| 第22回余白句会報告記 |
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井川博年 1995・2・11(土) 東京・文京区『関口芭蕉庵』 |
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【ゲキリン句会】 大地震あと蝋涙のこぼれ落ち 道草 雑誌『東京人』一月号に江戸時代の句会の様子が絵入りで出ています。「久留米藩士江戸勤番長屋絵巻」の一部で、藩邸の一部屋に九人集まって俳句にうち興じています。真ん中に点取表らしきものが置かれ、お茶と煙草盆を囲んで絵師や医師に侍らがそれぞれ傍らに句稿を置いて歓談している様、なんとも楽しそうです。中に一句「涼しさに置所なき行灯哉」ヘタがいい。それにみなのひょうげた顔がいい。江戸時代ってこんなだったんだ、と行って見たくなるほどです。 さて今回は、京都は宇治より遠来の多田道太郎さんをお迎えしての句会です。場所も江戸の俳諧の名所、芭蕉の青年期にゆかりの関口・芭蕉庵を選び、まずは万全の迎え撃ちの態勢。しかし多田さん句会に出るのは始めてとか。これはいささかオーバーでありました。二月というのに暖かく風もない絶好の句会日和。1時からの予定を30分も早めて集合時間を定めたのは、前回に懲りたからです。それでも予定時間に芭蕉庵に行くと、定刻に来たのは騒々子、赤帆、花緒、ズボン堂のみ。心配になる。とにかくわかりずらい場所なのだ。それに案内に「会場は一年前の会の時と違い、改装されてコンクリートの立派な建物になっているそうだから、間違えてよその家に入りこまないように」と書いたが、電話での宗道の話と違うじゃない。少し改装されただけだ。これじゃあよその家に入ってしまう。 お茶飲んで待つこと30分。紙子、宗道、貨物船、更に遅れて巷児師到着。師より遅れて蝉息、山羊、克彦とやっとメンバーが揃う。ところが肝心のゲストが現れずやきもきする。1時前に巷児師宛に女性の声で、これから行くとあったというが、場所のメモも持ってない様子に、ちゃんと辿り着けるかしらん、と巷児師地下鉄江戸川橋駅の方まで迎えに行く。この間、弟子共は選句の準備。それにしても赤帆、花緒と待ち合わせてあったのに行方不明の青蛙は何処に、といいあっている最中、誰か新しいひとが来たという声に、入口を見るとこれが多田さんであった。案の定、江戸川橋の駅からタクシーで来たところ、反対方向に行ってしまい遅れたという。多田さんこの場の全員と初対面。コム・デ・ギャルソンの服(あとで分かった)にロシアの帽子(耳覆い付のなんとかいう)という洒落た恰好。ともかく部屋にお入り願い、挨拶そこそこに巷児師を探しに行く。この時襖が開き、突然白マスクをしてロシアの兵隊帽をかぶった青蛙が現れたので、一同ぎょっと驚く。青蛙、ぶつくさいって席についたところに巷児師帰りつき、ここにフル・メンバー揃ったので、すぐ句稿を集め選句用紙に貼り、近くのコンビニにコピーと昼の食事の弁当を買いに行ってもらう。今回改装された会場の和室は、床の間に芭蕉の像が飾られ掛軸もまた古池の句、更に「ばせを」という関口芭蕉庵特製の酒も三本置かれ、恐ろしく俳句的な舞台。句会は酒持ち込み厳禁のはずなのに青蛙、ビール持参でその上机の下に日本酒まで隠している。これを見たのか多田さんまでウイスキーを飲みだす。それじゃあてんで、弁当はビール付となりました。席上、多田さんより俳号を「道草」とする旨言明あり。ここに悪名高き「人間ファックス」は姿を消しました。弁当を食べながら2時40分まで選句。以下それぞれ俳号を名乗りながらの互選。天、地、人決まったところで選といういつも手順で進みました。今回の兼題は雑炊(冬)、土筆(春)、蛇穴を出る(春)、地震(無季)です。それでは例によって騒々子評。まずは天の土筆の句から。 ことことと土筆煮る日の耳掃除 山羊 またもやったか山羊連隊。この句道草、花緒が天に、騒々子が地、巷児、貨物船が人にとくまなく点を集める。耳掃除との取り合わせに妙有り、とはほぼ全員の意見。この主人は男で、それも後述の紙子の句の「父」ではあるまいか。土筆煮る場所は台所だから、そこに立って耳を掃除はすまい。だからこれは隣の部屋に寝そべってのんびりと耳掃除をしている情景なのである。ただ土筆はことことと煮ると佃煮になってしまう、との評あり。そのつもり、というのが作者の言。この鍋は土鍋でしょう。この句で小生は川端茅舎の句「約束の寒の土筆を煮て下さい」を思い出した。「咳暑し茅舎小便又漏らす」の茅舎です。山羊の別の句「あちちちち雑炊鍋のおきどころ」はズボン堂、紙子が天、騒々子が人。あちちちちの叫音で決まったような句。前述の江戸句会の「置所」と比べてご覧なさい。どちらが江戸だか分かりませんな。次は地の句より。 なぜそこでくちごもるのよ土筆抜く 巷児 今回は口舌(セリフ)の入った句が多かった。この句には赤帆、山羊が天。ズボン堂人。騒々子わからず。男女の心理には暗いのだ。これ女が男をなじっているところという。こういう場合(どんな場合が知らないけど)男はみな口ごもるものなのだ。土筆摘みの句に大人の男女が現れていることに注意。土筆摘みがこんな事になるなんて、この男は予期していませんでしたね。後で大変なことになっている気配あり。この句も後述のズボン堂の土筆の句や蝉息の句ともつながるところあり。連想で期せずして連句のようになったのだ。巷児句のもう一句「ディオギネス樽の中蛇は穴を出る」は奇想というべきなのに点を入れたのは騒々子と赤帆のみ。こういうのがいいのになあー。小沢信男師、『東京人』に今年は〔道「名作を歩く」〕というシリーズを連載します。第一回は小泉八雲の「むじな」の「紀国坂」。「…こんなところに白髪頭が佇んでいると、どの穴へ身投げしようと悩んでいいるのかと思われて、親切な若い女が声をかけてこないかしら。「ご老中」と。」 助六の話などして味噌雑炊 花緒 江戸前の粋な句。貨物船が天に選ぶ。道草、ズボン堂、克彦が人。歌舞伎中で一番派手な助六にとりあわせて、わびしい味噌雑炊をもってきた素晴らしさ、貨物船の言う通り。助六は江戸歌舞伎の代表であるが、もともとは上方歌舞伎で、京都の助六という若者が島原の遊女揚巻と心中した事件を脚色したものという。小生テレビでこの芝居は何度か見ましたが、本物は見たことなし。だいいち歌舞伎を一度も見たことがないのだ。貨物船はずっと昔のアルバイトで、歌舞伎の舞台の背景を描く仕事をしたことがあるのだ。花緒さんは歌舞伎ファンなのだ。そこのところ小生とはえらい違いなり。ただしテレビで見た一つは文士劇で、助六が若き石原慎太郎、悪役の髭の意休は三島由起夫だったのだ。揚巻は確か舟橋聖一でこれが可笑しい。他に花魁に有吉佐和子、加藤芳郎がいたはず。この芝居は洒落てましたね。花緒さんのもう一句の「雑炊をたくひともなし葱一把」は蝉息天にれるも佳作にとどまる。雑炊・葱で季重なり。それよりも説明不足なり。ここまでが地の句。これより人の句に入ります。 蛇出でて女人の墓に憩いける 騒々子 前回ビリで反省し勉強しました。この句貨物船の見破りしごとく「蛇いでてすぐに女人に会ひにけり」の橋本多佳子句にヒントあり。ただし多佳子句は蛇が露骨で良くない。蛇が墓地を好むことは周知の通り。この蛇は烏蛇としたい。道草、女の墓というところにひかれたという。「憩い」は苦心の所なれど、ほら、ホテルの看板に「ご休憩」とあるじゃないですかといったものだから、たちまち不謹慎の声がとぶ。「蛇穴を出る」は凝った季題であったが、やはりシロートには難しいのね。蝉息、山羊、ズボン堂、克彦いずれもこの題をパス。まあ、そうだろう。騒々子句のもう一句「土筆摘み里の小川で指洗ふ」は前書きに「三月八日は安西均一周忌なり。遺作に『指洗ふ』ありければ」と書いておいたの で、しっかり点が入ると思いきや一点も入らず。変に思ったら安西さんの命日は三月八日に非ず、二月八日でありました(清書ではチャッカリ直しておく)。これ最大のチョンボなり。まいった。この句、土筆を筑紫に懸けてあったのに−。「誤植の騒々子」でした。 雑炊の鍋持つ父の後ろ帯 紙子 これがいい。騒々子点入れなかったけど。道草、地の点をつける。この帯はすこしゆるんだへこ帯でしょう、と道草。父の後ろ姿を見ている娘、見られている父。なんだか向田邦子の世界みたい。それにしてもどうして娘は男の後ろ姿を見るのが好きなんだろう。いまやっているサントリーのCMにもそんなのがある。この句には娘の父への愛情がある。切ないくらいある。それに父の作っているのが雑炊というのがいいじゃありませんか。この句、先の山羊句とならんで蝉息の「雑炊をただかきまわす男所帯」「雑炊に卵落としてわれ独り」や、克彦の「雑炊をすすりて独りを好みけり」とセットになっているのだ。中では文句なしに娘がいい。紙子もう一句の「雑炊にセロリの香あり昼家族」は急にナウくなり退屈。昼家族というのも変。洋風雑炊はオツですが。木坂涼、昨年末ニューヨークに行く。この冬アメリカ東海岸は、東京より暖かいほどの暖冬だった由。 恋人の土筆つむ手のうぶ毛かな ズボン堂 「嘘ばっかりズボン堂」の本領発揮。恋人に弱い克彦が天に選ぶ。これ又弱い青蛙、山羊が人。これも大人の土筆摘み。その女人の手にうぶ毛が生えていて、それが弱い春の陽に光っている。嘘ですね。外国の女人ならありうるけど−。だいたい恋人というのがナマだという言あり。ちゃんと観察して作らないからこういうことになる。その反対に観察句(!)「つくづくと見れば卑猥な土筆かな」は騒々子、うっかり点を入れたがつくづくと考えて、これはひどいとやめにする。それより次のふぐりの句に入れることにする。「大地震一月のふぐり縦に揺れ」。ふぐりの好きな巷児、山羊が地にいれる。この句には、なんで縦に揺れるのだ、という意見続出。縦揺れでもあれはぶらぶら揺れるんじゃないの。それよりは縮みあがって揺れないはず、という正確な意見もあり。ズボンン堂この句の成功に味を占め、席題でも「病床で二月のふぐりもてあまし」を作り、うけに入る。これより「何月ふぐり」シリーズはすべてズボン堂の作であります。 つくしんぼそっと乳房を押しかえせ 蝉息 これも問題作と思う。土筆が乳房を押しかえせる訳がないじゃないか。すぐぽっきり折れてしまうじゃないの。この句を天にした赤帆の解釈を聴いてもよくわからない。この句を前のズボン堂句、更には「なぜそこで」の巷児句と並べるとここにもなにやらけしからん関係が浮かび上がってくるではないか。そこからすると蝉息の人になったもう一句「子らを呼べ土手いちめんのつくしんぼ」は可愛い。俳句では命令形は珍しい、と道草。これはだから父が母にいうのでしょうね。学校の先生でもいいのか。八木忠栄、俳句をモチィーフにした詩の連作「俳句に会う」を書き17編になる。蝉息と同じような試みは、貨物船が「俳諧辻詩集」を、山羊が「かぼちゃあたまの八百屋の散策」を制作、各誌に発表中。 せりなずな地震はこべらほとけのざ 貨物船 巷児が天に入れ、紙子が人。この句読み上げられた途端、道草、宗道から声があがる。 坪内稔典の最新句集に類句ありと。「せりなずなごぎょうはこべら母縮む」と「ほとけのざすずなすずしろ父ちびる」。似ているような似てないような、判断は読者にゆだねたい。騒々子は類句と思います。それより「地震」も問題にしたい。今回このタイムリーなテーマを兼題に選んだのは巷児師ですが、小生ビビッて作らなかった。紙子、花緒の女性陣と蝉息と騒々子がパス。地震なんてナマすぎて俳句にならないのよ。貨物船の場合はいかにも唐突。関連なしだ。辻征夫、今回は不調。それも当然で、昨年末右眼網膜剥離で手術を受け、3週間入院してやっと退院したばかり。句会当日も酒を呑むのも退院後二度目という状態。右眼の異常に気付いたのは、12月2日の内輪で行われた清水哲男萩原賞受賞のお祝い会の当日で、次第に視界が暗くなってきたそうです。中年以後の身体の異常、わけても手術となると絶望感に襲われ、なんともやりきれないものです。このところ連衆の病気や怪我多し。小生も言動に注意、自重せねばなりますまい。だからなおさら、 青空やすっぴんの蛇穴を出る 赤帆 こうこなくっちゃ。この句宗道天に入れれど他には点なし。スッピンは化粧をしない女性の素顔(ソビンからきていると思う)をいう芸能界用語。いまは高校生でも使ってます。これは悪くない句です。青空がいい。点入れればよかった。赤帆、最近の「小酒館」9号の詩「何かが道をやってくる」の冒頭にも蛇を登場させている。「天を見ている/蛇が昇っていく陽気だ/その腹のパーフォレーション模様のねじれ…」、この詩いいんですけど ね「序詩」でしょ、次の本作品まで覚えてられません、序詩があったことなど忘れてる。 清水哲男、昨年末に320頁のエッセイ集『蒐集週々集』(書肆山田)2400円を出す。この本に関しては小生「産経新聞」に書評を書いたので詳しくは触れず。ただこの題名にも聞こえるでしょう、ほらガラガラ蛇の舌音が−。赤帆兼題は調子出ず。「雑炊の喉元すぎて雨の宇治」は宇治に在住の道草への挨拶句なり。ただこの句、宇治がお茶所だけにお茶雑炊の味わいあり。それに赤帆は学生時代に宇治に下宿しているのだ。このことはエッセイ集に詳しい。 雑炊を力士くずれがすすりをり 克彦 「事実の克彦」の句。貨物船と宗道が人にいれる。これも悪くない。「一本刀土俵入」なら面白いと思いきや、これも克彦の真実とか。本当に力士になりたかったそうです。従って実感なのだそうです。だから「死者五千なれど雑炊すすりをり」も実感なれば、次の句なんかもっと凄い。「大地震死亡者名簿に元上司」、この元上司は克彦が以前ゴム関係の業界誌の記者をしていた時、本社が神戸にあったので知り合ったというひとなのだという。克彦、地震後ずっと新聞を見ていて発見したという。「おそらく間違いなからん」とは彼の言です。小生、貨物船と神戸で克彦紹介のビジネスホテルに宿泊したことあり。福原遊廓のすぐ隣りでした。あのホテルも崩壊したかしらん。 (洪水のヨーロッパから友人が見舞いたる) votre pays vient de ポ・トル・ペイ・ビヤン・ド(5) frapper un terrible フラ・ペ・アン・テ・リ・ブル・トラン(7) tremblement de terre ブル・マン・ド・テー・ル(5) みなと これなんですか?フランス人からの地震へのお見舞い句というけど、みなとさんの自作の道草への挨拶句でしょう。優しい道草が人に入れる。騒々子、この類いには懐疑的。韻を踏んであるのかどうかわからないから、これが詩になっているかどうかもわからない。 せめて日本語にしてもらわなくちゃあ。みなとさん今回は欠席で投句のみ。手紙に「多田先生の編纂された「クラウン仏和辞典」は仕事に愛用しています」とありました。仕事はフランス語の技術翻訳なり。さて次は弁当も食べずひたすら酒を呑み続けている青蛙。 乱はるか地震の夜に手を触れて 青蛙 これまたなんじゃ。句にもなんにもなっていない。「乱」は「2・26」か、或いは京都人の間では「応仁の乱」をいうらしいから(本当かね?)、これ又かなり昔のことかもしれない。「夜に手を触れる」とは昶ブシ。そこで山羊が点を入れたに違いない。青蛙も大学は京都なのだ。ただしこのひとの場合はキャンパスは京都御所の近くで「パラソルの花が咲いていた」そうだ(女学生が多いということ)。青蛙、以前アルコール中毒による栄養失調で大学病院に入院していたにも関わらず、ビールは平気なりと大量に呑む。同人詩「セルヴォ」への寄稿文によれば、彼は病院で「ウエルニッケ症」に罹っているといわれたと書いているが、こんなこと公表して大丈夫かねえ。この病気は「毎日新聞・健康相談欄」の記事によると、主としてビタミンB1 の欠乏による脳の病気で、症状としては虚言癖、ひとりごとをいう、話の前後がわからなくなる等とあり、句会当日の夜騒々子宅に泊まった青蛙にこの記事を見せると、「まったくその通り」と頷いていました。この日も朝から一物も口にせず酒を呑むだけ。これじゃあ「脳の脚気」にもなるよ。さていよいよ最後はとっておきのゲストの登場です。 雑炊やすっぽん浮かぶ苔の舌 道草 道草が多田さんの俳号です。これは〔どうそう〕ではなく、「広辞苑」でいうところの「目的地に達する途中で、他のことに時間を費やすこと」の〔みちくさ〕でしょう。多田さん後で行った芭蕉堂の丈草の像を見て、〔どうそう〕じゃ、と御機嫌でしたが−。句会 への期待空しく、今回は青蛙の入れた「待ちましょう蛇穴を出て橋たもと」の一点のみ。この句は騒々子詩集『待ちましょう』と巷児師の詩「万年橋」(OLD STATION3)への挨拶句。おそれいりました。しかし点は入らなかったが、すっぽんの句は絶品です。これは前記の花緒の助六と好一対の句です。この句がわからなかったのは鑑賞する人種が関東人だったからで、つまりは文化の差なのであります。味噌雑炊(おじや)は知ってても、すっぽん雑炊など見たことも食べたこともない。要するに本当の贅沢を知らない田舎者なのであります。「苔の舌」も美味い。ここはワサビがきいている。これで今回の騒々子の最終選は、紙子の「父」と、花緒の「助六」と、道草の「すっぽん」の雑炊三句と決まりました。 という訳で、2時間にわたった選も終わり予約の時間も過ぎたので、一同そそくさと方付け外の四阿に集まる。時は黄昏、二次会までは間があり席題も作らねばならないということで、巷児、道草、蝉息、克彦、騒々子は若い管理人の案内で芭蕉庵の裏山に上る。ここは一年前に会を催した時に老管理人の案内で一同見学したことあり。その管理人を騒々子、聞き違えて亡くなったとみなにいっていましたが、事実は娘さん夫婦に引き取られて引退された由。えらいことしてしまったものだ。この間、他の連衆は四阿で句作に耽る。寒がりで、外に出たくないというものが多し。ここで時間となったのでタクシーで新宿へ。 道草、巷児、騒々子、青蛙が同車。これが間違いのもとでした。青蛙、道中ずっと道草にくっついて(風邪なのに)、道草を質問攻めにする。失礼な奴である。このひといつもこうなのである。だいたいひとのプライバーを探るのが好きなのだ。ここで師のゲキリンに触れる。ただし、師のゲキリンには肝心の青蛙気付かず、呑気に二次会兼席題選句会場の台湾料理店 小酒館「味王」に着く。次々とメンバーが到着し、老酒とビールとビーフンとなんとか炒めといういつもの油まみれの料理が現れ、あわただしい席題の選が始まリました。ここで花緒さんは欠席。一人二句というのに三句作ったものあり、一句しかできないものもあり。それでも結果は兼題より面白い、のはこれもいつものパターンでした。題は二月、朧、バケツ、紙風船。まずはバケツと朧の組合わせから、 大バケツかかえて今日のおぼろかな 貨物船 兼題不調の貨物船の快作。おぼろは朧のほうがよい。ぼーとした感じがいい。もう一句の「転がりしバケツ冷たき二月かな」も感覚よし。席題で急に元気が出てきた。もう一人、 筆まめの祖父風呂に行く朧月 赤帆 もちろん着物姿である。ついて行くのは孫ですね。お祖父さんがラクダのパッチかなんかはいているのを不思議な顔で見ている。ひょっとしたらこの祖父は足立巻一『虹滅記』(伝記文学の傑作です。「朝日文芸文庫」にあり。『多田道太郎著作集第六巻・言葉の作法』の「死者との出会い」という文にも紹介されています。)に出てくる、生活能力がなくて孫と木賃宿を泊り歩いている、老残の漢学者の祖父であるかもしれません。もう一句 「紙風船流れて川に紅落とす」は、つげ義春の「紅い花」でしょう。騒々子たちは一昨年夏、つげ義春原作・石井輝男監督の映画『ゲンセンカン主人』を、句会主要メンバーと団体鑑賞したのだ。その映画館はこの「味王」の真ん前にあったのが、倒産して無くなっている。ところで『多田道太郎著作集第二巻・複製のある社会』の中にも卓抜なつげ義春論あり。「つげ義春の変化意識」がそれで、つげ作品の「李さん一家」のセリフを詳細に読み取って、意識の深層に迫った面白く鋭い評論です。 薬屋の紙風船は四角なり 巷児 席題を得意とする巷児。この句特にいい。「なり」が少し気になりますが。あの小さな紙風船は日本の庶民工芸文化の象徴です。それを「おまけ」にくれるというのが素晴らしい所。そこに眼をつけたところは流石。二月の句「きさらぎや膝まんまるな女の子」も着眼点の良さで光る。しかし二月の句といえば今回は、 肉マンをころんでつぶす二月かな 騒々子 で決まりでしょう。この句みなの句稿を集め、山羊と近くのコピー屋に急ぐ途中で浮かぶ。こんなにうまく決まったのは始めてです。席題最高点で自画自賛。「肉マン」は関東のいい方で、関西では「豚まん」というはずです。だからこれは「豚まんをころんでつぶす二月かな」がよいかもしれない。 席題の最後は、兼題がよくなくて席題に懸けていた宗道だが、 二ン月の吊るし干さるる筆ひとつ 宗道 これも芭蕉庵の庭で見た「見たまま俳句」じゃないの。宗道いまだトンネル抜けずだ。 「百鳥」一月号の句も低調だ。「あまたある芭蕉の恋句やや寒し」やや寒が全然生きていない。「玉子ごはんからからまぜる敬老日」はまだしも。この日の席題のもう一句「鳩散ってグランド坂の朧かな」もグランド坂なんて誰も知らないよワセダに因むというけれど。 この間もみなは、入れ代わり立ち代わり多田さんの本にサインをしてもらい、ミーハーぶりを示す。それにしてもみなよく呑むこと。あきれるほどです。9時になると貨物船が長居はできないからと帰りに就く。10時になると巷児師、道草別れを告げ、ついにはズボン堂、山羊の相模原組帰宅に就く。ここにいたってさしもの青蛙も覚悟を決め、宗道、赤帆と駅に行く。ここで赤帆消え、残りの三人騒々子宅へ。当然、酒はありませんから途中のラーメン屋で高いビールを買っての帰還、就寝3時、故にわれらは12時間酒(主としてビール)を呑み続けていたのでありました。まだ次の日も事件あれど、くだくだししければ記さず。しかし青蛙の件だけは記さねばなりますまい。 師の怒りは弟子の不肖。師、あえて洩らさずとも弟子これを悟り、暗黙のシグナルを感知す。ここにいたって兄弟子騒々子、弟弟子青蛙を呼び師の怒りを伝える。以下は後日の会話である。 騒「君は師のゲキリンに触れて破門されたのだ。コーモンを破門されたから脱肛だ」 青「どうすればいい」 騒「頭を丸め、旅に出ろ」 青「近いうち、神戸に行くけど−」 騒「それはいけない、関西はよせ」 青「改名して出直すというのはどうだろう?」 騒「えっ!」 ということで、師の怒りが解けるまで青蛙は謹慎の身であります。見よ、冒頭の道草の地震の句は、今回の青蛙の一件を見事に予知して泣いている句だったのだ。知るや知らずや道草・多田さん初句会の感想を句にしていわく、 猪突して返り討たれし句会かな 道草 |
1995・3・1記 |