ちょっといい話

11月17日の日記に書いた、元浪曲師のSさんのお宅を訪れた。
こういうのはカメラを向ける側も辛いのだが、独り遺された奥さんの話を聞きたかったのである。
取材を通じてすっかり仲よくなっていた奥さんは、快くインタビューに応じてくれた。
Sさんの最後の日の様子、いまの心境…
煙草好きだったSさんだけに、肺癌にでもなって苦しむよりは却ってよかったと云う。

一通り話を聞き終えて、(次の取材があったので)いささか心急きながらお宅を辞そうとすると、
奥さんが、ぼくたちを引き止めるようにして、何枚かの写真を見せてくれた。
浪曲師として舞台に立っていた頃のSさんの写真や、巡業先で夫婦一緒に撮った写真。
そのなかに、すっかりボロボロになった小さなモノクロ写真があった。
舞台衣装を着けた奥さんの若い頃の写真で、上半身のアップ(バストサイズというやつだ)。
ちょっと気取って、まるでブロマイドのような撮り方である。
レビューに出ていたという話を聞いていたので、その頃のものだとすぐに判った。
聞けば、Sさんの死後、Sさんの免許証入れのなかから出てきたのだという。

Sさんは晩年は車椅子の生活で、もちろん車(バイク?)に乗れたはずもない。
しかし、写真の入った免許証は肌身離さず持ち歩いていたらしい。
看護師さんに「家内は若いときは宝塚にいたんだ」と云って見せびらかしたこともあるという。
奥さんは「ほんとにホラばっかり吹いて、しょうがないね」と笑っていたが、
この写真を見つけたときにはきっと嬉しかったことだろう。
妻の若いときの写真を亡くなるまで身につけていた88才…
ちょっといい話で、ぼくはすでにカメラを止めていたことを後悔した。

あとでこの話を某医師にしたら、「それは、いい手かもしれませんね」と身を乗り出してきた。

「よそで腹上死しても、
 遺品から奥さんの写真が出てきたら、
 最後まで想っていてくれたのね、って許してもらえるかもしれないし…」

…いくらなんでも、それはないと思うが。
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ふたつの「富士」

またしても、出張。
飽きもせず、夕張へ。
午前9時発のANA千歳空港行で飛ぶ。
最近はいつもこの便で、さしずめ、ぼくの“通勤航空機”である。

冬の訪れとともに空気が透明度を増し、飛行機の窓から見える風景が心を踊らせる。
会津磐梯山
これは「会津富士」と呼ばれる磐梯山。
福島には何度か行ったが、
会津はぼくがまだ足を踏み入れたことがない土地だ。
しかし、飛行ルートに沿っているので、空からの風景には比較的慣れ親しんでいる。
いつか、足を地につけて、訪れてみたいところである。
勇払原野
北海道は晴れ渡っていて、飛行機を降りると暖かかった。
これは勇払原野から苫小牧を望む風景。
写真が小さいので判り辛いかもしれないが、彼方に「蝦夷富士」と呼ばれる羊蹄山がくっきりと見える。
こんなことは珍しい。

よく晴れた冬の日の空の旅は、子供の頃に戻ったみたいに、窓の外の風景にかじりついている。

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