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1.歴史的生命 人間の営みとして
かつて長らく禅寺に身を置かせていただいた経験のある私は、人間の営みには、概念的に言えば、過去と未来、一と多、不易と流行など、相反する二面性があることを学んできた。
そして、現実問題として、保存と開発のせめぎ合いの中で、埋蔵文化財などの保存に従事し、更に今、町並み保存の仕事を手がけるにあたり、保存とは何のために行うことであるのか、どのような意義があるのか、仕事のための仕事としてでなく、自己自身が生きる上において、どう位置付ければよいのか、常に問い続けてきた。その一端を書いたのが、平成5年『若狭街道熊川宿』に書いた「熊川宿に託する思い」であった。ここでは、西田幾多郎の哲学を想起しつつ、歴史的アイデンティティーや永遠の美について書いた。
そして、こんな私は、わが熊川宿の町並み保存に対し心からのご指導を常に賜っている吉田桂二先生の文章『民家再生−事例集・1−』に触れ、誠に深い感動を覚えた。
この中に「再生すべき民家の誕生から現在に至るまでの生涯を延長しつつ、最も美しい形にするための作業が再生なのである。だからこの作業は保存性を持つと同時に、きわめて濃厚に創造の領域として考えなければならないし、創造性を欠いては全く成立しない仕事と考えるのが妥当だ。」
そして、こんな内容の本を送っていただいて拝読したとき、すぐに西田幾多郎の『日本文化の問題』を想起させられた。
「矛盾的自己同一的に主体が即環境環境が即主体と云うべき自己自身を形成する人間的生命と云うものが出て来るのである。人間の生命と云うも、歴史的生命の自覚に外ならない。」
「創造に於て、人間は何処までも伝統的なると共に、過去未来と同時存在的なるものに、即ち永遠なるものに、何物かを加えるのである。新しく創造せられるものは、過去のものに同時存在的に生ずるのである。そこに真の人間の自由があるのである。創造に於いて、人間は過去を受けると共に過去を変ずると云うことができる。伝統と云えば、人は直に唯一の源と云うものを考える。但しそれは死せる伝統を考えることに外ならない。」
歴史的生命としての人間の真髄が書かれている。
そして、これはまさに吉田先生が実際の経験から感得された不動の事実と、全く通底することではないか。大きな驚きであった。
わたしは、不遜ながら、すぐに西田の論文『日本文化の問題』をお送りし、感じたことをお便りした。
ここで、その際先生からいただいたお手紙(平成8年11月)について(お許しをいただいて)、掲載させていただく。
「相反するように思われている概念を同一視する視点というのは、物づくりの思考の中でつかんだことですが、それが西田哲学に通底するとのご指摘はとてもうれしいことです。私はこのことを西洋の思想を越えることのできる東洋の思想のように近ごろは思えてなりません。」
理屈が軽率に先行してはいけないが、町並み保存において、私もこのことを探していたのだと思う。
この対立する二面性を内包しながら、今ここに創造的生活を送ることが、歴史的生命としての人間の営みでなければならないということだ。
さらに想起したのは、西田と同じ内容のことを、松尾芭蕉が『山中問答』で「不易流行」の語を使って語っていることである。
「……道古今に通じ、不易の理を失わずして流行の変にわたる。……」
町並み保存において、「不易」と「流行」という言葉は、今後の修理修景工事のなかで、とても大切なコンテキストになると思われる。つまり、保存行為における工事の領域について、変更してはならないところと、積極的に新たな創造行為を行ってよいところ、そして、両者のボーダー上にあり施主さんとの色々な話し合いの中で取り決められていく部分を整理する言葉だと考える。
そして、これを図式化すれば、未熟なものであるが、以下のようになろうか。

さて、吉田先生は、その後『保存と創造をむすぶ』において、「保存と創造の矛盾的合一」という文章を書かれ、「民家再生……、これはまさしく、保存と創造を合一した作業………日本における建築物が、造られた時が完成ではなく、……もっと正しくいうなら、完成ということなどない建築…………幾度となく完成を経過する建築、…………そうであれば、民家の再生は、その建物の一生を通じての時間的経過の中の、幾度となく訪れる完成の一つであるといってよい。」と、さらに思考を深化洗練されておられる。ここでは、西田と違い、‘合一’という語を使っておられるが、思うに、吉田先生は保存と創造という両者の行為を重視した言葉として‘合一’という言葉を用いられのだし、主体的行為者の言葉として、矛盾的合一という言葉があるのだとみたい。
また、以前、先生とお話させていただいていたとき、「昭和50年に伝建制度が始まってから、最初は〔観光(文化財)〕、次に〔まちづくり〕、そしてこれからは〔住まう〕、ということが課題とされてくる。」とおっしゃった。観光、まちづくりも、時代と共に成熟化し変化していかねばならない。そして、局部的な展開よりも、トータルな深化として、そして最も当たり前のこととして、‘住まう’ということに焦点が当てられる時代が到来したということであろうか。
これは、建築に関わらず、医療、福祉、教育など社会的な問題のあらゆる局面で同様な展開の時期を迎えているのではないだろうか。つまり「人間の行為」としてということである。
また、飛躍するが、建築史というよりも、生命科学者の中村桂子氏が考えられた「生命誌」的に言うのなら、「建築誌」という言葉を使うべきかもしれない。
ここで、もう一つ言いたいのは、町並み保存における、外観だけの保存は、外観と内装の不連続性を生むということに対してであるが、吉田先生も言われるように、内的空間の変化は、建物の外観にも連動した変化を及ぼさざるを得ないと。
しかし、町並み保存で外観の整備に加えて、内装の改修が行われるとき、経験的に感じてきたことは、その連続性の確保は、保存や改変に関わらず、むしろその良質性の度合いによるということだ。つまり、良いもの(但し金をかけたからということではない。歴史的感覚のセンスと言った方がよいかもしれない。)かどうかということであり、良いものは新旧に関わらず、時間を超えて良いもの同士で共鳴しあうものである。これこそが真の連続性だと思う。
とにかく創造的な歴史的生命の行為として、町並み保存が考えられるということである。
そして、このことを思うとき、伝統的という言葉が、実にうまい言葉であると感じるのだ。
2.地球環境保全という立場から
木造民家を修理し再生することは、貴重な地球の自然環境の浪費を少なくし保全につながる。消耗品的住宅建築は、地球環境に対して、大きなマイナスとなる。これぐらいのことは、誰もが感じていることだろう。
しかし、エコロジーとか環境問題を大上段に構えて話す人間が多い昨今、一つのブームの感がないでもない。さてこんなことは放っておいて、先生の文章を引用させていただく。
「建築創造の継続性−建築は常に新しく造るものではない−」という文章の中で、「……再利用できるもの、再利用したいもの、なつかしさをとどめたものは選別して残す程度のやさしさといたわりを、古い家にもってほしいと思う。」と書いておられる。これ以上の地球や環境、そして家や先祖に対する温かい言葉があるだろうか。祈りさえ感じられる。日常生活の中で、感じ行える行為の実現を促しておられるのだ。
そして、差異化が世界資本主義の宿命であるのなら、今後は環境が経済の大きなキーワードになることは確実なわけで、それは心の問題を問わずしても可能である。地方に来て、環境だのエコロジーだのと、さも新しい真実を宣言指導すると言わんばかりのしたり顔の者がいる。
しかし、先生にも既に『これからのエコロジー住宅』という編著がある。が、ここでは前二書での言及のみに限って話を進めたい。
「…住宅の商品化がある。…
…取り壊して常に新築するのが家だ、ということで業界は繁栄する。…民家再生の仕事には、こうした現在のゆがみに対するアンチテーゼが確実に内在する。そこまでの意識を持ちたいと思う。このことは同じに、新築する家においても、使い古しても捨てたくないほどのものを造る、ということを意味している。…
…住宅の商品化がもたらしたすさまじい結果…
…自分の手足を食っているようなものだが、資源の浪費という面でも、早晩許されなくなるに違いない。…
…民家再生は、この意味でエコロジカルな仕事なのである。…」
しかし、先生の言葉は、こんな所にとどまらない。
そして、ここからがすごい。
「…民家再生がエコロジカルな仕事だということはいい。だがそこで見定めなければならないのは民家自体に備わっているエコロジカルな資質であろう。…
…エコロジカルな住まいというのは、エコロジカルに住むことが前提だから、民家再生にもこうした視点、つまりどう住むかという生活内容にまで踏み込んだ思索が必要だと思う。…」
分野は違うが、JT生命誌研究館の岡田節人先生は、「クローンはまずはできて当たり前。むしろ生物界に作用している抑制を取ったからクローンができた。この抑制の事実を問うていくのがサイエンスだ。倫理的、美術的、美学的危険を冒してクローンを作った。」というようなことを話されているが、これは立場は違うが一つのアナロジーがある。 つまり、自然に順則することが民家に備わるエコロジカルな資質とすれば、それを破っているのが現在の我々である。そして、エコロジーというものが外にあるのではなく、それそのものが歴史的生命現象とおおきく係わるである。この歴史的生命現象としてのエコロジカルな資質をこそ問うていくべきだ、ということである。
建築において、また生命科学という学問において、達者が語る真実と誠実さ、その道その道の正しい背骨を見せていただいた気がした。
岡田先生のこの発言にも目からウロコというほどに感動したが、くしくも、吉田先生の言葉と道交するのだ。
また、以前吉田先生とお話していたとき、「エコロジーは、エコロジーと言わないところに、エコロジーの真意があった。」というようなことをお聞きしたことがある。このお話の深い意味も、この文章を拝読して初めて理解できた。
借言葉でない、建築家として実践を通した深い洞察であり、安易な他流試合でない、その道においての、その道からの言及である。私が理解できうる範囲においてであるが、本当に頭が下がる。
さらに、「民家再生を意義深い仕事だと思うけれども、…………ごく通常の仕事でありたい。それが民家再生を手がける願いなのである。」
そしてこれこそ、文化の当体であり、本来の面目躍如というところではないか。
「 」書きの文化とは違う。文化を「文化」と言ったとき、経済の‘だし’に堕してしまう恐れがある。
そして、地球環境保全即町並み保存行為の民家再生が、ごく当たり前のこととして行われる時代とは、宗教的とも言ってよいほどの極めて成熟した精神社会の中でのみ実現していくのだと思う。
3.美の問題から
「建築創造の継続性 −建築は常に新しく造るものではない−」は、さらに、格調高く登っていく。
「…風土に美を回復すること…
…民家再生は風土に美を回復する一要素なのだと考えれば、この仕事を特殊なものにしたくないなら、あらゆる建築にテーマは拡大せざるをえないし、そうでなければ民家再生は矮小化するであろう。結びとして言いたかった言葉がこれだ。…」
「風土に美を」を、これが吉田先生の結論です。
そして、これまた西田の『日本文化の問題』で引用しているドイツの建築家、B・タウトの『日本美の再発見』のなかで、「風土」という言葉が出て来るのであります。
「「永遠の美」とは、………………
—それぞれの国土とおよびその風土およびその他の条件とによって、約言すれば件の芸術作品がその形を得たところのよりどころたる一切の事物の総体によって課せられた要求を、最も純粋にかつ力強く充たしえた限りにおいてのみいい得ることである。」とある。
またも、美しく重なりあうのである。
さらに、吉田先生は、『保存と創造をむすぶ』に、
「風土というものは、自然と人間の営みの総和ということができる。」
「自分という存在もまた、風土の一部なのだと考えるなら、風土を否定することはできない。風土は歴史的に絶え間なく変化し続けながら、それは常に自然と調和したものとして、また、文化の総体としては体系として、あり続けてきた。ここで、保存という言葉の意味を、風土に置き換えることができる。………」と書かれている。
ここで、再度先生からいただいたお手紙を掲載させていただく。こんな重要なことを、私に正面きって話していただけた無上の喜びを感じる。
「飛躍したことですが、真・善・美に用を加えた人は誰か知りませんが、浅薄なことだと思います。用というものがあるとすれば、それは美の片鱗に過ぎない。建築は美しくなければならないのだと思います。」
世界の各地域において、風土と直結した建築があるわけで、そこでこそ永遠の美が現出し、真の意味での国際性が獲得されるのだと思う。
例えば、世界遺産とは、その国、その地域の独自性を代表するものである。それが、普遍性を獲得するのである。個が、個を自覚すればするほど、普遍的世界を獲得する。国際社会だからこそ、自国の歴史と風土に培われてきた独自の美を大切にしなければならない。その美に沈潜し、磨いていかねばならない。個性は磨かねば光らない。それも不断に。「建築に完成などない」と先生は言われたが、このことだし、これが文化の当体だと思う。
「風土に美を回復する」という先生の深い締めくくりの言葉からも、町並み保存の真意が語られうるのだ。
筆者・註
- 保存と創造の連続性 民家再生−事例集・1−
- 吉田桂二 『民家再生−事例集・1−』(住宅建築別冊・44)所収 建築資料研究社 1996.11
保存と創造をむすぶ 吉田桂二 『保存と創造をむすぶ』 建築資料研究社 1997.10
- 若狹街道熊川宿 『若狹街道熊川宿』 上中町教育委員会 1994.3
- 日本文化の問題 『西田幾多郎全集』 第12巻 第3刷 所収 「日本文化の問題」 岩波書店 1979
自己矛盾的自己同一的 上掲書 P321
創造に於て 上掲書 P379
山中問答 『古典俳文学体系10 蕉門俳論俳文集』所収 「山中問答」 集英社 1970
これからのエコロジー住宅 吉田桂二・編著 『これからのエコロジー住宅』 ほたる出版 1996
- クローンは
- NHK教育テレビ『クローンが語る発生』1998年放送のTKK生物・夏季特別講座のインタビューによる筆者の要約。
日本美の再発見 ブルーノ・タウト 『日本美の再発見』 岩波新書39 第34刷 1976
以上、吉田先生の文章を仰ぎながら、書かせていただきました。
この稿の最後にあたり、私自身も心の座右に置いてきた、アメリカ・ナショナル・トラスト会長リチャード・モー氏が、日本ナショナルトラスト25周年記念に寄せられた美しいメッセージのなかで引用しておられる、英国の建築家ジョン・ラスキンの文章を引用させていただきます。そして世界の多面的な危機的状況が町並み保存という世界からも覗けるのであり、また、この危機を乗り越えていけるチャンスや示唆が町並み保存行為の中にあることを信じて稿を終えたいと思います。
「建物を建てるときには、それが永遠に残るものと考えよう。子孫がその建物があることを感謝するようなものを建てよう。後世の人々が“ごらん、父親がこの建物を私たちに建ててくれた”と言えるようなものにしよう」
永江寿夫さんは、福井県上中町で熊川宿の保存再生事業を吉田桂二さん等とともに、行政の立場として担当された方です。今回はそうした経験の中で考えまとめられたこの論文を寄稿下さり、掲載を快く承諾して下さいました。また以下の写真は、永江さんからお送りいただいた、熊川宿の様子です。
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