帰京

一週間ぶりに東京に帰ってきた。
釧路の夏も今年は暑いと思ったが、
さすがに東京は「それどころではない」。
飛行機を一歩降りた瞬間に熱気と湿気がむわっと襲いかかってきた。
ちょっと歩くあいだにも汗が噴き出す。

仙台在住の姪(大学4年生)が上京してきたので、
新宿歌舞伎町の四川料理「川香苑」で一緒に食事をする。
「彼氏」を紹介された。
近ごろの若い人はさばけたものだ。

さあ、明日からは編集、気合いを入れていこう。
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西原理恵子「毎日かあさん・4」

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離婚した夫・鴨志田穣がアル中病棟から戻ってきた。
再び始まる家族4人の暮らし。
しかし、そのとき既に鴨志田の肉体は癌に冒されていた…

お涙頂戴の絵空事(メロドラマ)より哀しい現実。
この本、涙なくしては読めません。
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住みにくくなる“故郷”

きょうは午前中に夕張の空中撮影。
事情があってぼくはヘリコに乗れなかったので、
札幌放送局でヘリコから送られてくる映像をモニター。
空から見ていると、
ぼた山(北海道では「ずり山」と呼ぶ)が目立ち、
谷あいに開けた炭鉱の町だった夕張の歴史が一目瞭然である。

午後、丘珠空港から(きょうもボンバルディアで)釧路に帰ってくる。
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ぼくにとって釧路は、
生まれ故郷の松江に次ぐ「第二の故郷」ともいえる街だ。
社会人になって最初の5年間を暮らし、
その後もう一度勤務したときに土地を買って家を建てた。
小学3年生のときから大学を出るまで暮らした広島にはなぜか愛着が湧かず、
両親が健在でいるにも関わらずろくに寄りつかない。
もう前後10年以上暮らしている東京は、いつまでたっても「仮寓の地」だ。
だから、まとまった休暇が取れたときは釧路に「帰省」する。

そんなわけで年に3〜4回は釧路に帰っているのだが、
帰るたびに昔から知っている店が閉めていて淋しい思いをする。
特に中心商店街の空洞化はただごとではない。
地元紙によれば、老舗の書店が今月末で店を閉じるそうだ。
もう何年も前から品揃えが雑誌と文庫本ばかりになってしまい、
店先であれこれ本を捜すという本好きの喜びは味わえなくなってしまった。
しかし、それにしても、
「まがりなりにも20万都市」の中心街から本屋らしい本屋が消えるのは情けない。

それでも本ならAmazonでも買えるからまだいい。
ショックだったのはうちの近所の大型店(生協)の閉店が決まったという話で、
食料や日用品などちょっとした買物をするにも困ってしまう。
中心街の大型店はすでに軒並み潰れてしまったので、
買物は車で郊外のスーパーに行かなければ難しくなってしまった。
ぼくのように運転の出来ない人間やお年寄には暮らしにくいこと甚だしい。
如何に車社会の北海道とはいえ、これでは事実上の「地域崩壊」ではないか。

店が次々なくなる中心街で最近目立つのはビジネスホテルの建設で、
これは企業の支店や営業所が次々に閉鎖され、
いままで常駐社員がこなしてきた仕事を出張に切り替えた「経済効果」らしい。
定住人口が減っているのは確かだから、学校なども次々に統廃合されている。
(うちのすぐ近所の小学校も近々廃校になると聞いた。)
夕張も釧路も西部劇に出てくる「ブームタウン」のようなもので、
石炭が採れたり、魚が獲れたりという理由で人が住みついた街である。
だから、そうした“基幹産業”が衰退すれば見捨てられるのも早い。
ぼくの生まれ故郷である松江のように、
衰退しながらも人々が暮らし続ける“年老いた町”とはそこが違う。

自分が「故郷」と決めた町がなすすべもなく崩壊していく…辛いことだ。
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飛行機はプロペラに限る

明日、夕張の空中撮影をやるので、釧路空港から丘珠空港に飛んだ。
釧路ー丘珠線は北海道にいた頃、よく利用していた。
かつてはYS11だったが、いまはカナダ・ボンバルディア社製のDHC8-Q300。
ともにプロペラ機である。
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ぼくはジェット機よりプロペラ機の方が好きだ。
なんとなく、「飛んでる、飛んでる」という実感があっていい。
滑走路の上を歩いて乗るのも、
なんだか「カサブランカ」の主人公になったような気分で嬉しい(笑)。
そして、飛ぶ高度が低いので、窓から景色を見ていて飽きない。
特に釧路ー丘珠線は、
阿寒山麓から十勝平野、大雪の山並み…
雄大な北海道らしい景観を眺めながら飛ぶのが心地いい。
一時間弱の短いフライトだが、
プロペラ機の旅はまるで子ども時代に戻ったみたいにワクワクする。
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