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当時の大平街道は今のルートではありません。市之瀬で松川を渡ってからは、大足峠を見上げつつ、沢沿いに真っ直ぐに登ります。峠からはまた沢沿いに下り、大黒川を渡って、大平には南から入っていきます。今の道よりは距離は短いけれど、険阻な道だったのです。
街道はできたものの、ここを通る人はさほど多くはなかったようです。
大平ができてからおよそ100年後の安政3年の記録に、28戸、170人と書かれています。
生活は宿場はむしろ副業で、新七の狙い通り、杣と呼ばれる木の伐採、木挽と呼ばれる製材など、山仕事が主な生業です。
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