OLD STATION目次へ

第39回余白句会報告記

井川博年

2000・2・26(土)
東京・浅草『台東区民会館・雷門出張所』
【貨物船追悼句会】

 辻征夫が死んでしまった。
 なんということであろう。弱っていたとはいえまだまだ十年やそこらは大丈夫、その内に新薬や画期的な治療法が発見され難病(脊髄小脳変成症)も直ってしまうかもしれない、と希望を抱いての新年であった。その矢先の突然の死である。天はなんと無情だろう。
 小生昔から、啄木のことを思えばいつどこでも泣けるという特技を持っていたが、これからはこれに加えて、辻征夫のことを思えばどんな所でもいつでも泣ける、という別技を加えました。よろしければいってください、どこでも泣いてご覧にいれます。

 今回の余白句会は貨物船追悼句会として、できれば四十九日前(死去が1月14日だから7週後の3月3日雛祭まで)に、ゆかりの浅草で行いたいと小沢師匠に相談し承諾を得ましたので、小生早速八木幹夫とはからい句会の日取りを2月26日土曜日と決め、1月の終わりの土曜日には下見を兼ねて浅草に行きました。そこで見つけたのが雷門台東区民会館で、句会できるか聞いてみると区民ならいいという。一旦あきらめましたが(小生、台東区民じゃないので)まてよ小沢師匠は台東区民だ、ここは小沢さんに頼もうと、ついでに二次会の会場も頼もうと、虫のいいことを思いつき、安心して神谷バーで呑み「ミッドナイト・プレス」の追悼詩まで作ってしまいました。だからあの小生の「辻のいない世界」という詩はこの時の作です。
 小沢さん、電話するやすぐに出向いて予約をとってくださいました。しかし条件あり、「内緒だけどみんなは上野あたりに勤めているか、タウン誌『うえの』の関係者ということになっている、間違っても新宿や吉祥寺や京都の話を出さないように」と。もしバレたら二度とここは使えません。二次会の方も店のパンフレットをとりよせて、地図まで送っっていただく。これで準備がととのいました。

 さて句会当日は寒さは普段の二月の寒さなれど薄い日が射してまずは上々の句会日和。早めに会場に着くと、ここはロの字型に机が並べてあるだけの殺風景な集会場。なんだかみんなに悪いと思いましたが仕方ない。お茶買いに行ってみなを待つほどに三々五々と全員集合。今回さすが遅刻は青蛙・清水昶のみ。欠席は花緒・加藤温子と紙子・木坂涼、仕事で来れないズボン堂・中上哲夫に裏通・國井克彦の四人。
 今回は常連に加えてゲストとして「ミッドナイト・プレス」の岡田幸文さんと詩人の山本かずこさん、貨物船とは古い知り合いの俳人の酒井弘司(「朱夏」主宰)さんとこれ又「OLD STATION」とは縁の深い俳人の筑紫磐井(「豈」編集人)さんに来ていただき、遅れて披講時には立会人として「俳句研究」編集長の石井隆司さんが来るという豪華さ。兼題は赤帆・清水哲男出題のシャボン玉、蕗味噌、風光るに加えて騒々子が選んだ無季の船でした。投句は一人四句。1時から始まり2時になって選ばれたのは以下の句でした。まずは天の句から、

 シャボン玉この世の刃物よけて飛べ     蝉息

 今回はひとが多かったせいか点がバラケて裏長屋の天、巷児、みなとの地、宗道の客で8点でこの句が最高作となる。他も似たりよったりの点のとりようで、つまり今回はどん栗の背比べ。実際天に入れる句がなく(自分の句を除けば)困りました。その中でもこれはわからないなあー。言い方はオーバーだし、第一シャボン玉なんか、刃物じゃなくてもそこらにぶつかりゃすぐはじけてしまうよ。とあちこちから声あり。それに対して、これは時事句じゃないかしら、とは弘司説。それでもいいけど、これは自分のことをいってるんだと巷児。この世にはいろんなことがあるんだよ、大変なんだよ、だからシャボン玉に声援を送っているんだ。そういうことじゃないですか、で一同ふーんと納得。蝉息・八木忠栄の追悼句「貨物船どこまで往くや寒き海」は道草が天!に入れる。他の句がみな春と船をあつかったのに対して冬を持ってきたのは手柄。彼のいうように辻貨物船は冬の出航であった。蝉息このところ毎回トップをとる。やはり余白句会の師範代だ。

 風光る昭和の犬と遊びけり         赤帆

 かずこ、宗道の天、ペダルの客で地となる。惜しいことをした。騒々子も最初この句を選んでいた。もし入れていたらこの句が天だった。されど句会に「もし」はなし。別の句「老犬のもはや追わざるシャボン玉」はペダルが天に入れ山羊が人にいれたが、こちらは平凡。だがこの昭和の犬はいい。説明するまでもなく昭和が終わって12年、昭和生まれの犬もはや老犬なのだ。風がまだ冷たい外でこちらも昭和生まれの人間が犬と遊んでいる。
 実はこの句会の一週間前に小生の隣の家に飼われていた老犬のポチが死んだのだった。推定13歳でラブラドールの雑種のメスだった。小生、この犬をかまうのがいまの家に引っ越してきてからの一番の慰安だった。それが貨物船に続いての死とあって、小生これには心底参った。いまでもまだいないポチに声かけています。だから哀しくて点入れなかったかもしれない。赤帆・清水哲男のもう一句は「蕗味噌や汝と隠れて暮らせしこと」で、この境涯に憧れた?(創作にひっかかった)俊水の天、裏長屋の地、騒々子の客。なんか車谷長吉の「赤目四十八滝心中未遂」(小生、ちゃんと読んでないけど)みたいだなあー。

 蕗味噌に信濃の雲はまざらむか       磐井

 青蛙が天、蝉息、宗道の人で地となる。選んだ青蛙は、ピタット決まってると訳のわからないことをいっていた。ここはむしろ蝉息のように、味噌の地と雲の天の混じり合い、といった方がわかりやすい。小生それより「信州味噌ハナマルキ」というCMを思いだした。とにかくゲストが上位入賞でめでたし。入選句の「シャボン玉会社も潰え街に出る」はなんということもない時事句。これには巷児が客。巷児師はこういうのが好きなのだ。筑紫磐井は大井恒行と共に「豈」で二度も亡き摂津幸彦の特集を編み、一周忌には沖積社より全句集を出し、昨年11月に『俳句幻景』摂津幸彦全文集を出した。荒木経惟の写真の表紙の500頁の大冊で昨年の俳壇の話題をさらう。全共闘世代が生んだ最高の俳人として摂津は残るだろう。筑紫たちの友情のおかげである。

 シャボン玉戦争いまも続きおり       弘司

 幸文の地、俊水、巷児と渋い所の客で人。ここでもゲスト上位入賞となる。この句は戦争を知らない幸文、かなりはまっている、という。道草は、昔フランス映画に「わんぱく戦争」というのがあったが、あれはシャボン玉戦争ではなかったかな、とトンチンカン。
 弘司句のもう一句は騒々子が天を入れた「山の精つれて童子よ風光る」。騒々子、この句は弘司句に間違いなしと睨んでの選。賢治の童話みたいでしょう。それよりも大寒小寒の小僧が春になって山へ帰って行くところ、と見事にとらえたのは巷児師でした。酒井弘司は俳誌「朱夏」を主宰して昨年5周年を迎え、秋にそのパーティがあり、そこに小生と八木幹夫(酒井さんと同じ地域の同業)と大井恒行と筑紫磐井に会う。だから今回はその時の会の続きの気分でもある。酒井さんは辻征夫とは同年、兎年ですね。

 フネという変な名の猫春隣り        花緒

 巷児の天、みなとの人、ペダル、蝉息の客で地。余白句会の変な流行に、兼題を素直に盛り込まずにとんでもない使い方をするというのがあって、ここでも「船」という兼題がフネという猫の名で使われているのだ。こういうのは俳壇は許さないだろうなあー。それはともかく、この句はなんとなくいいんだなあー、と巷児。春隣りがうまい。この季語は動きませんね。ここで猫がうずくまっている感じが出た。ところが俊水、ぼくこれと同じ名の猫を飼っていたことがあるんだ、といいだす。自分で名付けたのかと問えば、前の?カミサンが付けたものという。だからどうしてこの句の作者は谷川家の事情を知ってたんだろうと不思議に思ったんだ、という。加藤家と谷川家は同じ杉並区だが遠い遠い。
 花緒・加藤温子、今回は絶好調で四句すべて入選。「弟が姉を見上げるシャボン玉」はいわさきちひろの世界と赤帆絶賛の天。巷児の地。「厚底の足のはかなさ風光る」は騒々子の地、道草、磐井の客。厚底靴の句は今の風俗をとらえて可憐。

 しゃぼん玉割れるな隅田川までも      巷児

 蝉息の天、道草、巷児、磐井の客で人。これは追悼句。「割れるな」に万感こもっています。「隅田川まで」という詩集の題名を読み込んであるところもミソ。しかし小生この句よりも次の「冬の虹無人の船にTUJIYUKIO」に感動した。この句にはみなとが天、蝉息が地を入れる。小生、このローマ字が船の船名を表すというのをすっかり落としていた。それがわかった時ハッと思ったのです。生家が船会社で学校も造船科の小生は、こんな船名のつけかたはない、と常識で判断していたのだ。だからわからなかったのだ。これは俳句だったのだ。しかも実に優れた追悼句でありました。巷児・小沢信男、この句会の二次会で筑摩書房から上梓したばかりの本『裸の大将一代記』を披露する。本屋に出るのを待ちかねて出るとすぐ買って一気に読みました。感想−まず読みなさい。こんな面白い本はない。山下清の生涯は面白いが、それを語る小沢さんが最高です。700頁もの本を二年半かけて余白句会の合間に書いていたのだ!凄い!

 蕗味噌に落魄の味愉しまん        裏長屋

 山羊の天、幸文の人、青蛙の客と入れそうなひとが点入れる。もっとも作者も「愉しまん」というのだから本当に零落している訳ではない。味を楽しんでいるのですよね。暖かいベッドの中で牢獄を夢見るのは罪悪だ、と誰かがいっていたっけ。でもこのたかが蕗味噌に、というところがいい。この句作者がわかるやどっと受けていました。裏長屋やるなあ、前回に続いていい味出している。もう一句の「苦吟する博徒の肩にシャボン玉」というのが笑わせる。ハイミー(俳味)のわかる磐井が地。シャボン玉だからいいので桜吹雪なら遠山の金さんだ。裏長屋・小長谷清実、これなんかどうだというきわめつき「どぶ川の朽ちたる杙に風光る」には一同唖然として選外。

 船長のけふ長旅の春帽子         宗道

 弘司の天、山羊の地。春帽子が印象的でイメージがふくらむ、追悼としてもうまいと弘司。しかし船長には業務用の春帽子などないから、これは私的な旅の春帽子であろう、そうすると長旅というのはおかしいのではないか。すると巷児、「船長」というのは仇名なんだよ。そういうとすべてがわかるんだ。わかるけどいつまでも変。曖昧なのだ。
 白川宗道のもう一句の「墨東や鼻緒の乾く光風裡」はベテランの上手い句と思ったという俊水が地、巷児までもが人に入れる。光風裡にひっかけられたのだ。作者を知ってがっくり。こんな句は宗道以外にありえない、と騒々子は睨んでいました。しかしこの句はそんなに悪い句ではない。別の句会なら高得点を採るかも知れない。でも鼻緒なんていまどきあるかなあ。下駄だって履いたことのない子供がいっぱいいるのだ。宗道やっと自分に合った会社を見つけイベントや企画に張り切っている。広告屋だなあー。次は元広告屋。

 風光る隅田川までなんとなく       ズボン堂

 このところ好調のズボン堂に幸文が天、赤帆が地に入れる。なんとなくわかるなあーこの気持ちと赤帆。もちろんここでも詩集の題名詠い込みが入っている。しかし今回は皆が皆自分の句に点を入れたような気分になったのではなかろうか。それほど似通った句が多かった。ズボン堂も四句追悼句。選外の「しゃぼん玉ふいてかなしや河口にて」も詩集題名『河口眺望』を入れたもの。安易だなあー。ズボン堂・中上哲夫、句会は仕事が土日に重なるためこのところ出席できず。本当に会えない。年末の相模原忘年会と辻征夫のお通夜に会ったきり。それでもハガキはいちばん多い。余白句会随一の筆マメである。

 石鹸玉わかれて蔭へまわるもいて     紙子

 このヘタウマのような調べに専門家の磐井が天、道草、赤帆とうるさ方が客に入れる。作者がわからない時点では磐井はレベルが高い、曲者めいた味があると絶賛。道草また人生経験豊富な作者だ、と褒めていました。蓋を開けてみて口あんぐり。紙子は「手ぶれにも写されて風の光かな」という句を出し、これ又曲球扱いされ巷児、赤帆、蝉息、道草と最高四人(それも読み達者ばかり)の客点を集める。俊水や山羊までこれはカメラをよく知っているひとといいあっていましたぞ。更にもう一句の「万有の引力春の船が行く」も磐井の人に山羊、弘司の客と点の取り放題。「の」のつけ方が普通ではできない、二句がうまく繋がっていると感嘆。紙子・木坂涼、こりゃ本当に化けたかな。騒々子思うに、これらはシロートが字余りでそのまま作ってしまったものにしか見えないけど。

 東京は靴の鳴る街風光る          騒々子

 東京の良さは東京人以外じゃないとわからない、ということで神奈川の津久井在住の弘司とアメリカ人のペダルがそれぞれ人に入れてくれる。東京の明るいイメージを出している、と弘司。面白いとらえ方とペダル。これ実は今回は歌をテーマに作っていたのだ。これはもちろん「靴が鳴る」です。もう一句の「チラホラと港の船に桜かな」は「港が見える丘」です。この句にはみなと、宗道が客点を入れる。騒々子・井川博年、今回追悼句を作って見てつくづく俳人の上手さがわかった。つまり勝負にならないのですよ。何故そうなのか、この問題はじっくり考えるつもり。ということで次はなんと青蛙登場。

 老人がシャボン玉の中にいる昼下がり    青蛙

 老人が出れば点入れる道草の地、これ又老人好きの裏長屋が客。これは面白い。巨大なシャボン玉の中に老人がいると見てもいいし、たくさんのシャボン玉にかこまれて(シャボン玉売り)老人が路地に腰掛けていると見てもいい。この句は青蛙の句の中では珍しくおっとりしていていい。ここでも字余りだ。どうやらヘタは字余りに限るらしい。
 青蛙・清水昶、昨年9月辻征夫が津田沼から船橋に引っ越した頃に、いつものアルコール病で入院し年末まで病院にいる。年末に退院して自宅で静かにしていたところ辻の死である。すっかり意気消沈していました。だから次の「病院の無明長夜に風光る」は本心なのだ。ただこの句も夜に風光るなんて変だよ。無明長夜は実感だろうけど。この入院についてはそのいきさつを読売新聞に書く。それはいいが、そこに載った写真はどう見ても十年前のカッコイイものでした。この手で清水昶詩塾の入門者を増やしているのでしょう。

 蕗味噌のレシピ訳してeメール       俊水

 蕗味噌のレシピ(作り方)というのがおかしい。田舎のおばあちゃんに聞いたら目を白黒させるでしょう。パソコンを知っている幸文と、あまり利用したことがなさそうな弘司磐井の俳人組が客に入れる。これは俳句になっているからである。それに対して裏長屋とかずこが点を入れた「風光ると書いてしばらく闇をのぞく」は俳句になっていないのだ。作者が主体となったため句が切れてない、おわかりか。これは一行詩なのである。
 俊水・谷川俊太郎、毎回俳句の作り方を変える。これってまだ勉強中ってことですか。今回の句では道草が客に選んだ「船からの波に舟揺れ春が来る」が絶品。これは実に細かいところを船と舟という漢字の遣い分けでうまく描写している。港内の沖の大きな舟(おそらく貨物船)からの波で岸の小舟が揺れている。港ははや春のきざし。

 風光る近所の床屋禿げて久し        ペダル

 これが面白い。騒々子点入れようと思ったがハゲ好きと見られるので躊躇して止めた。だいたいが騒々子はペダル句に弱いのだ。この句には赤帆が人に入れる。やはり俳味がわかるひとはわかる。禿げて久し、と言い切っているのが良い。こういう表現もなかなかできないものである。季題の風光るとおつむの光りを懸けているところも良い。別の蕗味噌の句「蕗味噌を鼠取りにもちと添えて」は「ちと」という表現に騒々子たまげて人の点を入れたが、考えてみると(考えてみなくても)鼠は味噌なんかにはひっかからないね。ペダル・アーサー・ビナード、今回の句会の始まりの1時少し前、小生が浅草のロックスビルの本屋をのぞくと入口に立っているのを発見。浅草でラジオの仕事中だったのだ。最近はタウン誌「うえの」に下町職人話を連載。「ちくま」にも定期執筆。元気です。

 風光る白球少年の頬かすめ         山羊

 これは説明するまでもないでしょう。風光る季節は高校野球の季節でもある。そこに単純に反応した騒々子が客点。なんかマンガの野球少年を感じた。この句よりも「屁のような句案ぱぴぷぺシャボン玉」がいいというので道草が客に入れる。ただしこの句は前書きに「俊水大兄に」とあるので損している。だってこれでは俊水は点入れられませんよ。プレゼントされた場合、俳人は知らん顔して点を入れるものなのだろうか?山羊・八木幹夫、今回は貨物船の死で俳句どころではなく(他のひとはそうではないというのではありません)不調。だがまあ、こういう時こそ俳句でもひねっているほうがいいのだ。「詩学」では今年から詩集評を担当。現在同誌には八木忠栄もエッセイを連載。文芸春秋4月号には詩「銃剣」を載せる。題名には一瞬ぎょっとしました。少年時代の屑鉄あさりの話に、そういえばわが家にも日本刀があったっけ(兄の出征用)と思いだした。

 風光る沖に消えゆく貨物船          裏通

 今回欠席の裏通句。この句なんか似てるんだなあー騒々子句「菜の花の沖を帰るは貨物船」と。だから騒々子の客となる。この句はわかるが次の句はわからない。「風光る真鶴半島恋の墓」。かずこが客点を入れたが、なにかお二人だけわかっている秘密でもあるのでしょうか。あんなところに悲恋の物語があったっけ。これぞ「風光る信じられないことばかり 裏通」である。裏通・國井克彦、離婚以来まったくついていず、せっかく住んでいたアパートも追い出され、江戸川区の紹介でやっとこさ平井のアパートに入る。ここで本格的な独居です。年も年(還暦を越えた!)だし働くところもなし、と嘆いている。運送屋のアルバイトで余生を繋ぐか。他の連衆はパソコンでやりとりの時代に電話もとられ郵便のみ。俳句も前回一回だけ使った俳号・扇舟をやめ元に戻す。これもやはりゲンかつぎですか。

 おととひの舟のゆくえは月朧         かずこ

 山羊が客に入れる。♪あとはオボロー、という演歌がありました。貨物船もまた遠く朧ろの中を消えていった。次の「きりもなし遠き昔の風光る」という句にはご主人の幸文が点を入れる。それはいいけど、この次に紹介する予定の幸文句にはかずこが点を入れている。これって実に呼吸が合っていると思いません? 山本かずこと岡田幸文は余白句会ができる前からの小沢さんの知り合いです。極端にいえば幸文がいなければ辻と小沢さんが「詩学」の選者として一緒になることもなかったし(当時幸文が編集長)そうなれば余白句会もなかったのだ。そういうことです。だから二人はこの句会の恩人といえます。 ここでこの句会報告を書いている間に、辻郁子さんより昭和63年(余白句会以前です)に出た「きゃらばん14号」を送ってもらう。ここに辻、小沢さんと岡田夫妻で巻いた連句「胡蝶俳諧 酔蜥蜴四吟」あり。面白いものなので紹介します。

 宿酔の足元過ぎる蜥蜴かな     幸文
  天使がふたり夏の野をゆく    かずこ
 ひとことにひとつ胡蝶のかるく舞い 征夫
  散りこぼれたる彫金の屑     信男

 全部載せたいがそういう訳にはいかない。そこでサワリを一つ、

 一歩ずつ歩めと母は諭せども    かずこ
  あいあい傘でぴょんと高跳び   征夫

 連句も面白そうだなー。心残りであるがこれにて次へ、

 海坂を往く舟おくる春がすみ         幸文

 海坂とは知るひとぞ知る藤沢周平の時代小説の架空の藩の名。藤沢周平は小説を書く前には療養中に俳句を作っていて、その俳誌の名が「海坂」であったこともよく知られている。いまも続いている俳誌です。その海坂藩の運命をかけて重役と対決する若侍を描いた「蝉しぐれ」など小生の愛読書でもあります。この句は貨物船の愛読したその海坂の物語に合わせて追悼をこめたもの。こういうものは芸が細かいわりには報われないのです。岡田幸文、「ミッドナイト・プレス」が本格的軌道に入り大忙し。同誌では辻征夫はかずこさんをインタビューアーにして詩を語っていた。他に清水哲男が高校生の投稿の選者を。谷川俊太郎も対談に登場。CD−ROM詩集も次々と出すという話です。

 ストローのピンクうつってシャボン玉     みなと

 このかわいい句にペダルが点を入れる。ストローって昔は紙に蝋を引いたものでしたよね。使った後に指で丸めてくしゃくしゃにするのが小生の癖でしたが。この句は平凡だが「うっかりと吸って苦いよシャボン玉」が笑っちゃう。こんなことよく俳句にするなあー。みなとの見たまま俳句というのは時に不思議な効果を出す。なんだろうねこれ。みなと・有働薫、フランス詩や小説の翻訳で大活躍。昨年はフランス関係ではもっとも活躍したひとりではないでしょうか。「ユリイカ」にも現代フランスの抒情詩について書く。「詩学」でも長らくタダ原稿(「詩学」はすべてそうですが)でラルースの文学辞典を訳されていましたが、あのUという署名は有働さんでしょう? ああいう地道な努力が報われたのです。今年は詩を書いてください。さてトリは道草です。

 下着干す妻の鼻唄風光る           道草

 みなとが客点。騒々子入れようと思ったが変な風にとられるのを恐れて点入れず。でも入れればよかった。この下着は間違いなく自分のでしょう。旦那のものなら鼻つまんで干すそうです。この鼻唄というのがいいなあ。その様子を寝床で(ソファーかな)見ている主人もいいなあ。道草句では次の句が気になった。「仔猫二匹連れて引越し貨物船」。
 この句は辻征夫への追悼句で、この二匹の仔猫とは辻家の二人子さんではないのかしら、それなら二人引き連れて天国に行くのかしら、と奥さんは心配したそうです。ところが、山羊が聞いたところによると、作者はまったくそんな気なし。なんか本当に子猫が二匹いたらしい。それで詠んだらしい。作者に奥さんの解釈を聞かせるとびっくりするでしょう。このようにまったく別な方向に深読みされるから俳句は怖い。
 道草・多田道太郎、辻の葬儀には葬儀委員長となっていただき、遠路京都宇治から来てお通夜の前日より船橋のホテルに泊まって最後まてつきあってくださいました。今回の余白句会も万障繰り上げて出席してくださいました。貨物船どんなに喜んでいることでしょう。また貨物船の死を道草どんなに悲しんでいることか。さみしくなったなあー、とは万 感こもる多田さんの言葉です。これはわれらが共通の思いでしょう。

 さてこれにて選は終わり雷門区民会館での用は終わりました。4時半になったので証拠を残さないように会場を片付け(途中持参の酒も呑んでいましたので)途中から立会人として参加した「俳句研究」の石井隆司編集長に、これも途中から見学に見えた辻郁子夫人、妹の野辺明子さん、弟の辻憲さんに加わっていただき記念写真をとる。その前に小生が持参したOLD STATION編「貨物船句集」(B5判16頁)を配布する。
 二次会まで時間があるので浅草の夕べをぶらぶら散歩し、俳句でも作ってもらおうと思っていたところ、みな一刻も早く店で酒呑もうというので、急遽店に予約を早めるよういう。1時間空きがあったのにすぐ行こうというのだ。おまけに店は会場のすぐ近く。あっという間に着く。まだ早いというので道草、巷児の首脳陣は近くの喫茶「アンジェラス」(荷風いきつけの店)に入ってお茶飲もうとするがここも満員。結局ここでも何人かがただトイレを借りただけで出てしまう。これだから詩人は困るといわれるのである。
 ここから寒い寒いとフツブツいってはそこらを歩きまわる。その内いつの間にか何組かに別れ別れとなる。先頭の首脳陣はただひたすら店の開くのを待つ。この店は「元祖釜飯春」でしたが、これが失敗。小生この店の予約をする時に店を見てなかったのだ。御座敷だと聞いていたのに一階の入れ込みで周りもうるさい。これではろくに話もできない。それでもとにかく入り込み後続を待たず早くも酒となる。先の組がすっかり出来上がった頃後続が到着。ここから本格的を宴会となる。しかし料理は正解でしたね。だって三品位しか頼まず後はひたすら酒のみ。釜飯屋なのに一同お茶漬けを頼む始末。こういうのが正しい詩人の宴会です。ここで9時頃まで呑んでしゃべる。
 この後はここで別れるひとは別れ、残ったメンパーで、すぐ近くの辻ゆきつけの寿司屋「金寿司」で名残の酒を呑む。おかみさん(池波正太郎の食べ物の本に出てくる珍しい女寿司職人)が、さっきまで辻さんの奥さん達がいらしてましたよ、という。奥さんたちはうるさい詩人たちに遠慮して、会場からまっすぐこちらに寄ったのだ。

 浅草にはまた来ようね。呑む所はいっぱいあるし、遠いから帰りは早いし、いうことなしです。そうして浅草の馴染になって、台東区に気に入られて、いつか浅草のどこかに、貨物船の句碑を建てよう。 了。

2000・2記

辻征夫追悼文・記事(一部) 4月15日まで
読売新聞(夕刊)1月18日
清水哲男 追悼文「読み手第一 滅私の詩作」
神奈川新聞 1月27日
池内紀  文芸時評「辻征夫さんの死」
朝日新聞(夕刊)1月
遺作紹介と新潮3月号の紹介記事
朝日新聞(夕刊)2月
葬式関連と遺族紹介記事(写真入り)
毎日新聞(夕刊)2月6日
酒井佐忠記者の追悼記事(写真入り)
毎日新聞(朝刊)2月
川村湊  文芸時評に「遠ざかる島ふたたび」評
毎日新聞(夕刊)4月5日 
井川博年 追悼詩「美しいもの」
図書新聞 2月19日
井川博年 コラム欄「辻征夫の死と『甘い水』
週間新潮 2月3日号
多田道太郎「新句歌歳時記」に辻征夫句を掲載追悼
現代詩手帖 2月号
八木幹夫 追悼文「のこぎりやまの辻征夫」
八木忠栄 追悼文「げんきを出して」
新潮 3月号
〔絶筆〕『遠ざかる島ふたたび』掲載
清水哲男 追悼文「満月や大人になってもついてくる」
巻末のFORUM欄で葬儀の記事
詩学 3月号
井川博年 追悼文「ヨク学ビヨク遊ブ」
midnigt press
小沢信男 追悼文「隅田川から」
菅間勇  追悼文「辻征夫さんの思い出」
井川博年 追悼詩「辻のいない世界」
國井克彦 追悼文「血まみれ交遊四十二年」
山本かずこ追悼文「お別れのことば」
現代詩手帖 3月号
座談会  小沢信男/鈴木志郎康/井川博年
野辺明子 追悼文「兄の病気と突然の船出」
藤井貞和 追悼文「自由な定型と定型の自由」
木坂涼  追悼文「辻さんの靴の音」
野沢啓  追悼文「言葉の職人として」
小長谷清実追悼文「辻征夫眺望」
清水哲男 追悼文「嘘と推敲」
この一編特集
岡井隆「巧まざる技巧の冴え」/北川透「ドリームランドの死」/粕谷栄市「ちるはなびら」/中上哲夫「労働をめぐる詩」/平田俊子「引き返してほしかった」
辻征夫自筆年譜(八木幹夫補遺)
ユリイカ 3月号
中上哲夫 追悼文「詩人が小説を書くとき」
清水哲男 追悼文「迷子辻」
鈴木志郎康追悼文「軸足シフトしたんですね。」
草思 4月号
谷川俊太郎追悼文「ある日・2000」
DCS NEWS3月10日
山本かずこ追悼文「「凄腕抒情詩人」の死」
俳句研究 4月号
中村苑子 連載−俳句を心の友とした芸術家たち(1)
俳誌 朱夏 2月1日
酒井弘司追悼句「辻征夫さんを送る」
一月の微粒子となりて友還る   弘司
俳誌 百鳥 3月1日
大串章 追悼句「辻征夫さん急逝」
前書きを書きて句の無き寒さかな  章

OLD STATION目次へ