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第35回余白句会報告記

井川博年

1998・11・14(土)
東京・中野・哲学堂公園『接神閣』
【句集出版お祝い句会】

 冬の川さびしさびしと流れゆく   蝉息
            
 夜が冷たい、こころが寒い(藤田まさと作詩・旅笠道中)、いやまったくヒューヒュー吹く不景気風に吹き捲られて案山子(騒々子)また倒れる寸前。ようやくにして止まっております。来年春からは超高層の持ち場がなくなり、自宅で仕事をすることになりそう。これは糸の切れた凧になるということでしょう。
 星占いでも、小生達昭和15年生まれ(清水昶もそうです)は、来年は「暗剣殺」に入り大凶となる。この運が開けるのは21世紀に入ってから。はて、この後いかなることにあいなりますやら。
 とはいいながら句会は別。この楽しみなくてなんの人生ぞや。今回は小沢師匠の句集上梓のお祝いとあって、前もって念入りに準備をする。会場は前々回で予約に失敗した中野哲学堂公園の集会所が運良く取れたので小生の役目はここまで、以下は山羊に事務方をま かせて小生は句作に専念。今度は気合が入ってますぞ。
 当日は早く家を出て散髪までして(ちょうどよい機会だったのと、いきつけの店が会場のすぐ近くにあるので)12時30分に公園事務所に行くと、なんと全員すでに待っている。
 赤帆などは 一時間も早く来ていたという。今回の欠席はロンドンに行っている俊水と当日が仕事のズボン堂、体調が悪く今は遠方にはあまり行けない貨物船と、この日国分寺で 詩と写真の個展を開いていて出席できないという紙子のわずか四人。ただしこの四人も投句しています。この句会の前に俊水に会った赤帆の言葉によれば、俊水が「投句だけはした。除名になるかもしれないから」といったというが、そうです、投句しないと余白句会 は遊んでもらえなくなるのだ。
 投句といえば今回は貨物船の呼び掛けで熊本からあざ蓉子さんが加わっています。それにゲストが「鹿火屋」の新鋭36歳の土肥あき子さん。赤帆の紹介ということでニコニコしてみなに挨拶。若いですねえー。この日はまた大変天気も良く絶好の句会日和。晩秋なれど冬には早し。みなコートなしの温かい装いです。
 ここで管理事務所に行って会場の二階建ての家を開けてもらい、みなで机を並べたり座布団を敷いたりしている間に、小生と山羊は近くのコンビニに行きお茶とビールを買う。
 会場に戻るともう準備が終わっていて(今回は前もって山羊宅に投句することにしていたのでコピーも準備済)、いきなり選句となりました。数が多く(71句) 読むのにも時間がかかる。さて、そのウンウン唸る厳選を経て天となったのは、みごと師匠の句でした。師匠今回は総合点でもトップ。

 んの字に膝抱く秋の女かな   巷児
            
 道草、貨物船、蝉息の天、騒々子、赤帆、あき子の地という豪華さ。余白句会の天だなあーという句。兼題の「女」を踏まえているが、季節は過ぎている。冬の女にすると、この感じがでないので秋の女にした、とは作者の言。ぼくはヌードを連想したとは道草。
 立膝という言葉があるが、これはやはり絵の世界ですな。しかもこの姿勢は着物の女ではなく、ミニスカートのものでもなく、少し前のフレアスカートの頃のものでしょう。してみるとこの女は原節子だ(古い!)という。巷児句では兼題の〔冬の川〕の、

 街の灯のおしゃべり冬の川無口   巷児
            
 が道草、騒々子、あき子の人で入選。これは騒々子のおしゃべりへのいさめにあらず、川が流れていた昔の銀座の風景なのです。チャップリンの「街の灯」と川面に写るネオンのざわめき。思い出しませんか、あの頃を。もっとも騒々子は川のある銀座を知らず。
 巷児・小沢信男、この八月夢人館より句集『足の裏』を出す。わが「OLD STAT ION」では早速特集をいたしました。他の目についた書評では「サンデー毎日」10月4日号で、川本三郎氏が「コスモスから秋桜へ」という文章の中で下町の俳人 として、「葛飾や土手のコスモスみな斜め」「コスモスは雑草なのね分譲地」を紹介。
 小沢さん、「東京人」10月号には「東向島」という文を書かれています。ここは辻征夫の生家のある所。いつか百花園の句会の時に歩いた所でもあります。次は地の句となった

  学徒動員
 折れ釘や外套生死吊るされて   道草
            
 紙子の天、貨物船の地、花緒、蝉息、青蛙、ペダルの人と点を集め堂々の二位。「袂から椿とりだす闇屋かな」といい、道草はどうも服装系に強いなあ。ともあれこれは前書の有無を巡って意見が分かれた。ないほうがいいという意見に対し、あるほうがいいとは巷児師の意見。騒々子も外套(今回の兼題)というイメージにはこれしかないと思います。
 しかし最大の眼目は「折れ釘」であって、ここに無惨な戦争と人間の運命が象徴されているのである。小生、芭蕉ならば、道草でかしたり、というところ。ならばどうして点をいれなかったか。俳句としてはきつすぎる、と思ったからです。
 道草、今回は外套などという古めかしい題材に刺激されてか他の句も、「冬の川波乱しつつ焼夷弾」「高梁ほか人参参加アルミ皿」。これには「軍隊食」という前書あり。これは中島飛行機に動員されていた時の体験とか。この句会に前後して、その中島飛行機の創業者の孫が自衛隊への汚職で捕まるという事件あり。これにより富士重工が中島飛行機の後進であることが判明。他の句では、点は入らなかったけどいい句があります。

 傾ける古家の女冬に入る   道草
            
 道草・多田道太郎、現代詩手帖10月号に詩「鮎よ、流れを下れ」を発表。この詩も諧謔と哀愁があっていいですね。騒々子のモットーとする「滑稽と悲惨」です。他に毎日新聞の「余祿」に多田さんの野球論が出てきてびっくり。多田さんって、あちこちに現れるのだ。あちこちといえば、10月に講談社から出た『変身放火論』という恐るべき題名の本は帯文も挑戦的ですね。「人はなぜ火を放つのか?」だって。この八百屋お七と「大菩薩峠」は実に面白い。講談以上です。
 放火といえば、終戦直後に島根県庁に放火した右翼の犯人門脇某は、後に松江で学校を創立し、島根県の教育界の大立者となる。閑話休題。

 生き物の肌やわらかし冬の川   蓉子
            
 あき子、裏通の天、巷児の地で三位。あざさんは以前荻窪の句会にゲストとしてお呼びしたことあり。今回は遠く熊本からの投句である。それで軽く三位になるのだから流石。
 このところあざ蓉子の俳壇での活躍は目ざましく、いまや岡田史乃、大木あまりと並ぶ五十代の有力俳人なのである。その蓉子俳句のいいところは思い切りの良さだが、その点今回の投句四句は物足りない。言葉の選択は群を抜いているが形象が甘い。わかりすぎる。
 この句でも「生き物」を、あき子は川にいる生物(すなち魚)と捉えていたが、裏通は哺乳類と喝破。別にこれは冬の川を見ている人間同士として捉えてもいいのではないかという説あり、騒々子これを採る。他のこれまたあき子と貨物船が地に入れた、

 外套のポケットにある海の音   蓉子
            
 も平凡。宗道など「これカセットテープなんじゃない?」と言ってました。コクトーの詩のパロディとしても無理。みなとが地に入れた「にんじんやみぎもひだりも固き椅子」も現代詩としては弱い。
 あざ蓉子さん、この句会にと、創刊したばかりの俳誌「花組」をいただく。内に記事あり。「この一月父を亡くす」と。それでこのところ元気がなかったのだ。同誌の次の句良し。「ざぶざぶと来て八月の傘を売る」。言外に追悼の意味がこもっています。
 この雑誌には、三島由起夫との同性愛うんぬんで話題をよんだ福島次郎も寄稿している。次はゲストで四位になったあき子句である。

 倒木に寄り添う魚影冬の川   あき子
            
 ペダルの天、花緒の地、山羊、紙子の人。魚影といえば道草に以前「夜店にて見かけしひとはふと魚影」という印象深き句あり。しかもこの句はあざさんを迎えての句会の席上で披露されたもの。その句への挨拶句?と思えど、あき子は多田さんのこの句など知る由もなし。従ってこの句は山奥の水量の多い冬の川の叙景を詠んだものとして解した。この場合「寄り添う」が様々な意味にとられることでむしろ不利。この句よりは、

 外套に細長き首運ばれる   あき子
            
 が秀逸。この句は赤帆の地、ペダル、裏通の人を取る。こういう句を作られると年寄りはお手上げです。この感覚は捨てがたい。ただこれは「細長い」としたほうがいい。あきこ、四句投句してすべて入選。兼題〔女〕の句「大根を括る女のまむし指」も山羊が「なにがなんだかわからないけど凄そうなので」と天。「まむし指」なんて、この句で始めて知りました。『新明解百科語』によれば「指先の関節がマムシの頭のように曲がる指。呪力があって腹痛を治すなどという」とある。顔に似合わず恐ろしい言葉知ってるなあー。
 土肥あき子さんは「鹿火屋」所属。「鹿火屋」は大正の大俳人原石鼎の創刊した名門の俳誌です。この誌名が石鼎の「淋しさにまた銅鑼打つや鹿火屋守」からきていることは有名。現在は二代目の原裕が主宰。

 外套の隠しにいつのお清めか   ペダル
            
 俳号ペダル。アーサー・ビナートの句です。巷児師匠の天、俳人の宗道の天、騒々子の人。「外套の隠し」なんていまどき知っているひとは少ないですぞ。そこに葬式でもらったお清めが入っている。おやまあ、あれは何時のことだったのだろう。このところ葬式が多いけどはてさてあれは、というところ。こんな句を外国人に作られていいのかね。いやもう参りました。ペダル、俳句だけではないのだ。「うえの」誌に見事なエッセイを書くは、「詩学」にも詩まで書いちゃうんだから。このところ「往くところ可ならざるはなし」である。今回の投句も四句すべて入選。「冬の川たが自転車かたが靴か」も、たが(誰が)なんて言葉は騒々子には出てきません。このユーモアも。 アーサー・ビナート、紙子・木坂涼と板橋の熊野町に転居。一家にそれぞれのFAX2台あり。そういう時代なんですね今は。ところで次はその紙子です。

 カーブして日なたへまわる冬の川   紙子
            
 ご主人のペダルが地。蝉息も地。これはカーブという言葉を俳句に使った面白さが取り柄。それ以外は弱いと思う。車を運転してるとよくわかる、という説あり。山の暗い道路から明るい所に出た感じだという。騒々子、早稲田の大曲という地名を思い出した。
 昔、亡友丸山辰美が下宿していた家がそこにあり、一週間泊まったことあり。大阪の下宿していた大家の息子と一緒に上京して泊まったのだが、彼もいまどうしているのやら。
 丸山の名前を出したら急に懐かしくなった。いま丸山の遺児の明日果ちゃんは女優目指してがんばっている。近くは自主映画「第七官界彷徨」に出演。この映画は尾崎翠の原作を基に女流成人映画監督の浜野佐知の作品。小生見損なってしまった。御免。 紙子、今回は調子出ず。俳句よりは詩作好調。特に「midnigt press」2号の連詩「手まり歌の巻」にみる木坂涼というのは抜群ですね。これは川崎洋、島田陽子に加えわが山羊・八木幹夫もいるのだが、その中でも紙子のセンスは一番。江戸時代なら歌仙の最高のスターになれたのに。ということは紙子はテーマがあるほうがいい詩を書けるタイプなのだ。
 ここで、紙子と貨物船が投句をしているのみか、選句にも加わっているのを不思議に思われると思う。これは紙子には前もって選句用紙を渡して選をしてもらい、貨物船にはFAXで送った選句用紙で当日電話で選を聞いたものなのです。種明かしをすると簡単。今後こうした方式の句会が増えるのではなかろうか。あまり面白いとは思えませんがー。

 人参は赤い大根は白い遠い山   貨物船
            
 ここのところこういう自由律もどきに凝っている貨物船の句。花緒の天に山羊の地、裏通、宗道の人で人に入る。困るんだよなあー。こういうのに点入れちゃあ。要するに甘やかしてしまうのです。貨物船、調子に乗って「祖父の鳶/父の外套/音も無き日差しかな」という高柳重信ばりの句を作れど選外。
 貨物船・辻征夫、「言語」11月号に「最終詩編」というエッセイを発表。ここではっきりと今年6月に出した『萌えいづる若葉に対峙して』の中のアリス詩編等が、自分の最終詩編になるだろうといっています。「midnigt press」2号から連載となる「詩の話」の中でも同様の趣旨を述べ、「疲れたら、休んで力を蓄えてもう一回帰れるところ、そういう持続したものだったらやれるんじゃないか。それができるところは散文の世界じゃないかと」といっている。
 現在は酒も飲まず(医者から固く禁じられている由)、毎日早起きをして小説を執筆。新年は夏の「黒い塀」に次いで「新潮」に中編を発表予定。この句会の前に小生社内旅行の帰りに千葉の母を見舞い、その足で辻宅を訪問(母のいる老人ホームと辻宅は同じ地域なのです)。そこで歓談また歓談、そのあげくは夕食を御馳走になりました。それはいいが、辻との長い交遊の歴史の中で、酒を呑まずにスキヤキを食べたのは始めてである。これは特筆すべきことではないのかしら。
 ここで今回欠席の連衆の句を見ることにします。まずは俊水の句から、

 在りし日のまま肩落としいる外套   俊水
            
 これは俊水の未来像だと同情を買い、みなとの天に蝉息の地。この外套は父のもの? 昔の外套はみな撫で肩なのだ。俊水、今回は投句四句すべて入選で無駄がない。次の句も

 冬の川ふり返らずに海に出る   俊水
            
 河口の詩だ、と蝉息の人。「ふり返らないのはきらい」といいながら花緒の地、あき子の人と女性の点を集める。別の〔女〕の句、「女ひとり私ひとり雪しぐれ」は巷児の地、蝉息の人(またしても蝉息、蝉息は俊水の句が好きなのだ)。なんか細川たかしの歌みたい。でもいい味がある。これは登場人物が一人なのか二人なのかで揉めた。揉めることはない、「女ひとり」「私ひとり」と念を押して気分を盛り上げるのは、演歌の基本的なテクニックである。もう一句の「ジン飲む人参齧るイマジン聴く」はご愛嬌。みなとが人。
 俊水、谷川俊太郎、今年10月には前チャンピオンのねじめ正一を敗って二代目の『詩のボクシング』チャンピオンとなる。朗読王です。この企画は新聞・テレビに取り上げられいまや名物となる。クリスマスは当句会にお呼びしたことのある正津勉と朗読会。
 次はズボン堂です。

 なんとなく見にきて見てゐる冬の川   ズボン堂
            
 なんとなくわかる句、と裏通が地、巷児の人。「父上の外套もソフトも焼かれけり」も哀しい。これも裏通が地。裏通よほどズボン堂の句が気に入ったのか。形影相憐れむか。
 兼題の〔人参〕の句、「人参のカレーライスの母子家庭」は問題じゃないのか。母子家庭といういいかたも古い。だからここでは「ライスカレー」というべきである。それより、こういう句を作るから「詩人の俳句」云々といわれるのである。
 実はこの句会に先立つ前々日に、朝日新聞社で「俳句朝日」の座談会「詩人、俳句を大いに語る」というのがあり、それにズボン堂が出席しているのである。ズボン堂だけでなく赤帆、蝉息、騒々子も。なんということはない、余白句会の座談会だったのである。ここでズボン堂、騒々子にそそのかされて初期の「変な俳句」を披露する羽目になる。詳細は新春2月号の同誌で。
 ズボン堂・中上哲夫、この8月『ハマの朗読王』となる。神奈川新聞は写真入りで7月25日「「ハマの朗読王はだれだ」として詩の朗読対決を紹介。8月22日には「中上哲夫さんが村野美優さんを僅差で敗り初代の『ハマの朗読王』となった」と報道。人物紹介で大きく取り上げる。主催者側は勝者に「今度は挑戦を受ける側に」と激励したが、中上さんは「自分には真剣勝負は向いていない」として、身近な場所での朗読会を開きたい考え、といったとある。ズボン堂らしいなあー。「ハマ」というのが泣かせるなあー。 次はまた出席者に戻って蝉息から、

 外套を脱げば一家のお母さん   蝉息
            
 これが一番人気があった。この句の作者は誰? 俊水じゃないのか、というのが蓋を開けてみれば蝉息の句に、みなみな納得。道草、ペダルの地に巷児、宗道の人と点を集める。俳句らしくなくていい、と道草。「一家のお父さん」のほうがいいんじゃない? と赤帆。これはからかっているのです。これは面白いが次の句は凄い。「冬の虹10回の女絶叫す」。こっちも絶叫しちゃうよ。紙子の地、に山羊が人。みんなヤケクソになってるんじゃない? 蝉息・八木忠栄、俳句で大忙し。11月にも好評の「いちばん寒い場所」俳句特集号を出す。余白句会の句以外にも佳句多し。「歌謡曲の前奏さびし秋祭」「寄り合ふてへの字への字の寒の山」「冬帽をかぶればふるさとやや近し」等々。こんな句もある。「肛門に指をいっぽん春の医者」。まったくやんなっちゃう、うますぎて。
 郷里の長岡の雑誌には「詩人の俳句」というエッセイを寄稿。ここでも余白句会の宣伝をする。中にある高橋睦郎句「湯豆腐のかど震えつつ煮えにけり」はうまい。
 先だっては「詩学交流会」にずっと昔に撮った詩人のビデオを公開。これは若き辻征夫や清水哲男も写っています。菅原克己や黒田喜夫が珍しい。「詩学」には「詩・人◆漫歩」というエッセイを連載中。これも詩人の思い出が多い。次は赤帆です。

 外套やコインまさぐるレニン像   赤帆
            
 あの銅像はなにをしているところだろう、というのが作者の真意だったそうです。それが実はコインをまさぐっていたのだ! レーニンへの風刺、それともこれがレーニンの実像だったのか。道草、面白いなあ、と地の点入れる。青蛙、単純にレニンにしびれて天に入れる。しかしレーニンは外套が似合う。ロシアは外套の国だから無理ないか。ゴーゴリに小説「外套」あり。あれは悲痛な小説だった。ただ、句としてはこれより、

 鵞鳥整列見下している冬の川   赤帆
            
 の方が面白い。騒々子が天に押す所以です。道草も人。草木も枯れた冬の川にガアガア騒がしく派手派手しいやつら、鵞鳥が整列して川を見ている。道草はこれを京都鴨川の風景といってました。あんなのがおるんや、と。本当かしら。「騒々子黙って見ている冬の川」。
 赤帆・清水哲男、すっかり俳句づいて、先の「俳句朝日」の座談会に続いて「俳句」新年号からの「実用講座座談会」〔名句に学ぶ俳句の骨法〕にゲスト出席。対する俳人側は大串章、斉藤夏風、鍵和田柚子。これは楽しみですぞ。次は俳句に専念していた騒々子、

 外套にくるみし女妻となる   騒々子
            
 こういうのに入れるの? という声が隣の女性陣からしていました。勇気を持って山羊、地に入れてくれる。貨物船、紙子の欠席組も人。騒々子の作なりしが、モデルはわが女房にあらず。だいいち小生の外套からは女房ははみ出して(女房の方が大きいから)しまいます。昔々こういう物語は幾つもあったのだ。騒々子、今回は兼題の〔人参〕と〔冬の川〕を捨て〔外套〕と〔女〕だけで作る。もう一句の、「渡し場にしゃがむ女や冬の川」は、道草の人に入れど、これは西脇順三郎の「旅人かえらず」の「渡し場にしゃがむ女の淋しき」のパクリ。これでは句作専念の効果なしか。
 騒々子、三期五年勤めた「詩学」の投稿欄の選者をこの10月で辞めた。他に東京詩学の会というので毎月詩を見ていたのも辞める。こちらはほぼ三年だった。嵯峨信之さんの一周忌も近く、そろそろ潮時と思っていました。
 俳句関係では来年一年間、図書新聞の「俳句クロニクル」を担当します。

  武豊騎乗の天皇賞本命馬、骨折
 無惨やな人は走らぬ馬殺す   山羊
            
 馬と競馬好きな赤帆、青蛙、花緒がそれぞれ人。天皇賞の本命馬はダントツの先行でコーナーを曲がったところ突如失速。足を折ったと分かる。結果、配当は大穴となり、馬は殺。やれ無惨やな。句は芭蕉の「無惨やな兜の下のきりぎりす」のパロディ。山羊、今回はいいとこなし。別の句「句碑草書そぞろに読んで冬の川」も紙子が地、花緒が人に入れるも平凡。季題が生きてない。
 山羊・八木幹夫、この7月に詩集『めにはさやかに』を出す。この詩集は評判いいですね。目についた書評では「文学界」10月号に松山巌が「夏の記憶、心の虫歯」という文の中で八木の詩「南方の虫歯」と「炎、やわらかな灰」を引用して(というより八木の詩を軸にして)この夏と幾多の夏について語っている。「詩学」10月号には谷内修三が「さまよえるチャイコフスキー」を詳細精密に解読。よく読み込んでいる。詩の作品論のお手本としてもよい評論であった。辻征夫論などいくらかトンチンカンな所があった谷内を見直 山羊幹夫、お返しとばかり、「るしおる」に辻征夫論「初期詩集に見る辻征夫………内なる敵と対峙する魂………」を発表。辻のとらえどころのない詩編と格闘しています。この評論も見物です。こうなったら中期・現在・の辻論をぜひ見たい。

 母だろか夢の女が毛糸編む   裏通
            
 こういうのに点入れちゃいけないんだよ、宗道。メロメロ俳句である。「毛糸編む」は佐藤春夫「殉情詩集」の「君は夜な夜な毛糸編む」でしょう。それより裏通の次の句は意味深。「絶交よという女の声や冬北斗」。裏通は〔女〕なら幾らでも作ると思ったら、こんな句も作るのだ。 裏通・國井克彦、都内放浪生活も年季が入ってきた。最近は連絡は携帯電話のみ。だからこれだけはちゃんとお金払ってくださいよ。連絡とれなくなっちゃう。先の句も携帯電話の声だという。作者の言葉だから間違いありません。
 退会する前の「花」13号には詩「六月のユメ」を発表。これが泣かせる話なのである。
 六月の父の日が過ぎた頃、わが携帯に「もしもし、もしもし」と若い女性の声。たまにある間違い電話と思いしが、「あの父の日って何してましたか? わたし由香です。……これが三十年前別れた娘だったのである。この後の二人の会話は可笑しくて哀しい。そして数日後三十年ぶりに会った娘は最後にこういうのである。「おうさんわたしもう二度と会わないからね」……「こちらの星ではわたしだけが応援しているからね」「ありがとう」。と。夢かうつつか「六月のできごとは闇の中の、夢のなかのことなのでしょう」。
 この詩は当句会の二次会の席上で道草が激賞する。中上ズボン堂、また葉書に「良かった」と書いてよこす。國井克彦、こういうのを書かせると天才なのである。

 モンローのやうな女に風邪もらふ   宗道
            
 騒々子、赤帆が人。いいねえ。こうこなくっちゃー。川柳みたいでもいいじゃないか。モンローといえば騒々子、丸谷才一の歌仙の句「モンローの伝記下訳五万円」を思い出した。宗道のもう一句の「放哉の独りの膳の人参酒」も人物画で、こういう人物が好きな青蛙が地に入れる。しかしこの放哉はおかしいんじゃないのか。だって放哉のような飲んべえは人参酒のようなもの飲みません。あれは精力酒なのである。放哉には不要だ。独りの膳にそんなもの添えてどうする。
 白川宗道、今年はまったくついてなし。ようやく秋に新しい会社に就職が決まる。ここは今までの経歴はまったく役に立たない職種。慣れぬ仕事に頑張っている宗道がんばれ。

 碁会所の客ひとり去る冬の川   みなと
            
 騒々子の地、貨物船の人。なんか雰囲気があるんだよなあ。冬の川もうまく生かしている。川縁の碁会所から常連の客がひとり去って行く。こういう客はやはり若くはないでしょうな。トンビがなんかを着ている年配の男である。作者の話だと、この客はみなとの父だという。碁が大変好きだったそうです。しかしこの句は、みなと句の中でもかなり上位のものと思います。もう一句の「お下がりのオーバー腕に入試受く」には、これはわかるこの通り、と赤帆が人。紙子おそらく同じ考えでしょう。同じく人。
 みなと・有働薫、10月に東京創元社よりレジーヌ・ドゥダンベルというフランスの女流作家の『閉ざされた庭』の翻訳を出す。帯文には「ぼくが公園でホームレスとして暮らしているのは、四年前のあの日、レイプされる恋人を救えなかったから……少年に回復の時は来るのか?」とある。これはフランス文学伝統の悲惨な現実を美しく描くというもの。ゾラのリアリズムだってそんな感じだ。日本の場合は平凡な現実を平凡に描くというもの。だからリアリズムといったって違うのだ。それはともかく、ここでは有働さんとてもいい仕事をしています。

 思い出や人参嫌いの伏し目の子   花緒
            
 前回〔ひきがえる〕で三位だった花緒、今回は不調です。貨物船が人に入れたこの句を除いて選外。投句四句の内〔人参〕で三句という偏り。この句は上句が重すぎるが下句はよくわかる。これは自画像、またはどのクラスにもいる女の子のこと? 小生、また同様の人参嫌いだった。給食の時いつも丸呑みしてた。葱も嫌いでこれも丸呑みしてた。 花緒の別の人参句、「人参を詠むばかばかしさの日暮れかな」を見ても、花緒さん今でも人参嫌いなのではないですか? 冬の川を扱った「ひとりきてひとりの愁い冬の川」は、ズボン堂の「なんとなく見に来て見てゐる冬の川」に似ているなあー。冬の川ってみんな同じ感じになるのだ。
 花緒・加藤温子、騒々子に続いて「俳句朝日」10月号に俳句を発表。詩は「ユリイカ」と「現代詩手帖」に発表。どちらも厳しく切なくて良かった。ここで最後に青蛙です。

 母ひとり人参洗う甘き少年期   青蛙
            
 今回一句も点入らず、もう句会に出たくないという青蛙。だってこんな句に点入れたら選者の目が疑われてしまいます。だいたい〔人参〕というと共通のイメージがあってよくない。そのものずばりの句を巷児が詠んでいます。「にんじんやルナール国士白水社」。花緒句「にんじんを読みしはるかな少年期」もそうです。青蛙句また同じ。今回の兼題は貨物船の出題であったが、〔人参〕は佳句が無かった。
 青蛙・清水昶、10月に邑書林から詩集『黒い天使 BLACK ANGEL 』を出す。この詩集については日経新聞で佐々木幸綱が「読み終わって、哀しく、寂しく、しんとした気分になった。<本当のこと>を追ってゆくと、人生の寂しい場所につれて行かれてしまうのだろ うか。座頭市や加藤登紀子やアンデルセンらが登場する。登場人物たちの<本当の姿>は、これほど寂しいものだったのか。」と好意的な書評を書いている。図書新聞12月12日号には小生が「<すれすれ>の地点……現代詩と大衆詩の境界を打ち破るか」という書評を書きました。ここで小生呼びかけています。「昶さんこれからは演歌を書こう。大人を泣かす童謡を書こう」と。それはいいけど、清水昶「現代詩手帖年鑑」の「今年度に刊行された本で一番関心を持たれたもの」というアンケートに『寺山修司編著・日本童謡詩集』を挙げているのはまづいんじゃない。あの本は今年の本じゃない。ずっと前の本です。

 これで句評は終わり。いやナガカッタ。実は句会の席上では時間がなく上位の句以外は評することができなかったのだ。この調子でやってたら夜中になったでしょう。
 句会は4時30分には終わり、慌ただしく片付けをして一同外に出る。ここは哲学堂公園の中。句会の会場は「霊明閣・接神殿」というこれは普通の二階家。そこから妙な恰好の門を潜って広場へ出で奇怪な六角の塔の前で記念撮影。これは四聖堂といい孔子、釈迦、ソクラテス、カントが祀られている。すぐ近くに皇国館、宇宙館などあり。これらを見物して妖怪門から下界に出る。
 哲学堂公園は、東洋大学の創立者の井上円了が、哲学を修養する場所として中野の江古田に開いたもの。円了亡き後東京都に寄贈されて公園となる。いまここは付属の野球場が有名です。井上円了は安政5年越後長岡の真宗大谷派のお寺に生まれ、本願寺の選抜学生として東京帝国大学予備門に入学。卒業後は哲学書の出版で成功。哲学を教える学校「哲学館」を創立。ここから妖怪の研究に入り、世人は彼を「妖怪博士」と呼ぶ。だから哲学堂公園も妖怪公園と呼ばれているのです。余白句会はここは二度目。最初の時は紙子が始めて参加した時であり、ズボン堂が足を折って(マンホールから落ちて)松葉杖を突いて現れた時でもある。今回は平穏でした。
 これよりバスとタクシーで中野に向かい二次会。いつもの汚い店ではなく、お祝いの会だからと少し綺麗な店「丘蒸気」なる店をえらぶ。ここで料理のコースを選ぶのに激論となる。普通のコースの料理を一品減らし、千円減らすか、その分酒を増やすかで悩む。詩人は貧乏だからなあー。やっと酒増やす案に決定。ここで小沢師匠に花束贈呈。遠くからいつも来ていただいている多田さんにも花束。あとは一同食べるよりも呑むのに忙しい。5時から9時まで呑んでも呑み足らず、小沢、多田さん等を送った後中央線沿線組は結局12時まで別の飲み屋で呑み続ける。話題はなに話したか覚えておらず。後は白波です。

 外套の中身カラッポ徘徊す   騒々子
            
1998・12・20記


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