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| 見えるもの見えないもの | | 作成日時: Dec 15, 2004, 10:46 AM |
外宮の朝
夜が明けようとしていた。
この春から小学六年生になったばかりの楠部壮平は、まだ眠っているパパやママ、お手伝いのハルエさんに気づかれないように裏口からそっとぬけ出した。まだ暗い通りには、だれもいない。
壮平は、すぐ近くにある伊勢神宮の外宮の鳥小屋に向かってかけだした。壮平が手にしっかりかかえているのは、鉛筆とスケッチブックだ。五月の朝のひんやりとした空気が、かけて行く壮平のまわりで風になった。
タッタッタタ。かけて来た壮平は、鳥小屋の前ですわりこむと目をこらした。
「まだか、まだか」
壮平は鳥小屋をのぞきこんでつぶやいた。まだ鳥小屋の中は、ひっそりしている。するとその時鳥小屋の横から、作業着を来た人のよさそうなおじさんが、ひょこっと顔を出して壮平に声をかけた。
「よう、今朝も早いな、壮平君。ヤマトのやつは、まだ鳴かないかい?」
壮平は、じっと鳥小屋を見つめたまま、聞こえないふりをした。まだ六時にならない。ふつうの小学生なら、ふとんにくるまって眠っている時間なのに、壮平はいったいここで、何を待っているのだろう?
すると、とつぜん、
コケコッコー。コケコッコー。
一羽のにわとりの声が、ひんやりした明け方の空気を、びりびりふるわせた。
いつの間にか鳥小屋から外へ出て来た、ひときわ大きなおんどりヤマトが鳴いたのだ。首をほこらしげに高く上げ、雪のように白い羽は長く、尾だけが黒い。ヤマトが鳴いたその瞬間、壮平の手は、目にもとまらぬ早さでスケッチブックの上を動き、五分とかからぬうちに、たった今鳴いたおんどりヤマトの姿を、そっくり白い紙の上に写し上げた。
あたりはだんだん明るくなり、白い朝もやが消えて行く。うっそうとしげる杉木立ちの間からふりそそぐ神々しい朝の光をあびながら、ヤマトがゆうゆうと王様のように歩く。『朝を呼んだのはオレよ』と自信たっぷりに見えた。
ヤマトが、ふつうのにわとりでなく見えるのは、朝日を浴びるこの時間だけだ。壮平は、そう思っている。
「ヤマトが鳴いて、良かったなあ」
さっきのおじさんが、鳥小屋のそうじをしながらまた話しかけたが、壮平は返事もせずに立ち上がると、パタンとスケッチブックを閉じた。
夜明けとともに、ザクザクと玉ジャリをふみしめて、壮平の前を、朝参りの人たちが森の中へ入って行く。森のむこうの勾玉池のまわりを、犬をつれて散歩をする人の姿も、ぼちぼち見え出した。壮平のまわりには、朝ごはんを食べている何十わものにわとりがいる。その中でヤマトも他のにわとりと同じようにコッコッとえさをつついていた。
伊勢神宮には、外宮と内宮がある。ふたつのお宮はずいぶんはなれている。どちらのお宮にも馬とにわとりがいて、子供たちの人気のまとだ。神宮の馬は、昼間は参道のわきの小屋から、参拝の人たちを優しい目でながめていて、森の中には、馬のための立派な運動場もある。朝早く鳥小屋から出されるにわとりたちは、イタチやタヌキのおそって来ない昼間、勝手きままに外を出歩くのだ。
壮平が、玉ジャリをあらあらしくけってかけだすと、にわとりたちは、コッコッココッと大騒ぎをしながら、逃げ出した。にわとりたちのさわぎを横目で見ながら、壮平はニヤリといじの悪い笑みを浮かべてかけ去った。 *
壮平の通う、外宮の近くの月夜見小学校の校庭には、大きな『けやき』が一本すっくと立っている。『けやき』は、もう百年も校庭の子どもたちを見下ろしてきた。この『けやき』は、壮平たちのおじいちゃん、おばあちゃん、ひょっとするとそのまたおじいちゃん、おばあちゃんの子どものころだって、知っているかもしれない。
さわやかな五月の青空の下、朝の校庭では生徒たちが集会の真っ最中だ。カカシそっくりのひょろっとした山田校長が、台の上に立ってマイクへ向かい、にこにこしている。「六年一組の楠部壮平君。全国学生美術コンクールの銀賞の表彰をします。前へ出て下さい」
校庭にならんだ六百人の生徒は、しーんとして待った。
「楠部君、前へ」もう一度声がかかった。
けれど、だれも出てこない。
正面の台の上の山田校長は、六年一組担任の黒住先生の方を見て首をかしげて見せた。今年三十五才になる背の低い黒住先生は、ぼさぼさ頭をかきかき、いかにもこまったようすで生徒の列に入って行く。
六百人の生徒たちは、ざわつきはじめた。「どうしたんだろ」「なんとしたん?」「欠席かいな」そんなことばが、たちまちさざ波のようにあちらこちらで起こった。
黒住先生は、壮平の横に走りより
「楠部、前へ出なさい」と小声で言った。
「銀賞なんて、いらん」
白地に赤と緑の線が入ったしゃれたポロシャツを着た壮平は、そう言うなりプイと横を向いた。
「壮平、銀賞は全国何万人かの中で二番目いうことやろ。すごいやんか。早よ、行きない」壮平の前にいる牛乳ビンの底のようなレンズのメガネをかけた桜木明人がささやく。
「うるせえなあ、メガネ。銀賞なんてもうたくさんや。金賞かグランプリじゃなきゃつまんねえよ。
先生、かわりにもらっといて」
壮平は、そう言うと口をへの字に曲げて、空をにらむ。
黒住先生は、のどまで出かかったことばをのみこんで、まわれ右をすると校長のところへ走った。山田校長は、台から落っこちるのではないかと思うくらい、長い胴を傾けて黒住先生の話を聞いていたが、ふんふん、わっかりました、というようにうなずくと、しゃきんときをつけの姿勢になり、よゆうの笑みをうかべてマイクに向かった。
「楠部君が前に出たくないそうなので、皆さんに紹介だけしておきます。
楠部君は、小さい頃から、皆さんもよく知っている、高倉山幼稚園の中里あいこ先生に絵を習い、これまでもたびたびコンクールに入選してきました。今回は、この学校のとなりにある月夜見の宮を写実的に描いた絵が、日本全国から集まった作品の中で銀賞に選ばれたわけです。すばらしいことです。これからも、がんばってほしいと思います」
生徒たちは、いっせいに拍手した。壮平は、しらん顔をして、空をにらみつけている。明人は、壮平の顔をちらりと見て、拍手しかけた手を下ろした。明人だけでなく、横に並んでいる今宮さくらも、壮平を見て拍手をやめた。
「壮平君、ちょっと言い過ぎじゃない?
すなおじゃないよね。
銀賞じゃうれしくないなんて」
クラス委員のさくらは、壮平に言う。
「うるせえな。女はうるさいからきらいだ」さくらは、壮平に何か言い返そうとして、ハッと思い当たった。
「ひょっとして・・・壮平君は、金賞じゃなかったのがくやしいんだ」
壮平はあい変わらず、空をにらみつけている。さくらは、何も言えなくなってしまった。
明人のメガネ
ガッチャーン
給食のあと片付けの時、教室の入り口で、けたたましく牛乳ビンの割れる音がした。
「きゃー」「あらー」
女の子たちが悲鳴を上げる。
「知ーらんぞ、知ーらんぞ」
「だれや、だれや割ったんは」
「黒住先生を呼びに行かんと」
今宮さくらが、職員室へ走る。
教室の中は、たいへんなさわぎになった。
みんなが、割れた牛乳ビンを囲むと、クラスで一番からだと頭のでかい強本太郎が、明人に向かって言った。
「おう、明人。おまえのメガネが落ちてるぜ。早く拾えよ」
「そや、そや。明人のメガネそっくりや。
牛乳ビンの底メガネや」
ワアーッと四、五人の男の子たちがはやしたてる。
「明人、お前が拾わんなら、拾ったろ」
そう言いながら、割れた牛乳ビンの底を二つ拾うと、明人の目の前で見せびらかしたのは壮平だ。意地の悪い笑みが、顔いっぱいにうかんでいる。
「ぼくんじゃない」
明人は、血の気のなくなった顔できっぱりと言った。
「そうら、もっとあるぞ。もっとあるぞ」
強本太郎やその仲間たちは、おもしろがって、割れて散らばった牛乳ビンの中から、丸い底を拾い出しては明人の手ににぎらせる。明人はされるがままになっていたが、その両手はブルブルふるえている。その時だ。
「何をしている」
黒住先生が乗りこんできた。黒住先生のうしろには、心配そうな顔をしたさくらがいる。「なんでもありませーん」
「早く、ホウキとチリトリ持ってきてえ。
先生、すぐかたづけまあす」
たった今まで、明人をはやしたてていた連中は、とたんにかいがいしく牛乳ビンのかたづけを始めた。
「おやあ、明人君。手伝ってくれるのー。
ありがとさん」
壮平はわざとらしくそう言うと、明人の手からさっきにぎらせた牛乳ビンの底を、うばい取った。黒住先生は、ツカツカッと明人に近付くと
「桜木、どうした。何をされた。正直に言いなさい」
しんけんな声でたずねた。クラスはしーんとなった。太郎は明人をにらみつけ、壮平はあい変わらずニヤニヤしている。
「なにも・・・・ほんとに、なにも」
明人は、つっかえながらやっとそう言うと、うつむいた。
黒住先生は、何も話さない明人を見つめて、心配そうなけわしい顔をするばかりだった。
*
その夜、黒住先生は月夜見の宮の前から神路通りを歩いて、外宮の森の近くに住む中里あい子先生のところへ寄ることにした。月夜見の宮から外宮まで一直線に歩いて五分くらいだ。あい子先生の家は、江戸時代まで栄えていた、神宮の御師のひとり龍太夫の屋敷跡のならびの、小さな町屋だ。御師は、日本全国に伊勢神宮の御札やこよみをくばってまわり「お伊勢まいり」に来るたくさんの人々を屋敷でもてなしたりしていた。
黒住先生は小さい時、龍太夫という名前の人が、でっぷり太って龍のようなヒゲをはやした、こわいおじさんだと思っていたので、ここに来ると、いつも少しおっかなくて、かけ出したものだ。
このあたりの子供は、たいてい外宮の高倉山幼稚園に通う。黒住先生もそうして、あい子先生に、めんどうを見てもらったひとりだ。もう三十年近く昔のことになる。みんなから、『黒ちゃん』と呼ばれていた黒住先生は、あい子先生に注意されてばかりいた。
「黒ちゃん、お話する時には、いつも相手の目を見るのですよ」
「黒ちゃん、自分がされてイヤなことを、お友だちにしないのよ」
という調子で、何か言われるたびに、きゅうくつだったけれど、土曜日の先生の家での絵の教室でだけは、自由に描かせてくれたので、楽しみだった。
あい子先生の家のレコードや本がたくさん並ぶ板の間は、小さい子が五人も画板や絵の具をひろげると、足のふみ場もなくなった。おやつを食べながら、ぺちゃぺちゃと、あい子先生とのおしゃべりする子どもの絵の教室は、今も続いている。なつかしいこの家に、今は楠部壮平や桜木明人たちが通っている。何十年も子どもたちと過ごしてきたあい子先生なら、ぼくに見えない子どもたちを、わかっているかもしれない。
黒住先生は先生として学校でどうしたらいいのかわからない。自分の見えないなにかを、あい子先生なら教えてくれるかも・・・。
そう思いながら深呼吸すると黒住先生は玄関のベルを押した。
「あい子先生、黒住です」
声をかけると、あい子先生が出て来た。
「あら黒ちゃん、久しぶりねえ。
さあ、どうぞお上がり」
あい子先生は、メガネをかけた上品な丸い顔をにこにこさせた。あい子先生の声も顔も、ぼくが幼稚園のころと、少しも変わらない。黒住先生は、なんだか自分が小さい時にもどったような気分になっていた。
「黒ちゃんが、来てくれるなんて、珍しいわね。さあ上がって、今コーヒー入れるから」あい子先生は、そう言うと、台所へ立った。 黒住先生は、三十年前自分がすわって絵を描いた、見覚えのある床板の節を見つめ、ためいきをつきながらつぶやいた。
「ここは何も変わらない。
変わったのは、ぼくか?世の中か?子供たちか?いやいや、子供たちの親か?
そもそもこのぼくが、先生なんて、やれるガラじゃないのかもしれん。おとなだから、当然あいつらのことが、見えるつもりだったんだが・・・。見えるようで、まったく見えん。明人のやつ、今日の昼いじめられても『なにも』なんて言いはるだけだから、何もしてやれない。守ることもできん。いじめるやつらを反省させることは、もっとできん。
壮平はいったい何考えてんだろ。
強本太郎のやつだって・・・・・」
「強本太郎君が、どうかした?」
とつぜん台所からのあい子先生の声がしたので、黒住先生は飛び上がるほどびっくりした。「今、太郎って聞こえたから・・おすもうの強い強本君は、今あなたのクラスでしょ」
「いや、まいったなあ」
黒住先生は、ぼさぼさの頭をかいた。
「ささ、このコーヒーは、おとつい京都の 葵祭りを見に行った帰り、イノダで買ってきたのよ。あなたは、運がいい!」
あい子先生にすすめれて、手に取ったカップから、コーヒーのいいかおりがたちのぼる。ひとくちすすった黒住先生のほほは知らず知らずゆるんで、笑顔がこぼれた。
「うまい!うまいですよ。あい子先生」
「黒ちゃん、その顔よ。あなたは、よく笑うやんちゃな子でしたよ。覚えてる?おゆうぎ会の時、ヤマタノオロチのあなたが、スサノオノミコトにやっつけられる劇で、今は、松阪の本居宣長記念館にいる吉田亮ちゃんが、スサノオノミコトの役だったでしょ」ああ、そんなこともあったっけ、黒住先生はとうに忘れていた小さい時の事件を、はっきりと思い出した。
「舞台の上でケンカになって、あなたが亮ちゃんを泣かせたことがあったじゃない。
ヤマタノオロチがスサノオを泣かせたのは、あなたが最初で最後でしたよ」
「そうそう、つい役を忘れて本気になったんだな。亮ちゃんが泣くから、『泣くなよ』ってクサナギノ太刀をめぐんでやったんだ。
とんでもないヤマタノオロチでしたね。
亮ちゃんは、あい変わらず鈴屋の本居宣長の研究をしてるのかな」
「この前、松坂の『古事記を読む会』で亮ちゃんに会った時の話では、本居宣長の息子さんの春庭さんのことを研究してるっていってたわよ」
「ふーん。春庭かあ。
春庭は、三十歳くらいのころ、目が見えなくなったんですよねえ」
黒住先生は、そう言うと考えこんだ。春庭は、江戸時代、商人から医師になった学者本居宣長の息子だった。跡継ぎと期待されながら、目が見えなくなってしまった。学校の授業で、聞いたことがある。
「ところで黒ちゃん。何か話したいことがあったんじゃない?」あい子先生が、たずねた。そうだ、そうだ、黒住先生は、ここへ来たわけを思い出すと、座り直した。
「あい子先生は、ぼくのクラスの楠部壮平と桜木明人を小さい時からよく知っておられますよね。今もここへ通ってるでしょう?」
「よおく知ってますよ。
あの子たちのお父さんお母さんのこともね」あい子先生はうなずきながらそう言うと、ぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。
「それで、その二人がどうかしたの?」
「壮平と明人は、仲が悪いんでしょうか?」「そうねえ。そう言えば二人がいっしょに絵を描くことはないわねえ。
必ず明人ちゃんが帰ったあと、壮平君がやってくるのよ・・・。
幼稚園の時から、明人ちゃんは目立たないおとなしい子で、壮平君は言いたいことを言うタイプ。組もピーマン組とキャベツ組に、二人、分かれてたわね」
それじゃ、仲が悪いかどうか、まるでわからない。黒ちゃんは、今日の昼間、壮平が明人をいじめていたことを、ここで話そうか話すまいかと迷っていた。
すると、黒住先生の表情をを見ていたあい子先生が口を開いた。
「黒ちゃん、二人のおうちのことを話して上げましょうか?」
「何でもいい、聞かせてください」
黒住先生は、すがるようにたのんだ。
あい子先生は、そんな黒住先生の顔をじっと見ながら話し出した。
「まず、明人ちゃんね。
明人ちゃんのお母さんは、ずいぶん前に亡くなられたのよね」
それは、黒住先生もよく知っていた。
「明人ちゃんのお父さんが、神宮の楽士さんなのは知ってるでしょう」
黒住先生は、うなずいた。
「楽士さんというのは、毎日神楽殿で、琴や太鼓や笛を奏でたり、舞をするのがお仕事なの。
明人ちゃんのお父さんは、神宮一の笛の名人でね。この秋の二十年に一度のご遷宮お祭りでは、秘曲を演奏するだいじなお役らしいわ」伊勢に長く住んでいても、あい子先生に聞く神宮の中の話は、黒住先生にとって、おとぎばなしのような別世界だ。
「明人ちゃんのメガネはね」
あい子先生の一言に。黒住先生の背中がビビッと感じた。明人のメガネこそ、今日の昼間の教室で、牛乳ビンの底メガネとからかわれ、いじめのまとになっていたではないか。黒住先生はきんちょうして、あい子先生の次のことばを待った。
「明人ちゃんは三つの時、死にかけるほどの原因不明の高い熱が続いたことがあるの。その時、だいじな神宮のお祭りの最中で、お父さんはずっと泊まりが続いててね。お祭りの仕事に出ている時は、病気とかケガレとか避けなければならないでしょ。
それをよく分かっておられた明人ちゃんのお母さんは、お父さんに知らせずにあちこち病院をかけ回って、明人ちゃんを助けようとされたの。
ところがお母さんは、もともと丈夫でない方だったから、無理がたたって亡くなられてしまった。お父さんが仕事を終わって帰られたのは、お母さんのお通夜の晩だったのよ」
そんな・・と言いかけた黒住先生の目に、涙が浮かんだ。
「知りませんでした」
「明人ちゃんは、病院でいのちを取り留めたけど、目の視力はもどらなくてね。
それで、あのメガネになったのよ」
ことばを切ると、あい子先生はメガネのくもりをぬぐった。
「それから、おばあちゃんが明人ちゃんとお姉さんの美保ちゃんのめんどうを見ておられるけど、明人ちゃんのお父さんは、めっきり無口になられて・・・。そうそう、お姉さんの美保ちゃんは、今年の春高校を卒業して、神宮の舞姫さんになられたと聞きましたよ」黒住先生の心は、明人の家の事を知って、ズンと重くなっていた。
「明人ちゃんはね、幼稚園に入ったころ、ひとりだけメガネをかけてることをからかわれてね。『メガネなんてヤダ』って外宮さんの勾玉池にほうりこんだことがあるの」
黒住先生は、ゴクリとつばをのみこんだ。
あい子先生の話は続く。
「その時、あの子やピーマン組の子たちに話したのよ。『明人ちゃんのお母さんは、いのちがけで明人ちゃんを助けて、亡くなられた。明人ちゃんの目が、みんなとちがうのは、その時お母さんに助けられたしるしで、明人ちゃんのメガネは、お母さんが明人ちゃんの目になって守っておられるのといっしょなのよ』とね。明人ちゃんもみんなも、分かってくれたと思う」
あい子先生の目は、遠いところを見ていた。黒住先生は目を閉じて、うーんとうなった。あのメガネが、お母さんの目なのか。黒住先生は、顔を真っ青にしながらうつむいた明人を思い出して胸がいたんだ。
「壮平君はね。すごく絵がうまい。それはあなたも知ってるわね。あの子は一人っ子で、おうちが、真珠屋さんでしょ。他にもいろいろ事業をなさってお金持ちだけれど、このごろ海がだめになってきて、真珠養殖もたいへんらしいの。お父さんお母さんは、仕事のことでいっぱいいっぱいで、壮平君のことは、お手伝いさんにまかせきりみたいね。親も忙しいけど、あの子も、毎日何かの習い事や塾に忙しいみたいよ。土曜日は、お習字のあとにここへ来るの。学校のあと夜までそんな生活でしょ。でもね。この前、外宮さんに朝お参りに行ったら、あの子が、にわとりを写生していたの。あまり真剣だったから、声はかけなかったけど、絵はほんとうに好きみたいね」
あい子先生は、ため息をついた。
「黒ちゃん、私、子供たちの絵を見ていつも思うのだけど、子供には、おとなに見えないものが見えるんじゃないかしら」
「はあ?」
黒住先生は、目をしろくろさせた。
「おとなに見えないものが、子供に見えるんですか?そうかなあ」
黒住先生は、不満そうに言った。
「子供たちの描く絵を見てると、子供はみんな天才じゃないかと思えて来るの。ピカソなんかめじゃない、画家として名前が売れてるだけよ。けれどね・・・」
あい子先生は、ことばを切って真剣な目をした。
「壮平君の絵には、子どもの目がないのよ」「えっ?」
あい子先生はいったい何を言い出すんだ?
子どもの目なんて・・あいつは、子どもなんだから、子どもの目に決まってるじゃないか。それがないなんて、どういうことなんだ?
黒住先生は、混乱した。
「壮平君には、ふつうの子供に見えるはずのものが、見えてない気がするの。ことばで言うのはむずかしいけれど、壮平君の絵の写実力は、おとなも舌をまくほど、すばらしいでしょ。けれどあの子はね。見えているものしか信じていない。子供らしい夢とか想像とか、ほわっとしたものが欠けている気がするの」「そうですか?
そんなことがあるでしょうか・・・」
黒住先生は、目を閉じるとまたうーんとうなった。『銀賞なんて、いらん』と空をにらむ壮平の横顔を思い出していた。
「見えるものと見えないもの・・・か。
あい子先生のおかげで、見えなかったものが少し見えてきたような」
「少しはあなたのお役にたてたかしら、それなら、うれしいけど・・・」
あい子先生は、にこっと笑った。
「黒ちゃん。先生と言われても、あなたも私も見えないものだらけなのよ。先生なんて、先に生まれただけでしょう。先に生まれた分、ちょっと知恵があるからって、見えないものが見えるわけじゃないのよ。子どもでもおとなでも、見えないものを信じられるかどうかが、問題じゃないかしら。私は、もう先が長くない。この年になって言えることはね。見えるものより見えないものの方が、ずうっと大きいということかしらね」
先が長くない・・ということばに、胸がドキンとしたけれど、黒住先生には、あい子先生の言うことが、やっぱりどうもよくわからなかった。
あい子先生から見たら、やっぱりぼくは子どもなのかもしれん。そう思うことにした。黒住先生は真っ暗な外宮の森の方へぶらぶら歩いて行った。外宮の入り口に、神宮のガードマン、衛士さんの居る小さな家の灯が見える。あたりは、しーんとしている。にわとりたちは鳥小屋で、眠っているのだろう。羽の音もしない。神の住む森は、オノやノコギリを持ちこんで木を切り出してはならない。それが二千年も昔からのきまりなのだ。
黒住先生は、しばらく立ち止まって森を見ていた。自然が守られている神宮の森は、タヌキやイタチ、ムササビ、小さな動物や小鳥の天国だ。森の奥から、ときおりホーホーとフクロウの声が聞こえてくる。
「見えるものと見えないもの・・・か」
黒住先生は、おまじないのようにくり返しつぶやいてみる。つぶやいているうちに、ふと思い出した。
「本居春庭は、目が見えなくなった時、やみの世界で何を考えたんだろう・・・」
黒住先生は、あい子先生が話していた本居宣長記念館にいる、泣き虫だった吉田亮ちゃんに、急に会いたくなった。
なにげなく森の一番高い杉を見上げると、大きな満月が杉のこずえの少し上に青白く光っている。
「でかい月だなあ・・・」
満月を見ているうち、明人のメガネを思い出した。
「そうだ、子供たちに聞いてみるか」
黒住先生は、そう決めるとなんだかほっとして、家へ向かった。
見えるもの 見えないもの
リーンゴーン
チャイムが鳴った。
黒住先生が教室に入ってくる。
今宮さくらが「きりーつ、れい」と号令をかけた。みんなは『れい』をすると、がたがたといすにこしを下ろした。
黒住先生は、黒板に大きく
『私』『思う』と書いた。
「『私』ということばに、『が』とか『を』をつけて、『思う』という動作をあらわすことばでむすんでみたいが、どうかな?」
教室はとたんにさわがしくなった。
「かんたん、かんたん。『私は、思う』でいいのやろ」
「はい、静かに」
黒住先生は、大きな声でみんなに言った。
「それじゃ、みんなの言うとおり先生が黒板に書くから、続けて言ってみて下さい」
私は、思う。
私が、思う。
私を、思う。
みんなが、声をそろえて言った。
「先生」今宮さくらが、手を上げた。
「はい、今宮さん」
黒住先生は、指名した。
「『私を、思え』ではいけませんか?」
「そうだねえ。どうだい、みんな。
『私を、思え』と言えるかな?」
言える、言えると何人かがうなずいた。
黒住は、教室をみまわした。
「『私を、思え』私を思いなさい、ということだね。ようし、それじゃ書いておこう」
『私を、思え』と書くと、黒ちゃんは続いて『思わない、思う時、思う、思えば、思え』と黒板に書いた。
「『思う』ということばは、文章の中でこの五つに、変化する。つまり変身するんだな。さっきの『私を、思え』これは、最後の命令の形をしてるだろ。『思う』ということばだけじゃない。『歩く』とか『書く』とかいう動詞は、みんな変化の規則がある。
この規則に気がついて研究した人が、江戸時代にいたんだ」
へえーと声があがる。
「その学者は、この近くに住んでたんだぞ」「先生、わかった。古事記伝を書いた松阪の本居宣長だ」
「そのとおり。と言いたいが、少しちがう。正しく言うと、本居宣長の子供の春庭という人なんだ。この人は、お父さんのあとをついで、学者になれたんだと思うだろう。ところが、春庭は、目が見えなかったんだ」
明人が、はっと顔を上げた。黒住先生を見つめている。
「春庭は、生まれつき目が見えなかったわけじゃないないんだ。けれど、三十歳になるころ見えなくなったので、本居宣長は、あとをつがせることをあきらめるんだよ。目の見えなくなった春庭に、針医の修行を京都でさせるんだ。人間にとって一番つらいのは、やる仕事のないことなんだぞ。だから、宣長は目の見えない春庭に、生きて行くための針治療の技術を身につけさせた。
そして、春庭のかわりに、学問の後つぎとして弟子の稲懸大平を養子に迎える」
そんなあ。かわいそう。女の子たちが言う。黒住先生は、壮平がじっと自分を見つめているのに気がついた。
「春庭は、ほんとうにかわいそうな人だ。しかし、彼は『ことばのやちまた』という文法のもとになる研究を、十年かかって目が見えないのになしとげた。そこでだ」
黒住先生は、もったいつけてみんなを見まわす。
「春庭のことを調べに、今度、みんなで松阪の本居宣長記念館に、社会見学に行こうと思う」
ワーッという声が、教室にわき起こった。
「こらこら、話はまだ続くんだぞ」
黒住先生は、大きな声でどなった。
黒住先生は、教室のみんなに向かって、いちだんと声を大きくしてしゃべった。
「先生も目の見えない春庭が、かわいそうだ。けどね、もし春庭が、目が見えなくならなかったら『ことばのやちまた』は生まれなかったと先生は思うんだ。春庭は、目が見える時に見えなかったものが、視力を失って見えるようになったのだろうか。これは、なぞだ」黒住先生は、そこまで話すとふうっと息をついた。そして姿勢をただすと、みんなの顔を見回して静かに言った。
「今、先生は、君たちより先に生まれたから、こんなふうに先生やってるんだけど・・・。けどな・・・はっきり言って君たちのことが、見えてない。
だから、少しでも見えるようになりたい。
そこで今日は、君たちに教えて欲しいんだ。君たちがふだん考えている、見えないものをね。むずかしいものじゃない、たとえば・・・だね」
黒住先生は、さーっと黒板の文字を消して
「空気」と書いた。
「空気は見えないよなあ」
みんながウンウンとうなずく。
「他には・・・、どんどん言ってくれ。
できるだけくわしくな。
じゃんじゃん書くから」
「テストの答え」
太郎が言うと、みんなどっと笑った。
「そりゃ、ちょっとちがうんじゃないか。
答えが見えちゃ、テストにならない」
黒住先生も笑った。
「まじめにいこう。他に」
「心」さくらが言った。
「音」明人の声だ。
「ふーん、なるほど」
黒住先生は、だんだんうれしくなってきた。「光」
壮平が言う。
みんなが、ざわついた。
光は見えないか?
見えるんとちがうの?
光があるから、見えるんだよ。
「うるせえな。じゃあ光を見せてみろ」
壮平がどなる。
「すごいぞ、壮平君。
見えているようで見えない、光はまさにそうだ」
黒ちゃんは、黒板の真ん中に大きく『光』と書いた。
それから先は、教室中どうにも止まらないさわがしさになった。
電波、電磁波、超音波、病原菌、こっくりさん、神、幽霊、死んだ人の魂、霊魂、地縛霊、背後霊、守護霊、悪霊、天使、悪魔、死神、あの世、天国、思いやり、うらみ、悲しみ、憎しみ、感謝、愛、なまけ心、勇気、くやしさ、いかり、あきらめ、子供の心、親の心、やる気、夢、あこがれ、未来、希望、
過去、宇宙の果て、祈り、信じる気持ち
教室のあちらからもこちらからも、みんなの見えないものが、出るわ出るわ、黒住先生は汗をかきながら黒板に書きまくった。こんな楽しい授業は、初めてだ。
「話す声」さくらが言った。
黒住先生は、うーんとうなった。
まいった。ほんとうに、まいった。
リーンゴーン
授業の終りを告げるチャイムが鳴り出す。「みんな、今日はほんとうにありがとう」
黒住先生は心からそう言うと、深々と頭を下げて、教室を出て行った。
鈴屋の鈴
いよいよ社会見学の日になった。いい天気だ。月夜見小学校から歩いて五分の伊勢市駅から近鉄電車に乗ると、三十分で松阪だ。松阪牛と松阪木綿で有名だが、駅からお城へ向かう道には、武家屋敷の美しい町並みが続く。「電柱も電線もないと、こんなに青空が広く見えるのねえ」
さくらは、歩きながら思わずそうつぶやいた。町並み保存地区では、電線を地下に埋めたのだ。
「あっ、人が住んでるんだ」
だれかが、驚きの声をあげる。武家屋敷では、おさむらいの子孫が、いまだに暮らしている。城跡の坂をのぼると、本居宣長記念館だ。すぐとなりに、魚町から移築された本居宣長の住居「鈴屋」がある。
黒住先生は、みんなを集めた。
「今、こちらの研究員の吉田亮先生が来られます。吉田先生は、ぼくの小さい時の友だちです。本居宣長や春庭のことについて、質問があればあとから聞いて下さい。はじめにいろいろな資料を説明していただきます。
おお、亮ちゃん、あとは、よろしくたのむよ」にこにこしながら、六年一組のみんなの前にやってきた吉田先生は、黒住先生よりはるかにかっこいい。
「すてきねえ」さくらは、思わず言った。
吉田先生は、やあ、と軽くおじぎをすると話し出した。
「みなさんは、本居宣長が教科書にのるような、エラーイ人だと思ってるでしょう。
だけど、宣長はいい子だったわけじゃないんだよ。
商売の修行をさせても、からきしだめなもんだから、お母さんは心配のしどおしだったんだ」
吉田先生にそう言われると、みんなは、なあんだと少し肩の力がぬけたようだ。
吉田先生の案内で、記念館の二階のガラスケースにならぶ展示を見てまわる。
「これはね。二百三十年前の宣長の先生である賀茂真渕の手紙です。
二人が会ったのは一回きりですが、ずっと手紙のやりとりをして教えを受けたんだよ。
これは、君たちのやってる、赤ペン先生の進学ゼミとかの通信教育の元祖なんだ」
「へえー、そうなんだ」
そう感心する子もいれば、早々とたいくつしてふざけている太郎たちもいる。
「みなさんの中に、さくらさんと言う名の子はいませんか?」
吉田先生が言い出したとたん、みんなは急に元気になった。
「います。いまーす」
太郎が、さくらを指差して大きな声を出す。今宮さくらは、真っ赤になって太郎をにらみつけた。
「それじゃ、さくらさん。この掛け軸に書いてある文字を読んでみてください」
吉田先生が、古びた掛け軸の前で言った。
さくらは、どきどきしながらガラスケースをのぞきこむ。
「し・・し・・山・・。うーん、読めません」さくらは、すぐ降参した。昔の筆で書いた、みみずのような文字は、まるで暗号のようだ。「さくらさん。どうもありがとう。
本居宣長は、桜が大好きで、お墓にも山桜を植えさせました。
桜をよんだ歌は、およそ三百首、これは一番有名な歌です。
『しきしまのやまとごころを人とはば
あさひににほふ山さくらばな』
と書いてあります。
なれないと読みにくいね。日本に生まれた喜びと誇りを山桜にたくした歌です」
さくらは、『さくら』という名前で良かったと思いながら、吉田先生のことばをしっかりメモした。
吉田亮が次のガラスケースの説明をはじめた。
「宣長は、鈴もたいへん好きでした。自分の書斎を鈴屋と呼んだほどです。
その鈴屋にかけられていた鈴が、これです。小さな鈴が三十六個結びつけてある。
宣長が死んだあと、この鈴はゆかりのある人に分けたのですが、春庭が同じものを作って、朝夕鳴らしたと書いてあります」
明人の目は、鈴に吸い寄せられていた。
どんな音がするのだろう。できることなら手に取って、ならしてみたいと思った。
壮平は、春庭の姿を描いた掛け軸を見ていた。えらい学者の息子に生まれながら、うすく目を閉じた春庭の姿は、さびしさがにじんでいた。こんな絵を、残しちゃけない。こんなに大勢の人に何百年もあとまで見られるのに。壮平は、腹だたしくなった。
吉田先生が、壮平の横に来た。みんなもそのまわりに集まる。
「先生、春庭さんは結婚したんですか?」
太郎のやつだ。また、くだらないことを聞くなあ。壮平はチッと舌をならした。
「春庭は、三十五歳の時、いとこで十八歳の『壱岐』さんと結婚して、子供も生まれたんだよ。
その五代目の子孫の『弥生』さんが、ここにある貴重な資料を松阪市に寄贈されたんだ」ヘエー。みんなは、感心した。
「君たち感心してるけど、今、君たちがここに居るってことは、五代前の御先祖さまがおられるってことなんだよ」
「なーるほど」
「そういうことになるのかあ」
「目が見えなくても、お嫁さんもらえるんだ」明人は、うれしそうな顔をした。さくらは、「目の見えない人のお嫁さんになるって、どんな気持ちかなあ」
と、少し暗い気持ちになった。
「壱岐さんはね。字もあまり書けない、学問とは縁のない育ちだったんだ。
だから、宣長は『書く事が得意でないから、嫁としてまにあわないだろう』なんて言って、縁談に乗り気じゃなかったみたいだよ。
けれどね、壱岐さんは、ものすごい努力家でね。字を覚え、本を読み、歌を作り、春庭の妹の美濃さんといっしょに春庭の手となり目になって、『ことばのやちまた』の研究を助けるんだ」
「すてき」
さくらは、胸がいっぱいになった。
説明が終わり、みんな階段をがやがやとおりた。下の階には、本居宣長の像があり、いろいろな研究の本や、宣長のマンガなんていうのも売っている。明人は、売り物になっている土鈴やさっき見た鈴屋のかけ鈴の複製を見つけた。
「三千五百円かあ」
そう言うと、明人はため息をついた。
ひととおり記念館を見たあと、みんなはいったん外に出て、宣長の家、鈴屋を見学し始めた。ここは、昔のくらしのめずらしいものばかりでたいくつしない。
「箱階段て、移動できるんだあ」
「小さいおふろねえ。むしぶろって何?」
「サウナみたいなもんじゃねえか」
「水道もガスレンジもなくて、水がめとかまをたくくらしなんて、不便だねえ」
「鈴屋って、思ったよりせまいのねえ」
「吉田先生、しつもーん」
また、太郎だ。
「黒住先生は、どんな子供でしたか?」
吉田先生は苦笑いしながら答えた。
「ぼくが、泣き虫でねえ。
よく泣かされたよ」
「えーっ。黒住先生が、いじめやってたんすか?」
「おいおい、太郎君。
かんべんしてくれよ」
黒住先生は、おおいに弱った。
すると、吉田先生が太郎に向かってしんけんな声でいった。
「いじめとはちがうなあ。
いじめってのは、相手がこまるのを見て、楽しむもんだろう?
黒ちゃんは、いつもぼくにマジで話しかけてくるんだよ。
ぼくは、いくじがないから黒ちゃんのしんけんさがこわかったんだよ」
「なあんだ。亮ちゃん、そうだったのか」
そう言ったのは、黒住先生だ。
「それなら、ぼくはちっとも悪くないじゃないか」
吉田先生と黒住先生は、肩をたたきあって喜んでいる。六年一組のみんなは、その光景をぽかんとして見ていた。
「あの二人、いい感じじゃない」
さくらは、そばにいた壮平に言った。
「そう、な。ちょっとな」
壮平は、明るく笑う二人のおとなが、少しまぶしかった。
外宮の舞姫
「ただいまあ」
「おかえりなさい。壮平ぼっちゃん」
お手伝いのハルエさんが迎えに出てきた。
「ママは?」
「奥様は、今日は鳥羽のお店です。何かあったら、お店に電話をとおっしゃってました」「別に用事はないよ。お昼を食べたらすぐ習字に行く。伊勢うどんしか食べないよ。
タレは、三重萬にして」
それだけハルエさんに言うと、階段を上って三階の自分の部屋に向かう。部屋に入ると壮平は、窓のカーテンを明けて、外宮の森の方をながめながら思った。
この家ですることは、食べることと寝ることと宿題をやることくらいか。パパやママは、食べることさえ、あまりない。朝は食欲がないとかで、ママはコーヒーかジュース。夜遅いパパが朝起きていることは、まずない。夕食は、パパもママもほとんど外食だ。
壮平は、いつもハルエさんと二人で食事をする。ハルエさんは何でも壮平の食べたいものを作ってくれるし、欲しいものを言えば、ママがお金をくれる。一人でテレビを見てもなんとなく、むなしいようなつまらないような・・・。顔をあわせるたびに『パパやママが忙しいから、お勉強ができない、なんてみっともないことにならないようにしてちょうだい』とママに言われるのは、うるさくてかなわないから、とりあえず、塾も行くし、成績はまずまずのところだ。こんなもんだ。ずっとこうだった。
壮平は、カーテンを閉めると二階の食堂へ下りて行った。昼ごはんができている。
「壮平ぼっちゃん。もっと、栄養のあるものをめしあがらないと」
ハルエさんは、いつもそう言う。
「昼は、伊勢うどんが一番さ。
いいじゃないか、好きなんだから」
ゆでたうどんに、青ねぎとタレをかけただけの伊勢うどんは、壮平の好物だった。
「習字のあとは、あい子先生の絵の教室に行くから」
「わかりました。
お帰りは、六時くらいですね」
「うん」
「夕食は、奥様がハンバーグとポテトサラダ、コーンポタージュを用意されてます」
「そう」
壮平は、ハルエさんに向かってあまりうれしくもなさそうにうなずいた。
少しでも時間があると、ママは壮平のための食事の下ごしらえをして出かける。そんなにぼくに気をつかって無理することないのに・・・壮平は思った。
習字の塾を終わって、あい子先生の家へと歩いていた壮平は、交差点で信号を待っている明人を見つけた。
「あい子先生の絵の教室の帰りだな。
あれ、なんで、家に帰らないんだろう。
あいつ、外宮に向かって歩いてらあ」
壮平は、明人のあとをつけだした。
勾玉池の方は、池にハナショウブが咲きそろって、たくさんの人が池のまわりを歩いていた。明人は、そちらへは行かず北の御門の方へまわり、参道に入る。そして、今年の秋の御遷宮にむけて、新しい宮殿の工事がすすむ正殿の裏手まで来た。
そこで明人は立ち止まり、あたりを見回して人がいないのを確かめると、『立ち入り禁止』と書かれた柵をくぐった。
「あっ、あいつ」
壮平は木のかげからそれを見ていたが、すぐに明人のあとに続いた。
「いったい、どういうつもりだ」
壮平は、初めて入りこんだ道にどきどきしながら、明人を追った。しばらく行くと、明人は道のないしげみの中へ入って行く。壮平は、明人に気付かれないよう、そうっとついて行った。
明人は、一本の大きな杉の前にやって来た。杉には、根元のあたりに穴があいている。明人は、すわりこむとその穴に手を入れる。
「何してんだ、あいつ」
壮平は身をかくしながら、目をこらした。
明人は、木の穴から短いぼうを取り出した。ぼうをズボンのベルトにはさむと、メガネをはずして、木の穴におさめた。そして、穴に向かってていねいに二度おじぎをする。そのあと、明人はさっきベルトにはさんだぼうを両手にささげ持った。しばらくそうしていたが、やおらぼうを口のあたりに近づけた。
ヒューヒューヒューラーロー
「笛だ」
壮平は、あぜんとした。あぜんとしたまま、からだが動かなくなった。
明人は、ゆったりとした旋律をかなでる。高く低く、強く弱く。壮平の動かないからだのまん中で、心臓だけが笛の響きにあわせて、ビリビリと鳴る。
ヒューローラーローオー
笛は、消えるように静かに終わった。明人は、さっきと同じように、ていねいにおじぎをして、杉の根元の穴に笛をおさめると、メガネを取り出した。明人がメガネをかけた時、うしろで
「きゃっ」という声がした。明人が、ふりむいた。ヘビにおどろいて飛び上がった壮平が、突っ立っている。
明人が、きまりわるそうに笑うと、壮平も笑った。
「見てたんだね?」
うん、と壮平はうなずいた。壮平は、その瞬間に、明人のこのえたいの知れない落ち着きが、気にくわなかったんだ、と思った。明人の顔を見ると、なぜかイライラした。だからいつもからかっては、明人のぶきみな落ち着きをなんとか乱してやりたかったのだ。オレって馬鹿だな。そう思ったとたん、壮平はみょうに明るい気分になった。
「今から、姉さんのお神楽の舞を見に行くんやけど、いっしょに行くかい?」
明人が言う。
「いいのかい?」壮平がたずねると、
うん、と明人はうなずいた。
外宮の神楽殿はうす暗い。内宮の神楽殿はずっと広くて明るいのだけれど、明人は外宮の神楽殿の方が好きだった。神宮の神主さんたちや楽士さん、舞姫さん、みんな明人の顔なじみだ。参拝の人たちは、神楽料をおさめなければ、神楽殿には上がれない。今日は、美保姉さんの舞を初めて見る日なので、特別なのだ。壮平は、ものめずらしげに神楽殿の中を見回した。神主が、入ってきて正面に向かい祝詞を奏上する。神主が退出すると楽人が楽器を手に七、八人、入ってきて、両側に並び、腰をおろす。そして、舞姫が二人、姿をあらわした。
真ん前にすわった明人と壮平は、朱色の長袴をはき、真っ白な絹の衣をはおり、たばねた長い黒髪の上に金の冠をのせた美保姉さんが、しずしずと二人の鼻先をかすめるようにして通り過ぎていくのを、うっとりと見上げた。舞姫は、正面に来ると、ほんの少し身をかがめ、神様ごめんなさいませ、と言っているように見える。
「姉さんとは、別人だ」
と明人は思い。
「天女だ」
と壮平は、つぶやいた。この世のものでない世界に入った心持ちだった。
舞姫の手で、次々にお供えの品々が正面に運ばれた。お供えが終わると舞姫は榊を一枝手にしてビョウービョウーという楽の音にあわせて中央にすすみ、舞い始めた。さっき聴いたばかりの、明人の笛の音に似たゆったりした音楽だ。めずらしいのは、ビョウービョウーという笙の音やペーペーというヒチリキの音が加わるからだろう。所々にボロロロンという琴が聞こえる。
舞姫の静かで優雅な動きに、ふわりふわりとゆれる白い衣は、羽衣のように軽く見えた。「きれいだ、夢のようだ」
壮平は、見とれるばかりだった。
神楽が終わり、まだ夢心地の明人と壮平は、裏の出入り口で美保姉さんを待っている。今日はこれで帰れるのだ、と姉さんが言っていたのだ。美保姉さんは、舞姫になってからずっと、神宮の寮で暮らしている。明人が、姉さんと会うのは、しばらくぶりのことだった。壮平は、あい子先生の絵の教室のことなんてすっかり忘れて、明人にくっついていた。
「明人、待った?ごめんね」
美保姉さんが、ブラウスとスカートに着替えて出て来た。
いつもの美保姉さんにもどっている。
「あら、明人のお友だち?
今日いっしょに見に来てくれたの。
ありがとう。いつも、明人がおせわになって」壮平は急に背すじをピンとのばして、
「楠部壮平です。よろしく」
と、まるでおとなのようなあいさつをした。「桜木美保です。よろしく」
美保もやさしくおじぎした。
「このあたりで楠部さんというと、『楠部パール』の?」
「ええ、そうです。御用がありましたら、いつでもおっしゃって下さい」
壮平のおとなびた返事に、美保は笑いだした。「私には、御用はないと思うわ。真珠はきれいだけど」
「そうですか」
壮平は、ちょっとがっかりした。
「これから、明人と御正殿と多賀宮にお参りしようと思うのだけれど、壮平君もいっしょにどう?」
「はい、おともします」
三人は、参道を歩き出した。玉じゃりが、ザッザッと鳴る。
「壮平君て、おもしろい子ねえ」
美保は、また笑った。
「壮平はな。絵の天才なんや」
明人が説明すると、壮平はてれて赤くなった。「そうなの。私はまだ、ここにおつとめして日が浅いから、さっきの『倭舞』しか舞えないけど、いつか勾玉池の舞台で母さんのように草色の衣装に羽をつけて『胡蝶』を舞うのが夢なの。その時、壮平君に絵を描いてもらおうかなあ」
「ほんとに?描いてもいいんですか?」
「描いてくれるの?」
壮平の胸は、今まであじわったことのないうれしさで、いっぱいになった。
うれしくて、ことばも出ない。
草色の衣装に大きな蝶の羽をつけて、勾玉池の舞台に美保さんが舞う。その姿をスケッチする壮平。どのアングルから描こう?
想像しただけで、どきどきしてくる。
「姉さん、母さんも舞姫だったの?」
明人が、尋ねる。
「あら、あなた、知らなかったの?
そうねえ、母さんのことはうちでは話さないことになってるものねえ。
母さんは、舞姫をしている時、父さんと知りあったのよ。おばあちゃんが、初めて母さんを見た時『迦稜頻』を舞っているところだったそうよ。母さんは、オレンジ色の衣装に羽と金の冠をつけてて、今にも天に飛び立ちそうに見えたんですって」
「ふーん」
明人は、高校の先生たちがおしむほど成績の優秀だった姉さんが、進学せずに舞姫になった理由が、やっと分かりかけてきた。
正殿の前に来た。うすい白い布が正面にかけられている。三人は、並んで柏手を打った。それから、建設中の新正殿のかこいの前をとおり過ぎ、多賀宮へと歩いていく。
「あと半年すると、となりの新しい宮殿に
神様が移られるのよ」
美保が説明すると、
「ほんとに、神様が、引っ越しなんてするんだろうか」
壮平が言った。
ちょうど、多賀宮に行く亀の石橋をわたるところだった。
「しーっ」
と言って、美保はささやいた。
「ここは、神様の森よ。そんなことを大きな声で言ってはいけません」
美保は、いたずらっぽく笑う。
ハイ、壮平はすなおにうなずいた。
三人は、だまって多賀宮への石段を上った。 多賀宮に参拝する人は、たまにしかいない。お参りをして、三人は石段に腰をおろした。「正殿には、神様のやさしい和魂を、そしてここには、神様の荒々しい荒魂をお祭りしてあるのよ。良い神様とこわい神様がおられるみたいでしょ?」
明人と壮平は、そろってうなずいた。
「神宮の歴史とか神様とか、勉強してみるととてもおもしろいのよ。
うちは神様にお仕えしている父さんや、母さんなのに、私が九歳、明人が三歳の時、母さん、死んでしまったでしょ。父さんは、神宮のお祭りの最中で、母さんは明人や自分のいのちより、神様やお祭りをだいじに思ってた。そんな母さんを、神様は助けてくれなかったのよ。
私は、神様はいないと思った。『神は死んだ』と言った哲学者もいるわ。だから私ね、大学へ進学して宗教学とか哲学とか勉強しようと思ってたの」
やっぱり、と明人は思った。
「けれどその前に、ほんとうに神様がおられるのか、おられないのか確かめなくちゃと思ったのよ。母さんの信じてた神様が・・・」もっともなことだ、壮平は深くうなずいた。「父さんに話したら『そんな考えでは舞姫のおつとめには失格だが、どうでもと言うならば一年か二年やってみなさい。納得いったら、その先は自分で決めなさい』と言われたの」「それで、神様はどうでしたか?」
壮平は、美保の目を見つめて尋ねた。
「今はね、舞姫でいられる五年間、おつとめできたらいいなと思うの」
「それは、神様がいた、ということですか?」「壮平君、あなたは賢い子ね。そうよ。
私ね、あなたたちには信じられないかもしれないけれど、目に見えないものを感じてしまったの」
明人と壮平は、顔を見合わせた。
「父さんの笛で、夜、舞いの練習をしていた時よ。
夢中で舞っていたら、いつの間にか私にぴったり寄り添って舞っている人がいるの。
あっ、となぜか分かったわ。
母さんなの。その時よ、神様がおられるんだ、全身がふるえるほど感じたの。
涙があふれて、あふれてね。
曲が終わった時、私の顔を見た父さんは、おどろいてたわ。でも、父さんには何も話してないの」
そう話す美保のまつげに光る涙を見た時、壮平と明人は『ほんとなんだ』というこわいような不思議な気持ちになって、何も言えなくなった。
壮平は、外宮の森で明人や美保と過ごしたこの日の午後を、けして忘れないと思いながら、いつもよりずいぶん遅れて、あい子先生の家に行った。
「壮平ちゃん、今日はずいぶんいいお顔だこと」
と壮平は、あい子先生に言われてしまった。美保さんのことを思い出して、壮平は真っ赤になった。
その日をさかいに、壮平は明人のメガネをからかうことをやめた。太郎やそのなかまは、相変わらずだったが、壮平が加わらなくなってからは、いまいち勢いが無かった。壮平が、『つまらねえやつらだ』という目でにらむと、太郎とそのなかまは、こそこそといなくなる。 休みの土曜日はいつも、習字を急いで終らせると壮平は外宮の森で明人の笛を聴いてから、神楽殿のうらのしげみにひそんでは、神楽の楽の練習を盗み聞きした。壮平は、一目でも美保の姿が見たくて、いつも明人のあとをついて回った。神宮の森で、とても一人きりでそんなことをする勇気など壮平にはなかったからだ。
何度目かの土曜日
「だれだ、そこに居るのは?」
とうとう見つかってしまった。
あさぎ色の袴をはいた神主がひとり、壮平と明人の隠れて居るしげみに、走り寄ってきた。逃げる、なんて考える間もなかったので、二人はしおしおと立ち上がった。
「あれえ、坊やは桜木さんの息子さんじゃないか。なにしてんだ、こんなところで・・・。ああ、姉さんに会いに来たのか。
姉さんは、今日は外宮ではなくて、内宮神楽殿にいるはずだ。
そうだ。お父さんならおられるよ」
神主は親切に、明人がいちばん会いたくない人を呼んだ。明人は、家で無口な父と話すことがあまりない。父が家で笛をふくこともなかった。白衣にはかまをはいた明人の父は、二人を見ると少しけわしい顔をした。こちらへおいでと、目で命令し楽の練習をする部屋に二人をつれて入り、すわるなり尋ねた。「明人、何をしていた」
明人の父の声はおだやかだったが、壮平の心臓はドキーンドキーンと鳴りっぱなしだ。
明人は落ち着いた声で答えた。
「楽の練習を聴いてました」
明人の父は、ほう、という顔をして明人の顔をまじまじと見た。
明人は父を静かに見返している。
「明人君は、笛の曲を覚えようとしてたんです」
壮平はいっしょうけんめい説明した。明人の父は、少し驚いた表情を見せた。
「明人、笛を吹くのか?」
「少し」
明人は小さな声で、しかしきっぱりと答えた。明人の父は、数秒考えると、そばに置いてある錦の袋を開いた。そして、明人の前にそれを押しやった。明人は、目をかがやかせて袋の中をのぞく。中には、少しずつ長さのちがう笛が六本入っていた。
「どれか吹いてみなさい」
壮平は、明人のとなりでこぶしを強くにぎりしめた。がんばれ、明人。
明人は、しばらくじっと笛をながめていたが、やがて、迷わず一本を手に取った。そして、いつものように笛をおしいただいて、ていねいにおじぎをすると、口にあて、息を吹き入れた。
ヒューヒューヒューラーロー
よどみなく音が流れ出た。いいぞ、明人。壮平は、うれしくてほほが熱くなってくる。明人の父は、目を閉じて明人の笛に聞き入っていた。静かに、曲が終わった。明人は、笛をおしいただいて錦の袋にもどした。
「聴いて、覚えたのか」
明人の父が、口を開いた。
「はい」
「笛が、学びたいか」
「はい」
「これからは、隠れたりせずに、この部屋のすみで聴かせていただくように」
「はい。ありがとうございます」
明人は、父に向かって深く頭を下げた。
となりの部屋では、四、五人の楽士が聞き耳をたてて、ようすをうかがっていた。
「さすが、桜木さんの血筋ですな」
「笛を吹くために生まれてきたような、お子ですな」
「目の弱い分、ものすごい耳をしてはる」
「われわれも、うかうかしておれませんな」そうささやきあっていたのを、明人は知らなかった。
「明人、よかったなあ」
壮平は、さっきからそればかりくりかえしている。明人はにこにこ顔だ。
「壮平のおかげや。壮平が、父さんに一言言ってくれたやろ。それで、ぼくは勇気が出たんや」
「そうかあ。それでもなんでもいいや。よかったなあ」
そう言った時、壮平の目に、外宮の駐車場に入ってくる一台の赤い車が見えた。
「あぶねえなあ。もっとスピード・・・」
そう言いかけて、急に壮平は全速力でかけだした。明人は、何事かと立ちすくんだ。
ドンとにぶい音がした。
「事故だ。事故だ。子供がはねられた。
救急車、早く!」
明人は、真っ青になって、声の方へかけだした。
「壮平、壮平」
明人は叫んだ。
明人が人をかきわけて、現場にたどりついた時、頭から血をながして倒れている壮平のそばに、コッコッコッコッとえさをついばむヤマトがいた。
「子供が急に飛び出してきたんですう。
こんなとこにニワトリがいるなんてえ」
髪を黄色にそめた、若い女性がヒステリックに叫んでいる。
明人は壮平のからだに、とりすがって
「壮平、壮平」と泣きじゃくった。
壮平の目
壮平は、けだるい眠りから覚めようとしていた。真っ暗だ。目があけられない。からだが、まるで動かない。
だれかの声がする。だれだ?
「先生、手術は成功したんですか?」
「奥さん、さっきも申し上げたように、手術じたいは、成功したと言えると思います。けれど、その結果目が見えるようになるかどうかは、二週間たってからしか申し上げられません」
「それじゃ、壮平は目が見えなくなるんですか?」
「ですから、それは今判断できない状況だと」「先生、あの子の目を見えるようにしてやって下さい。お願いします」
ママの声か・・・。壮平はうつろな意識の中で耳をすませた。
「先生、あの子の目がだめなら、私の目をやって下さい。お願いします」
声を上げてママが泣き出した。
ママ、ママ、そんなに泣かなくても、ぼくはだいじょうぶ。ママ、ママ・・・
「ママ、ママ・・・」
「壮ちゃん、壮ちゃん。気がついたのね」
「ママ、ここは病院?」壮平が聞いた。
「そうよ」ママが答える。
「ヤマトは?」
「ヤマト?ヤマトって何?」
「外宮さんのニワトリ」
「ママには、わからないわ。明人君ならわかるかしら」
壮平はうなずいた。ママは廊下に出て明人を呼んできた。
「壮平。気がついて良かったなあ」
「明人。ヤマトは?」
「無事だよ。ピンピンしてる」
「そうかあ。良かった」
「明人。おれどうなってる?
ほうたいグルグルまかれてんだろ?」
「ああ」
「真っ暗なんだ」
「そりゃ、ほうたいのせいや。
ほうたいが、とれるまでしんぼうしなくちゃ」「ほうたいがとれても、見えなかったら?」「壮ちゃん、なんてこと言うの。
そんなことないわ。ママが、ママが、必ずあなたの目を見えるようにして上げる。だから、心配しないで」
壮平のママは、はげしい声で言った。
明人は、ぞっとした。どうしよう。壮平の目が見えなくなったら、どうしよう。
目が、目が、壮平の目が・・・・。
明人は、病室を飛び出していた。
明人は、夢中で走っていた。内宮へ、内宮へ。子供の足で、一時間はたっぷりかかる距離だ。太陽は、西にかたむいていた。
猿田彦神社の前をとおり、右へ曲がる。おかげ横丁をつっきって、いすず川にそって走ると宇治橋。宇治橋をわたれば内宮の神楽殿は、もうすぐだ。
神楽殿に着くと、壮平の顔を見るなり誰かが美保姉さんを呼びに行ってくれた。
「明人、どうしたの?
あなた、外宮から歩いて来たんじゃ・・・。さあ、お上がり。
今日のおつとめはもう終わりだから、そろそろ着替えるところだったのよ。
こちらで飲み物を飲んで、休んでて」
「姉さん。壮平が、壮平の目が」
そう言うと、明人はぽろぽろ涙をこぼした。「明人、落ち着いて。
ともかくここで、待ってなさい。着替えてくるから、話はそれからよ」
美保は、明人のようすから、壮平に大変なことが起こったらしいと感じた。
美保は、深呼吸をして考えた。
こんな時、あわてたり、さわいだりしても解決はしない。ともかく着替えを。美保は朱色のはかまをす早くたたんだ。
美保と壮平は、内宮前からタクシーで、山田上口にある日赤病院へ向かった。
「運転手さん、大急ぎでお願いします」
美保の声は、ふしぎな力があるように明人には思えた。心配なことをふりはらい、忘れさせてくれる。見えない神様を感じた姉さんだ。姉さんが、いてくれたらだいじょうぶだ。明人は、そんな気持ちになっていた。そして、今日のできごと、父さんの前で笛を吹いたことや、ヤマトを助けようとして壮平が事故にあったことを、美保に話した。美保は、明人の話を、明るい顔をしたり暗い顔になったりしながら聞いた。
病院に着くと、美保は明人をつれて壮平の病室へは行かず、院長室へ向かった。
「姉さん、そんなえらい人、会ってもくれへん。いくらこわいもの知らずの姉さんでもさ」明人は、美保のうでをひっぱった。
「お子様は、だまってらっしゃい」
そう言うと美保は、看護婦さんに取り次ぎをたのんだ。
「院長先生に、桜木美保と明人がごあいさつにまいりましたと、お伝え下さい」
看護婦さんは、どうかしらねという顔で、少し首をかしげながら院長室に入ったが、たちまち二人を呼びに来た。
「院長がすぐ、お目にかかりたいそうです」「姉さん、すごい」
明人は、小声で言った。
そうでしょ、美保はにっこり笑った。
「美保ちゃん、明人君、大きくなったなあ」こちらが、あいさつする前に元気のいい声がとんできた。
「おひさしぶりです」美保がおじぎする。
灰色のかみのやさしい目をした先生が、パソコンをおいた大きな机の前に立っている。
「美保ちゃん、お母さまにそっくりだね」
院長はそう言うと、かべにかけてある大きな写真に目をやった。
「あっ」明人は声をあげた。
「姉さんが、『胡蝶』を舞ってる」
「明人、ばかねえ。あれは、母さんよ。
先生はね、写真がお好きで、ぐうぜん勾玉池で母さんの写真を写しておられたの」
明人は、あながあくほど母さんの写真を見つめた。
明人の見つめる草色の衣装に大きな羽をつけた母さんの舞姫は、手に持つ山吹の黄色い花を、まっすぐ天にかかげている。
「そしてね明人、この林先生があなたの命のおんじんなのよ」
明人には、美保のいうことがピンとこない。「あれから、九年か。きのうのことのようだけど、君たちがこんなにりっぱに大きくなって、お母さまもおよろこびになるだろう」
という林先生のことばに
「ああ、この人が九年前、ぼくが死にかけた時、助けてくれた先生なんや」
明人は、やっとなっとくした。
「先生、ぼくの友だちの壮平を助けて下さい」明人は、思わずそう言った。
林先生は、美保と明人の説明を聞くと、
「ようし、わかった」
と言って、受話器を手に取った。
「脳外科の横田君と、眼科の永江君を呼んでくれ。それから、今日手術した楠部壮平君のカルテと写真を」
先生たちは、すぐにやって来た。
美保は、先生方の診断をひとつも聞きのがさないように、しんけんに聞いていた。三十分ほどして、院長室を出ると美保は明人をつれて、病院の食堂に入った。
「さあ、明人。作戦会議よ」
明人はカウンターで、グレープフルーツジュースを二つ受け取って、席へつく。美保はショルダーバッグから、メモ帳を取り出してテーブルにのせた。美保の開いたメモ帳には、こまかい字がたくさん書いてある。
美保は、ジュースをストローで飲んでいる明人にたずねた。
「明人、『やまとの心』を知ってる?」
『やまとの心』と聞いて、明人は外宮さんのヤマトを思いうかべる。ヤマトの3グラムもありそうにない、小さな梅干しほどの脳みその心といったら・・・。
明人は、考えながら言った。
「そうだな、いつ鳴こうか。
何を食べるか。眠たいか。くらいで・・・」とたんに、美保が笑い出す。
「あなた、何考えてるの?」
「ヤマトのことさ」
「どこのやまとよ?」
「外宮さんの・・・」
「もしかして、にわとりの?」
美保は、おかしくておかしくてたまらなかった。
ひとしきり笑って美保は明人に言った。
「『やまと』というのは、漢字で書くと、大きな和。『大和』と書くのよ。歴史で習ったでしょ?」
「ああ」明人は、頭をかく。
「その大和。今の奈良県あたりの昔の国の名や」
「そう。日本の国全体のことを、そう呼ぶこともあったわ。『やまと舞い』というお神楽もあるでしょ」
明人は、うなずく。
「『やまとの心』はね、大きく和する。
つまり自分と自分をとり囲むすべてと和する、調和する、なごやかに受け入れるということよ。
人と人、人と自然。大自然と地球。
そうね、地球と宇宙だって、『やまとの心』の中におさめられると思うの」
美保は、きょとんとした明人の目をのぞきこんで、にっこり笑った。
美保姉さんの言うことは、まったく、どえらく大きくなっていく。こんなことを話す時の美保姉さんの目は、まるで満天の星をあおいでいるみたいに、かがやいている。
明人は、うーんとため息をついた。わかったような、わからないような・・・。
でも、その『やまとの心』が壮平と、どう関係あるんだ?
美保は、メモ帳に『大和』と書いた。
「壮平君の、回復に必要なのはね。
この『やまとの心』なのよ」
明人には、美保の言うことがよくわからない。「壮平君はね。頭のうしろを強く打ったの。頭のうしろには、目の感覚をとらえる部分があって、今、ショック状態にあるわけ。
外側の傷はきちんと治せても、脳の中のショックがなくならなければ、前と同じに見えるようになるかどうかは、わからないの。ふつうショックは、時間がたてば自然になくなっていくものだけど、心配したり、悲しんだり、怒ったりするとそうも行かないでしょ。
それで・・・」
「それで、『やまとの心』なのか。
壮平の目を見えるようにするには、壮平に心配させないで、心をなごやかにさせればいいんやな」
そうかあ。明人は、むくむくと元気がわいてきた。
「ようし、命びろいしたにわとりのヤマトもいることやし。
姉さん。壮平のための『やまと大作戦』や」やるっきゃない。美保と明人は、顔を見合わせて大きくうなずいた。
「私たちで何がやれるよ。考えてみましょ。やれるだけやって、あとは、祈るしかないわ」
明人は、壮平の目を助かるのならば、アマテラスオオミカミでもおシャカさまでも、キリストさまでも、アラーの神でも、森の神でも、ニワトリの神でも、何にでも祈りたいと思った。明人は、その時ふと本居記念館で見た、鈴屋の鈴を思い出した。
「そうだ。あの鈴・・・」
明人は、ひとつ心にひらめいた。
美保は、しばらく氷のとけてしまったジュースの残りを見つめていたが、やがて、メモ帳に何かを書いて、明人にわたした。
明人は、美保にわたされたメモを見て、あぜんとした。
「明人、笛、練習しといてね。
壮平君の病室で舞ってみようと思うの」
「だって、姉さん。壮平には、見えないんだよ」
「見えなくても、感じるもの・・・」
美保はそう言うと、目をとじた。
明人は、もう一度メモを見た。
メモには『こちょう』と書いてある。明人は、メモをたたんでズボンのポケットにしまった。 これが、姉さんの『やまと大作戦』なのだ。明人は、壮平のために何だってやると決めた。「わかった。やってみる」
明人が、小さな声で言うと、美保は目を開けてうなずいた。
『やまと大作戦』は、六年一組のみんなや黒住先生にも、協力してもらわなければならない。黒住先生とあい子先生には、美保が電話で話をしてくれた。
美保と明人が、壮平の病室に行ってみると、壮平のママが赤く泣きはらした目をして出てきた。
「ごめんなさい。今、ねむってるの」
壮平は、個室のベッドにじっとしたまま横たわっている。まるでミイラのように、ほうたいをぐるぐる頭にまきつけられているので、顔は見えない。
「こんなことになるなんて、
神さまはいったい何してるんでしょ」
壮平のママは、くやしそうにそう言うとハンカチを目にあてた。
「おばさま、泣かないで。
壮平君は、心をおだやかに休んでいれば、必ず見えるようになると、院長先生がおっしゃっていました」
「あなた、そんな気休めを言っても、もし見えるようにならなかったらどうするの」
壮平のママは、つっかかってくる。
「おばさま、心配して泣いたりさわいだりしても、けっして良い結果にはならないと思います。同じ結果になるなら、静かに祈る方が壮平君のためになると思いませんか?」
「あなたみたいな、何の苦労もないおじょうさんに、私の気持ちなんてわかるわけないでしょ」
美保は、むっとしたが何も言わず壮平のママに頭を下げると、明人といっしょに壮平の病室を出た。
「姉さん」
明人は、心配そうに美保を見上げた。美保は、少し笑ってみせると
「明人、『胡蝶』の笛、おねがいよ。壮平君きっと喜んでくれる・・・」
明人は、美保が壮平のママのことばに怒っていないようすに、ほっとしてうなずいた。
壮平は、夢をみていた。真っ暗なブラックホールに吸い込まれていく。果てしなく続くやみのトンネル。声が、聞こえる。だれだ?パパとママじゃないか。ぼくの夢の中なのに・・・。
「ともかく、君は壮平のそばにいなさい」
「いいえ。お店に出ます。壮平は、ハルエさんについててもらいますから」
「それでいいのか?壮平はおれたちの子どもだろう。君は母親じゃないか」
「そうよ。
壮平の目が見えるようになるためなら、何だってするつもり。
この目をやりたい、とさえ思う。
でも『楠部パール』もだいじ」
「君は、壮平より『楠部パール』という会社をだいじにしてるんじゃないか?」
パパの声には、皮肉がこもっている。
「どちらがだいじか、なんて考えられないわ。『楠部パール』のためなら、壮平は私といっしょに何でも耐え忍んでくれます」
「それじゃまるで、君と壮平が『楠部パール』のぎせいになるということじゃないか。
そりゃ、おかしな理屈だ」
「あなた、そうおっしゃるけど、『楠部パール』のためというのは、あなたのためということでしょ。わかってらっしゃらないのね」ママの声が、大きくはげしくなる。
「つまり、このオレが、君と壮平をぎせいにするってことをなんだな。
いつオレが、そんなことしろと言った」
と言うなりパパはママをなぐり、ママがたおれる音がした。
「やめてー」
壮平は、手をのばして叫んだ。
「パパもママもやめてー」
「ああ、壮ちゃん。起こしてしまったのね」ママのうでが、壮平をだいた。これは、夢じゃないんだ。壮平は、目のあたりが涙で冷たくなってくるのを感じた。
「パパ、ママをぶたないで。ぼくが悪いんだから。ぼくが、自分で事故にあったんだから。ママがいなくても、ぼくは平気だから」
壮平は、声を上げて泣き出した。パパとママはあわてふためいている。ママはおろおろした涙声で
「ごめんなさい、あなた。私が言い過ぎたの。海で両親を亡くした私を、学校にやって下さって、おせわになった先代が、血の出るような思いをされて築かれた会社を、何とかしなくちゃとあせるばかりで・・・」
「オレが言い過ぎた。すまない。亡くなったおやじやおふくろのことを、君がそこまで思ってくれてることなんて、いつのまにか見えなくなっていたんだ。ほんとうに、すまない。君にも、壮平にも・・・。
オレは、自分がなさけないよ。オレは、君や壮平に甘えてきたんだな」
「いいえ。私が、壮ちゃんに甘えてたのよ。この子、何も言わないから、いつもいつも、だれにも甘えられずにいたのに、私がかってに、この子はしっかりした『いい子』なんだと思いこんで・・・」
「君が、おやじやおふくろの気持ちを、今でもたいせつに思ってくれるのはわかるけど、この壮平のからだにも、おやじやおふくろの血が流れてるんだ。だから、君や壮平が『楠部パール』のぎせいになるなんて、おやじやおふくろだってのぞまない。そう思わないか」 ママは、壮平をぎゅっと抱きしめた。この子に流れる血は、パパの言うとおり先代のものでもある。私だけの子ではないのね。ママは、初めてそのことに気がついた。
壮平は、ママに抱きしめられて、からだがやわらかくなるような気がしていた。てれくさいけど、いい気持ちだ。今さら、甘えるなんて、どうしていいのかわからないし、甘えたいとも思わない。ぼくのからだに流れる血・・そう言えば、本居記念館の吉田先生も言ってたな、五代前の御先祖がいたから、今ぼくたちが居るんだって・・・ぼくは、どうなるんだろう。見えるようになるのか。それとも、本居春庭のようになるのか・・・。
闇の世界から、はいでることができるだろうか。不安があとからあとからわいてくる。壮平は、また、目のあたりに涙を感じた。
「ママ」
「なあに、壮ちゃん」
「見えない目からも、涙が出るんだね」
ママは、また声を上げて泣き出した。
パパがママによりそって言う。
「君や壮平に甘えてもらえないようじゃ、オレの居る場所は、どこにもないじゃないか。甘えてもらわなければ、はりあいがないし、甘えることに慣れると、見えなくなるし、難しいな。話さなくても、分かってくれる、なんてムシがよすぎる甘えかな。だが、甘えが許せるのが、家族かもしれん」
ママは、パパの胸でだまって聞いている。
「君や壮平に甘え過ぎていながら、こんなこと言う資格なんてないだろうけど、このごろずっと真珠と海のこと考えてたんだ。人が海に甘え過ぎてきたことをさ。海からむさぼることばかりを、考えてきた。一匹でも多くの魚をとること。一粒でもたくさんの真珠をとることばかりをね。海をおもいやることも忘れて、さんざんいためつけてきたんだから、人間はほんとうに勝手だ。そして、うちの真珠を育てるアコヤ貝は全滅した。海のせいじゃない。海を弱らせたものの責任じゃないか。 人間は、海のおくりものを受ける資格があるだろうか?オレはね、そう考え直すところから、やりなおしてみようと思うんだ。君たちには、不自由をかけるよ。壮平のケガも心配だけど『良いことも悪いことも神の心』だと昔の人も言ってる。オレは、オレはね。何が起こっても、君と壮平がいれば、がんばれると思う」
壮平は、パパを何とか助けたいと思った。そんなことを考えたことは、今まで一度もなかった。
良いことも悪いことも神の心だって?いつか美保さんに聞いた、良い神様とこわい神様が、やっぱりいるのか?
そのとき、壮平の頭に巻かれた包帯に、父さんの大きな手がそっとのせられたように感じた。
「潮のにおいがする」
壮平がつぶやいた。壮平は真っ暗な海の中に沈んでいく自分を感じていた。暗いけれど、あたたかい海だった。
「志摩の海・・・のにおい・・・父さんの・・・におい・・・」
壮平は、眠りに落ちていった。
やまと大作戦
壮平の事故の話は、あっという間に学校中にひろまっていた。校庭での朝礼の後、黒ちゃんは六年一組のみんなを、けやきの下に集めて、明人を中心に『やまと大作戦』について話しあった。だれもが、壮平の目の心配をしていた。
強本太郎となかまたちは、壮平の事故が、前に明人をいじめたタタリではないかとだれかが言い出してから、すっかりおとなしくなってしまった。
授業のノートは、一時間ずつ当番を決めて全員に割り当てられた。病院に大勢がおしかけて、迷惑にならないように毎日二人ずつ交代で、黒住先生といっしょに見舞うことにした。最近、だんだんと壮平のとげとげしさが消え、明人ともうまくいっているように見えていた矢先に、この事故だ。黒住は、ショックが大きくて、まったく元気をなくしている。さくらは、放課後、黒住先生に言った。
「先生、楠部君は目を使えないから、ノートを読んでテープに入れたらどうでしょう? 私、家が病院の近くだから・・・」
黒住先生は、頭をかきかき
「ああ、しまったそうだった」
と言いながらため息をつき、力のない目でさくらを見る。
「私、うちでノートのテープを作って楠部君に届けてもいいですか?」
「たのむよ。楠部にとっては、そのほうがほとうのおもいやりってものだよなあ。
気がつかなかったよ。ありがとう」
さくらは、落ち込んで元気のない黒住先生がきのどくになった。けれど、もっときのどくなのは、壮平君だもん。さくらは、壮平が事故で目が見えるようになるかどうかわからない、と聞いた時、とっさに本居春庭の目であった妻『壱岐』のことを思い出していた。ノートを読んでテープに入れるアイデアは、そこから生まれたのだ。
さくらは、何か壮平の役にたちたかった。壮平が、外宮さんのにわとりヤマトを助けるために事故にあった、と明人に聞いてはなおさらだ。
午後の面会時間にあい子先生が、壮平の病室をたずねると、壮平は目を覚ましていて、ハルエさんがつきそっていた。壮平が、店でママの代わりをやれる人は居ないのだからどうしても、と言うのでママはしぶしぶ店に出かけたのだ。
「壮平ちゃん、びっくりしたわよ。
明人ちゃんの姉さんの美保さんが、電話で知らせてくれた時・・・」
あい子先生がそう言いかけると、壮平がおどろいて
「あい子先生、美保さんを知ってるの?」
とはずんだ声でたずねた。
「もちろんよ。みんな先生の子供だもの」
あい子先生は、やさしい声で答えた。頭のほうたいがいたいたしいけれど、壮平が思ったより元気なので、あい子先生は安心した。
「ヤマトは、今朝も元気に鳴いてたわよ。お日さまに向かってね」
「先生、朝参りに行ったの?」
「ええ。ちかごろ太りぎみだから、運動よ。あなたが無事退院するまでは、毎日ヤマトに会いに行くつもりよ」
壮平は、あい子先生のことばを聞いて、胸がいっぱいになった。泣きたいような気さえする。ぼく、いったいどうしちゃったんだろう。やたらに、泣き虫になっちまった。ほうたいがあるから、顔をみられなくてつごうがいい。「たいくつしのぎにね。粘土と板を持ってきたの。何か作ってみると、気がまぎれるかもしれない」
「へえ・・粘土かあ。粘土は、何色?」
「白よ。あとで色がつけられるから。たくさん持ってきたのよ」
どっこいしょと、荷物が置かれる音がする。「あい子先生、ありがとう」
「じゃあ、またね」
ハルエさんは、あい子先生を送って行った。 壮平は、頭を動かせないけれど、おなかの上に板をのせてさっそく粘土をこねてみた。なるほど、何かやりたくてうずうずしていた手に、粘土はひんやり冷たく、吸い付いてくる。なかなか、いいじゃないか。壮平は、粘土がすっかり気に入った。何を作ろうか。壮平の心に、あい子先生のところで見た画集の絵がうかんだ。たしかムンクだ。『さけび』という絵だった。目なしののっぺらぼうが、口を大きくあけている。壮平は、思いきり大きくゆがんだ口を作ってみた。指で穴をえぐり、目のくぼみにする。こんなもんかな?
「ハルエさん、見て。どう?」
「壮平ぼっちゃん、きみの悪い頭ですね。『宝島』ですか?」
ハハハと壮平は、笑った。そうか、ハルエさんには『宝島』に出てくるドクロに見えるのか。壮平は、粘土でいろいろなもの作るのが楽しくてたまらない。看護婦さんや、先生たちが、いろいろ批評してくれるようになった。 夕方になると、黒住先生や友だちが来て学校のことを話してくれる。みんな、ミイラのような壮平のすがたに、さいしょはドッキリするけれど、声を聞くと安心して帰って行った。
さくらは、学校のみんなよりもっとおそくに来て、ノートのテープをそっと置いて行く。壮平はハルエさんに、家からカセットレコーダーを持って来てもらった。
「今宮、いつもありがとうな。なんかさ、ぼく春庭になったような気分でさ」
壮平の声が、ふるえてとぎれた。
さくらは、ずきんと胸がいたんだが、わざと、明るい声で言った。
「ぜんぜんにあわないよ。
壮平君は、春庭になんて、なりたくてもなれないな。そうそう明人君、今いそがしいけど、こんどおねえさんと来たいって」
「そう」
壮平は、美保を思い浮かべて、少し元気な声になる。そして、まくらの横から薬ぶくろをひっぱりだすと、さくらにわたした。
「テープのお礼。作ったんだ」
さくらが、薬ぶくろをのぞくと、白い粘土
で作ったかわいい桜のはなびらが、五枚はいっている。
「ありがとう」
さくらは、涙がこぼれそうになり、急いで壮平の部屋をとび出した。
壮平が入院して一週間以上たつのに、明人と美保はまだ病院にあらわれなかった。壮平は、明人が何をしているか見えるような気がした。毎日、外宮のあの秘密の木の所で祈り、神楽殿で笛を聴いて練習しているにちがいない。美保さんと明人は、次の休みにきっと来てくれるのだ、と壮平は信じていた。
壮平の想像は、当たっていた。あれから毎日、ひまさえあれば明人と美保は、必死で『胡蝶』の練習をしていた。一週間でマスターする。それが、美保の計画だった。やっと明人の父さんの合格が出たので、美保は黒住先生、あい子先生、そして壮平のパパとママにも壮平と見て欲しい、と連絡した。美保から連絡のあった夜、黒住先生の所に本居宣長記念館の吉田亮から電話がかかって来た。
「もしもし黒ちゃん?君の生徒が、交通事故にあったんだって?」
「亮ちゃん、だれから聞いた?
ああ、あい子先生か」
「いや、君の生徒の桜木君が今日やって来てさ」
「桜木が、君の所に?また、なんで」
「鈴屋の鈴がほしいと言ってきたんだ」
エエーッ黒住は、電話に向かって大声をだす。「鈴屋の鈴を?また、何考えてんだろ。あれは文化財じゃないか」
「黒ちゃん、そうじゃなくて桜木君は、売り物の模造品がほしいと言うんだ」
「なあんだ。あせったよ。それで?」
「だけど、お金が五百円しかないから、それで買えるだけでいいからの鈴がほしい、と言うんだ」
「いやあ、めいわくかけた。すまん」
「理由を聞いたら、事故でけがした友だちのためだっていうじゃないか。それで、かけ鈴の三十六個のうち六個だけわたした。ぼくが、模造品を買い取ってね。だけど、ぼくが、残り三十個の鈴を持っててもしょうがないだろ。だから明日、君とおみまいがてら残りをとどけようと思ってさ」
「わかった。鈴は、おれが買い取る。桜木のやつ、明日病院で何かやらかす気だ。君がいてくれると心強いよ」
受話器を置いた黒住先生は、だんだん元気が出て来た。亮から聞いた話のせいかもしれない。ともかく明日、壮平の病室で何かが起こる。それだけは確かだ。
今日は、美保さんが来る。
壮平は、それをきのうの夜ママから聞いてから、眠れないほどうれしかった。
「今、何時?」今朝から、何度ママにたずねただろう。ママは、店を半日休むと言う。今日は、日曜日だから学校は休みのはずだ。
昼過ぎに、黒住と吉田亮とあい子先生、それに山吹の花を両手にかかえたさくらと、荷物をかかえた明人と美保が、そろって壮平の病室にやって来た。
「壮平君」
美保は、壮平の手をにぎった。壮平の横にはこの一週間、粘土でこしたえた作品がずらりと並んでいる。ムンクの「さけび」がある。大きな真珠の入ったアコヤ貝がある。ママの顔、パパの顔がある。あい子先生の顔もある。明人のメガネもある。美保は、作品見ながらにっこりほほえんだ。
「壮平君、すてきな作品じゃない」
美保は、少し強く壮平の手をにぎった。うん、と壮平もにぎりかえした。美保の手のぬくもりが、壮平の全身の血をかっと熱くした。
やあ、と手を上げて、病室に林院長が入ってきた。志摩の真珠養殖場からかけつけてきたばかりの壮平のパパが、院長にいすをすすめる。
美保はしたくにかかった。壮平には、まだないしょなのだ。できるだけ静かに、はかまと千早の衣を着なければならない。壮平のママが、そっとカーテンを引いてくれた。明人は、山吹の花をさくらから受け取ると、一枝に鈴屋の鈴を結び付けた。壮平の横で、吉田亮は黒住先生に話しかける。
「山吹の花は、鈴屋の庭の花だよ。春庭の妻壱岐さんの作った二千八百首の和歌の最後の歌は、山吹の花なんだ」
「ほうー」黒住先生は、ずっと昔江戸時代の人たちも見たんだな、と思いながら山吹の花を見た。
「壱岐さんにしても春庭にしても、昔も今も、だれの一生を見ても言えるのは『不自由が何かを育てる』ということじゃないかな」
「それは、本居宣長のことばかい?」
「いや、ぼくのことば」
亮は、はずかしそうに笑いながらことばを続けた。
「何もかも見え過ぎる中にいると、何も見えない、とも言える。
光だってそうだ。光の中にいる時は、見えないけど。闇の中では、ひとすじの光だって見えるだろ。春庭は目が見えなくなって、闇の中でもがくうちに『ことばのやちまた』という彼だけの道が、見えるようになったんだ」「なるほど、そういうことか。うん、
そういうことなんだな」
黒住は、もやもやしていたことが、すっきり分かった気がした。
あい子先生が、壮平に聞かれてはいけないと、黒住と吉田亮のおしゃべりをあわててやめさせた。ところが壮平はふたりのおしゃべりをしっかり聞いていたし、部屋のようすも肌で感じとっていた。みんな、そわそわしている。何かある。
カーテンが開いて、美保が舞姫の姿であらわれた。窓から入る日の光に、きらきらかがやく美保の金のかんむりには、山吹の花がさされている。「おお」とみんなの口から、感動の声がもれる。
「きれい。天女さまみたい」さくらが思わずもらすのを聞いて、壮平にはすべてが分かった。美保さんが舞う。ぼくのために舞ってくれる。壮平は、からだがふるえた。「ママ」とつぶやく。ママが壮平の手をにぎる。
明人はうやうやしく、鈴をつけた山吹の花の枝を美保にわたすと、部屋のすみにすわって、笛を取り出した。明人は美保を見る。美保は、かすかにうなずいた。
明人は、目をとじて笛にいのりをこめると息をふきいれた。
ヒュローローラールーラーヒャラールーラー静かに美保が進み出て、ゆっくりとそでをゆらす。
笛の音が、高くなると病室の窓ガラスがビリビリふるえた。笛にまじって、シャランシャランと、ときおり小さな鈴の音が混じる。だれもがみじろぎもせず、食い入るように、美保の舞いに見入っている。
壮平は、舞いの気配に耳をすませる。
「この曲は、いつもの『倭舞い』じゃない。聴いたことのない曲・・・。
美保さんが、ひらひら蝶のように羽ばたいている。鈴の音でわかる。
これは、もしかして・・・草色の羽をつけて舞うという『胡蝶』
ああ、美保さん・・」
明人の笛は、朗々とすみわたってよどみない。 壮平は、笛の音にさそわれて闇の中の一点を見つめる。その時、一点、小さな穴を見つけた。小さな穴は、見つめていると、みるみる広がり、草色とやまぶき色と朱色が混じりあって、金色に輝き始める。
「朝日だ」
この瞬間壮平は、自分の目が見えるようになると感じた。壮平の目の闇に生まれた不思議な太陽から、壮平の目に強い力がふりそそぐ。
わけもなく、あたたかい涙が、あとからあとからあふれてくる。
壮平はママの手を強くにぎった。ママも壮平に答えて、にぎりなおす。
ヒャラーリーロールーラーアーアー
笛の音が消えていった。
舞い終わって静かに一礼すると、さやさやと衣ずれの音をさせて、美保は壮平の横に立つ。そして、山吹に結びつけてあった鈴をはずし、壮平の手を取ってにぎらせた。
「明人と私の、やまとのいのりをこめてあります。かならず・・・」
壮平は、鈴と美保の手をしっかりにぎりしめた。
「かならず・・・」
壮平は、答えた。
しんと静まり返った病室の時間は、止まってしまったように思えた。
しばらくして、壮平のようすを見ていた林院長が明人にささやいた。
「やまと大作戦は、成功だよ」
明人の顔が、ぱっとかがやいた。
明日は、頭のほうたいが取れるという日、壮平はまた粘土で何か作っている。
「今度は何?」
ママがたずねると
「ヤマト」と壮平は楽しそうに答えた。壮平のうでで、シャランシャランと鈴が鳴る。
美保と明人に鈴をもらって以来、壮平は変わったと、ママは思う。見違えるほど明るい声になり、おしゃべりになった。明日、結果が良くても悪くても、このようすならだいじょうぶ。壮平がだいじょうぶなら、私もだいじょうぶ。それにしても、壮平が事故にあった日、あの美保さんには申し訳ないことを言ってしまった。ママは、そのことを後悔していた。
「壮ちゃん。美保さんにね、ママ悪いこと言っちゃった」
「ああママ、気にしなくていいよ。
美保さんはそんなこと気にする人じゃないと思うよ。
美保さんはね。ママを見ていたら、九年前に亡くなったお母さんを思い出すって。
死にかけた明人を助けようとしたお母さんも、ママのようだっただろうって・・・」
「ママは、美保さんに恥ずかしいわ」
壮平は、ヤマトを仕上げにかかっていた。「まあ、壮ちゃん。ヤマトにそっくりよ」
「あれ、ママ、ヤマトを知ってるの?」
「え?ええ、まあ」
ママは、あいまいに答えた。
壮平のほうたいが取れる日、夏の真昼の陽射しを浴びて、明人たちは校庭をランニングしていた。ピリピリーピーッと黒住先生の笛がなり、みんなはひんやりとしたけやきの木陰に集まった。
「今、壮平君のおかあさんから電話があった。結果は・・・」
みんな息をのんで次のことばを待つ。
「マルー」
黒住先生は、顔をくしゃくしゃにして、大きな丸をうでで作った。ワーッとかん声が上がって、みんな飛び上がった。
バンザイバンザイ。
明人は心の中でつぶやいた、えーと、アマテラスオオミカミにおシャカ様、キリスト様にアラーの神に森の神にニワトリの神に、それから鈴屋の鈴の神様。
アリガトウゴザイマシタ。
黒住先生、あい子先生、みんなもありがとう。
「やまと大作戦」大成功。
美保姉さんも喜んでくれるだろう。
明人は泣き笑いをしながら、みんなを見回した。あの強本太郎は鼻をすすっている。今宮さくらの目には、うれし涙が光っていた。黒住先生も、くしゃくしゃの顔のまま泣いている。
黒住先生が泣けたのは、壮平の目のこともあったけど、子どもたちみんなといっしょに、喜びながら泣ける自分がうれしかったからだ。 おれは、ひょっとして・・・黒住先生は泣きながら、ふと考えた。子どもたちの心が『見えない、見えない』と言いながら、子どもたちを見下ろそうとしてたんじゃないか?『見える』ということは、見下ろすことじゃない。いっしょに見たい、と思うことから始まるんだ。
黒住先生は、うででごしごし涙をふくと、ちょっぴりてれたように、ぼさぼさ頭をかいた。
それから十日あまりたった夏休み前の土曜日の午後。照り付ける陽射しの中、明人は退院した壮平と、あい子先生の絵の教室に行く前に、外宮さんの鳥小屋に寄ってみた。
「壮平君じゃないか。
もう、いいのかい?」
ヤマトたちのめんどうを見ているおじさんが、壮平に走りよって来た。
「はい。もうすっかり。
ご心配おかけしました。
救急車を呼んでいただいて、ありがとうございました」
「なあに、ヤマトのいのちを助けてもらったんだ。
礼を言うのはこっちだよ。
それに壮平君のお母さんが、毎日、えさを差し入れてくれてるんだよ」
そうか、そうだったのか。壮平と明人は思わず顔を見合わせた。
「ヤマトは、ほれ、あそこ」
おじさんの指さす青々としげる大楠の枝の下に、ココッココッとヤマトが散歩している。明人と壮平は、ヤマトに近寄ってかがみこむ。 ヤマトはけげんな顔をして、少し首をかしげていたが、やがて『まっいいか』と、土をつつき始めた。
「こいつ、何もわかってないみたいやな」
明人が言う。
「いいんだ。
ヤマトが朝、元気に鳴いてくれれば」
壮平は、立ち上がって、じゃ、行こうかと明人にうなずいた。
絵の教室へ行くと、あい子先生が、にこにこ顔で明人と壮平を待っていた。
「先生、ぼく今日、どうしても描きたいものがあるんだ。草色と山吹色と朱色、それに金のえのぐ、使いたいんだけど・・・」
壮平が言った。
あい子先生は、たいせつにしまってあった日本画に使うえのぐと筆と紙を出してくれた。 壮平は紙の前にすわり、えのぐを絵皿に溶いて目を閉じた。あい子先生と明人は、息をひそめて見守る。十秒ほどして、壮平は目をひらくと、目まぐるしく筆を動かし、ひと息で奇妙な太陽を描き上げた。
「明人がぼくの病室で、笛をふいてくれた時、ずっと真っ暗だった世界に、この朝日が・・」壮平は、あい子先生と明人の顔をかわるがわる見た。明人が、ふしぎそうな顔をした。
あい子先生は、壮平の描いた草色と山吹色と朱色の混じり合う金色の太陽を、じいっと見つめている。あい子先生のほほを、大粒の涙がすべり落ちた。
「壮平ちゃん、あなた・・・」
あとは、ことばにならなかった。
『見えるようになったのね』
あい子先生は、のどの奥でそう言うと、両手で壮平と明人をだきしめた。
それから時々、朝早く、壮平とパパ、ママはつれだって、外宮の鳥小屋にヤマトたちのえさを持っておとずれるようになった。
「ママ」
「なあに、壮ちゃん」
「ヤマトのやつ、ママに一番なついてるね」ママはえへへと笑って、首をかしげた。
「あなたが、事故にあったのが、このヤマトのせいだって聞いた時は、殺したいほどにくらしかったのよ」
へえ、パパと壮平はおっかないなと顔を見合わせた。
「だけど、あなたが守ろうとしたヤマトだから、ママも仲良しにならなくちゃ、と思い直したわけ」三人は、声をあげて笑った。
次の年の春の日の午後。澄み渡る青空のもと、若葉の香りがただよう中、たくさんの人々が見守る勾玉池の舞台で、美保が『胡蝶』を舞った。壮平は、舞台近くの水辺から美保をスケッチした。目からあふれてくる涙で、壮平は描いている線がぼやけてこまった。帰ってから細かい部分を仕上げて色をぬった壮平は、美保の絵に『やまとのいのり』と題をつけた。
壮平の机に、窓から夕日がさしこんできた。「光だ」
壮平はつぶやいた。
窓から机の上へ、光の柱が降りてくる。
その光の中で壮平は、いましがた描き上げた美保の絵が、金色にかがやきだすのを見た。
おわり
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