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第37回余白句会報告記

井川博年

1999・5・8(土)
東京・神楽坂『和光』
【料亭句会】

   神楽坂
 板前が上る坂道夏祭り   騒々子
            
 まあーいろいろありまして、この句会報告も半年振りなのです。この前の報告は昨年秋の中野の哲学堂の句会でしたが、それ以後今年の三月には水道橋後楽園で余白句会あり。この時の報告は俊水・谷川俊太郎にまかせてしまう(別便でお送りした「草思」に載ってます)という手抜きをする。もっともこの時は欠席者が半数もいるという状態で、これではいけません。これからは余白句会も欠席者からは罰金をとるようにしよう。いろいろあった中で小生の仕事は、昨年からの親会社の仕事削減に加え、外注整理の嵐に遇いながらも温情で首が繋がり、今まで通りに超高層ビルに居座れてよかった、という所です。もっともこんな状態では、あと一年頑張れるかどうかわからない。
 こうした時に一番読めた本といえば、講談社文庫の伊藤整『日本文壇史』で、昨年末から半年かけて18巻ほぼ読了した。これは最高の文学講談ですね。誰と誰が何時出会って、何時死んだかというだけで、どうしてこんなに面白いのだろう。伊藤整は働いて身を立てている作家には優しく、徒食の作家には厳しい。緑雨や一葉には同情的だが、武郎や荷風には辛い。無名で仆れた者、一度きり名の出ただけの者へは特に温かい。
 小生田舎にいた高校生の時分、伊藤整の「若い詩人の肖像」が愛読書であった。何度あの本を読んで、自分もこの本に出てくるような詩人になりたい、と思ったことか。
 (いまこの報告記を書いている最中に、道草・多田道太郎が『変身 放火論』によって伊藤整賞を受賞したとの報せあり。多田さん、おめでとうございます。)

 さて、余白句会であります。今回は小沢師匠の縁で、神楽坂は本多横町にある料亭「和光」で句会をすることになりました。こんなことは一年一度あることじゃない、もう二度とないかもしれない。という訳で、一同、五月の連休後の土曜日の午後一時半に、飯田橋南口に集合。この日また余白句会日和。暑いくらいの日差しに街は早くも夏模様です。時間少し前に駅に行くと、俊水、改札口の向かいの道路のガードレールに腰掛けていて、誰かと思った、と騒々子を見ていう。騒々子、本日は白の上衣に黒のセーターとサングラス。そういう俊水は白のTシャツに白のジーンズ。騒々子、この日「遠くから詩人とわかる夏姿」という句を用意してたのだが、谷川俊太郎がいるというのに、誰も気付かない。
 改札口に注目していると、大きな鞄に帽子の蝉息が現れる。しばらくして改札口の向こうに貨物船の姿が見えた。杖をついてふらふらして精算機の前に立っている。何をしてるのかと思ったら、奥さんが横にいる。奥さん同伴で、一年振りの句会出席なのだ。貨物船、やっとこちらに辿りついて挨拶している所に、師匠と宗道、道草、別の方から来る。
 最後にみなと、山羊が到着。こちらはずっと早く来て時間をつぶしてたのだという。皆がいつもの恰好のところに、草色のシャツに黒の杖の貨物船、ヨージ・ヤマモトの黒の上下にパナマ帽の道草が目立ちます。ここで、まだ来ない赤帆(実は既に会場入り)と裏通を待って騒々子、みなとが残り、他のメンバーは会場にー。紙子、ペダルは自転車で直接会場入り。15分まてど裏通来ず。この時、騒々子の携帯電話に裏通らしき留守電あれど、 声が低く聞きとれず。来れない、という事だろうと判断し、二人で会場へ向かう。
 今回の兼題は裏通出題で、夏の季語の「烏賊」「三社祭」「薔薇」と無季の「巷/港」でした。この内問題だったのは「烏賊」で、幹事の騒々子、何度も持っている数種の歳時記を見たが載っていない。これでは兼題にならないと、句会案内で裏通に断りなく「鰺」に代えてしまいました。これに対して裏通は、連衆各人に抗議文を送るという挙に出る。
 よく調べると、ホトトギスの「季寄せ」には虚子が載せている。これは騒々子の完敗でした。弁解すれば秋櫻子以降は「烏賊」を載せてない。どうしてだろう? いづれにしても騒々子これを受けて案内状を作り直す。これを称してペダル、「イカ騒動」という。「三社祭」も季語ではない。これはもちろん「祭」で季語。三社祭は東京人は知ってるが田舎者は知らない。「祭」だってもとは京都の賀茂祭。江戸の祭りなど関係なし。それ よりも巷、港というのも気になるなあー。これは巷児、みなとという連衆の俳号ではないのか。烏賊だってイカワ(騒々子)にひっかけてのものじゃないのか。裏通に真意を確かめようにも、電話がないので急ぎの時には連絡しようがなし。電話早く入れてください。兼題はともかく、今回は全員投句、欠席者も仕事で来れないズボン堂、名古屋へ行っている花緒、来る来るといって来なかった青蛙、肝心の出題者の裏通の四人という盛会となりました。出席の一同、露地の奥にある瀟洒な二階家の、水を打った入口から玄関に入り、女将さんに案内されて二階の和室で、お茶とお菓子をいただきながら選句に入りました。 そこで、一時間かけて選んだ句はまずは天から、

  空梅雨の港をこする艀かな   赤帆
            
 宗道の天に貨物船の地、騒々子、みなとの人、紙子、道草の客。今回から選び方を代え天、地、人、三客とする。これは「やなぎ句会」を参考にしたもの。総得点は代えてない。
 この天の句は季語に空梅雨を案配。「擦る」という語がミソ。例年より水位が低い狭い 港に係留されている艀が、今年は乾燥もしているせいかギシギシ岸壁を擦っている。仕事も減って港には人影もまばら、というところか。これは、イメージからいって港じゃなく波止場でしょう、という巷児師の見方が正しい。点を入れた人は波止場と思ってた? 赤帆・清水哲男、俳句に身を入れること久し、今年はもう俳壇の人である。まず新年号の「俳句」の「名句に学ぶ骨法」という座談会に出席。「百鳥」三月号では大串章氏との25頁の対談。インターネットの「増殖する歳時記」も毎日。この会の帰り際には、俳句誌に投稿して本格的に俳人を目指すか、といってました。本気です。同じ清水姓に作家から俳人となった清水基吉あり。次は、詩人から俳人になった清水哲男あり、となるか。

  身のほども知らずもまれて三社祭   花緒
            
 宗道の地、貨物船、紙子、山羊の人、ペダル、蝉息、俊水の客と広く点を集め赤帆句と同点の天。天に二つはなけれど、この場合はいいでしょう。今回またしても欠席者が首位を占める。困った傾向である。そのためわざと欠席する(過去の欠席もそうだったのか)輩が増えるやもしれぬ。この句、騒々子にはさっぱりわからず。要するに土地の人じゃないのにお神輿かついで、それでどうだったの? 身の程を知らないのは、地の点を入れた宗道ではないのか。点入れた人達に聞いてみたがわからず。この句より次の句はわかる。

  三社祭むすめの腿の太さかな   花緒
            
 道草の天、騒々子、貨物船の客。見るところが同じ三人の選。おんな神輿ばっかり見てたんじゃないの?、と紙子。しかし単純に、こういう句はいいです。花緒句では「図書館の薔薇枯れている西日中」にも騒々子が地、みなと、貨物船の客。いかにも、だが見事。
 
 その少女上目遣いに薔薇を嗅ぐ   俊水
            
 赤帆、みなとの天、貨物船、山羊が客で堂々の三位の地に輝く。ええっ、これで良かったの? と俊水。これは一番自信がなかった句なのに、という。天に入れた赤帆、物語性があり上手い、と評。騒々子見るに、この句は不思議な句ですね。どう見ても一行詩なのだが、歴とした俳句の特徴を備えていて、切れ字がないのに切れている。これはひとえに「その少女」という言い方にかかっていて、これがこの句の新しさとなっている。別の言 い方でいえば、この句にはどんな俳句でも持っている俳諧性というものがない。それで俳句になるのか? という所がある。作者、これでいいならこのシリーズで行こうか、という。この句は俊水、開眼の一句となるか。この句は良かったが「三社祭なまめく妻を見失う」は何? これが同一の作者とはとても思えない。「なまめく妻」って何なのかねえー旦那と一緒だからじゃあるまい。きっと何かある。しかしこれではわからない。だからこれは「妻」じゃなく「母」にしなさい、との巷児師の意見に、作者正直にうなづく。
 次からは「烏賊」が続きます。四位の人となった欠席組のズボン堂の句、
 
 七輪に烏賊焼かれをり移民船   ズボン堂
            
  紙子の地、ペダル、宗道、山羊、道草の客。この人気の高さは判る。舞台が大きくて俳句的でないからだ。赤帆いう所の新傾向です。巷児説の、古い感じだから戦前の移民船?に騒々子、石川達三の小説「蒼氓」(読んだことないけど)と「あるぜんちな丸」などという船の名を思い出しました。小生だって、移民に憧れたこともある(そういう時代でした)のだ。この句は、戦前の移民の長い航海の食事光景を捕らえたものであるが、次の
 
 烏賊たちの干されてありぬ魂のごと   ズボン堂
 はこれまた蝉息の天、巷児の地、宗道の客と点を集めて五位。烏賊が良かったのか(せっかく鰺の名句を作ったのに、と嘆いていたが)俳句が上手くなったのか、今回ズボン堂 は広く点を集める。この句は見ての通りでしょう、と蝉息。まあ、魂といわれて見ればそう見えなくもない。半透明なのがいい、とはペダル。「干されてある」とは「吊されてある」ということでしょう、そうすればもっとわかる、と地に入れた巷児。騒々子は村野四郎の「惨憺たる鮟鱇」を思い出し、点入れず。ズボン堂・中上哲夫は、俳誌「俳句界」に詩の歳時記を連載。もう二年になる。これはその月に合った詩が少ないだけに大変です。いま余白句会と俳句世界の関係でいえば、中上が上記「俳句界」、道草・多田道太郎が御存知「週刊新潮」に「句歌歳時記」を毎週連載。赤帆・清水哲男はインターネット「増殖する歳時記」を毎日開催。小生も「図書新聞」に月評の「俳句クロニクル」を執筆。これは今年一杯です。他に蝉息・八木忠栄また各誌に俳句関連の記事を書く。いま「詩学」に連載中のコラムも俳句が一杯。巷児・小沢師匠は俳句教室を二つお持ちです。その一つの「墨田生涯学習センター」でのお弟子さんが、すなわち今回の会場の女将さんのお姉さんなのです。閑話休題。次はかくいう騒々子の作が六位の客に入りました。
 
 烏賊刺しや兄死せる日も通夜の日も   騒々子
            
 巷児、俊水の天。二人の天ですぞ。騒々子、以前の句会で「骸から秋風逃げて来りしよ」の句が俊水の激賞を受けたことがある。あの手と同じで、どうも死生ものに強いのかも知れない。この句については、点を入れた二人とも、家族非常の重大時にも烏賊の刺身が現れる、その日常とのギャップに触れていました。烏賊の白さが合っている、とは巷児説。小生、昨年と一昨年と続けて冬に田舎の実兄と義兄を失う。いづれも急死であった。
 そして嘘ではなく毎日烏賊の刺身が出たのである。山陰の冬は烏賊が似合う。カニなど今は採れません。騒々子、今回はこの句と別の烏賊の句「足と胴別れ兄弟烏賊を焼く」に自信があったのだが、兄弟の方は落選。この滑稽と悲惨がどうしてわからないんだろう。
 
 烏賊釣の電球正午の風に揺れ   ペダル
            
 騒々子の天、みなとの地。この句は騒々子、二十代に青森や八戸に烏賊の冷蔵倉庫建設の現場監督でいたことがあるから判るなあー。作者は青森の実景といってました。もちろん伊豆の漁港だってかまわない。ただ「正午」が難しい。「昼」でもどうか。それにしても騒々子は過去によくペダルに点を入れる。別の句の「カモメ語も飛び交う夏の輸入港」は、面白いが輸入港が変だ、と点を入れた赤帆。これも青森のことだそうです。
 ペダル・アーサー・ビナード、最近は詩の翻訳の他にあちこちにエッセイを書く。これがまた上手いのね。角川のPR誌に書いた「いマダニ忘れられないウイークエンド」など笑っちゃった。次も烏賊でどんどんいきます。
 
 透き通る骨もつ海や烏賊飛べり   山羊
            
 ペダル、蝉息が地。烏賊が飛ぶのか、という声には、英語でなんとかという語あり、と山羊とペダルが口を揃えていう。ズボン堂も後のハガキで、騒々子、蝉息の烏賊とこの山羊句をベストにあげている。ということは、英語組は烏賊が飛ぶことを知っているのだ。
 この句も非俳句的だ。詩人が俳句を作ると、こんな風になる、という見本である。山羊、別に「烏賊の腸海の腸とぞ思いけり」という句を作る。これを称して同工異曲という。こういうのは、並べて二行詩にすると、いいのではないのかしら。 ここのところ山羊・八木幹夫、不調。身内や知人の死などがあり、詩どころではなし。五月の連休には群馬の富沢智の「まほろば」に行ってきたとのこと。中上も行ってた由。「まほろば」は実にいい感じだそうです。ここの現代詩資料館には小生達も寄贈したが、昨年辻征夫が蔵書のほとんどを寄贈したのに続いて、この句会のすぐ前、谷川俊太郎が別の大学に寄贈してあった本を、大学の好意で「まほろば」に送ってもらったという。又、川崎洋さんも大部の蔵書を寄贈し、富沢が感激しているそうです。近くには温泉も出来たというし、こうなったら富沢霊園も作ってもらって、詩人は「まほろば」に眠ろう。話は戻るが、八木幹夫詩集『めにはさやかに』は、4月8日号の「週刊文春」で池澤夏樹が書評。小生の好きな詩「家の外」を採り上げているのがうれしい。
 
 悠々と泳げど烏賊にふぐりなし   蝉息
            
 こういう句は好きな男が多いんだ。俊水が地、巷児が客。ズボン堂が選んだのもこれ。この句は蝉息自信作という。そらそうでしょう、別の句が「妻の手にぶるさげられて烏賊無惨」じゃねえー。烏賊にふぐりがないのは当たり前だ。イカワにふぐりなしの間違いじゃないのか、という意地悪な声あり。流石に紙子、みなとも最近では「ふぐり」って何とは聞かなくなった。こういう質問があると皆は丁寧に答えるのですが。蝉息・八木忠栄、俳句関係の活躍は前記の通り。この句会の前の4月の始めに、日本現代詩人友好訪中団の一員として中国に行く。詩人が正式に招待されて訪中したのは初めてというから驚く。蝉息も中国は初めてという。ここでも同行の詩人達を説得して句会を開き、その結果を「いちばん寒い場所」29号に発表。「詩学」にも発表。乗ってます。 詩と「寄席・あのあの落語家たち」という連載をしていた「DAINASHI」も終刊。近刊の「ミッドナイトプレス」の座談会でその辺の話をしています。
 
 水打って他人行儀な巷の灯   宗道
            
  貨物船が天、ペダル、蝉息、道草の客で七位。この句を、会場の店への挨拶句と見破ったのは巷児師。他人行儀とは何だろう。要は水を打つことで、改まった感じ(風景も)に なるということか。貨物船は、東京の色街の感じが出ているというが、道草は東京と京都では、店で水を打つ意味が違うという。京都では一元さんお断りの意味?
 白川宗道、失職以来ついてない。ベンチャー会社の慣れぬ営業についていたがここも辞める羽目に。そのいきさつが「夕刊フジ」2月13日の「同時進行ルポ・大リストラ時代を生きる!」という所に出た。「文学部出身の門川(仮名)さんの趣味は俳句で、自分で句会を主催してもいる」という所がある。記事は白川の談話をもとに書かれたもの。小見出しに「退職金も住宅ローンに消え」とあるが、退職金千数百万円と書いてある。そんなにもらっていたのか。小生もこの連載はよく読んでいて、ひとごとに非ず。宗道は余白句会では良くないが、近刊の「俳句界」7月号の結社紹介の「百鳥」編に出ている句はいい。「十二月八日米研ぐ水の音」は佳句です。宗道、やるじゃないか。
 
 紅の香の落ちて迷子の夏祭り   紙子
            
 山羊が天、道草が客。この句は皆、わかるけどなあー、これじゃあなー。香りというのは少し無理、匂いなら判る、と俊水。要するにおちょぼ口風にちょこっとつけてある紅が落ちた(泣いたせいもあり)浴衣の幼女でしょ。別の句「半纏の嬰児の寝息夏祭り」を並べて見るとよく判る。今回はどうもこういう二句一対というのが多かった。半纏の句には赤帆が人、巷児、山羊が客の点を入れる。皆赤ん坊に弱いなあ。
 紙子・木坂涼、「詩学」に詩を連載。「詩学」には余白句会の連中が入れ代わり立ち代わりに書いている。岩本勇が詩人論の連載をしていて、過去に清水昶、清水哲男、八木忠栄、中上哲夫、井川博年が対象となっている。有り難いことだが、余白句会ばかりじゃ、さしさわりがありはしないか。さて、今回いつもの調子が出ず、下位に終わった巷児句、
 
 鈴なりの水上バスも三社祭   巷児
            
 赤帆の地、騒々子、みなとの客。このマンガチックな光景、それをさりげなく詠む所がいいのです。皆なんでこういう句に点入れないのだ。巷児、この句はたいした句じゃなし、本当は別の句が自信作だった、と述懐。それは「汝が去りて祭来にけり昼の月」ではなかったのか、はてさて。又は「洗い髪にも陽の匂い港の子」だろうか。これには道草が地。
 師匠が不調なら弟子も不調と、みなとも師匠に合わせ、
 
 港にも運動場あり桜満つ   みなと
            
 赤帆の客。「港が見える丘」という雰囲気で悪くないじゃない。もう一句の「鰺と烏賊ともども籠に伊豆土産」は道草が人に入れるも、これは騒々子、裏通の間をとりもって、喧嘩しなさんなという挨拶句(騒々子判らず)なのである。それを読んだ道草は流石。
 みなと・有働薫、今年は大活躍。昨年末に創元社から出たレデーヌ・ドゥダンベル『閉ざされた庭』が各紙で好評だったのに加え、今年はかねて懸案のジャン=ミシェル・モルポアの『青の物語』がモルポア来日に合わせて思潮社より出る。有働さん、ここで一挙に花開くという感じです。帯文の入沢康夫「他年この詩人の作品に親しみ、翻訳紹介に努めてこられた有働薫氏の麗筆によって翻訳されたことの意義はじつに大きい」。有働さん、よかったですね。いままで地道にやってきたことが、やっと認められたのです。こういう時は、俳句の出来が悪いのは仕方がない。次は〇点に終わってしまった道草、
 
 夏帽子坂を転がる港町   道草 
            
 この句は欠席のズボン堂、裏通がそれぞれ推薦。もし二人が出席してたら点が入った所。ズボン堂は「どうして点が入らなかったのかな。素直すぎるのかな。季節感がよく出ているのに」と書いてきた。この句で損をしているのは、寺山修司に「ころがりしカンカン帽を追うごとくふるさとの道駆けて帰らむ」があるので、皆ここにひっかかったのです。「わが夏帽どこまで転べども故郷」、これも寺山句です。
 運の悪いことに、丁度句会の前に「俳句現代」5月号が寺山特集をする。それには赤帆と蝉息も寺山句について書いていて、それが話題になっていたことでした。余白句会では一昨年の真夏に高尾山で句会を開き、次の日に高尾霊園の寺山修司の墓参をしたのでずが多田さんの、ぼくがどうしてこんな所にいるのだろう、というセリフが印象的でした。
 道草・多田道太郎、三月に白内障の手術をする。結果は「なんやら、うまく焦点が合わない感じ」だということです。余白句会では清水昶も白内障の手術待ち。清水哲男はもっとひどい状態だったのが、なんとなく自然に収まったという。辻征夫は以前網膜剥離の手術をしたことあり。國井克彦また右目が緑内障という。眼に祟られているみたい。
 次は今回初めて〇点となった貨物船。せっかく大変な思いをして出席したのに残念。
 
 馬道をおんな神輿が二つ三つ   貨物船
            
 これがまあまあ。今回の三句は全部三社祭。お祭り好きな人なのである。別にあった、「葉桜やふとももはみな桜色」。これなどは時期外れに加え、兼題からも外れでいる。これを大ボケという。騒々子、ふとももに気をとられてうっかり点を入れる所だった。
 貨物船・辻征夫、訳が判らない病気になり、運動大変な体になる。その間にも小説の執 筆は快調で、「黒い塀」に続いて「新潮」3月号には「ぼくたちの(俎板のような)拳銃」を発表。これが評判良く第12回三島由起夫賞の候補となる。(結果は落選)。しかし実に運のいい物書きで、小説の処女作「遠ざかる島」は川端賞の候補になり、二作目の「黒い塀」も昨年度の日本文芸家協会のアンソロジーに入り、三作目の今度は三島賞候補。近々新潮社よりこの三作を集めた短編集が出る由。その上、この小説以前の「小酒館」に載せた掌編も書肆山田より本になるそうである。「群像」3月号には余白句会の宣伝もしてくれています。さて次は欠席で〇点と思いきや、びっくりの3点をとった青蛙、
 
 首のない地蔵をともらう村祭り   青蛙
            
 なんとペダルが天に入れる。地蔵を弔う、とはなんのことだという意見。当たり前だ。これは村を守ってくれるお地蔵さんを村人が祭っているのでしょう。「まつる」が正解。なんだが「子連れ狼」みたいだと思いません? この句は青蛙らしくないが、「春港新潟 密航逃がす学生監視員」は清水昶そのもの。うちの息子(20歳)がこの句見て笑ってた。
 青蛙・清水昶、今回も出席すると言って何日も前から、飯田橋は遠いなあーという。これいつもの口癖。当日電話すると眼科に行ったという、訳がわからず。こういう人を相手にする人間は少ないが、詩人となると話は別。「ミッドナイトプレス」に福間健二が「ある感じ方をおしすすめていくと、日本には、結局、清水昶しか詩人はいないと思ってしまうような、錯覚の領域が、少なくともひと昔かふた昔までは、あった」と書いているが、こんなものを読ませていいのかねえ。当人はつい今日出たばかりの「新潮」に「写真日記」の「決闘」と題する文章を書いていて、ここでも余白句会の自句の宣伝をしていますがね。中の余白句会の俳句、「潮干狩静かに待っていた三島の真夏の死」。これひどいなあ。
 
 尻尻尻尻尻三社祭かな   裏通
            
 二人、お尻好きなの? とからかわれて山羊が地、騒々子客に入れる。それでもこの句はは面白い。尻の字の羅列だもの。先の巷児の水上バスの句と同じでマンガチックである。笑わせられる。これに比べると同じ作者の「ひばり鳴け私は街の子巷の子」は、貨物船の「三社祭汝も街の子ちまたの子」と宗道の「薔薇崩る美空ひばりの耳飾り」と並べて、騒々子、これを三アホ句と呼びたい。
 裏通・國井克彦、つい最近届いた「國井克彦新聞」には、今後俳号を扇舟(せんしゅう)と決めたというが、当句会報告はそれ以前なれば、ここでは裏通を使用。許されよ。

 ここで五時になったので選評は終わり。天、地、人、客が決まった所で、一同階下の客間に移り、改めて女将の森由起子さんの挨拶を受ける。きっちり12人座ってまずはビールと酒で乾杯。お弁当をいただきながら歓談。ここではいつもの詩人の悪口やゴシップは出ず、静かなものです。貨物船、医者の許可を得たという赤ワインを飲む。
 そうしている内に、その貨物船を迎えに奥さんが見えた。入れ代わりに俊水が、夜に別の会があるというので帰る。谷川さんのお弁当は、辻さんの奥さんが代わりにいただきました。その後名残惜しく、貨物船は寄港へ。ここで残った連中輪を縮めて改めて飲み出す。
 かれこれ三時間か、と、突然、巷児と道草の大論争が始まる。原因はユーゴのコソボ空爆を巡ってのもの。セルビアの民族主義者のミロジェビッチを非とする小沢信男と、戦争や空爆を非としながらも、すべての紛争に大国は係わるべきでないとする多田道太郎の火を吹くような論争。アメリカ人代表のようになったアーサー・ビナード以外は、口を挟むことすらできない雰囲気。紙子、みなとなど震えていました。これは見物でしたぞ。小生、久し振りに興奮しました。なんだかやたらホッとし、こうでなくちゃ駄目だ、と思う。
 この間、蝉息は持参のデジタル・カメラで、一部始終を収録。
 こんなことがあったとは、先に帰った俊水、貨物船は知らず。いわんや欠席の四人をや。だがら句会は、最後まで出席しないと、駄目なのである。
 ここに時間が来て、この記念すべき料亭での句会は終わり。横町を歩いて明るい通りに出ると、今夜は次にお通夜があるという巷児師を送り、興奮尽きない残りの連中、すぐ前の飲み屋で二次会。つまみもとらず酒を呑み、今日は凄かったな、と溜息をつく。いやほんと、そのまま帰るには惜しいような夜でありました。
 了。
1999・5記


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