BARの「人間国宝」

今夜は滝川泊まり。
この町に泊まるのは、たぶん27年ぶりである。
当時のぼくは駆け出しのディレクターで、
高校野球北北海道大会の決勝を中継するためにこの町に来ていた。
27年ぶりとあっては街のたたずまいに記憶があるはずもなく、
しばらく繁華街をほっつき歩いて焼鳥を肴に一杯やった後、
「ブラジル」という名のショット・バーに入った。

バーに入って驚いたのは
赤いチョッキを着込んだマスターのお年を召していることで、
聞けば昭和3年生まれとのこと。
ぼくの父親よりひとつ年上で、来年80才…これで現役というのが凄い。
戦後まもなく店を開いたそうで、
それから60年ものあいだ洋酒一筋、シェーカーを振るってきたことになる。
これはもうバーの「人間国宝」みたいなものである。
常連客らしい男性から
「このあいだの葡萄のカクテル、美味しかったから飲ませて」とリクエストされて、
レシピが思い出せないらしく、
はて、なんだったろう?…としきりに首を捻っているなど、なかなか愛嬌がある。

この日、ぼくは、
ニコラシカから始めて、ラフロイグ15年、アドベック、ギムレットと飲んだが、
二杯目くらいのとき、
「人間国宝」氏からいきなり「神経労働の方ですか?」と訊かれた。
え?…と怪訝な顔をしていると、

「お酒の飲み方でわかります。お医者さんなどもそういう飲み方をなさいます」

もちろんぼくは医者ではないのだが、
確かに、強い酒を飲んで、昂ぶった神経を鎮めようというところがある。
医師の知人も多く、
医療現場の取材を続けているので、なんとなく臭いが似てきたのかもしれない。

「肉体労働の方ってお酒が強そうに見えますが意外にそうでもないんですよ。
 一番強いのは神経を傷めながら労働をしている方です」

さすがに「人間国宝」、
バーカウンターの内側から多くの客を見てきたのだろう、言葉に説得力がある。
ちょっと感心しながら飲んでいると、
「体にお気を付けにならないとダメですよ」と、
ちいさなグラスに一杯、「ウニクム」という酒を御馳走してくれた。
ハンガリーの酒で、薬草が入っている。彼の地の養命酒のようなものらしい。

いまは息子さん(47才)がメインのバーテンダーの座を引き継いでいて、
「人間国宝」氏は23時になると一足先に引き揚げるのだという。
「私はこれで失礼します」と挨拶されたのを潮にぼくも腰を上げることにした。
雪道をホテルまで帰りながら、なんだかとても暖かい心もちがした。


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疾風怒涛の丹波行

東海道新幹線から福知山線に乗り継いで、きのう13時半、兵庫県丹波市に到着。
医師の相次ぐ退職(→医療崩壊)に揺れる県立柏原病院の取材を開始した。
ここでは若いお母さんたちが「県立柏原病院の小児科を守る会」を結成、
安易な時間外受診(いわゆる「コンビニ受診」)を控えて
地域で頑張ってくれている医師を支えようと呼びかけるなど、
全国的にも注目を集める動きがある。

駅に着いてタクシーで柏原病院に直行。
20時過ぎまで、
崩壊に瀕した病院に残って頑張っている医師の方々から、
事態がここに至るまでの経緯と現状について話をうかがう。
その後は、
病院を側面から支えようという
地元の開業医を中心とした市民の会合に出席。
これが午前0時まで。
それから主立った方々と一緒に午前2時半まで居酒屋で一杯。
翌日は10時に「守る会」のお母さんたちを訪ね、
午後はこの問題を熱心に報道し続けている地元紙の記者氏の話を聞く。

…時間的にも長い取材だったが、
それよりも情報量が多く、密度が濃く、
そのうえみなさんの熱っぽさにあてられて、
ぼくは完全にオーバーフローの状態に陥ってしまった。
整理のつかない頭と、メモを書きなぐったままのMacBookを抱え、
記者氏の案内で柏原駅にちかい「田舎家」という店でラーメンを食べた。
猪ラーメン
これが丹波だけあって「猪(しし)ラーメン」。
チャーシューの替わりに猪の肉が浮いていて、濃厚な味わいである。
丹波は、人もラーメンもなかなか「濃い」土地柄なのである。

帰路は福知山線から阪急に乗り継いで、伊丹空港から北海道に飛ぶ。
札幌のホテルに入ったときには21時をまわっていて、
ぼくのアタマのなかは、依然としてオーバーフローの状態が続いていた…



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