■ 個人新聞“たじみより”>吉田桂二さん >峠の村のものがたり >二頁

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時は宝暦元年、飯田で米や木材を商う豪商山田屋新七は、木曽の木地師の棟梁大蔵五平次を招いて、大平開発の相談をしました。木地師というのは山の木を伐る特別の権利を持ち、製材や加工をした山に住む人達のことです。

「あの細い山道を脇街道にして大平に宿場を拓く。あのあたりの山は尾張藩の縄張りが及んでいてうるさいが、そのあたりのことは何とかする。木を飯田に出したいのじゃ。おぬし草分けをしてはくれんかのう。金は出す。」

「それはええじゃ。この五平次、雪が解けたら大平に移り住み、配下を呼び集めまする。飯田での根回し、資金などよしなに願いまする。」

こんな相談があったと伝えられます。