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第58回余白句会報告記

井川博年

2005・04・16(土)
井の頭公園 童心居
【煙突句会】
         
 やっぱり、最近やった句会の報告記は、書きやすい。小生、こういうことの記憶力はいい方で、記録を見ればその場の雰囲気や、皆が着ていた服装まで思い出すことができるのだが、肝心の天気を思い出せない。こればっかりは日記見ないとわからない。
 今回の四月十六日の句会は、超晴男の小沢さんが欠席で、雨男の清水さんが会場を予約したので、雨と思われたが、ゲストの晴れ運が勝ったのか、残り桜の花曇りという句会に最高の天気でありました。しかも場所は久々の吉祥寺は井の頭公園の動物園の横の「童心居」です。
 小生、実はこの日は、前日が小生の経営する個人会社への税務署の税務調査があった日で、パニック状態の余波がまだ残っていた日なのだった。その上、思潮社の亀岡くんと八木幹夫と現代詩文庫『続続・辻征夫詩集』の件で打合せがあり、二時間前に吉祥寺の喫茶店に行く。
 無事用件を済ませ、井の頭公園の池の畔で、八木さん持参のサンドイッチを食べ、動物園に向かうと、上の茶店で清水哲男がビールを飲んでいるのを発見。

 今回のゲストは、三月に第二句集『縄文』を出したばかりの奥坂まやさんでした。実は前日、この句集の帯文を書かれた生涯の恩師「鷹」の藤田湘子氏が亡くなられたのだ。享年75歳。そんな時に余白句会とは、まやさん本当に大丈夫だったのでしょうか。
 次のゲストは、「街」の同人で詩人の柴田千晶さん。「街」といえば主宰の今井聖さんも前回に引き続いての出席。こちらはもう俳号・沖仲仕として余白連衆です。
 定刻一時ぴったりに全員集合。今回は最近のいつものメンバーに八木忠栄が欠ける。欠席のズボン堂・中上哲夫と裏通・國井克彦、蝉息・八木忠栄が投句あり。巷児・小沢信男はなし。兼題は山羊出題で、耕人・小鮎・雁風呂・それに無季の煙突。ということで(途中、肝心の投句の一部が、山羊の持っていた投句入れの濡れた袋にひっかかって、見つからず大騒ぎになるというハプニングがありましたが)、やっといつもの選句となり、選ばれた一位の句は、

    雁風呂や生木のような父の臑     千晶

 父に弱い昶が、同じく弱いあき子、沖仲仕が、裏長屋、宗道、銅羅にまやまでがに入れ、最近では珍しい二桁得点。「生木のような」という形容が、田舎で暮らす老父の生涯を暗示して見事に決まっているが、やはり雁風呂が弱い。雁風呂というウソ話は難しい。それをこんな話で作れるのは千晶の剛腕といえる業。その業に騒々子見事に嵌まってに入れた句、「六郷川の贋耕人や鳥交る」でもわかるように、千晶さんは漫画の原作を書き、俳句を使った詩や小説を書いているだけあって、イメージの膨らませ方がとても上手い。

    煙突があったところに春の雲     あき子

 ゲストのまやの、沖仲仕、山羊、銅羅の、宗道ので千晶句と一点違いで二位となる。谷内六郎の世界だ、とはに入れた銅羅評。明るい空虚を表現するに「春の雲」は、これしかないという、まや評。そういわれると大変いい句のような気がするが、小生、その場では気付かず。ボゥーとした句とばかり思ってた。あき子今回はこの句以外いいとこなし。「豪快に溢れ雁風呂一番湯」なんて、「雁風呂」は風呂屋の屋号じゃないっ、てば。

    陽炎や煙突まげてやわらかく     山羊

 前のあき子句と同じ、としながらに入れた銅羅。同じくの裏長屋。千晶も、赤帆もに入れ9点で二位。これは辻貨物船の「炎天や電柱がみな曲がってら」のパロディ、というか同巧異曲。ただこちらのほうが「やわらかい」。山羊・八木幹夫、実はこの三月に定年を数年残して教師生活を辞めたばかり。従って次の句は、その新生活への決意表明でしょう。

    雁の風呂明日より止まり木なき海へ  山羊

 ちゃんとわかっていた、みなとの。わかっていた赤帆も。他の者はわからず。騒々子もとよりしかり。だがこんな具合になってはいけませんよ。「耕人になりたしなってみたけれど」。これはだから0点。

    椿咲く煙突の数いつも違ふ      まや

 ついに、まや句登場。あき子、沖仲仕が、赤帆がと俳句のプロが選ぶ。煙突の数が違うのは、別に千住にあった昔の「お化け煙突」でなくともよい。心理的なものでいい。それはいいが、椿が少し合わないなあ、とは赤帆の評。椿は低い位置に咲くはっきりした花だからである。煙突は遠くの高い所に見えるからね。だから、これが陽炎となればうまくいく。「煙突のでくのばう佳し陽炎へり」。でくのぼうが好きな山羊が、やよい、沖仲仕が。でも煙突はあれで役に立ってるんですぞ。
 ところで前述の『縄文』にある句、

  万有引力あり馬鈴薯にくぼみあり   まや

 は傑作ですね。馬鈴薯見る度思い出す。奥坂まや代表作の一つとして残るに違いない。

    耕人に道問いたれば饒舌に      赤帆

 騒々子、宗道、沖仲仕が、どうしてだか千晶がに入れ、8点で三位となる。これって、ひょっとして騒々子のことって、赤帆に聞くと、当然だろう、という返事。
 しかし、こういう農夫のじいさん、いるんだよ、と話は盛り上がる。俳味がある、とは皆の意見でした。
 次の「つちふるや炭抗節の煙突に」は、昶がに入れるも、一同無反応。「つちふる」が中国大陸から飛来する黄砂とわかるや、一同やっと納得。これが季語だったんだ。騒々子、それまでこの句は無季だと思ってた。

    殉教の島の男の耕せり        宗道

 騒々子、昶、あき子のと、みなとので7点。宗道久し振りの会心作でしょう。出来すぎで、ちょっと臭いのは、いつもの宗道句だ。次の、「耕して雲の高さとなりいたり」も、嘘こけ、という句。この句、銅羅とやよいがそれぞれ1点入れている。
 白川宗道、「百鳥」に復帰したが、調子はいま一つ。5月号の「ホテル街抜けて寒九の水を飲む」の「寒九の水」って何?。それにしても、夜のお仕事(新宿二丁目の「サタデイ」)があるのに、目いっぱい句会につきあってくれるのは偉い。

 ところで、沖仲仕はどうした。学校句どうした。

    下校のチャイム見ゆる限りの耕人に  沖仲仕

 この句、やよいとみなとという女性陣が、に入れているけど、なんか変だ。情景がさっぱり見えない。
 別の句「瀬渉りの脛に小鮎のぶつかり来」は、経験者じゃないと作れない句。千晶がに入れたが、これは脛という字があったからでしょう。でも、いい句です。
 沖仲仕・今井聖が「街」に連載している「極私的俳句四十年史」がメチャ面白い。小生これと中上哲夫の「百鳥」連載の「かぼちゃ頭の俳句談義」を、俳誌の二大連載と見なして愛読しています。

    写真よりはみだす煙突も囀りも    やよい

 赤帆が、裏長屋が、あき子がに、いわゆる天地人句なるも地味で話題にならなかった。これはカメラマンの見た情景なのですよ。そうわかると、たちまち春の気分が「囀り」(春の季語)と共に伝わってくる。こういう句は詩的ではあるが、詩人には作れない。上手い。
 「雁風呂や踏んで沈める底の板」、描写は五衛門風呂のことで、雁風呂はウソの民話。宗道、あき子、千晶が1点ずつ入れたが、こりゃ駄目。「岩陰に帽子を掴み小鮎追う」の方がなんぼか良い。こちらも赤帆が

    春なれや煙突たたき煤おとす     みなと

 何となく面白い、と騒々子が、山羊は。この場合の煙突は鉄板製で、戦後普及したセメントのスレートのものは、叩くと毀れるのだそうである。みなとさんのこの句も事実から生まれたものでしょう。みなとさんは嘘つかないからー。そしてユーモアというものは、事実そのものの中にあるということが、充分理解できるのだ。
 「耕人やひさしの脇にロゴ「ヤンマー」」。このオジサンの仕事着や長靴まで、目に浮かんできましたよ。

    満月や煙突男のシルエット      銅羅

 騒々子の1点のみ。煙突男なんて誰も知らないもん。池田満寿夫のリトグラフが入った吉行淳之介『菓子祭』という本に、「煙突男」という短編がある。それによると、煙突男事件というのは、昭和五年一月十六日に、争議中の富士紡川崎工場で起こった。横浜市電の27歳の元運転手が地上50メートルの煙突の頂上で百三十二時間「滞空」したというもの。関係なかった男の行為により争議も解決したというのである。そんな皆んなが生まれる前の事件など俳人は句にしません。でもこれは、江戸川乱歩の味があって捨て難い。銅羅句今回はこれのみ。

    煙突の残れる町や木瓜の花      裏長屋

 この句にも昶の1点のみ。これも前のまや句の花と煙突に同じ構図。但しこちらは木瓜の花とあって、ボケ感があり、裏長屋に相応しい。このところ好調だった裏長屋、もとに戻って不調となる。「耕牛も北狩野村も今は失せ」は、耕人と耕牛と間違えるなとか、北狩野村って何処の何んだとか、散々でした。

    学問を捨て父耕人の道歩く      昶

 これも山羊の1点のみ。こういう場合の「道」は「歩く」ではなく「歩む」でしょう。高村光太郎の「道」。この句の背景には、昶・哲男兄弟の父の生涯の「歩み」が隠されているのだ。昶さんの父上は本当に学問(火薬学)を捨て、公職追放となり(職業軍人だったから)一介の農夫になったという。だからこの句に嘘はないが、芸もない。事実のみの凡句の見本である。
 「雁風呂に美少女入れる波の音」は、おそれ入谷の鬼子母神。美少女を句に使ったのに驚いた、千晶が1点。
 ここから欠席投句者の句を採り上げる。これが見物。

    春の宵煙突ずんずん伸び放題     蝉息

 なんと、人気があって赤帆、銅羅の。千晶、沖仲仕のと6点。面白い表現だもんなあ。騒々子、後で読むとこちらがいいが、句会では次の、

    花の冷え人焼く煙突その高さ     蝉息

 に1点入れてた。昶も、宗道はに入れている。この句は解説要らず。煙突は良かったが「雁風呂に妖しき乳房浮き沈み」は、作者すぐわかったので点入らず。

    煙突の文字の吉野湯桜色       裏通

 千晶ので2点。吉野が銭湯と桜に懸かって巧妙な作りになっている。問題は「桜色」が季語にならないということ。こういう用法は邪道だとして、この前の句会でも非難されてた。小生もそう思うが、この句はこれでいいのじゃないのか。無季でもいいと思う。「夏浅しおばけ煙突在りし日よ」も、裏長屋がに入れているが、平凡な感傷句である。それにしても、東京人は「おばけ煙突」が好きだなあ。小生、まったく関心がなかった。

    永き日を煙突のぼる蜘蛛男      ズボン堂

 煙突男と違い、スパイダーマンだとすぐわかり、まやみなとがに入れて4点。これも説明を要らない光景でしょう。永き日は春の季語。煙突句は一句だけで、他はすべて鮎の句。まず、

    不良にもなるかもしれぬ小鮎かな   ズボン堂

 は学校の先生のやよいが、元先生の山羊が、裏長屋もで4点。でも元気があるのはここまで、以下の句は元気がない。「残りたる命はほんの小鮎ほど」「どうにもならないことはどうにもならないよ小鮎よ」。
 実はズボン堂・中上哲夫は、三月の始めに前立腺の手術をして退院したばかり。悲観的になるのも無理はありません。今回の句会は、ズボン堂の退院祝いと、山羊の退職慰労を兼ねて行う予定だったのだ。ズボン堂、更に五月には住み慣れた相模原を離れて東京は練馬に転居。中上さんが、相模原の詩人じゃなくなったのはさびしいが、東京も近くになったので小生はうれしい。

 さて、いよいよ終わりとなりました。今回、どうして煙突などを兼題にして、かくも多くの煙突句を作ってもらったか。その訳は小生が、三月・四月の二箇月、読売新聞朝刊の月曜日の読売俳壇の下の欄に、毎週俳句コラム「煙突のある風景」というものを連載したからです。それに因んで今回の兼題に加えてもらったもの。6回の連載は、好きな詩人の句を扱えて実に楽しく書け、幸い評判も良く、やった甲斐がありました。その最中にこの句会用の句を作ったのですが、こちらは駄目でした。

    煙突に吠える犬いて花曇り      騒々子

 山羊の1点のみ。ただしこの句の出来はよくなかったが、この情景を使って「歴程」に「銭湯の話」という詩を書いて送ったから、転んでもただでは起きません。他に自信作「雁風呂や寡婦ばかりのかもめ村」があるのにこちらには点入らず。皆んな俳句がわかってない。

 ということで、めでたく句会は終わり、いつものごとく歩いて吉祥寺ビアホールに行く。5時から酒呑んで、10時頃まで呑んでしゃべるといういつものパターン。疲れも知らぬバカとはこのことです。この過程で奥坂さんの実家(神田の出版社)の近くの知り合いの洋服やさんが、八木幹夫の父上が昔修行していたお店とわかり、二人大感激。句会って色々なことがあるもんだなあ。俳句の勉強にはならないけど、人生勉強にはなるなあ。
                       終わり。

2005・5・5記


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