| 第60回余白句会報告記 |
|
井川博年 2005・08・20(土) 吉祥寺コミュニティセンター |
|
【子連れ句会】 暑かった。それ以外にいう言葉はありません。 実は今回の八月二十日の余白句会は、60回の記念句会であったのだ。それも暑さですっかり忘れてた。 この日朝からのカンカン照りの日射しのなか、騒々子句会用の勝負下着の増俳シャツを身につけ、ウチの奥さんから5千円で買ったデイパックを背に、荻窪の丸福でワンタンメンを食べ、大汗かいて会場に行く。 今ではお馴染みの吉祥寺コミュニティセンターは、四月、五月と改装工事をしていて使えず、四月の句会は井の頭公園の童心居で行い、六月の句会からまたここでやれることになってました。今回も地元の清水昶の尽力で(何しろ一ケ月前に早起きして並ぶのだ)二階の教室のような部屋を確保。ここが冷房が効いてなく、当初は蒸風呂のような暑さ。終わる頃やっと涼しくなりました。 今回のゲストは、小生のたっての希望で「篠(すず)」の副主宰の辻村麻乃さんです。麻乃さんは清水哲男、土肥あき子の「ににん」の同人でもあります。その縁と小生にとっては何よりも、岡田隆彦と史乃さんの娘さんである。実は小生、「現代詩手帖」7月号に岡田隆彦との始めての出会いを扱った「青春」という詩を書いていたのである。それで岡田クンの遺児の麻乃さんに是非とも会いたかったという訳です。 その麻乃さん、二人の小学生の娘さんを連れてお出でです。前々から母親の史乃さんを通して、場合によっては連れて行くので、会場の隅で遊ばしておいて欲しい、という申し出がありましたが、この岡田クンのお孫さんの出現に、清水哲男、昶、小長谷清実や小生、昔を知る一同は感無量でした。次のゲストは、沖仲仕・今井聖と柴田千晶の御両人。こちらはもはや紹介無用でしょう。 そうこうしている内にばらばらと連衆が集まる。この暑いのに土肥あき子は着物、有働薫は涼しげな夏着、但し重い荷物を持っている(後で説明します)。今回は八木忠栄、・中上哲夫と國井克彦が欠席。けど投句あり。小沢信男師匠は今回も欠席。八木幹夫までがズル休み。つられて白川宗道までが休み。どうなっちゃったんだ。 兼題は昶出題の晩夏・蝉時雨・シャワー・テロ。 定刻一時ぴったしに始まった句会は厳重な審査を経て天・地・人 が決まりました。蓋を開けて見ると、一位は、 晩夏光プラスチックの中の泡 麻乃 でした。なんとなんと麻乃さんがいきなりの 一位。やよい、千晶の天を集め、あき子、赤帆の地と沖仲仕の 人。これで11点。この句は「泡」が、プラスチックのコップの中の液体(サイダーとか)によるものなのか、それともプラスチックの製品そのものの中に入っているのか、解釈で揉めた。冷静に読むと後者ですね。作者もそのつもりだった。句会ではこういうところが読めない。わかって見ると、ぼやけたプラスチック製品の泡は、晩夏光によく合っている。現代感覚に包まれた句といえよう。 続いて二位の句は、これまたなんと、 蝉時雨解体中止の一軒家 麻乃 でした。騒々子、昶、裏長屋の 地。こういうのを喜ぶのは男性である。これも「解体中止」とはどういう状態なのかで解釈が分かれた。騒々子、解体業者が工事を降りたので中止になったと提案。侃々諤々の結論は、作者が「火事でこうなった埼玉の田舎の家を見て作った」ということでケリ。凄い話である。ところで三位の句も、 テロの国見てきた月が今満ちて 麻乃 で、沖仲仕の 天、銅羅、みなとの 人。これでゲストによる一位二位三位制覇がなりました。余白史上始めての快挙ではないかしら。テロの句も侃々諤々。月の擬人法で話を天体に持っていったのがよいとは銅羅の説。アンデルセンを思わせる、という説も多かった。中近東は月である。暦も月暦でしょう? 新月に係わるラマダン(断食月)ももはや知らない人がいまい。月は秋だしなあ。 ところで句会は、麻乃さんの一位の句の他に同点一位の句がありました。それが、 叫ぶ口のまま浴びている夜のシャワー 銅羅 騒々子の 天、赤帆とゲスト三人麻乃、沖仲仕、千晶の地という評価。まず連想したのはムンクの絵。それと最近多いシャワーを浴びている女性が殺される映画のシーン。これは「夜の」という言葉が効いているから、とは赤帆の意見であった。この句また鋭い新感覚を感じる。 そして次の句もまた、麻乃の天と沖仲仕、赤帆、裏長屋、みなとの人で7点の二位となり銅羅は麻乃さんにつぎ一位二位を占める。麻乃は銅羅に 天、地 を入れている。 黒こげの自転車立てり晩夏光 銅羅 ちょっと凄い光景である。赤帆は空襲を思ったといったが、これは銅羅が見た実景で、荒川土手に黒こげになった自転車が立ててあったのだという。感動してスケッチにとってきた(銅羅・辻憲さんは画家だから)そうである。子供や大人が悪戯で火を点けるらしい。次はこれもこのところ好調のみなとの三位の句です。 晩夏光鏨(タガネ)打つ音遠くより みなと 赤帆、やよいの 地。千晶の 人。これは鏨(タガネ)を知らない人がいて損をした。小生は工業高校出身なので知っていたが、点入れなかったのはタガネ(金属を彫ったり切断したりするに使う鋼鉄製の工具−新明解百科語辞典)を使用する場所にこだわったから。タガネを打つ音は小さくて、遠くからすぐわかるものではない。だからここは何処だろうと思ったが、作者の東京下町での見聞との話で納得。下町には彫金のような家内工業が多いのだ。それとこの場合の「遠く」は、追憶ととるべきではないのかという意見もあり、その解釈の方がわかりやすかった。みなとの次の句、 蝉時雨犬が水飲む水たまり みなと あき子の地に騒々子、裏長屋の 人。犬好きが点入れたのに、最近の飼い犬は水たまりで水なんか飲まないとの非難をあびせられる。だからこれも追憶の野良犬のことなのだ。裏長屋、この当たり前の表現が面白いという。 みなと・有働薫さん、最新詩集『ジャンヌの涙』(水仁舎・定価3000円)を出したばかり。前の方で重い荷物を持ってと書いたのは、今回この詩集を皆に手渡そうと町田から持参したからです。とても洒落た造りで、「キク変形/仮綴じ本/コーナーポケット付布装保護シャケット装」本文71頁。こんな本始めて見ました。 今回の詩は、『雪柳さん』『スーリヤ』にまだあったギコチナサと物足リナサが消え、シャープな「新しい戦慄」が生まれている。やりましたね。有働さん。 今回の句会は、この有働さんの新作詩集の出版のお祝い会でもありました。こういう時に欠席しちゃ駄目だ。 一本の新樹となりてシャワー浴ぶ あき子 銅羅の天に赤帆の 人。意表をつかれる表現だと銅羅。それは女性の感覚表現だからである。というのも、前前回に千晶句「雁風呂や生木のような父の脛」があり、これがなんとも対照的なのである。ただこの句はいいけど「白線の内側で待つ晩夏光」は、白線が電車のホームのそれとわからないと意味不明の句になる。 土肥あき子は、9月1日発行のマンガ『アカシアの星−たくまる圭』(小学館)の第3巻に、以前土肥さんが原作を書いて週刊誌「ヤングアニマル」に連載された、「僕らは長く夢を見る〜めざせ俳句甲子園〜」が再掲載されることになり、その本を小生もらいました。「アカシアの星」は、多国籍幼稚園を守って闘うお兄いちゃん男・隆星の物語。その最後に空いた頁の穴埋めですが、これはこれでめでたい。たくまる圭の画がいい。 漂着のごとくに目覚む蝉時雨 沖仲仕 みなとの 天、千晶の地で5点の 人。こんな感じは低血圧の人間ならわかる、とみなという。でもこれは昼寝なんである。だからここは何処って感じなのか、と皆に茶カされる。沖仲仕でよかったのはここまで。あき子が、「影が動いてシャワーの音の聞こえくる」を人に入れたのに、「落書きの「アキコ」千人晩夏光」などという変な句を作ったものだから、「もしかしたら私への当てつけ?」と、せっかくのあき子を怒らせてしまう。 沖仲仕・今井聖の主宰誌「街」に連載の「極私的俳句四十年史」は、いま小生がもっとも愛読しているものである。「街」6月号の「楽観俳人・悲観俳人」のアンケートも面白かった。詩の雑誌にこういう企画が欲しい。 晩夏光決勝戦のいま終わる 赤帆 野球好きな赤帆らしい。しかしこの句は平凡で、昶の天のみで3点。これは句会の日付を見て書かれたものであろうか。折しも当日は高校野球の決勝戦で、披講の時間は駒大苫小牧−京都外大西のシーソーゲームの最中。句会終了前に決着がつき、駒大苫小牧が優勝した。二年連続優勝はPL以来。今年の高校野球は面白かった。 テロの報に慣れあおあおと烏瓜 赤帆 騒々子、やよいがそれぞれ 人。小生、選んでもあまり自信なかった。それというのも兼題がなにしろテロだから。こういう題を責任をもって赤帆のように作ることは小生はできなかった。騒々子いい加減に作りました。 この兼題の句については後で小沢師匠から、「こういう兼題を出して、ぬけぬけとつくっている句会に嫌悪をおぼえました」というお叱りのコメントをもらったが、われら一同頂門の一針と聞かねばならない。赤帆句はその中でも「まあ良い方」といわれた句です。 赤帆・清水哲男のインターネットの「増殖する俳句歳時記」も来年で満願の十年。終わるとなるとさびしい。皆の老後の楽しみのためにも存続を希望いたします。 橋まっしろ西日の中のテロリスト やよい その小沢師匠が○をつけたのは唯一この句。だが句会では点入らず。三宅やよい今回は、「晩夏光コンクリートに花火跡」を裏長屋が天で採るも話題にならず。これもみなとの地と麻乃の人で3点となった、「負けてきた顔あおむけてシャワー浴ぶ」も、敗者の敗者ならではの心理状態がうかがえるのだが、それでどうしたで終わってしまう。こういうところ不運である。次の句もどういうことなのかよくわからなかった。 蝉時雨鉄橋通過すれば過去 やよい この句にも銅羅の地と麻乃の人が入り3点。やよい、こまめに点を稼ぎ、三句ちゃんと入選させている。 黒衣の街の露店のルビー晩夏光 千晶 麻乃の地で2点がはいったが、これは今読むとなかなかいい。中近東かと思ったらインドのカルカッタだという。ルビーと晩夏光は合っている。色彩が豊かで、流石は脚本やマンガ原作を手がけている柴田千晶さんの作。但し俳句としては切レが弱い。「上階のシャワーの音のみ夜の浴槽」はやよいの人で1点。この句、やよいの前記の句に似てるなあ。ところで次の句は話題を呼びました。「蝉時雨中卒の嫁と言われたる」。騒々子、「卒中の嫁」と勘違いしてた。皆が迷ったのは、これは嫁本人がいわれているのか、婿や親が第三者からいわれているのかわかりづらいから。いずれにしろ「中卒」が出てきたので驚いたのだ。驚きついでに次の句、 シャワー浴ぶ♪象さんお鼻が長いのね 裏長屋 何? これ。もちろん0点。音譜入りの句なんて始めて見た。これも新機軸かも知れない。それを裏長屋がやるなんて。ちゃんとした俳句も作れると、「蛇口からしずく点々晩夏光」。銅羅の地の2点。これだって正調じゃないな。「蝉時雨ふっと止みたり柴屋寺」。0点。これが静岡にある裏長屋の菩提寺なんてわかるわけないじゃん。夏の寺の雰囲気は出ているから、下句の寺名を代えれば幾らでも類句ができそうです。このところ裏長屋・小長谷清実のこわいもの知らずパワーが少し失せてきた気配で、騒々子にとっては喜ばしい限りである。 射すごとくシャワーを浴びる運動部 昶 これ弓道部の更衣室? 千晶何思ったか人に入れ1点。今回出題者の昶のテロの句、「ロンドンの霧の中よりテロリスト」は、先頃のロンドンの地下鉄爆破一連の事件を扱っているのかも知れないが、ロマンチックすぎるんじゃないの。いまのテロはそんなもんじゃないだろうことぐらい、天才詩人の清水昶には充分わかっているはずなのに、やはり俳句となると駄目なのか。われら皆、小沢さんのいう「言語道断」の句しか作れないのだ。 清水昶、「俳句αアルファ」5、6月号の金子兜太の「俳句添削塾」に登場。新聞の広告にも名前が出てた。添削詩人第1号だ。第2号は次の八木忠栄でした。 蝉時雨にも濃淡のある谷中 蝉息 師匠の住む谷中への挨拶句でしょう。谷中辺をよく知る裏長屋が 地、銅羅、あき子が人にいれ4点。欠席者では最高でした。最近では欠席者が最高点をとる例が多いので、憂慮していたところであった。よかった。でも点入らなかったが次の変な句は面白かった。「シャワー室より肉体論飛んで出る」。肉体論って何ですか? 蝉息・八木忠栄、『ぼくの落語ある記』に続いて同じ新書館より『落語はライブで聴こう』を出す。一八〇〇円。帯に「いま寄席が面白い。二十三人の一一五題」とある。この本と落語について、十月四日池袋ジュンク堂で、金原亭世之介と「今、落語が元気!」というトークセッションを行う予定です。蝉息は俳句と落語という最強の武器を得て、老後は安泰だあー。 シャワー室に女先生白水着 裏通 騒々子の地の2点。騒々子こういうのが好きなのだ。でもこれなんの先生なのだろう。体育の先生なら黒のスクール水着でしょう。今時白の水着を付けてる先生なんていないと思う。だからこれは裏通の願望なのである。 そういえばもう何年も水着を付けてないなあー。おそらくもう死ぬまで水着を身に付けることはないのでは。そう思うと持っている水着のパンツもいとしくなった。 裏通・國井克彦、これ以外の句には点入らず。長期欠席にも係わらず投句はかかさず。余白の鑑といえます。 新宿やホテルの裏の蝉時雨 ズボン堂 この句は評判よかった。赤帆の天に裏長屋の 人。新宿はそういうところです、と赤帆。小生、宗道のことだと理解してました(彼のバーはそんな場所にある)が。 ズボン堂・中上哲夫が前立腺の手術をしたことは前回の報告書で書いたが、今年の「俳句研究」5月号に「永き日−病床二十二句」という特別作品を発表。 長旅の覚悟もなくて春の宵 春暁の痛みに廊下うづくまる 春愁や布団の裾から足二本 春の日はなかなか暮れず爪を切る 帰宅してまず放屁する春の午後 後書きの強烈な見出し「癌と老い」にはギョっとしましたが(老人といわれる程の年じゃなし)、治ってよかった。俳句も格段の出来である。それにしても小沢さんといい中上といい、余白の特別作品は病気の時というのが気になる。次は誰かな。それも気になる。 父と子が石を切りをり蝉時雨 騒々子 やっと小生の番になった。この句は評判がよく、みなとの地に赤帆、昶とあき子の人で5点。最近一番点入ったんじゃない、と冷やかされる。これが恥ずかしい。 実は句会の前に、10月に八木忠栄と朗読する予定の宇都宮・大谷の「大谷記念館」に、世話役の八木幹夫と夏に行ってきたのである。その入口に大谷石に刻まれた句碑があって、それが確か「蝉時雨石切る父と子の上に」とかなんとか(今度行ってちゃんと確かめます)楸邨に似た俳号の地元の石工の会長さんかなんかの句があったのだ。それを借用したもの。これ立派な盗作ですか? だからこの句よりは点入らなかったが、「林抜け墓地に行く道蝉時雨」を騒々子句として推薦します。以上。 句会が終わると一同表で記念撮影。麻乃さんの二人のお嬢さんは、始めからずっと余白句会を観察。おそらく夏休み日記に書かれたに違いない。「今日、母のお供をしてバカな大人たちの余白句会というものを見た」と。 この記念の写真は、翌日(八月二一日)か翌々日の清水昶のインターネットの掲示板「新俳句航海日誌」に掲載されてます。お子さんのせいか皆いい顔してますよ。 この後、麻乃さんはお別れ。残りの一同暑さを避けて道路を隔てたいきつけのビアホールに急ぐ。ここではいつものお定まりの反省会。とはならず、最後の最後まで呑み続ける余白パターン。しかし今回は小生タクシーで帰らず、荻窪で深夜バスでおとなしく帰りました。思わぬ点が入ったので自重したのだ。 了。 |
2005・9記 |