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第×回余白句会報告記

井川博年

1996・3・3(日)
東京・『新宿文化センター』和室会議室
【大広間句会】

 パソコンの指ドレミファソ水ぬるむ   山羊
            
 今回の句会は三月三日、すなわち桃の節句に行われましたが、小生、いまひとつ気合が入らない。これ俳句に非ず、詩に非ず、家庭の事情です。
 まず、小生の経営する(といっても社員は女房ひとり)有限会社が、91年の商法改正の最低資本金制度の導入のあおりをくらって、今年三月までにあと200万円の増資をしないと、国に解散させられてしまうという大ピンチに陥り、この対策のために、昨年末から区役所、銀行・登記所、司法書士事務所と通算15回ほどいったりきたり交渉し、やっと女房のヘソクリで融資に成功してどうやら会社をつぶさずに済んだ、ということがあります。
 この件で有限会社300万円、株式会社1,000万円をクリヤできずに解散させられる会社60万社、失業者100万人といわれている。当方知ってはいたが、甘く見ていて土壇場でじたばたしてしまった。これから借金を返さなくてはならない。
 それに加えて、いま借りているぼろビルが四月から二割値上げするという通知がきたので、激怒。この家は十年程前に起きた「杉並一家殺人事件」の犯人の伊藤龍氏の母親の持ちビルで、わが一家はそのおばあちゃんに気に入られて、最初から安く住んでいたのだが、事件後、おばあちゃんが裁判費用に当てるため(龍氏は一審無期)不動産屋に売ってしまったので、以降は特別扱いはなくなり、最近大家はつとに強硬であった。
 やむなく、すぐ近くに安いマンションを探して移ることにした。ここでも女房が頼り。それにしても、これで二十年近くに渡って、線路沿いのぼろビルに住み、台所に板を貼り、ワープロを置き原稿を書いてきたがそれも終わりである。今まで1フロアに2K×2あったが、今度は狭い3DK。そのため場所をとる全集本などは全部売ってしまった。切り抜きと文庫本があれば結構。二十代の昔に戻って、原稿は喫茶店で書き、詩は歩きながら作ろう。これからは生活のレベルを下げないと、生存できない。
 というわけで、句会に出る頃は最悪の状況でした。最悪の状況はズボン堂・中上哲夫も同じで、昨年春以来の失業生活では俳句どころでなく、とうとう今回は句会も欠席、投句もなしということに相なりました。この三月、めでたく早稲田大学の二部の国文科を卒業する中年学生・白川宗道も、学校の用事で句会は欠席。ズボン堂、宗道は当会の名物男だけに、顔が見えないのは残念です。芝居なら贔屓筋から文句が出るところだ。
 さて句会当日は朝から絶好の日和。ただ、春は名のみ風冷たし。小生、一時前に会場に着くと、早くも山羊、みなとの小田急線の連衆来ている。この新宿文化センターは巨大な建物でまあひとくちにいえばバブルの産物。中は明るく、ホールや会議場が幾つもある。その二階のレストランで、ランチとビールの昼食を食べている内に巷児師、花緒、青蛙が顔を見せる。青蛙、遅刻しないできたのは初めてだ。一同揃って四階の和室へ。
 これがまあなんと、35畳もある立派な部屋なのだ。おまけに外にはかなり広い庭までついている。これで半日6,500円。安いですよ。毎週借りて寝ててもいいじゃない、という者あり。又貸しして儲けろ、という者あり。詩人将棋大会を開いたら、という者あり。向かいの洋間の会議室は「なにやら短歌の会」という看板がかかっているが、こちらにかかっているのは「余白句会」。
 机を並べ、お茶を飲んで待つほどに、赤帆、貨物船、蝉息、紙子現る。例によって、近作のコピーなど配っていると道草、京都宇治より到着。ここで挨拶もそこそこにいつものワープロ句短冊の回収とコピーに入る。最後に忘れられていた克彦が到着、全員揃いました。
 選句のコピーができてくる迄は、例によって雑談。これが句会の一番の楽しみなのである。ここで騒々子、後述の二次会のお店のオールド・三人娘を「女を卒業したといったら、花緒さんに「女はいつまでも女よ」とたしなめられる。なんだか怖くなっちゃった。二時半より互選と、作者名を伏せての各自の勝手な批評。巧みに自分で自分の句をくさしておいて、前もって攻撃をかわすのは、いつものみなの手口です。

 袂より椿とりだす闇屋かな   道草
            
 今回最高点。作者名がわかると、どよめきが湧きました。この句、戦後風俗を描き、意外性に富み、手品のような面白さがある、とは天に選んだ巷児の言。色彩があって良い、とは貨物船の説。闇の黒と、インバネス(ルパンや黄金バットが身につけているコート)の黒。その袂より現れる(着物だと椿など入りません)血のごとき椿の赤。それにしてもこの暗黒商人は何を商っているのだろう。彼の末路はいかがなりしや。
 この句は実はズボン堂への挨拶句、と騒々子は睨む。ズボン堂・かって闇屋の話題が出た時に、「子供の頃、闇屋というのは暗闇を売る恐ろしい商売だ、と思った」と語ったことがあり、その話が『週刊新潮』の多田道太郎「句歌歳時記」に出ているのである。従ってこれは、ズボン堂がんばれ、との道草のエールなのである。
 多田さんも年末に胆石破砕手術を行ったばかり。昨年末の忘年句会はそのため欠席。今回は文字通り万難を排しての出席である。この句、誰ひとり作者を見破れなかったところ、青蛙・清水超ひとり見事に当てる。

 落椿そこで白内障(そこひ)が茶をすする   赤帆
            
 道草、貨物船が天に選ぶ。二人とも眼の手術をしているからなあ。すなわち道草は白内障、貨物船は網膜剥離。作者の赤帆・清水哲男も右目に長年の異常あり。これが不思議なことに、手術直前に突然(目玉が宙に浮き)直ってしまったという。詳しくは本人に聞きなさい。この句、グロテスクなユーモアがある。座頭市の世界みたい。「なんだか花が落ちたようですねえー。あの音では椿のようでござんすね。」と。ここでも椿の赤と白内障の白の対比。これを女ふたりの関係に直すと、『小説新潮』連載の二階堂正宏のマンガ「極楽町一丁目」の世界になる。御存知かな、あの凄い二人を。話は違うけど、同じ雑誌に連載されていた砂川しげひさのマンガ「しのび姫」のエッチな忍者の姫は、『愛人』の詩人山本かずこさんに似ていると思いませんか? みんなが眼の話をしている時に克彦、ぽつりと、ひとこと。「白内障には茶はよくないんだ」。

 陸橋をくだりて路地の椿かな   みなと
            
 赤帆の天、以下三人が人に選ぶ。元句は「つばき」とひらがなであった。みんなの意見で漢字に変える。そうしないと「路地に唾が吐いてあると思った」という紙子説のようになるのだ。そっちもおもしろい、という無責任な意見あり。この句には硬い陸橋と柔らかい椿という対照があるとは大方の説。都会の陸橋のある風景が思い浮かび、いい雰囲気がある、と赤帆。騒々子、点を入れようかと迷いに迷ったが、宗道の句ならんと警戒し点を入れず。みなと句なら入れればよかった。
 みなと・有働薫さん、このところフランスの詩人モルポア(最近来日して朗読会があった)の翻訳やエッセイで活躍。つい最近届いた「本の花束」という書誌にも「孤児マリイ」「光ほのか」(題名が懐かしい!)について、エッセイを寄稿。

 これやこのフルヘッヘンド落椿   巷児
            
 貨物船、花緒の天の句。これが判りませんでした。なんだろう、と思っちゃった。ところが知ってるひと(二人)は知ってたのだ。「フルヘッヘンド」はかの杉田玄白の『蘭学事始』に出てくる「解体新書」翻訳の有名なエピソードのひとつ。鼻が顔の中央にあって「うずたかし」なのだ。巷児は、椿が庭にうずたかく掃き集められているのを見て、この語を思い出したのだろうか。おそらくいまこの関係のものを読んでいた最中に違いない。そうでなければこんな語がポンと出てくる訳がない。
 小沢さん、『ユリイカ』一月号に妹さんの死を扱った俳句の連作形式の傑作詩「鳥渡る」を発表。これについては小生、酒井弘司氏の俳句誌『朱夏』に「先生自慢」という文章を書いたので読んでください。雑誌「東京人』に連載の小沢信男「道一名作を歩く」四月号の新宿旭町の巻によれば、「放浪記」の林芙美子は、上京した夜ひとりであのドヤに泊ったというが、小生も泊まったことがあるのだ。盗まれないように、靴を枕にして簡易ベッドに寝ていたら、朝、肩を叩いて起こされ、身分証明書の提示を求められ、失業中なので大いに難渋したことを覚えている。肩を叩いたのは刑事で、殺人事件の捜査であった。そのドヤは色川武大の常宿であったという。

 草稿をのこして眠る寒椿   青蛙
            
 いかにも青蛙らしい句である。昨年「ユリイカ』に発表した「長州草稿」は、ロマンチズムの香り高い作品であった。「寒椿」は宮尾登美子に作品あり。歌謡曲にもあり。こうなると、眠っているのは、飲んべえの詩人でなければならない。実は青蛙はこのところ、酒を絶ち俳句に専念していたのだ。その結果は「今回はかなり傑作がある」と本人がいうほど。この句、紙子が天に選ぶ。紙子・木坂涼は、今年から東京新聞にコラムを月〜金曜一年間書くので、この句境ひとごとならずや。
 反対に昶さんは体調悪く、原稿依頼を断っていると聞く。このひと、酒を飲まないと声まで変わって、山羊など「別人かと思った」というほど。でも酒飲んでいるほうが青蛙らしいしなあー。

  二五年前、八丈島に新婚の旅をせし
 椿いくつ過ぎこし方や流人島   山羊
            
 道草が地に入れる。これは前書きが気障。事実でなかったらブンナグリものである。作者に確かめると本当であるという。しかし椿と伊豆七島との取り合わせば陳腐そのもの。この句はバスで旅した感想でしょうね。「過ぎこし方」が微妙。または飛行機での感想か。
 山羊・八木幹夫、一昨年はシンガポールに家族旅行。意外と島に縁のある一家かもしれない。三月には先に花椿賞を受けた詩集『野菜畑のソクラテス』によって芸術選奨文部大臣新人賞受賞。

 ほろり酔ふ妻五十四の寒椿   蝉息
            
 おいおい、こんなこといっていいの。もし奥さんの年違ってたら大変じゃないの。それに「寒椿」という語も問題。作者に確かめると、語呂がいいから選んだ−といってるけど、真相は知らず。いま俳壇で、事実論争があるのを御存知か。句に嘘は許さないと「ホトトギス」系がいきまいているそうですぞ。
 蝉息・八木忠栄、思潮社の「現代詩文庫』に入る。他に女流詩人の諸氏と詩誌「DAINASHI」創刊、「俳句に会う」連作を掲載。『俳句朝日』にも木坂涼と共に俳句を載せる。これを読んだ、今年度の芸術選奨文部大臣賞受賞の詩壇最高齢(九十四歳)の嵯峨信之さんいわく「八木君は秋桜子以来の大俳人か」。いま蝉息、紙子、騒々子が、嵯峨さんの『詩学』の投稿の選者です。

 この寺は椿百本梅百本   騒々子
            
 俳味・ハイミーもわからん俗人共め、と貧乏寺の和尚が一喝。この句に点を入れたのは道草だけ。流石である。
 次の騒々子句「じいさまと捨てられに行く子猫かな」にも点を入れたのは赤帆だけ。流石である。二人は俳句がわかっている。子猫の句は青蛙の「子猫捨て月夜の墓に迷い込み」が見事に対応していますね。この青蛙の句はしみじみとした味わいがあっていい。選んだのは克彦で流石。その克彦の句は、

 椿咲く雨の港のチマ・チョゴリ   克彦
            
 安直を絵に描いたような句。韓国歌謡曲の「釜山港へ帰れ」じゃないの。椿咲く春なのにあなたはこない。宗道の「黒潮の岬めぐりの椿かな」も歌の文句だ。二人ともカラオケ好きだからなー。両句とも0点。
 國井克彦、昨年春からの失業保険生活。「家賃タダだから助かる」。奥さんに、家にいるとみっともないから外で働いてくれといわれるも、本人は「高齢者(五十七歳)には働く所はない」と、作家修行。ここまでが兼題の椿の句で、次は子猫です。これはいい句がなかった。しかし変な季題だ。春先に交尾した「猫の恋」の結果猫の子がこの時期生まれるというが、猫ってみんな三月生まれなの?  

 猫の子の誉めらるること覚えけり   宗道
            
 フォークボールのような変化球。この句、いろんな意味にとれますな。だが、この猫の子は駄目です。猫だけじゃなく子供は、叱られたことを覚えていることが大事なのだ。甘やかしちゃ駄目だよ。
 今回、白川宗道は欠席。そのため各人、宗道に点を入れまいと頭を絞る。ワープロの書体で判断したり、句の癖を見抜こうとしたり。あたかも地雷を探るごとし。
 休むとこういうことになるのである。今回、蝉息、この句に地の点を入れ、紙子、また人に入れる。鳴呼。

 ここから本題の雛祭りに入ります。まずは花緒句を巻頭句として、みなさんの作を連作仕立てにしてお目に掛けましょう。これ大半は選外の句です。

  連作雛祭の巻
  覚めながら見る夢の夜や雛祭り   花緒
  本日は雛の客間となりし部屋    紙子
  みちのくの眉の幼き雛飾る     宗道
  雛壇や他家の官女の美しき     貨物船
  雛の壇どこに置くべき右大臣    山羊
  笛ひろい雛の手元をのぞきおり   紙子
  ひそやかに鼓打ち初む官女かな   花緒
  耳寄せて五人囃子のかすかなる   貨物船
  しわひとつなくて雛の老いにけり  巷児
  雛人形どこのどなたのお顔やら   貨物船
  雛人形少し欠けたがよしという   騒々子
  読みさしの『三つ首塔』や雛の闇  赤帆
  折り雛の鼻筋とおり出陣す     道草
  お雛さま疎開かえりの髪みだれ   みなと
  雛壇をみつめる老女の里はるか   青蛙
  古雛や閉じ込めてみる母の声    克彦
  雛包む和紙のみ今日から真あたらし 紙子
    返句
  父さんの留守にぎやかな雛祭    蝉息

            
 どうです。見事に一遍の物語になっているとは思いませんか。ところどころ、ちぐはぐなところあれど、それも良し。連句じゃないからしょうがない。紙子、花緒、貨物船は今回の兼題の内、雛祭を集中的に作る。貨物船など全句雛祭の句。その成果は充分あがっている。
 この連作には入れなかったが、花緒句の

 病院の窓に月まんまるく雛の宵   花緒
            
 は青蛙が天に推す。「まんまるく」と字あまりなところがいいですねえー。
 花緒・加藤温子さん昨年はヨーロッパ旅行。そういえば木坂涼さんも昨年十一月沖積社より一ひとり旅入門−『ニューヨーク便り』を出す。
 貨物船・辻征夫・今年三月「朝日新聞」にコラムを連載。昨年はシンガポールに家族旅行。今年はこの三月に夫婦でイタリア旅行だそうです。このところ目の保護のために薄いサングラスをかけていて本人も「按摩さんみたい」。
 ここでもうひとつの山羊出題の無季の兼題「パソコン」は、扱いに迷ったか各人振るわず。巷児句の「パソコンのない国もあり万愚節」は、点を入れたのは赤帆ひとり。騒々子句の「亀鳴くやパソコン只今奮闘中」は誰も入れず。それぞれ季語がわからなかったみたい。情けなや、みな「歳時記」読んでないのか。
 それでもここにめでたく句会は終わり、一同、部屋を片付けながら庭など見物。この場所はもとの都電の車庫跡。ここらあたり電車が走っていたのだが、まったく面影ありません。「このすぐ近くの都立六中(新宿高校)に通ってたんだけどなあー」と巷児師匠。

 五時、時間ぴったりに外に出る。そこでいつもの記念撮影。あとぶらぶらと二次会場に向かう。
 途中、ゴールデン街をのろのろと歩く。ここは赤帆、青蛙、蝉息等の古戦場。草野心平ゆかりの「学校」が再建されたと聞いて、探せど見つからず。鳥が鳴く夕焼けの裏道を通って、われら一党いきつけの新宿南口の飲み屋『柚子』に到着。紙子さんとはその前にお別れ。
 この店は本当は休日なのを、特別に開けてもらった。地下の細長い狭い店の、カウンターの中までも客席にするという気配りがうれしい。
 ここで筑紫磐井氏の出迎えを受ける。氏には、昨年末の句会では立会い人をつとめてもらい、あげくの果てに松山から出ている坪内稔典の「子規新報』という冊子に「余白句会報告」まで書いてもらったのだ。改めてお礼をいいます。筑紫氏は昨年の俳人協会評論新人賞受賞以来つとに評論の仕事が増え新聞に雑誌にと大活躍である。近々ふらんす堂より句集刊行予定。楽しみです。
 二次会ともなるとまさに雑談。しかしまあ、こんなに俳句や詩の話を、飽きずしている連衆なんて、そうめったにいないでしょうね。
 この店のオールド・三人娘は親戚同士で、在所は栃木の元の黒羽藩の家老の家柄という。そうするとわれわれは、かの芭蕉の「奥の細道」でのパトロンの子孫の接待に与かっているのだ。話は大分前になるが、この三人にいちばん受けた俳句は騒々子の「また少し拡がる美女の扇かな」でした。わかるかな。三人とも、若い、若い。
 日頃食べない天麩羅など出て、ビールと酒と焼酎をいやになるほど飲んで、十時にお開きとなりました。日曜日だから夜は早いのだ。一同、地下からよろめきながら地上に出て、多田さんをホテルに送り、それぞれ組に分かれてタクシーで帰る。金がない、金がない、といいながら贅沢な話である。女房に聞かせたくない。

1996・3・31記


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