新しいSafariが出た

インターネット・ブラウザ SafariのVersion4 Public Betaがリリースされたので、
新しもの好きのぼくは早速ダウンロードして使い始めた。
まだ英語版しかないが、日本語の表示については問題ないようだ。
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ブラウザを起動すると、まずこうした画面が表示される。
先日リリースされた
Google Chromeとも共通する、
よく閲覧するページがTop Sitesに縮小表示される設計なのである。
ぼくは会社のウィンドウズ・マシンで
Google Chromeを常用ブラウザとして使っているが、
こうした閲覧履歴の画像による一覧表示は、直感的で、とても使い勝手がいい。
そのうえ、さすがにApple製だけあって、Googleより遥かに洗練されたデザインに仕上がっている。
かなりの高速ブラウザだというが、表示速度に関してはちょっと使ったくらいではよく判らない。
それでもインターネットの閲覧がますます便利に、愉しくなるのは請け合いである。
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イーストウッドに脱帽

クリント・イーストウッドの新作「チェンジリング」を観た(新宿ピカデリー・夫婦50割引)。
1920年代のロサンゼルスを舞台に、猟奇殺人事件と警察の腐敗を描いたものだ(実話)。
ある種の「母もの」とも呼べるストーリーで、妻はそこに共感したようだが、
社会や人間性の“暗黒”を見つめるイーストウッドの眼差しに甘さは微塵もない。
無駄をぎりぎりまで削ぎ落とした硬質なタッチは、いつものイーストウッドである。

ぼくは、
こうした劇映画も、
自分の仕事であるテレビのノンフィクション(ドキュメンタリー)も実は同じで、
映像の「質」は人間の存在感を丸ごとに掴み取っているかどうかで決まると考えている。
下手なノンフィクション番組においては登場人物は社会現象を説明するためにだけ登場してくるし、
凡百の映画では、善玉は善玉、悪玉はあくまで悪玉で、
ストーリーのなかで与えられた一定の役割のみを忠実に果たすことになる。
本来が多義的なメディアである「映像」においては、
そうした単純な役割性をはみ出した生々しさをどう掬い取っていくかが勝負なのである。
その意味でイーストウッドは実に見事であり、
彼が描く人物像は、いつも物語の都合を超えた確かな実在として「そこにいる」。
だからこそイーストウッドは、
ついに真相を語らないまま死んでいく殺人犯の姿を、
絞首刑の最後の痙攣の瞬間まで冷徹に凝視したのだろう。

それにしても、
「ミスティックリバー」('03)以降のイーストウッド作品には、
一本の凡作もないのはもちろんのこと、「佳作」や「秀作」さえない。
「ミリオンダラー・ベイビー」「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」「チェンジリング」…
この間に生み出した作品のすべてが「第一級の傑作」として映画史に記憶されることになるだろう。
1930年生まれのイーストウッドは今年で79才になる。
過去多くの「巨匠」たちが衰え、あるいは枯れた小品でお茶を濁していただろう年齢で、
これだけの質の作品を連打する、それでいて呆れるほど多作なのだから驚嘆するしかない。
なにせ、4月には、
早くも最新作で主演を兼ねた「グラン・トリノ」が日本で封切られるのだから、凄い。
マカロニ・ウェスタンの薄汚れたヒーローから出発したイーストウッドは、
いまや世界最高峰に屹立する映像作家であり、敬意を持って「現代の巨人」と呼ぶべき存在である。
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