
1100円)。
福ふく
大阪は「1888年創業」だという「水了軒」があり、駅弁のおいしいところだ。
「八角弁当」や「御堂筋弁当」がぼくの定番だが、
新発売だという「福ふく弁当」を買ってみた。
大阪の「福」はすなわち「河豚」のことであり、
この弁当にも骨ばかりで食べるところの少ないフグの唐揚げなどが入っていた。
炊き込みごはんはおいしいが、定番を脅かすには至らないようだ。

きょう(9日)は福知山線・篠山口駅の「幕の内弁当」(920円)。
幕の内
なんというかまぁ、あまりに平々凡々たる幕の内で、
丹波なんだから黒豆くらい使えよ、といいたくなる。

駅弁には旅情を感じさせるものがあってぼくは好きなのだが、
連日ではちょっとつらく、たまには落ち着いて食事をしたくなる。
それに、お茶とあわせれば1000円以上かかるので、意外と高くつくのだ。


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久しぶりの伊豆

今年の潜り初めは伊豆海洋公園。
伊豆に潜るのは一昨年の12月以来である。
去年は東京以南の海には潜らなかったので、暖かく、明るい海は本当に久しぶりだ。
水温は底でも16℃、羅臼の9月(一年で一番水温が高い季節)並みである。
ニシキウミウシ
…海は極彩色の世界だった。
ぼくの潜った「ブリマチの根」というポイントは
ソフトコーラルのお花畑が大変きれいなところだが、
そのなかにこれまたド派手なニシキウミウシがいたので、
なんというか…絵の具を一面にぶちまけたような世界である。
アオウミガメ
このポイントにはアオウミガメも棲みついていて、
ひと眠りしていたのだろう、
気がつくと目の前に人間たちがいるので「あれま…」という顔をしていた(笑)。

夜は伊東に泊まって、
この街に泊まるときにはいつも行く「かっぽれ」という居酒屋で一杯やる。
この店は伊豆の地魚を揃えていて何を食べてもおいしいのだが、
お目当ては最後に食べる「まご茶漬け」である。
まご茶漬け
これは伊豆の郷土料理で、
小鯵を薬味とともに叩いたものを醤油で味付けして飯のうえにのせる。
それに出し汁をかけて、(これも伊豆の名物である)本山葵と海苔を添えて食べる。
鯵の旨味に加えて、山葵と海苔の風味が利いて絶妙、何杯でも食べたくなる。
…伊豆の海を目と舌で満喫した一日だった。
明日もう一日潜って、東京に帰るつもりでいる。
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寿司と「剣菱」

午前中のANAで釧路から帰ってきて、
午後は年明けの取材の約束を取りつけたり、伝票を処理したり。
これで、ぼくの今年の仕事はおしまいである。

うちの会社では、最近、
出張旅費や必要経費をいったん自分で立て替えて支払い、
事後に伝票を切って請求するシステムになった。
すぐに出してくれるならまだしも、実際には金が戻ってくるまで10〜20日もかかる。
出張が多いぼくなど、40万円ほど自腹を切ったままで年を越すことになった。
…はっきり云って、これはたまりません。
そのうち、サラ金に行って取材費用を調達するハメになるんじゃないか。

仕事を終えて床屋に行く(髪を短く切り、染めてもらう)。
先日数えてみたら、今年は133日ものあいだ出張に出ていた。
忙しい一年で、「ようやく仕事が終わった」と思ったとたんに疲れを感じた。
一年の最後だから贅沢をしようと、下北沢の「小笹寿司」に行った。

ぼくはこの店にもう20年以上、先代の親方の時代から通っている。
20年も通うと、自分の食べ方のルールが固まってくる。
まず酒を人肌でお銚子2本、刺身やアナゴのきじ焼きを肴にちびちび飲る。
ビールは魚の味を変えるので飲まない。
握ってもらうのはコハダから始めて、次はアジ。
最後はやっぱりコハダで締める、など…。
今夜もいつものやり方で飲み、いまさらながら「この酒はいいなあ…」と思う。
この店の酒は「剣菱」である。昔から変わらない。
酒好きのぼくは、普段は地酒の純米を好むのだが、この店では「剣菱」がいい。
ぬるく燗をつけた「剣菱」は、決して出しゃばらず、魚の味を引き立てるのである。
酒の個性が強過ぎると、せっかくの魚と喧嘩してしまう気がする。
主役はあくまで魚である。
その点、「剣菱」はほどのよさが絶妙で、
この店に似あう酒はやっぱりこれしかない、という気がしてくる。
一年の仕事を終えたという解放感も手伝って、
なぜ「剣菱」を使い続けるのか、主の西川さんに訊いてみた。
西川さんは、先代の親方・岡田周蔵さんのこだわりだったという。

「酒屋さんが『もっと旨い酒がありますよ』と奨めても、
 おやじさんは『俺はこれでいいんだ』といっていましたね」

如何にも頑固そうだった岡田さんの顔を懐かしく思い出しながら、飲んだ…
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中標津「松乃井」の蕎麦

きのうは後輩の番組の試写を見るため東京に帰ってきて、
きょうはまた北海道にとんぼ返り。
一日一便のANAに乗って根室中標津空港へ。
昼食は中標津の町の蕎麦屋でとった。

北海道は蕎麦の旨いところである。
(たぶん日本一の生産地でもあるはずだ。)
釧路の「玉川庵」、平取の「藤蕎麦」…旨い蕎麦屋は枚挙に暇がない。
そのなかで、中標津の蕎麦屋「松乃井」は、
久しぶりに「大当たり〜!」と鐘を鳴らしたくなる蕎麦屋だった。
蕎麦
香りがよく、麺は腰の強さと喉ごしの良さをあわせ持つ。
カツオの利いたつゆも旨い。
夫婦二人でやっているちいさな店で、
聞けば、今年の6月に開店したばかりだという。

東京も蕎麦の旨い土地柄で、
ぼくが住む荻窪界隈にもガイドブックなどで知られた「名店」が多い。
しかし、どうもそういうところは「敷居が高い」。
わんこそばに毛が生えたくらいの量で、一枚千円ちかく取られたりする。
蕎麦は本来大衆的な食べ物だと思っているぼくには、そこが気に食わない。

その点、「松乃井」の蕎麦は値段も良心的である。
もりそばが600円、大もりで800円。
あまり美味しかったので、大もりにもりをもう一枚追加して、
ぼくはとてもシアワセな気分になれた。
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BARの「人間国宝」

今夜は滝川泊まり。
この町に泊まるのは、たぶん27年ぶりである。
当時のぼくは駆け出しのディレクターで、
高校野球北北海道大会の決勝を中継するためにこの町に来ていた。
27年ぶりとあっては街のたたずまいに記憶があるはずもなく、
しばらく繁華街をほっつき歩いて焼鳥を肴に一杯やった後、
「ブラジル」という名のショット・バーに入った。

バーに入って驚いたのは
赤いチョッキを着込んだマスターのお年を召していることで、
聞けば昭和3年生まれとのこと。
ぼくの父親よりひとつ年上で、来年80才…これで現役というのが凄い。
戦後まもなく店を開いたそうで、
それから60年ものあいだ洋酒一筋、シェーカーを振るってきたことになる。
これはもうバーの「人間国宝」みたいなものである。
常連客らしい男性から
「このあいだの葡萄のカクテル、美味しかったから飲ませて」とリクエストされて、
レシピが思い出せないらしく、
はて、なんだったろう?…としきりに首を捻っているなど、なかなか愛嬌がある。

この日、ぼくは、
ニコラシカから始めて、ラフロイグ15年、アドベック、ギムレットと飲んだが、
二杯目くらいのとき、
「人間国宝」氏からいきなり「神経労働の方ですか?」と訊かれた。
え?…と怪訝な顔をしていると、

「お酒の飲み方でわかります。お医者さんなどもそういう飲み方をなさいます」

もちろんぼくは医者ではないのだが、
確かに、強い酒を飲んで、昂ぶった神経を鎮めようというところがある。
医師の知人も多く、
医療現場の取材を続けているので、なんとなく臭いが似てきたのかもしれない。

「肉体労働の方ってお酒が強そうに見えますが意外にそうでもないんですよ。
 一番強いのは神経を傷めながら労働をしている方です」

さすがに「人間国宝」、
バーカウンターの内側から多くの客を見てきたのだろう、言葉に説得力がある。
ちょっと感心しながら飲んでいると、
「体にお気を付けにならないとダメですよ」と、
ちいさなグラスに一杯、「ウニクム」という酒を御馳走してくれた。
ハンガリーの酒で、薬草が入っている。彼の地の養命酒のようなものらしい。

いまは息子さん(47才)がメインのバーテンダーの座を引き継いでいて、
「人間国宝」氏は23時になると一足先に引き揚げるのだという。
「私はこれで失礼します」と挨拶されたのを潮にぼくも腰を上げることにした。
雪道をホテルまで帰りながら、なんだかとても暖かい心もちがした。


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冬の釧路で魚三昧

きのう日高町(旧日高)での取材を終え、
きょうは町営バスで占冠、そこで特急に乗り継いで釧路に帰ってきた。
空知も上川、日高も既に深い雪に覆われていたが、釧路には雪が全くない。
釧路残照
さっそく、駅前の和商市場で夕食の食材を買い込む。
「丸栄田村商店」で氷下魚(コマイ)の生干し、一袋10本くらい入って350円。
氷下魚はその名の通り冬が旬で、この季節の生干しは実に旨い。
なかでも風蓮湖産が最高で、食べ物が違うのか独特の風味がある。
「うおせん」で秋刀魚のいずしとヒラメの昆布〆。
「いずし」とはご飯と魚、野菜、麹を一緒に漬け込んで作るなれずしの一種で、
「うおせん」には、鰰や紅鮭のいずしもあってそれぞれに旨い。
「龍神商店」ではさえずりのベーコンと殻つきの生牡蛎を買う。
「さえずり」とは鯨の舌のことで、
これをコトコトと煮込んだおでんは、
大阪はミナミの老舗おでん屋「たこ梅」の名物である。
絶品だが、いま食べると目玉が飛び出るだろう。
(ぼくが食べたのは20年以上前で、その当時でも高かった。)
ベーコンは大西洋産の鯨を原料にした龍神商店の自家製らしい。
さえずり
この一塊で1000円。
ぼくの嗜好から云えば脂っぽすぎるが、
滅多に食べられない珍味であるには違いない。
牡蛎は厚岸産で、大ぶりなものがひとつ136円。
3ヶ買って帰って、我が家には殻剥きが常備してあるので、こじ開けて食べた。
全部で3500円ほどの買い物で、今夜一晩では食べきれない量だった。

夜になるとちらほら雪が舞い始めて、夜半過ぎには釧路も銀世界になった。
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秋刀魚のヌタ

台風が来ているというのに酔狂に潜りにきた。
宮城県南三陸町志津川。
定宿の「潮風」は、以前にも書いたが、食事が大変おいしい。
今夜は秋らしく、秋刀魚の酢味噌和えが出た。
M0010293
当地では「秋刀魚のヌタ」と呼ぶのだという。
秋刀魚は大好きな魚で、焼いてよし、刺身でよし。
刺身の場合、ぼくは、
ネギの白いところを細かく刻んだのをのせて一味トウガラシをかけ、醤油で食べる。
秋刀魚の水揚げ港・根室で教えてもらった食べ方だが、
この三陸風の「ヌタ」も酒の肴としてなかなかいい。

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雅山流

北海道から帰ってきたばかりで、すぐ買い物にでた。
今夜、わが家に親戚が集まることになっているので、
気の利いた日本酒を求めに出たのである(ぼくは日本酒にはちとウルサイ)。

家から歩いて15分ほどの阿佐谷パールセンター商店街。
パールセンター
ここは活気のあるとてもいい商店街で、
特に酒は「みつや」というとても充実したラインアップを揃えた店がある。
ところが、きょうは残念ながら「みつや」はお休み。
ついてないなあ、いっそ浜田山の「伊勢屋」まで行くかなあ、
…なんぞ考えながら歩いていると小さな酒屋発見。
ダメ元で入ってみると山形の「雅山流」という酒があった。

山形はたぶんいま日本で一、二を争う旨い酒の産地で、
いささか有名になり過ぎた感のある「出羽桜」をはじめ、
人気と実力を兼ね備えた「十四代」、
それに「上喜元」「東北泉」「初孫」「くどき上手」…旨い酒が目白押しだ。
「雅山流」とは聞いたことのない酒だが、買って帰って飲んでみると…これが美味。
上品な苦味が利いていて、旨味が充分にも関わらず、切れがいい。
爽やかなふくらみがあって…なんともぼく好みの酒である。

いま、日本酒の質の向上には目を瞠るものがある。
特に第一次地酒ブーム、
(「越の寒梅」が口火を切って「天狗舞」「菊姫」「出羽桜」…)
第二次地酒ブーム、
(「十四代」「醸し人九平次」から「飛露喜」「豊盃」あたりまで)
に乗り遅れた地方の無名の蔵がどんどん旨い酒を造り始めている。
なかでも蔵元の若い後継者が杜氏を兼ねて醸すニューウェーブの日本酒が注目株で、
三重の「而今」あたりと並んで、
この「雅山流」も、これからどんな酒を造ってくれるのか愉しみな蔵である。

日本酒好きには堪えられない話だなあ…。
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肴は炙った烏賊でいい…

歌の文句ではないけれど、イカが好きだ。
北海道で、夏から秋にかけて獲れるスルメイカ。
市場では値の安いサカナだが、鮮度さえよければ堪えられないほどに旨い。

おとつい、きのうと羅臼の海に潜った。
羅臼はちょうどイカ漁の最盛期で、
いわゆる漁火銀座…夜中まで沖が煌々と明るい。
きのう、潜り終わって、ガイドの関勝則さんのお宅で休んでいると、
顔見知りらしい漁師さんが樽にいっぱいの獲れたてのイカを差し入れに来た。
これ幸いと、さっそくイカ刺のご相伴に与る。
ぼくは「鮮度信仰」をもたないので、生簀料理の類は好まない。
刺身は、締めてしばらく時間をおいた方が旨味が出ていい。
しかし、イカだけは新鮮な、生きているものに限る。
まだ生きているイカをさばくと、
身がシラウオと見紛うほどに透明で、
シャキシャキと歯応えがあって、
ほんのりと上品な甘みとともに得も言われぬ清涼感がある。
これほどに旨いサカナはそうはない。
日本酒はもちろん、魚介類には珍しくビールにあうのが嬉しい。
もちろん、焼酎でもいい。

今日は土産物を求めるために釧路の和商市場を訪れた。
サバやツボダイの一夜干しを買い求めたのだが、
ふとみると、釧路で揚がったイカをその店で一夜干しにした、一枚250円也。
嬉しくて、買って帰って晩飯で炙って食べた。
酒は木曾の銘酒「七笑」純米。
イカの一夜干しは生姜醤油でも旨いのだが、
生姜を切らしていたためにマヨネーズで食べた。
それでも文句なしに旨い。

♫ 肴は炙った烏賊がいい…

酒飲みは、元手をかけずともシアワセになれるのがいい。
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のんだくれの日々、再び…

きょう秋期健康診断を終えたので、
休肝月間は11日にて打ち切り、元の木阿弥でまた酒だぁ。
最初の一杯は、もちろんヱビスビール!
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小笹寿司

昨日ナレーション(寺田農さんにお願いした)を録り終えて、仕事が一段落した。
きょうは給料日で、
かみさんも仕事が早めに終わったこともあって、
一緒に下北沢の「小笹寿司でちょっと贅沢な夕食を愉しんだ。
「小笹寿司」にはもう20年以上通っている。
神田の「笹鮨」と並んでぼくが最も好きな寿司屋である。
(「笹」が好きだからといって、パンダの親戚というわけではない。)
最近は仕事が忙しかったので(金もなかったし…)、
この店に来るのは何ヶ月ぶりになるだろうか。
かみさんと一緒に来たのは一年ぶりではきかないはずである。
江戸前の、まだ少女の匂いのする(?)小鰭など、抜群に旨かった。

思えば、いまのかみさんと初めてデートをしたのもこの店である。
(こう書いたからといって、「前のかみさん」がいるわけではない。)
まだ先代(岡田周蔵さん)の時代であり、
店の場所もいまとは500mほど離れた茶沢通り沿いだった。
店に入った途端、
ぼくは「女に寿司の味がわかってたまるか」とちょっと後悔して、
不機嫌になった。
かみさんはそれを敏感に感じとって、
「二度とこんな男と食事なんかするもんか」と思っていたらしい(笑)。
それが結局こーゆーことになった。
思えば人生はワカラナイ、のである。
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甘口辛口

天沼八幡通りの蕎麦屋「ら志久庵」で一杯やる。
蕎麦が旨いのはもちろんだが、酒も肴もいいので気に入っている店だ。
この店で滅法旨い日本酒と出会った。
静岡県掛川市の地酒「開運」の純米無濾過生酒。
「開運純米」なら何度も飲んだが、この無濾過は別格。
どっしりしたコクと微炭酸の爽やかさをあわせ持った酒である。

よく辛口の酒、甘口の酒などという言葉を使う。
なんとなく辛口の酒の方を上にみる風潮があるようだが、
もともと「辛口の日本酒」などというものはない。
米を原料にしているためかどうかは知らないが、日本酒は本来「甘い」ものである。
日本酒を「辛口」にするのは簡単で、醸造用アルコールの添加量を増やせばよい。
なかには醸造用アルコールを使わずに「超辛口」を実現した純米酒もあるが、
わざわざ苦労をして「日本酒本来の旨味を殺した」としか思えないものである。
酒造業界ではイメージの悪い「甘口」を「旨口」と言い換える動きもあるようだが、
日本酒を評価する基準は甘口・辛口ではなく、「甘みの質」であるべきだと思う。
甘みがきれいで後味がすっきりしているのが旨い酒で、
甘みがくどく、べたつくのは不味い酒だ。

ぼくがいままでに飲んだ日本酒の最高峰は、
愛媛県の「千代の亀」という小さな蔵が造った純米大吟醸である。
微かな炭酸がさわやかで、軽い刺激の後から上品な甘みが舌の上に拡がる。
甘みの奥には僅かな苦味があって、それがほどよいアクセントになっている。
特筆すべきはその後味で、鮮烈な印象だけを残してすっと消える。
旨味は充分あるのに、潔く、儚いほどに切れがいい酒だ。
松江の「佐平次」という居酒屋で飲ませてもらったのだが、
この酒と出会ったことによって、ぼくの日本酒観は根底から変わった。
もっとも、引退した水沼さんという杜氏が醸した酒なので、
いまはもう手に入れる術がない「幻の酒」になってしまったのだが。

最近飲んだ酒のなかで特に旨いと思ったのは、
前に書いた「開運」と、もうひとつ三重県名張市の酒「而今」である。
「而今」も甘みが上品で、旨味と切れのいい軽やかさを両立させた酒だ。
まだ三十代の社長が杜氏も兼ねているらしいが、今後に期待できそうな蔵である。
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鮎寿司の季節

嫌なことが続いて気分がくさくさしているのだが、
一応ボーナスも出たことだし、
気分転換に、仕事が終わったかみさんと合流して神田で寿司を喰った。
「神田笹鮨」…いぶし銀のような江戸前の寿司屋である。
毎年、6月4日(鮎釣りが好きだった先代の命日)をはさむ一週間ほど、
「笹鮨」では鮎の姿寿司を供する。
鮎寿司
実は、鮎寿司はとりたてて旨いものではない。
「笹鮨」は昔風に深く〆た光りものが渋くていいのだが、
今夜で云えば、
カイワリ(カイワリを酢で〆て食べさせる寿司屋は他に知らない)や、
鱚の方が食べては美味しい。
だが、鮎寿司には独特の美しさがあり、
その美しいものを一瞬にして食べてしまう儚さに惹かれて、毎年食べに来る。
上の写真はかみさんに出されたもの。
目つきの悪い鮎
ぼくの方には、
ずいぶん目つきの悪い、喧嘩を売っているような顔の鮎が出た(笑)。
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タイ・フェスティバル

すっかり海で遊んでしまい、
やっておきたい仕事が残っていたので午後から出勤。
すると、原宿の駅を下りた途端に人の波に巻き込まれた。
なんだろう、と思いきや…
タイ・フェスティヴァル
毎年恒例のタイ・フェスティバルである。
3年前に家族で訪れて愉しかったので、かみさんに電話をすると出てくるという。
夕方、仕事を終えたところで、かみさん&息子と合流。
トムヤンクン・ラーメン(米麺のように思えるが…)など、
代々木公園の人ごみのなかで、
地面に敷いた段ボールのうえに座り込んでホームレス気分の夕食(笑)。
食後はマンゴーやマンゴスチン、ドラゴンフルーツなど買い込んでかぶりつく。
ドリアン
よく熟れたドリアン…美味しゅうございました。
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民宿「潮風」の夕食が凄い!

海に潜りに行くときの愉しみのひとつは「宿の夕食」である。
海だから、当然、魚が出る。
地魚を肴に地酒を飲むのが、潜りに行く「もうひとつの目的」なのだ。
…志津川湾に潜る時は、地元(津ノ宮)の民宿「潮風」に泊まる。
もし「潮風」が空いていなければ潜りには行かないんだもんね、
というくらい愉しみにしている。
部屋もおねえさんもなかなかきれいでいい(笑)が、
なんといってもめしが旨い。
夕食
これは昨夜の夕食。鍋はどんこ(エゾイソアイナメ)鍋だ。
身のたっぷりと厚い海鞘(ホヤ)の刺身が酒飲みには堪えられない。

生シラスを酢味噌で和えたのを初めて食べた(カツオのたたきの隣の青い小鉢)。
以前、この宿でサンマの刺身の酢みそ和えを食べて美味しかったが、
この地方は魚介類を酢味噌で和えて食べる風習があるのかもしれない。
実は、この写真を撮った後に、
クロソイの刺身(これが旨かった!)とメカブそば、茶碗蒸しが出た。
(そしてもちろん味噌汁とご飯…ご飯は食べきれないのでキャンセルした。)
これで一泊6800円というのは、感涙にむせぶしかない。
ちなみに酒は隣町・登米市の「澤の泉」本醸造生酒である。
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水なす礼賛

水なす
泉州直送の水なす…美味しゅうございました。
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