| 第30回余白句会報告記 |
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井川博年 1997・4・13(日) 東京・向島「百花園」 |
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【イナイモノ勝ち句会】 へえこれが雑草雑木百花園 道草 いやーサンザンでした、今度の句会はー。小生の成績もさることながら、欠席者が多くどうしようもない。前もってわかっていた俊水の欠席(当日は福岡)に加え、前日になって紙子が風邪となり、ゲスト投句しているアーサーも仕事で来れないというし、専門家を入れ少し気合を入れようとして招いた筑紫磐井も、肝心の日に風邪をひき、床を離れられない有り様。ズボン堂また音沙汰なし。これで欠席五人。なんというこっちゃ。 その上今回に限って、現場句稿持込方式を変え、小生宅に投句する方式をとったため、受付が大変で、小生中を見ないで整理していたから(ファックスで来たものもすぐ裏返して句を切り取った)、誰が誰だかわからなくなり、入ってたと思った道草句が入ってなかったことがわかり、当日、あわてて追加するという不手際となりました。 仕事がメチャ忙しく、残業につぐ残業と休日出勤、その合間によりによって難しい兼題(蝉息出題)だ。小生フラフラで句会の朝を迎えました。ところが、貨物船と山羊は優雅に道草に付き合って、前日の土曜日の午後から浅草に遊び、夜は雷門のすぐ近くのホテルに泊まり、句会の日曜日は朝から隅田川を渡り、向島逍。と洒落ていたのだ。道草は巷児師と共に「時代小説を読む会」というのを開いているので、その会に出るためと余白句会のために、はるばる宇治からのお出かけである。 さて一方こちら東京西北方組は、12時30分に浅草雷門で待ち合わせ。小生「尾張屋」(荷風行きつけの店)でソバを食べて行くと、花緒、みなとの二人もう来ている。青蛙も門柱にもたれてビールを飲んでいる。青蛙、何日も前からこの日のことが心配で、何回も小生宅に電話してきていたのだ。こうなると来ないのは赤帆のみ。ところが時間に正確な赤帆が現れない。心配になり家に電話すると、なんと家で仕事をしているではないか。「句会どうしたの?」と言うと、「えっ、今日だったの! 来週だと思ってた」と言う。驚いたのはこちらである。赤帆が日にちを間違えるなんて−。(後で貨物船いわく「清水兄弟は両方がしっかりしていることはないんだ。どっちかが駄目なんだ。普段は兄がしゃんとしてるけど」と。)「二次会には行けるかも知れないから先に行っててくれ」と言う。 そこでタクシーで百花園に行く。なかなか入口がわからなく、降りたところから迷って道を聞きながら行くと、ぽこっと公園が現れた。中に入ると先の道草、貨物船、山羊の三人と巷児師匠、総武線の近場の蝉息、裏通、句会ある所何処でも顔の宗道、みな揃っていて、すでに園内を散策している。こちらも早速合流し、ここで1時間ほど休憩してその間席題(当季嘱目)の句作です。天気はいいし、暖かいし、あちこちに花が咲いているしで最高の環境です。ここは以前安西均さんを呼んで余白句会をしたことがあるのだ。その時は園内にある会席の「お成り座敷」を借りたのだが、この日は4月の日曜日とあって予約済で駄目。従って今回はここでは園内見物だけで、句会は二次会のお寿司屋で行うことにしてありました。一同時間になったので、園入口で記念撮影をし、向島二丁目の店まで歩く。これがまあ本当に本物の迷路なのでした。東京下町の路地ってこんなものなのだ。あちこちに防火用の消防水槽があるのが目に付く。ここら辺りは貨物船の育った所。百花園のすぐ近くが彼の出た墨田川高校で、「あつみ寿司」もこの近くの小学校の同級生なのだ。 さてそこで、選句の開始です。料理が出て酒が出る前に選んでおかないと、訳がわからなくなる。そこで、お茶飲んでの4時からの選の結果、天となったのは次の句でした。 ある朝の焼海苔にあるうらおもて 巷児 今回、出席者が少なく票が割れたので6点で首位。後日の欠席者点を入れると10点でやはりトップ。人に入れたが裏通、どんな朝なのだ、と首をひねる。なんだかわからないと青蛙。騒々子また「ある朝」を読み切れなかった。これは男女の関係の朝なのですね。作者の説明によれば、新婚の朝の話だそう。この微妙な心理がわかった山羊、蝉息、それぞれ天と地の点を入れる。後で天を入れた俊水、人を入れた赤帆もわかっていたのある。青蛙、騒々子は男女の機微にうとい。おんな組はわかっていたが点を入れなかったのだ。 巷児句は他に兼題の「海苔・苗代・ブランコ・教師」の内のブランコを扱った「誘拐犯犯未遂ぶらんこ揺れている」というものあり。小児誘拐未遂なのでしょうね。幼稚園のブランコだろうか、未だに揺れているのが怖い。俳句でこんなのは珍しい。犯罪もの作家小沢信男の作りそうな句です。磐井、人に入れたのはその辺を見てのことだろう。次ぎは地の句。5点句が4句もそろってしまった。まずは宗道句。 海苔干して若狭生まれの意地通す 宗道 蝉息が天、花緒が地。作者がわかった途端、非難轟々。なんで若狭なんだ、という声しきり。若狭の地名に昔風の味がある、と好意的な意見もあったが、若狭は海苔の名産地じゃない。小生、出雲若布の本場で姉が養殖しているから知っているのだ。東京湾の方が有名である。宗道句はいつもひとひねりしてあってプロっぽいのだが、それだけだ。別の句の「人情の島の教師の春ごろも」もなんじゃこりゃ。「二十四の瞳」じゃあるまいし。他に池田満寿夫の追悼句(会ってもいないひとの追悼句なんか作るな)を出せど、兼題外れの石鹸玉の句で失格。減点ものだ。次も地の句。先に海苔の句を。 海苔巻のまだあたたかきバス乗り場 赤帆 宗道の地、巷児、貨物船、蝉息の人。後にアーサーが天に入れている。これねー。会社に海苔巻持って行くひとはあんまりいないだろうから、やっぱり遠足なのだろうか。お母さんのものだ、と宗道。騒々子、海苔巻が懐や鞄の中で崩れそうで気になって点を入れなかった。その点では道草のいう「海苔巻は冷たい方がうまいんや」という説に賛成です。 ここでこの句が当日欠席の赤帆句とわかったところで、更に追い打ちの句です。 ブランコや女が脚を干している 赤帆 貨物船の天、蝉息、騒々子の人。後日は磐井の天、俊水、アーサーが人を入れ、合計では堂々の二位です。うまい句です。脚を干している、というところがいい。これは素足のスカートをはいている女、即物的な見た通りの面白さ、と貨物船。なげやりな放心した感じが出ていると思う。少しいやらしいなあ、とは道草。それでか、おんな組は点入れず。 ここで寿司屋に電話が入り、赤帆欠席とわかる。これで欠席者が六人。今回はこのイナイモノたちに振り回されます。最後の地の5点句もそう。 つぎの戦争までを漕ぎます半仙戯 磐井 「半仙戯」がわからないもの多し。これは「鞦韆」とならんで「ぶらんこ」のことなのだ。自らも「反戦歌唄うものなし半仙戯」という駄洒落の句を出した裏通が天に入れる。山羊が地。この平和な時代を皮肉っている、と。無理ある、と貨物船。「戦争」「半仙」の言葉遊び。駄目だこりゃ、と青蛙。磐井他にも「愚痴ほどの海苔食うて酒ほろと酔ふ」で宗道の天、花緒の人をとり4点。「昼飯に苗代寒の手を焙り」という渋い句で騒々子、花緒、蝉息の人を集めて3点。一転して「かもしれぬ風船教師糸切れて」というフーテン句で青蛙の1点(これは後日点では赤帆が地に推している)。これで全句得点というあざやかな腕前で赤帆に次いで総合2位。さすが俳誌「豈」の編集長です。現在評論活動の傍ら、昨年急逝した摂津幸彦の追悼号を編集中。 言ふべきかきみの歯に付きし海苔に惑ふ アーサー 騒々子の天、みなとの人。この口調が大袈裟で時代がかっていて面白い。だがそれだけである。こんなものはキスしてとれ、と巷児。作者がわかると、なんだこの相手は紙子のことか、とみな納得。紙子・木坂涼さんは、この作者のアーサー・ビナードと4月に結婚入籍したのだ。おめでとうございます。アーサーは他にも「ふらここに吾乗りて児らは遠慮する」という句で道草、裏通の人。皆がこんなことしちゃいけないといった「この野郎!苗代男を蹴って帰る」という乱暴な選外句を、磐井、面白がって人に入れ、同じく選外の「蟇出でて我を見返す教師面」も後日点で俊水が地に入れ、これで全句得点。 どうしたんだ、イナイモノたちばかりじゃないか、ということで俊水句も登場。 小姑の小声の小言苗代田 俊水 語呂合わせもリアリティがある、と山羊。田舎の田圃の小姑がなかなか、と巷児の人。それが作者が俊水と知るや、ほんとに田圃知ってるの、とみな厭味をいう。作者不在だとこうなるのです。俊水句「元教師背中平板花の下」。仕方なく選んだが、と青蛙が人に入れる。笑える、とは道草。その道草、貨物船が人に入れた「さようなら」ブランコまだ揺れている」は青蛙、当たり前の句、と断定。他にも「はがれない上あごの海苔宿の朝」もアーサーの後日点をとり、これまた全句得点。イナイモノが一巡したところでやっと、 鬱王や下駄揃えのちブランコへ 道草 みなとの天、山羊の人。「鬱王」を造語ととって、いいと思ったとみなと。ところがこれは赤尾兜子にあるそうである。騒々子中国の京劇の隈取りの面を被った男がブランコに乗っている様を想像していた。「下駄」は木山捷平の詩から、「ブランコ」は自殺のイメージというが、わかるのはブランコだけでしょう。道草、この句への反応より選外の 女教師の別府の春のえくぼかな 道草 を、どうしてみんな入れてくれないんだ、とこぼすことしきり。これ、思い出の句なんだ、と。巷児メモを見て、入れるつもりだったんだけどなあー。いや、これは騒々子も入れるつもりだったんです。本当にー。いい句の証拠に後日点で磐井が地に入れてます。これで連衆、面目が立つ。 道草句については、先日送られてきた『俳句界』という雑誌に、大牧広というひとが去年の雑誌『鳩よ』の俳句特集について触れ、〔いま確実に俳句が変わってきている〕として、その証拠に特集中の「わたしの好きなこの一句」の中で各界6人が挙げている句の内誓子、放哉以外は殆ど初見に近い句ばかり、と書き、〔俳壇外部の人が座標に据えている俳句は実はこのような俳句であった〕と俳壇に注意を促している。その一句が寒川猫持が取り上げた道草句、「袂より椿とりだす闇屋かな」という余白句会の句なのである。 これはすこぶる示唆に富むエピソードであると思う。実は後述の席題の選で道草は「こんな選び方をしてたらあかん」としきりにいってましたが、そこらへんの所でしょう。少し気合を入れて選をしなければならぬ。次回からは天、地、人、人、人の他にもう一つ地を入れようと、巷児師の方からも提案がありました。 ふらここのふらふらここの児はかなし 裏通 これからは一人天句で、これは巷児の天。作者がわかって、えーといってました。この言葉の感覚は捨てがたい、と巷児。反対に、遊びすぎ、と蝉息。作者は20秒で作ったといってましたが。裏通、今回は言葉遊びで行く。もう一句の「四万十の川海苔空のいろをして」はみなとがきれいと地。後日点では赤帆の天です。「四万十」なんて「知らんと」。もちろん作者行ったことなし。これはそれよりも、この句会の前夜に道草を案内して、貨物船、山羊が行った浅草の寿司屋「金寿司」(池波正太郎行き着けの店)で、よく出てくる川海苔なのだ。裏通も騒々子も貨物船の店だから知っているのです。 多田先生は酩酊木蓮は白きかな 貨物船 とろんとした感じがいい、決しておもねった句ではない、と花緒が天。これはよく読むと気分いい句である。「花は紅柳は緑」という感じ。赤帆が追加して人に入れる訳だ。もう一句「海苔いちまい微風にけぶる裸かな」が問題。内容がです。みんなどうして気付かないの、と巷児は地。気付いた俊水、後日点で人に入れる。作者の説明「これポルノ」を聞いて他の鈍い連中始めて気付く。あのヘアーは業界用語では確か「板チョコ」と呼んでいるはず。この句には、以前呼んだあざ蓉子さんの余白句会での句、「夕焼けは全裸となりし鉄路かな」の余影があるように思えるのは考えすぎか。貨物船、雑誌『鰭』に「貨物船拾遺」として俳句20句を発表。『俳諧辻詩集』こぼれ句なり。本人いわく。「こんなに俳句が下手とは知らなかった」。 そしてだれもいなくなりたる海苔一缶 花緒 道草の天。なんかへこんだ缶の感じだなあ、と。これは家中の実感なのです、と作者の弁。もちろんかの有名なアガサ・クリスティ女史の推理小説の題。青蛙の電話帳のカバーがこれで、笑っちゃったなー。「そして誰もいなくなった」。清水昶のユーモアです。 花緒句では「ブランコの縄音もなく花の雨」はどこで切るのか、「ブランコの縄」「音もなく花の雨」なのか、「縄音」なのか。「縄音」とすると死刑のイメージもあり凄い。俊水、後日点で人を入れている。どっちでしょうね。 干海苔の缶あけてみる御来迎 みなと これ面白いのになあ、と騒々子の地、宗道の人。海苔の缶の裏は鏡のようになっているではありませんか。あれが御来迎なのだ。これ「豈」の磐井なら入れるぞ、とおもっていたが入らない。何故だ。単なる面白がりだけだからだろう。それにしてもいつもは「見たまま俳句」のみなとがこんな句を作るとは。みなとの別の句は「早苗抜く苗代水の深さかな」に宗道の点が入ったが、作者は頭で作ったもの、という。宗道は農作業を知らない。騒々子も知りませんが。ここからは元気なし組です。 碗に海苔ぶちこんでさて浜の飯 蝉息 躍動的でいい、と裏通の地、貨物船の人。浜の飯は魚ぶっきり味噌汁が多く、海苔は少ないんじゃないの。それに干してある海苔を食べるなんてもったいない。岩海苔なら寒くて外では食べられない。と、まあけちをつけるのだ。蝉息は山には強いが海は弱そう。今回の兼題「苗代」なんか考え出すのは越後生まれの蝉息しかいない(大いに迷惑しました)のだ。その蝉息が町を扱った「鞦韆にしばし纏はる夕あかり」は、類型的といいながら裏通、宗道、花緒が人を入れる。それよりも「三月の外人教師サヨナラネ」はみなと、赤帆もちゃんと点を入れていて、こちらの方が面白い。 かわってもいやだブランコ揺れている 山羊 道草、貨物船の人。幼稚園の子供のいさかい。どこでも意地になる子がいて、それを見て泣きそうになっている子がいる。この句は俊水句の「さようなら」とどこか似ていると思いません? 山羊句では、他に誰も点を入れる者はいなかったが騒々子の人の「海苔海にうばわれ白き握り飯」がいいですぞ。茫然自失している少年の様子が目に浮かぶ。この場合は最初から海苔を巻いてある海苔巻ではなく、大事に大事に持ってきた海苔なのだ。だんだん一句組になってくる。わけても今回は傑作を引っ提げてと自信満々の青蛙、 いまはなき青に茫然苗代農少年 青蛙 道草の人。ほんとに茫然ですよ。青蛙は騒々子と同年であるが、子供の頃田圃に入ったことがあるという。兄の傍らで弁当を食べていただけではないのか。騒々子、青蛙と同年なれど田圃に入ったことなし。田圃の姉や祖母に弁当を持っていったことはありますが。この句より全員共感(これだけはわかるなあ、という)の句は「少年期教科書立てて母の海苔弁当」でした。美味しそうだなあ。早弁を思いだすなあ。最後にドン尻の騒々子。 休日は茄子をもぎおり老教師 騒々子 みなとの人の一点のみ。不調です。なんだこりゃ、といわれそう。「春だけの臨時教師や赤っ鼻」も駄目だったし、「ブランコやピエロ落ちきて春の闇」も、どうした、騒々子といわれてました。反省します。 これで兼題は終わり、次は飲みながらの席題の選となりました。結果以下の通り。 天 八重桜福海甘酒の小旗かな 宗道 鈴蘭の花の形となる日和 宗道 地 萍のみずたいらかに静もれり 山羊 浅草を過ぎて隅田のおいらん草 山羊 宗道、山羊のひとり勝ち。しかしどうして席題となると俳句っぽくなるのだろう。先程の道草の話ではないが、気に食わない。われわれ何処かに俳句とはこういうもんだ、という意識を持っていて、急な時にはそれが出てくるのだ。写生がその典型である。サマになるということをつい考えてしまうのである。まだまだ、修行が足りない。その中では、 藤棚の影格子縞向島 巷児 は流石です。これは巷児得意の地名句だ。その上、格子・巷児の語呂合わせもある。 ここで選を終わるとあとは「あつみ寿司」こころ尽くしの料理をいただきました。寿司の酢が赤酢を使ってあるので、独特の風味です。小生、とても気に入りました。空揚げも河豚だったのに、気付いたもの少なし。この店は今年3月に改装したばかりで、ご主人は貨物船・辻征夫の小学校の同級生です。こんな所も東京下町はいいなあ。一同10時頃まで大いに飲み、喋る。終わって御座敷の「三流一貫」の額の前で記念撮影。この額はいい記念になります。三流一貫を忘れないようにしよう。 外に出ると春の夜です。ここで別れるひとは別れ、残りのメンバーで浅草「神谷バー」に行く。とにかくよく歩いた一日ではあった。最後に、 くちなしや俳句は下手な方がいい 騒々子 |
1997・4記 |