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■ 個人新聞“たじみより”>吉田桂二さん >原点としての大平 |
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第1回大平建築宿への期待
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私が大平と出会った時は、高度経済成長期の真っ直中であった。民家が好きで、それらが急速に消えていくのを惜しむという心情だけで、駆け廻るかのように多くの民家を見て歩くうち、殆ど偶然大平と出会った。この集落を残したいというその時の思いは、民家保存の意義とか、町並み保存運動とか、いわんや町づくり、地域づくりに至る意識などとはまるで無縁だった。 その頃の私の仕事の主体は、住宅産業の一部を担っていたようなもので、年間数十棟にも及ぶ多数の注文住宅の設計に追われていたが、大平との関わりはそうした自分の仕事と保存とが矛盾しているのではないか、という自分自身に対する問いかけとなった。 どんな仕事をするべきかの問いかけは、保存と創造とは連続的なものという認識を生み、その後の仕事は対象も内容も急速に変化した。私にとって「大平が原点」であるという意味は、こうした事情による。 しかし既に時代は確実に動いた。民家や町並みの保存を単なるノスタルジックな心情とか、年寄りじみた趣味の世界、或いは暇人の遊びと考えている人は今や珍しいと言ってもよい。いわんや「大平建築宿」に参集してくる人たちの認識がそんなところにあるはずはない。歴史的遺産と自分の仕事との接点をどう見出してゆくのか、そうした命題を自分自身に問いかけつつ、同種の命題に取り組んでいる人達との出会いを通じて、新たな糧を求めようとしているに違いなかろう。 命題は同種であっても関心の所在の如何によって回答は多岐にわたる。どこに接点を求めるのか、どんなことをそこに見出すのか、それは各人各様であるはずだ。「大平建築宿」での多くの人達との出会いは、そうしたさまざまにふれることによって、参加する人達自身の視野をさらに拡大させ、充実させるであろう。 この「大平建築宿」を第1回と銘した意味は、そうした命題を持ちつつ歩む日常的な仕事の苦心や成果を、毎年回を重ねるごとに高め合いたい、そんな願を込めてであるし、それがこの「大平建築宿」への期待でもある。今、開催が半月後に迫って思うことは、歴史は決して繰り返すことがない、ということの確かな手応えである。 |
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