遡上

知床でダイビングを愉しんだ。
普段は海(「羅臼ローソク岩」というポイント)に潜るのだが、きょうは川だ。
刺類(サシルイ)川という小さな川の河口近くで、
「潜った」といっても水深は1mかそこらなのだが…。
秋が近づいて、川には産卵のためサケが遡り始めている。
そのサケの群れを至近距離から見物しようというわけである。

「サケ」とはいっても、秋鮭として知られるシロザケではない。
正確にはカラフトマスと呼ばれる魚で、シロザケよりひと足早く川に遡る。
魚体はひとまわり小さいが、
繁殖期を迎えた♂は背中が雄渾に盛り上がるので、「セッパリマス」とも呼ばれる。
刺類川にはそうした見るからに逞しい♂や、
こちらは流線型の体形を保っている♀が、無数に、折り重なるように泳いでいる。
特に川がちいさな滝状に流れ落ちている下には、
滝に阻まれて行き場を失ったカラフトマスが渦を巻くように乱舞している。
視野のすべてがカラフトマスで埋め尽くされており、
水中でカメラを構えるぼくにどんどんぶつかってくるほどなのだ。

あまりに近く、動きも速いため、シャッターチャンスを掴むのが難しい。
ぼくは浅い川の底に陣取って、興奮に息を弾ませながら、シャッターを押し続けた。
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釧路が30℃を超えた日

番組の編集が始まると、朝から晩まで編集室にこもる“缶詰生活”になる。
その前に一週間ほど休むことができるので、気分転換を兼ねて釧路に飛んだ。
酷暑の東京を離れることができるだけでもありがたい。
昨日の夕方、釧路に着いたときの気温は19℃だった。

それが、今日は暑い。
じりじりした陽光の劇しさは釧路とは思えないほどだ。
家の窓をすべて開け放って風を呼び入れても、なお暑い。
釧路の我が家には、クーラーはおろか、扇風機さえないのだ。
釧路の場合、店や食堂、公共施設にもクーラーがないから、逃げ場がない。
伸び放題の庭の雑草を刈る気にもならず、ぼんやりしてしまう。

釧路がこれほど暑いのは、ただ一日を除いて記憶がない。
23年前、1984年の8月6日で、
ぼくは東京への転勤が決まり、翌日には釧路を発つという日だった。
この日、釧路は気象台開設以来始めて30℃を記録した(31.0℃だったと思う)。
見納めに釧路の街を自転車で走ると汗が噴き出した記憶がある。
アイヌモシリ(人間の静かな大地=北海道)を司るカムイ(神)の餞だろうか、
ぼくは新記録に送られるようにして、5年間を過ごした釧路を後にしたのである。

ニュースによれば、今日の釧路は30℃を超えた。
23年ぶり、二度目だという。
つまり、「あの日」以来のことなのである。
ぼくは釧路が好きだが、ずっと暮らしているわけではない。
それなのに、「釧路が30℃を超えた日」に二日とも立ち会ったことになる。
なんだか不思議な因縁のようなものを感じる。
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田中森一「反転」が凄い。

元特捜検事の田中森一が著した「反転」を読み了える。
田中さんは検事を辞めて後、
大阪で山口組やバブル企業の顧問弁護士を務めた人物で、
石橋産業事件に絡んで手形の詐取で逮捕され、一審二審と有罪判決を受けた。
反転
この「反転」は、
司法によって狙い撃たれた「知り過ぎた男」の告白(告発)の書であり、
同じ目に遭った佐藤優の「国家の罠」にインスパイアされたものと思われる。

佐藤優は自分が逮捕され起訴されるまでのいきさつを
鈴木宗男つぶしを目的とした「国策捜査」だと批判したが、
田中森一に云わせると、あらゆる捜査はすべて「国策捜査」である。
事実を調べた結果が「犯罪」なのではなく、
あらかじめ決めたストーリーに事実をあてはめていくのが「捜査」だという。
そうだとすれば、
誰でも突然「犯罪者」とされる可能性があることになる。
元特捜検事が書いていることだけに、説得力があって、怖い。

この「反転」で一番面白いのは、
もはや怖いものなしの田中さんがぶちまける政財官界の裏話である。
特捜検事時代、上層部の判断でつぶされた疑獄事件について、
田中さんは、事件潰しに動いた検察上層部を名指しし、
背後にいた政治家の名前を実名で暴いている。
中曽根、竹下、安倍晋太郎、三塚、森…
幾人もの総理経験者を含む政界の実力者たちが
“黒い資金”をめぐって蠢いていた様子が赤裸々に描き出される。
噂話としては囁かれてきたことにせよ、
捜査に当たった検察官自らが書き残した生々しさは凄まじいばかりだ。
そして、
弁護士に転じてから深い関係を結んだ「バブル紳士」たちの行状、
彼らのホラ話としか思えないような金の使い方、
その金に群がる政治家たちの生態…これらもすべて実名入りで記述される。
なかでも、
一時は「政界の牛若丸」と呼ばれた(自称した?)
山口敏夫元労相の図々しさ、いい加減さ、金に対する汚さなど、
これでもかというほどに描き込まれている。

…いやはや、救いがない「日本の闇」の深奥を覗き込んだ気分になる。
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