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夢屋ものがたり

おばあの家は、ひどいぼろ屋だ。
茅葺き屋根のてっぺんには、ペンペン草がはえていて、ところどころ壁に穴があいていたけれど、それでも家は建っていた。
つい五、六年前までは、おばあの家と同じような家が、山を背景にして、そこここに、ぽつんぽつんと五軒ほどあったと思う。それが、一つ壊され一つ建て替わり、いつの間にか無くなっていった。その後に、豆腐に目鼻のついたような四角い家や、赤い三角屋根の家、瓦をのせた鶯色の壁の和風の家とてんでんばらばらな、新しい家々が建てられた。
同じ山を背景に見ているのに、ぼくはもう、前の風景を思いだすことができない。ただ、おばあの家の建っているあたりだけが、かろうじて以前のままだった。
建て替えられた家々に囲まれて、その風景は時代に取り残されたように寂しげに見えたかもしれない。それでも、おばあの家は建っていた。
ぼくは毎日、学校がひけると、自分ちに帰ってもだあれも居なかったから、夕飯どきまでおばあの家に居た。
うす暗くじめっとした広い土間。その向こうにいろりのある、良くふきこまれてぴかぴかひかっていた十畳ほどの板張りの居間。部屋のすみに小さな茶ダンス。そのとなりにぼくの身の丈ほどある、大きな古い柱時計があって、カチコチ重々しく、くすんだ金色の振り子を左右に振っていた。
おばあの家は、この地方に多い「中門造り」と呼ばれる間取りで、百五十年も昔に建てられた。おばあのおばあ、そのまたおばあがまだ若くて、つやつやとした黒い髪を頭の上に高く結い上げていた時分のことだ。おばあが言うには、ついこの間まで馬も同じ屋根の下に暮らしていたそうだ。
柱の梁も災難よけの火伏せも真っ黒だった。どの木もいろりにいぶされて、表面が黒いかさぶたにおおわれている。
いろりの部屋の向こうには、いろんな神様の御札やらご先祖様の位牌のある棚があった。ぼくは棚の前に立つたびに、思うのだった。いったいこの家には、今まで幾人の人々が住んできたのだろう。二十人か三十人か、あるいはもっとか。この家に住んできた人たちは、優しい人たちだったのか、こわい人たちだったのか。しあわせだったのか、不幸だったのか。みんないなくなって、木の位牌だけになったんかなあ。ずらりと並んだ小さな板をながめると、いつも不思議な感じがした。



ぼくは一度だけ、いろりの端でまだ湯気のたっている甘いさつまいもをほおばりながら、おばあに尋ねたことがある。

「おばあ、ひとりでここに居てさびしくない?

ぼくんちに来てくれればいいのに。みんな

そう言ってるよ」

おばあは、ほんの少しの間ぼくの顔を見つめて、ふっと目を細めると首を横にふりながら言った。

「なあんも、なあんも。

ありがてと思うけんど、おばあにゃここが一番よ。

さみしいこともなあんもねえ。この家はにぎやかなんだよ。

坊よ。あんたの父さんがまんだねんねのころよ。

やっと歩けるようになった時分でな。

土間に降りたくても降りられねえで、わあんわあん泣いてなあ。

ほれ、その上がり口の柱の所よ。

ひょっとすると今でも、その柱はしょっからいかもしれねえ」

ぼくは、赤ん坊だった父さんが柱にしがみついて泣いてたなんて信じられないな、と柱とおばあの顔をかわるがわるながめた。
おばあは、いろりの火床にまきを一本たした。そして、ふかしいもをもう一本、ほれとぼくの方にさしだした。ぼくは受け取るなりかぶりついた。おばあは小さな目をいよいよ細めてうなづきながら、また語りだした。

「あんたのひいおばあはな。それは大根漬けるのがうまくてよ。

だいどこで、おばあはこのうちさ嫁に来たてのころ、いろんなこと教わったわねえ。

きだてのやさしい人じゃった。

ああ、おばあには、みんなの声が聞こえるよ。ほんににぎやかになあ」

おばあは、そう言いながら遠いところをぼんやりと見ている。

「ぼくには、なあんも聞こえね」

わざと大きな声を出してしまった。おばあはあわてて、ぼくの目をのぞきこんだ。

「そうかあ。そうかもなあ。

坊よ。人は生まれていつかあ死ぬよ。

死んだもんは、飲んだり食ったりしねえ。

この目にも見えねえ。

けど、ちゃあんと生きてるんだ」

 

「そりゃ、極楽でだろ」

最後のふかしいもをのみこみながら、ぼくは言った。
おばあは、

「いんや、ここよ。ここが極楽よ。まてよ、もしかすっと、ここは地獄かもしんねな。」

そう言って、アハハと声をたてて笑った。
けれど、すぐに真顔に戻って

「人は、自分のいのちをだいじにするよなあ。

けど、この家を見てみい。今はプレファブやらなにやらホームやらゆうて、積み木の

ようにポンポン家建つけど、この家はさあ、裏の山の木切ってえ、長いこと乾かしてえ、

柱も梁も一本一本、気い入れてこさえられてるんだ。

じゃがな、おばあが住まなくなってみろ。あっと言う間に、この家のいのちはなくな

るだろ。」

  

「そんなことありゃしないよ。」

ぼくは、おばあと話すのに飽きて、昨日父さんが町から買ってきてくれたミニ四駆の組み立てにかかっていた。ぼくの様子を見て、おばあは、話すのを止めた。そして火床にまきを一本足すと

「彼岸を越すと、冷えてくんなあ。どっこいしょ。」

と、ふかしいもの入っていた鉢を取り上げて立ち上がり、台所の方へ降りて行った。ちょうどその時、茶箪笥の横の柱時計が、少しくたびれてたわんだ音でボーンボーンボーンボーンボーンと五つなった。
おばあはそれから二度と、そんな話をぼくにすることはなかった。ぼくも、おばあがこの家にいたがってることだけは分かった。そのうち、そんな話をおばあとしたことも、ぼくは忘れた。
おとなたちはそれからも、おばあの家から百歩と離れていない所に建てた、日当たりのいい新しい家に住みなさればいい、としきりに勧めたけれど、おばあは

「いんや、ここがええ。」

と首を横にふるばかりだった。



ぼくの村は、過疎が進んでいて子供が少なかった。もっと山に入ったところに在った小学校を三つばかり統合したけれど、それでも全学年合わせて五十人に満たなかった。学校では、友達と遊んだり、授業中ふざけすぎて先生に叱られたり、けんかしたりもする。人数が少ないから、大きい子も小さい子もみんなが親や家族の顔まで知っている。

けれど、学校がひけると、友達と遊ぶことはほとんどなかった。友達の中には、片道四十分もかけて町の学習塾や習い事に通う子もいた。家に帰ってファミコンに夢中になっているやつもいた。ぼくは、兄弟もいないし、父さん母さんは仕事に出ているし、だあれもいない家でひとりでゲームをやるのはつまらなかった。

おばあは、

「このごろの子は、なんやせつないのう。

昔の子は日が暮れるまで山や川かけまわって、もっとかんだけえ声上げてみんなで遊んだもだ。

おとなしゅうなってしもて・・・。」

とつぶやいていたけれど、本当は、ぼくがおばあの所へ行くのを楽しみにしていたのだと思う。

「おばあ、ただいま。」

ぼくが帰ると、おばあは決まって、板の間の台所に近いいろり端の青い座布団に座っていた。

「おかえり。」

と、おばあが言う前に、僕は靴を脱ぎ散らし、板の間にかけ上がり、ランドセルをいろり端にぶん投げて、部屋の隅の茶箪笥をのぞきこんだ。おばあの用意してくれた、ぼくのおやつがあるのだ。それは、ふかしいもや大好物の白菜漬や大根漬、スナック菓子などだ。時には、いろりの自在鉤に真っ黒な鍋がかかっていて、ぜんざいが、甘い匂いの湯気をたてていることもあった。おなかを満たすものなら、なんでもよいくらい空腹だった。茶箪笥から取り出したおやつを、だいじに抱えて、おばあのかたわらにぺたんと座る。すると、

「学校はどうだったんか?」

おばあは、いつもそうぼくに尋ねるのだ。

「んー、えかった。」

ぼくは、すでにかぶりついた食べ物でいっぱいの口をモゴモゴさせながら、いつもきまってそう答えた。

「そんなにせかんでもええのに・・・、

ほれ、こぼした。」

おばあは、黒っぽい木綿の縞のきもののふところから、手ぬぐいを取り出して、ぼくのひざにかけるのだった。

なんでいつも同じことを聞くんだろう。ぼくは、これといって話すこともないような学校のことを、聞きたがるおとなたちが少しめんどうくさかった。だれそれとけんかになったとか、だれが立たされたとか、給食のおかずが何だったとか、話してもしょうがないような気がするからだ。

おばあは勉強のことなど、あまり言わなかった。ただ

「先生だって、一所懸命なんじゃ。ただすわって

るだけなら、地蔵さんでも漬物石でも同じことよ。

目と耳よおく開けて、先生の語ること、まるごと自分の腹に落とすつもりで聴けや。

わからなかったら、わからんと言え。わかったふりするのは、男のすることでねえ。」

と時々おばあが言っていたことだけ、いつも頭の隅っこにあった。

おなかが満ちてくると、ぼくはやっと落ち着いて、ランドセルから宿題のプリントやノートを取り出して、寝そべりながら鉛筆を動かす。机なんかいらない。板の間の照明は、朝から晩までつけっぱなしだ。昼間でも暗いのでそうなってしまう。いろりの火床には、春夏秋冬、火が入らない日は無い。どんな夏の日でも朝夕は冷えることがあるし、鍋もかけなければならない。

「いろり火はとおろ、とおろ、外は吹雪」

という歌を、ぼくが小さい時、母さんが、よく歌ってくれた。そんなことをぼんやりと思い出しながら、火床のまきの間にちょろちょろ舌を出して燃える炎を見つめていると、時間のたつのを忘れてしまう。パチパチと音を立てて燃えるまきの匂いは、なんとも言えない。ぼくんちのストーブやヒーターでは感じられない、何かがある。いろりから立ち上ぼる煙は、おばあの家の屋根を覆っている茅の中の悪い虫を退治してくれるのだと、父さんが教えてくれた。





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