| 第20回余白句会報告記 |
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井川博年 1994・11・3(木) 調布・深大寺『鈴や』 |
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【バラバラ句会】 鰯でも鯖でもよろし夕餉雲 貨物船 バラバラというは殺人事件に非ず。集まりがバラバラでまとまりがなかった、というにも非ず。今回は突出した句がなく、バラバラに点が入り、同点で天が3句、地が7句、人に至っては9句という、本句会始まって以来の珍しい句会となったことによるものです。要するに皆が上手くなってきたのである。始めは某といえばすぐ判る句を作っていたのが、最近ではすぐそれと知れる句を出さなくなった。ずるウマになったのである。従って二次会での、ヘタをからかうという最大の楽しみが失くなってしまった。どうして短期間に詩人諸氏がこれだけ腕を挙げることができたか? すべて「歳時記」のせいである。兼題が出ればその作句例まで載っているいわぱ受験参考書のようなもので、これさえ読んでればこと足りるのだ。これが問題なのです。−まあ、それはさておき。 今回の句会は余白句会の20回という記念すべき区切りでありましたが、そんなこと誰も知らず気にせず、それよりも赤帆(清水哲男)の詩集『夕陽に赤い帆』の萩原朔太郎賞・土井晩翠賞のダブル受賞を祝う会ということとなりました。ゲストには近くにお住まいの白石かずこさん。それに、前もって知らされていた巷児師と騒々子以外には秘密のゲストが、巷児宅へのファックスで投句し、当日、選が終わった後でみなに知らせるという新趣向がこらされていました。 当日は降りそうで降らないという絶妙の天気の文化の日。始めての場所なので心配で、いつもより早く出るが吉祥寺からのバスが遅く、時間が経ってもなかなか着かずあせる。ようやく深大寺入口で下りると、そこはなんと一大蕎麦タウンの入口ではないか。会場の「鈴や」はいずこ、とゆけどもゆけども蕎麦屋の連続。かなり歩いてやっと見つけると、そこは深大寺の山門の入ロ。ここがバス停・深大寺とわかる。ここで幹事の小生の失敗に気付く。大体前もって調べずに、会社の女の子の話だけで中央線からのバス経路を案内に書いたので、北口と南口を間違えるは、下車口を間違えるは、おまけに日付も10月3日文化の日とするはで、いやはや、これではみなさん無事定刻に会場に来れるであろうか。ひと汗かいてようやく「鈴や」に入ると、定刻2時前なのになんと青蛙が入口に座って酒を呑んでいるではないか。このひと自称幽霊会員なのに、句会というとちゃんと来るのだ。まだ他にも来ているというので、奥の別の店を覗くとズボン堂、みなと、山羊が呑んでいる。この三人は京王線相模原組。時間になったので「鈴や」の二階に行くと少し遅れて花緒、蝉息現わる。ここら辺から遅刻が目立つ。 これすべて幹事の案内文のせいと、二階の窓から下を見下ろして、来たかどうかきょろきょろする。店は山門の入口にあり、最高のロケーションなり。15分遅れて赤帆、貨物船到着。そうして待つほどに克彦と巷児師やっと到着。これで晴れてゲストを待つばかりになったので、いつもの如く各自持参のワープロ短冊を集め、シャッフルして幹事用意の選句用紙に貼り、コピーの用意にかかる。これが問題でした。このあたりにはコピー機がないことは事前に調査ずみだったが、この店には電話コピーなるものがあることを聞いていたので、これを利用しようとやってみたところ、これが電話機の下にコピー用紙を潜らせてロール紙に記録するというもの。大変でしたよ。B47枚×4部で28枚。店の機械こわすんじゃないか心配しました。これを山羊とセットしている間に二階ではもう呑み食いが始まっていたのだ。と、こうしている内に白羊(白石かずこ)が宗道を同伴し、やっとの到着。これでコピー作業も完了となる。ここで2時45分、大急ぎで二階に戻り各自紹介の後、直ちに選句に入る。この時一部のひとはもう酩酊状態。なにしろ呑みながら食いながら俳句を見るのだからあわてますよ。今回、点が割れたのもこうした事情があったからである。結果は以下の通り。それでは天の3句から。 ワルソーの凍てつく宿の林檎かな 白羊 白羊は白石かずこさんの即席俳号。羊は好きな動物で白はもちろん姓に因む。しかも今回風邪で欠席した紙子(木坂涼)さんの『PLEATS』最終号の白石さんの文によれば、シラはヘブライ語では詩をあらわし、イシは人を現すのだという。だから白羊は詩の羊なのだ。ワルソーもとよりポーランドの首都ワルシャワの英語名。ワルソー・ゲットーで名高い。東欧の凍てつく宿に置かれたひなびた林檎の赤。ポーランドの厳しい政治的現実とそれに対する人民の熱烈な革命愛。そんなすべでを一読感じさせるのがテーブルの上の林檎である。と思いきや、実はこれは白石さんの実体験で、この場合の林檎は切身であったそうな。あの国で林檎を出すのは大変なのよ、だからありがたくてありがたくて一。なんだ政治は関係なかったか。思いこみ強くて騒々子天に選ぶ。兼題の林檎のこの句の場会は「凍てつく」で冬の句となる。もう一句の「狂気なり断崖と恋エバの秋」このエバは思った通りヒットラーの愛人(死の時に妻となる)エヴァ・ブラウンだった。恋も狂気よ、とは白羊のご宣告。この句作り変えればいい句になります。ゲストで天は立派です。 淋しければ泥田に林檎投げに行く 蝉息 このところ絶好調の八木忠栄。この春胆嚢を取った代わりに、俳句の袋が入ったのではないかと思われる位です。個人誌「いちばん寒い場所」最新号など俳句号なのだ。「寒ければ百面相して呵呵呵呵呵」。本当に「俳句がわかってきている」のは蝉息ですね。小生勝手に蝉息を余白句会の師範代に置きます。道場破りが来たら彼に相手させるように一。この句も赤帆は匂いで蝉息とわかる、といった。小生にはわからなかった。泥田を知っているのも蝉息だけだ、という説もあり。そんな子供がなぜ大事な林檎を投げるのだ、という非難もあり。これ田圃にいるおっ母に林檎投げてるんじゃない? この句宗道が天に入れる。もう一句、地になった「断崖に風ごうごうと赤い月」は白羊が天。元禄古俳諧を思わせる古格の句。ところが違うのですね。断崖は今回兼題で朔太郎の詩から朔太郎賞を、赤は赤帆の詩集にちなんだ挨拶句、というから開いた口がふさがらない。 いち抜けた肩の向こうの鰯雲 山羊 こちらの山羊は八木幹夫。姓から読むとヤギヤギか、ヤギさんヨーか。鰯雲は兼題。この句蝉息が天に入れている。「いち抜けた」は子供の遊び。この句はその子供の肩が誰かで理解が違う。従ってわかりずらいという評が多かった。小生もわからず点入れず。いま読むと、いち抜けた自分が振り返って空を見ている、ということがわかった。勢いこんではあはあいっている少年の顔が眼に浮かぶ。ただし小生の田舎ではこんな遊びしませんでした。佳作の「秋の雲税金控除額不明」は以前巷児句に「春暮るるようやく国税還付金」あり。類句ならん? この句にも蝉息点を入れる。よほど税金問題に関心あるのか? 八木幹夫近々新詩集刊行予定。張り切ってます。次が地の句で、最初が問題の秘密兵器の登場です。 くしゃみしてではさようなら猫じゃらし 人間ファックス この恐るべき俳号は多田道太郎さんのものです。今回巷児師宅に寄せられたファックスを、ワープロで打ち直し、巷児がそしらぬ顔でみなの句と混ぜ合わせ、選句の発表まで作者を伏せてありました。小生もちろん作品は見ておりません。これを天に選んだズボン堂はたいしたものだ。他には蝉息が点を入れる。猫じゃらしはえのころ草ともいう秋の雑草で今回の兼題の一つ。この句はいったいどう解釈すりゃあいいんだろう。男女が猫じゃらしでふざけあっている光景なのか、猫と遊んでいる情景なのか小生さっぱりわからない。もっとも別の佳作の一句「断崖やおっとどっこい酔ひもせず」は(ん)とうなしうしざずける。掛け声といろは歌と断崖と。江戸時代の秋色桜の故事を思い出しました。「井戸ばたの桜あぶなし酒の酔」。延宝九年春三月、日本橋の菓子屋の娘お秋十三歳の時、上野の花見で枝垂れ桜を見てこの句を作り短冊に8旨して懸けたところ、東照宮の法親王の目にとまり、以後天才少女として江戸中の評判となる。長じてかの其角の弟子となり俳号を秋色。五七歳で死すまで俳句一筋の生活を送る。江戸人その桜を「秋色桜」として今に伝える。上野に句碑あり。 人間ファックス(この俳号やめてくださ〜い)に驚いたところで、次も驚く。 性愛の断崖に浮く秋の雲 青蛙 青蛙は、芥川龍之介の「青蛙おのれもペンキ塗りたてか」からとったというが、清水艇さん、雑誌「詩学」10月号の「余白句会」の文には「青蛙お前もペンキ塗りたてか」となっていますよ。それにこの文中の騒々子の家は大地主ではなく、小地主と小金持ちであります。以上訂正まで。今回、このドキッとする句に天入れたのはなんと兄の赤帆なのであった。しかしこの句評判良く、あとで点入れたかったというもの続出。それならはじめに入れろ。断崖は無季だが、朔太郎の『氷島』の冒頭の詩「日は断崖の上に登り/憂いは陸橋の下を低く歩めり」−(漂泊者の歌)から採った今回の目玉です。青蛙のこの句はとにかく断崖でなければならぬという意気込みが感じられる。前回1点しか入らないのに奮起したか。 他の選外に落ちた「深大寺鰯雲逝く誕生日」という当地をあてこんだ珍妙な句は、本当は自分の誕生日(11月3日!)を誇示したかったからなのである。このひとは、ずっと前から当日は誕生日であることを、みなにそれとなく注意していたらしい。これすべてお祝いを取らんとする企みなり。当日みなそれを知り、現金をやめて寄せ書きにする。 断崖やもう秋風のたちつてと 貨物船 巷児の天の句。朝から「あいうえお」「かきくけこ」と句を作り、これに決めたという。清水哲男のいう「奇怪な俳号」のひとつ貨物船もすっかり板に付いた辻征夫9月9日には読売新聞に本句会のことを書く。反応いかにと期待しても、新聞の文化欄など読んでるひとはいないからなあ。この句は秋風で生きた。この断崖はそれほど急ではなく、ほどほどにひとの手の入った場所であるであろう。そこを爽やかな秋風が通り過ぎてゆく。貨物船今回全句が天・地・人に入りトップとなる。林檎を扱った「転がりし林檎投手は手で拾い」もうまい。投手は常に手で拾うんだ、とはもと草野球チーム「ポエムズ」にいた赤帆の言。戦前のやぼったいユニフォームを着た投手が、転がってきた林檎を拾い手でキュッキュッと磨いている。映画「フィールド・オブ・ドリィームス」みたい。次はその光る林檎の句。 掌に林檎光って働かず 花緒 本当は今回の句会は加藤温子さんのお家ですることになっていたのです。前回の群馬は小野上温泉での酔っぱらいのビデオを蝉息が撮っていたので、それを見るのと中央線のどこからでも近い(西荻窪)というので、それなら広い加藤さんちにしよう、と勝手に決めていたのです。とんでもないことでした。花緒当日も病気気味で大変そうでした。この句はそれとも関係あるかなあ。「働かず」がよくわからなかったみたい。これは本人の決意か自覚か。掌をじっとみている青い空。働きたくても働けないのだ、とは本人の弁。働かない決意ととったのは克彦で、これを天に入れる。加藤さんこの3月に思潮社より新詩集『時薦集』を出す。その中に林檎が出てくる。 「静かな夜は/輝く画鋲ですら/とろりいびつな投影図となってしまうのだから/はじまりはいつもこうだから……/スローなスローなバラードが聞こえる/月の光はなく/窓は窓ではありえないのだから/まるいテーブルの上の/饐えたブドウもリンゴも/とろりまがった形になっていて/血のような果汁をしたたらせているものなのだ/どの家の窓も半開きになっていて/この部屋の扉を叩くのはあれはなに? 」−「投影図」前半。ここまでの句が地の句。以下人の句から。 魂はこんな形か鰯雲 ズボン堂 魂って、もっと人魂みたいな、吾妻橋のアサヒビールの看板みたいな恰好してるんじゃないの? 鰯雲って隙間だらけでしょ。そぐわない。だがこの句をズボン堂が点を入れている人間ファックスの「あそうかそういうことか鰯雲」と並べると、そういうことかとわかってくるかも知れない。ズボン堂中上哲夫は今年5月に思潮社より2巻本のジャック・ケルアックの小説の翻訳『荒涼天使たち』を出す。更に11月9日には清水胆詩塾の10周年記念の講演「ジャック・ケルアックについて」を行う。これケルアッキャンの勤めという。しかし塾長が危ぶむように今はケルアックなんて知ってないからなあ。それはともかく、今回青蛙は酔っぱらって選がわからなくなり、ついには自分で自分の句に点を入れる始末。そこで困った幹事の騒々子は勝手に自薦を取消し(当然だ)、ズボン堂の「名月や断崖の上の狂詩人」を選びました。この句、断崖と狂詩人は朔太郎を意味してるそうだが、悪い句ではない。 秋の雲未だ書かざること多し 克彦 これ「語るべきこと何も無し秋の雲」と対になっていると思いません。「書かざること多し」はコワイ。「國井克彦新聞」に書かれることがまだあるということですよ。点を入れた蝉息もまだ何か書きたいことがあるのか。國井克彦、7月に思潮社より9冊目の詩集『紅の汀』を出す。「見たというだけで私は生きたにすぎない/そのことのために生きた虫である」。今度の詩集は成熟したユーモアとペーソスの入り混じった大人の詩集。『並木橋駅』以来の作風が花開いた感がある。小生が好きなのは「菊水通り」という詩で、これは克彦がいつも行く浅草の酒場をそれぞれ実名で紹介しているもの。これがあれば必ずもてますよ。凄いアイデアだ。それにしてもその克彦の詩集が、渋谷の書店で詩集のベストセラーに入っている(『現代詩手帖』の記事による)とは驚きなにか秘密があるんじゃないか、と本人に聞けど本人笑って答えず。 男色説芭蕉にもあり鰯雲 宗道 白川宗道の句。この句は青蛙が天に入れたが、実は本人酔っぱらってどれがどれだかわからずこれもあるいは人の句ならん。とりあえず騒々子が天としたもの。芭蕉と鰯雲のつながりが弱い。魚の鰯なら合うけど。宗道考え過ぎだ。「断崖の名もなき草の紅葉かな」もこれが俳人の句? といわれそう。その点彼が中心となってやっている『月刊J句会』10月の「水替えて秋の金魚となりにけり」と「颱風の忘れてゆきしものを踏む」はいい。完全に白川のいいところが戻っている。特に後句は秀句だ。宗道、中年の大学生になったのを酒のさかなによいとて、みなに散々からかわれる。それにしてもどこの大学か知らないが、花緒の句の「掌(てのひら)」を読めない国文科があるのかねえ。 ねこじゃらしブルージーンの胸にあり みなと これも実は赤帆の受賞への挨拶句だという。清水さんジーンズ姿(いつもそうだ)でNHKのTVに出たそうな。それがかっこう良くて、そこに兼題の猫じゃらしがあったらなあと思ったという優しい有働薫でした。山羊が地の点を入れる。しゃれてるじゃない、と山羊。もう一句の「青りんご猫のにこ毛も密になり」は「にこ毛」は「和毛。鳥獣の柔らかな毛」と「広辞苑」にある。騒々子感覚的なところを採って地の点を入れたが、わかり辛かったかもしれない。みなと、このところなんとなく寂しげ。冬が近いせいか。今年2月にふらんす堂より出した詩集『ウラン体操』にある〔冬〕−「窓に窓掛け/ドアにインターホンとチェーン/スタンドのかさにはオーバーコートをかけて/目覚ましのボタンを押し込み/毛布にもぐりこむ/わたしはわたしの井戸の/底へ/するするとおりてゆく/下へ下へ/さようなら/青い空と/音楽」。はっきりいってこんな寂しい詩とはわかっていませんでした。よく読んでなかったのだ。鍋でもつついて、元気だしてちょうだい。 生娘の歯形たくまし青りんご 赤帆 お祝いの主、清水哲男の句。山羊が天を付ける。小生も魅かれましたがね。これは若い娘の生命力に圧倒されている中年男の感慨でしょうか。林檎を齧ると血がでる人や、入れ歯人間には恐怖の図柄か。この句よりも「猫じゃらしヒヨコ一羽の庭の午後」と「いわしぐも汽笛ちりぢり日本海」がいい。特に後の句は今回の最高句でしょう。選句はあわてちゃ駄目なんだ。こんないい句を見逃してしまった。ところで『夕陽に赤い帆』についていろいろなひとが語っているが、どうして表題のジャズのスタンダード・ナンバーについていうひとがいないんだろう。不思議です。小生好きな曲なのに。うちにスティービー・ワンダーのデビュー時のハーモニカでの演奏のレコードがあります。「RED SAILS IN THE SUNSET」。それに限らず、いったいに詩集の題名について批評するひとが少ない。みな苦労しているのですがね。それでわかったが、赤帆の詩集は水が多い。『水の上衣』『水甕座の水』『涙のカルタ』『夕陽に赤い帆』』だって名前も清水だもの。『喝采』から始まる清水哲男詩集の題名の構成を、たぶんに演劇的だ、といったのは小生の知るところ貨物船だけです。流石いいところを見ている。 地に響く猫の小便猫じゃらし 巷児 さて師匠の小沢信男。このひとときたら、とにかくオシッコやウンコが好きなのだ。このジャアージャアーいつまでも続く馬の小便とならんで、もう一句作ったのは「断崖の尿(いばり)放物線の秋」なのだ。昔よく年寄りから聞かされた「万里の頂上から小便すれば、ゴビの砂漠に虹が立つ」ですか。この師の句に弟子の貨物船は馬の句に天、断崖の句に地の点を入れる。この小沢さんだから福武文庫の山田稔『スカトロジア』の解説は絶品ですぞ。特に最後の流鏑馬のオチは教えたくないほど一。今回は巷児得意のフェイントが効かず苦戦。小便とならんで「虐殺のこの村あの村いわし雲」と「焼き林檎くずして今朝のシャンゼリゼ」じゃあ、あまりのギャップにビックラコイテしまいました。 ビードロの金魚驚くうろこ雲 騒々子 この句は作ってからなんとなく類句があったようで不安。雲に限らず金魚の動作には何か驚いたような感じがあると思いません? この金魚は出目金です。今回小生ビリなり。どうも袋小路に入ってしまったようなのである。もう一度顔を洗って出直さねばなるまい。いまとにかくひどい俳句というのを読んでみたい、と思い調べているのですが、無いものですね。いいものしか活字で残らないから当たり前なのだが。これはひどい、というのを読みたい。なんだかそういう句にしか救いがないような気がするのです。今回も余白句会でそれらしき句を探したのだが見当たらなかった。 選句と選評をしている間に時間は経って5時前なのに外はもう真っ暗。寺という所は夜が早いのだ。時間過ぎたのであわててお終いにして外にでる。こんなことならもっと早く来てお寺を見ればよかった。もらったパンフレットによればここに蕎麦屋が多いのは元禄時代に時の寛永寺の法親王に献上して評判をとって以来というから先の「秋色桜」と同じ時代の同じような話だ。それにしても「鈴や」の蕎麦は不味かった。ここらへんの蕎麦は変に白っぽくて、小生のような出雲蕎麦を食べつけた人間にはまったく合わない。ところでこの句会報告を書いている間に読んだ毎日新聞に「鶴」同人の山田みづえさんというひとが書いていて、それによると深大寺の境内に石田波郷の句碑があるという。「吹き起る松風鶴を歩ましむ」。気障な句だ。他に「鴫の昼深大寺蕎麦なかりけり」という句が引用されていたが、波郷がそんなに蕎麦好きとは知らなかった。松山生まれだから蕎麦の味なんかわからないんじゃないのか。もっとも波郷在世当時の蕎麦は、今の全輸入物とは違うから、深大寺蕎麦もその頃は幾らか美味かったに違いない。 帰りもまた、まったく来ないタクシーを待ち、バラバラと吉祥寺に行く。動物園の周辺は大変な渋滞でしかたなく下りて、歩いて二次会の「下駄屋」に行く。ここは吉祥寺詩人たまりの店。まだ開けたばかりを強引に入り改めての乾杯となる。以降11時まで和気あいあいの楽しい会となりました。最後に青蛙に寄せ書きの団扇を贈って大団円。この団扇は、吉祥寺の駅内のねじめ正一の民芸品の店へ宗道が買いに行ったもので、裏には芭蕉の「野を横に馬牽きむけよほととぎす」以下蕉門十哲の句が書かれているというしろもの。そこにわれら巷門(コーモン)の人々の句がちりばめられたのである。青蛙、末代までの家宝とせよ。最後に団扇に書いた小生の句。 群れいても各々さびし猫じゃらし 騒々子 |
1994・11・15記 |