23 November 2008
今年最後の海
2008/11/29 Sat 格納先: Diving
伊豆海洋公園に潜った。
来週からまた夕張ロケで、帰ってくるとそのまま編集に入る。
正月も仕事で、たぶん、1月半ばまでは休みもとれないことになりそうだ。
つまり、きょうが今年最後のダイビング、ということになる。
幸い天気もよく、冬を迎えた海は透明度を増している。
水温はまだ20℃を保っている、
ということは、気温よりも水の中の方が暖かいということで、
フードベストを着込んでいれば、ウェットスーツでもまるで寒さを感じない。
ともかく水が綺麗なので(透明度は30mを超えていたのではないか)、
海の中が明るく、開放感に溢れている。
潜ったのは「ブリマチの根」というポイント。
ここは水深20〜40mにトゲトサカなどのソフトコーラルが一面に咲き乱れている。
深いのでそうそう長居をしてはいられないが、水のいいときは地上に帰りたくないと思うくらい美しい。
特に珍しい魚がいるとかいうことではないが、そこにいることだけで愉しく、シャッターを押しまくる。
今年のダイビングは29本で終わった。
年間50本は潜りたいと思っているのだが、仕事や家族サービスに追われ、なかなか思うに任せない。
還暦(60才の誕生日)までに「1000本ダイビング」を達成するというのがぼくの目標なのだが、
ここ数年のペースダウンですっかり難しくなってしまった(現在651本)。
来週からまた夕張ロケで、帰ってくるとそのまま編集に入る。
正月も仕事で、たぶん、1月半ばまでは休みもとれないことになりそうだ。
つまり、きょうが今年最後のダイビング、ということになる。
幸い天気もよく、冬を迎えた海は透明度を増している。
水温はまだ20℃を保っている、
ということは、気温よりも水の中の方が暖かいということで、
フードベストを着込んでいれば、ウェットスーツでもまるで寒さを感じない。
ともかく水が綺麗なので(透明度は30mを超えていたのではないか)、
海の中が明るく、開放感に溢れている。
潜ったのは「ブリマチの根」というポイント。
ここは水深20〜40mにトゲトサカなどのソフトコーラルが一面に咲き乱れている。
深いのでそうそう長居をしてはいられないが、水のいいときは地上に帰りたくないと思うくらい美しい。
特に珍しい魚がいるとかいうことではないが、そこにいることだけで愉しく、シャッターを押しまくる。
今年のダイビングは29本で終わった。
年間50本は潜りたいと思っているのだが、仕事や家族サービスに追われ、なかなか思うに任せない。
還暦(60才の誕生日)までに「1000本ダイビング」を達成するというのがぼくの目標なのだが、
ここ数年のペースダウンですっかり難しくなってしまった(現在651本)。
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けんかえれじい
2008/11/26 Wed 格納先: Cinema
神保町シアターで鈴木清順の「けんかえれじい」('66)を観た。
この映画を観るのは、いったい何度目になるのだろう?
我が家にはDVDがあるし、釧路の家には衛星放送から録画したVHSテープがある。
それでも、スクリーンにかかると聞けば、矢も盾もたまらずに観に行ってしまう。
数十年にわたって何千本の映画をみてきたぼくだが、
「けんかえれじい」は、
そのなかで「最も優れた映画」ではないにせよ、「一番好きな映画」であることは間違いない。
物語は昭和十年代、
旧制中学の学生である南部麒六(高橋英樹)を主人公に
備前岡山から会津若松に転戦しての喧嘩修業の明け暮れを描く。
戦争に向かって暮れなずんでいく時代の青春像を、情感と大らかなユーモアたっぷりに描いた映画だ。
女などには見向きもしないという「硬派」を気取りながら、
その実、抑えがたい性欲に悶々とする高橋英樹の情けない表情に、
大笑いしながら…男なら誰しも身に覚えがあることだけに…涙が出るほど共感する。
脚本は新藤兼人だが、鈴木清順は麒六が北一輝と出会う件を付け加えるなど、大幅な改変を加えたらしい。
2.26事件勃発の報に触れて麒六が東京に向かって旅立つ幕切れは、
唐突といえば唐突、なんとも尻切れトンボで、最初観たとき(学生時代)にはびっくりした。
しかし、時代に押し流されていく青春の切迫した情感を描いて予定調和に陥らなかったことが、
この映画をいつまでも忘れられない、神話的な存在にまで高めているのだと、いまにしてそう思う。
ついに映画化されることのなかった続編では、麒六は兵隊となって大陸に渡り、そこで死ぬ。
主人公の憧れであるヒロイン・道子に扮した浅野順子が清楚、可憐で、
山本直純が書いたピアノの美しいテーマ曲とともに、忘れられない印象を残す。
タイトルに「浅野順子(クラウン)」と出るところをみると、当時の本業は歌手だったのだろう。
歌手としても女優としてもそれほどの成功はしなかったようで、
日本映画のデータベースで出演作をみると、
この「けんかえれじい」の他には、2002年になって「17才」という映画に出ているだけである。
テレビのクイズ番組で大橋巨泉のアシスタントを務め、
「アゴねえちゃん」(確かにちょっとだけアゴがしゃくれている)と呼ばれていた姿を記憶しているが、
あろうことか、14歳違い(しかも再婚)の巨泉と結婚をして芸能界から消えてしまった。
しかし、この「けんかえれじい」一本に出演したことで、
いまなお、浅野順子はぼくにとって永遠のヒロイン、「日本映画史上最高の女優」なのである。
この映画を観るのは、いったい何度目になるのだろう?
我が家にはDVDがあるし、釧路の家には衛星放送から録画したVHSテープがある。
それでも、スクリーンにかかると聞けば、矢も盾もたまらずに観に行ってしまう。
数十年にわたって何千本の映画をみてきたぼくだが、
「けんかえれじい」は、
そのなかで「最も優れた映画」ではないにせよ、「一番好きな映画」であることは間違いない。
物語は昭和十年代、
旧制中学の学生である南部麒六(高橋英樹)を主人公に
備前岡山から会津若松に転戦しての喧嘩修業の明け暮れを描く。
戦争に向かって暮れなずんでいく時代の青春像を、情感と大らかなユーモアたっぷりに描いた映画だ。
女などには見向きもしないという「硬派」を気取りながら、
その実、抑えがたい性欲に悶々とする高橋英樹の情けない表情に、
大笑いしながら…男なら誰しも身に覚えがあることだけに…涙が出るほど共感する。
脚本は新藤兼人だが、鈴木清順は麒六が北一輝と出会う件を付け加えるなど、大幅な改変を加えたらしい。
2.26事件勃発の報に触れて麒六が東京に向かって旅立つ幕切れは、
唐突といえば唐突、なんとも尻切れトンボで、最初観たとき(学生時代)にはびっくりした。
しかし、時代に押し流されていく青春の切迫した情感を描いて予定調和に陥らなかったことが、
この映画をいつまでも忘れられない、神話的な存在にまで高めているのだと、いまにしてそう思う。
ついに映画化されることのなかった続編では、麒六は兵隊となって大陸に渡り、そこで死ぬ。
主人公の憧れであるヒロイン・道子に扮した浅野順子が清楚、可憐で、
山本直純が書いたピアノの美しいテーマ曲とともに、忘れられない印象を残す。
タイトルに「浅野順子(クラウン)」と出るところをみると、当時の本業は歌手だったのだろう。
歌手としても女優としてもそれほどの成功はしなかったようで、
日本映画のデータベースで出演作をみると、
この「けんかえれじい」の他には、2002年になって「17才」という映画に出ているだけである。
テレビのクイズ番組で大橋巨泉のアシスタントを務め、
「アゴねえちゃん」(確かにちょっとだけアゴがしゃくれている)と呼ばれていた姿を記憶しているが、
あろうことか、14歳違い(しかも再婚)の巨泉と結婚をして芸能界から消えてしまった。
しかし、この「けんかえれじい」一本に出演したことで、
いまなお、浅野順子はぼくにとって永遠のヒロイン、「日本映画史上最高の女優」なのである。