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第33回余白句会報告記

井川博年

1998・3・28(土)
東京・荻窪『太田黒公園』茶室
【ヘトヘト句会】

 長すぎる蛇も短歌もこの冬も    騒々子
            
 暇である。
 月の内半分一週間の内三日は仕事がない。小生はいま話題のスーパー・ゼネコンの外注事務所で、一応は出来高払いだから仕事がないのがなにより辛い。この仕事がない恐怖というのは、同じような仕事をしている人にしか判りようがない。小生の場合は余所の会社に行って、余所の会社の椅子に座って仕事をしているのだから、ストレスも大変なのです。
 おかげで、ビル内の診療所にせっせと通えるので中耳炎は直ったが、今度は会社関係の 宴会がやたら多い(送別会等で)のと、痛風にいけないってんでビールを減らしウィスキーや焼酎に代えたところ、飲み過ぎで肝臓の数値が悪化し、痛風も元に戻ってしまった。
 こうなりゃ仕方ないってんで、結構明るく楽しく元気に仕事やってます。

 ところで、今回の句会は最初から躓きっ放し。日にちはなんとか決まったが、会場選びが失敗だった。ひと月前というのに三月末の予定の施設は何処も先約済。後楽園・函徳亭 など今年一杯予約済。元水戸藩の下屋敷というんで、これもTV「徳川慶喜」のせい。困り果てて小沢師匠に相談すると、王子の名主の滝公園がいいかもしれないということで 師匠自ら申込みに行ってもらいました。ところが予定日は警察の寄り合いがあるという。
 とんだ無駄足をかけてしまいました。そこで以前一回利用したことのある中野の哲学堂に聞いてみると、なんと当日は予約が入ってない。よかった−と幹事に報告し、八木幹夫幹事は早速3月6日「お知らせ」をFAX。小生、翌週の終わりには折からの大嵐の中をずぶ濡れになって現地に行き下見までしたのである。ところが、土曜日になって印鑑とお金を持って申込みに公園事務所に行くと、昨日先客が来て申込みをしていったという。目の前真っ白。電話予約はできないのを知っていたが油断していたのだ。万事休す。
 すごすごと西武線荒井薬師駅に戻り、今度は近代文学館に電話。付属の会議室で句会できるという。但し申込み資格が必要というのだ。その一つ。文学団体として登録されていること。ちゃんとした規約があること。しっかりした会員の住所録があること。しかも審査に日数がかかるという−。ふざけるな、怒って電話を切って、今度は最後の頼みの綱の荻窪の大田黒公園に電話。ここはOK。やれやれと、バスで荻窪に行きその場で申込む。
 小生の失敗でした。おかげで幹事は「お知らせ」を二度も出すことになったのだ。

 さて、当日はこれまた不思議なように前日の雨の予報が外れて良い天気。早めに家を出、来ないバスにいらついて、やっと定刻の12時に荻窪駅南口に行くと、連衆みな来ている。
 今回欠席者多し。加藤温子さん病気で入院中(句会の時は退院されていた由であるが)。白川宗道は別の俳句関係の会出席。中上哲夫は当日出勤。谷川俊太郎は出張。肝心の辻征夫までが仕事の疲れで休養のため欠席。但し谷川さんを除いて皆さん投句はしております。辻は当日朝の打合せで、電話とFAXを使用して句会に参加する試み。
 待つほどに今回のゲストの岡田史乃さん到着。清水兄弟、八木忠栄以外の人達は初めてなり。小生、三十年以上前二度程お見掛けしたのみ。挨拶している内に、もうひと方のゲストの大野朱香さん現る。大野さんとは昨年の多田さんの「京都市文化功労者」受賞祝賀会で小生と小沢さんとは面識あり。他の人達はこれまた初めてなり。
 連れ立ってもはや定番となった蕎麦屋『小松庵』に入る。ここで投句を集めるいつもの作業。その間、遅刻してこの蕎麦屋に来るという多田さんを、心配した八木幹夫が探しに行くが、すぐ連れ立ってやって来る。「井川のこの地図があったからすぐわかった」と多田さん。前もって詳細な地図を送ってあったのです。小生安心して天麩羅ソバを食べる。
 一同食べ終わると表へ出て選句用紙をコピーし、お花(なんだか忘れちゃった)を買い酒を買い、天気の良い住宅街の裏道をのろのろと歩く。途中、辻宛に句稿をFAX。
 会場設定に手間取り予定より30分遅れて選句開始。1時間経って選ばれたのは以下の句でした。今回の兼題は桜・浅蜊・四月馬鹿と無季の短歌。まずは師匠の天の句から。

 夕桜にわかに背たけ伸びし子よ      巷児
            
 騒々子、貨物船の天。蝉息の地。道草、ペダルの人。貨物船の点は会場から自宅に電話して確かめたものです。花見の夕暮れにいつも見ているわが娘が、いつの間にやら大きくなっていることに、ある感慨を抱く父親のつぶやき。又は、夕方の公園の桜の下で遊んでいる余所の子を見て、おやまあいつの間にか大きくなったんだなあ、と感心している男の句と見てもよい。この子は娘以外考えられませんな。そしてこの句に点を入れている者は(ペダルを除いて)娘を持ったことのある者。これに対して、凡人の句だと青蛙が一喝。
 今回、巷児師匠は前の句と共に客に6点句が二句入り大当たりなのでした。

 土間に浅蜊ひとり物言う留守電話     巷児
            
 赤帆の天、山羊の地、紙子の人。これは面白い、と赤帆。まず土間がいい、それと浅蜊がぶつぶついい、留守電話がまた独り言いっている。こりゃ羽田か船橋あたりの漁師の家ですね。このユーモアを見抜けぬ小生、間抜けでした。「夕桜」の子供に点入れたが、こっちは落としてしまった。でも次のにはちゃんと点入れてます。

 五七五七七ほどの日永かな        巷児
            
   この句が選に入る前に兼題の「短歌」の扱いを巡って論議あり。要するにズバリ短歌をうたいこむ以外に、短歌の付属物でそれとわかるような物を扱ってもいいのか、というものである。以前兼題の唐辛子に対してみなと句に「かけそばのつゆに浮いたる七味かな」というのがあり、その時も七味が唐辛子とは卑怯なり、と揉めたことがあった。
 巷児師はどちらかといえばズバリ説。だけど今度は、こういうのでもいいんじゃないのといった後、この句の作者とわかり、一同を唖然とさす。朱香、騒々子の地。山羊の人。
 意味もないけどなんとなくのんびりしてるんですなあー。暇人が指を折って数をがぞえて るんですよ。江戸座の俳諧なのだ。判るかな。これで巷児句は終わり、次に移ります。

 ちょうちんにひと枝かした桜かな     紙子
            
 これも侃々諤々。情景はわかるけど危ない句だなあというのがみなの意見。朱香の天。ペダル、山羊の地。巷児、裏通、貨物船が人。花見ちょうちんを張るのに一本の枝を桜の私は貸してあげたんですよ、というのだが、面白いのかな。まあ軽く見ている所が手柄か。昔なら粋な表現だけど「かした」が臭いなあ。でも「下手ッぽい上手さがある」とは天に入れた朱香説。これも江戸前の味。小生『俳家俳人伝』にある秋色の「井戸端の桜あぶなし酒の酔」を思い出した。花見の季節になるとこの句を思い出すのである。秋色の話は以前したから省きます。紙子、久々の地なり。今回は客の句に浅蜊を扱った「重ね荷の底に身じろぐ浅蜊かな」が入る。山羊の天、みなとの地、貨物船の人。「身じろぐ」が収まり 悪い。この浅蜊を人間に代えたら「必殺仕掛人」であろう。
 紙子・木坂涼、昨年末には沖積社よりエッセイ集『おとこ親の書いたこどもの詩』を出す。これはずっと前に個人誌「PLEATS」に発表した同題のエッセイに書評等を加えたもの。実は小生、貰っていながら全然読んでなくて、この文を書くために初めて読んで感心した次第です。なんかテレクサイ本ですね。当句会の連衆の谷川俊太郎、清水哲男、八木幹夫の詩が載ってます。1月10日には嵯峨信之の追悼式で嵯峨さんの詩を朗読。

 遠くから子供と分かる浅蜊舟       史乃
            
 さあお待ち兼ねのゲストの史乃さんです。この句は裏通の天、山羊の地、蝉息、朱香の人。7点で人に入る。今回は次句も人を取り総合は巷児師に次いで二位。流石です。この句は分かる。子供が乗っていることがではなくて、俳句がです。長閑、と蝉息。裏通は子供に点入れたのだ。それに対して、漁師の舟には子供は乗せないんじゃないか、という意見。だからたまの日に子供を乗せているんだ、と巷児師。南画のような光景だ。もう一句、

 夕櫻犬が押し出す皿の飯         史乃
            
 貨物船、紙子が地。みなと、山羊、朱香が人。春の夕暮犬がブフブフと鼻息荒く皿の飯を食べて、その勢いで皿が押し出されている。この飯はドッグ・フードではなく、昔ながらの犬マンマでしょう。その向こうには白っぽい幽霊のような桜が立っている。この句の方が浅蜊舟より面白い。小生、てっきりこの句は犬好きの蝉息の句と思っていた。青蛙、色気がない、食い気ばかり、と失礼なことをいう。犬に色気があるか。
 今回ゲストの岡田史乃さんは、この青蛙と小生と同い年の昭和15年生まれ。先年亡くなった詩人岡田隆彦の元夫人として、特に岡田の有名な詩集『史乃命』のその史乃さんとして、あまりにも有名なひとである。安東次男に師事、句集『浮いてこい』『彌勒』。最新句集は今年2月に角川書店より出た『ぽっぺん』である。59年より「篠」創刊主宰。『ぽっぺん』より小生の好きな句。「泥鰌鍋おもはぬことを言ひだしぬ」。「躓くは今使ひたる竹婦人」。この句会の一週間前の3月15日「毎日新聞」に近作を発表したばかり。

 刀自歩く浅蜊の管の縮こまる       朱香
            
 史乃さんが出たところで今度は朱香さんの番です。今回は緊張してかふるわず。この句が辛うじてペダルの天で佳作に入る。この句については巷児の名解説あり。すなわちこれは旧家の台所に置かれた(今夜の味噌汁の具として)浅蜊が、舌出して呑気にしている所に、この家の姑のおっかないお祖母さんの足音を聞きつけ、ビビッテ身を縮こませている所だという。刀自(女主人)などという昔の言葉を使って作った笑い。これを理解して点を入れたペダルは偉い。しかも「刀自歩き」としてないところなど芸が細かい。別の桜の句「ぞろぞろと蕎麦屋を出づや櫻人」も面白い味。わかる史乃、騒々子、点を入れる。
 大野朱香さんは昭和30年生まれ。辻桃子の「童子」同人。句集『鳴呼』『はだか』。この句会が終わった直後の4月1日発行でふらんす堂より最新句集『反物』を出す。ここでも小生の好きな句をいえば、「二階人どたんばたんと夏に入る」。「水澄むやごぼと応へし排水口」。さてまたもとに戻って今度は健闘のみなとです。

 四月馬鹿傘さして魚買いに行く      みなと
            
 史乃の天。赤帆の地。これはみなと句の傑作でしょう。淡々と事実をいっているだけにすぎないが、秋竜山のマンガのようななんともいえないおかしさがある。今後この句はみなとの代表句として残りますぞ。史乃さん、赤帆は流石目が高い。
 もう一句の人に選ばれた「口紅の尽きたる朝や初桜」は道草、ペダル、青蛙の地。裏通の人。この句も侃々諤々。だいいち口紅が尽きるという状況がわからない。女性陣は点入れず。口紅っていつも用意してるし、だいいちそんな最後まで使わないんじゃないーと。これに対していろいろ想像をたくましくして、点入れたのは男ばかり。小生、男女関係に暗ければ意味わからず点入れず。もっともこれは、男と女の話じゃないのか? みなと・有働薫、昨年の萩原朔太郎賞受賞の渋沢孝輔展のパンフレットに、「岸辺」という詩の鑑賞を書く。その直後に渋沢さんの訃報を聞くこととなり仕事手につかず。「オルフェ」の同人として、また渋沢さんの愛弟子だっただけに、病状が気になっていた由。渋沢孝輔2月8日下咽頭癌で死去。享年67歳。小金井の幡随院で盛大な葬儀が行われた。 

 馬鹿に陽気な薬屋にいて四月馬鹿     赤帆
            
 巷児の天。騒々子の人。マツモトキヨシのような今風な薬屋でとまどっている男。バカとバカが重なってさらに馬鹿。新しい、面白い。巷児師が天に入れた訳です。バカは東京人の口癖だ、と京都人の道草がぽつり。この句よりも点の入った「砂を吐く浅蜊のごとく猫ねむる」は貨物船、裏通、青蛙の地。うるさ方が点入れている。選後、作者の、猫ってぐしゃっとした感じで眠ってるじゃない、との説明あり。猫に詳しい訳はあとでわかる。
 赤帆・清水哲男、2月に地元の吉祥寺に新しく生まれた出版社・出窓社より詩の本『詩に踏まれた猫』を出す。帯にある「ネコとマゴの詩にロクなものはない」には笑ってしまった。巻末の「猫と現代」という猫好き女性との座談会が傑作。この本で4月12日の「朝日新聞」の読書欄「著者に会いたい」コーナーに登場。それにしても、顔写真の下にある 〔清水哲男さん(60)〕とは! 清水哲男、還暦なり。

 不景気が地べた見つめる遅桜       道草
            
 今回は選句に個性を出したいといっていた道草。後でふれる山羊句の「借金」に天を入れているが、自作句これまた時事句。不景気が主体となって地べた(いい言葉だ)を見つめ、遅桜(不景気に対応している)また地べたを見ている。ダブル不景気。ホームレスの句なのね、と巷児の地。赤帆、蝉息の人。不景気が怖い騒々子、点入れず。この句の他にも「追悼・加太こうじ」と前書のある「青ざめし桜道連れ紙芝居」が紙子の地、山羊、赤帆、蝉息の人の高得点で客句となる。加太こうじ、いうまでもなく「黄金バット」の作者。小生も昔竹内好の「中国の会」で話を聞いたことがあります。この追悼句に「道連れ−道草」と懸けてあるのに注意。芸細かくも誰の注意も引かず残念。
 道草・多田道太郎、句会終了後の4月15日カタログハウスより『人と心と自然環境』と題する大部(350頁)の編著を出す。この中の100頁を占める多田さんの「環境から文化へ」という話が面白い。ありとあらゆる話題を持ってきて、ちゃんとテーマの核心を衝いている見事さ。小生、フロン問題など仕事に係わる問題だけに、どうなるかとはらはらしながら読みました。また、原章二「風俗による主題と変奏」と題する多田風俗学の解説が興味深い。これを読んで幾らか多田さんの考えが判ってきた。そして多田さんの理論で、明治以降の詩が別の視点で解読できるんじゃないかと思ったりしました。

 借金す砂だし済まぬ浅蜊汁        山羊
            
 不景気の道草が天に入れる。砂出しが完全に済んでないというのと、借金するんで済まないというのとを懸けてあるが、なにか口の中に砂が残っているような感じの句だ。これじゃあ無理。無理といえば「四月馬鹿見れば見るほど四月馬鹿」は無茶苦茶だ。見れば見るほどバカになる。「はるのかわたんかそうしょのながれかな」は、近作のひらがな詩からヒントを得たものでしょう。推敲して改作すればいいんじゃないかしら。
 山羊・八木幹夫、先程の多田さんの本に「森の抄」とタイトルを付け、ひらがなの詩を6編発表。これらの詩を入れて近く来月にも書肆山田より新詩集を出す予定。この句会の前には水の文化情報誌「FRONT」に相模川についてのエッセイを発表。これが実に故郷の川への愛情溢れる好エッセイでした。4月より職場が変わり多忙となる。これからは幹事は無理でしょう。

 桜狩り恩師が二度もニトロ飲む      ペダル
            
 無類の自転車好きで都内はおろが何処でも自転車で行くアーサー。今回は俳号ペダルを名乗ってます。それにしても「桜狩り」とは渋い。その優雅な遠足(同窓会?)の間に、老いた恩師が二度も薬(狭心症の特効薬のニトログリセリン)を飲んだ、というあわれみ深い物語。面白い、と巷児が地。貨物船が人。しかしニトロはそんな頻繁に飲むものじゃないんじゃないの。最近は腕の血管部分に貼りつけるだけでよい製品があるといいますが。
 もう一句の「自転車の籠に缶と瓶万愚節」は、ちょっといいかな、と道草が地。買い物帰りとすればガチャガチャ音。放置自転車の籠とすればけしからん。しかしエープリルフールとの関連は薄い。
 アーサー・ビナード、豊島区の広報誌「としま」の英語版に豊島区を扱った詩を英訳して紹介。最近は菅原克己の詩を翻訳するために、詩の中にある子供の墓を、雑司谷墓地に行って確かめてきた話を、4月4日の谷中・全生庵での菅原克己「げんげ忌」で披露。満場を感動させました。木坂さんとの結婚生活もこれで一年になるのか。

 万愚節札つき男から便り         蝉息
            
 札つき男が可笑しい。いまどきそんなのいるかね。赤帆、喜んで地に入れる。これはエープリルフールとしたんじゃ面白くないだろうね。万愚節だからいいのだ。蝉息句のもう一句の「沖合を戦艦が行く浅蜊哭く」は凄いなあ。札つき男に点いれた赤帆、感動して人に入れる。戦艦で入れちゃったのだ。他のひとはなんだこれ、と知らん顔。
 蝉息・八木忠栄の個人誌「いちばん寒い場所」の俳句特集については前に述べた。その俳句について「新調45」1月号に車谷長吉(高橋順子さんのご主人の作家)の「心の中の「いちばん寒い場所」について」という文が載る。「氏は都内某百貨店に勤務する人で、社内ではかなり高い地位にあるが、そういう人にも「いちばん寒い場所」はあり、そこで詩や俳句は生み出されているのである。けだし八木忠栄氏の心の「いちばん寒い場所」には、現代の隠者が隠れ棲んでいるというべきか」。この隠者、4月11日には現代詩人会の講演・朗読会を企画して大成功させ、また「詩学」5月号には「俳句/嵯峨信之と豊原清 明」というエッセイを書く。次は前回高得点なるも今回絶不調の裏通です。

 行く春や短歌少年老い易く        裏通
            
 こういう句に弱い青蛙が天に入れる。この句は変ですな。老い易いのは少年詩人の方。歌人や俳人はあきれるほど年寄りが元気なのだ。それにこの句に対して一変して「食べていい浅蜊味噌汁あたし好き」とはなんなの。道草、点入れるもあきれ気味なり。
 裏通・國井克彦、詩は「花」の同人(退会を慰留され残留)編集委員として毎号発表するも、現在所属は「花」のみ。会は現代詩人会に加えて昨年は日本文芸家協会に入る。生活は清水哲男と同年の還暦になり年金資格を得れど、規定日数の保険金が不足のためもらえず。やむなく車の運転のアルバイト他、どうやって食っているのだろう。不思議なりミステリーなり。皮肉なことに酒をあまり飲めないため、持病の痛風が直ってきた由。
 この句会、岡田史乃さんが来ると聞いて隠れ家より姿を現す。

 寺山修司天才死んで残雪の四月馬鹿    青蛙
            
 こりゃもう清水昶の俳句以外のなにものでもない。なんか裏通の句に似通ったところがある。短歌といえば啄木、修司としか思い浮かばないのだろう。この句当然落選。別の桜の句「春ひさぐ女子高校生と一緒に桜散る」は、騒々子の週刊誌趣味で地の点入れれど、騒々子反省してます。たいした句じゃなかった。他に回せばよかった。
 青蛙・清水昶、今年は「現代詩手帖」に詩「連作・自分史」を連載。なんかやたらと昔の映画の題名の詩が多いのだ。「ハイヌーン」だの「北北西に進路を取れ」だの。2月には大雪の山形で詩の講演。4月には大阪に詩の講演。その際、関西版「読売新聞」にエッセイを寄稿4月13日付で掲載される。題して「詩の未来」。ところがまったく同じものが17日の夕刊に今度は関東版に載る。題して「詩の可能性」。顔写真も違っている。内容はお馴染みの昶講談。詩はいいけど、この手のものは「一分の狂気、四分の熱」でしかない残りの五分は駄法螺じゃないのか。清水昶只今現在買ったばかりのパソコンと奮闘中です。
 ここで当日欠席の連衆の句に移ります。まずは宗道句から

 空っぽの私の柩桜東風          宗道
            
 巷児、青蛙が人。東風(こち)なんて古いよ。俳人しか使わない言葉だ。「空っぽ」はいい言葉だけど。今回宗道の句は葬式関係多し。朱香の地の点の「浅蜊舌出す荻窪の葬ひとつ」もそう。聞けば親しいひとが亡くなったのだという。そういわれりゃ「針山にエープリルフールの針を刺す」もそんな感じだ。この句みなとの天、騒々子うっかりして人。
 白川宗道、同人として「百鳥」に句を発表。別に4・5句欄の講評を書く。ここにいつも同人とは関係ない有名俳人の話が出てくるのはどういうことなのだ。また「俳句界」に皆川宗平のペンネームで書評を書いているが、喜多唯志著『少年愛の連歌俳諧史』の書評タイトルが「抱きつきてともに死ぬべし」とあっては、なんか誤解されるんじゃない。

 居酒屋で短歌論よりあさり飯       花緒
            
 今回病床より投句した花緒、4句すべて短歌で来ました。その一つ。裏通が人に入れたのがこれ。他に「滅亡論短歌にもありあさり飯」は青蛙が人。「つれづれに短歌眺めて春隣り」は紙子の人。こまかく点を集めてます。選外になった「短歌詠み読む阿呆いて山笑う」は、そんなこというと歌人に怒られますよ。怒られるといえば赤帆の「短歌誌も燃えるゴミなり春の泥」も同様。この句に地の点いれた史乃さんだって問題になるでしょう。
 花緒・加藤温子さん、ご病気どうしたのでしょう。見舞いにも行かずごめんなさい。

 諸人よ集ひて踊れ万愚節        ズボン堂
            
 こりゃ可笑しい。「諸人よ集ひて踊れ」がクリスマスでなくエープリルフールに来る可笑しさ。今回最高の句でしょう。こんな句があったのに誰も気付かず落としてしまったのだ。この万愚節というのは中国語です。クリスマスを聖誕節というがごとし。後でみなのいう様、この句は後引くぞー。クリスマスの頃になるとこの句を思い出すんじゃないか、人口にカイシャする句になるんでゃないのか。
 ズボン堂・中上哲夫、生活は依然大変なれど書く方は快調。「俳句界」に1月より「From month to month」という詩の紹介欄を連載。「神奈川新聞」でも 詩の時評を連載。ケルアック関連では「現代詩手帖」5月号にケルアックの伝記の書評を 執筆。新宿書房からは経田祐介との共訳でケルアック『ブルース詩集』を出した。
 次は新機軸の電話とFAXでの句会参加となった貨物船です。2句しか投句せず。

 押してくる桜前線うっちゃらず     貨物船
            
 「大相撲春場所たけなわ」という前書あり。相撲好きの蝉息、文句なしの天。みなとの人。「うっちゃらず」としたところは面白いが、桜前線は押しの一手必勝パターンで来るからうっちゃれないのだ。ノコッタ、ノコッタというところ。もう一句の「四月馬鹿つくねんととしている日暮れかな」は道草、紙子が人に入れる。取り柄は「つくねん」だけ。
 貨物船・辻征夫、前述の多田さんの本に赤頭巾や謡曲「黒塚」を扱った「昔話と童話の自然環境」という評論を書く。辻の勉強振りが良く出ている論文です。必見の価値あり。また間もなく新詩集『萌えいづる若葉に対峙して』が思潮社より出る。この詩集については「現代詩手帖」5月号に大きく写真入りで広告が出ています。コラム欄に「帯は井川博 年、八木幹夫両氏の対談を圧縮したものだが、両氏は辻氏の詩が血まみれの抒情詩だという点を強調したあと、これが最後の詩集になるかも知れないという気になる発言をしている」という紹介文あり。対談といっても「詩学」の合評会の帰りに、飲み屋に寄って二人が喋ったのを八木さんがメモしたものです。最後は今回も振るわなかった騒々子。

 舟失くし帰る道なし浅蜊採り      騒々子
            
 苦労して作ったのに報われず、みなとの地の点のみ。これより自信あった冒頭の「長すぎる蛇も短歌もこの冬も」などまったく注目されなかった。みな見る目がないのだ。これからは道草のいうように選句に命を懸けなければいけない。そこから新俳句が生まれるのた。ハハ。不景気だど句まで不景気になるのです。
 騒々子、今年は1月10日千日谷会堂での嵯峨信之追悼式に自作追悼詩を朗読。前前日にはそのリハーサルを行う。人前で詩を朗読したのも初めてなら、葬式のリハーサルなど初めて。嵯峨信之昨年末12月28日東大病院で老衰のため死去。95歳。4月18日には「無辺の会」という偲ぶ会を挙行。これにも発起人になってます。みなこれ「詩学」での縁。詩は「うえの」3月号に恒例の母の詩を発表。「OLD STATION」9号を出し、「現代詩手帖」2月号には「OLD STATION」と余白句会の人々」という文を書く。 此の間、2月には田舎の義兄が急死し帰省しています。一昨年には松江にいた母違いの兄が死す。叔父、伯父すべて死に、これで父母に繋がる男子は小生一人のみ。

 句会はいつもの通り雑然と慌ただしく終わる。写真を撮ってる暇もなし。最初に注意したのだが、持参の酒を飲んでいるところを職員に見られ(庭の通路に面した縁側の硝子戸が開けてあるので、外から丸見え)、会終わったあとで厳重注意される。もうこれで余白句会はこの茶室を利用できなくなるかもしれない。長居は無用と一同赤い顔で退去。
 ここで巷児師匠は「げんげ忌」の準備のためお別れ。紙子、ペダル夫妻また用事のため蝉息も仕事のため二次会に行けず、この場で別れることとなる。これで残るは9人のみ。道草、山羊、裏通、騒々子、赤帆、青蛙、みなと、史乃、朱香の面々。またも予定時間より早く二次会の「松寿司」に行く。ここも荻窪の句会ではお馴染みの場所。いつもの部屋でいつもの料理。5時から10時までえんえんと飲むこととなる。騒々子、史乃さんの横に座り岡田隆彦の昔話を聞く。センチになって泣けてきそうになりました。岡田と初めて会ったのは昭和34年、小生が高校卒業の初めての上京の時で、丸山辰美と一緒に渋谷のハチ公の銅像の前で待ち合わせ、三人でジャズ喫茶でお茶を飲んだのを覚えている。あの時岡田が青山通りに立って、「この道を近く、うちの遠い親戚の娘が、皇太子妃となって通るんだ」といったのを覚えている。本当だったのか、からかわれていたのか。
 飲んでいる合間にゲストの二人に色紙を書いてもらう。史乃さんは達筆の「悲しみも/芯とりだして/浮いてこい」。朱香さんは有名な「これはもう/裸といへる/水着かな」。
 だらだらと飲んでへとへととなって終わる。これが余白句会の飲み方です。夜も更けたので二次会も終わりとなり、駅まで歩き史乃さんを見送り、地元組と道草の宿泊場所・山上ホテルに行く組とで別々となる。小生、赤帆、青蛙、朱香の組。すぐ近くの深夜営業の店に入り、ここでもビール。青蛙の人類滅亡の話を聞きながら又もや飲む。今度こそ本当にヘトヘトになってタクシーで帰宅。飲み過ぎで眠れなかった。

 落花狼藉別の自分になればよい    騒々子

                                                                                         追伸
 今回の句会の報告記を辻征夫が「文藝春秋」6月号(今月10日頃発売予定) に書いているそうです。句会に出席せず電話とFAXですませた感想が、どう書かれているか楽しみです。拙文と併せてご覧ください。
1998・5・3記


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