OLD STATION目次へ


第23回余白句会報告記

井川博年

1995・5・28(日)
東京・上野『上野桜木会館』鶯の間
【なりすまし句会】

 男なり五月のふぐり風を浴び  ズボン堂
            
 今回の句会の前に、克彦、貨物船、ズボン堂、騒々子、山羊の五人お先に浅草に行ってまいりました。けっこう浅草で呑んでいるけど、久保田万太郎の句碑は見たことがない、ってんで、わざわざ見に行ったという次第。「竹馬やいろはにほへとちりヾに」の句碑は、観音さまの本堂右手の浅草神社の境内にありました。小生久保万あまり好きでなし。例の湯豆腐の句大嫌いです。それでも記念撮影。この場所は小沢信男『あの人と歩く東京』で知ってました。みんな師匠の本読んでないのか? 句碑見物の後は待乳山に向かう。
 「まつち山」は聖天さんを祀る江戸の名所です。大根が名物。しかもそのデザインは二本のぶっちがい、すなわち男女の足をからみつかせたもの。それもそのはず主神は歓喜天なのだ。小生ここは周知の場所。いま愛読中の石川英輔の大江戸シリーズでお馴染みの所だからである。江戸時代へタイム・スリップした科学評論家の速見洋介が辰己芸者のいな吉とお参りするところなのだ。詳しくは講談社文庫『大江戸神仙伝』以下の小説を読まれんことを。
 この日も水商売らしい凄い美人が、お稲荷さんに手をあわせていましたが、我等の運命とは係わることなし。一同よろよろと裏町を通り、昼間から蕎麦やで酒を呑み、夕方からは本格的にどぜう「飯田屋」で呑む。本当は句会の下準備だったのだ。しかし俳句できず句会う やむやとなる。そこで一句。「梅雨入りや紙問屋あるまっち山 騒」。

 さて今回の句会は「人間ファックス」改め道草・多田道太郎さんを宇治より迎えて行われました。1時に上野駅動物園口で前記の中年隊にみなと、紙子、蝉息を加えみなで待ち合わせ。時間きっちりに現れた多田さんのいでたちは、夏ものの黒のよれよれ(と見えてコム・ デ・ギャルソン)の服に黒のソフト(ボルサリーノでしょう)と決まっています。
 この日また天気良し。サリン事件と関係なくお山は家族連れで満員。多田さんと歩いているとヤクザの組長と手下という感じですな。または一休さんとその従者か。芸大の周囲の木陰にはホームレスのテント村あり。音楽学校に滝廉太郎の銅像あり。その先の道路に沿って洒落た二階建ての日本家屋があり、そこが今回の会場「上野桜木会館」でした。
 中に入ると既に巷児師、宗道きていてこれで今回のメンバーがそろいました。今回花緒・加藤温子さんはヨーロッパ旅行中で欠席。青蛙・清水昶は、前回師のゲキリンに触れ謹慎中なので二次会だけに来るという噂。二人とも投句なし。赤帆・清水哲男はちょうどこの日がらの萩原朔太郎賞受賞の詩碑の除幕式出席の日で来れず、投句のみでした。一同少し寂しい思いでいつもの選句用紙作成作業に入る。その後山羊、みなと、紙子コピーにでかけ、残りは雑談。この会場は巷児 師匠の顔で借りたもので席料は無料。但し台東区の施設なので「利用者は台東区民に限られてます」で、集まる者の半分ほどは台東区民だと言ってあります。
 師は谷中の住人なのでおおいばりの台東区民。しかもタウン誌『上野』の関係者だ。でも残りはねえー。千葉 県民や埼玉、ひどいのは京都府在もいる。で、今回は一同台東区民りなりすますことにする。二階の「鶯の間」で使いの三人を待つこと久し。やっと帰ってきたのを見ると、両手にビールやつまみに弁当も持参。そこでいよいよ選句というところに、何ということか赤帆が現る。前橋での除幕式をそこそこに繰り上げてきたのだという。そんなことしていいの! 一同、驚きと喜びで選もいやがうえにも盛り上がりました。さあそれではいよいよ発表です。まずは天の句から。

 ででむしのはらばいながら老いにけり  巷児
            
 これも境涯句というんだろうか?「はらばいながら」がいいねえ、と赤帆。「なめくじ」でもよかったかな、と作者。小生、涎を垂らしながら老いさらばえるナメクジのほうが好きですが。でも万年床の中で、寝小便を洩らして腹這っている、寝たきり老人の騒々子を想像すると、これはこれで味わい深いものがあります。今回貨物船は、この手の動物に人生の感慨を盛るという作品に反対の意を表明。従ってこの句には点入れず。克彦、宗道の人生派が天に選ぶ。巷児師今回もトップ。流石です。もう一句の「あじさいや毒婦列伝擱筆す」は小沢さんでしかないでしょう、と道草が地の点。気付かなかった。少し古いが小沢信男『犯罪専科』(河出文庫)には戦後最大の悪女小林カウの話があったのだ。「擱筆」は文章を書き終えること。紫陽花と毒婦(着物時代の)は似合ってます。荷風好みだ。

 銀婚に遠くで滝が落ちている      赤帆
            
 とるものもとりあえず帰ってきていきなり地の点をとる。人の句も佳作もとり今回最高点の赤帆。帰ってきたかいがありました。この句いうをまたず。滝に配置するに銀婚の夫婦を持ってきたところが眼目でした。「遠く」は見え隠れする感じあり、「銀」には滝の水のイ メージあり、とはみなの見る所。今回の兼題はこの「滝」と「蝸牛」と「バナナ」と無季の「毒」でした。もう一句人になったバナナの句。「初恋や冒険ダン吉バナナ喰らう」では冒険ダン吉を知る世代で話題沸騰す。小生、小学生の頃家にはまだ戦前のこの島田啓三の人気漫画があり愛読しました。王冠を被り腰蓑み姿のダン吉は腕時計をしています。助手はネズミのカリ公で、家来の黒人たちの胸にはペンキで1とか2とか番号が打ってあるのも楽しい。南進論の軍国日本の宣伝漫画でしょうが、騒々子は好きですね。小学生の頃、学校で授業中にこのマンガを描いて叱られたっけ。紙子、この漫画を知らないくせに天に入れる。初恋で入れたのかな? 貨物船、ダン吉の島にバナナあったかなあ、という。誰も答えられず。この作「喰う」ではなく「喰らう」というところに注意。ガツガツと食べているダン吉はかなりかっこ悪い、と作者。なかなか芸が細かいのです。

 バナナ食う口やわらかき入歯かな    山羊
            
 そのバナナの句。エロチックな味と滑稽味あり、とは天に入れたズボン堂の説。地に入れた騒々子もそう思います。くちやはらかきばななくふ、という感じである。これてっきり巷児句とおもいきや、なんと健康そのものの山羊の句であった。卑怯なり。この句はよいけど「くたびれてバナナ食い出すバナナ売り」はいけません。商売ものを食べちゃあ。だいいちバナナ売りはバナナには飽きているのだ。別のかたつむりの句、「肩凝りもなしや葉裏のかかたつむり」、ズボン堂面白いと地に選ぶ。葉裏は変な所の変な姿勢だろうが、変な句。この席にいない青蛙が見たらきっと、くだらない、というでしょうな。

 型染ののれんの滝の白さかな      紙子
            
 やりました。騒々子、貨物船が天に入れる。これ江戸前の句ですよ。センスがいい。しかしそんなものあるのかねえ、という声に、これ本当に芹沢 介さんの作品があったのだといわれ、一同へえーと驚く。夏がくれば思いだす、というような句か。型染を出してきたところで、それを流し染にしている川のイメージまで浮かんできた。紙子の別の佳作の「葉っぱごとくれしあの子のでんでんむし」は可愛いいけどそれだけじゃない? この句巷児、地の点に入れる。可愛いのが好きなんだから。「あの子」はきっと初恋の男の子に違いない。ここまでが天、地、人の句で以下は佳作句です。

 滝の上に湖もあり町もあり       騒々子
            
 やな、不思議やな、という句。道草が天の句に選ぶ。そうでしょう。これは作者考えに考えて作ったもの。不眠不休の作である。ただし最初提出時に前書を「日光華厳の滝」としていたのは失敗。これで少なくとも地の点を逃した。よってここで前書は消します。町がミソだと、巷児評。普通滝を見るに滝の下ばかり見るのである。その上に湖も町もあることに思いを及ぼすものは稀。いま横尾忠則が滝のイメージに凝っていて、膨大な作品を描いている。モナリザの背後にナイヤガラの滝があるとか、という不思議な世界です。
 騒々子のもう一句「かたつむりニュースを聞いて動きだす」は赤帆が天。きっと点入ったでしょう、というが他はなし。見る目がないのよ、みんな。この句最初はバッハを聞いてとしていたけど、それなら絶対入れなかった、と赤帆。ニュースという言葉に敏感な元FM東京のパーソナリティー。清水さん、この度地元の放送局「むさしのエフエム」で「またまたマイクロフォンにむかうことになった」そうです。毎週月曜日から金曜日までの正午から4時間。聞けるひとは聞いてください。

 かたつぶり暗きへ半歩にじり寄る    蝉息
            
 これも少し感慨がこもっているなあ−。にじり寄るといったって、半歩は蝸牛にとっては大変な距離ですぞ。蝸牛の一歩ってなんだろう? 蝉息今回は低調。最近、俳句に熱中し月に80句作るという噂。そんなに作ってどうするんだ、家族が迷惑しますぞ。蝉息のもう一句の蝸牛の句「ででむしがのぼりつめたる朝の魔羅」は、巷児師が点を入れる。お下劣好きな師匠である。この句、そんなに虚勢を張っていいのかしら。真相は「ででむしの滑り落ちたる朝の魔羅」に違いない。このところふぐりとか魔羅とかいうトンデモナイ用語が目立つ。女性陣に説明するのが困難だ。蝉息このところ喘息と風邪でダブルパンチ。ただし花粉症には強い。田舎育ちで、裏山は杉林だったんだもん。最近、騒々子とは雑誌『詩学』の投稿の選者が一緒なので、紙子ともども毎月会っています。

 かたつむり父母の声閉じ込めて     克彦
            
 その蝉息が天に選んだ句。これがわからない。蝸牛にはラッパや三半器官のイメージがあるので、なんとなく記憶とかレコート盤に結びつくけど。この蝸牛はテープ・レコーダーのことなのか。克彦のもう一句「ででむしや生きるが下手が玉にきず」は、それ以外はうまいというのかしら、と外野の声。克彦、この5月に10年勤めた会社を辞める。そのすぐ前には降格減給になったばかり。これクビってことでしょ。前記の浅草行きはその失業の直後でもあったのだで、われら一同大いに慰めるもの。ところがその後、今度は新宿に韓国クラブ「イテウォン」を出すという話。どうなってるの?とにかく克彦はローリング・ストーンである。
   この克彦、騒々子、貨物船とともに小田久郎『戦後詩壇私史』(新潮社95・2・25発行。定価2500円)に「酬われぬ詩人たち」として登場す。P185〜192。われら三人の若き日の写真を見たいひとは買って見てください。

 蝸牛かたつむりして寝ている      貨物船
            
 昨年末に右目の手術をして、ようやく癒えた貨物船。欠航もせずがんばっております。この句もよく読むと「片瞑り」というところに悲哀がある。但しだれひとり気付かず。山羊のみ駄洒落が面白いと天に選ぶ。今回、貨物船、恐るべき芭蕉への挨拶句を作る。すなわち、

 さみだれの降りのこしてや蝸牛     貨物船
 静けさや脳天たたく滝の水       貨物船

            
 小生書き写してブルってしまった。こんな句公表していいのかね。もう一句も怪しい。「バナナほどの一句ぽとりと梅雨の路地」そんなもの落ちている訳ないない。子供の頃、川で泳いでウンコをすると「水中バナナ」と呼んでいましたが……。バナナといえば次の句も凄い。

 ばなな反り返る生娘の銀の爪      みなと
            
 意味わかりますか?年寄りはすぐわかった、足の指がこう反って、と道草。一同静まり返る。ところがこれも実感派の作者の話によれば、短にバナナを見て想像しただけという。みなと作にはいつもドキッとさせられる。それに比べると、宗道が地の点を付けた「どくだみの花皿に焼き人逝きし」は、どこがいいのだろう。だいいち季語が入っていないじゃないかの声に、「どく」が入っている、と作者。唖然とはこのこと。

 毒婦には毒の魅惑や梅雨深し      道草
            
 これがいいんですよ。騒々子すぐ気に入って点を入れる。これはきっと長患いの金持ちの病人に取り入った美女が、密かに毒を盛る準備をしているところなのだ。その時期は雨、しとしと降る梅雨の最中でなければならない。病人の枕元でチラチラと戸棚の奥の毒薬のビンに眼がゆくのである。太宰治の入水は梅雨の最中。彼が愛唱した伊藤左千夫の短歌は「池水は濁りににごり藤波の影もうつらず雨降りしきる」であった。道草のもう一句「ディオールは毒とこそ名づけしが」は、すぐ香水とわかったみなとが点を入れる。知ってますね、みなとさん。騒々子も知ってましたが。これにより道草、今回ズボン堂と並び、宗道を抜いて最下位脱出。さてこれも騒々子が点を入れた、

 滝見物雨傘さして合羽着て       ズボン堂
            
 アメリカはナイヤガラの滝見物光景でしょう。遊覧船の向こうに巨大な虹が懸かっているお馴染みの図柄。ナイヤガラの滝では、樽の中に入って滝を下るという無茶な冒険家が後をたたないそうですな。それにしてもトラブルに巻き込まれた男女が川下りをする段になると、決まって流れが急となり、最後は滝に至るという映画のクライマックス・シーンを何度見たことだろう。
 ズボン堂これまた、三月に長年通った会社を離れフリーになる。経済的には大変でしょう。従って前記の浅草行は克彦、ズボン堂の慰安旅行ででもあったのだ。本日元気なし。当たりまえでしょう。滝以外のかたつむりの句「定年やひねもす蝸牛みておりぬ」もさびしいとの声しきり。定年より失業のほうがいい、と無責任な声も。いや、少し前の会社の定年は五十五歳でした。われらもその歳になったのか。暗然たる思いなり。最後は兼題不調の白河宗道。

 縁台に毒消し売りの戦後かな      宗道
            
 戦後五十周年記念という。宮城まり子に歌があったっけ。縁台は弱い。毒消し売りはそんなところに来ないのよ。いまこれが必要なのは山梨方面か地下鉄関係か。今回この危険な題を選んだのは、もとよりオウム真理教団が引き起こした一連の事件の影響による。当 句会は次々と時期にあったオソロシイ題を選んで句に作ることにしたのだ。これすべて巷児師の「地震ごときを句に作れないでどうする」との言による。火中に栗を拾うとはこのこと。宗道の蝸牛の句は「かたつむり来し方いつも美しく」で、貨物船のいう下手な感慨句。だいいち、われらの来し方なんて死屍累々ではないか。懺悔と悔恨の連続である。こんな句を作るから「俳人は駄目なのだ」といわれるのだ。

 以上で兼題の選が終わると、時刻は約束の時間となって、大至急片付けをしなければならなくなりました。なりすまし台東区民は台東区に感謝し(お茶おいしかったです)、立つ鳥後を濁さず、部屋をしわただしく片付け、ゴミ袋を持って表へ飛び出す。五時過ぎなので外は充分明るい。ここで巷児師を案内役に上野山内より谷中、根津への散策と洒落る。実はこれ本日の席題の吟行であります。紙子さん用事ありとて帰る。そこで席題はさっそく「涼」(紙子の本名)と清水兄弟にかこつけて「清水」と決まりました。いずれもちゃんとした夏の季語。これだけじゃあてんで「五月」も加える。
 寺を幾つも拝観し(外から)、路地を幾曲がりも下って、その間百歳の新内の岡本文弥師のお宅の前も通り、大通りへ出るとそこはもう根津の駅で、その角に二次会の「うなぎ中新」がありました。
 そこで今度は作ったばかりの席題のインスタント句の互選。酒が入ると元気が出て、いつも席題のほうが良いような気になるのですが。ここでもトップはなんと当句会のために急いで前橋から帰ってきた殊勲甲の赤帆でした。以下呑むのが大変だから急いで選評を。

 数人に雨の気配や五月尽        赤帆
            
 ほとんど満票。「数人」というところうまいなあ。いうことなしです。

 その角を曲がって五月去らんとす    貨物船
            
 前半、どこか聞いたことあるような、ないような。「去らんとす」は「尽」とも違う新しい表現。

 第二ひかり荘五月に移る三年目     みなと
            
 なんだかわからなくとも感じいい。実名がきいている。これきっと、坂の途中で見つけたの? という質問に、自宅の近くにあったという本物のアパートという。ああ……。

 しゃがみこむ媼谷中の涼しさよ     山羊
            
 おばあちゃんはしゃがみこむのよ。媼がしゃがみ、翁が立って菷を持っているのは鶴亀図だ。まさか腹が痛くなってしゃがんだのではあるまい。

 涼しさや石の欠けたる儒者の墓     騒々子
            
 途中で寄った澁江抽斎の墓の印象による。澁江抽斎は江戸後期の儒者。森鴎外の伝記で有名。「石の欠けたる」より「角の欠けたる」がよいかもしれない。

 コールタール坂に匂ひし聖五月     宗道
            
 兼題で駄目ならと、巻き返しの作。コールタールはいいけど「聖なんとか」は最近の俳句の流行なのだ。

 さよならとうつむくうなじも涼しい子  巷児
            
 は、ちょっと余人には作れない。でもこんな少女いたらよかったなあ……。

 自転車で行く子帰る子街涼し      蝉息
            
 も、淡彩のスケッチで悪くない。自転車の子が眼に浮かぶ。なにか颯爽とした感じも。

 旧町名消えし五月の上野行く      克彦
            
 まあ挨拶句といえなくもない。歴史ある名を地番などにする暴挙。役人ってなあいつでも考えるなあそんなもんです。次のズボン堂の作はおわかりかな?

 木の坂を下れば涼し清水かな      ズボン堂
            
 きっと出ると思った。小生も作るところでした。ズボン堂、この席での別の句が冒頭のぶぐりシリーズの句です。さてここでの最後は、

 老いの坂をこえれば涼し夏の墓     道草
            
 老いの坂を、老年の比喩ととらえていたものが多かった。老いの坂は、京都より丹波口にいたる坂で、明智光秀が中国攻めに行くと見せかけて、「敵は本能寺にあり」と下っていった有名な場所である。この地は道草思い出深い所という。多田さんの弟さんの墓がここにあるそうです。そう思って読むと感慨無量です。

 ここまでではやくも会は九時となる。食べたものは鰻屋なのに鯉の洗い、焼き鳥、枝豆のたぐい。それに少人数が鰻。あとはただビールと酒。日曜日のこととて店は早仕舞いのみ心掛けあまり遅くまで呑めない。従っていつものように乱れに乱れ色紙を書くことがきない。なんとなく中途半端な気分で外へでると、外は大雨が降った形跡がありました。
 ここで(歩いて帰れる)巷児師と別れ、相模原グループは一緒に電車で、残りは二組の別れタクシーで御茶の水に向かう。これがまた間違いのもと。連絡悪く一台は道草宿泊のホテルに向かい、一台は道草を乗せて駅に向かう。道草組、もう一台を待てどきたらず、やむなく駅前のラーメン屋で呑む。まだ呑み足らねど日曜日だからねえ−、仕方ないのです。最後に道草と別れ騒々子、貨物船、赤帆、駅に向かう。この生酔いを覚ますにはちょうどよい句がありました。

  滝けぶり浴びて帰れば酔ひ覚めぬ     ズボン堂

 あたりまえだ。
1995・6・15記


OLD STATION目次へ