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第32回余白句会報告記

井川博年

1997・11・30(日)
東京・駒込『六義園』「心泉亭」
【イロイロありまして句会】

 ひとは往き帰らぬことわり秋の暮   小水便
            
 あんまりイロンナことがあったので、なにから報告していいのかわからない。
 今年は春に向島の百花園で句会、夏には高尾山の麓の旅館で、泊まりがけの句会がありましたが、いずれも遠い昔の話のよう。連衆諸子ともしょっちゅう会っているようで、会わないひととは半年も御無沙汰。皆、忙しいのね。「よるとさわると不景気の話ばかりである。文士は食えないという話ばかりである。」というような文を昭和初年に川端康成が文芸時評に書いているが、なに、いまの物書きはちゃんと食えているじゃないか。小生、大いにヒガンデおります。しかし、なんでこのかんじんの時に不況なんかになるんだ。小生、バブルやインフレはちっともこわくない。日本崩壊もこわくない。願わくば小生亡き後にバブルが崩壊して欲しかった。いまここにきて仕事半減、収入半減、持病の痛風に加えて秋には、なったことのない腰痛になり、運動不足解消に自転車を始めたところ転倒して左手を突き指してしまい、これが直ると今度は慢性中耳炎が再発し、現在治療中で右耳がよく聞こえない状態。その中で小沢昭一の次の句などは、まったく身に沁みますなー。「疲労困ぱいのぱいの字を引く秋の暮」この句、実は今回の兼題の例句なのです。
 今回は今年最後の句会に相応しく、格調高く場所を駒込・六義園(りくぎえん)に選び兼題も古今の名句が集中している秋の暮、湯豆腐にした。他にちゃんちゃんこと無季の机、いずれも騒々子の出題です。この出題が失敗だった。どうも兼題に負けてしまったようだ。季題の鼻面とって引っ張りまわすことができなかった。手にあまってしまった。季題おそるべし、である。詳細は本文をごらんください。
 ゲストは詩人の正津勉さん。前回の高尾山の句会での天の句「西日浴び盗癖の友と下宿かな」という清水昶の句の盗癖の友のモデルにされて大迷惑。この一件はこの秋に出た『俳句研究』10月号の筑紫磐井氏の「高尾はあつかりき 詩人による余白句会第31回」という文の中に〔「作者は清水昶」清水哲男「あいつの下宿の相手は正津勉じゃないか」正津勉の名誉にかけてフィクションだろうということにする。〕と書かれ、満天下に喧伝されてしまったのである。折りもよし『俳句研究』は8月号から江国滋氏の闘病俳句「癌め」の連載が始まって部数が伸び、江国氏の死によって一段と俳壇内外から注目を集めたところでの記事であった。こういう話題の(仲間うちでの)ひとを、すぐゲストに招くというのが余白句会なのである。

 さて、当日は前日の大雨が去った後の曇り空。11月の最後とあって町は冬の様相です。案内の約束の12時前に六義園入口に行くと誰もいない。しかもいつもは閉まっている駒込駅前の正門が何故か開いている(土日だけ開けるという)不吉な予感。みな、ちゃんと来れないんじゃないか(案内図もつけたのに)と思ったら、駅の方からとぼとぼと裏通が現れた。心配なので本郷通りまで行って駅方面を見張る。すると花緒、みなと、紙子来る。ぎりぎりになって通りを蝉息とゲストの正津氏が連れ立って来るのが見えた。まずほっとする。今回、幹事が小生だからです。定刻に巷児師到着。山羊、道草もセーフ。宗道コンビニで買い物をしている。入口に戻ると俊水来ている。ところが貨物船が来ない。家に電話すると遅刻して出た様子。大丈夫かなあといいつつ、園の入口に張り紙をして(違法です)、一同通りに出てラーメン屋と喫茶店に分散して食事。この間喫茶店組は集めた句を貼り付けコピーといういつもの作業にとりかかっている。ラーメン屋組は雑談とビール。準備が終わって園内に入り、会場の「心泉亭」に行くと貨物船来ている。駅から反対方向へ行って迷ってしまったのだという。予定を1時間遅れて2時より披講となる。今回は赤帆は欠席、投句なし。ズボン堂、アーサー欠席なれど投句あり。そこで結果の天の句は、

 文机は文字打つ寒い場所である      山羊
            
 これが天ねえー、と声しきり。今回はよく言えば平均点揃い、特に傑出した句がなく各自の天の句もバラバラに入り、前回より導入された地の増点により地が多く入った句が得というインフレ展開となった。この句は道草、騒々子、みなと、宗道が地に選ぶ。文机は『広辞苑』にも『新明解百科語』にもない。みんななんで知ってるのだろう。とにかく座式の和机に向かって字を叩きつけるように書いている(仕事している)孤独な(でもないか)男(でもないか)の姿が目に浮かぶ。「寒い場所」が効いていて、「である」がミソだと道草評。実際の山羊の書斎は白亜亭の奥まった所にあって、暖房は効いているし、快適な場所ですよ。山羊、今回は机で2句作っていて、次の句も紙子の地が入り客。

 机上机下失せ物出でず師走また      山羊
            
 これは良かった。騒々子、点入れなかったけど−。師走の感じが出ている。この机周辺の乱雑振りは前述の書斎の実写でしょう。山羊・八木幹夫、今年は一年間騒々子と『詩学』の投稿の選者をつとめる。6月28日には神奈川近代文学館ホールで、辻征夫と「かぼちやあたまが二つならんで」という詩と俳句に関する対談に出席。余白句会の宣伝をする。詩作は今年は充電の年で近々新詩集を出す。つい先月、自宅前で自転車に(自動車ではなく)乗ろうとして転倒し、頭を打ち軽いムチウチ症になる。騒々子も自転車が災難。貨物船も以前自転車で転び、眼鏡を割り、顔が血だらけになるということがあった。お互い自転車には気をつけましょう。次は二位の句。

 たましいが葛西橋往く秋の暮       裏通
            
 ここでも非難轟々。なんで「たましい」なんかが出てくるんだ。だいたい葛西橋って何処?。これに答えて地に入れた巷児師、あの殺風景な江戸川の葛西橋をふらふらと乞食のようなものが往く、これがいいんじゃないの、と。追加して作者、詩人の魂のつもりだったと余計な説明。葛西橋に感興を覚えぬもの、みな点入れず。沿線の貨物船、蝉息当然点を入れる。花緒、中央線沿線なれど地の点。この句より次の人の句の方が評判良かった。

 大根をごろりと置きし机かな       裏通
            
 ちょっとシュールな感じがあり、良い意外性がある。「ごろりと」も、後述のズボン堂句の「つるりと」よりいい、と天に入れた貨物船。なんにも言っていないところがいい、とこれは地に入れた俊水。絵に描くと下手な武者小路か中川一政になろう。裏通・國井克彦、つい最近韓国人の奥さんと別れ、家を出て住所不定・無職の生活に入る。無職は昨年以来。無収入の生活も一年を越し。唯一の希望は『雨の新橋裏通り』の映画化(勝プロで進行中)にあり。入ってた同人誌「花」も会費が払えず退会。次はゲストの登場です。

 豚は死ね机に彫りしが生きて豚      小水便
            
 この恐るべき俳号は正津勉のものです。「おしっこ・うんこ」なのね。キタネー。史上最低の俳号ではなかろうか。この字を正確に知ろうと辞書を見たら、隣に「小水魚」という言葉が出ていた。これは「死の目前に迫ることの例え」だそうである。小水便となるも小水魚となるなかれ。
 この句、道草が天に入れる。花緒またこの句を天に推す。変にひとを鼓舞するようなところがあるかしらん。狼生きろ豚は死ね、というフレーズがあったっけ、とみなが言う。この句は自嘲の句なのである。なにしろ作者は、亡き村上一郎に喝破されたように「自嘲だけを金看板にして一冊の詩集を編んだ詩人」なのである。ただしこの言は処女詩集の評であって、目下現在の作者のありようは、『新潮』10月号に発表された小説「笑いかわせみ」にいいつくされている。この小説は鮎川信夫、北村太郎という詩人との思い出話と、オーストラリアでの女性との話がからみあった「ピカレスク・ロマン」である。小生、昔から正津勉の詩、わけても日録風な散文詩や、女性の出てくる散文詩が大好きでして、もっといっぱい書いてもらいたかっただけに、この小説には満足しました。
 この日も皮ジャンにハンチングという剛毅なフッション。選が終了し披講が始まると、「こりゃ駄目だ、いつもこんなひどい句を作ってるの?」と悲鳴をあげる。天の山羊句には「こんな勤勉なんじゃ駄目じゃない。遊ばなくちゃ」と発破をかける。次点の「たましい」の句など絶句状態。たましいにケチをつけたが、「まだ生きて湯豆腐の湯気に熱ッチチチ」の句を見た俊水にいじめられる。「自分もちゃんと人生訓を入れてるじゃないか」。この句、花緒が地。騒々子、人に入れたがなんで入れたんだろう。これ万太郎句のパロディです。それよりも巷児が地に入れた、「初恋のちゃんちゃんこの李春子」が良かった。目立たないけど可憐な句だ。ただし字足らず。豚の句は無季なり。季語入れろ。

 湯豆腐や空白という意思表示       宗道
            
 これも、なんだ、という声があった。意味がわからない。作者がわかってからは、「わざとらしい」という声。天に選んだ裏通、山羊はなにやら解説していたがみなわからず終い。男女二人が湯豆腐を食べながら沈黙している状態?という説明もあった。岸上大作の歌の題名じゃないのか、という説あり。要するにわからず。これ俳句なのかねえー。次の句はわかります。紙子が天に入れ、俊水、地にいれる。

 ちゃんちゃんこ不法駐車をとがめらる   宗道
            
 このジイサン平気で警官にくってかかるようなところがある。そのくせ変にものわかりがよくて、すぐ謝ったりするのだ。宗道、この句会ではこういう今風の題材を扱うのだ。これなんか川柳すれすれ。しかしまあうまいかも(こんなこというから小水便に怒られるのだ)。もう一句の「豆菓子のあと引いてゐる秋の暮」は、「あと引く」が微妙。これは一種の東京の俗語だと思います。「なにか止まらない」という意味だろうか。豆菓子は確かにきりがなく食べたくなる代物であるが、「納豆じゃないのか」という説も現れた。
 宗道・白川宗道、今年春に長年勤めた大手の広告代理店を辞める。辞めさせられたのじゃないのか。リストラでしょう。失業生活の後、このほどやっと同業の会社に就職が決まる。やれやれと胸なでおろす秋の暮。豆菓子どころじゃなかったはず。次も人の句、

 湯豆腐や今年もつるりと終わりけり    ズボン堂
            
 騒々子、蝉息が天。小水便が人に入れる。作者が判らないうちは、気楽な人の句との声があったが、作者が判ると急に身につまされる、という声に変わる。これは作者の願望なのです。つるりと年を越したいという切ない思い。哀しいなあ。みんなが同情している時に道草、この句は「や」「かな」の二段切れだ、と発見。騒々子まったく気付かず。
 ズボン堂、投句の見所はこれのみ。他はいいのなし。中上哲夫、今年は5月に亡くなっったアレン・ギンズバーグ関連の文を多く書く。「木偶」には追悼句17句を掲載。詩も精力的に同人誌に寄稿。昨年出した詩集『木と水と家族と』は今年度の土井晩翠賞の最終選考に残った。一方、生活は道路警備員として雨の日も晴れの日も道路で働く毎日。なんだかブコウスキーに近づいてきたようだ。この生活も最近良い方向に変わったという話があるが、詳細は不明。この中で生まれた俳句を「路上句」として、次号の「OLD STATION」に発表予定です。欠席者が続きます。

 湯豆腐やだれもいなくなり昆布残る    アーサー
            
 こんなものどこがいいのだ、の声に、道草、小水便、地の点を付ける。殺風景な俳味がある、と小水便。「いなくなり」「残る」との因果関係がいい、と道草。これは家での食事ではなくて、飲み屋の宴会場での光景でしょう。仲居さんの見た光景じゃないの、と俊水。アーサーも変なところを見ているもんだ。だけど湯豆腐の残った昆布は、酒のつまみとして美味しいものですよ。この点では道草と意見一致。アーサーのもう一つの湯豆腐の句は巷児師の天に輝く。

 豆腐屋の食ふ湯豆腐の不揃ひ也      アーサー
            
 これうまいねえー。この句実は今回の湯豆腐の句の中で一番うまいのじゃなかろうか。まず発想が凄い。次に「也」が凄い。こんな句の作り方があるとは知らなかった。売れ残りの不揃いの豆腐を湯豆腐にして食べている。これは昨年話題になったNHKの朝ドラマ「ふたりっこ」の大阪の豆腐屋ではなく、東京は下町の豆腐屋であろう。
 アーサー・ビナード、今年は大活躍。春に当余白句会の連衆、紙子・木坂涼と結婚。そのいきさつは6月12日号の『週間新潮』の「結婚」欄に写真入りで大きく載る。また9月19日にはNHK1チャンネルの「845情報」に「池袋のアメリカ詩人」として出演。詩を朗読していました。小生、偶然テレビをつけた時出ていたのでびっくり。

 手の中の小さきせっけん秋の暮      紙子
            
 アーサーの奥さんになったばかりの紙子の句。なんだか雰囲気がいいのでいれた騒々子と貨物船がそろって地。宗道が人。「小さな石鹸カタカタ鳴って」と「神田川」の歌の世界だ。だから「小さな」の方がいいんじゃないかしら。これに対し、またも俊水の反論、これは風呂の中のことなのです。小さくなった石鹸が秋を象徴しているのだ。大きな石鹸にしたらどうかしら。とすればびっくり仰天。この句はいいけど次の「湯豆腐の注文21番テーブル」はどうだ。みなとが天に入れるも、なんだかキャバレーみたい、とか、なんで19番じゃいけないのか、とか文句しきり。この辺では先に用事があるというので帰ってしまった本人は聞けず終い。周りはいいたい放題です。皆の衆の意見−俳句はアーサーに習え、日本語もアーサーに習え。
 紙子・木坂涼も今年は当たり年。昨年出した詩集『金色の網』が今年度の芸術選奨新人賞を受賞。朝日新聞には辻征夫の後を受けて詩の連載をし、この11月には待望の現代詩文庫に入る。句会当日皆に配っていました。
 このあたりから3点句、2点句の世界になります。そしてこれが断然面白い。

 なに着てもなやましいひとちゃんちゃんこ 巷児
            
 ここんところふるわない師匠の句。これがなんでわからないの、と俊水が天に推す。具体的なひとが思い浮かぶんだけど、という。これに対してみなと、妬けるから点入れなかった、という。年寄りしかわからないのよ、の評に、年寄り好きな騒々子、入れれば良かったと後悔。貨物船説によると巷児句は色物が多い。これも出たばかりの角川ミニ文庫『俳句歳時記 冬』に収録されている句を見ても、「初冬や年へし恋のなかだるみ」と、「後厄のおんなともだち春隣」と両方とも恋の句。同じ文庫の『俳句歳時記 秋』にも、「月のさびしき頬にふれしのみ」あり。これも恋の句。わかりましたか。
 巷児・小沢信男、6月に『 昨日少年録−その一 亀山巌』を出版。これはミニ本とでもいうんでしょうか。面白い出版人の面白い評伝。詳細は次号の「OLD STATION」で。つい最近は『東京人』来年の新年号に「東京のお土産」という随筆を書く。アーサーのお土産の話なり。小生、早くも立ち読みで読んじゃいました。ところで巷児句のもう一句を。

 湯豆腐やもう幾丁食うと来世紀      巷児
            
 小水便が天に入れる。だって来世紀と大きく出てるじゃない、と。でもこれ「もう幾つ寝るとお正月」じゃ。毎日一丁食べるとしてあと三年と数日、1,100丁はいけます。

 ちゃんちゃんこどの爺さんも眉太し    蝉息
            
 巷児、騒々子、みなとの人の点を集めて3点。つまりはそういう句なのね。ちょっと面白い所に目をつければ俳句になるという。騒々子も見事にひっかかったくちです。俊水、これはちゃんちゃんこに失礼という。第一みんな眉が太いなんてクローン人間ではないのか。七人の小人の後日談、七人の爺さんとの説もあり。蝉息ぐうの音もでず。今回不調。
 しかし、余白句会師範代としては蝉息・八木忠栄は大活躍なのだ。今年は5月に新詩集『こがらしの胴』を出す。これはサブ・タイトルに「俳句と会う」とあるように、詩と俳句の激突の詩集です。これが評判を呼んでか8月15日には黒田杏子主宰の「NHK俳壇」に出演。余白句会初めての快挙です。しかしテレビで見ると蝉息は山城新吾に似ていい男だねえー。テレビでも犬の句を褒めるのが蝉息らしい。前述の角川ミニ文庫冬にもあり、「この道は犬に従ふ虎落笛」。個人誌「いちばん寒い場所」も昨年末に俳句特集を行い、この11月には第4弾の俳句特集。どうなってるんだ。狂ったか。こんなのなんかうまい。「男湯と女湯ありて町寒し」。そういう俳人が、なんで句会に次のような句を発表するんでしょうか。「湯豆腐や心許せる友わずか」。これ本当なれば、蝉息、不幸なり。

 湯豆腐の少し黄色に残り飯        みなと
            
 宗道が天に推す。ありのままがいい、という。この「少し黄色」でもめる。いったいどういう状態なのか。作者の説明によれば、底の昆布の色が染みたというのだが。ただなんとなくわびしい雰囲気はあります。これはいままでの飲み屋や宴会でのものとは違って、恐らくは自宅での食事でしょう。いや、宴会の残り飯を従業員が食べているところかな。いずれにせよ、あまり美味しくなさそう。少し怒って(プリプリして)食べているのだ。
 みなと句でば点は入らなかったが、「卒業もはるか彼方の机かな」が、素直でいい。
 みなと・有働薫、『詩学』12月号に「ドラキュラ東京」と題して5編の詩を発表。短詩「波」好きです。「朝起きると/波が逆巻いていた/「荒いね」/紅茶のカップを前にしたむすこにつぶやいた/黙っているむすこの手許にしぶきがかかった/もうここも引き払わねわねばならない」。こういう詩を組曲にして、いっぱい書いたらどうですか。
 翻訳てはアンヌ・ストリューヴ=ドゥーブ女史の「マン・レイのまなざし」という文を「みすず」に発表。がんばってます。

 人よ、不意に切なくなるぞ冬机      花緒
            
 道草、貨物船、山羊のうるさ方が人に入れる。「人よ」の後に「、」が入っているのが珍しい。詩的形態だ。呼び掛けも句としては新しい。冬机は造語。春机、夏机とは形容できないから、これはこれで感じが出ている。こういう句はもっと評価されないといけない。花緒句では点が入らなかったが、「湯豆腐や炬燵で触れる指の先」が意味深。これは場所は自宅か下宿での情景でしょう。親戚や友人らがいる中で、わからぬようにそっと触れる二人の指と指。実感がこもっているが、句は湯豆腐、炬燵の季重なり。
 花緒・加藤温子、今年5月に思潮社より詩集『春の声』を出す。幼年の記憶から、最近のオーストリア旅行まで、旅の記憶の重なり合う、旅愁の詩集といっていいでしょう。
 夏にはタイ(?)に行ったという話あり。海外にいる時のほうが体の具合がいいそう。普段は、病気の問屋のようなひとなのです。
 実は花緒は、今回の六義園の周辺は、幼年時代からのお馴染みの土地なのだ、という。どうりで歩く姿がこのあたりの風景にぴったり合っていました。育ったのも高校も、大学も文京区。ただし六義園はずっと昔に入ったきりで、何十年振りということでした。

 がらがらの電車の速さよ秋の暮      貨物船
            
 せっかく新しい秋の暮を持ってきたのに、みなとのみしか認めず地の2点。
 貨物船・辻征夫、今年また八面ろっぴの活躍。冬には朝日新聞に詩の連載をし、春には前橋文学館に詩碑が建立される。騒々子、付添いで除幕式に行く。その後の市長招宴の席上、前橋の名物品にいいものないかと問われ、「かかあ天下」はどうか、といい、周囲を唖然とさす。また詩碑が増えすぎたらどうすべきかとの問いには、前の広瀬川に蹴飛ばしてしまえ、と説き一同仰天。(花緒句の「句碑ばかりドミノ倒しの秋の暮」はこれです)。
 秋は『新潮』11月号に小説「遠ざかる島」を発表。少年時代の三宅島(と覚しい)での家族と足の悪い女中との生活を描いた、清洌な少年小説です。抒情詩のみごとな散文化、西洋絵の具で描かれた日本の家族の生き生きとした具象化である。小生、昔読んだイタリアのエレサ・モレンテ女史の「禁じられた恋の島」を思いだした。 12月6日にはNHKの「未来潮流」に出演。「現代詩は蘇るのか」というテーマでしゃべる。年末にはパリに行く。ところが、その前に転んじゃったのです。8日前回の句会をした向島の「三流一貫」の寿司屋で呑んだ帰りに、路上に転倒し、顔を4針縫うという事故を起こしたという。最近は右目の網膜剥離の後遺症か、歩くにもふらふらしていた。そこに好事魔多しである。これではまるで「フランケンシュタイン、パリに行く」だ。

 妄想数日机にほこりふところ手     道草
            
 小水便のみ人に入れる。もし青蛙選者にいませば(遅刻して選に間に合わず)、きっと天に入れたであろう。ぼーとして道草原稿執筆手につかず。机に埃たまるのみ。傍らの愛犬、心配して主人の顔を嘗めれど、主人はふところ手。かなあー。道草句では、「ちゃんちゃんこつんつるてんや腹巻も」がいい。ドリフターズの加藤茶の「ヒゲ親父」みたいだ。この句の雰囲気は、『現代詩手帖』6月号に発表された詩「乾パン」に似ている。そうです。道草・多田道太郎、ついに詩人となる。処女作(かどうか知りませんが)は「OLDSTATION」5号に、二作目は読売新聞に書いた(という話)。そして三作目で専門誌に登場。順調な足取りです。一方、『群像』の「放火論」は、なにがなにやらわからない内に終わる。それもそのず、新年の肝嚢の手術が終わって幾らもたたないのに、今夏は腸閉塞で(本人はうんこ詰まりといってますが)ピンチだったのだ。句会が秋に出来なかったのもそのせいもあったのです。
 しかし禍福はあざなえる縄の如し。その病気が直るのを待っていたかのように、今度は京都市の文化功労者に選ばれる。そしてそれを祝って11月29日(すなわち当句会の前日)京都宝ケ池のプリンスホテルで「多田道太郎の今」という会か開かれ、余白句会からは三人が招待されました。巷児師匠は道草の俳句の先生として、貨物船は詩の先生として、騒々子は「OLD STATION」代表としてお祝いに加わりました。行けなかったひと、御免なさい。京都でもっと呑みたかったけど(宇治句会で御世話になった奥さんや、武庫川女子大の人達や、寒川猫持さんもいらっしゃたのですが)、次の日が句会なので、涙を呑んで帰ってきました。

 俺を詠めと机の上に御器が来た     俊水
            
 小水便が地に入れる。そうだろう、これがいいだろうと俊水。が、だれもうなずかず。そのはず、ほとんどの者が御器の意味がゴキブリと知らなかったのだ。「ぎょき」と読んでいるものもいた。カタカナで書けば点入れた、というものもいた。俊水嘆くことしきり。教養がないなあー。騒々子、知ってたが点入れず。俊水句では点が入らなかったが、「ちゃんちゃんこ忘れてばれちゃった父の恋」が面白い。これはどういう状況なのだろうか。いつも着て出掛けるちゃんちゃんこを、恋人(老いらくの恋だ)の所に忘れてきたのだろうか。それがばれて、照れちゃってる父なのだろうか。この場合は老妻はもういない(そんな気がする)でしょう。この句実は、この11月に新潮文庫に入った谷川俊太郎編の『母の恋文』のパロディ句なのだ。せっかくヒントを与えているのに、みんなわからなくて残念。だって、みんなまだ読んでないんです。ちゃんと読みなさいよ。これでお父さんが詩を書いかれていたなんて、初めて知りました。母の恋文って、いいなあ。羨ましい。 俊水・谷川俊太郎、このところもっぱら谷川賢作のバンド「ディーバ」のマネージャー兼応援団として全国を駆け回っています。これは日本で唯一の「現代詩をうたうバンド」で、10月にハニカムレコードから「なあに/ディーバ」というCDを出しています。 12月6日にはNHKの「未来潮流」に出演。「現代詩は不況に強い」と言明。

 ちゃんちゃんこ幕引き十年下足番    騒々子
            
 道草、紙子が人に入れる。下足番が好きなんだ、と道草。前回、俳句が幾らかわかってきたと書いた騒々子、まったくわかってなかった。禅でもそういう段階があるそうで、悟ったというのはまったく悟ってないことらしい。この句は場末の劇場が舞台。田中小実昌のようなちゃんちゃんこを着た男が、幕引きと下足番を兼ねて働いている所。「十年じゃ修行が足りない」との蝉息の意見もありました。そういう役ではだいぶ前のテレビ・ドラマ「夢千代日記」のあがた森魚のストリップ劇場の証明マンが良かった。しかし、この零落趣味も趣味じゃなく現実のものとなると、こわいですよ。
 騒々子、この年末の『俳句研究年鑑』には「OLD STATION」主宰者として写真入りで掲載されている。また今年から『俳句年鑑』の「俳人住所録」にも登録される。ところがその名前が井川騒々子となっているのだ。当たり前のことにこちらはびっくり、俳人ってそうなんだ。これでずっと通せば、終いには本名は家族にしか通じなくなるだろう。波郷も山頭火も芭蕉もそうだったのですね。俳人の気分がやっとわかりました。

 机上荒れ雪の頁に鷹が射す       青蛙
            
 今回、遅刻して選に間に合わず、ひとり席から離れて煙草をすい、黙ってビールを呑んでいた青蛙の句。これなんか、詩人清水昶のエッセンス句じゃないか。なんか、すべての要素が入っている、てんこ盛りの句だ。しかし、かっての若き前衛俳句の面影はある。それが「暴落の東京にそっと秋の暮」というんじゃ、さみしいんじゃない。
 清水昶、今年は1月に砂子屋書房より詩集『芭蕉』を出す。装丁良し、中身良し。久し振りの気合の入った一発といっていいでしょう。この詩集は今年度の萩原朔太郎賞の最終候補となる。2月には彼が敬愛していた埴谷雄高が死ぬ。5月には谷川雁について松本健一と対談。7月7日には新宿ロフトプラスワンで女流マンガ家と七夕トーク(観客10人) 。秋には九州の某女子大学の詩のコンクールの選者として九州に行く。今年(か去年)、初めて詩が教科書に載る。教科書詩人となった訳です。これで一生食えるようになった、と喜んでいたところ、貨物船等に掲載料を教えられ、あまりの小額にがっくり。
 今回、仕事で休めず句会と投句も欠席の赤帆・清水哲男、この11月に書肆山田より最新詩集『緑の小函』を出す。いい詩集だなあー。洒落てるなあー。よだれが出るような詩集だ。こういう詩集を見ると、ほんとにヤラレタと思いますね。いま赤帆は痛風の再発が収まったところ。貨物船のその赤帆への挨拶句あり。「湯豆腐や痛風といふ風が吹く」。余白句会には赤帆の他に裏通、騒々子の痛風持ちがいる。痛風は贅沢病にあらず。貧乏人でもなります。大敵はビール。この三人ビール好きが共通。特に赤帆に於いてをや。

 句会は早々と4時に終わり(追い出され)、一同暗くなりかけた園内を散策。会場は独立家屋の和室の「心泉亭」でした。ここ六義園はかの元禄時代の立役者、柳沢吉保の私邸跡。将軍綱吉が度々足を運んだ所でもあります。維新後は三菱の創業者・岩崎弥太郎の別邸となる。回遊式の池のある典型的な大名庭園だそうです。いまは東京都の持ち物です。
 当日は紅葉の最後とかで、一般の見物客も多い。テレビでも紹介された由。その優雅な小道を優雅でない一行のろのろと歩く。池の対岸まで行くや、案の定、青蛙の姿が見えなくなる。はぐれたか。ほっとけ、という声に、俊水、蝉息、花緒の三氏、これで失礼します、と挨拶して正門から去る。残りの諸氏とぼとぼと最初に集合した入口に行く。と、ちゃんと青蛙がいるではないか。さっさともと来た道を帰っていたのだ。
 一同ここには用なしと、二次会の会場「思い川」に急ぐ。何故か余白句会は、二次会にはいつも予定より早く着いてしまうのだ。5時には二階の座敷で呑み始める。ここは三浦哲郎の有名な小説「忍ぶ川」のモデルとなった店。なに、幹事の騒々子、東京散歩物の大家の巷児師匠から知識を与えられただけです。ゲストの小水便(この俳号、やめてくれ)と呑むのも久し振り。呑んでいる内に道草の秘書役の岩城万里子さん、大阪からやってきてここを探し当て合流する。更にこの日のために呼んであった地元駒込の人、小長谷清実さんもも駆けつけ、にぎやかな酒盛りとなりました。小長谷さんは去年の忘年会でもご一緒したのだ。しかし、とにかく早くから呑んでいるので9時にはかなり酩酊。ここで別れることとし、道草組と巷児組とでバラバラに三次会。我等巷児組無事に帰れど、青蛙と小長谷組の運命いかん。後で聞いたら青蛙、小長谷宅に行き、音無しくタクシーで帰ったそうである。まずはめでたし。

 故事熟語腸に沁む秋の暮        騒々子
                                              
1997・12・13 記


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