05 October 2008
後味が悪い“結末”
2008/10/11 Sat 格納先: News
いわゆる「ロス疑惑」の三浦和義さんが自殺した。61歳だった。
ニュースを知って、ぼくはちょっとしたショックを受けた。
あってはならないことが起きた、と思った。
「ロス疑惑」が世を騒がせていた頃、ぼくは朝の奥様向け情報番組を担当していた。
三浦さんというのは(ぼくは一面識もないが…)実に奇妙な人、いま風に云うなら「困ったちゃん」で、
疑惑の渦中にありながら何かと派手に振るまい、敢えて衆目を集めるような奇矯な行動を続けていた。
彼が何かやらかすたびに、民放のワイドショーが大騒ぎし、ぼくらの番組の視聴率はがくんと落ち込んだ。
ひどく苦々しい思いで、「三浦和義という理解を絶した人物」を遠目に眺めていたことを思い出す。
しかし、彼がいくら「変な人」であったとしても、
そのことと彼が「有罪」であるかどうかは何の関係もない。
ぼくは自分が調べたわけではないから、彼の「妻殺し」が事実かどうかについて語るべき言葉を持たない。
むしろ、マスコミの報道でしか事件を知らない者が、
例えプライヴェートな場であっても妄りにそうした発言をすべきではないと考えている人間である。
ただ、ひとつだけ云えるのは、
明らかになった証拠から判断する限り、「彼を有罪にするのはとても無理だ」ということだ。
(事実、殺害事件に関しては、最高裁で無罪が確定した。)
三浦さんが実刑判決を受けて収監された「殴打事件」にしても、
確か証拠といえるものは「元女優」だとかいう女性の証言があったきりで、
これで有罪判決はいくらなんでも無理筋だろうと思ったものだ。
何がなんでも三浦さんを有罪に持ち込みたいという国家権力の意志、
最近なにかと問題になっている「国策捜査」と似た臭いをそこに嗅ぎ取ったのである。
念のために言っておくが、ぼくは「ロス疑惑」が「冤罪」だと主張したいわけではない。
「疑わしきは罰せず」という法の大原則がある以上、彼は「無罪」だと云っているに過ぎない。
だから、事件発生から27年もたって、アメリカで逮捕されたときには呆然とした。
三浦さんには何の義理もないが、そんなのありか、と腹立たしくさえ思った。
殺人罪については「一事不再理」の原則から云って訴追はできないが、
日本にはない「共謀罪」についてなら訴追が可能だという理屈は、詭弁というべきだろう。
三浦和義という人に関して云えば、
「疑わしきは罰せず」「一事不再理」という法の大原則がふたつながら無視されたことになる。
20年がかりの「疑惑」は三浦さんの自殺というかたちで幕を下ろしたが、後味が悪いことこのうえない。
ニュースを知って、ぼくはちょっとしたショックを受けた。
あってはならないことが起きた、と思った。
「ロス疑惑」が世を騒がせていた頃、ぼくは朝の奥様向け情報番組を担当していた。
三浦さんというのは(ぼくは一面識もないが…)実に奇妙な人、いま風に云うなら「困ったちゃん」で、
疑惑の渦中にありながら何かと派手に振るまい、敢えて衆目を集めるような奇矯な行動を続けていた。
彼が何かやらかすたびに、民放のワイドショーが大騒ぎし、ぼくらの番組の視聴率はがくんと落ち込んだ。
ひどく苦々しい思いで、「三浦和義という理解を絶した人物」を遠目に眺めていたことを思い出す。
しかし、彼がいくら「変な人」であったとしても、
そのことと彼が「有罪」であるかどうかは何の関係もない。
ぼくは自分が調べたわけではないから、彼の「妻殺し」が事実かどうかについて語るべき言葉を持たない。
むしろ、マスコミの報道でしか事件を知らない者が、
例えプライヴェートな場であっても妄りにそうした発言をすべきではないと考えている人間である。
ただ、ひとつだけ云えるのは、
明らかになった証拠から判断する限り、「彼を有罪にするのはとても無理だ」ということだ。
(事実、殺害事件に関しては、最高裁で無罪が確定した。)
三浦さんが実刑判決を受けて収監された「殴打事件」にしても、
確か証拠といえるものは「元女優」だとかいう女性の証言があったきりで、
これで有罪判決はいくらなんでも無理筋だろうと思ったものだ。
何がなんでも三浦さんを有罪に持ち込みたいという国家権力の意志、
最近なにかと問題になっている「国策捜査」と似た臭いをそこに嗅ぎ取ったのである。
念のために言っておくが、ぼくは「ロス疑惑」が「冤罪」だと主張したいわけではない。
「疑わしきは罰せず」という法の大原則がある以上、彼は「無罪」だと云っているに過ぎない。
だから、事件発生から27年もたって、アメリカで逮捕されたときには呆然とした。
三浦さんには何の義理もないが、そんなのありか、と腹立たしくさえ思った。
殺人罪については「一事不再理」の原則から云って訴追はできないが、
日本にはない「共謀罪」についてなら訴追が可能だという理屈は、詭弁というべきだろう。
三浦和義という人に関して云えば、
「疑わしきは罰せず」「一事不再理」という法の大原則がふたつながら無視されたことになる。
20年がかりの「疑惑」は三浦さんの自殺というかたちで幕を下ろしたが、後味が悪いことこのうえない。
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小津安二郎 「東京暮色」が心に沁みた。
2008/10/09 Thu 格納先: Cinema
夕方、プロデューサーとの次回企画に関する打ち合わせもそこそこに会社を飛び出し、
神田神保町の「神保町シアター」に小津安二郎の「東京暮色」を観に行く。
この映画館は、日本映画の旧作(主として文芸作品)を連続して上映しているユニークな存在で、
客席に充分な傾斜があって画面が見やすく、
国立の「フィルムセンター」を除けば、ぼくがいま一番気に入っている「民間の映画館」である。
昭和31年(1956年)生まれのぼくは、
高度経済成長以前の日本を肌で知っている、おそらくは最後の世代だろう。
その所為だろうか、年齢とともに小津安二郎や成瀬巳喜男の映画がやたら心に沁みいるようになった。
小津は1963年、成瀬は1969年に亡くなっており、
その全盛期はともに1950年代…つまり、ぼくの生まれる前後である。
彼らの映画には、
作り手が意識するとしないに関わらず、
高度経済成長以前の街の佇まいや人々の気風が鮮明に焼き付けられている。
ぼくは彼らの映画を「時代の記録」として見ている部分があり、
同じ時代を描いていても「三丁目の夕日」のようにファッションにされてしまうのでのは堪らない。
ぼくらにとって小津や成瀬はむろん同時代の映画作家ではなく、作品は後で追っかけてみることになる。
広島や北海道など地方都市での生活が長かったぼくにとって、
東京在住の映画マニアとは違い、彼らの作品を観る機会は極めて限られていた。
(なにせ前後8年を暮らした釧路など、いまや「市内には一軒の映画館もない街」である。)
だから、好きだとは云いながら、見落としている作品の方が多い。
「東京暮色」('57)もきょう初めて観た。
もっとも、小津のDVDボックスを2箱持っているので開いてみると、「東京暮色」が入っている。
他には「東京物語」「お早よう」「秋刀魚の味」「彼岸花」「秋日和」(第一集)、
「晩春」「麦秋」「お茶漬けの味」「早春」(第二集)…なかなか錚々たるコレクションである。
しかし、買ったのはいいが、いままで一度も開いたことがない。
ファンとしては、小津の映画は「いつでも見たい」と思うからDVDを買う。
でも、どうせ見るなら映画館のスクリーンの方がいいに決まっているから、DVDは見ない。
「東京暮色」、あるいは明日みるつもりの「早春」も、DVDがあっても金を払って映画館に行く。
映画好き以外にはとうてい理解してもらえるとは思えない、一種の“気違い沙汰”である。
で、「東京暮色」だが、小津の作品のなかでは失敗作として評価されることが多いらしい。
あまり信頼は置けないとはいえ、その年のキネマ旬報のベストテンにもランクされてはいない。
翌年の「彼岸花」が3位に入っているのに…と、ちょっと怪訝にさえ思う。
だが、ぼくはこの映画が、しみじみと心に沁みた。
小津は(少なくとも戦後の小津は)、「日本の家族の崩壊」を描き続けていたと思う。
しかし、それはいつも、崩壊の予感のなかでかろうじてバランスを保っている家族の姿であった。
それがこの「東京暮色」では「既に壊れてしまった家族」が描かれている。
山田五十鈴の妻は夫の部下だった男と満州に逃げ、
残された男(笠智衆)は男手ひとつで二人の女の子を育て上げた。
姉娘(原節子)は既に結婚しているが夫との折り合いが悪く、幼い娘を連れて実家に帰ってきている。
妹(有馬稲子)は不良グループの仲間入りをしており(劇中「アプレ」と評される)、
無責任きわまりない男の子供を宿して中絶する(父親は最後までそのことを知らない)。
こうした崩れた人物設定は小津作品としては異例であり、ぼくにも戸惑いというか、違和感があった。
公開当時、評判が悪かったというのもなんとなく解る気がする。
しかし、いつもの小津調を崩すことなく、
決して絶叫することなく淡々と語られる崩壊のドラマは痛いほどに胸に沁みた。
とりわけ笠智衆の父親がいい。
いつも照れたような微笑を絶やさず、寡黙で…ということは、いつもの笠智衆なのだが…、
大陸で苦労した妻が東京に帰ってきて娘と再会したこと、限りなく自殺に近い次女の死など、
黙ってすべてを受け容れて、きょうも事務鞄をぶら下げて会社に通う。
かつての日本の男たちはこういうふうに生きてきたんだなあ…と、
自分の父、いやむしろ祖父たちの世代に、そこはかとない共感を抱きながら映画館を出た。
神田神保町の「神保町シアター」に小津安二郎の「東京暮色」を観に行く。
この映画館は、日本映画の旧作(主として文芸作品)を連続して上映しているユニークな存在で、
客席に充分な傾斜があって画面が見やすく、
国立の「フィルムセンター」を除けば、ぼくがいま一番気に入っている「民間の映画館」である。
昭和31年(1956年)生まれのぼくは、
高度経済成長以前の日本を肌で知っている、おそらくは最後の世代だろう。
その所為だろうか、年齢とともに小津安二郎や成瀬巳喜男の映画がやたら心に沁みいるようになった。
小津は1963年、成瀬は1969年に亡くなっており、
その全盛期はともに1950年代…つまり、ぼくの生まれる前後である。
彼らの映画には、
作り手が意識するとしないに関わらず、
高度経済成長以前の街の佇まいや人々の気風が鮮明に焼き付けられている。
ぼくは彼らの映画を「時代の記録」として見ている部分があり、
同じ時代を描いていても「三丁目の夕日」のようにファッションにされてしまうのでのは堪らない。
ぼくらにとって小津や成瀬はむろん同時代の映画作家ではなく、作品は後で追っかけてみることになる。
広島や北海道など地方都市での生活が長かったぼくにとって、
東京在住の映画マニアとは違い、彼らの作品を観る機会は極めて限られていた。
(なにせ前後8年を暮らした釧路など、いまや「市内には一軒の映画館もない街」である。)
だから、好きだとは云いながら、見落としている作品の方が多い。
「東京暮色」('57)もきょう初めて観た。
もっとも、小津のDVDボックスを2箱持っているので開いてみると、「東京暮色」が入っている。
他には「東京物語」「お早よう」「秋刀魚の味」「彼岸花」「秋日和」(第一集)、
「晩春」「麦秋」「お茶漬けの味」「早春」(第二集)…なかなか錚々たるコレクションである。
しかし、買ったのはいいが、いままで一度も開いたことがない。
ファンとしては、小津の映画は「いつでも見たい」と思うからDVDを買う。
でも、どうせ見るなら映画館のスクリーンの方がいいに決まっているから、DVDは見ない。
「東京暮色」、あるいは明日みるつもりの「早春」も、DVDがあっても金を払って映画館に行く。
映画好き以外にはとうてい理解してもらえるとは思えない、一種の“気違い沙汰”である。
で、「東京暮色」だが、小津の作品のなかでは失敗作として評価されることが多いらしい。
あまり信頼は置けないとはいえ、その年のキネマ旬報のベストテンにもランクされてはいない。
翌年の「彼岸花」が3位に入っているのに…と、ちょっと怪訝にさえ思う。
だが、ぼくはこの映画が、しみじみと心に沁みた。
小津は(少なくとも戦後の小津は)、「日本の家族の崩壊」を描き続けていたと思う。
しかし、それはいつも、崩壊の予感のなかでかろうじてバランスを保っている家族の姿であった。
それがこの「東京暮色」では「既に壊れてしまった家族」が描かれている。
山田五十鈴の妻は夫の部下だった男と満州に逃げ、
残された男(笠智衆)は男手ひとつで二人の女の子を育て上げた。
姉娘(原節子)は既に結婚しているが夫との折り合いが悪く、幼い娘を連れて実家に帰ってきている。
妹(有馬稲子)は不良グループの仲間入りをしており(劇中「アプレ」と評される)、
無責任きわまりない男の子供を宿して中絶する(父親は最後までそのことを知らない)。
こうした崩れた人物設定は小津作品としては異例であり、ぼくにも戸惑いというか、違和感があった。
公開当時、評判が悪かったというのもなんとなく解る気がする。
しかし、いつもの小津調を崩すことなく、
決して絶叫することなく淡々と語られる崩壊のドラマは痛いほどに胸に沁みた。
とりわけ笠智衆の父親がいい。
いつも照れたような微笑を絶やさず、寡黙で…ということは、いつもの笠智衆なのだが…、
大陸で苦労した妻が東京に帰ってきて娘と再会したこと、限りなく自殺に近い次女の死など、
黙ってすべてを受け容れて、きょうも事務鞄をぶら下げて会社に通う。
かつての日本の男たちはこういうふうに生きてきたんだなあ…と、
自分の父、いやむしろ祖父たちの世代に、そこはかとない共感を抱きながら映画館を出た。
弾けないバブルはこの世にない。
2008/10/08 Wed 格納先: Economy
株の暴落がすさまじい。
日経平均はきょう一日で1000円近く下がって、9203円になった。
想定を遙かに上回るスピードだが、
ぼくはアメリカの金融不安が顕在化する前から株価が下がるのは時間の問題だと思っていたし、
一時的に反発することはあるにしても、今後は中長期的に低落傾向が続くと考えている。
20年後にぼくが生きているかどうかは判らないが、
その頃になってみると、2008年が「アメリカの没落」のエポックだったということになるのではないか。
ぼくはもちろん経済の専門家ではない。
どころか、経済の理論書の一冊も読んだことがない。
(と思うが…もしかしたら、大学時代に宇野理論の入門書くらいは読んだかもしれない。)
しかし、20年あまり、「日本の田舎」を基点にしながら世界経済を見つめ続けてきた。
それだけに、ある種の“現場感覚”は持ち合わせているつもりだ。
ぼくが本気で経済について考え始めたのは、いま思えばバブル時代のさなかである。
「マネー」が日本社会を席巻し、株価や地価が狂奔し、日本人の多くが冷静を失っているように見えた。
「モノ作り」がこんなにおろそかにされていいものかという、一種素朴な疑問がぼくの出発点だった。
それはやがて(といっても10年くらいの歳月を経て)、
「モノ作りを大切にしない社会は成り立たない」という確信に変わっていった。
いくらお金がまわっても、
モノを作らない限り新しい「価値」は生まれないのだから、これはアタリマエ過ぎる話なのだが…。
ただ、日本人の多くはその「常識」を見失っていたし、それはいまでもそうだと思う。
アメリカは、当時…もう20年以上前に、すでに「モノ作り」を放棄していたように思える。
モノを作らなくなったアメリカで発達したのがある種の金融テクノロジーであり、
アメリカのマネーがその後の長期間にわたって世界を実質的に支配してきた。
しかし、「モノ作り」の背景を喪失したマネーゲームは本質的な意味で「バブル」であり、
なんら生産(=価値の増大)に寄与することのない、
汚い言葉を使えば「やくざが賭場のかすりをしのぎにする」ような経済である。
そういう意味では、アメリカという国そのものが「バブル化」していたといっても過言ではない。
そして、バブルは必ずや弾ける、遅かれ早かれ…。
「弾けなかったバブル」などというものは、歴史上あったためしがない。
アメリカの金融バブルがそれでも20年間以上保ったのは、
ドルが基軸通貨であったこと(=経済が苦しくなれば印刷機を廻せばいいわけだ)、
そして、日本という金持ちで忠実な下僕がいたことによるというのは多くの識者が指摘していることで、
おそらくその通りなのだろうと思う。
「ブッシュのポチ」と呼ばれ、
アメリカ型の金融資本主義(=新自由主義)を日本に持ち込もうとした小泉純一郎が、
本家の金融バブルの崩壊と時を同じくして引退したことは象徴的であるように思えてならない。
1980年代後半の日本のバブルが弾けたとき、
日本人の多くが(大蔵省のエリート官僚も含めて)その事実を冷静かつ客観的に受け止めることができず、
その結果、対応が後手にまわって傷口を拡げるハメになった。
(これはぼくたちが取材した、当時の大蔵省のトップ・エリートの証言からしても間違いのないことだ。)
いままた、冷徹に善後策…それは当然、「アメリカ離れ」のベクトルを持つはずだ…を講じなければ、
過ちを再び繰り返すことになるだろうことは想像に難くない。
落日のアメリカ帝国に殉じたところで、褒めてくれる人間など誰もいないだろう。
今回の世界的規模での「バブル崩壊」が、
「モノ作り」の復権に向けての一歩になるならば、むしろ喜ぶべきことだろうとぼくは思う。
日経平均はきょう一日で1000円近く下がって、9203円になった。
想定を遙かに上回るスピードだが、
ぼくはアメリカの金融不安が顕在化する前から株価が下がるのは時間の問題だと思っていたし、
一時的に反発することはあるにしても、今後は中長期的に低落傾向が続くと考えている。
20年後にぼくが生きているかどうかは判らないが、
その頃になってみると、2008年が「アメリカの没落」のエポックだったということになるのではないか。
ぼくはもちろん経済の専門家ではない。
どころか、経済の理論書の一冊も読んだことがない。
(と思うが…もしかしたら、大学時代に宇野理論の入門書くらいは読んだかもしれない。)
しかし、20年あまり、「日本の田舎」を基点にしながら世界経済を見つめ続けてきた。
それだけに、ある種の“現場感覚”は持ち合わせているつもりだ。
ぼくが本気で経済について考え始めたのは、いま思えばバブル時代のさなかである。
「マネー」が日本社会を席巻し、株価や地価が狂奔し、日本人の多くが冷静を失っているように見えた。
「モノ作り」がこんなにおろそかにされていいものかという、一種素朴な疑問がぼくの出発点だった。
それはやがて(といっても10年くらいの歳月を経て)、
「モノ作りを大切にしない社会は成り立たない」という確信に変わっていった。
いくらお金がまわっても、
モノを作らない限り新しい「価値」は生まれないのだから、これはアタリマエ過ぎる話なのだが…。
ただ、日本人の多くはその「常識」を見失っていたし、それはいまでもそうだと思う。
アメリカは、当時…もう20年以上前に、すでに「モノ作り」を放棄していたように思える。
モノを作らなくなったアメリカで発達したのがある種の金融テクノロジーであり、
アメリカのマネーがその後の長期間にわたって世界を実質的に支配してきた。
しかし、「モノ作り」の背景を喪失したマネーゲームは本質的な意味で「バブル」であり、
なんら生産(=価値の増大)に寄与することのない、
汚い言葉を使えば「やくざが賭場のかすりをしのぎにする」ような経済である。
そういう意味では、アメリカという国そのものが「バブル化」していたといっても過言ではない。
そして、バブルは必ずや弾ける、遅かれ早かれ…。
「弾けなかったバブル」などというものは、歴史上あったためしがない。
アメリカの金融バブルがそれでも20年間以上保ったのは、
ドルが基軸通貨であったこと(=経済が苦しくなれば印刷機を廻せばいいわけだ)、
そして、日本という金持ちで忠実な下僕がいたことによるというのは多くの識者が指摘していることで、
おそらくその通りなのだろうと思う。
「ブッシュのポチ」と呼ばれ、
アメリカ型の金融資本主義(=新自由主義)を日本に持ち込もうとした小泉純一郎が、
本家の金融バブルの崩壊と時を同じくして引退したことは象徴的であるように思えてならない。
1980年代後半の日本のバブルが弾けたとき、
日本人の多くが(大蔵省のエリート官僚も含めて)その事実を冷静かつ客観的に受け止めることができず、
その結果、対応が後手にまわって傷口を拡げるハメになった。
(これはぼくたちが取材した、当時の大蔵省のトップ・エリートの証言からしても間違いのないことだ。)
いままた、冷徹に善後策…それは当然、「アメリカ離れ」のベクトルを持つはずだ…を講じなければ、
過ちを再び繰り返すことになるだろうことは想像に難くない。
落日のアメリカ帝国に殉じたところで、褒めてくれる人間など誰もいないだろう。
今回の世界的規模での「バブル崩壊」が、
「モノ作り」の復権に向けての一歩になるならば、むしろ喜ぶべきことだろうとぼくは思う。
ポスト冷戦時代のスパイ小説
2008/10/07 Tue 格納先: Book
ブライアン・フリーマントルの「殺人にうってつけの日」(新潮文庫)を読んだ。
出張に持っていくのに文庫本が欲しくて、羽田空港の書店で買い求めたものだ。
フリーマントルは「消されかけた男」('77)が面白かった“スパイ小説”の大家で、
「殺人にうってつけの日」は2006年に発表された新作である。
冷戦が終わって20年近くたって、フリーマントルがまだ現役を張っているのがなんとなく意外だった。
「殺人にうってつけの日」の主人公は二人の元スパイとその妻である。
ジャック・メイソンは元CIAの敏腕エージェントであり、実はKGBのWスパイだった人物。
それがバレて、ペンシルヴェニア州の刑務所で15年間服役した。
(小説の発表時期から逆算すると、冷戦終結の直前に逮捕されて服役したことになる。)
刑務所で鍛練を欠かさず、“鋼鉄の肉体”を得て出所してきたメイソンの目的はただひとつ、復讐である。
復讐の対象は、元KGBのスパイでメイソンの上司だったドミートリイ・ソーベリ。
メイソンの妻・アンを愛したソーベリは、
メイソンの正体を暴露することを手土産にアメリカに亡命した。
いまはCIA & FBIの「証人保護プログラム」にのっとってダニエル・スレイターと名前を変え、
アンと結婚してメリーランド州の片田舎の町で目立たないように暮らしている。
メイソンは自分を売った男と元の妻を捜し出し、苦しめたうえで殺害したいと考えている。
ストーリィを要約してみると明確だが、
メイソンの15年という服役期間が物語のミソで、
これは冷戦の申し子だった元諜報員たちが15年の空白の後にあいまみえる「冷戦の延長戦」なのである。
追うものと追われるもの…
情報戦の表も裏も知り尽くしたかつてのプロたちが、持てる技術のすべてを尽くしてわたりあうのである。
これが面白くならないはずがない…
ぼくはこの小説をマンハント(人間狩り)ものの変奏曲として、
「血わき肉躍る冒険小説」を期待しながら読み進めていった。
しかし、フリーマントルは、その期待を大胆かつ確信犯的に裏切っていく。
特にスレイターとアンの一人息子が○○○○あたりから、展開は暗く拗けていく。
二人の「元スパイ」は、
かつての凄腕の片鱗をみせながらも(特にスレイターが現役CIA局員を手玉に取るシーンが面白い)、
次第にどこかで「冷戦を引きずっていて」時代の変化についていけないという現実を露呈していく。
塀の中で15年間、
憎しみだけを純粋培養してきたメイソンは一種のパラノイアであり、
本人は気がついていないが、もはや現実社会には適応できなくなっている。
一方、スレイターは、
自分が「ジャック・メイソンを恐れている」という事実を認めたくないばかりに、
みすみす危険信号を見逃し、対応が後手に回ってしまう。
かくして二人の「元プロ」の対決は、微妙にずっこけながら、後味の悪い結末を迎える…
こうしたストレイトならざる物語の捩じれが、
「冷戦後の現実」に対するフリーマントルの批評であることはいうまでもないだろう。
とても面白く読んだし、「消されかけた男」をもう一度読みたくなった(幸い手元に文庫本がある)。
出張に持っていくのに文庫本が欲しくて、羽田空港の書店で買い求めたものだ。
フリーマントルは「消されかけた男」('77)が面白かった“スパイ小説”の大家で、
「殺人にうってつけの日」は2006年に発表された新作である。
冷戦が終わって20年近くたって、フリーマントルがまだ現役を張っているのがなんとなく意外だった。
「殺人にうってつけの日」の主人公は二人の元スパイとその妻である。
ジャック・メイソンは元CIAの敏腕エージェントであり、実はKGBのWスパイだった人物。
それがバレて、ペンシルヴェニア州の刑務所で15年間服役した。
(小説の発表時期から逆算すると、冷戦終結の直前に逮捕されて服役したことになる。)
刑務所で鍛練を欠かさず、“鋼鉄の肉体”を得て出所してきたメイソンの目的はただひとつ、復讐である。
復讐の対象は、元KGBのスパイでメイソンの上司だったドミートリイ・ソーベリ。
メイソンの妻・アンを愛したソーベリは、
メイソンの正体を暴露することを手土産にアメリカに亡命した。
いまはCIA & FBIの「証人保護プログラム」にのっとってダニエル・スレイターと名前を変え、
アンと結婚してメリーランド州の片田舎の町で目立たないように暮らしている。
メイソンは自分を売った男と元の妻を捜し出し、苦しめたうえで殺害したいと考えている。
ストーリィを要約してみると明確だが、
メイソンの15年という服役期間が物語のミソで、
これは冷戦の申し子だった元諜報員たちが15年の空白の後にあいまみえる「冷戦の延長戦」なのである。
追うものと追われるもの…
情報戦の表も裏も知り尽くしたかつてのプロたちが、持てる技術のすべてを尽くしてわたりあうのである。
これが面白くならないはずがない…
ぼくはこの小説をマンハント(人間狩り)ものの変奏曲として、
「血わき肉躍る冒険小説」を期待しながら読み進めていった。
しかし、フリーマントルは、その期待を大胆かつ確信犯的に裏切っていく。
特にスレイターとアンの一人息子が○○○○あたりから、展開は暗く拗けていく。
二人の「元スパイ」は、
かつての凄腕の片鱗をみせながらも(特にスレイターが現役CIA局員を手玉に取るシーンが面白い)、
次第にどこかで「冷戦を引きずっていて」時代の変化についていけないという現実を露呈していく。
塀の中で15年間、
憎しみだけを純粋培養してきたメイソンは一種のパラノイアであり、
本人は気がついていないが、もはや現実社会には適応できなくなっている。
一方、スレイターは、
自分が「ジャック・メイソンを恐れている」という事実を認めたくないばかりに、
みすみす危険信号を見逃し、対応が後手に回ってしまう。
かくして二人の「元プロ」の対決は、微妙にずっこけながら、後味の悪い結末を迎える…
こうしたストレイトならざる物語の捩じれが、
「冷戦後の現実」に対するフリーマントルの批評であることはいうまでもないだろう。
とても面白く読んだし、「消されかけた男」をもう一度読みたくなった(幸い手元に文庫本がある)。
いよいよ逃げ切れない、かも…
妻がぼくのためのランニング・シューズを買い込んできた。
軽いうえに、底に空気のクッションが入っているので膝や足首を痛めないという触れ込みである。

ナイキのエアマックス、
もちろんプレミアムがつくという「95」ではないが、それでもブランド品には違いない。
値段にして1万円以上はするようだ。
ぼくは、若いときも含めて、こんないい靴を履いて走ったことは一度もない。
ここ二回走ったときは、普段履きのNB(ニューバランス)のスニーカーを履いていた。
「締まり屋」の妻が大盤振る舞いをしたところをみると、
是が非でもぼくを一緒に走らせたいという不退転の決意の表れなのだろう。
(妻は、健康とダイエットのために「週に二回は走りたい」などと口走っている。)
妻のスローなジョギングに付き合うのに、1万円以上する靴は明らかにオーバー・スペックなのだが…。
明日、出勤前に走ろうと妻は云う。
あいにく、明日の天気予報は雨なのだが…。
軽いうえに、底に空気のクッションが入っているので膝や足首を痛めないという触れ込みである。

ナイキのエアマックス、
もちろんプレミアムがつくという「95」ではないが、それでもブランド品には違いない。
値段にして1万円以上はするようだ。
ぼくは、若いときも含めて、こんないい靴を履いて走ったことは一度もない。
ここ二回走ったときは、普段履きのNB(ニューバランス)のスニーカーを履いていた。
「締まり屋」の妻が大盤振る舞いをしたところをみると、
是が非でもぼくを一緒に走らせたいという不退転の決意の表れなのだろう。
(妻は、健康とダイエットのために「週に二回は走りたい」などと口走っている。)
妻のスローなジョギングに付き合うのに、1万円以上する靴は明らかにオーバー・スペックなのだが…。
明日、出勤前に走ろうと妻は云う。
あいにく、明日の天気予報は雨なのだが…。
再び、走る。
2008/10/05 Sun 格納先: Personal
妻にせがまれて2週間ぶりに走った。
前回走って以来、妻はすっかり“その気”になって、
ランニング・シューズやジョギング・ウェアを買ってきた(どうやら「形から入る」タイプらしい)。
ところが、結局それから一度も走っていないわけで、
きょうは朝から「一人じゃ走れないから、一緒に走ってくれなきゃダメ」とぼくをせっつく。
息子は「つきあいきれない」と拒んだので、
しょうがない、ぼくが妻のスピードに合わせて並走することにした。
妻はぼくが早足で歩くのに毛が生えたくらいのスピードでとろとろと走る。
つきあって善福寺河畔を五日市街道まで行って折り返し、
最後の方は「もう走れない、歩く」というのを叱咤激励しながら、4km弱を30分近くかけて完走した。
ぼくはこれでは「走った気がしない」ので、
最後の100mほどを短距離並みのスピードで全力疾走し、それですっきりした。
前回は汗びっしょりになったが、きょうはようやく汗をかいた程度で、呼吸もほとんど乱れていない。
この程度でいいなら毎日だって走れそうだ。
(「走りたい」という意味ではないから、妻よ誤解するな。)
前回走って以来、妻はすっかり“その気”になって、
ランニング・シューズやジョギング・ウェアを買ってきた(どうやら「形から入る」タイプらしい)。
ところが、結局それから一度も走っていないわけで、
きょうは朝から「一人じゃ走れないから、一緒に走ってくれなきゃダメ」とぼくをせっつく。
息子は「つきあいきれない」と拒んだので、
しょうがない、ぼくが妻のスピードに合わせて並走することにした。
妻はぼくが早足で歩くのに毛が生えたくらいのスピードでとろとろと走る。
つきあって善福寺河畔を五日市街道まで行って折り返し、
最後の方は「もう走れない、歩く」というのを叱咤激励しながら、4km弱を30分近くかけて完走した。
ぼくはこれでは「走った気がしない」ので、
最後の100mほどを短距離並みのスピードで全力疾走し、それですっきりした。
前回は汗びっしょりになったが、きょうはようやく汗をかいた程度で、呼吸もほとんど乱れていない。
この程度でいいなら毎日だって走れそうだ。
(「走りたい」という意味ではないから、妻よ誤解するな。)