02 November 2008
檄を飛ばす
2008/11/06 Thu 格納先: Medical
「檄を飛ばす」という言葉がある。
ぼくのMacにインストールされている「大辞泉」によれば、
「自分の主張や考えを広く人々に知らせる。また、それによって人々に決起を促したりする」の意。
…ぼくは、最近、あちこちに「檄を飛ばし」まくりで、
もしかしたら自分は根っからの「扇動家」タイプではないかと内心危惧したりもしている。
きのう、丹波新聞のAくんからメールが入った。
8日に丹波市で開かれる医療に関するシンポジウムにメッセージを寄せて欲しいという。
丹波は、「医療崩壊」と「医療再生」の狭間で揺れ続けている土地だ。
県立柏原病院の小児科が崩壊の瀬戸際に追い込まれたとき、
丹波では「柏原病院の小児科を守る会」のお母さんたちが「決起」し、
コンビニ受診(軽い症状で夜間でも気軽に病院を受診すること)を減らそうと呼びかけることで
小児科医が増えるなどの目覚ましい成果を挙げた。
しかし、その後も(小児科以外の)医師は減り続け、
このままでは病院の存続自体がおぼつかないところまで来ている。
実は、県立柏原病院から1kmも離れていないところに柏原赤十字病院があり、
こちらも深刻な医師不足に苦しんでいる。
そして、県立柏原病院は内科医不足、柏原赤十字は外科不足が深刻だ。
「限りある医療資源」を有効に使うためには、
二つの病院を統合すべきだという声が他ならぬ現場の医師のあいだから上がっている。
しかし、統合すれば、医師はともかく看護師などの職員数を減らさざるを得ず、
組合は「雇用を守る」立場から反対姿勢を崩してはいない。
また医療機関の統合は住民の目には「医療サービスの縮小・切り捨て」と映りかねず、
住民の反発を怖れてか、行政、議会は一向に動こうとしない。
県立柏原病院も柏原赤十字も設置者は兵庫県知事なのだが、
知事には統合の音頭を取る気などさらさらない(逆に「統合はしない」と明言している)。
このままでは二つの病院が共倒れという事態にも陥りかねず、
その八方塞がりの状況をどうにか打破しようという市民主体のシンポジウムなのだが、
ぼくは次のような文章を送って「檄を飛ばす」ことにした。
いま、医療をめぐる情勢は「戦争状態」といっても過言ではないと思います。
戦争に勝つためには何をすべきか?
まず豊富で正確な情報収集、そして的確な分析、迅速な決断、さらに間髪を入れず行動すること。
「医療崩壊」という敵が目の前に迫っているのに、
ちんたら対策会議を開催したり、関係者の利害調整を図っていたのでは、
「不名誉の戦死」を免れないのは火を見るより明らかです。
問題の先送り、すなわち「現状維持という選択」は、座して死を待つ以外の何物でもありません。
丹波はいま、
「小児科を守る会」のお母さんたちが活躍した第一幕から、
「医療再生」に向かう第二幕をあけられるかどうかの瀬戸際です。
行政は動きません。
彼らは等しく「決断したくない症候群」に冒されているからです。
だから、動くのは、ここにお集まりのみなさんしかいない。
みなさんが行動を始めることで、動かない行政の尻(ケツ)を蹴り飛ばすしかないのです。
不幸にして活用できる医療資源は限られており、
従って医療再生は「早い者勝ち」でしかあり得ません。
その危機感を共有できた地域のみが次の舞台の幕をあけることができるのです。
ここにお集まりのみなさんの決断と行動に熱い期待と連帯のエールを送ります。
ぼくのMacにインストールされている「大辞泉」によれば、
「自分の主張や考えを広く人々に知らせる。また、それによって人々に決起を促したりする」の意。
…ぼくは、最近、あちこちに「檄を飛ばし」まくりで、
もしかしたら自分は根っからの「扇動家」タイプではないかと内心危惧したりもしている。
きのう、丹波新聞のAくんからメールが入った。
8日に丹波市で開かれる医療に関するシンポジウムにメッセージを寄せて欲しいという。
丹波は、「医療崩壊」と「医療再生」の狭間で揺れ続けている土地だ。
県立柏原病院の小児科が崩壊の瀬戸際に追い込まれたとき、
丹波では「柏原病院の小児科を守る会」のお母さんたちが「決起」し、
コンビニ受診(軽い症状で夜間でも気軽に病院を受診すること)を減らそうと呼びかけることで
小児科医が増えるなどの目覚ましい成果を挙げた。
しかし、その後も(小児科以外の)医師は減り続け、
このままでは病院の存続自体がおぼつかないところまで来ている。
実は、県立柏原病院から1kmも離れていないところに柏原赤十字病院があり、
こちらも深刻な医師不足に苦しんでいる。
そして、県立柏原病院は内科医不足、柏原赤十字は外科不足が深刻だ。
「限りある医療資源」を有効に使うためには、
二つの病院を統合すべきだという声が他ならぬ現場の医師のあいだから上がっている。
しかし、統合すれば、医師はともかく看護師などの職員数を減らさざるを得ず、
組合は「雇用を守る」立場から反対姿勢を崩してはいない。
また医療機関の統合は住民の目には「医療サービスの縮小・切り捨て」と映りかねず、
住民の反発を怖れてか、行政、議会は一向に動こうとしない。
県立柏原病院も柏原赤十字も設置者は兵庫県知事なのだが、
知事には統合の音頭を取る気などさらさらない(逆に「統合はしない」と明言している)。
このままでは二つの病院が共倒れという事態にも陥りかねず、
その八方塞がりの状況をどうにか打破しようという市民主体のシンポジウムなのだが、
ぼくは次のような文章を送って「檄を飛ばす」ことにした。
いま、医療をめぐる情勢は「戦争状態」といっても過言ではないと思います。
戦争に勝つためには何をすべきか?
まず豊富で正確な情報収集、そして的確な分析、迅速な決断、さらに間髪を入れず行動すること。
「医療崩壊」という敵が目の前に迫っているのに、
ちんたら対策会議を開催したり、関係者の利害調整を図っていたのでは、
「不名誉の戦死」を免れないのは火を見るより明らかです。
問題の先送り、すなわち「現状維持という選択」は、座して死を待つ以外の何物でもありません。
丹波はいま、
「小児科を守る会」のお母さんたちが活躍した第一幕から、
「医療再生」に向かう第二幕をあけられるかどうかの瀬戸際です。
行政は動きません。
彼らは等しく「決断したくない症候群」に冒されているからです。
だから、動くのは、ここにお集まりのみなさんしかいない。
みなさんが行動を始めることで、動かない行政の尻(ケツ)を蹴り飛ばすしかないのです。
不幸にして活用できる医療資源は限られており、
従って医療再生は「早い者勝ち」でしかあり得ません。
その危機感を共有できた地域のみが次の舞台の幕をあけることができるのです。
ここにお集まりのみなさんの決断と行動に熱い期待と連帯のエールを送ります。
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オバマ勝つ
2008/11/05 Wed 格納先: News
アメリカ大統領選で民主党候補のバラク・オバマが圧勝した。
オバマが生まれた1960年代、
「黒人のアメリカ合衆国大統領」はSF…というと語弊があるが、
空想未来小説のテーマでしかなかった。
(黒人大統領誕生を描いた「The Man」というアメリカ映画があったはずだ。)
それから40年あまり、黒人大統領の誕生は、ぼくの予想よりも遙かに早く現実となった。
テレビの画面を通じてではあるが、まさに「歴史的瞬間」に立ち会ったという高揚感を覚えた。
もちろん、オバマが…黒人だからという理由で…必ずしもアメリカ社会の「変革者」になるとは限らない。
アメリカを世界最凶の「ならず者国家」に導いたブッシュよりは遙かにマシなはずだが。
それでも、様々な既得権益が網の目のように張り巡らされているはずの巨大国家アメリカにおいて、
オバマに何ができるかは全くの未知数である。
ぼくはオバマが「アメリカの衰退」という世界史的な現実を受け容れ、
衰退へのソフト・ランディングを志向した政策を打ち出すことができれば、
彼は歴史に残る変革者、偉大な大統領になるだろうと考えている。
そこまではいかなくても、今回のアメリカ国民の選択は、「戦争に至る道」を回避した可能性が強い。
アメリカが風邪を引けば日本がくしゃみをするのが現実だから、期待はしないが、見守っていくしかない。
オバマが生まれた1960年代、
「黒人のアメリカ合衆国大統領」はSF…というと語弊があるが、
空想未来小説のテーマでしかなかった。
(黒人大統領誕生を描いた「The Man」というアメリカ映画があったはずだ。)
それから40年あまり、黒人大統領の誕生は、ぼくの予想よりも遙かに早く現実となった。
テレビの画面を通じてではあるが、まさに「歴史的瞬間」に立ち会ったという高揚感を覚えた。
もちろん、オバマが…黒人だからという理由で…必ずしもアメリカ社会の「変革者」になるとは限らない。
アメリカを世界最凶の「ならず者国家」に導いたブッシュよりは遙かにマシなはずだが。
それでも、様々な既得権益が網の目のように張り巡らされているはずの巨大国家アメリカにおいて、
オバマに何ができるかは全くの未知数である。
ぼくはオバマが「アメリカの衰退」という世界史的な現実を受け容れ、
衰退へのソフト・ランディングを志向した政策を打ち出すことができれば、
彼は歴史に残る変革者、偉大な大統領になるだろうと考えている。
そこまではいかなくても、今回のアメリカ国民の選択は、「戦争に至る道」を回避した可能性が強い。
アメリカが風邪を引けば日本がくしゃみをするのが現実だから、期待はしないが、見守っていくしかない。
和商市場の勝手丼 & シシャモ寿司
2008/11/03 Mon 格納先: Food &
Drink
羅臼のシンポジウムで一緒だった兵庫県丹波市の新聞記者・Aくん、
札幌在住の医療コンサルタント・Tさんが昨夜は釧路の我が家に泊まった。
きょうは二人が(観光客らしく)「勝手丼」を食べたいというので、連れ立って和商市場に出かけた。
「勝手丼」は市場でまずご飯を買い、
好みの店でウニやイクラなど好きな海産物を買って、その場で載せて食べるというものである。
ぼくの記憶では、10数年前までは、知る人ぞ知るといった「隠れた釧路名物」だった。
徹夜仕事を終えた後など、和商に行ってちょっと贅沢な勝手丼を食べ、疲れを癒したものである。
それが近年は、それぞれの店に「勝手丼できます」といった貼り紙が目立つようになり、
刺身を小分けして、勝手丼用に売る店が増えてきた。
ぼくらが食べていたのはウニや量り売りのイクラ、タラコなどの地物で、
ほかの地方で獲れた魚や冷凍ものの刺身が並ぶようになっては興醒めである。
ぼくたちがテレビで紹介するなどして有名になった結果だから、文句の言えた筋合いではないのだが…。
ぼくは古式を守って(?)、イクラだけを買った。
いつも買う店なのでサービスにタラコを付けてくれて、ご飯代を合わせ650円で充分満足をした。
釧路ではシシャモ漁が始まっているので、
一夜干しのシシャモを東京まで送ってくれるように馴染みの店に注文を出す。
生乾きのシシャモは一年でこの季節にしか食べられない旬の味であり、
一度これを食べてしまうと、カラカラに乾いたシシャモがずいぶん味気ないものに思えてしまう。
市場の中にある鮨屋「竹寿司」に
「季節限定 シシャモ寿司」という看板が出ていたので、Aくんと二人で入ってみた。
二貫で350円。
さっと酢をくぐらせた生のシシャモを握る。
味は淡泊さのなかにもさっぱりとした上品な甘みがあって、美味しい。
20年ほど前、沙流川の河口にある富川の町でシシャモ寿司を食べた記憶があるが、
そのときはもっと深く酢で締めてあったような気がする。
今回食べたものの方がフレッシュで旨い。
釧路にはもともとシシャモを生で食べる習慣はなかったと思うが、
この店では5年ほど前から、秋のシシャモ漁の季節だけ、寿司として供しているという。
昼食は勝手丼ですませていたのだが、後を引く美味しさなので、もう二貫注文して食べた。
札幌在住の医療コンサルタント・Tさんが昨夜は釧路の我が家に泊まった。
きょうは二人が(観光客らしく)「勝手丼」を食べたいというので、連れ立って和商市場に出かけた。
「勝手丼」は市場でまずご飯を買い、
好みの店でウニやイクラなど好きな海産物を買って、その場で載せて食べるというものである。
ぼくの記憶では、10数年前までは、知る人ぞ知るといった「隠れた釧路名物」だった。
徹夜仕事を終えた後など、和商に行ってちょっと贅沢な勝手丼を食べ、疲れを癒したものである。
それが近年は、それぞれの店に「勝手丼できます」といった貼り紙が目立つようになり、
刺身を小分けして、勝手丼用に売る店が増えてきた。
ぼくらが食べていたのはウニや量り売りのイクラ、タラコなどの地物で、
ほかの地方で獲れた魚や冷凍ものの刺身が並ぶようになっては興醒めである。
ぼくたちがテレビで紹介するなどして有名になった結果だから、文句の言えた筋合いではないのだが…。
ぼくは古式を守って(?)、イクラだけを買った。
いつも買う店なのでサービスにタラコを付けてくれて、ご飯代を合わせ650円で充分満足をした。
釧路ではシシャモ漁が始まっているので、
一夜干しのシシャモを東京まで送ってくれるように馴染みの店に注文を出す。
生乾きのシシャモは一年でこの季節にしか食べられない旬の味であり、
一度これを食べてしまうと、カラカラに乾いたシシャモがずいぶん味気ないものに思えてしまう。
市場の中にある鮨屋「竹寿司」に
「季節限定 シシャモ寿司」という看板が出ていたので、Aくんと二人で入ってみた。
二貫で350円。
さっと酢をくぐらせた生のシシャモを握る。
味は淡泊さのなかにもさっぱりとした上品な甘みがあって、美味しい。
20年ほど前、沙流川の河口にある富川の町でシシャモ寿司を食べた記憶があるが、
そのときはもっと深く酢で締めてあったような気がする。
今回食べたものの方がフレッシュで旨い。
釧路にはもともとシシャモを生で食べる習慣はなかったと思うが、
この店では5年ほど前から、秋のシシャモ漁の季節だけ、寿司として供しているという。
昼食は勝手丼ですませていたのだが、後を引く美味しさなので、もう二貫注文して食べた。
エゾクサウオの季節
2008/11/02 Sun 格納先: Diving
医療再生を考えるシンポジウムを終え、2月以来久しぶりに羅臼の海に潜った。
昨夜はパネリストの先生たちと遅くまで飲んでいたので、睡眠不足でのダイビングである。
水温は13℃台で、この海としては「冷たい」うちには入らない。
顔を水に浸けると頭がスキッとして、目が醒めた。
沖縄や伊豆の明るく開放的な海とは違い、
羅臼の海は潜っていると気分が次第に沈潜してくる、そんな海だ。
羅臼はエゾクサウオの季節を迎えていた。
おたまじゃくしの親玉のような姿形で、つぶらとはいえない瞳を持った魚である。
いつもくるんと丸くなっているので、全長はよく判らないが、たぶん30cmくらいのものだろう。
腹に吸盤があって岩などに吸い付いており、あまり泳ぐ姿を見たことがない。
地味な魚だが、よく見ると得も言われない愛嬌があったりする。
体色や模様にはヴァリエーションがあって、
白い体に細かいラインが入ったこの個体などなかなかお洒落だ。
ヒドラの林の中という絶好のポジションにいたので、夢中になって写真を撮った。
こちらは午後の二本目で、時化に流されて水没したテトラポットに張り付いていた。
全身のオレンジ色が鮮やかで、海の中でもよく目立つ。
メバルの仲間など羅臼の海の普通種が目立ち、驚くような魚には出会えなかったが、
二本とも1時間以上かけてゆっくり潜った。
心を浮き立たせる南の海もいいが、
海の底で自分の裡側を覗き込むような、北の海の内省的なダイビングもまたいいものだ。
昨夜はパネリストの先生たちと遅くまで飲んでいたので、睡眠不足でのダイビングである。
水温は13℃台で、この海としては「冷たい」うちには入らない。
顔を水に浸けると頭がスキッとして、目が醒めた。
沖縄や伊豆の明るく開放的な海とは違い、
羅臼の海は潜っていると気分が次第に沈潜してくる、そんな海だ。
羅臼はエゾクサウオの季節を迎えていた。
おたまじゃくしの親玉のような姿形で、つぶらとはいえない瞳を持った魚である。
いつもくるんと丸くなっているので、全長はよく判らないが、たぶん30cmくらいのものだろう。
腹に吸盤があって岩などに吸い付いており、あまり泳ぐ姿を見たことがない。
地味な魚だが、よく見ると得も言われない愛嬌があったりする。
体色や模様にはヴァリエーションがあって、
白い体に細かいラインが入ったこの個体などなかなかお洒落だ。
ヒドラの林の中という絶好のポジションにいたので、夢中になって写真を撮った。
こちらは午後の二本目で、時化に流されて水没したテトラポットに張り付いていた。
全身のオレンジ色が鮮やかで、海の中でもよく目立つ。
メバルの仲間など羅臼の海の普通種が目立ち、驚くような魚には出会えなかったが、
二本とも1時間以上かけてゆっくり潜った。
心を浮き立たせる南の海もいいが、
海の底で自分の裡側を覗き込むような、北の海の内省的なダイビングもまたいいものだ。