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第48回余白句会報告記

井川博年

2002・12・7(土)東京・井の頭公園内『童心居』
【忘年句会】
          
 ところで、この句会報告は昨年の12月7日(土)のもので、有働薫さんの詩集『スーリヤ』と、八木幹夫詩集『夏空、そこへ着くまで』の発刊を祝っての忘年句会、と銘打ったものなのでした。この日は余白句会には珍しく雨で、それも本格的な冬の到来を告げるような冷たい雨でした。もっとも、昼過ぎに会場の吉祥寺「井の頭動物園」の入口に集まった頃は、まだ雨は降ってなくて、どんよりした曇り空。小生が着いた時は12時半でしたが、もう大方は来ていて、その中にはこの日のゲストの池田澄子さんの姿あり。特別ゲストの「俳句研究」編集長の石井隆司さんもいる。ところが肝心の世話役の土肥あき子がいない。そこに小生のケイタイにあき子よりTELあり。「忘れ物(あとで聞いたら欠席者の投句)をしたので遅れるので、事務手続きお願いします」。そこで清水哲男がこれを代行。
 ここから一同、冬枯れの動物園内をのろのろと「童心居」に行く。ここではずっと前に今は会員の清水昶をゲストに句会を開いたことあり。(記録を見たら93年12月でした)。小沢さん、この日の「童心居」を見て、畳も障子も新しくなっている、最近綺麗にしたんだ、と推察。ここは昔近くに住んでいた野口雨情の家の書斎を移築した物。だから欄間には童謡「七つの子」と「シャボン玉」の書(雨情直筆ではない)が懸かっていた。その中へ一同上がりこんで、机を出したり座布団しいたり、ゲストも働かせています。これが余白流。そうこうしている内に残りのメンバーも揃い、土肥さんも到着したところで、早速、句の回収、選句用紙に貼り付けを行う。終わって近くのコンビニにコピーをとりに行くという所に、もう一人の飛び入りゲストの思潮社の編集者の亀岡君が雨の中現る。ここからはお茶を飲み、コンビニで買ってきたビール飲み、売店のおでんを食べたりして選句。選が終わったのは2時半になってました。今回の兼題はみなと出題の「狂い花(帰り咲き)」「冬麗」「屠蘇」、それに無季の「忌」でした。欠席者は投句ありの裏通とズボン堂、投句なしのペダル、紙子の夫婦、道草、俊水です。今回は欠席者多し。その分ゲストが豪華である。
   そして、この日の総合天の句は、

 母の忌や冬のあかりをみな点す   蝉息

 でした。騒々子、宗道の。太郎の。巷児の。上手いなあー。「母の忌や」と思い入れたっぷりに切っておいて、次にさらりと「冬のあかりをみな点す」と現在形で余韻をもたせている。「みな」というのは一部屋の灯りでなく、すべての部屋という意味です。これで広い田舎の家の感じがよく出た。騒々子、母をこの年(平成14年)2月に亡くしているだけに一層身にしみて読みました。ところがギッチョン。蝉息には田舎に母が健在なのだ。ということは、この句は想像句? 本人は生前葬だとトンデモナイことを口走ってましたが。義母のことでもなんでもいいんです。この位泣かせればー。蝉息、余白句会師範代の実力で今回も総合人句を2句も取る。

 冬麗の日向へ一歩地蔵さま     蝉息
 冬うらら舟洗いあげ漁夫やさし   蝉息


 地蔵句は宗道、山羊の 。昶、赤帆、裏長屋の 。漁夫の句は山羊の。隆司の。昶、太郎の。こうして見ると山羊は蝉息が好きなのだ(同じ八木だからなあー)。騒々子は、地蔵さまの句が好きですね。漁師はやさしい男なんかいない。大半は不機嫌か疲れたおっさんが多い。知らぬ人見るとその時だけいい顔するんだ。さて、次は9点で同点の、

 地球儀のなかは空洞冬うらら   あき子

 蝉息、太郎が。澄子の、赤帆の。地球空洞説というものがありましたっけ、寺山修司が喜んでた。この句なんとなく、季語と付いているような付いてないようなー。この地球儀は木製じゃないと駄目ですね。寒い室内に置かれた地球儀の中は当然空洞で、その中の空気は暖かい。窓の外は冬には珍しい暖かな空、という所でしょうか。思いつきだけの句のような気がするけど、蝉息がに推しているから、まっ、いいか。あき子は今回はこの句だけが良く他は凡句。これを一点豪華主義という。次の総合地の句は、

 冬うらら我が娘が宿す動くもの   山羊

 巷児、みなと、太郎が。裏長屋、あき子が。騒々子はこういう句が苦手である。特に「宿す」が。なんとかならないか、という意見は他にもあった。これは一言で言えば、詩の表現なのである。俳句はものに即すので、こういう表現だとどぎつくなってしまうのだ。事実を言えば、山羊の娘さんはアメリカ人と結ばれ、この時は臨月間近でありました(今年1月無事女児出産。おめでとうございます)。だからこの表現は親の実感でしょうが。
 山羊句は今回は無駄がなく、「そういえばあの生垣に返り花」が騒々子の、隆司の
 「貨物船海をはみ出て茫々と」はみなとの。貨物船の句は無季なれど、辻征夫(俳号・貨物船)の忌に意味合いをもたせているのだ。辻の命日は1月14日であるが、この日はなんと八木幹夫の誕生日! ただこの句の海を「はみ出て」は変だし、貨物船は「茫々と」は行かない。次は7点で堂々総合人に輝いた初出場の太郎(亀岡大助を誰かが浦島太郎みたい、といったのでとりあえずつけた俳号です)、

 帰り花鳩の卵の残る鉢   太郎

 赤帆、昶の兄弟がに推す。あき子。赤帆、感心してました。マンションのベランダなどにこういうものがあるんだよなあー。今回一番現代俳句っぽい。そのはずで、おそらくここでの最年少の思潮者の新入社員は、大学時代俳句をやっていたのだという。だから、

 休日のチチンプイプイ冬うらら   太郎

 にあき子がを付けたのもうなずける。蝉息もに入れている。この辺上手いなあ。気付きましたか? あき子は太郎にを入れ、太郎はあき子にを入れている。偶然だけど。
 次はゲストの池田さんです。

 濁り酒の上澄み今日も誰かの忌   澄子

 巷児の(で良かったー)。裏長屋の。宗道の。この歳になると「今日も誰かの忌」というのは実感だなあ、とは師匠の言。この句は濁り酒が秋の季語で、「上澄み」の中にさりげなく澄子という自分の名を入れてメッセージが入っている。気付いたのは師匠だけ。そうして、こういうことには他の連中は反応が遅いのです、つまり鈍い。でも、次の句、

 屠蘇散がオマケの味醂買うか否か   澄子

 は騒々子、判ってに入れる。赤帆、隆司も。ところがこれが、判らないという人が多かった。これは正月の売り出しの味醂に、屠蘇散の袋がオマケに付いているので、買ったほうが得かどうか思案している所なのです、ただそれだけ。それが判らないなんて。これが澄子俳句の真髄なのです。騒々子、に入れるべきだった。
 池田澄子さんは、いうまでもなく今もっとも活躍されている俳壇の大家です。昨年亡くなった三橋敏雄のお弟子。池田さんは2000年3月に句集『ゆく船』を出されたが、この題名は三橋さんの命名とか。三橋さんは長年練習船の事務長をされていました。その中から今回の兼題の句を―。「蜜をわずかに山国の返り花」「ジョン・レノン忌の夕刊の雪予報」。当季の句、「冬の虹なんのはなしをしていたっけ」。あき子が昨年末のアンケートで、注目する俳人に池田澄子を挙げているのもむべなるかな。次はこれもゲストの、

 中年や薄日の中の返り花   隆司

 でした。裏長屋が。昶が、宗道が。これには、中年っていつ頃をいうんだろう、という質問があったが、大方はもう老年なのでそれ以上は議論にならず。昔石川達三の「四十八歳の抵抗」という小説があって、主人公が「返り花」のような最後の抵抗を試みるという話だった。あの頃、48歳なんてとんでもない先に見えましたがねえ。隆司句の次も、

 鮟鱇鍋忌中のひとり遅れ来て   隆司

 良く練られた人事句です。なんと澄子が。これには隆司大喜び。山羊も。皆の推理、年末の忘年会かなにかの少し金のかかった会に、「どうもすまない、行こうか行くまいか迷ったんだ」とかいいながら遅れて来た男。忌中の身ながらアンコウ鍋は捨て難い。やっぱり来ちゃった、という所でしょう。アンコウの精気ギラギラに忌中を持って来た所、只者にあらず。といいたい所だが、石井さんは、「俳句雑誌の編集者が俳句作れなきゃしょうがない」という清水哲男の挑発に乗って、危険を顧みず参加したものです。勇気を買おう。
 ここで、欠席ながら投句で7点の裏通句を。これが先の隆司の中年句の延長なのだ。

 余生とはいつからのこと帰り花   裏通

 これに隆司がを入れ、昶が、宗道、蝉息も。隆司、余生に感動したか。でもこんな月並みな感慨句に点入れちゃいけません。余生なんてそのひとが思った時がそれなのだ。借金に逃げ廻っている裏通には余生が訪れる暇なし。多重債務者には春未だ遠し。これからは信仰(創価学会)に生き、「冬麗や一村百戸海騒ぐ」(山羊が)の諷詠に生きるべし。この句、上の句をいじれば、かなりいい句になるのではないか。次は凄い。

 屠蘇酌んで凶状持ちの裔なりき   赤帆

 こういうのに弱いという巷児、頭が下がるという蝉息。で、二人が。祖先にそんなのがいたら面白いだろうなあ、とは作者の赤帆。村中恐れてだれも年始に来ない家。その中で当主は神妙に屠蘇を酌んで先祖を偲んでいる。意外に甘党で屠蘇に酔ったりして―。ここで発見したのだが、凶状・凶状持ちは広辞苑にも新明解辞典にも出て無い。ただ岩波現代用字辞典(辻と買った)には字だけ出てる。いつも使ってる古い集英社の広辞典(和英併用で便利)には凶状は「罪。罪状。犯罪。<持ち>」と出ている。英語はcrime・クライムとなっている。パソコンでも字は出る。辞典はだけど、おかしいなあ。ということで、「すみません冬麗にしてまだ案山子」。あき子の、隆司の。もう初冬なのに、しかも今日は暖かいのにまだ突っ立っている案山子です、という所でしょう。案山子は日本の古来からの風物詩だが、先頃送って来た「短歌現代」誌(今年の4月号から井川が詩壇月評を1年間連載します)の大久間喜一郎氏の文によると、古事記では案山子は田の神として祀られていたそうである。何処にも行けない代わりに、田の情報はすべて知っているという神。

 新千鳥街抜け墓地までの冬うらら   宗道

 ガランとした後発の飲み屋街の雰囲気、と点入れた裏長屋。繁華街みたいな名と墓地の取り合わせがいい、というみなとの。でもこれは、宗道が今お店に出て働いている新宿二丁目のバーの近くにある飲み屋街の名。すぐ脇にお寺があって墓地がある。だからこれは実景なのです。種あかしするとつまらない。だがこの墓地には都会の哀愁がある。宗道、今は必死に働いてます。「おでん種鍋に沈める漱石忌」は、その店での生活。こういう題材を女からでなく、男から見た目でキチッと出せれば、大変なものですが、難しいのだ。次は白川に点入れた裏長屋の句、

 倫敦の友のメールや漱石忌   裏長屋

 こういう正統的な句には点が入らないのが余白句会。判っている騒々子が1点。要するに付き過ぎなんですね。倫敦と漱石と来ちゃあ。それにしても普段は何々忌なんて俳句を作ったことのない裏長屋が何故? その答えは、当句会の翌日が12月9日。漱石忌でありました。だから宗道も漱石忌を詠んでいる。騒々子まで詠んだ。兼題の忌でいえば他に一葉忌(11月23日)を詠んだあき子、カフカ忌なんてものを詠んだ昶がいました。裏長屋のもう一句、「冬うらら浮かぬ顔して猫過ぎる」はカワイイ。

 透きとほる眸カフカ忌の頼信紙   昶

 赤帆のが入る。カフカ忌とは聞き慣れないが6月3日である。どうして知っているかといえば、塚本邦雄に『句句凛凛』という万国歳時記があって、それに大抵の外国の有名人の忌が載っている。日本人と併記されているので実に便利。カフカ忌と並んでるのは信長忌(6月2日)です。そこでこれは面白いと読んでいると、そこに塚本の短歌あり、「カフカ忌の無人郵便局灼けて頼信紙のうすみどりの格子―『緋色研究』」とあるではないか。これって、昶句はパクリじゃないの? それも下手なパクリだ。もう一句の句も騒々子、みなとがに入れたが、「や」「かな」の切れ字ダブルに気付かず。
「冬麗や尺八流す部室かな」。いい雰囲気と思ったんだが、大失敗。次は投句のズボン堂、

 猫の子と空を見てをり冬麗   ズボン堂

 赤帆、あき子、太郎ので3点。先の裏長屋といい、冬のうららな天気には猫が合うのかなあ。こちらの方は人間の大人が出ているのがいい。もう一句(ズボン堂、今回は4句すべて冬麗)「冬うらら下駄の歯の泥じゃまくさい」は蝉息と山羊の男二人がに入れる。これは冬麗より春泥だな。小生も高校生まで、下駄はいて何処にも行ってたから、この感じ判るぜよ。ズボン堂、この所「百鳥」「朱夏」「俳句界」に連載。「俳句研究」にも句集の解説や俳句関係の文を書く。今や俳句評論家といってもおかしくない。だから、

 冬麗いっそなろうか俳人に   ズボン堂

 は正解なのだ。なっちゃえ、なっちゃえ。応援します。さて、お次は小生ですが、今回はいい所なし。点が入ったのはわずか1句だけ。

 デパートの屋上ぶらぶら冬うらら   騒々子

でも、澄子に採ってもらえて感動です。デパートは昔最高の遊び場だったんだ。最初に上京した時、小生がまず行ったのは渋谷東急文化会館の屋上でした。辻と浅草で会った時も浅草松屋の屋上に行った。二人で朔太郎の虎の詩(「氷島」にある。あれは銀座松坂屋の屋上)を語り合ったっけ。それでは連衆最後としてみなと句を、

 屠蘇汲むやつれてくるひとまだないの   みなと

 巷児の。これは「屠蘇汲むや」で切って読めば(そう読むのが当たり前ですが)母が子の結婚相手を心配している気持ちが痛いほど判る句だ、というのが判るが、これを「やつれて」とついつい読んでしまうのである。それで損してる、なんて馬鹿なことを考えて見ました。もう一句は面白い。

 冬麗や逆立つ忌野清志郎   みなと

 これだってロック・シンガーの忌野清志郎の名前の中に兼題が忍ばせてあるなんて、誰が気付くだろうか。先の澄子の「上澄み」といい、何てことを考え付く人達だろう。この句はそういうことだけでなく只単に面白い。意表を付かれる面白さです。みなとさんは、こういうセンスがあるんだ。
 最後に巷児師匠の句、

 屠蘇汲めば廊下の奥にまた立つ影   巷児

 あき子の。澄子、隆司の。これを騒々子、幽霊ですか、と馬鹿なことを聞く。さすが判ってるひとはいるもので、「影」は白井僑司の「富士に立つ影」(小生、読んだことなし。題名はとんでもなく有名だが)で、「廊下の奥に立つ」は昭和14年作の渡辺白泉「戦争が廊下の奥に立っていた」を踏まえている。正月に戦争の影を「また」感じて屠蘇を酌んでいる、小沢さんならではの俳句。小沢さんはこういうことに敏感ですね。我々は実に呑気だといわねばならない。だから次の句なども、今の時勢を考えれば違う読み方もできるのだ。この句に の点を入れた蝉息は判ってたのかな。

 北風やハングルに似た忌中札   巷児

 ということで、恙無く選句は終わり(最後の方は例によって時間がなく駆け足でしたが)一同慌しく片付け掃除をして外に出る。午後から降り出した雨の中、夕暮れの動物園内を傘さして行く。猿山では見張り役の猿が岩山の上からこちらを見てました。「猿も小蓑を欲しげなり」。小生がさしているのは丸善で買った500円の折り畳み傘。猿にあげても惜しくない。そういえば貨物船に「傘持たぬ枯野の犬は振り向かず」という句があった。小生の大好きな句です。ここから吉祥寺北口の清水哲男行きつけのビヤホールに行く。
 ここの二次会には清水昶・詩俳塾の高田昭子さんも来る。呑んでしゃべって、三次会も面倒臭いという理由で、同じ店で席を代えて続行。例によって深夜までおしゃべり。本来は二詩人の詩集出版のお祝い会のはずだったが、いつもの通りのぐちゃぐちゃの会になりました。お二方ごめんなさいよ。でも、いやあ、句会はいつも愉し。

2003・2・15記

【童心居忘年句会で「はいチーズ」】  撮影:石井隆司

後列左から 裏長屋、昶、あき子、蝉息、宗道、太郎、山羊
前列左から みなと、澄子、巷児、赤帆、騒々子


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