大田黒公園の八重桜

きょうは休日。
医療機関を取材していると、土日は休めることが多いのがありがたい。
(週末は病院が閉まっているので、取材したくても取材にならないのだ…)
妻と二人、近所の定食屋「ゆず」で昼食をとって後、ぼくはカメラ片手に近所を散策した。
大田黒公園の八重桜
大田黒公園には八重桜が綺麗に咲いていた。

仕事の方は、今月いっぱいでほぼロケを終え、連休明けから編集に入る。
7月の初旬までに60分番組を2本作る予定なので、なかなかハード・スケジュールだ。
番組の根本的なところでまだ方針を決めかねているところがあって、
本来ならのんびり散歩をしている場合ではないのかもしれないが、
経験的に云えば、こういうときは焦ってみたところでしょうがない。
春の日の昼下がりを愉しむ。
仕事はケ・セラ・セラ…なるようになるさ。
こういう割り切りが、ぼくがこの仕事を続けながら胃を壊さないでいる秘訣かもしれない。

|

憂国

映画「靖国 YASUKUNI」の上映中止問題が議論を呼んでいる。
ぼくは、当初、自民党の稲田朋美議員らが事前試写を要求したときから、
こうした議員の言動が“なし崩しの自主規制”の連鎖を生み出すことを懸念していた。
残念ながら、いまのところ、事態は懸念した通りの経緯をたどっているようにみえる。
そして、今度は、有村治子議員が「映画に登場する刀匠は出演を承諾していない」と言い出した。
ぼくはドキュメンタリーの作り手の一人として、さすがにこれは黙っていられないので、この場に書く。

「靖国刀の最後の作り手」であるこの刀匠の姿を記録した映像は隠し撮りされたものではない。
ということは、明らかに「出演を承諾した」のである。
撮られることを承知していた以上、「肖像権」などという問題にはなり得ない。
これがまず議論の大前提である。
問題は「作品が(刀匠氏が)期待していたものとは違うものに仕上がった」ことの是非である。
一般論としていうが、作品が出演者の「期待とは違うものになる」ことはままあることで、
もっとはっきりいえば「当然のこと」である。
ドキュメンタリーは作り手の主観によって事態を切り取り、主観によって編集される。
「靖国」をめぐる議論のなかで「ナレーションがないので客観的」という評価があったように思うが、
とんでもない話で、ナレーションがあろうがなかろうが、ドキュメンタリーは「客観的」ではあり得ない。
出演者は云わば「素材」で、料理人(この場合は李纓監督)がそれを自在に料理して「作品」に仕上げる。
自己認識と他者による評価に落差があるのは当然のことなので、
作り手によって解体され、意味づけられた出演者が「作品は自分が考えていたものと違う」と思うのは、
ドキュメンタリーの現場では日常的に起こっていることだ。

では、出演者が「自分の期待と違う」と考えたときに上映(放送)を拒否できるか?
意外に思われる方もいるかもしれないが、基本的には「NO」である。
かた苦しい言葉でいうなら「編集権」の問題で、
これが保障されなければドキュメンタリー(「ジャーナリズム」と言い換えてもいい)は成立しない。
平たく云えば、
「出演者の期待通りに作るドキュメンタリー」などというものはそもそもない。
それはもはや「ドキュメンタリー」ではなく、「PR映画(番組)」なのである。
…おわかりいただけるだろうか?
だから、NHKでもどこでも、
出演者から「事前に(編集を)見たい」という要請があったときには断っているはずである。
事前に見せて上映(放送)していいかお伺いを立てるなどは表現者(ジャーナリズム)としての自殺行為、
むしろ「やってはいけないこと」だと考えられている。

もっとも、いうまでもないことだが、それは作り手が「何をやってもいい」ということを意味しない。
「自在に料理する」からこそ、出演者との信頼関係が大切だし、制作者の誠実さが問われる。
もちろん、嘘をついて(制作意図を偽って)出演させることが許されるわけではない。
そのあたり、実はグレーゾーンがかなりあるので、いつも微妙な問題になる。
「靖国」に即して云えば、
李監督が「靖国」の「や」の字も出さず、
「日本の刀鍛冶の仕事を記録したい」と出演交渉をしていたとしたら、それは問題だろう。
しかし、報道によれば、李監督は「靖国刀を作るところを撮りたい」ときちんと伝えている。
「靖国刀作りを撮りたい」と伝えているのであれば、
それが小泉元首相の靖国参拝の映像とモンタージュされようと「嘘」をついたことにはならない。
90歳の老刀匠氏には酷な言い方になるかもしれないが、
「靖国刀」には当然「靖国」ならではの政治性がつきまとうのであって、
「日本の伝統美術を映画にすると思っていた」(NHKニュースより)という言い方には無理がある。

さて。
長々と書いたが、実はここまでは序論…というか議論の前提を明らかにしたにすぎない。
問題はここからだ。
ドキュメンタリーが上に記したような性格を帯びているとするなら、
有村議員が刀匠氏に「出演を承諾したか」を訊くことにはそもそも何の意味もない。
繰り返すが、彼は明らかに「出演を承諾している」からだ。
出演した結果が「自分の意に沿わない」としても、それをもって「上映するな」とはならないからだ。
では、なぜ有村議員は、わざわざそのような無意味な質問をしたのか?
「国民の選良」たる彼女が理非を弁えない単なるマヌケだったということになるのか?
もっとはっきり言おう。
彼女(有村治子参議院議員)は、
国会議員が、自分たちが問題視している映画の出演者に「出演はあなたの意志か」と問うことが、
実質的な「圧力」になるとは考えなかったのだろうか?
もしそれを承知でこうした「パフォーマンス」を演じて見せたとするなら、極めて悪質である。
そんなことは考えもしなかったというなら…あまりにも程度が低過ぎる。

ぼくはこうしたレヴェルの人物が国会議員であるという現実を、この国のために憂えている。
|

名を知らぬ花

我が家の向かいにある都営団地に、春になると花を咲かせる樹がある。
荻窪団地の春
荻窪団地に咲いた花
桜よりひと足遅れて、紅色の花が咲く。
遠くからでもよく目立つ鮮やかさだ。

花の名前に疎いぼくには、なんの花(樹)だかワカラナイ。
わからないままに、毎年写真を撮っている。
今年も、綺麗に、咲いた。
|

徒労

きょうから夕張出張の予定。
村上智彦医師の訪問診療(患者は末期の癌に冒されている)を撮影するためである。
診療そのものは午後からだが、余裕をみて9時30分のANA千歳便で飛ぶことにした。
この便に乗れば正午前後には夕張に着けるはずであった。
ところが。
8時に会社を出て、
首都高速は渋滞もなく順調だったが、
レインボーブリッジの上で走れなくなって立ち往生しているバイクに遭遇した。
東京湾一帯には暴風が吹き荒れていたのである。
一瞬、悪い予感。
案の定、羽田に着けば、高知便などが強風のために欠航している。

しかし、まぁ、乗客の多い千歳便はよもや欠航しないだろうと多寡を括っていた。
搭乗機への案内は予定時刻を一時間も遅れた10時30分になったが、気分的にはまだ余裕があった。
ところが。
搭乗を終えてからの機長アナウンスを聞いて仰天。
離陸まであと一時間半くらいかかりそうだというのである。
機内から携帯電話を使うことが許可されたので、取り急ぎ「夕張医療センター」に連絡をとる。
患者宅への訪問は15時くらいになる予定だという。
12時30分までに離陸することができれば、14時頃には千歳空港に着く。
千歳から取材場所まで一時間ちょっと、昼めしを抜いて車を飛ばせば間に合わないとも限らない。
ところが…。
滑走路の片隅で待つこと一時間、狭い機内に閉じこめられていたためか、気分が悪くなる人が現れた。
いったんボーディング・ブリッジに戻って、救護するという。
当然、出発はさらに遅くなってしまう。
乗務員に訊けば、到着は14時より大幅に遅れることになりそうだとのこと。
訪問診療をテレビ局の都合で待たせるわけにはいかないので、
きょうの撮影は諦めて、ぼくらも飛行機を降ろしてもらうことにした。

13時30分ごろ虚しく会社に帰ってきたのだが、仕事をするより遥かに疲れた。
こういう時は、ほかの仕事をする気になんてならない。
「取材断念」という自分の決断が正しかったのかどうか確認したくて、
ぼくはANAのホームページの「発着情報」を開いた。
…そして、衝撃を受けた。
ぼくたちが乗る予定だった9時30分のANAは15時17分に千歳空港に着いていた。
これでは、とうてい取材には間に合わない。
その限りにおいては、ぼくの判断は正しかったのだ。
しかし、次の10時発の便が先に飛び立って、13時27分に千歳空港に着いていたのである。
(ついでに云えば、9時50分発のJALも13時過ぎには到着していた。)
つまり、余裕をみて30分早い便にしなければ、ぼくらは取材に間に合っていたことになる…。
これはけっこう強烈なダメージで、ぼくは椅子から立ち上がる気力を失ってしまった。



|

春雨じゃ…

東京の空はぐずついて、夕方ごろから雨になった。
代々木公園・桜の終わり
桜を散らせる無情の雨、ようやく芽を吹いた若葉にとっては恵みの雨
ぼくは明日からまた夕張に出張することになった。
|

花の日曜日

天気のいい日曜日とあって、かみさんと二人、浜田山まで散歩をかねて買物に出た。
道すがら色とりどりの春の花が咲いていて、心を洗われるようだ。
たぶん桃の花
これは、うちのマンションに咲いている花だが、情けないことにぼくには花の名前がわからない。
たぶん、桃の花だと思うのだが
モクレン
こちらはモクレンだろう。
近所の民家の庭先に咲いていたものだ。
善福寺川・名残の桜
善福寺川の河畔には名残の桜。
散り始めた桜を愛で、ぼくたちのようにそぞろ歩いたり、車座になって宴を愉しむ人々がいる。

浜田山では、夕食(生春巻ほかの献立)の材料を買い、園芸店で大きめの鉢を求める。
ついでに愛梨の花の小鉢とアイビーを買って、荷物が多いのでタクシーで帰る。
帰宅して、さっそく、新芽を伸ばし始めた薔薇をひとまわり大きな鉢に植え替える。
ドラセナの鉢から冬の間に傷んでしまった株を抜き、替わりにアイビーを植えてやる。
水のやり過ぎで根腐れを起こしてしまったセンスベリアの替わりに愛梨を植える。
愛梨の白い花はいまが満開、うまく実が生ってくれると一石二鳥だ(笑)。
その後は、熱帯魚の水替え、靴磨き…春の日曜日はけっこう忙しい。
|