Cinema

イーストウッドに脱帽

クリント・イーストウッドの新作「チェンジリング」を観た(新宿ピカデリー・夫婦50割引)。
1920年代のロサンゼルスを舞台に、猟奇殺人事件と警察の腐敗を描いたものだ(実話)。
ある種の「母もの」とも呼べるストーリーで、妻はそこに共感したようだが、
社会や人間性の“暗黒”を見つめるイーストウッドの眼差しに甘さは微塵もない。
無駄をぎりぎりまで削ぎ落とした硬質なタッチは、いつものイーストウッドである。

ぼくは、
こうした劇映画も、
自分の仕事であるテレビのノンフィクション(ドキュメンタリー)も実は同じで、
映像の「質」は人間の存在感を丸ごとに掴み取っているかどうかで決まると考えている。
下手なノンフィクション番組においては登場人物は社会現象を説明するためにだけ登場してくるし、
凡百の映画では、善玉は善玉、悪玉はあくまで悪玉で、
ストーリーのなかで与えられた一定の役割のみを忠実に果たすことになる。
本来が多義的なメディアである「映像」においては、
そうした単純な役割性をはみ出した生々しさをどう掬い取っていくかが勝負なのである。
その意味でイーストウッドは実に見事であり、
彼が描く人物像は、いつも物語の都合を超えた確かな実在として「そこにいる」。
だからこそイーストウッドは、
ついに真相を語らないまま死んでいく殺人犯の姿を、
絞首刑の最後の痙攣の瞬間まで冷徹に凝視したのだろう。

それにしても、
「ミスティックリバー」('03)以降のイーストウッド作品には、
一本の凡作もないのはもちろんのこと、「佳作」や「秀作」さえない。
「ミリオンダラー・ベイビー」「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」「チェンジリング」…
この間に生み出した作品のすべてが「第一級の傑作」として映画史に記憶されることになるだろう。
1930年生まれのイーストウッドは今年で79才になる。
過去多くの「巨匠」たちが衰え、あるいは枯れた小品でお茶を濁していただろう年齢で、
これだけの質の作品を連打する、それでいて呆れるほど多作なのだから驚嘆するしかない。
なにせ、4月には、
早くも最新作で主演を兼ねた「グラン・トリノ」が日本で封切られるのだから、凄い。
マカロニ・ウェスタンの薄汚れたヒーローから出発したイーストウッドは、
いまや世界最高峰に屹立する映像作家であり、敬意を持って「現代の巨人」と呼ぶべき存在である。
|

けんかえれじい

神保町シアターで鈴木清順の「けんかえれじい」('66)を観た。
この映画を観るのは、いったい何度目になるのだろう?
我が家にはDVDがあるし、釧路の家には衛星放送から録画したVHSテープがある。
それでも、スクリーンにかかると聞けば、矢も盾もたまらずに観に行ってしまう。
数十年にわたって何千本の映画をみてきたぼくだが、
「けんかえれじい」は、
そのなかで「最も優れた映画」ではないにせよ、「一番好きな映画」であることは間違いない。

物語は昭和十年代、
旧制中学の学生である南部麒六(高橋英樹)を主人公に
備前岡山から会津若松に転戦しての喧嘩修業の明け暮れを描く。
戦争に向かって暮れなずんでいく時代の青春像を、情感と大らかなユーモアたっぷりに描いた映画だ。
女などには見向きもしないという「硬派」を気取りながら、
その実、抑えがたい性欲に悶々とする高橋英樹の情けない表情に、
大笑いしながら…男なら誰しも身に覚えがあることだけに…涙が出るほど共感する。
脚本は新藤兼人だが、鈴木清順は麒六が北一輝と出会う件を付け加えるなど、大幅な改変を加えたらしい。
2.26事件勃発の報に触れて麒六が東京に向かって旅立つ幕切れは、
唐突といえば唐突、なんとも尻切れトンボで、最初観たとき(学生時代)にはびっくりした。
しかし、時代に押し流されていく青春の切迫した情感を描いて予定調和に陥らなかったことが、
この映画をいつまでも忘れられない、神話的な存在にまで高めているのだと、いまにしてそう思う。
ついに映画化されることのなかった続編では、麒六は兵隊となって大陸に渡り、そこで死ぬ。

主人公の憧れであるヒロイン・道子に扮した浅野順子が清楚、可憐で、
山本直純が書いたピアノの美しいテーマ曲とともに、忘れられない印象を残す。
タイトルに「浅野順子(クラウン)」と出るところをみると、当時の本業は歌手だったのだろう。
歌手としても女優としてもそれほどの成功はしなかったようで、
日本映画のデータベースで出演作をみると、
この「けんかえれじい」の他には、2002年になって「17才」という映画に出ているだけである。
テレビのクイズ番組で大橋巨泉のアシスタントを務め、
「アゴねえちゃん」(確かにちょっとだけアゴがしゃくれている)と呼ばれていた姿を記憶しているが、
あろうことか、14歳違い(しかも再婚)の巨泉と結婚をして芸能界から消えてしまった。
しかし、この「けんかえれじい」一本に出演したことで、
いまなお、浅野順子はぼくにとって永遠のヒロイン、「日本映画史上最高の女優」なのである。
|

「幸福の黄色いハンカチ」は北海道の墓碑銘である。

11月22日は、語呂合わせで「いい夫婦の日」なのだという。
ぼくも渋谷でかみさんと「デート」。
かみさんの洋服を選び、映画のDVDを買い、二人で宮崎地鶏を食べた。
帰宅して、高校生の息子に食事をさせ、買ってきたばかりのDVDをみる。
山田洋次の「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」('77)。
ぼくは大学時代に封切りで観ているが、それ以来30年ぶり。
この映画に記録されているはずの、かつての夕張の姿を見たくなったのである。
考えてみると、この映画は夫婦愛をテーマにしたもので、「いい夫婦の日」にふさわしい。

映画は失恋した武田鉄矢がフェリー「まりも」で釧路にやって来るところから始まる。
当時建設中の釧路西港の風景がちらっと映るが、驚いたのは釧路の街が賑やかなことである。
たくさんの人が歩いていて、街には活気が溢れている。
現在は、形容矛盾のようだが「いたって閑散とした繁華街」なので、今昔の感を拭えない。
この映画が作られた1977年と云えば、日本が2百カイリの漁業専管水域を宣言した年である。
各国による漁業資源の囲い込みが行われ、北洋漁業の衰退がすでに始まっているのだが、
釧路はまだ漁業基地としての隆盛を失っていなかったのである。
(ぼくが駆け出しのTVディレクターとして着任した2年後には、少し淋しくなり始めていた。)

赤いマツダを駆る武田鉄矢は、網走で桃井かおり、刑務所を出所してきた高倉健と出会い、
阿寒湖温泉(浴場のシーンはお湯が白濁しているところからみて阿寒ではない)、
陸別、帯広、新得、岩見沢を経て、高倉健がかつて倍賞千恵子と暮らしていた夕張に向かう。
東から西へ北海道をほぼ横断するロードムービーで、三人の目に映る早春の北海道の風景が印象的だ。
そして、たどり着いた夕張…!
いまの夕張しか知らないぼくの目には、
商店が軒を並べ買い物客でごった返すかつての夕張は、
何処と判る町並みが出てくるにも関わらず、まるで見知らぬ町のようだ。
酔った高倉健がちんぴらを叩きのめして殺してしまう場所は、
ぼくが夕張にいるとき毎晩のように飲んでいるところのすぐ傍で、どこで撮ったのかすぐ判った。
夕張
この写真で「日本侠客伝 浪花篇」の看板がある右側、
隣の家とのあいだにある細い階段(青い屋根がかけてある)が“殺人現場”として使われている場所だ。
意識してのことかどうかは知らないが、
「日本侠客伝」と「新網走番外地」、すぐそばに高倉健主演の映画の看板が二枚飾ってあるのが面白い。
この階段を上ったところが本町の飲み屋通りで、
いまは火が消えたような場所だが、当時はネオンが眩いそれなりの歓楽街だったわけだ。
(酔って歩く高倉健の背景に「グレース」など現在もある店のネオンがちらっと写る。)

北洋漁業が衰退し、炭坑も壊滅して、北海道は寂れた。
この映画が記録したのは、貧しいながらに元気だった時代の終わりの北海道である。
映画には、作家が意識しているかどうかに関わらず、
ある時代、ある土地の空気感を写し取ってしまう属性がある。
「幸福の黄色いハンカチ」は、
山田洋次が結果としてスクリーンに彫り込むことになった、北海道の墓碑銘である。
|

シドニー・ルメット「その土曜日、7時58分」

2週間ぶりに東京に帰ってきて、渇きを癒すように映画を観に行く。
北海道で仕事をして、東京にいるときにはほぼ毎日映画を観るのが最近のぼくの生活だ。
きょうは恵比寿ガーデンプレイス・シネマでシドニー・ルメットの「その土曜日、7時58分」を観る。
SDIM0363
ぼくはガーデンプレイスのような人工的な街は好きではない。
できれば近づきたくないところなのだが、いい映画をかけているのでやむを得ない。

さて、シドニー・ルメットは今年84歳になるそうだ。
その歳でこれだけ「枯れない」映画を撮ってしまう体力にまず唸る。
ぼくが映画狂になった大きなきっかけのひとつが、
中学校時代にテレビでルメットの「十二人の怒れる男」('57)を見たことで、
1970年代には「セルピコ」「オリエント急行殺人事件」「狼たちの午後」「ネットワーク」と
彼の作品を立て続けに封切りで観ている。
それぞれいい映画なのだが、
何となくいまひとつのところで「抜けきれない」こじんまり感が拭えず、
シドニー・ルメットの存在は次第にぼくの関心の範囲から外れていった(それ以降あまり見ていない)。

今回の「その土曜日、7時58分」は、
金に困った兄弟があろうことか
○○の店に強盗に入ることを企むところから始まる物語である。
思わぬ手違いがあって、そこから登場人物たちは一気に破滅に向かって雪崩落ちていく。
ここで語られるのは「家族の崩壊」だが、
物語の展開とともに、実は既に(強盗事件以前に)崩壊していたことがわかってくる。
暗く陰惨な物語である。
コーエン兄弟の「ファーゴ」('96)とよく似ているが、後味は「ファーゴ」以上に暗く、救いがない。
この映画では時制は解体されており、
ストーリィは登場人物ごとに前後重複しながら語られるのだが難解さはない。
ルメットは元来「役者を活かす」ことに抜群の手腕を発揮する監督だが、
この作品でも、
フィリップ・シーモア・ホフマン、イーサン・ホーク、
それに老アルバート・フィニーといった地味だが強力なキャストが演技合戦の火花を散らす。
近ごろのアメリカ映画には珍しいほど凝縮度の高い作品である。
(「大人の映画」の作り手をイーストウッド、コーエン兄弟…と数えていくと、じきに詰まってしまう。)
シドニー・ルメットは、84歳にして生涯の最高傑作を撮ってしまったのかも知れない、とさえ思う。
|

無声映画「忠次旅日記」の衝撃

最近は古い日本映画ばかり観ている。
10月にみた映画は…
「からみ合い」(1962・小林正樹)、「しとやかな獣」(1962・川島雄三)、
「東京暮色」(1957・小津安二郎)、「早春」(1956・小津安二郎)、「王将」(1948・伊藤大輔)、
「彼奴を逃すな」(1956・鈴木英夫)、「春婦傳」(1965・鈴木清順)…
出張のあいまを縫ってよくもまァ観ているものだと思うが、
そのすべてが日本映画の旧作であることに我ながら驚く。
外国映画や新作に興味を失っているわけではないが、
見たい映画から優先順位を付けていくと自ずとこういうことになってしまう。
そして、きょうはその“極め付け”を観た。
伊藤大輔=大河内伝次郎の「忠次旅日記」…1927年(81年前だ!)に作られた無声映画である。

「忠次旅日記」は日本映画黎明期の名高い傑作だが、フィルムは現存していないといわれてきた。
それが広島県の民家で発見されたのが1991年、
ただし、それも完全ではなく、第二部「信州血笑篇」のごく一部と第三部「御用篇」の大部分である。
今回ぼくが観たのは、東京国立近代美術館フィルムセンターで欠落部分を字幕で補い修復したものである。
実は一昨日も観たのだが、
欠落が多くストーリィをたどり辛いのと「全く音がない」単調さもあって、
途中…主人公の国定忠次が造り酒屋の番頭に身をやつして、主の娘に惚れられるあたり…で寝てしまった。
しかし、捕り手に追われ、中風を病んだ忠次の落魄老残を描いた後半の迫力は凄まじく、
戸板に乗せられて横たわったまま、もはや刀を抜くことさえできない忠次の無残な姿が目に焼き付いた。
忠次を守ろうと銃を構えて寄り添う情婦・お品に扮するヴァンプ女優・伏見直江の眼光炯々として、
押し寄せる捕り手を前に忠次のいる土蔵の扉を開けさせまいとする子分・清水の岩鉄の悪戦苦闘ぶりを
土蔵の中から開いたり閉じたりする扉越しに捉えた長いカットが鮮烈である。
こうした表現を見ると、
映像の文法というものは80年前の無声映画の時代にすでに基本的に完成されていて、
昨今のSFXなどというものはいかさまの進歩でもない…
あるいは、ある意味で「退歩」ですらあることが身にしみて実感されてしまうのだ。
そして、それがぼくが古い映画ばかりを好んでみる理由でもあるのだろう。

「忠次旅日記」の映像は夢魔の如くぼくの脳裏にこびりついていて、
矢も盾もたまらず、もう一度フィルムセンターに出かけた。
今夜は澤登翠さんの「活弁」に柳下美恵さんのピアノ伴奏がつく豪華バージョン、
そのためもあってかフィルムセンターは満席札止めの盛況だった。
(ぼくは上映の30分以上前に着いたのだが、既に行列が建物の地下まで延びていた。)
少なくとも日本の無声映画は活弁との組み合わせによって真価を発揮することが納得できる出来で、
澤登女史の名調子が加わると映像がなおいっそうの光芒を放つ。
(欠落部分を耳で補うことができるので、ストーリィを追うことが格段に容易になった。)
何千本という映画を観てきたぼくだが、
今夜は「貴重」といって過言ではない映画的な体験をさせてもらった。
上映が終わったときには、
フィルムセンターがスタンディング・オベーションに近い雰囲気に包まれていましたね。

夕張の本間きくのさんの亡くなった御主人(活動写真の弁士だった)も、
かつての浅草で満員の観衆を前に「忠次旅日記」を語ったことがあるのかな…ふとそんなことを考えた。
|

小津安二郎 「東京暮色」が心に沁みた。

夕方、プロデューサーとの次回企画に関する打ち合わせもそこそこに会社を飛び出し、
神田神保町の「神保町シアター」に小津安二郎の「東京暮色」を観に行く。
この映画館は、日本映画の旧作(主として文芸作品)を連続して上映しているユニークな存在で、
客席に充分な傾斜があって画面が見やすく、
国立の「フィルムセンター」を除けば、ぼくがいま一番気に入っている「民間の映画館」である。

昭和31年(1956年)生まれのぼくは、
高度経済成長以前の日本を肌で知っている、おそらくは最後の世代だろう。
その所為だろうか、年齢とともに小津安二郎や成瀬巳喜男の映画がやたら心に沁みいるようになった。
小津は1963年、成瀬は1969年に亡くなっており、
その全盛期はともに1950年代…つまり、ぼくの生まれる前後である。
彼らの映画には、
作り手が意識するとしないに関わらず、
高度経済成長以前の街の佇まいや人々の気風が鮮明に焼き付けられている。
ぼくは彼らの映画を「時代の記録」として見ている部分があり、
同じ時代を描いていても「三丁目の夕日」のようにファッションにされてしまうのでのは堪らない。

ぼくらにとって小津や成瀬はむろん同時代の映画作家ではなく、作品は後で追っかけてみることになる。
広島や北海道など地方都市での生活が長かったぼくにとって、
東京在住の映画マニアとは違い、彼らの作品を観る機会は極めて限られていた。
(なにせ前後8年を暮らした釧路など、いまや「市内には一軒の映画館もない街」である。)
だから、好きだとは云いながら、見落としている作品の方が多い。
「東京暮色」('57)もきょう初めて観た。
もっとも、小津のDVDボックスを2箱持っているので開いてみると、「東京暮色」が入っている。
他には「東京物語」「お早よう」「秋刀魚の味」「彼岸花」「秋日和」(第一集)、
「晩春」「麦秋」「お茶漬けの味」「早春」(第二集)…なかなか錚々たるコレクションである。
しかし、買ったのはいいが、いままで一度も開いたことがない。
ファンとしては、小津の映画は「いつでも見たい」と思うからDVDを買う。
でも、どうせ見るなら映画館のスクリーンの方がいいに決まっているから、DVDは見ない。
「東京暮色」、あるいは明日みるつもりの「早春」も、DVDがあっても金を払って映画館に行く。
映画好き以外にはとうてい理解してもらえるとは思えない、一種の“気違い沙汰”である。

で、「東京暮色」だが、小津の作品のなかでは失敗作として評価されることが多いらしい。
あまり信頼は置けないとはいえ、その年のキネマ旬報のベストテンにもランクされてはいない。
翌年の「彼岸花」が3位に入っているのに…と、ちょっと怪訝にさえ思う。
だが、ぼくはこの映画が、しみじみと心に沁みた。
小津は(少なくとも戦後の小津は)、「日本の家族の崩壊」を描き続けていたと思う。
しかし、それはいつも、崩壊の予感のなかでかろうじてバランスを保っている家族の姿であった。
それがこの「東京暮色」では「既に壊れてしまった家族」が描かれている。
山田五十鈴の妻は夫の部下だった男と満州に逃げ、
残された男(笠智衆)は男手ひとつで二人の女の子を育て上げた。
姉娘(原節子)は既に結婚しているが夫との折り合いが悪く、幼い娘を連れて実家に帰ってきている。
妹(有馬稲子)は不良グループの仲間入りをしており(劇中「アプレ」と評される)、
無責任きわまりない男の子供を宿して中絶する(父親は最後までそのことを知らない)。
こうした崩れた人物設定は小津作品としては異例であり、ぼくにも戸惑いというか、違和感があった。
公開当時、評判が悪かったというのもなんとなく解る気がする。
しかし、いつもの小津調を崩すことなく、
決して絶叫することなく淡々と語られる崩壊のドラマは痛いほどに胸に沁みた。
とりわけ笠智衆の父親がいい。
いつも照れたような微笑を絶やさず、寡黙で…ということは、いつもの笠智衆なのだが…、
大陸で苦労した妻が東京に帰ってきて娘と再会したこと、限りなく自殺に近い次女の死など、
黙ってすべてを受け容れて、きょうも事務鞄をぶら下げて会社に通う。
かつての日本の男たちはこういうふうに生きてきたんだなあ…と、
自分の父、いやむしろ祖父たちの世代に、そこはかとない共感を抱きながら映画館を出た。
|

映画「終着駅」の面白さ

DVDでヴィットリオ・デ・シーカ監督の「終着駅」をみた。
1953年のアメリカ=イタリア合作。
つまり、ぼくが生まれる前に作られた映画である。
題名は高校生のときから知っていたが、見るのは今回が初めて。
メロドラマの類いを好まないぼくは、名作とは知りながらも、いままで触手が伸びなかったわけだ。
(今夜は、メロドラマ好きの妻への「家族サービス」の一環としてDVDを買い、一緒に見たのである。)

映画は、ジェニファー・ジョーンズ扮する人妻がローマ市内のアパートを訪ねるシーンから始まる。
彼女はフィラデルフィアに夫と幼い娘を残してバカンスに訪れたローマで、
モンゴメリー・クリフト扮する教師(アメリカとイタリアとの混血児)と出会い、恋に落ちた。
不倫の恋を清算しアメリカの家族のもとに戻るつもりで、
別れを告げるために男のアパートを訪ねてきたのだが、ドアの前まで来て躊躇ってしまう。
結局、男には会わないまま、
「Terminal Station(=この映画の原題)行」のバスに乗って立ち去っていく。
夜7時にTerminal Station、つまりローマ駅を出る列車に乗るつもりなのである。
ところが、列車の出発直前に男がホームまで追ってきて、彼女を引き止め、考え直すように迫る。
後ろ髪引かれる思いの彼女は、とうとう列車に乗り遅れてしまう。

この映画は、それから女が8時半の列車に乗ってローマを去るまでの二人の時間を克明に描く。
さすがにネオ・リアリスモの旗手だったデ・シーカの作品だけあって、凡百のメロドラマではない。
冒頭のアパートのシーンを別にすれば、カメラはローマ駅のなかから出ない。
7時の列車が出る少し前から8時半の列車が出てゆくまで1時間半あまり、
それを1時間29分の映画に仕立て上げているわけだから、
映画は省略を最小限にして、ほぼリアルタイムに近いかたちで進行する。
この話法が実にストイックである。
ぼくが驚いたのは、
二人が出会って恋の炎を燃えあがらせた1ヶ月という時間(劇中の台詞で判る)、
それが、出会いの回想も含めて、映像では一切物語られることがないという点である。
男と女がなぜ惹かれあったのか、二人で過ごした時間がどれほど情熱的なものだったか、
それは台詞の端々から窺い知るしかない。
カメラはただひたすら二人…
心が揺れ、未練に引きずられ、しかし、遂に別れを決意するまでの恋人たちを現在進行形で見つめ続ける。

そして、ぼくがこの映画で一番面白く、印象的だったのは、
画面に一瞬現れては消えていく、「脇役」とすらいえない、ローマ駅を行き交う老若男女の存在感である。
リアリティがあるというか…こうしたエキストラたちが醸し出すある種の雰囲気によって、
主人公二人が生きている世界(戦禍の記憶を残しながら復興しつつあるローマ)がまるごと伝わってくる。
こうした気分は、優れたドキュメンタリーを見ているときとよく似ている。
これはぼくの(映像のプロのはしくれとしての)“独断と偏見”なのだが、
ドラマとドキュメンタリーとを問わず、優れた映像作品ほど物語に直接関係のない細部が豊饒である。
ストーリィのアウトラインを追うことに汲々とするのではなく、現場の空気感を写し取るのである。
映像のリアリティを担保するのは、こうした「余白」の部分だとぼくは信じている。

「終着駅」の監督であるヴィットリオ・デ・シーカは、
第二次世界大戦後に勃興したネオ・リアリスモ(イタリアン・リアリズム)を代表する監督で、
ドキュメンタリー・タッチで戦後の荒廃を描いた「自転車泥棒」などを撮っている。
(ぼくはこの傑作を、若い頃、自主上映やTVで何度も繰り返し観た。)
さすがに腐っても鯛というか(失礼)、
ハリウッドの大スターを迎えてメロドラマを作っても「リアリズム」の魂が脈々として全編を貫いている。
ぼくはそこに惹かれ、
男と女が別れようが別れまいが「どーでもいい」と思いながらも、
デ・シーカが織りなす豊かな映画的な時間に心を奪われ、面白くみた。
|

今井正を“再発見”する。

池袋の新文芸坐で今井正の「真昼の暗黒」('56)と「米」('57)をみた。
今井正は戦後の日本映画界を代表する「社会派の巨匠」である。
レッドパージで東宝を追われ、以降は独立プロを基盤に映画を撮り続けた。
特に1950年代は、
映画批評の面からいえば「今井正の時代」だったといっても過言ではない。
キネマ旬報のベストテンをみると、
1950年に「また逢う日まで」が1位、
続いて1953年には「にごりえ」が1位、
1956年に今日みた「真昼の暗黒」が1位で、
翌'57年は「米」が1位、2位にもやはり今井正の「純愛物語」がランクされている。
1959年には、「キクとイサム」がまたしてもベストワンを獲得するという凄まじさである。
これだけ集中的に、これだけ高く評価された監督は日本映画史上ほかにはいない。
同時代に活躍した黒沢明も、小津、溝口、成瀬も…とても敵わないのである。

ぼくが夢中で日本映画を見始めた1970年代には既に映画作家として晩年を迎えており、
高校2年生だった'72年に「あゝ声なき友」と「海軍特別年少兵」を観ているが、
正直云ってそれほど面白い映画だとは思わなかった。
型通りの「良心作」であり過ぎたし、
もっと云えば、今井正の社会派ぶりは、あまりに「代々木(日本共産党)臭かった」。
1972年といえば、
浅間山荘事件が起きて、全共闘など高揚していた学生運動が急激な退潮に向かっていた時代である。
当時、何かを求めて映画館の暗闇に通い始めていたぼくの気持ちは、
同じ年に観た初めてのやくざ映画、
「人斬り与太 狂犬三兄弟」(深作欣二)のやけっぱち染みたド迫力の方に惹かれていた。
おりしもこの年には、
キネ旬のベストテンに初めてロマンポルノが入った(「一条さゆり 塗れた欲情」「白い指の戯れ」)。
翌'73年には、
「狂犬三兄弟」でぼくに衝撃を与えた深作欣二の「仁義なき戦い」が2位、
シリーズ第3作「仁義なき戦い 代理戦争」も8位にランクされている。
それまで批評的に黙殺されてきた「やくざ映画」や「ポルノ映画」が高く評価され始めていたのである。
時代の風は明らかに変わっていた。
出口のない閉塞感のなかで鬱々としていたぼくにとって、
今井正の映画は(日本共産党も)「あまりに保守的」に見えた。
当時の映画批評は(映画ファンも)、
「やくざ映画やポルノ映画」に作品性を認めるかどうかで真っ二つの状態であり、
それは政治的な対立の様相をも呈していた。
否定的であった人たちが高く評価していたのが今井正や山本薩夫、山田洋次であり、
やくざ・ポルノ肯定派であったぼくは、いきおい、今井正の映画に興味を失っていった。

だから、ぼくは今井正の映画をあまり観てはいない。
「過去の名作」を追っかけてまで観ようという気にはならなかったのである。
しかし、たまさか観ていた何本か映画のなかで、1957年の「米」は深い印象を残していた。

「米」は、霞ヶ浦のほとりで半農半漁の貧しい暮らしを営む人たちを題材としている。
土地(田んぼ)を持たない農家の次男、三男坊は、定職もなく、その日暮らしを続けている。
既に「戦後は終わった」と云われていたものの(1956年経済白書)、
高度経済成長はまだ始まってはいない。
集団就職は既に行われていたが('54〜)、都市(東京)にはまだそれほどの雇用吸収力はない。
そんな時代の物語である。
主人公たちは、貧しい暮らしから逃れ出ようと、
帆曳き網での越境操業や刺し網を使っての密漁に手を染めていく…

いま観ても、実に堂々たるリアリズムの力作である。
戦前、日活多摩川撮影所で、
「限りなき前進」や「土」(ともに内田吐夢監督)の製作に携わったマキノ光雄がプロデューサーを務め、
両作品と同じ八木保太郎が脚本を書いている。
つまり、日活多摩川から満映を経て戦後は東映に流れ込んでいったリアリズム映画の系譜と、
今井正ら社会主義リアリズム派の協働作業であり、
そういう意味では、日本映画のリアリズムの集大成といっていいのかもしれない。

しかし、記憶していた通りの見事な作品だと思いながらも、
ぼくは2008年の池袋の暗闇にいて、どこか微妙な距離感を感じざるを得なかった。
同時代に小津安二郎や成瀬巳喜男が作った「古風な」映画に比べても、「米」は意外なほど古びていた。
初めてこの映画をみた1970年代の半ばにはまだしもリアリティがあった「日本の貧困」が、
いまとなっては遠いものと思えてならないのである。
この映画に描き出された貧困は、
高度経済成長の過程で膨らんだパイを
公共事業などのかたちで地方に分配することで基本的には「解決」されていった。
貧困を起爆力とする「革命」は(政権交代ですら)日本では起こらなかったことをぼくたちは知っている。
揶揄的に云うならば、
社会主義リアリズムは日本の保守政治(自民党)のリアリズムによって乗り越えられてしまったのである。
だから、いまこの映画を観るぼくの気分は、「♫そんな時代もあったね、と…」くらいのものだ。
観客席からスクリーンまでの距離感が、
まるで中国映画…張藝謀の「あの子を探して」や王全安「トゥヤーの結婚」…を観ているときのようだ。

その点、ぼくが初めて観た「真昼の暗黒」のインパクトは、いまなお強烈で生々しい。
強盗殺人(老夫婦殺し)の冤罪事件として知られる八海事件をモデルにしたもので、
警察による見込み捜査と被疑者に対する自白の強要、
そして論理矛盾が明らかであるにも関わらず
その捜査(調書)を追認してしまう司法(裁判官)の問題点が描かれている。

佐藤優が「国家の罠」で、元特捜検事の田中森一が「反転」で明らかにしたように、
この国ではいまも検察(警察)があらかじめ描いた絵図に従って「事件が作られ」ている。
事実を調べた結果が「犯罪」なのではなく、
あらかじめ決めたストーリーに事実をあてはめていくのが「捜査」なのである。
富山の連続婦女暴行事件、鹿児島の選挙違反…冤罪はいまなお枚挙にいとまがない。
「真昼の暗黒」の場合は…「米」とは逆に…、
いまも現実が変わらないゆえに、観客席とスクリーンの距離は半世紀の歳月を超越して異様なまでに近い。

この映画が作られた1956年の時点で、八海事件はまだ「冤罪」と確定していない。
第二審の広島高裁が有罪と認定し(主犯とされた人物は死刑)、最高裁で係争中であった。
つまり、現在進行形の裁判に対して、映画で異議申し立てを行ったのである。
(映画のラストで、草薙幸二郎扮する主人公は「まだ最高裁があるんだ!」と叫ぶ。)
正木ひろし弁護士の原作があったとはいえ、
この映画を撮った今井正の勇気と、丹念で実証的な映像に込められた説得力はいまも色褪せない。
今井正を「日共の御用監督」だとして軽視してきた自分の不明を羞じるほかなかった。
それにしても。
現実の八海事件は、
その後、最高裁での差し戻し、高裁での無罪判決、
再び最高裁での差し戻し、高裁での二度目の有罪判決、最高裁での逆転無罪判決(確定)と二転三転する。
単独犯であった真犯人を除く被告全員の無罪が確定したのは、
事件発生以来17年9ヶ月、この映画が作られた時点から数えても12年後の1968年になる。
事実の重さに言葉を失わざるを得ない。

|

「名演技」とは何か

京橋のフィルムセンターでマルセル・カルネの「天井桟敷の人々」をみた。
1944年のフランス(つまりドイツ占領下)で作られた上映時間3時間あまりの大作で、
19世紀のパリ「犯罪通り」に生きる人々の愛憎を描いて映画史上に残る名作として名高いものだ。
ぼくは大学時代に一度テレビで放送されたものを見始めたが、
ヒロインのアルレッティが「おばさん」にしか見えなくて、
なぜ男たちが彼女に夢中になるのか、肝心のところでのれなくて途中で投げ出している。
調べてみれば、アルレッティはこの映画に出演したとき既に40代半ばで、
若いぼくから「おばさん」に見えたのは当然である。

その後ぼくも人生の年輪を重ね、
「おばさんの魅力」も多少は解るようになったので(笑)、今回は素直に作品に没入することができた。
いかにもフランス映画らしい、文学的な香気あふれるもので、登場人物の存在感が隅々まで粒立っている。
そして、なかでも圧倒されたのが、パントマイムの芸人に扮したジャン=ルイ・バローの演技である。

演技の究極は「眼」だとぼくは思っている。
泣いたり喚いたりの演技は「下の下」、
ことさらに表情を歪めてみせる演技は「下」である。
(だからぼくはジャック・ニコルソンを「名優」だとは思わない。)
「中」の演技が台詞回しの巧さなら、「上」の演技は全身の表情で感情を物語ること。
クローズアップが可能な映画の場合、「上の上」の演技は眼の色だけで深い感情を表現するのである。
顔の表情を変えず眼だけで悲しみや絶望を表現した名優たちをぼくは知っている。
しかし、眼で、切ないまでにつのる恋心、女性に対して抱く深い憧れを表現した男優は、
この映画のジャン=ルイ・バローをおいて他にない。
もちろん、彼が劇中劇で見せるパントマイムも素晴らしいものだが、
このとうてい文字では表現しきれない「眼」が、映画を見終わってなおくっきりと残像を結んでいる。
|

なんてったってアイドル(中華風)

かみさんと夫婦50割引で中国映画「雲南の花嫁」をみる(新宿「K's cinema」)。
中国映画には、
一連の張藝謀の作品群や「山の郵便配達」、最近では「トゥヤーの結婚」など、
辺境部の日常生活に材を求めたリアリズムの秀作が多い。
勝手に名付けるとするなら「辺境映画」が、
ひとつのジャンルとして成立しているといってもいいかもしれない。
この「雲南の花嫁」もそうした一本だろうという予断で観に行って、大いにずっこけることになった。
これは、紛う方なき「アイドル映画」である。
中国でも、
1960年代から70年代にかけての日本映画のように、
「アイドル映画」がジャンルとして成立しているらしい。
だから云うのではないが、
主演の張静初(チャン・チンチュー)はアイドル時代の小泉今日子とそっくりである。

雲南省の少数民族・イ族の風習に題材を得た映画で、背景となる中国奥地の風景はあくまでも美しい。
しかし、
イ族の人々がきらびやかな民族衣装(明らかに晴れ着だ)を着て、
日常生活はおろか、農作業まで行っている描写に思わず目を剥いてしまった。
例えて云うなら、日本を舞台にした映画で、振り袖を着て田植えをしているようなものだ。
床の間に神社の鳥居があるような描写、と言い換えてもいいかもしれない。
(効果音として、中国風の銅鑼が鳴ったりする…笑)    
それはないだろう、と思ったのだが、
始めからリアリズムを問題としていない「アイドル映画」だとするなら、それはそれでいいのだろう。
張静初は可愛くって、ちょっとお転婆で、魅力的だ。
このヒロインを始め、主立った登場人物は、
設定こそイ族だが、明らかに漢族の俳優が演じているように見える。
(中国生まれのかみさんに確かめてみると、台詞は全編北京語だということである。)
マジョリティである漢族の美男美女が少数民族に扮して、その“文化”のハレの部分を演じてみせる、
それが中国における民族問題、疎外の新形態だと指摘することは簡単だが、どうも大人気ない気もする。
なんてったってアイドル…なのだから。
|

映画三昧

番組作りが一段落してから、堰を切ったように映画を観続けている。

5日(土) 「クライマーズ・ハイ」(原田眞人監督)
       原田さんはいささか古風な職人肌だが腕力のある映画作家で、
       特にサラリーマン社会の暗闘をダイナミックに描いてみせるのが抜群に巧い。
       今回は、かつての傑作「金融腐食列島 呪縛」を思い出させる、久々の本領発揮だ。
       御巣鷹山の日航機墜落事故を背景にしたドラマだが、
       大事件が起きたときの報道機関内部の高揚と興奮、
       肌がひりつくような緊張感が見事に描き出されていることにも感心した。

6日(日) 「裏庭から昇ったロケット雲」(マイケル・ポーリッシュ監督)
       夫婦50割引で女房と一緒に観た。
       道具立てはロケットと新しいが、
       本質はハリウッド得意の「ハート・ウォーミングな大人のファンタジー」である。
       ぼくは、フランク・キャプラあたりを思い出した。
       主演のビリー・ボブ・ソーントンは「限りなく怪優にちかい名優」だと思うが、
       今回はごく普通に演じているのが、ファンとしてはなんとなく物足りない(笑)。
     
      「プロデューサーズ」(メル・ブルックス監督…DVD)
       数年前に上映されたミュージカル版ではない、いわば“原作”の方である。
       メル・ブルックスの演出は泥臭くてアクが強い。
       その“体臭”にいささか辟易させられながらも、面白く観た。
       若き日のジーン・ワイルダーが巧いのにびっくり。

7日(月) 「告発のとき」(ポール・ハギス監督)
       ポール・ハギスは、
       イーストウッドの「ミリオンダラー・ベイビー」の脚本を書いて頭角を現し、
       監督デビュー作の「クラッシュ」でいきなりアカデミー賞をとった注目の俊英。
       「父親たちの星条旗」にも脚本家として関わっていた“イーストウッド一家”の一員で、
       今回もSpecial Thanksとしてイーストウッドの名前が挙げられていた。
       この監督第二作を観て、ぼくは、
       ポール・ハギスが、今後十年、世界の映画界をリードしていく存在だと確信した。
       苦い人間観照がこの人の本質で、
       彼が描く世界の陰影の深さは凡百のアメリカ映画とは一線を画していると思う。
       師匠(?)のイーストウッドにも似て、大人の映画を作る人である。
       トミー・リー・ジョーンズが凄まじく巧い。

8日(火) 「アフタースクール」(内田けんじ監督)
       「運命じゃない人」が面白かった内田けんじの新作。
       今回も凝りに凝った語り口で、
       後になって細部の一片一片がぴたりと符合する、まるでジグソーパズルのような映画だ。
       「運命じゃない人」の成功でいい役者を使えるようになっただけ、
       独特の世界に磨きがかかって、より豊かになった印象である。
       ぼくもすっかりダマされてしまって…こういう映画はもう一度観たくなる。
       エンドロールが終わったところで、さりげなくオチをつける手際が鮮やかだ。
       
       
|

映画、そして番組のオンエア…

かみさんと一緒に映画を観に行く。
新宿歌舞伎町で、映画は「最高の人生の見つけ方」(ロブ・ライナー監督)。
超満員で前から3番目の席しか空いていなかった。
(映像のテンポが速い予告編では頭がくらくらした…。)
気がついてみれば、きょうは1日の「映画の日」(入場料が1000円になる)で、しかも日曜日。
多分どこの映画館も満員の盛況だったのではないか。
ぼくたち夫婦は「夫婦50割引」でいつでも一人1000円なので、満員でなんとなく損をした気になった。

「最高の人生の見つけ方」は、
一言で云えば、ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマン、二人の役者の芝居を愉しむ映画である。
ニコルソンは大変クサイ役者で、目を剥いたり歯を剥いたりのオーバーアクトが身上。
ぼくは世評ほどの「名優」だとは思っていないのだが、
今回は“受けの名手”のフリーマンが傍らに控えていてくれるので、クドさがあまり気にならない。
それにしても、太ったね。
末期のガン患者の役なので、
最初はでっぷり太って出てきて、
そのうち激ヤセして見せるつもりかと思ったら最後まで血色よく太ったままだった(笑)。
映画としては、
二人の老人(白人と黒人…ともに末期のガンに冒されている)が同じ病室に入れられ、
互いに違和感を感じながらも少しずつ仲よくなっていく前半が面白く、
人生の思い出作りの旅に出る後半は型通りで、落ちる。

夜は自宅で、ぼく自身の最新作「ETV特集 地域の医療を守るのは誰か」のオンエアをみる。
村上智彦医師を主人公に「地域医療の崩壊と再生」をテーマにした4.5本目の番組で、
(一本は対談で出演してもらった番組なので「0.5本」とカウントしている)
ぼく自身は「NHKスペシャル」を含めた一連の「シリーズ」のなかで一番気に入っている。
いままで作ってきた番組のなかでもとりわけ愛着の深い一本なのだが、
番組を見てくださった視聴者はどう思ってくださっただろうか?
オンエアが終わってネットで感想をみると、
医師や医療・福祉関係者の評判はいいようだが、
一般の方々からのリアクションが弱い気がしてちょっと不安だ。
|

極彩色のシェークスピア

妻と二人、張藝謀(チャン・イーモウ)の新作「王妃の紋章」を観に行った。
張の“大作時代劇”は、
「HERO」('02)はまだしも「LOVERS」('04)が酷くつまらなかったので、
「王妃の紋章」もあまり期待をしてはいなかった。
しかし、これはいい意味で予想を裏切る、実に面白い映画だった。

一言で云えば、張藝謀がやりたかったのは「シェークスピア」なのだろう。
あるいはシェークスピアを翻案した黒澤明の「蜘蛛巣城」('57)か。
絢爛たる色彩が乱舞する歴史絵巻物という意味では、
むしろ「リア王」の翻案である黒澤晩年の作、
「乱」('85)あたりを強く意識していたかもしれない。
いずれにせよ、
王家のドロドロとした愛憎劇を思うさまスペクタクルとして描いてみたいという、
映像作家としての稚気にも似た執念がこの「王家の紋章」全編を貫いている。
妻はクライマックスで感情移入して(王妃・鞏俐にか、次男の王子にか…)泣いていたようだが、
ぼくは張藝謀がやりたいことをやっているのが面白くてたまらず、終始ニヤニヤしながら観ていた。

それにしても、夢に出てきそうな、あの色彩の氾濫!
中国映画界得意の物量作戦、マス・ゲーム的な演出もあわせ、
過剰に徹し切ってしまえばグロテスクな悪夢にも似た世界がスクリーンに現出する。
「HERO」も「LOVERS」も、この狂気の作品を生み出す糧になったのであればもって瞑すべしだ。
そして、この映画を心ゆくまで愉しみながらも、
つい政治的な裏目読みをしてしまうもう一人の自分がいる。
この「王妃の紋章」は、
実は張藝謀が自ら演出を担当する北京オリンピック開会式の血みどろの陰画(ネガ)ではないかと。

それにしても、それにしても。
かつて愛したはずの女性(鞏俐)に“金色サイボーグ”みたいなメイクを施し、
「蜘蛛巣城」の山田五十鈴も尻尾を巻いて逃げ出すおどろおどろしい演技をさせた張藝謀の意地悪さ…。
|

リベラルの土性骨…レッドフォード「大いなる陰謀」

見ている最中にはとても面白く、エキサイトしていながら、
映画館を出た瞬間から印象が急速に色褪せていく映画がある。
例えば、最近なら「バンテージ・ポイント」がそう。
そういう映画を否定する気はないが、
ぼくにとって、映画は単なる時間潰しの慰藉ではないのでどこか物足りない思いが残る。
逆に、見ているときはそれほど面白いとは思っていなかったにも関わらず、
映画館を出て、時間が経つにつれて、ある種の“感銘”が自分の裡でくっきりと像を結んでいく映画もある。

ロバート・レッドフォードの新作「大いなる陰謀」は典型的な後者の映画である。
映画をみている最中には、レッドフォードが随分理屈っぽい映画を撮ったものだなと考えていた。
「面白さ」が感じられない理由は、
ワシントンとアフガンとカリフォルニア大学…
三つの地点で同時進行的に物語られていくストーリィの“接点”がなかなか見つけられないこともある。
そういう意味では決して「親切な」映画ではない。
しかし、
将来の大統領候補とも目される野心家の上院議員と、
世界と積極的に関わろうとした結果が酷寒のアフガンでの“犬死に”になってしまう二人の若い兵士、
そして無力感にさいなまれながらも次の世代への語りかけを続けようとする大学教授…
三つの人間ドラマが焦点を結ぶとき、そこに浮かび上がってくるものは、
巨大化して、もはや人間の手に負えなくなり始めている「国家」というシステム(リヴァイアサン)、
その怪物に対する無力な個人の必死の異議申し立てである。

アメリカでは「リベラル」が政敵を罵倒するための言葉となって久しい。
大統領候補のそれぞれが
自分が「リベラル」であることを否定しようと躍起になっているさまは滑稽ですらある。
そうしたなかで、レッドフォードの揺るぎない「リベラル」としての土性骨を見せてもらった気がする。
スクリーンの向こう側に垣間見える、
時代がどうあれ自分の歌を歌い続けようとする映画作家の姿が、
映画を見終わって時間が経過するとともに、ある感銘とともにぼくの記憶の裡に刻み込まれていく…
|

こんなカメラマンがいてくれたらなあ…

渋谷駅前の映画館「TOEI 2」でアメリカ映画「バンテージ・ポイント」を観る。
上映時間が90分という、近頃では珍しい短さである。
映画は、予算をふんだんにかけて上映時間も長い大作が面白いとは限らない。
90〜100分くらいが、観る側の集中力からいっても一番いい。
この「バンテージポイント」も、実にキビキビしていて、オモロイ映画だ。

スペインで行われる各国首脳会議の歓迎式典を舞台に、
世界の目が注がれるなかで引き起こされたアメリカ大統領狙撃事件。
現場に居合わせた様々な人物の眼を通して「事件」の経過が語り直されていく。
同じ時系列で起きたことを異なる視点から再構成していく手法は、
スタンリー・キューブリックの出世作「現金に体を張れ」('56)を思い出させるが、
ビデオという道具立ての新しさもあって、飽きさせない。
こうしたひとつのアイディアを丹念に膨らませることで面白い映画に仕立て上げるのが、
本来はアメリカ映画の真骨頂だったはずである。
近頃はリメイクが目立ち、アイディアの枯渇を感じさせるアメリカ映画界だが、
「ダイハード」('88)、「スピード」('94)、「マトリックス」('99)など、
アイディア勝負のB級感覚溢れる快作群を生み出してきた実績を持っている。
こうした流れの末端に連なるのが、この「バンテージ・ポイント」であるように思う。
(ストーリィの性格から云って、こちらはシリーズ化は難しいだろうが…)

大変に面白い映画なのだが、子細に見ていけばけっこうアラがありそうだ。
デニス・クエイド扮するシークレット・サービスの超人ぶりはともかく、
偶然その場に居合わせた観光客、フォレスト・ウィッテカーがとてもタダモノとは思えない。
ぼくも一応「プロのはしくれ」だから判るのだが、
人出でごった返す混乱のなかで(ましてや、狙撃事件後のパニックの渦中で)、
ビデオのファインダーに捉えた人物の視線を追ってその見つめている対象を的確に写しとるというのは、
感応力、技術力においてほとんど「神業の域」に達していると云わざるを得ない。
如何にもお気楽な観光客とみえるのは世を忍ぶ仮の姿、
実は超一流、何処の誰それと名のあるカメラマンに違いないのである(笑)。
こんなカメラマンがいてくれれば、俺の仕事も楽なんだけどなあ…とツマラナイことを考えたりする。

もっとも、それは見終わって後の話で、
テンポが速いので、あれよあれよで90分を見せられてしまった。
ツジツマがあおうがあうまいが、
勢いで見せ切って「ああ、面白かったね」と云わせてしまえば、これは作ったヤツの勝ちなのである。

|

春、休日、映画…

東京はすっかり暖かくなっていた。
きょうは綿のセーターに裏地のついたGジャンで出かけた。
陽が落ちても、これで充分である。

荻窪駅前・黄昏
(午後6時前、荻窪駅南口にて撮影)

きのう北海道から帰ってきて、きょうは仕事が休みなので、映画を観に行く。
フィルムセンターでマキノ雅弘の「次郎長三国志」(鶴田浩二版)を観るつもりでいたのだが、
京橋まで行って気が変わり、歌舞伎町に取って返して、コーエン兄弟の「ノーカントリー」を観る。
しばらく出張が続くので、ぼやぼやしていたら見逃してしまうことにもなりかねないからだ。
この映画は、同じコーエン兄弟の「ファーゴ」にも一脈通じる、救いのない人間ドラマ。
なんといっても、ハビエル・バルデムの殺し屋が凄い…というか、凄すぎる。
怖すぎて、夢に出てきてうなされそうだ。
「海を飛ぶ夢」で、脊椎損傷のため車椅子の生活を送る主人公を演じた同じ俳優とはとても思えない…
このハビエル・バルデムを見るだけでも、料金分の価値は充分にある。
バルデムはこの映画でアカデミーの助演男優賞を獲ったが、
トミー・リー・ジョーンズやジョシュ・ブローリンを抑えて、印象としては完全に主役だよな…。


|

古い奴だとお笑いでしょうが…

出張から帰ってきたら、今年最初の薔薇が満開だった。
最初の白薔薇
剪定するつもりだった枝を蕾がついたので残したものだ。
伸び切った枝の先で真っ白な花が重そうに揺れていた。

夜は京橋のフィルムセンターにやくざ映画を観に行った。
マキノ雅弘晩年の秀作「昭和残侠伝 死んで貰います」である。
ぼくの裡にはもともと「古い日本人」の部分があるが、
年齢とともにそれがだんだん表面に浮かび上がってきたようだ。
「死んで貰います」は東映仁侠映画群のなかでもとりわけ好きな一本で、
1970年の製作というのがいまとなっては意外なほど、新しいものは何もない映画。
コクのある描写は「伝統芸能」そのもので、やくざ映画というより人情劇・世話物の印象である。
荒木道子の盲いた母と高倉健…生さぬ仲の母子の交情。
主筋の高倉をかばおうと敢えて人前で殴って見せる板前の池部良(安宅の関の弁慶である)。
優男だけにどこか「遊び人」らしい色気を漂わせた池部が、
流れ者が先代の主に拾われ堅気として暮らした十数年の恩義に報いようと死地に赴く。
止める高倉に「これが男の花道です」といいながらドスの封印を切って「ご一緒させていただきます」。
いい芝居だね、見せ場だね。
大向こうから声がかかりそうだ。
そして、殴り込みに行く高倉を止めたい気持をぐっと堪えて、
「死なないで。そして、これからは私だけのための義理と情に生きて」と見送る藤純子の芸者。
泣かせるね(この頃の藤純子は、まさに零れんばかりに美しい)。
…ここには新しいものはなにひとつとしてない。
だがマキノ雅弘の熟達した腕で古い世界の情緒をたっぷりと見せてくれれば、他には何もいらない。
スクリーンに展開するいたって古風なドラマを見つめながら、心地よい酔いに身を委ねるだけだ。
日本人でよかった、ね。

こんな映画をみた夜は、古くて静かな酒場で盃を傾けたくなる(もちろん日本酒でなければならない)。
最近、近所に格好の店を見つけた。
「播州」といい、70歳前後の主と姉弟、親子三人でやっている小さな店だ。
播州
まるで骨董品みたいな雰囲気が好ましい。
戦後すぐからある建物で、いまの主が経営するようになってから既に45年たつという。
なんでも晩年の井伏鱒二(荻窪在住で著書に「荻窪風土記」がある)も通ってきたらしい。
三十代の息子が作る料理は洒落すぎず、それでいて味は一工夫あって旨く、値段も高くない。
荻窪駅のそばの中央線の線路沿いにあるのだが、
通勤路から外れているので長いあいだ気がつかずにいた店だ。
温燗の酒を嘗めながら(こういう店では、やっぱり冷より温燗がいい)、
細魚の刺身、鯛の刺身の荏胡麻あえ、蛸の子を炊き込んだものなどをつまんだ。
…日本人でよかった、ね。
|

「チーム・バチスタの栄光」

新宿コマで映画「チーム・バチスタの栄光」を観た。
監督は中村義洋という人で、どんな映画を作ってきたのか、ぼくは知らない。
(最近の日本映画界はすっかり世代交替をして、ぼくの知らない人ばかりである。)
海堂尊の原作が大変面白かったこともあるが、
主人公・田口公平を女性に変えて「田口公子」(竹内結子)にした結果がどう出るのか、
興味半分、危惧半分で映画館に駆けつけた。
そういう意味では、主人公を“性転換”させた、作り手の商魂にまんまと乗せられたのかもしれない…

結論から云えば、
性転換はやっぱり無理だったというしかない。
竹内結子は健闘していると思うが、
主人公を若い女性にしたことで物語がまるでリアリティを失い、マンガになってしまった。
「もしかしたら殺人事件かもしれない手術中の連続死」の真相究明に乗り出すのが
「出世競争から脱落しているにも関わらず、しぶとく大学に居残っている万年講師」であればこそ、
インサイダーでありながらアウトサイダーでもある視点を通して、
大学病院(医局)内部の様々な人間模様、錯綜した利害関係が浮かび上がってくるのである。
原作の面白さは、
「とても医者とは思えない」海堂尊のストーリィ・テリングの巧さに加えて、
「やはり医者にしか書けない」大学病院という閉鎖社会のリアリティ溢れる描写に負っている。
それが映画では、
当初、調査を依頼された教授が「銀婚旅行に行く」からといって、
駆け出しの若手医師に任せるという出だしからして、とても現実とは思えない話になってしまった。
院長もそれを「ま、いいか」で受け入れたのでは、そもそも真剣さを疑われてもしかたないではないか。
病院の大スキャンダルに発展するかもしれない事態に、まるで関係者の危機感が感じられない。
…いくらなんでもそりゃないだろう、というようなものである。

登場人物がこの調子では、観客もストーリィの展開にサスペンスの感じようがない。
竹内結子は関係者に聞き取りをしながら脱力系のイラスト(笑)を書いているし、
もう一人の主人公である阿部寛(厚生労働省大臣官房付技官・白鳥圭輔)に至っては、
ソフトボールの親善試合に選手でもないのにピンチヒッターで登場して
ピッチャー竹内結子(術死が続いている非常事態に…はは、暢気だネ)から
照明直撃の場外ホームランをかっ飛ばすなどというおちゃらけ方。
せっかく頑張ってオペのシーンを撮ったのに(こうした現実感は映像の強みだ)、
もったいないったらありゃしない。
日本映画には、「リアリティ」ということの意味を、ちったあマジメに考えてほしいとつくづく思う。
|

交錯するまなざし〜李安「ラスト、コーション」の凄み〜

かみさんと二人、
渋谷の「ル・シネマ」に、李安(アン・リー)の新作「ラスト、コーション」を観に行く。
この映画館では「夫婦50割引」を使えなかったのは誤算だったが(笑)、
映画は凄まじいもので、ぼくは圧倒された。

この映画を一言でいえば「まなざしの映画」である。
「目は口ほどにものを言う」というが、
この映画では、登場人物のあいだで繊細に、ときに大胆に、交わされるまなざしが何より雄弁だ。
男と女の、女と女の、そして敵と味方の…からみあい、交錯する視線。
この映画では、台詞ではなく、眼がすべてを物語る。
愛と憎しみ、疑惑と頽廃、そして絶望…。
映画を観ているぼくの眼は、スクリーンの登場人物の眼に引きつけられて逸らせなくなる。
一点もゆるがせにせず、緩むことのない、凄まじいまでの緊迫感。
これだけ凝縮力のある映像は久しぶりに見た気がする。
アジアの名優・梁朝偉(トニー・レオン)名演。
新人ながら湯唯(タン・ウェイ)も見事。
そして、こうした「眼にすべてを語らせる」ドラマツルギーは、
東洋文化にルーツをもつ監督でなければできない仕事だと思える(李安は台湾出身のはずだ)。

久々に何の衒いもなく「超傑作」と呼べる映画に出会った気がする。
李安は53才、ぼくとひとつしか違わない。
「ウェディング・バンケット」('93)以来、気になってきた作家だが、
この映画で名実ともに世界映画界のトップに躍り出たと思う。
|

おかる勘平

映画監督・マキノ雅弘(雅広)の生誕百周年だそうで、
京橋の国立フィルムセンターで回顧特集上映が行われている。
しばらく忙しくて(東京にいなかったこともあって)まるで観られなかったのだが、
今日ようやく「おかる勘平」('52)を観ることができた。

1952年といえば黒澤明の「生きる」や成瀬巳喜男の「稲妻」が高く評価された年で、
溝口健二は「西鶴一代女」を作り、山本薩夫は「真空地帯」を世に問うている。
そうしたなかで「おかる勘平」は、
映画史のうえではまったく無視されたプログラム・ピクチュア(十把一からげの映画)の一本だ。
「無視された」といえば、
無声映画時代からのベテラン監督であるマキノ雅弘その人が、
公式の映画史の上では(そういうものがあるとすれば、の話だが)、
少なくとも戦後は一行も割いてはもらえない存在になっていたといっても過言ではないだろう。
しかし、マキノ雅弘の映画は…この「おかる勘平」も…いま観ても充分面白く、よくできている。

「おかる勘平」は、いわゆる「バックステージもの」である。
帝劇を舞台に、
ミュージカル「おかる勘平」を上演する人たち…榎本健一や越路吹雪…の人間模様を描いている。
軽いスケッチといったタッチの映画で、たぶんテマ・ヒマ・カネをほとんどかけずに作ったものだろう。
それでも、役者や踊り子、裏方たちの哀歓がしみじみと胸に沁みて、読後感が極めていい。
一言でいえば、「見終わって思わず拍手をしたくなる映画」なのである。

とりわけ芸と恋との狭間で揺れるヒロインを演じた越路吹雪が素晴らしい。
ぼくのガキの頃、彼女は既に「歌は上手いが、妙にハデで存在感があり過ぎるオバサン」であった。
それが酒場で酔いつぶれるシーンなど、実になんとも可憐、可愛らしいのである。
むろん、ステージの場面では、彼女の芸の魅力をたっぷりと楽しめる。
舞台を去る決意を固めた彼女のラスト・ステージというシーンで、
それまで小出しにしていた彼女の歌と踊りを正面からたっぷり見せるという演出は、
もちろんこうしたドラマ作りの定石には違いないのだが、見るものを酔わせずにはおかない。
そしてラスト、
舞台復帰を決めた彼女が劇場に戻ってきて座長のエノケンを呼ぶ、そのアップから、
ステージにぽつねんとうずくまっていたエノケンが彼女の声を聞いて慌てて動いて蹴つまずく、
その“ずっこけ”をロング・ショットで見せた切り替えの呼吸の鮮やかさ…。
きちんきちんとツボを押さえていけば、
それだけで映画はかくも豊饒なものになるのだという、これは見本だ。

こういう映画を観た後は、しみじみと幸福感に浸りながら、一人で街を歩きたくなる。
|

シャイニング

久しぶりに夕張を訪ねた。
夕張は深い雪に覆われていた。そして、寒い。
夕張
ホテルから診療所に続く道には、人の背丈を超える雪の壁がそそり立っていた。
ぼくはスタンリー・キューブリック「シャイニング」のクライマックス、
雪の迷路のなかを
ジャック・ニコルソンが幼い息子を追いかけまわすシーンを思い出した。

キューブリックの「シャイニング」('80)はモダン・ホラーの名作として名高い。
しかし、スティーブン・キングの原作は映画の三倍くらい面白い。
さしものキューブリックも、原作のもつ圧倒的なパワーと量感の前には霞む。

映画版「シャイニング」には、ふたつの欠陥があると思う。
キングの原作のみそは、
幼い息子が持つ超能力(=シャイニング)に感応して
古いホテルの地縛霊(?)が蠢き始める、
それが家族の最も弱い輪である父親を狂わせていくというところにあったはずだ。
ところが、映画版はそのあたりの構造が曖昧で、
息子が超能力の持ち主であるということの意味がよく解らなくなっていた。
もうひとつはジャック・ニコルソン特有のオーヴァーアクトで、
これでは始めから狂っているようにしか見えない(笑)。

それでも、
雪がうず高く積もっているなかの細い道を通るときには、
必ず白昼の夢魔のように映画のクライマックス・シーンを思い出す。
それだけ迫力があったということなのだろう。
|

ラヴソング(甜蜜蜜)

メロドラマを好まないぼくがハマった「香港版・君の名は」である。
甜蜜蜜
監督は陳可辛(ピーター・チャン)、何本か観ているがこれが一番いい。
北海道にいたころ、偶然(あまり期待もせずに)名画座で観たように思うが、
とてもよかったので、すぐにもう一度観に行った記憶がある。
当時、感想を書いたメモが残っている(以下引用)。

「堂々たる風格を持ったメロドラマの傑作である。
 ストーリィの表面だけ追えば、
 まるで『君の名は』みたいなすれ違いドラマかもしれない。
 しかし、この物語の背景には
 無数の中国人たちの人生がくっきりと刻み込まれている。
 『豊かさ』を求めて故郷を棄て、世界中に散って生きる現代の中国人たち…
 この映画の主人公たちも、
 天津や広州から香港に出稼ぎにきて、さらにアメリカに流れて生きる。
 二人の出稼ぎ者の愛と別れ、再会のドラマは、
 そのまま現代中国人たちの織りなす一編の『叙事詩』といってもいいだろう。
 そして同時に、やがて異郷の土となるであろう人々と、
 彼らがこよなく愛したテレサ・テンへの鎮魂歌(レクイエム)でもある。

 随所に映像的な伏線を張り巡らしたピーター・チャンの演出は、
 とりわけ物語に寓話的な広がりを持たせるラスト・シーンにおいて、
 水際だった冴えを見せる。
 二人が初めて結ばれる大晦日のシーンなど、
 男と女の微妙な心理の揺れを描いて繊細である。
 生活力溢れるしたたかさと、
 その陰に一瞬かいま見えるか弱さ…マギー・チャンが素晴らしい。
 そして、凶暴さと優しさをあわせ持ったヤクザの親分を演じた
 エリック・ツァンも忘れられない」

…メロドラマが大好きなかみさんに見せたら喜ぶだろうと思って、
DVDを探していたのだがなかなか見つからないでいた。
それが昨日、渋谷の「HMV」でニュー・リリース版を見つけ、
さっそく買って帰って二人で観た。

ぼくはこの映画でエリック・ツァン(曾志偉)を知り、
いまでは「世界一の役者」だと信じて疑わないほどの惚れっぷりだ。
背中にミッキーマウスの刺青をしたやくざの親分なんて、泣かせるなあ…。
(「インファナル・アフェアⅡ」も最高だった。)
いま見直してみると、
念願の会社を設立したパーティの席上で
おつまみをやたらに食べながらかつての恋人と喋るシーンの
張曼玉(マギー・チャン)の巧さに舌を巻く。

また、初めて観たころと違って、
いまぼくの周囲には(かみさんを始め)中国人がたくさんいる。
中国人を見慣れた目でみると、
黎明(レオン・ライ)演じる主人公の
「大陸出身者」らしいダサさにとても説得力があって、笑えた。
服装の問題だけではなく、仕草のひとつひとつが「それらしい」のですね。

そして、この映画を観ると鄧麗君(テレサ・テン)が聴きたくて堪らなくなる。
|

とんかつの味

フィルムセンターで川島雄三の「とんかつ大将」をみた。
1952(昭和27)年の松竹映画で、
貧乏長屋に暮らす青年(大のとんかつ好きで通称「とんかつ大将」)が主人公。
この青年(佐野周二)、風来坊に見えて、
実はすご腕の医師であり人情家、腕っ節も強く、実は大金持ちの息子…
如何にもありがちな設定ですね、これは(笑)。
けっして「傑作」と誉めそやすほどの映画ではないが、
ウェルメイドな娯楽映画としての心地よい安定感に加えて、
俊英時代の川島雄三が随所にキレのある演出を見せてくれる。
予定調和がぴたっと決まって快い、というのは久しぶりで、
「映画を観る」という行為の素朴な喜びを思い出させてくれた。

こうした味わいは何かに似ていると思ったら、他でもない「とんかつ」である。
驚くような御馳走というわけではないが、
いつもよりちょっとだけ豪華で、でもやっぱり庶民的な、ささやかな贅沢。
多くの場合、ほどほどに美味しくて、食べ終わってほどほどの満足感が残る。
かつて全盛期の日本映画には、
こうした「とんかつのような佳作」がたくさんあったに違いない。

川島雄三はとんかつが好きだったのだろう。
もう一本、「喜劇 とんかつ一代」('63)という作品を残している。
こちらはまさしく「とんかつ屋」の話で、森繁久弥の主演。
脇役で山茶花究扮する「豚の屠殺名人」が出てきて、
興奮すると「豚と人との見境がつかなくなる」という物凄いギャグがある。
大笑いしたが、これはテレビでは放送できないだろうな(笑)。

映画を見終わって無性にとんかつが食べたくなって(…単純な性格!)、
南阿佐ケ谷の「かつ源」(ここのとんかつは旨い)を覗いたが既に閉店後。
やむなく荻窪駅前まで歩いて、まァまァクラスのロースカツを食べて帰った。
きのう飲み過ぎたので、今日は休肝日。

|

「豚と軍艦」

フィルムセンターの今村昌平追悼特集で「豚と軍艦」('61)をみた。
この映画を観るのは、学生時代以来、およそ30年ぶりである。
今回の特集は思っていた半分しか観られなかったが、
一番の収穫は、この映画と再会できたことだったと思う。
こんなに面白い映画だとは、不覚にも、記憶していなかった。
アメリカの実質的な「植民地」と化した横須賀を舞台にした喜劇で、
街がまるごとアメリカ駐留軍に依存する醜怪さは、
戦後一貫して「アメリカの植民地」であり続けたニッポンの戯画として、
いまなお有効性を失っていない。
そういえば、横須賀は、
「ブッシュのポチ」と呼ばれた小泉純一郎の地盤ではなかったか。

今村昌平の本領は、川島雄三の衣鉢を継ぐこうした喜劇にあったと思う。
喜劇といっても「重喜劇」で、
師匠の川島雄三よりもヘビーで、くどく、そして「黒い」笑いである。
自殺しようとして土壇場で死に損なった丹波哲郎がしがみついているのが、
生命保険の看板であるといった類の笑いだ。
このシーンは、
「果しなき欲望」('59)の、
○○が○○を○したとき、○○の鉦がちんと鳴るのと並んで、
今村さんが生涯に生み出した「黒い哄笑」の双璧ではないだろうか。

たぶん、学生だったぼくがこの映画にさして強烈な印象を受けなかったのは、
あまりに有名な「豚の暴走」シーンに目を奪われていたからである。
思ったほど凄くはないな、と感じたのだと思う。
いまになってみればはっきりしているのだが、
このシーンには、
豚とやくざが一緒くたに担架で運ばれるといった面白さの裏側に、
今村さんが陥りがちだった「安易な図式化」の欠点が透けて見えるのである。
こうした図式化は彼のキャリアの後半になるほど明瞭になってきて、
動物の生態映像を「赤裸々な人間ドラマ」にカットバックする、
あまりといえばイージーな「楢山節考」に直結している。

若き日の長門裕之は桑田佳祐に驚くほどよく似ている。
その長門が演じる主人公は、
軟体動物のようにぐにゃぐにゃした全身の動きから、
おのれの生きる場所を見い出せないちんぴらの所在なさを滲み出させて絶品。
「新人」とクレジットされる吉村実子に、
弾けそうな肉体そのものの存在感があって、鮮烈である。
|

今村昌平の映画

いま京橋のフィルムセンターで今村昌平と黒木和雄の追悼特集を上映している。
ぼくは、これを機会に今村昌平の作品群を体系的に見直してみたいと考えていた。
カンヌで大賞をとった「楢山節考」('83)以降の今村作品をぼくは面白いと思わず、
全盛期と云われる1960年代の作品は、
「赤い殺意」を除いて学生時代(30年前!)に見たきりだったからである。
しかし、仕事が忙しかったのと、
忙しさが一段落したとたんに体調を崩したのが手伝って、
いまのところ、見逃していた「ええじゃないか」をはじめ、
「果しなき欲望」(初期の傑作!)「にあんちゃん」
「にっぽん昆虫記」「『エロ事師たち』より人類学入門」の5本しか見ていない。
(一番もう一度観たかった作品は「神々の深き欲望」だったのだが…)

ぼくの「独断と偏見」によれば、
今村さんの映画作家としてのピークは「復讐するは我にあり」('79)である。
以降は“転落の詩集”だったと思う。
そのキャリアが下り坂になってから国際的な評価を受けたというという意味では、
北野武と似ているかもしれない。
(北野さんは「ソナチネ」「キッズ・リターン」以上の作品を撮れないと思う。)

思えば、今村さんは「体力で撮る」タイプの映画人ではなかったか。
だから50代の半ばを過ぎて体力が衰えてからは、
映像に全盛時のような張りがなくなって、“うす味”になってしまった。
「枯れる」というタイプではなかったのが、辛いところだ。
「黒い雨」('89)は、今村さんらしからぬ淡々とした作風をみせた秀作だが、
結局、今村さんはこの方向に進もうとはしなかった。
若いときと同じように「性」を核にした暑苦しいテーマを追いかけ続けた。
しかし、それはもはや「気だけは若い」老人の妄執に似ており、
無残に形骸化していたように思う。
…稀代の犯罪者の人間像を、絵解きするのではなく、
まるごと掴んで提出して見せた傑作「復讐するは我にあり」は53歳の作品。
その年令に近づいているぼくにとって、
「体力の衰え」が映像から透けて見えてしまう恐怖は他人事ではない。



|