Home > 物語 > 桂ちゃんとまぼろしの町

桂ちゃんとまぼろしの町

カッカッカッカッカッ。
高ゲタをはいて、材木屋の昇の家にかけこんでいく男の子を見かけたら、それは桂ちゃんだ。
昇と桂ちゃんは、同じ町内に住む小学六年生。二人はこの町で生まれて、この町で育ったから、幼なじみというわけだ。昇と桂ちゃんは仲間なのだが、めったやたらにケンカの強い昇が、内気であまりしゃべらない桂ちゃんを、いつも護衛している。
桂ちゃんはケンカが苦手で、となり町の子たちと険悪なふんいきになると、手に高ゲタをはかせて、はだしで逃げることにしていた。ゲタは、時には武器になり、またある時は防御の道具になる。昇は自分のゲタを手に持ってふりまわしながら、桂ちゃんを逃がし、応戦しつつ退却するのだ。
今日の学校帰りも町内の一年生が『いじめたの、いじめられたの』でもめて、となり町のやつらと口げんかになった。逃げているうちに桂ちゃんは、昇たち町内のなかまとはぐれてしまった。桂ちゃんは、カバンを自分の家の裏庭にほうりこんで、昇の家にやって来たというわけだ。
材木屋をやってる昇のおやじさんは、桂ちゃんの顔を見るなり
「よお、桂ちゃん。また、飛行機作るのにちょうどいいやつ、とってあるで。そこにある木ぎれ持っていき」
製材の仕事の手を休めてそう言った。
「ありがと、もらってくよ。
おじさん、昇君は?」
「昇かあ。あいつ宿題もせずにどこへいきくさったんやろ。さっき帰ってきたが、すんと哲ちゃんと出てったで。
桂ちゃんは、宿題すんだんじゃろ。えらいのう。なんてったって桂ちゃんには、とびきり秀才の兄さんがいるからのう」
桂ちゃんは、昇のおやじさんのことばにうなずきもせず、木ぎれをにぎると、だまったまま、そろりそろりと後ろに下がり
「さいなら」と言うが早いか、表に飛び出した。桂ちゃんはケンカも苦手だけど、兄さんをほめられるのは、もっと苦手だった。
たしかに兄さんは、中学で一番勉強ができる。親のいいつけは守るし、買い食いなんて行儀の悪いこともしない、町内の誰もがほめる模範生だった。
それにひきかえ桂ちゃんは、勉強もぱっとしないし、ひまさえあれば町内の仲間と、遊びほうけていた。もっとも、家の手伝いの風呂たきと、近くへの買い物と、小さい妹の世話は、母さんに言われればちゃんとやる。
けれど、みんなが兄さんをほめるたびに『それにひきかえ桂ちゃんは・・・』と言われているような気がして、おとなたちの前に出ると、ますます桂ちゃんの口数は、少なくなるのだった。
桂ちゃんが、思ったことを言えるのは、町内の仲間や小さい子供たちと遊んでいる時だけだ。
カッカッカッカッカッ。桂ちゃんは、通りをかけだした。

桂ちゃんの住む町は、岐阜の中心市街に近い権現山のふもとにある上竹町。五メートルほどのはばの道をはさんで、数十軒のいぶし瓦ぶきに、灰色のしっくいかべ、ベンガラ格子の二階建ての町屋が、ずらりときれいに軒を連ね、通りの両側に建っていた。ほとんどの家が、何かの商いをしている。
いいにおいのする化粧品店、りっぱなひげをはやしている床屋、同級生の目がかわいい恵美子の家は綿屋、いせいのいい哲ちゃんの親父さんは大工、ケンカの強い昇の家は製材屋、他には金物屋、ガラス屋、自転車屋、いつもつっぱって、かっこつけている二十歳くらいのあんちゃんの鳶職や、こわい顔をした柔道の先生のやっている整骨院もあった。
通りのなかほど、吉田歯科医院と看板のかかった家の前を、桂ちゃんは心持ちゆっくり、中をうかがうようにして通り過ぎた。患者さんのはきものが、四足ばかり見える。実はこの歯科医院が、桂ちゃんの家なんだ。
どこから見ていたのか、小学一年の妹の陽子が
「お兄ちゃん、あそんで」
と桂ちゃんの前に飛び出してきた。桂ちゃんは、しかたなく立ち止まる。
「だめ。今いそがしいで、あとから」
すると陽子は、目をまん丸く見開いて、今にも泣きそうな顔になる。そして、
「お兄ちゃんがこの前、昇ちゃんたちと屋根の上歩いとって、落っこちたの知ってるもん。それから、学校で飛行機つくっとって、先生に見つかったの知ってるもん」
口をとんがらせて言い出した。
なんてこった。こんなことを父さんや母さんに聞かれたら、えらいことだ。桂ちゃんは、さっき昇の家でもらった、飛行機を作る木ぎれを、シャツのすそにかくしながらあわてて言う。
「わかった、わかった。いっしょに行こ。
だから、さっきのことは、だれにも言ったらあかんで」
陽子は、うれしそうにうなずく。
やれやれ、今日は屋根登りができそうにないや。陽子の小さなやわらかい手をにぎると、桂ちゃんは、哲の家へ向かって通りを歩き出した。
だれにも言ったらあかんで、と言ってみたものの、妹の陽子が父さんや母さんに言いつけたりしないことを、桂ちゃんはよく分かっていた。陽子は、よほど桂ちゃんにかまって欲しかったのだ。桂ちゃんの痛い所を、小さいくせによく知っている。だけど陽子の声が、ひょっと近所のおばちゃんの耳にでも入ったらえらいことで、またたく間に町内中に知れ渡ってしまう。そんなことになったら父さんから、また大目玉をくうだろう。そして、いつもの『少しは兄さんを見習いなさい』ということになる。
桂ちゃんの仲間には、仁義というものがあって、けんかして泣かされても、親に言いつけに走ったりしない。
けんかでケガをしたって、親にはだまっている。親子の関係より、仲間のきずなの方がずっと強い。
親たちは商売や用事に追われていて忙しく、子供にかまっていられない。それが当たり前で、町内の子供たちは、学校から帰ると日が沈むまでいっしょだった。いっしょに遊ぶうちに子供たちは、自然と子供どうしの社会を作る。親分格は桂ちゃんたち六年生で、いばっている。町内のなわばりの、低学年の子供たちのケンカの仲裁をして「お前のほうが悪いぞ」などと裁いたりする。
学校から帰って毎日遊んでもらう上級生を、小さい子たちはたよりにしていたから、大きい子の言うことならば、素直に聞いた。
中学生になると、その仲間ではない。中学生ともなると、大きい体をして小学生と遊ぶことに、恥ずかしさがあったし、何より、もうおとなだ、と思いこむものだった。

桂ちゃんの町は、道に沿って町屋がずらっとくっついて建てられていたから、二階の物干し台から屋根に登れる。屋根は少し高くなったり低くなったりしながら、一直線に続き、屋根から屋根へぴょんぴょん飛び移りながら、町内の端から端まで伝って歩くことができる。屋根からおとなたちを見下ろすと、小さく見える。はだしの足の裏に感じる、屋根の瓦の傾きとぬくみに、なぜか背中がぞくぞくしてくるのだ。
おとなたちは、子供が屋根で遊ぶのを「あぶない」とか「瓦が割れるで、やめな」とかうるさく言うのだけれど、こんなおもしろいこと、やめられるわけがない。天気が良ければ、だれが言い出すとも無く、どこかの物干し台から、はだしで屋根に登っている。
小さい子たちは、さすがに屋根に登るには危なっかしかったから、今日のように妹の陽子がいては、桂ちゃんの思うようには遊べない。
「まあ、しょうがないや」
桂ちゃんは、妹の楽しげにゆれる小さなおかっぱ頭を見ながらつぶやいた。
カランコロン、とゲタの音をひびかせながら通りを行くと、夕方四時ごろにいつもやって来る屋台が、桂ちゃんの目に入った。桂ちゃんは、ズボンのポケットに手をつっこむと、おととい母さんにもらった一銭銅貨を探した。あるある。
「そうだ、陽子。一銭洋食買ったるで、『半分こ』して食べよ」
陽子は首を横にふる。
「お母さんが、『屋台のものはフエイセイやで、食べたらあかん』て言ったもん」
桂ちゃんは、かまうものかと妹の手をひっぱって、一銭洋食の屋台めがけて、カッカッカッカッと、げたの音も勇ましくかけだした。
屋台はもうすでに、昇や哲、恵美子に、桂ちゃんの家の裏に住む役人の娘で、いつも陽気にキャッキャッと笑うあやちゃん、といった同級の仲間や、町内の小さい子でにぎわっている。
「おじちゃん、ひとつ」
桂ちゃんは、だいじにしていた一銭をポケットから取り出した。一銭銅貨には、からだのぬくみが残っていて、手のひらの上でなまあたたかい。
「はいよ、焼けたて。ヤケドせんようにな」
いせいのいい声といっしょに、ソースをかけて新聞紙に包んだ一銭洋食が、手わたされる。
一銭洋食は、小さなお好み焼きだ。ほかほか湯気のたっている包みを桂ちゃんは半分に分けて、陽子にわたす。陽子は食べようとしない。桂ちゃんが、
「ほら、うまいぞ」
と言いながら一口食べて見せると、陽子もこわごわはしっこをかじる。
「おにいちゃん。おいしいよ」
陽子はたちまち、はふはふと食べてしまった。
「ほれみろ。しっかり焼いたるで、不衛生やあらへん」
桂ちゃんとしては、家では食べちゃいけないと禁止されている一銭洋食の共犯者に、陽子が仲間入りしてくれたことが、うれしかった。
その時だ。道の角から中学の制帽をまっすぐかぶり、夏の制服を着てカバンを肩からかけた兄さんの将一がやって来た。桂ちゃんが『まずい』と思った瞬間、目があった。将一は、少し顔をくもらせて立ち止まると
「桂二、おまえ・・・」
と言いかけたが、そのままだまって家の方へ行ってしまった。桂ちゃんは『しまった』と思ったけれど、すぐに『えーい、しょうがない』という気になった。しかられたっていいさ。そう思ったとたん、元気になるのが桂ちゃんだ。桂ちゃんは、気をとりなおして冷たくなった一銭洋食の残りを飲み込んだ。
となりにいたあやちゃんが、桂ちゃんの肩を指でつついた。
「ねえねえ桂ちゃん、また飛行機つくるの?」
あやちゃんの見ている桂ちゃんのおなかのあたり、さっきシャツの下にかくした木ぎれがのぞいている。
桂ちゃんは、てれながらニッと笑ってうなずく。
「こんどは何つくるの?」
「ねえ、何つくるの?」
昇と哲が、熱心にたずねる。
「この前新聞にのってた、海軍のゼロセン二一型戦闘機。アメリカにもイギリスにもない世界一の戦闘機なんだ」
「すげえ、すげえ。
桂ちゃんは絵もうまいけど、飛行機つくるのもうまいもんなあ」
同級生たちは、尊敬の目で桂ちゃんを見る。桂ちゃんの胸は、しあわせでいっぱいになる。なんてったって、学校の授業中も、机の下でコリコリとナイフを使い、昇のおやじさんにもらった木をけずって、飛行機づくりをしているのだから、仲間の内では桂ちゃんの飛行機は有名だ。仲間どころか、小学校の職員室の校長先生の机の上にも、没収された桂ちゃんの傑作、戦闘機『はやぶさ』がのっているというウワサがある。
先生の目を盗んで木を削っている時
「吉田、答えは?」
と指されると、近くの席のあやちゃんが、答えをささやいたり、恵美子がノートにわざと、桂ちゃんに見える大きな文字を書いて教えてくれたりする。こういう時、男友だちはあまりたよりにならない。
とつぜん陽子が、桂ちゃんのシャツをひっぱった。
「お兄ちゃん、さっきうちに『かたぎりのおじちゃん』きてた」
「陽子、早よ言ってくれなあかん。
お兄ちゃんは帰るで、おまえ、あやちゃんたちと遊んでて」
そう言うが早いか桂ちゃんは、ゲタのはなおが切れそうなくらい、カカカカカカと大急ぎで走り、吉田歯科医院へもどった。
下足箱に片桐のおじちゃんのブーツがある。桂ちゃんはゲタをぬぐなり、二階への階段を三段ずつ飛び上がって待合室の扉を開けた。
「片桐のおじちゃん」
「よお、桂ちゃんか。また治療してもらいに来たよ」
片桐のおじちゃんは、時々父さんの治療を受けに来る患者さんで、各務ヶ原基地のテストパイロットだ。桂ちゃんは前に一度、片桐のおじちゃんの基地に、飛行機を見に行ったことがある。
「おじちゃん、ぼくこの前見せてもらった『飛燕』作ったんだ。今、持って来るから」
そう言うと桂ちゃんは、子供べやに飛行機をとりに行った。部屋では、ナンバースクールのエリート校、八高(今の名古屋大学)を目指す将一が、勉強していた。将一は、あまりからだが丈夫でなかったから、軍人にはならないらしい。将一は桂ちゃんを見て
「おまえは、いつものんきでええわ」
と、うらやましそうに少し笑った。
片桐のおじちゃんのいる待合室に、桂ちゃんがはりきってかかえてきたのは、全長四十センチほどのB二十九と十五センチくらいの戦闘機『飛燕』だった。
「ほほー、すごいじゃないか」
片桐のおじちゃんにほめられて、桂ちゃんはニコニコ顔だ。
「おじちゃん、もう飛燕に乗れるようになった?」
「なったとも」
「そんじゃ、今度ぼくの学校の上飛んでよ。月曜の朝八時半。ちょうど朝礼が校庭であるで」
「月曜の八時半か。よし、飛んでやるかな」
「本当?」

次の月曜日の朝、初夏の青空が広がった。
桂ちゃんは、片桐のおじちゃんのことを、仲間のだれにも話していない。だって、ほんとに来てくれるかどうかわからないもの。京町尋常高等小学校の校庭には、二千人の生徒が整列していた。桂ちゃんは、空ばかり見上げている。
八時半、青空の端にキラリと銀色の機体が見えたかと思うと、キーンとものすごいエンジンの音を響かせて、飛行機は校庭の真上に飛んできた。一瞬にして通り過ぎると、塗装をしていない機体を、陽の光りの中でまぶしく銀色にきらめかせながら、グイーンとターンしてさっきより低く校庭の上を飛ぶ。耳をつんざくようなエンジンの音が、桂ちゃんの体にズーンと響く。片桐のおじちゃんの『飛燕』だ。かっこいいなあ。ぼくも、片桐のおじちゃんのようなパイロットになりたい。桂ちゃんは、朝の光を浴びて飛ぶ『飛燕』を目で追いながら、心からそう思った。

桂ちゃんたちは、あいかわらず町内の子供たちと遊びに明け暮れていたけれど、おとなたちの顔つきは、暗くきびしかった。中国大陸や太平洋での戦争は、どんどん激しくなり広がっていたのだ。
町内の二十歳になったあんちゃんたちは、次々に出征して行った。一番初めに出征したのは、いつもかっこつけていた鳶職のあんちゃんで、町内総出で日の丸の旗をふって、岐阜市のはずれにある、歩兵連隊の門まで行って見送った。おとなも子供も大声で「ばんざーい、ばんざーい」と、あんちゃんたちをはげました。
桂ちゃんたちは、だれかが出征するたびに、ちぎれるほど旗をふり、声をからして「ばんざい」をくりかえした。桂ちゃんたちにできることは、それだけだった。
あんちゃんたちは、きのうまでとはちがう人のように、軍服に白のたすきをかけて、堂々と軍隊式の敬礼をしてあいさつをすると、連隊の門の中に消えて行った。
それが、あんちゃんたちの姿を見た最後になってしまった。戦争に行って、生きて帰ったあんちゃんは、だれもいない。みんな白い布に包まれた箱になって、帰って来た。
箱になってしまったあんちゃんたちを迎えるのも、町内のおとなや子供みんなだった。おとなたちは子供たちに「泣いたらあかん」と言い聞かせていたけれど、いつも泣きだすのは、おとなたちだった。けっきょくさいごは、町内のみんなが泣いていた。
こんな悲しい、苦しい思いをして、なんで戦争をするのかなんて、考えてもどうにもならない。いったん戦争が始まってしまえば、勝っても負けても悲劇でしかない。戦わなければ、自分も家族も国も、無くなるかもしれないのだ。みんなが悲しく、みんなが苦しいから、肩を寄せ合って歯をくいしばって、たえしのぶしか道はなかった。そして、おとなも桂ちゃんたちも、そんな暮らしを、あたりまえだと思っていた。

上竹町の町内では、防火用水と書いて水をはった大きな桶が、通りにいくつもならんだ。ときどき町内会では、バケツリレーで火を消す防火訓練や、救護訓練をみんなでやった。
そのころ桂ちゃんの父さんは、町内会長を引き受けていた。父さんはいつもむっつりしていて、こどもたちに話すとすれば、お説教に決まっていた。だから桂ちゃんは、いつもできるだけ、父さんから離れたところにいるようにしていた。
桂ちゃんには、陽子の下に三つになったばかりの妹の和子と、赤ん坊の勇三がいたので、母さんは幼い弟妹の世話に忙しかった。その他に、きれいな看護婦さんと、がんじょうそうな手足をしたねえやと、くそまじめな書生さんがいっしょに暮らしていたから、食事のしたくやかたずけ、そうじ、洗濯やつくろいものと、一日中母さんとねえやは働いていた。
桂ちゃんの母さんは、めったにおこらない。おだやかでやさしい人だ。桂ちゃんが遊びやケンカのどさくさで、服をやぶいて帰っても「しょうのない子やの」と言いながら、にこにこしている。
たまに桂ちゃんの母さんは、『ぜんそく』の発作を起こす。苦しそうに息をする母さんの背中をさする時、桂ちゃん胸は、いつも心配でキーンといたくなる。
桂ちゃんの家では、朝御飯と夕御飯を、いっしょに暮らしている十一人が、そろって食べた。看護婦さんと書生さんとねえやは、それぞれ自分の箱膳で食べ、桂ちゃんの家族はちゃぶ台を囲む。
食事のきまりは、父さんが座にすわり「いただきます」と言うまで、みんな待っていて父さんが「ごちそうさま」と立つまでは、だれも立たない。食事の後いつも、父さんはだまったまま診察室にもどるから、父さんのいる食事の間、桂ちゃんたちは、しかられないように、ひたすらおとなしくしている。
めずらしく夕御飯のあと
「桂二、ちょっと来なさい。話がある」
と、父さんに呼ばれた時、桂ちゃんは何かしかられるのかと、どきんとした。けれど
「たのみがあるんだが」
と父さんが話しだしたので、桂ちゃんはほっとした。
父さんの話は、もしも火事が起こった時に、あわてず的確な消火作業ができるように、町内の家々の間取りを知りたいのだが、おとながよその家に入り込むのは迷惑だから、町内の子供たちで家々の間取り図を作れないか、というのだ。
桂ちゃんは、がぜんはりきった。父さんから町内会の仕事をたのまれるなんて、とても名誉なことに思えた。
「はい、やります」
桂ちゃんは、目をかがやかせてうなずいた。
それから桂ちゃんは、いそがしくなった。
まず、仲間の六年生を班長にして、下級生の班分けをする。それぞれ何軒かずつ受け持ちを決め、家の部屋がどうなっているか、水道や井戸がどこにあるかを、紙に書きとる調査を始めた。
昇や哲は、材木屋と大工という、家作りのプロの息子たちだったから、桂ちゃんの強力な助手になり、手足になって活躍した。とはいえ、小さい子供たちの書く間取り図は、大きかったり小さかったり、あやふやなことが多い。そんな時は、桂ちゃんや哲が、再調査する。
あやちゃんや恵美子は、集まってくる間取り図を、ていねいに方眼紙に写しとる作業を手伝った。
桂ちゃんは、すべての作業のまとめ役である。
「あかん、あかん。この階段では、二階にのぼれん。哲ちゃん、もいっぺん見てきて」
「おう、わかった。早川のばあちゃんちやな。見てくるで」
「これもあかん。寸法がおうてないで、やりなおしや。ここは、ぼくが見に行くで、昇、床屋さんの水まわりと、井戸の場所、確かめてくれる?」
「よっしゃ、桂ちゃん。おれ、すんと行って来る」
昼も夜も桂ちゃんの頭は、作業のことでいっぱいだ。町内の子供たちは、遊ぶのも忘れて、おどろくほど熱心に、桂ちゃんにしたがった。
作業が始まって、一ケ月がたった。
町内総戸数六十戸あまりの、間取り図を書いた方眼紙のはりあわせが終わった時、桂ちゃんと仲間たちは飛び上がって喜び合った。
最高の気分だった。間取り図は、長い長い巻き物になり、通りに広げられた。おとなたちは、「ほう、たいしたもんや」と感心して桂ちゃんたちの力作に見入っている。父さんも将一兄さんも、桂ちゃんをほんの少し、見直したようだった。父さんは、やさしい目で桂ちゃんにうなずき、肩をたたいてくれた。
昇や哲、あやちゃん、恵美子、町内の子供たちのどの顔も、かがやいていた。おとなも子供もみんなが、こんなに喜んでいるのは、ひさしぶりのような気がする。桂ちゃんは、みんなの笑顔がほんとうにうれしかった。
間取り図が出来上がると、桂ちゃんたちはまたいつもの遊びにもどった。屋根の伝い歩きも、相変わらずだったし、桂ちゃんの飛行機作りも復活した。
けれど、仲間のだれもが町内の間取り図作りを完成して以来、胸の中に、同じ色に光る印を持っているような気がするのだった。

それから二年ほどたった昭和二十年の一月。十四歳の桂ちゃんは、家族や仲間、上竹町をあとにして、大阪の河内長野にある陸軍幼年学校へと一人で旅立った。
寂しいと思ったかどうか覚えていない。不安はあったけれど、家族や町の人たちの『それにひきかえ桂ちゃんは』というおとなの目の世界からのがれるのは、少しうれしくさえあった。
「片桐のおじちゃんのようなパイロットになりたい」
ともかく桂ちゃんは、その夢の第一歩を踏み出したのだ。
陸軍幼年学校には、桂ちゃんのような夢を持つ少年が、たくさん集まっていた。戦争に行って死ぬのは、あたりまえのことだと皆が思っていた。あたりまえのことは、話題にもならない。いかにして勝つか。いかにして敵と戦うか。それが最大の関心事であり、目的であった。
桂ちゃんは、初めてロシア語の授業を受けることになる。日記を筆で書いて、毎日出するのも宿題のひとつだ。
桂ちゃんは、作文がきらいだ。小学校の時、恵美子やあやちゃんが、またたく間に字でマス目をうめていくのが、不思議だった。書くことなんて思いつかない。桂ちゃんの作文は、たいてい一行か二行で終わった。
けれど、ここではそうはいかない。何か書かなければ、しかられる。桂ちゃんはやっとの思いで、やたらに字をならべた。
そんな毎日を過ごしながら桂ちゃんは、おやつに出る饅頭が、楽しみだった。
空襲にそなえて、校庭のすみにそれぞれ自分の防空壕を掘る作業もあった。河内長野は大阪の南側の高い場所だったので、大阪の空襲の様子がよく見える。
「B二十九だ」
何十機というB二十九の機影が見えると、そのエンジン音が、ブオンブオンと空全体を不気味につつみ、ゆれ動かす。B二十九は、その巨大な機体の腹に、たくさんの焼夷弾をかかえている。
焼夷弾というのは、六角形の小さな筒をベルトで束ねた形になっていて、上空で落とすと、空中でベルトが切れ、バラバラと音をたてて地上にあられのように落下する。筒の中には、ねっとりした油が入っていて、筒の尾に発火した火が、燃え移るしかけになっている。
B二十九に焼夷弾を、そこらじゅうにばらまかれれば、町はあっと言う間に火の海だ。バケツリレーの消火作業なんてやっていたら、死んでしまう。
空襲警報のサイレンが鳴り響く中で、桂ちゃんは、夜空に花火のような焼夷弾が散り、真昼のような炎が大阪の町を包み、巨大なきのこ雲がわき上がって天と地をむすぶのを、校庭から見ていた。
今燃えさかるあの炎の中に、逃げまどう人々がいるのだ。
「ちくしょう。ちくしょう。
いつか、戦闘機に乗って、B二十九を打ち落としてやる」
桂ちゃんは、こぶしを握りしめていた。

ところが、である。
桂ちゃんが、河内長野の幼年学校にやってきて半年と少し。ようやく学校生活に慣れてきた八月の十五日。あっけなく戦争が終わってしまったのだ。
桂ちゃんたちは、日本が負けるなんて、思っていなかったから、あれ、なんで?どうして?とわけが分からなかった。
八月十五日の夜、幼年学校の教官が、生徒に解散命令を出した。これから、すぐに家へ帰るようにと言うのだ。同級生はみんな、どうしていいのか分からず、ざわざわしている。桂ちゃんは、立ち上がると言った。
「大阪方面に出るには、南海電車の線路ぞいを歩いて行けばいい。
いっしょに、行く人・・・」
何人かが、気を取り直して立ち上がった。
「身の回りのものを持って、三十分後に出発だ」
桂ちゃんと何十人かの同級生は、夜通し電車の線路を歩き続けた。
戦争が終わった夜は、静かに明けた。いつもと変わりなく、地平線を茜色に染めながら太陽が顔を出し、夏の朝のひんやりした空気が桂ちゃんたちを包む。
「天王寺の駅だ」
だれかが言った。はるかに駅の建物見える。緊張していると、疲れを感じないものだが、みんなの足は、ひたすら前へ、駅へと速くなる。
駅に着いてみると、地下鉄が動いている。桂ちゃんの同級生の少年たちは、それぞれの家に向かって別れて行った。切符もなにも、持っていなかったけれど、不思議なことに地下鉄に乗れた。十四歳にしては小さい桂ちゃんが、子供に見えたのかもしれないし、駅員さんがいなかったのかもしれない。
桂ちゃんは、梅田で地下鉄を下り、岐阜へ向かう汽車に乗った。あの激しい空襲のあとなのに、線路は無事だったのだ。
岐阜へ、岐阜へ、上竹町の家へ。
頭の中には、それだけしかなかった。上竹町の町なみを思い出しながら、桂ちゃんは汽車の中で、うとうととした。
八月十六日の夕方、桂ちゃんは、ひとり岐阜駅に下り立った。そして、ぼうぜんと立ったまま動けなくなった。

岐阜の町が、無くなっている。
見渡す限り、がれきばかりの焼け野原だ。
岐阜も空襲にあったのだ。
大阪や神戸、東京ばかりでなく、岐阜までが壊滅していたとは・・・・・・。
桂ちゃんの頭に、大阪の町に散る焼夷弾と家々が燃える火の海が浮かんできた。桂ちゃんは、なかば走るように、上竹町の家のあったあたりを目指した。
煙の中で母さんは、ぜんそくの発作をおこしたんじゃないだろうか。母さん、母さん、母さん。陽子や勇三、町内のなかまたちの顔を思い浮かべながら、桂ちゃんは走る。
八ケ月前には、びっしりと店や住宅が建っていたのだ。それが、まぼろしのように消えて、あるのは真っ黒な焼け跡とガレキばかり。
桂ちゃんはふと、今通り過ぎて行く焼け野原の風景や自分自身のほうが、まぼろしなのではないかと思った。
権現山のふもと、上竹町の吉田歯科医院があった所にたどりついて見ると、字を書いた板を打ち付けたぼうが立っていて『家族一同無事』という文字と、母さんたちが身を寄せている親類の家の住所が記されていた。
桂ちゃんは、それを読んでほっとした。
その時、
「桂ちゃん、桂ちゃん」
と声がして、近くの防空壕から、女の子が飛び出してきた。ニコニコして、
「桂ちゃん、よく生きて帰ってきたね」
と叫びながらかけてくる。
あやちゃんだ。桂ちゃんの前に来て、あやちゃんはつぶらな目で、確かめるように桂ちゃんを見つめた。
「空襲で父さんも母さんも死んだの。昇ちゃんも町内の人も大勢が」
それだけ言うと、あやちゃんの目から、ぼろぼろ涙がこぼれ落ちた。桂ちゃんの目からも涙があふれた。二人は、焼けて無くなってしまった上竹町に立ったまま、わあわあ声を上げていつまでも泣いていた。

戦災孤児になったあやちゃんは、おばさんの家に引き取られた。上竹町には、生き残った人々がぼつぼつ帰ってきた。終戦後しばらくは、そまつな小屋ばかりだったが、その後建てられ始めた家々は、形も色もさまざまなものだった。
かつての通りの、きれいにそろった町屋の軒のつらなりや、町内の端から端まで伝え歩きをした屋根は、桂ちゃんの心の中の風景でしかない。桂ちゃんがゲタをはいてカッカッカッカッカッと走っていた上竹町は、まぼろしの町になってしまった。
父さんは、福井の山の中の家をゆずり受け、上竹町に移築して、歯科医院を再開した。桂ちゃんの兄さんの将一は八高に進み、桂ちゃんは中学を出ると、東京上野の美術学校(東京芸術大学)の建築科に進学した。パイロットになりたかった桂ちゃんだが、好きな絵がたくさん描けて、食べて行ける仕事だと、先生にすすめられたのだ。
戦争が終って、飛行機も軍隊も無くなっていた。それもいいかな、と桂ちゃんは思った。終戦後は、食べ物から着るもの、なにもかも不足していて、みんなが貧乏だった。桂ちゃんには小さい妹や弟が三人もいたから、東京に出てアルバイトをしながら、自分の力で学校を卒業した。

戦争が終わって、五十年が過ぎた。

桂ちゃんは、今、どうしているかって?
桂ちゃんは、元気に東京で設計の仕事をしている。
母校の芸大で、木造建築を教えてもいる。この前は、学生に町屋の模型を作らせて、ならべて見ながら町づくりの講義をした。
『家も建物も町の風景はみんなの目にはいる財産なんだ。みんなが町を好きで、たいせつにくらして行けば、百年あとに住む人たちにとっても、美しい財産になるんだ。だから建築は、その土地の歴史と風土と人のくらしから生まれてくる美でありたいね』
と桂ちゃんはかたる。
これまで桂ちゃんが設計した家は、二千軒をこえる。家の間取りを考えたり、間取り図を描いたりするのが、桂ちゃんの仕事でもある。
そんなことになるなんて、授業中にコリコリ木を削って飛行機を作っていた桂ちゃんからは、想像もつかないだろう。町内の間取り図を作った時の桂ちゃんだって、それが一生の仕事になるなんて、考えもしなかった。

人はみんな、いのちの中に玉手箱をかかえている。自分でも何が入っているか知らないし、そこから、いつどんな宝が飛び出してくるのか分からない、それが楽しみでもある。
あんなに作文の苦手だった桂ちゃんだが、これまで書いた本は、ずらりとならべると三十さつをこえる。
桂ちゃんは『民家ウオッチング辞典』の中に、空襲前の上竹町の吉田歯科医院の絵を描いた。
桂ちゃんの仕事を見たかったら、桂ちゃんが設計した建物は、あちらこちらにある。
熊本の阿蘇小国町には美術館、福井の一筆啓上賞の丸岡町には図書館。ノーベル文学賞の大江健三郎のふるさと、愛媛県内子町には木ロウ博物館、小豆島には壺井栄文学館。そして、茨城県古河市の歴史博物館は、建築学会賞を受賞した。まだまだ、たくさんある。桂ちゃんは今、琵琶湖のほとり、豊臣秀吉の城のあった、長浜の町に計画されている、鉄道博物館の設計をしているところだ。来年か、さ来年には、建物が完成するだろう。
二十一世紀に向かって『人や環境にほんとうに良い住まいとは何か』を、本に書いたり教えたりする仕事もしている。
そして桂ちゃんが、一番だいじにしている仕事は『古い町なみを保存しながらの、これからの町づくり』だ。
桂ちゃんに助けられて、住む人たちが生き生きと活気をとりもどし、きれいになった古い町なみもいくつかある。それは、これからの時代に生きる子供たちへ、ゆずっていくものだ。放っておけば、消えてしまうことだってある。そのために桂ちゃんは、日本中どこへでもでかけていく。
桂ちゃんは、仕事に向かう新幹線の中や飛行機の中で、歴史をたいせつにしながら美しくなっていく、たくさんの町の夢をえがいている。するとその夢に、いつの間にか、カッカッカッカッカッと、ゲタをはいた男の子が走っている『まぼろしの町』が重なる。
それは桂ちゃんが永遠に見ることのできない、永遠に忘れることのない『まぼろしの町』なのだ。

おわり



http://www.tajimiyori.com/image/logoJ04.png


Copyright © 大庭 桂. All rights reserved.