| 第54回余白句会報告記 |
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井川博年 2004・8・21(土) 吉祥寺本町コミュニティーセンター |
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【颯爽! 沖仲仕】 この所、沖仲仕こと俳人の今井聖によく会うのだ。 最初に紹介されたのは、昨年の五月に、高田馬場の飲み屋で行われた、文学の森主催の「平成大矢数」の二次会で、出身が山陰の米子と知り、隣町に近い松江出身の小生と気が合って、生田春月で大いに盛り上がる。 この「平成大矢数」は東西に分かれた二人が、判者や聴衆からの席題によって、一定の時間内に(今回は三十分位であったか)どれだけ俳句が作れるかを競うというもの。この時は詩人・中上哲夫VS俳人・今井聖。次が俳人・磯貝碧蹄館VS落語家・三遊亭圓窓で、どちらも面白かった。ここで、中上は今井聖に惜敗。それでも五十句位は作ったろうか。二人が苦吟する所を、こちらはビールを飲みながら見ていられるのだから楽しい。難しい席題を出して、吟者を困らせることもできる。この時も「蝮草」なんてのが出た。 次に会ったのは、今年三月の大串章さんの「百鳥」十周年記念会の二次会。余白の一同との飲み会とあって、あまり話せず。四度目が今年八月、俳句文学館での清水哲男「増殖する俳句歳時記」八周年記念句会。この時も小生、臨時司会者で、これまたあまり話せず。句会〔兼題・水中花〕は、七十人ほどの参加者の内、プロの俳人は大串章、池田澄子、岩淵喜代子他誰も入選せず、初めて俳句を作りました、というシロートにしてやられる。今井聖もその一人。その中で土肥あき子が天をとったたのは流石、立派。 水中花もういくらでも待つつもり あき子 まだあった。四月二十九日に駒場の近代文学館で小生と中上、八木忠栄と清水哲男というメンバーが青木栄瞳に呼ばれ、詩の朗読とトークをしたっけ。その時が三度目だった。小生は俳句を朗読。俳句だけだと単調なので句日記を朗読。こちらのほうが評判よかった。今井聖とは、この時の二次会でも、米子と松江の話をする。 とまあこんな具合に、今井聖の宣伝をしたのは、彼が今回の余白句会のゲストだからである。今回は前回の終了後に清水哲男が、「吉祥寺の駅のすぐ近くに、本町コミュニティーセンターというのがあり、地元在住者が申し込めば無料で借りられる」といったことをヒントに、地元在住者の清水昶に頼んで、会場を予約してもらう。(昶さんがちゃんとやってくれました!) 8月21日、台風上陸の後の猛暑一段落の土曜日。小沢師匠は欠席ですが、前回旋風を巻き起こした裏長屋・小長谷清実と白川宗道も加わって、賑やかな会となりました。会場は吉祥寺北口の三越跡の裏。なにしろ交通の便がいい。駅から徒歩5分。二階の会議室も広くて静か。これでタダなのだ。しかも持ち込み自由で、一同ビールを飲みながら選句。今回の兼題は銅羅・辻憲出題の虫の音・鰯雲・檸檬・目(眼)であった。選と披講はいつも通りの余白ルール。そこで選ばれた句を順番に紹介する。 目に端に秋がひょっこり来て笑ふ 蝉息 またまた蝉息の一位だ。赤帆の天、銅羅の地、裏長屋、宗道の人で7点。最近はこのくらいの点数で一位になるのが多い。いわゆる「ばらけ」が多いからである。この句の取り柄は「ひょっこり」だ、と赤帆。早く秋が来い、との願望だ。チャーミングな句です、とは銅羅。騒々子は、擬人法が弱いという山羊説に賛成。点入れず。 佳作になった、「愛さるることなき乳房いわし雲」も「乳房の蝉息」といえどあんまりだ。この句には宗道が天、裏長屋が人。女性陣は0点。そりゃそうでしょう。これよりも蝉息・八木忠栄の「いちばん寒い場所」45号の「夏羽織脱ぐ手あざやか昼の寄席」が良かった。 と書いた所で、八木忠栄詩集『雲の縁側』が、9月15日、今年度の現代詩花椿賞に決定した、との毎日新聞の記事を読む。「無冠のおのれにヤバイことだが、素直に感謝します」というコメントも。いやぁー良かった。良かった。ということで、安心して三宅やよい句に移る。 厨房の小窓に檸檬月上る やよい この句には、みなと、あき子の女性陣が天。こういう細かい所には男性の気は廻らない。大正ロマンの狙いすぎ、と赤帆評。レモンと月の黄色の大と小は出来すぎ、との男の意見に、冷蔵庫に常用して置かないレモンは、台所の小窓に置いておくのが常識、そこから月が上るのが見えるのだ、と女性陣が反論。女性の勝ちですな。 やよい句、快調である。みなと、蝉息の地、銅羅の人を集め、5点で三位となった、 頭目は隻眼の猫盂蘭盆会 やよい も面白い。猫の頭目が片目のジョン・シルバーというのがいい。お盆に仲間の供養をしているのだ。こういう物語仕立ての句は俳壇では「船団」グループしかない。騒々子の地、宗道、あき子、山羊の人で同じく三位の句、「虫の音のベンチで会ってそれっきり」もそうである。 いわし雲空にもいつか行き止まり あき子 裏長屋と蝉息の地を集めて二位。時間と空間が詠まれている、と蝉息評。そうかなあ。これも擬人法の一種ではないのか。それにしても上手いがー。 腐らせてしまうレモンを今日も買う あき子 も、普段買い物などしたこともなさそうな男性陣に好評で、山羊の天、騒々子、赤帆、銅羅の人であった。なんでだろう? 「船底に居り虫の音とビア樽と」は、沖仲仕の天が入ったが、今時ビア樽が船底にある船などない。それよりも、「落書きに眼鏡を加え小鳥来る」は、やよいの地に加え、騒々子も人に入れた。小生、落書きはてっきり板塀の子供の絵だと思ってたら(作者もそういった)、皆は壁や橋脚に書かれた字の方だと思い、ピンとこなかったというのだ。何ということだ。 虫の音や机の果ての遙かなる 沖仲仕 沖仲仕とは、前述の増俳大会の時に、誰かが今井聖の黒シャツと腕組みの風貌を見て、「沖仲仕みたい」といったので、余白句会用に特別に作られた俳号である。当句会は全員が俳号を名乗ることになっているので、ゲストにもそれを強要している。俳号はいいのだが、この句わからないなあ。銅羅の天、山羊の地、蝉息の人、と男ばかりが点を入れたのが象徴的である。こりゃ昔の受験勉強の情景でしょう。一方、小生、気に入ったけど点入れなかった次の句、「鰯雲汽車に窓から乗りし日よ」はそんな情景知らないはずのやよいが天に、幾らか知っている清水兄弟の赤帆、昶が人に入れているが、全共闘世代の作者のこれは見て来たような嘘。それが「よ」でわかった。みなと、宗道がそれぞれ地に入れた、「デスマスクのような山並檸檬の香」は、デスマスクという表現は上手いが、檸檬の香で失敗。うまくいかないものだ。 おみやげはこれ一個です青れもん 裏長屋 またまた掴まってしまった騒々子が天に、赤帆が地にと、これまた男ばかりが、どう見ても女の台詞に点を入れてしまった。これ本当に自分で考えたの? そう思ったら次の、「故郷の新木の墓碑や鰯雲」(これは前回の句会報告で紹介したお兄さん〔詩人ではない方〕への追悼句でした)が、沖仲仕の人のみだったので安心。そうそう旋風起こされたんじゃたまりません。それにしても選外の、「虫の音や猪口を手にして品定め」は、これ、何処で何をしてるとこだろう? 夜店でぶらぶらしてるのだ、とは赤帆の説ですが、民芸風の猪口と、俳句の下手さ加減が、うまく釣り合っていると思いませんか。 虫の音や曳舟夜間中学校 銅羅 裏長屋の地、みなと、赤帆、宗道の人。皆、こういう句に弱い。これって、何か作ったような場所だと思いません? 実はこれは実景だそうです。東武線・曳舟駅のホームから、東京都で唯一の夜間中学校が見えるそう。銅羅・辻憲は家が向島なので、この辺りには詳しい。(しかし、後日「この風景、実は勘違いだった」と本人から訂正がありました) 小生も会社の会計事務所が押上にあるので、毎年一度決算の際には曳舟の隣の押上に行くのだ。曳舟は白秋が「片戀」で、「あかしやの金と赤とかちるぞえな」とうたい、「曳舟の水のほとりをゆくころを」と詠んだ土地である。それを知らないなんて、情け無い。夜間中学は知らなくてもしょうがないがー。銅羅、今回は土地の句で迫る。やよいの人の1点しか入らなかったが、「レモンミロジローさぼうる巌南堂」も、神田神保町界隈の店名の羅列で、小生すぐわかりましたが、これも、わかった人は意外に少なかった。皆、行動範囲が狭いなあ。 街宣車の男が齧る檸檬かな 赤帆 裏長屋の地、みなと、山羊の人。男の黒服(右翼の黒というのは、ムッソリーニのファシスト党の制服に起源があるらしい)とレモンの黄色。絵になりすぎているという評価に、演説の時にはレモンを齧るのが一番いい、と赤帆が反論。元パーソナリティーの言だけに説得力がありますが。小生、次の太陽の句の方が好きだ。 目玉焼きは太陽である夏休み 赤帆 これにはあき子、やよいが点を入れた。小生、入れなかったのは今年の太陽が憎いから。こっちが目玉焼きになりそうでした。今年の夏日は新記録。なにしろ盛夏が四箇月も続いたのだから、歳時記なんか捨てちゃえだ。 さて、次は今回残念ながら欠席だったズボン堂です。 金色の目の猫もいて秋祭り ズボン堂 沖仲仕の人の1点。それで何なの、という句である。どうもやよいの隻眼の猫に比べると弱い。金目の猫など珍しくなく、ペルシャ猫には片目が金・銀というのもいる。祭りの人間の方を詠んだら良かったのだ。この句に比べると選外になったが、「朝寝して昼寝して聞く虫の音や」はまさしくズボン堂句だ。しかしこの句、よく考えると変である。虫は夜しか鳴かないから、この作者は一日中寝てばっかり、ということになる。 ズボン堂・中上哲夫、今あちこちに書いてます。朗読もあちこちでして稼いでます。つい最近、河出文庫からJ・ケルアック・中上哲夫訳『孤独な旅人』(定価903円)が出て、早くも週刊朝日に書評が載りました。余白句会の仲間が(小沢さん、多田さん、谷川さんを除いて)訳本でもなんであれ文庫本になったのは初めてで、売れ行きが気になるところです。文庫は初版5千位? 宿題はいまだ終わらず鰯雲 山羊 昶がひとり天に入れる。もう秋になったというのに、まだ夏休みの宿題は終わらないという少年の悲哀。これを人生の宿題と大袈裟にとるひともいるだろう。この手の句は類句が多く見掛けより難しい。山羊句ではそれよりも、「バイオリン虫の音聞きしこともなし」が強烈だった。バイオリン虫というのを初めて知った。そんなのズボン堂以外は知らないよ。だから選外だったんだ。 山羊・八木幹夫、「ペッパー・ランド」に下村康臣ノートを連載。「下村について書くこと、下村の詩を世に知らしめることがライフワーク」。この五月に、群馬まほろばでの入沢康夫さんの講演にくっついて行き(小生も八木忠栄も土肥あき子も一緒でした)、そこで入沢さんが下村の詩を賞揚したのに感激。下村は明治学院での入沢さんの教え子だが、そんなことで誉めたのではないこの師弟と友人の関係はいいなあ。因みにまほろばは、下村コーナーを設けて、この惜しんでも余りある詩人の死を悼んでいる。まほろばの富沢智の男気がうれしい。 風呂のまど草たけ伸びてむしのこえ みなと これは相当いい句ですよ。騒々子が人にいれ、赤帆も地に入れる。こんな家にすぐ帰りたいなあ。これは「虫の音」ではなく、「むしのこえ」だから良かった。調べた訳ではないから自信がないが、「虫の音」は和歌で、「虫の声」は俳句であると思う。虫の句といえば、「トンボの目ににらまれて「食えるのかな」」が可笑しい。やよい、よく、人に入れました。これはトンボが人間を「こいつ食えるかな」と考えているのだ。面白い。 みなと・有働薫、「詩学」の選者を終え、長らく同誌や「現代詩手帖」にフランス詩の最新情報を書く。「ガニメデ」最号にはマルク・コベールを紹介。モルポアといい今のフランスの詩は、有働さんが一番詳しいのだから、ジャーナリズムはもっと重用していいのだが、今やフランス詩そのものに人気がないのである。 眼疾の眼を洗ふかな今朝の秋 昶 てっきり赤帆に違いない、と同情して地に入れた騒々子。あにはからんや昶の方でした。彼もまた白内障前期(小生と同い年なのに)で点入れて良かった。「今朝の秋」が生きていて、気持ちいい句です。これでもう一句「虫の音を手探りすれば藪の中」もわかる。同情してか蝉息が1点。こりゃしかし、手は傷だらけだよ。 清水昶は、「ユリイカ」に続いて「現代詩手帖」にも「俳句航海日誌百句」を発表。何しろ西鶴の向こうを張っているひとだから、俳句なんか幾らでも作れるのだ。しかし、「離農せり一家羽抜鶏に見送られ」はいいが、「天才と囃され十年鰯焼く」は、あまりにも谷川雁のパクリで、まずいんじゃありません? 知らない人のために、谷川雁の詩「本郷」の終わりの部分を載せよう。 秀才とうたいはやされて十年 古里の竈は今日もいわしを焼くか 東京の父の恋しき鰯雲 宗道 この句はどこで切るんだ、ということでもめました。「東京の」で切ると、父は田舎にいるし、「東京の父」だと父は東京で自分は田舎だ。作者は「東京の」でしたが、なんとなく腑に落ちない。この句には父に弱い沖仲仕が地、昶が人に入れる。宗道は父を亡くしたばかりでだからこれは追悼句なのである。お父さんは四国の床屋さんで、白川宗道はいかにも床屋さんの息子らしい。床屋さんといえば、大阪のカマボコ屋さんだった清水正一に詩「床屋」という詩があるので前半を引用する。 浪曲の広沢瓢右エ門/俳人石川桂郎/甲州青柳 の一匹親分熊王徳平/「鉄の町の少年」を書い た東北生まれの国分一太郎/みんな床屋の悴で みんな店を捨てました 宗道の、「八月の君の遺影と黒メガネ」も実話だろうがさびしい。まさかお父さんじゃないだろうな。 橋の上にレモン転がる九月かな 騒々子 さて、最後はいよいよ騒々子です。このところ俳句誌にも雑文は書けど、句作の注文なし。刀磨かざれば名刀ならず。余白句会だけだと俳句上達の見込みなし。この句も銅羅の地のみ。もう一句の、「浜に出て貝拾う子や鰯雲」も上手く出来た、と思っていたら、出来すぎ、との評が多かった。昶、宗道が地に入れてくれる。 橋の上のレモンの句は、小生が昔作った、「肉マンを転んでつぶす二月かな」の連想句なのだ。肉マン句は、一昨年から岡山の福武書店(ベネッセ)で出ている大学受験の学習参考書の国語強化月間の基礎編に収録され、一年で7千円もらう。俳句で印税もらってるのだ。今年も継続許可願がきた。 ということで、つつがなく選句・披講は終わり、時間になったので一同慌ただしく片付け外に出て記念写真。まだ陽のある暑い戸外に出て、すぐ近くの「吉祥寺ビアホール」へ行く。最近はここが二次会の会場である。余白はこれより偶数月の第三土曜日の夜はここにいます。 ここで例によって夜遅くまで俳句談義。もっとも誰ひとり自作の反省をするものなし。今回は席が冷房の効きすぎで震えながらの宴会でした。ここで遅れて「根府川まで」の小説家の岡本敬三氏が参加。初対面の者が多かったが、たちまち百年の知己のごとくなり、酒量大いに上がる。もっとも岡本さんは今は酒が呑めないので、こちらだけが盛り上がっていたのかも。ともあれ、こうして真夏の吉祥寺の夜は更けていったのでありました。 |
2004・10記 |