| 第18回余白句会報告記 |
|
井川博年 1994・5・1(日) 新宿 酒亭『柚子』 |
|
【酒亭句会】 蠅ひとつ飼ふてとろとろひとり酒 蝉息 今回は、始めは5月7日に前回の会場「関口・芭蕉庵」で行う予定で進んでいましたが、当日の都合が悪いというひとが出たので、急遽1日に変更し、場所も「柚子」にすることに決めてしまいました。だって騒々子、貨物船、山羊、ズボン堂、赤帆がその店で呑みながらの相談だから話は簡単。7日の会には白川宗道が雑誌『俳句αあるふぁ』(毎日新聞社)の編集部の当句会見学、立会いの手配をしてくれていたのに残念でした。詩人は気まぐれだからなあ−。約束なんてできないんだよ。しかし勝手に決めたはいいけど、1日は日曜日なので店はお休み。なのに「皆さん、いつも贔屓にして下さっているから、構いませんよ。昼から開けますから」というママさんの泣かせるセリフによって、ここに始めての飲み屋での句会ができることとなりました。 いきなり飲み屋で句会をするより少しあちこち見てからということで、まだあまりひとに知られていない新宿三栄町の「新宿歴史博物館」に集合。ところが定刻の1時に来たのは騒々子、宗道、ズボン堂、山羊、みなと、紙子、蝉息のみ。赤帆とゲストの高橋順子さんは3時の句会に直接「柚子」に行くという知らせがあったからいいけど、これでは幹事あせります。貨物船、当日騒々子のもとに電話あり「この前皆と呑んで帰る途中、駅で自転車に乗って転んで、顔を怪我し眼鏡もこわしてしまった。直接句会に行くから」。なんということだ。巷児師にも電話すると「いやあ用事が手放せなくて、直接行きます」との答え。克彦などはまだ食事中でした。ここに八木幹夫の紹介の『μ』の宮野一世氏(今回見学者−後述)を含めて8人による見学となりました。 こういう施設はまったく役所の無駄遣いの典型。「江戸東京博物館」一つあればいいのではないのか。ともあれ昭和初期の新宿を再現したウオール・ディスプレー(というんですね)は面白かった。ディック・ミネの「ダイナ」が流れるカフェー街の夜景はなんともいえず良かったですよ。私などは矮小化してあの町並みに入りたいものでした。その新宿の風車のネオンの「ムーラン・ルージュ」が、今回の句会の会場の「柚子」のすぐ近くにあったというのもなにかの因縁。それ以外にも江戸時代・天明の狂歌師たちが新宿百人町や四谷周辺に固まって住んでいたというのも面白い。もっとも彼らは御家人の二、三男たちが多かったから当然であるが。ところで彼らの狂名は凄いですね。宿屋飯盛、朱楽菅江ははともかく酒上不埒なんて最高。それから見ると貨物船、ズボン堂、シルバーなんて「奇怪な俳号」(清水哲男による)はまだまだ。この「狂名」についての考察は石川淳のエッセイ「江戸人の発想法について」に尽きます。閑話休題。 さて時間となったので話題の新宿は地下の酒亭『柚子』に行くと、すでに赤帆、貨物船来ていて、早速用意してきたワープロ句稿を短冊に切り、選句用紙に貼る付けるという作業に入る。そうするうちに今回ゲストの高橋順子さん現れ、すぐ小沢巷児師も到着。やっと句会の始まりとなる。余白句会は清記をワープロで、互選をコピーでスピード・アップしているのが特徴で、そのコピーをしている最中に克彦現る。一同すっかりこのひとの存在を忘れていました。そこでコピーをやり直して改めて配付する。1時間ほどで選を終わると早速被講。天、地、人そろったところで例により騒々子評です。まずは天の句から。 草わかばよろけてうれし病みあがり 蝉息 蝉息(八木忠栄)はつい先日胆嚢を手術して取ったばかり。1週間の入院だったそうです。もっともいまの手術は開腹をせずに小さな穴を何箇所か開けるだけとか。健康診断で見つかり、健康な時に念のために取っておこうというものだったので、最初から痛みもなにもなく、いまはすっかり普通だそうです。入院中は句作に明け暮れた由(個人誌『いちばん寒い場所』16号による)。みんなそのことを知っていましたね。しかしそれでもこれはいい句。「草わかば」が生きている。ただ「よろけてうれし」は少しオーバーじゃないいのか、という声あり。「病みあがり」という感覚も短期の病気のもので、長期の療養生活者の感じではない、とは結核の手術経験ありの巷児説です。蝉息違う若葉でもう一句。「柿わかば牛黒々と起きあがる」は赤帆が天に入れる。この色彩感覚も悪くない。とにかく蝉息の句は生きている。つぎは地の句から。 花の市蠅取りリボン新しく 巷児 今のひとに蠅取りリボンといってもわかるかしら(「広辞苑」にも載っていず、代わりに蠅取虫がカマキリとわかった)。ズボン堂の「蠅取りのリボンの蠅の累々と」も同じ。 昔はどの家庭にもあったけどねえ。巷児句の「花の市」は、屋外の露天なのか屋内の市場 なのかもめる。花の市場として屋内というのが作者説。従ってここには魚市場と違いあまり蠅は来ない。もっともそういう解釈よりも、花と蠅との対比がいいとする意見が多かった。巷児師の若葉の句は「名も若葉二年B組副級長」。これ句会得意のフェイント句。二、B、副となっているのがミソ。これで可愛い感じが出ている。でも今はクラス委員というんじゃない、と克彦。しかも女の子が副で男が正なのはずっと昔のことなのです。巷児師は最近定期的に『東京人』と『新潮45』にお書きで、おかげでこの2誌を読むのが楽しみになりました。現在「『新潮45』に「日本一の狂人」芦原将軍伝が載っています。 寝ながらも老婆手練の蠅叩き 騒々子 このところ俳句らしい俳句を作っていなかった騒々子、反省して気合を入れて作る。これ「寝たきり」だとどうなる、という声あり。「寝ていても」とすると「団扇が動く親心」となって川柳。だから「寝ながら」じゃなければならんのです。昔アッパッパとか簡単着とかいっていた粗末な服を着た、長谷川町子の「イジワル婆さん」のような老婆が寝そべっている。傍らには蠅叩き。そんなところに間抜けなハエが来たらどうなるか。千葉周作北辰一刀流道場に、世間知らずの道場荒らしがまぎれこんだようなもの。この句他の句には見られぬ笑いがあっていい、と一世。蠅の句作りのコンセプトはユーモア、そして橋の句はロマンチズムだったから当然です。その橋にちなむ句。「逆波のかちどきばしに夏は来ぬ」これ赤帆が誉める。風の強い初夏の日、勝鬨橋から見る隅田川には逆波が立ってピカピカ光っているのである。騒々子4月20日に詩と俳句の季刊誌『OLD STATION』を出しました。かねてからの悲願であっただけに感無量です。当句会が一つの母体になっているだけに今後ともよろしくお願いします。また4月からは雑誌『詩学』「研究会」の選者となる。ズボン堂・中上哲夫の引きによる。そのために背広二着新調したとい う噂は本当です。前着ていたスーツは酔って転んで破ってしまいましたから。 吾が妻という橋渡る五月かな 貨物船 吾妻橋、隅田川、五月(この場合はゴガツでなければならない)いかにも、という句。今回兼題に橋を選んだのは貨物船で、橋は無季だからどんなものができてくるのか期待があったが、隅田川の橋にちなんだものが多かった。前記の騒々子句もしかり、蝉息の佃に行く句もしかり、後述の宗道、紙子の句もそう。地名をだすと俳句になるというところか。貨物船のもう一句「若葉雨見渡す橋の長さかな」も隅田川であろう。しかもこの感じは江戸時代のもので、浮世絵の一場面を思わせる。貨物船は昨年11月に出した辻征夫詩集・『河口眺望』(書肆山田)により今年度の「詩歌文学館賞」と「芸術選奨文部大臣賞」を受賞。この詩集は50代の半ばになってしまった(うかうか来てしまった)著者のいわば新種の『氷島』なのである。「著者の過去の生活は、北海の極地を漂ひ流れる、侘しい氷山の生活だった」。卑俗な現実を生きる生活者の嗟嘆、芸術家の恍惚と不安。中年の暗涙。またなにおかいわんや。この詩集は必ずや平成の名詩集となるでありましょう。 遠足や教師の恋の見えかくれ 赤帆 貨物船と同じく俳号が定着した感のある赤帆、清水哲男さんの句。前回「日本女子大栄養学科目刺し燃ゆ」でみなをあっといわせたが、今回はやや平凡。この光景はよくわかるけど。ドリフターズの歌みたいに「だれかさんとだれかさんが○○している」と子供はちゃんと見ているのだ。赤帆の句では蠅の句の「御仏の眉間に蠅のある真昼」の方が面白い。千昌夫のホクロじゃない、といったものもいた。蠅が「いる」じゃなく「ある」としているところに力点。ちょっと凄い光景です。金属の仏像がうっすら汗をかいて蠅が滑りおちそうになっている。だれもいない本堂です。清水さん4月に詩集『夕陽に赤い帆』(思潮社)が出たばかり。第一回「詩歌文学館賞」の『東京』以来、9年ぶりというから驚く。これまた軽くて苛烈な詩集。辛い大根おろしのようなビターな味わい。集中にも俳句あり。「林檎箱、その他」という詩の中の「午前八時」という連に「婚前の闇あなどりし若葉かな」しかも若葉の句です。 佃小橋過ぐ二代目の金魚売り 宗道 前回より本格的参加の宗道の橋の句。句集『家族』の「元祖佃煮」で評判になって以来佃島を出すのは得意なのだ。もっとも集中の「アパートの下は日の出湯夏つばめ」他の佃物はいいげど今回の句は無理。だいたい金魚売りがどうして二代目とわかるのだ。蠅の句の「みちのくの薄き俳誌で蠅を打つ」の方は軽さと俳味があっていい。ただ少し古い。いったいに宗道句は新しみに欠ける。奮起を待つ。宗道これまでずっと所属していた俳句結社『河』(角川照子主宰)から新結社『百鳥』(大串章主宰)に加わる。本人も期するところ大であると思う。そのためもあってか自らの勉強不足を痛感してか、今年から早稲田大学に中途入学し国文の学生になる。いまどき大学などに行くひともいるんだ。奇特なひとである。しかしいくらそのためとはいえ毎月開いている『月刊J句会』の会合をわざわざ早稲田の大隈講堂の前でやる、というのはどうかと思うけどなあ。 橋くぐりなお夕映えを曳くボート 紙子 これも隅田川の光景。ボートに視点が合っていて余韻もある。夏の季語のボートは舟遊びをふくんだ貸ボートが多いが、この場合は長さのあるボートでボートレースのボート。戦前は各高等学校や大学のボート部は運動部の花形でたいへんもてたそうです。と小生の死んだ叔父(旧制松江高校から京大ボート部)がいっていました。田中英光の小説「オリンポスの果実」はロス・オリンピックのボート選手の話(読んでないけど叔父に聞いた)。紙子の俳句はおそらく当句会でしか拝見できないでしょうが、実は本人に無断で騒々子が勝手に選をして「紙子俳句抄」として『OLD STATION』に出してしまったのです。御免なさい。紙子このところ隔月で『PLEATS』という折り畳み6ページの洒落た雑誌(というよりも小片)を出している。こういうものは本当に書きたいものがあり、書ける力があるひとしかできないことである。お金もかかるしねえ。みな援助してあげてください。紙子詩作好調。このところ発表作はみな冴えている。 空碧し若葉に風のまじりをり 克彦 前回の句会の三次会の折り途中で消えた「酔遁の術」で深く反省し、以後句会への参加は見合わせるといった(『國井克彦新聞』7号)克彦であったが、連衆の温かい心配りに涙し、また参加することになりました(『國井克彦新聞』7号)。なんだかさっぱりわからない話。しかも俳号「宝島」は評判悪いのでやめてもとの克彦にもどるという。その克彦のこの句、宗道が天に入れる。風のとらえかたが新しいという。「風に若葉の匂い」という表現は陳腐であるが、克彦句のように表現を代えるといいかもしれない。もう一句。「山道を迷ひて若葉の下にをり」は素直に登山の途中と思いきや、ドライブの句だという。あくまでも車にこだわる克彦である。近々思潮社より新詩集を出す予定。もう原稿を入れたそうです。夏の出版になるのではないだろうか。さて次は。 ジャック・ケルアックの『荒涼天使立ち』に 遠足やリュックおろさぬ男たち 山羊 この句の前書は、4月末に思潮社より出版されたばかりの中上哲夫訳−ジャック・ケルアック『荒涼天使たち』への挨拶句である。読後の感想ではないはず。だってまだみんなろくに読んでいないんじゃない?3週間たった今でも「最後までちゃんと読んだといったのは騒々子だけ」とズボン堂がいっています。この本とても刺激になりますよ。詩を書きたくなること必定。ところで山羊句はヤンキー(いまこの語をかっての不良に近いまったく違った意味で使用している若い世代があるが)の男たちの意気というものをよく表現していると思う。これもっと前書を整備すれば、われらの目指す新俳句となるのではあるまいか。この句選んだ赤帆、紙子は目が高い。山羊さん一家は3月に家族旅行でシンガポール、香港に行き、その紀行句が「九龍の肉饅の上に蠅二匹」。長々しい前書がついていたがなんだこれは、とみな無視、あえなく選外。つぎは『荒涼天使たち』の訳者の句。 この世には不幸などなし柿若葉 ズボン堂 若葉といっても何故か柿若葉が多かった。あのテラテラしたところがなにか生命力を感じさせるのだろう。だからこの句の主人公は中年のオバサンで、そのふてぶてしいセリフが句になっているのである。「この世には不幸ばかりや柿若葉」とすれば、その柿若葉の生命力に圧倒された疲れた高中年の詩人の句となるのである。まあたいしたことなしか。 ズボン堂の翻訳では前出の『荒涼天使たち』につづいて、同じケルアックの小説『ビッグ・サー』も近日出版される予定です。わが『OLD STATION』にもケルアック、サイジョー、ウェルチの連句が連載されています。ともかくこのところの活動は目を見張るものがあるのだ。その分俳句は低調になっています。別の句「夫婦には深い淵あり柿若葉」など、前句と対で作った形跡ありあり。みなに見破られて選外。 橋の上にポンと花火やさようなら みなと このところ句が好調だったみなとだが今回は低調。この句赤帆が点を入れる。「さようなら」がどこに懸かるかがポイントだろう。花火へ懸かるとつまらないが、花火を見ているひとのつぶやきとすると面白くなる。作者がいうまで「ポン」が花火と橋への懸け言葉(ポンは橋のフランス語)なんてまったくわかりませんでした。これにはまいったなあ。みなとの最新の有働薫詩集『ウラン体操』には若葉の詩句あり。「初夏」がそれである。「太陽の白い光が/新しい葉を一杯にもりあげた樹々にふりそそぎ/新樹のように音をたててこぼれて/きらきらと輝く地面を/女王のようにおごそかに/踏みしめて進む/残高の乏しい貯金をおろしに/通りの向こうのキャッシングコーナーをめざして」。 吊り橋にわが春の日の揺れやまず 泣魚 やっとゲストの高橋順子さんの順番がきました。泣魚が俳号。いつぞや当句会に来ていただいた山口真理子さんは金魚、熱海にお住まいの高見順賞の新藤凉子さんは凉魚。魚の俳号を持つ女流詩人はてごわいのだ。しかも泣魚は『俳句の宇宙』という本でサントリー学芸賞を受賞した俳人の長谷川櫂氏たちと、毎月のように神田の「ペコパン」で句会を開いているのである。おそろしや。一句あり「暑のうちに火を落としたる鰻店」どうです、うまいものでしょう。ちゃんと調査済の訳は『俳句友だち』(FUJITSU夢本編集部編・一季出版)という種本があるからです。余談だがこの本は各種の句会の報告です。ところで吊り橋の句もうまいですよ。騒々子と宗道が点を入れている。「春の日」に「青春」の香りをかぐのは感傷であろうか。若葉の句は「ラグビーに土煙りして若葉風」だが、これにも騒々子のみ地の点を入れている。これしかしラグビーは冬の季語なので失敗、むしろサッカーのほうが今風でいい、とはみなの意見。でもサッカーだと感じがでないんだ。別の句「若葉寒鳥獣剥製所の門固し」は巷児句の「窓の若葉解剖教室はじまりぬ」と似た趣向。ただし鳥獣剥製所の方は富永太郎の有名な「鳥獣剥製所」を連想させるところに仕掛けがあり、手がこんだ作品なのです。にもかかわらず1点のみ。次は欠席者の投句評。 踊り場の片隅に蠅むつまじく 閑々人 これ泣かせるねえ。片隅の幸福と温かい家庭を夢みながら、日毎呑んだくれている閑々人の哀しい夢である。閑々人このところ失業、就職、失業と人生の荒波にもまれ転覆、沈没寸前。救ってやりたいにも、こちらもいつ沈むかわからぬボロ舟に乗っている身としてはいかんともしがたいのだ。好漢の自重といっそうの努力を望むのみ。がんばってください。このような句を作る一方で「蠅地獄呪縛の禁忌三島由起夫」なんて句を作るから駄目なんだ。だいいち是じゃあ閑々人の作とすぐわかるじゃないか。もう一句の「古池に溺れし蠅の日長かな」はいい。けれどこれもいまの閑々人を表している哀しい句である。 遠野へは退かず明日香の蠅の音 一世 最後になったが、今回見学者の宮野一世の句。これなんだと思いました。でたらめの句と思いきや、回文(上から読んでも下から読んでも同じ)だったとは! まいった、まいったです。一世は松本憲治編集の『μ』という奇妙な名の同人誌に面白い暗号の詩などのエッセイを書いている詩人です。コンピュータ世代の新タイプの評論家として期待できる新鋭です。この句会でもやってくれました。兼題の蠅もちゃんと入っている。ただ普通の句となるとまったく点が入らず〇点。まあ懲りずに俳句も作ってください。 以上で騒々子評は終われど、実際の句会は夕方よりすぐ酒呑み会となる。なにしろ場所が飲み屋だから便利なのだ。ここでいつものわれわれの食べるものをあげれば、まず冷奴、目刺し、するめ、つぎがせいぜい高い方のマグロマヨネーズ和え(これがなかなか)、エイヒレといったところ。テンプラなんてまず頼みませんが、この日は特別とあって食べたかもしらない。よく覚えていないのだ。なにしろ凄い量のビールや冷酒を呑んでいるから。そうこうするうちに夜は更け、日曜で貸切りのはずなのに何故か初めてという客が来たりして、いろんなことがありまして、3時から始まった会も9時を過ぎる頃にはかなりよれよれとなり、第一陣の帰った後も残りのメンバーはさらに呑み続ける。いったいこの句会の報告は俳句の紹介なのか呑み会の報告なのかわからなくなる。ただわれらのいいところは、先に帰ったひとたちの悪口や噂話は決してしないことで、その点は安心してください。当日はひょっとしたら現れるのではないかと、期待していた前前回のゲストの清水昶さんに電話すると、しばらく前から「ノイローゼ」が始まって来れない状態という。そんなひとに入れ代わり立ち代わり電話するもんだから、ノイローゼひどくなっちゃうよ。まあそれでも日曜日なので更に行くという店もなく、終電までにはみな無事に帰途に就くことができました。めでたしめでたし。小生の如きは翌日は疲れて一日寝てました。 大酒も呑んでしまえば昼寝かな 騒々子 |
1994・5・21記 |