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藩が新七の大平開発を許すらしい、という風説が立ち、大平を巡る四カ村が示し合わせて、それぞれに藩に抗議の訴状を出しました。
「大平はわれらが村の入会地なり。余人の入植まかりならず候。」というのが抗議の内容でした。しかし藩はすべてを却下しました。
宝暦四年、頃はよし、ということになって、藩は新七名義の開発願書を認可しました。新七は藩主、堀親長の前に平伏。郡方奉行の言葉。
「山田屋新七、その方の大平開発の議、申し出の通り認可いたされる。よって運上金の件もたがいなくいたすよう。」
「かしこまって御座候。」
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