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第46回余白句会報告記

井川博年

2002・5・18(土)
東京・文京区『新江戸川公園集会場』
【お祝い句会】


 空色の五月を連れて船は行く   あき子
            
 どうも照れちゃうなあー。今回の余白句会は、小生が昨年5月に思潮社から出した詩集『そして、船は行く』が第2回山本健吉文学賞を受賞したことを祝ってのお祝い句会ということで開かれたもの、だからです。

 という訳で、今回はゲストに後述する余白句会のホームページの大家さんの俳人の岩淵喜代子さんをお呼びし、その岩淵さんの「ににん」に俳句を寄稿している詩人の正津勉さん、加えて新鋭俳人の三宅やよいさんが入るという豪華メンバー。これだけのゲストを呼べる句会はそうありませんぞ。さて、平成14年5月18日土曜日は前夜からの大雨。こりゃ余白始まって以来の大雨句会かと朝の寝床で覚悟していると、10時頃から雨が上がり出し、12時の待ち合わせに家を出た時分には傘入らずとなっていた。ありゃりゃ。

 会場の新江戸川公園の集会場に行くと、まだ誰も来てない。小生、この所いつも遅刻気味だったから今回反省して早めに来た。ロビーで煙草を吸っていると少しずつ連衆がやって来る。岩淵さんとは初対面。ですが「ににん」の写真でお顔は拝見。三宅さんは清水哲男が同伴して登場。こちらは全員が初対面。皆々挨拶した所で、最後に正津勉が現れ、これで今回出席の全員揃いました。今回、欠席は仕事中のズボン堂・中上哲夫と、南アフリカのダーバンからハガキが来た俊水・谷川俊太郎、前回2月10日の句会前に京都の駅で失神して以来体調万全ではなく、「京都の雪舟展は見に行けても、東京へはよう行けません小沢さんによろしくいっといてください」とのメッセージありの道草・多田道太郎。この内ズボン堂には投句あり。ここで皆袋に持参の4句を入れて、係りが近くのコンビニにコピーに行く。ついでにビールを買って来て、と。これが余白句句会方式です。
 予定の1時ぴったりに選句開始。今回の兼題は騒々子出題の、<羽抜鶏(羽抜鳥)><ナイター><万緑>、無季の<色>でした。この色が難問で、色気、色々は駄目と制限付きだったから、もめる原因となった。ずっと前の烏賊事件といい、どうも騒々子出題は良くないなあ。(今後は山本健吉を読んで勉強します)。雨上がりの新緑の改装なったばかりの1階のつばきの間で、窓の外を見る余裕もない。「騒々子の声がうるさいので落ち着いて選できない」と幾人かは広間に脱出。それでも30分で選句終わり。総合天 となったのは、

 羽抜鶏半眼にして頑固なり   赤帆
            
でした。宗道、蝉息の 、山羊とあき子の 、裏長屋、小水便の 。12点で断然トップ。前回、前々会とあまり調子良くなかった赤帆、今回は実はこの朝まで句ができてなくて、7時30分の余白掲示板にはこれから句を作る、とあった。だからこれは即興句に近いのだ。それにしてはどうだ。思いつきの句ではない。幼年時代の経験がものをいっていて気合が入っている。この句だけでなく清水兄弟の鶏の句は、実際に田舎で鶏を飼ったことのある者の句だ。この句は昔の農家で飼われていた鶏の生態をうまくとらえている。鶏というのはよく見ると凶暴な生き物である。その鶏が毛が抜け替わる時期、特にもう卵を産めなくなった老鶏を「頑固」と見たところが、作者の精神の在りようを示している。頑固とは鶏の印象そのものであると共に、作者の鶏に寄せる思いなのだ。この句、鶏が飼主を思わせる所が面白い。村上鬼城に「闘鶏の眼つぶれて飼はれけり」という句があるが、現代性では赤帆句が勝っている。
 赤帆・清水哲男、言わずとしれた大活躍。5月の連休には日帰りで「まほろば」で「詩人の年齢」という講演。同伴は騒々子と甲斐で、この二人、次の日に榛名湖にボートで遊んだ際、甲斐が加藤温子さんの形見の時計(17万円のロンジン?)を湖に落としてしまうという大事件があったのだ。この湖はかの「山のさびしい湖にー」の「湖畔の宿」の舞台です。騒々子同情して千円の懐中時計を与えるも甲斐のショックやまず。二位は、

 全身の色揚げ了り蛇の衣   ペダル
            
 山羊、小水便の 、赤帆ので二位の 総合地。この句は作者が判らぬ内は、蛇の脱皮をこんな表現でとらえるというのはよほどのツワモノならん、という意見が多かったが、蓋を開けて見てびっくり。えっ、アーサーなの! これ最近のパターンです。前は「紙子は日本語は(亭主の)アーサーに聞け」と言っていたのだが、もう我々は日本語はアーサーに習おう。アーサーは日本では西洋人では始めての詩歌の受賞詩人(中原中也賞)だが、相撲と同じくなんだか嫌な予感がしてきましたな。この句は赤帆が気に入ったと見えて早速「増俳」に採り上げていました。この句会の日の毎日新聞の三面の下に、群馬県伊勢崎市の水田で、長さ2メートルのアオダイショウの抜け殻が発見された、という写真入りの記事あり。これを寄付された伊勢崎オートレース場は赤字経営からの「脱皮」を目指すとあった。
 ペダル・アーサー・ビナード、最近はあちこちに書いていてウォッチャーも追っかけきれない。でもタウン誌「うえの」に連載していた下町の職人さんの探訪記はいい仕事でした。

 万緑の鳥籠にいるわたし達   やよい

 あき子の 、裏通、喜代子ので三位の 総合人。この句は「わたし達」の「達」がミソだな、と赤帆。しかし、鳥籠の籠が小生にはよく見えない。「籠の鳥」という歌が昔あったが、あれは女工哀史なのね。こちらにはそんな束縛感は感じられない。地球ファミリーなんだね。
 今回ゲストの三宅やよいさんは関西出身、坪内稔典の「船団」所属。2000年に出た句集『玩具帳』は実に面白い句集です。清水哲男が「増俳」でいち早く採り上げているのもわかる。いまの季節の句だけとっても、

 目には青葉尾張きしめん鰹だし     やよい
 ワタナベのジュースの素です雲の峰   やよい


 ほらね、巷児師匠が「強敵」というのもむべなるかな。次も7点で三位の総合人の句。

 夕立に色をおとした街にいる   紙子

 赤帆の 、宗道の 、蝉息、裏通の 。わかる、わかるという者と、こんなの意味ないという者に分かれた。モノトーンに近い夕立が上がったばかりの街、というのが赤帆説。しかもそれは、モルタル造りのアパートが並んでいるというたいした街じゃないんだ、と巷児。そうなんです、と作者。これは紙子夫妻の住む板橋大山商店街の光景という。なんかっぱりした感じ。それが取り柄といえば取り柄。だが、こういう現在形で切れが弱い句というのは俳人は採らない。余白の連衆は採るのです。そう言えば、別の句、

  ナイターの観戦帰りと合流す   紙子

 にはペダルがを入れている。他にはあき子が 。うーん、合流したのはペダルと紙子か。この句も切れが弱い。この「と」は「へ」の方が良いという意見あり。どっちにしたって、どっかに合流しちまいそうな句ですがね。
 紙子・木坂涼も大変な忙しさ。もう立派な女流文学者です。昨年の冬にはたんぽぽ出版より『いま中学生に贈りたい70の詩』というアンソロジーを出す。この中には小生の詩も入ってます。と、宣伝しておいた所で、次の6点句はなんと、

 万緑や酒持って行く野天風呂   騒々子

 なのであった。巷児の 、あき子、宗道、山羊、小水便のと広く点を集めて客。外野席より、初めての快挙、という声あり。皆、余白句会初期の騒々子の句を知らないのだ。あの頃はを取ったこともあります。しかし最近ではこんなに評判よかったのはないなあ。動作が入っている所がいい、と巷児。気分がいい、とは小水便。今回、次の

 幸せはむかし黄色いさくらんぼ   騒々子

 にも宗道、蝉息、やよいがに入れ3点。ありがとうございます。これは発表時は「昔」だったが平仮名に直しました。これ簡単にできちゃった。「黄色いさくらんぼ」は星野哲郎作詞・浜口庫之輔の作曲でスリー・キャッツが唄った59年のヒット曲。古いなあ。
 騒々子・井川博年、今年は2月に辻征夫の遺稿エッセイ集『ゴーシュの肖像』の書評を産経新聞と図書新聞に書き、関連の対談トークショウを谷川俊太郎と行い、4月には「現代詩手帖」にその谷川論「音楽とミステリー」を書く。2月には95歳になっていた母を亡くし、千葉で骨上げを行い(なんと!辻と同じ火葬場であった)、島根の田舎で葬式を行ったのだ。その間、次々と名だたる賞を落選していました。まあ色々ありましたが。次は、

 万緑や金色の眼の伎楽舞   巷児

 騒々子が 、みなとが 、赤帆がで客。豪華絢爛、派手でいいではないですか。芭蕉の「奈良七重七堂伽藍八重桜」のテレビ版。この句は「俳句朝日」かなんかのカラー・グラビアに載せれば引き立つのだ。「まあそういうところです」。次の羽抜鶏の句は、

 羽抜け鶏見る色町の子のおびえ   巷児

 裏長屋が 、で3点。「たけくらべ」の世界です、と作者。この色町の子は女の子でしょうな。羽の抜けた鶏のチキン肌(と今の子は言う)に、男の(というより老人の)の性へのおびえが感じられるのだ。巷児師匠、それより羽抜鶏という季語初めて知った、とのたまい、みなと句の「歳時記を立ち読みにして羽抜け鶏」を面白がってました。でも、みなとも歳時記くらい買いなさい。
 巷児・小沢信男、3月3日の雛祭りの日の朝日新聞の読書欄の「本屋さんに行こう」という所に写真入りで大きく出ました。改装なった上野駅の本屋での買い物。お目当ては「岩波イスラーム辞典」。小沢さん、イラン映画に凝っているのだ。次は今回大当たりの、

 羽抜け鶏入日に飛んでみたくなり   宗道

 裏長屋の 、みなと、あき子、山羊ので6点の客。アメリカ漫画風、とはに採った裏長屋の弁。谷岡ヤスジの鶏は「アサー」であったが。なんか似ている。他の句でも、

 万緑の中に昭和の父と子と   宗道

 これは喜代子の 、蝉息の 。作者を知らぬ内は、「キチッと草田男を受けている」と誉めた巷児、作者が判るや、えっ、宗道なの、と驚く。色を使った句でも、

 色眼鏡はずして葬の列に入る   宗道

 紙子、ペダルの 、裏通ので5点。季語はサングラスで夏です。これは作者の体験というが、ヤクザの葬式ではないのか、とは裏通の説。ヤクザはサングラスかけたままだ。
 白川宗道は去年は大変だったのだ。失業と再就職の失敗で夏からずっとノイローゼ状態となり、年末には行方不明となり、皆を心配させた。正月を田舎(四国方面)で病院通い、やっと直って、家族を食わすべく仕事せにゃならぬと、東京に帰ってきたばかり。今度はやけに騒々しくなり、本来の白川騒動に戻ってしまった。インターネットに自身のJ句会や森茉莉のホーム・ページを開き客を待つ。
 次は今回も幹事をやってもらった山羊さんです、

 雪舟展見終え万緑とり戻す   山羊

 紙子の 、蝉息の 、裏長屋ので6点でこれ又客。今回は客が多い。先に京都で開かれた雪舟展(道草が見たもの)が東京上野で開かれたので、それを見に行ったのだろう。この句の時間経過から言うと、まず上野の山の緑が目に入った。次に雪舟の水墨画のモノトーンの世界を見た。終わって外に出ればそこは万緑の世界であった。という所でしょう。
 小生見てないので推測ですが。でも、見てなくてもわかるんだから、この作者は案外想像で作ったのじゃないか、という意地悪な意見あり。本当に行った由です。想像句でなし。
 山羊・八木幹夫、この句会の前は特殊学級(こんなこと書いていいのかしら)の生徒を引率して、中学校の修学旅行で京都に行ってきたのだ。これがいかに大変かわかりますか。卒業式では一部の生徒と対決したというし、中学の先生は、今の日本では一番大変な職業なのだ。最近は神奈川新聞を舞台に活躍。一番のニュースは『野菜畑のソクラテス』の中の詩が何篇か使われて合唱曲となり、更にそれが音楽コンクールで2等賞になったということです。切り抜き何処かに消えたので以下不明。あと、「ペッパーランド」に井川論執筆。
 この人はしょっちゅう手足を怪我していて、この日も足をひきずっていた。

 新緑の鏡の中で泣きにけり   喜代子

 宗道、あき子の 、みなとので5点。次の句でも5点とる。こういう具合に平均して高い句を出せるというのがプロの特徴です。この句は鏡の中でだけ泣いているのがミソ。鏡には新緑が映っていて、そこに私が映っている。ワタシ泣いてんのね、とうっとり。

 痛みとは青田の鷺の白さかな   喜代子

 こういう詩的な句には点をいれる裏通が 、紙子が 。こういう句は内角高めの直球みたいなもので、普通では手が出せない。見送りです。でも今回は余白へのジャブですね。
 岩淵喜代子さんは東京出身。原石鼎が師系の「鹿火屋」同人。鹿火屋賞。『蛍袋に灯をともす』で俳句四季大賞受賞。同句集の今の季節の句から、

 夕刊を読み尽しけり菜種梅雨     喜代子
 ひと掴み十あまりなるさくらんぼ   喜代子
 魚簗番にとどく風呂敷包みかな    喜代子


 この魚の句など、ズボン堂これいかに。
 次はおよよ、甲斐の番でした。

 羽抜鶏抱くすべもなし娼婦かな   甲斐

 みなとがどう思ってかに入れる。娼婦と言えば小水便も 。これはもうズブズブの清水昶。これに対して巷児、こういう句は良くない、と反撥。これはもちろん娼婦が鶏を抱いて鶏小屋に入れようとしているのではなくて、羽が抜けた鶏のような女は、抱く気にもなれないという漂客の心理。それをどうとるかだが、騒々子は昶流の見え透いた詩的ロマンチズムだと見ました。甲斐は、これは古山高麗雄の戦時のサイゴン物の小説にもとずいている、と弁解していましたが。同じ女が現れても、

 風鈴の鳴る色町は淋しけり   甲斐

 の方がしんみりしていていい。これは京都の色町であろう。それを知る赤帆、知らない騒々子が 。「淋しけり」は平仮名がいいんじゃないかしら。別の「万緑や野生馬走る岬まで」は、騒々子に入れるも、トヨタのテレビCMみたい、という皆の説にがっくり。
 甲斐・清水昶、すっかり俳人をやっております。最近の昶詩塾は詩俳塾と名を変え、そのせいで古い男性の塾生は俳句の昶を見限って、長谷川龍生塾に逃げて行くという話。なにしろ日常坐臥俳句三昧。もうすでに3万句ほど作って、昨年から「現代詩手帖」にはすべて俳句で通す。4月号の谷川雁特集にも俳句で応酬。こうなると見上げたもんだ。インターネットのホーム・ページは今や7万アクセス。こうなると、もうやめられないな。

 ぐらぐらといま万緑の中にあり   あき子

 裏長屋のに巷児の 。巷児は、冒頭に入れてある「空色の五月を連れて船は行く」という実に綺麗な井川博年へのお祝い句にはを入れてますぞ。それはともかく、この句は本人はゴッホのイメージというが、小生、日射病か二日酔かと思っちゃった。次の句も、

 ナイターの芝の縞目に遊撃手   あき子

 で、よく見ているなあ、と観戦の専門家の赤帆が感心。 に入れたペダルもよぅ知っている。ところがあき子は野球はまったく見たことがないという素人なのだ。今年の「俳句研究」5月号の「俳人読書室」に「野球場の奇蹟」という文を書いているが、これは映画「フィールド・オブ・ドリームス」の原作の小説の話。だから、この句は今回の兼題のために勉強した成果なのである。えらいもんでしょう、俳人ってのは。
 前回より正式に余白句会員となった土肥あき子、この所急激に俳壇での露出が多くなる。あき子は文章がいいから、これから俳壇は重宝しますぞ。余白句会は岩淵さんの主宰する「ににん」のホーム・ページの敷地を借りて、余白会館を建て現在あちこち改装中ですが、これはあき子のおかげであります。パソコンの専門家がいると強いなあー。

 色褪せた半纏もいる三社祭   裏長屋

 いる、いる、と巷児が 、紙子が 。年取った職人の色褪せた半纏なんて、なかなか粋なものでござんすよ。拍子木なんか持っちゃって、お終いは先回りしてお神酒呑んでたりして。ところで、祭というのは地元に根を下ろしてないと駄目なものですね。やはり氏子じゃなきゃね。そんな訳で、わが家はお祭りはまったく範疇外です。女房は東京生まれなのだが、小生が根を引っこ抜いたみたいなもんだ。罪を感じています。点が入らなかったが、

 万緑や翁も巷に徘徊す   裏長屋

 が面白い。これ「翁」じゃなくて「我も」じゃないの、という声が多かった。芭蕉は俳諧、裏長屋翁は徘徊。最近はボケ老人専用の位置が判るケイタイが開発されてます。
 裏長屋・小長谷清実、よくまあ、あっちこっちに(そういへばそういう題名の詩集があったっけ)でかけることよ。ついさっき贈られてきた花田英三さんの『七十路日記』というのを読んでいたら、「六月二十三日 慰霊の日(沖縄全戦没者追悼の日)―いい方式だ。日本も真似ればいい。小沢信男全句集『んの字』、A・ビナード詩集『釣り上げては』読む」とあり、「六月二十七日―小長谷清実ら来沖。酔って昔話に笑ってばかりいた。」とある。小長谷さん、飲んでばっかりでだいじょうぶ? この本は36ページの60部限定本。
 ところで、今回は絶不振の蝉息。今までの俳人振りが嘘のよう。

 万緑や渡世の義理がまっかっか   蝉息

 同姓の山羊がに点入れるも、今回は2点でそれが最高。でも4句全句入点というのは、実は蝉息だけ。でもこの句は冴えない。別の「万緑を背にぺちゃくちゃと石仏たち」も良くない。喜代子がに入れてるが、喜代子さんは石仏の愉しそうなお喋りに点入れたのだ。これがまさか、騒々子への挨拶句とは思ってもいないでしょう。
 蝉息・八木忠栄、昨年10月に書肆山田から出した句集『雪やまず』がいやもう大変な評判。前回の報告記にも書いたのだが2月17日には大串章の「NHK俳壇」に出演。これは小沢さんに次ぎ余白句会二人目です。しかもタイトルが「酒を詠む」だ。大串さんが選んだ忠栄句は

 寄席を出てさてひとり酌む寒の酒    忠栄

 であり、「ぬくめ酒宿のおやじの与太話」でした。
 最近の「NHK俳壇」は日曜日の朝なので、小生ほとんど見たことない。では、どうして知ってるかと言えば、雑誌で読んだのです。さて、次はこの日背広姿で決めてきた、

 万緑や女教師の尻大きくて   裏通

 喜代子が 、騒々子がに入れ3点。これ、裏通句とはとても思えない。だってこんなリアリズム句は、「湖の水鳥の色水の色」というような、いつものロマンチック俳句に合わない。作者が判って見れば、この「尻」を見ている目は『雨の新橋裏通り』のそれだ。女教師というのは多分創価学会のオバサンの教師(?)でしょう、違いますか? 
 裏通・国井克彦、いやもう大変なのだ。何年来の生活破綻で借金生活。文筆収入ゼロに近い著述業。ありとあらゆる会費、家賃、公共料金を滞納し、区の紹介で入った平井のアパートに一人暮らし。同じ余白句会員の俊水・谷川俊太郎の『ひとり暮らし』(草思社から出た売れ行き抜群のエッセイ集)とはえらい違い。本人曰く「老後に金があっての一人暮らしは最高の生活。金がなければ最低の生活」。そんなの判ってる。6月に入ってやっと生計成立の見通し立つも、その中身は内緒。借金しても句会に来るという、悲壮なものです。これからは、生活が大変という詩人が続々登場します。まずはみなとから。

 サルビアと泥とまぜてるいろみず屋   みなと

 可愛い、女の子がよく遊んでいる、と赤帆が 。ところが、皆はよく判らなかったらしい。これは表記の問題だろうと思う。とカラーで入れられれば簡単なのだ。(パソコンではこれができる)騒々子点入れなかったのは、サルビアをよく知らないから。せっかく小生の受賞を祝って、「祝うにはあかい色よし紅うつぎ」とお祝い句を出しても、サルビアすら知らない小生、紅うつぎを知る由もなし。むなしく0点でした。
 みなと・有働薫、アートランドから出ている「風信子2」に書いた散文詩は良かった。「詩学」の新人作品の選者も2年目。あれは選考会の鮨の謝礼だけだからなあ。むしろ、二次会と電車賃で足が出るのだ。最近は海外の詩人紹介も少ないし、有働さんの得意のフランスは特に寂しい。生業の技術翻訳も厳しい訳です。しかし、今の日本は日産のカルロス・ゴーンといい、車のモデルのジャン・レノといい、サッカーのトルシェ監督しかり。フランス人の文化面でのリーダーシップに頼っている。これ、日経の受け売りです。そのフランスで暮らしているフリー・ジャズの沖至が、ついこの前行われた白石かずこの朗読会の後の飲み会の席上、先日のフランスの大統領選での右翼のルペン党首の躍進について、「あれは既成の政党にあきあきしている層がからかい気分で入れたもの」それが、決戦まで行ったものだから「今度はまともにノンとした」と。フランス人のバランス感覚です。

 万緑や昭和も遠くなりにけり  ズボン堂

 この句、選句用紙の中で一番目立ってた。こんなのちょっと作れないよ。この無茶苦茶な句になんと点を入れた者がいた。ゲストのやよいがその人です。ここまでやられると、点入れたくなる。しかし、こういう超パロデイ句を作るのはコピーライター(それも売れないコピーライター)だけですな。今回ズボン堂は4句すべて万緑。別の「妖精に注意しながら万緑へ」は裏通ので1点。こういう句も当句会も以外ではお目にかかれませんぞ。
 ズボン堂・中上哲夫、生活は大変なれど俳句関連絶好調。大串章の「百鳥」に連載している「かぼちゃ頭の俳句談義」が好評で、なんとか本にならないか、と言はれてます。「俳句界」に連載していた「詩の歳時記」は近々北冥社から出るようです。これには小生の詩も入れてもらってます。詩は相模原の川端進が出している「釣果」というリトル・マガジン(釣だけの詩誌だ!)に創刊号から書いていて、それがみないいのだ。

「釣人物語(1)」中上哲夫

  冬の釣りの三条件は
  ぬれたズボン
  とぬれた靴下
  とぬれたキャラバンシューズ

  池の水温と水深をはかるのさ

 最近は仕事の関係で土日の休みがとれなくて、句会に出れないというので、この次は必ず来れるように平日の夜に句会をやろうか、と今回の句会の席で決議決定しました。中上さん、この後でしたが5月29日の東京會舘での小生の受賞式に、仕事を休んで出席してくれました。この友情には感激。しかも新宿ゴールデン街の「ナベさん」で待っていた清水昶との二次会にも付き合ってくれました。ありがとう。これで最後は小水便だけとなり、

 色事も煩わし昼鮨つまむ   小水便

 こういう句には感動する騒々子がに入れる。これねえ、鮨をつまむ手つきがものぐさで、しかも色事師のそれ。でも「煩わし」とは小水便の実感ではないでしょう。恐らくはフェイント攻撃でしょうね。そんな年じゃないんだ。もう1句の「羽抜鶏傷痍軍人いまいずこ」も、傷痍軍人など見たことのないあき子が面白がってに選ぶ。しかし笑える句というのは実に貴重です。
 小水便(この史上最も汚い俳号も、当余白句会員にはお馴染みです)・正津勉、俳句は前記「ににん」に発表。他に「BANNG!句会」を主宰。ここは若い女性のみという話。昨年は河出書房より小説集『笑いかわせみ』を出版。話題となりました。これは「新潮」に書いた同名の自伝小説(無頼の詩人の女性関係を書いた、とありました)がメーンで、他には北村太郎の思い出。表紙の肩肘ついている漫画のスガタがカッコイイ。詩は久しぶりというが、「現代詩手帖」に山登りの詩「遊山」を連載。正津勉が登山部だったなんて、まったく知りませんでした。これは終了したら本になるでしょう。 

 以上、16人。ここまで書いて、いやもうくたくた。それでも無事終了。午後4時半時間ぴったしに選句を終え、部屋を片付け、一同帰り支度。外で木坂・ビナード組と岩淵さんは帰り組で挨拶。外はすっかりいい天気になっていました。ここから残りの一同、白川の誘導でのろのろと早稲田大学を目指す。そこなら二次会(予約の関係で時間が余った)まで一番安く過ごせるからという。で、大学構内の洒落たラウンジで時間つぶし。ここで小沢さんと八木忠栄とに別れ、残りは西門前の例の「高田牧舎」に行く。辻征夫が最後の句会に二次会に付き合い奥さんや娘さんまで付き合ってもらった場所。前々会の小沢昭一との句会の二次会場でもあります。ここは白川のテリトリーなのですべておまかせ。
 6時半より始まった会は狭い部屋ながら立食風は完全なパーティ・スタイル。すべて白川のたくらみならん。途中で支配人が花束を抱えて小生に手渡たさる。この模様を清水哲男が持参のデジカメでムービーに撮ってました。これが余白句会の新しいホームページの「余白ムービー」です。小生、初出演に慣れてなくて照れてギコチナイ。後で見た人に聞かれたが、あの歓声はどうやって入れたのか、と。清水さんに聞いてください。かくて、夜はふけて、一同9時にジ・エンド。地下鉄でそれぞれ解散し中央線組おとなしく帰りました。朝10時から夜10時まで俳句と付き合ってりゃ、そりゃ疲れるさ。お疲れさま。

2002・6・9記


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