■ 個人新聞“たじみより”>吉田桂二さん >峠の村のものがたり >十二頁

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昭和44年の10月には定期バスが廃止され、移住に拍車をかけました。しかし、集団移住の相談は容易にまとまるものではありませんでした。長年住んで来た故郷を捨てるのは、誰にとっても重苦しい決断だったのです。

集団移住はカネの問題が表面化すると、和やかだった村の雰囲気は一変、犬と猿の喧嘩に猫が加わったような有様になりました。集団移住でなければ補助金が出なかったからです。

そんな喧嘩に疲れ果て、45年3月4日、集団移住の決意と請願が、住民総意という形式で、飯田市議会と長野県議会宛に提出されました。 その40日後、村の中心部、4戸10棟を焼く大火があったのです。