| 号外 句会報告記 |
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井川博年 1993・11・19 新宿 酒亭『柚子』 |
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【突発わがまま句会】 小生二年前「余白句会」で、「寝て起きてまた寝る梅雨の下宿かな」の句を得、いやこれはわれながらいい句だと自画自賛、その後雑誌『俳句とエッセイ』に「句会敢行記」という文章を書いた時にもさりげなく入れ、個人誌『樽』の「俳句特集号」にも小生の代表作として入れてありました。 ところがつい最近送られてきた『月刊J句会』なる小冊子を見ると、渡辺閑々入が嵐雪作として「寝て起きて又寝てみても秋の暮」という句をとりあげているではないですか。小生がっくりして寝こんでしまいました。俳句はこれがこわい。しかし負け惜しみではないが、風雪の句はそんなに良くない。 さて今回の句会は、辻征夫からの「突発わがまま句会へのお誘い」という書状から始まりにけり。中に注として「この句会は思いついたものが勝手に、場所、日時、兼題を決め、案内状を出して開くもので、余白句会とは別のものです。今回は場所の関係で、先日飲んでいた4人と、新宿に住んでいる伊藤さん、それから國井さんの2人を誘うことにしました。伊藤、國井両氏には寝耳に水の出来事でしょうが、世の中にはこういうことも起こるのです。では頼んだぜ。」とありました。文中の4人とは辻、中上、八木、井川のいつもの連衆に清水哲男さんでした。兼題は冬の雨・水鳥・火事で11月16日迄に無署名で辻宅に郵送する。この手紙の日付は11月1日、句会は19日(金)の夜。場所は新宿の最近のゆきつけの店「柚子」。これぞまさしく寝耳に水…… やれやれ俳句作らにゃ。 17日の昼間、辻征夫、小生の仕事場所に電話して来て、新宿超高層ビルの53階の喫茶店で、送られてきた句稿を開封し整理する。2人が手書き、5人ワープロ。しかしまったく作者はわからない。手紙の表書きにも他人の手が入っている。あとで聞いたらたいていの人は、念のためにいつもと違う場所で投函した由。哲男さんなどはアメリカに行く友人に頼もうと思ったが、届かなかったら仕様がない、と諦めたほどという。しかし、ビジネスの話をしているサラリーマン達のテーブルの横で、鋏や糊を使って句稿を切り貼りしているわれわれの姿はかなり目立った。 やっと寒くなった金曜日の夜、早めに「柚子」に行き辻の来るのを待つ。ここはひとに知られたくないので場所は書かない。地下の細長い店にテーブルが一つ。あとはカウンターだけなので、テーブルを確保しておかないと句会が開けない。もとは映画館の一部だったそうで、現在も地下への入口に昔の切符売り場の跡がある。辻が来ると、二人で字句の間違いをチェックして皆に渡すコピーを揃える。 すぐ八木幹夫(山羊)到着。彼はこの店は顔写真の載った新聞記事のコピーがずっと壁に貼ってあったほどで「先生」として信用がある。続いて中上哲夫(ズボン堂)・伊藤聚(シルバー)、少し遅れて清水哲男さん来る。最後に國井克彦(克彦)現れ、これで全員出席。約束の時聞ぴったり。いつもならこの時間まったく客がいなくて、婆さん3人奥でうたた寝していることがあるほどなのに、どうしたことかこの日に限ってサラリーマンのグループがカウンターを埋めているではないか。という訳で周囲を少し気にしながらの選句。今回は全員気合が入っていて、稀れに見る良い出来となりました。以下騒々子評。 冬の雨下駄箱にある父の下駄 貨物船 9票で天。「貨物船」という恐るべき俳号は辻征夫です。前回の句会で「是野」と付けようとしたが、やはりこちらがいいと決めたという。これだけは止めて欲しかった。電話で「貨物船」といわれるとギョッとする。 この句の下駄は大きめの下駄。死んだ父の遺品だという清水説で当たり。下駄箱の下駄という繰り返しが効いている。冬の雨だからこそ父が生きてくるので、春の雨なら女の下駄でしような。もちろんこれは子から見た父への思い。この句に点を入れたひとは相当のファザー・コンプレックス? この句の父の実像を知りたいひとは、93年11月(すなわち今月)発売の『現代詩手帖』1月号冒頭の辻征夫、鈴木志郎康の「われら下町育ち」(笹みどりの唄を思い出しちゃった)という特集の、辻の文章と一緒に載っている、写真の中に懸かっている両親の写真の父親の方をとっくりと見なさい。 貨物船今回はぶっちぎりの高得点。騒々子が天に入れた「冬の雨饅頭熱き離別かな」は「饅頭熱き」が絶妙。ただ「離別かな」は生すぎる、とは清水説。この句は締切前にホカホカの肉マンを食べて、思いついたという。「離別」の事実については知らず。 冬の雨女が酒を飲む気配 赤帆 今回の季題では「冬の雨」に佳作が集まった。これもその一つ。「赤帆」は清水哲男さんの臨時の俳号。ジャズのスタンダート・ナンバーの「夕陽に赤い帆」からとった。清水さんの次の詩集の題名もこの題名ということです。この句じつに雰囲気がある。特に「気配」がうまい。これ以上の表現はない、と貨物船いう。騒々子この句を貨物船、前の饅頭の句を赤帆、と読み違えていた。「呑ませてくださいもう一度」の歌謡曲「氷雨」の世界。後になればなるほどいい句だと思える句というのがあり、これがその一つ。 清水さん句会に出るのは実に20年振りとか。一昨年句集『匙洗う人』を思潮社より出版。「30年前、句集を作るためのお金で、まちがって詩集を作ってしまった。詩人になったせいで、処女句集を出すのがとても遅れてしまった」その少年時代の句にちゃんと赤い帆の句あり。「将来よグリコのおまけ赤い帆の」。他にも佳作多し。騒々子好みは「夏草や娼婦の鶏は影持たず」「田の母よぼくはじゃがいもを煮ています」「愛されず冬の駱駝を見て帰る」。 冬の雨受けてる皿を猫憎む シルバー 「シルバー」は伊藤聚さんの俳号。昨年の春、安西均さんと一緒にお招きして余白句会を開いた時に臨時に付けたもの。白髪エージの年代よりくるという。宝島のジョン・シルバーみたい。これもエーッと驚いた記憶あり。カタカナの俳号は抵抗あるなあ。この句は猫の側から見ているのが面白い。みなもそう受け取っていた。ただ猫は雨が嫌いだから、これは猫は室内にいて、外の猫用の皿を見ているのだろう。とすれば当然庭付きの日本家屋の庭の沓脱石のところに置いてある皿で、縁は欠けているが、主人の趣味がわかる程度のものの良い瀬戸物でないといけない。猫もそうなると日本猫でしょう。ともかく猫好きならでは作れない句。点を入れたひとも猫好きなのだ。それにしても前回零点に近い成績のシルバーがここまで腕を上げるとは、脱帽です。 フランスに行かぬ決意に冬の雨 山羊 この句「決意に」を「決意や」と清書を誤記していたが、そのほうが良いとはみなの意見。「これ朔太郎じゃない」と殆どのひとは見破っていました。騒々子ぼっとしててわからなかった。しかし、いい句じゃないので点を入れなかった。いまどきフランスなどいつでも行けるじゃないか、大袈裟すぎるという説に、だからいいと思ったと克彦。山羊今回は平凡。 北陸の朝市にて 青き魚赤き魚にも冬の雨 ズボン堂 これ、てっきり北陸に行ってきたひとの句と思いきや、なんと作者はテレビの旅番組を見て作ったという。この手を使い前書を付ければ、何処でも行って作ったように見せ掛けることができるから要注意。ひどいよ。今回の火事の句でもテレビのアメリカのカリフォルニや山火事のニュースを見て作ったのが多かった。國井説では、これらはみな想像句だから良くないということになるが、その克彦が青や赤で綺麗だからと点を入れている。これしかし雨よりもみぞれですね。まだ夕方なのに電気が点いている海沿いの町。頬被りのゴム長靴のおばさん連中が「魚いらんかねー」と呼び込みをしている。つげ義春に似たような画あり。ここまでが「冬の雨」の部類。 浮寝鳥河口より町明け初むる 騒々子 5点で地の句。この句は実は辻征夫の新詩集『河口眺望』への挨拶句。見破っていたもの2、3人はいたよう。句柄が大きいといってくれたのはその貨物船。この作者は、本当に早起きして鳥を見たわけではない、と鋭い指摘をしたのは赤帆。さすがに長年、朝一番のラジオのパーソナリティをやっていた亮けのことはあります。作者もとより早起きしたことなし。これぞ國井説の想像句なり。動植物の句は自然観察によらねばならない。これ鉄則なり。しかしまあ湖と川のほとりで育った作者にとって水鳥は比較的身近な鳥でした。 清水さんの最新の本『現代詩つれづれ草』(新潮社)に天才俳句少年寺山修司の項があるけど、その寺山の高校時代の句に「浮寝鳥また波が来て夜となる」あり。この浮寝鳥は実にいい。寺山の十代の俳句は五十代のわれわれでもわくわくさせられるところがある。彼の俳句はもっと見直されるべきである。 水鳥の水鳥ゆえの拒絶の美 克彦 騒々子のみ地に点を入れる。「白鳥はかなしからずや」です。「拒絶の美」がストレートすぎる、という説が多かったが、いいではないの、これ観念句だから。山羊の「水鳥の胸毛濡れゐることのなし」も同様。山羊のほうは実景に見せた象徴句といえようか。 克彦は清水哲男に会ったのは初めて同然。二人とも20年くらい前に会ったような気がするという程度。昭和13年の同年生まれ。しかも漫画や野球に熱中した同じ体験を持つためか、日頃口数少ない克彦も大いに話が弾む。「こんなに話す國井さんは初めて」と山羊やズボン堂に不思議がられる。「いつも騒々子がしゃべるので、話す暇がないからだ」。 全体に水鳥は人気がなかった。その中で「水鳥よ初恋の日の川の底」という赤帆の句の川は前出の句集の中にある「われら十二歳の夏にしあらば川鋭し」の川ではなかろうか。どんな川かは知らねども、ああ青春は過ぎにけり、である。−次は火事の句。 火事を見る少年探偵幾人も 騒々子 これを気に入って点を入れたのはシルバーだけ。もっと点をとるかと思っていた。赤帆「少年探偵小便す」とすると面白い、と勝手なことをいう。これでも少年探偵を出すのにかなり苦労したのだから、このままでは惜しいので、小便させようと思います。 火事の町置き去る冬の深夜便 シルバー この句現代感覚がある。但し季重なり。「ダブル季語」です。だいたいシルバーは歳時記なんか読んでないんじゃない。火事や水鳥が冬の季語だったなんて知らなかっというひとだから。その証拠がこの句。別に「水鳥のまどろみと出会う冬の旅」なんてのも作っている。しかしこの深夜便はいいセンスです。「放火してゆく深夜便」という異説もあり。このように火事の句になるとみな生き生きしてくる反面、川柳のようにもなってくる。 火事見舞まだ盛大に燃えている 貨物船 声高に指さす人の火事遠し 山羊 火事はどこのそりと酔客のれんから ズボン堂 ズボン堂のこの句実にきわどい、赤帆はいう。これはどこか違う系列の句会に持って行くと、最高点をとる可能性がある。ただしこういう句がすらすらと幾つも出るようになると注意しなければいけない。田舎俳諧の王者になる、と。これ赤帆の酔余の放言にあらず。傾聴すべき「俳言」なり。その赤帆の火事の句「振袖の火事もなつかし文庫買う」。この文庫は春陽堂文庫でしょう。以下も女絡みの火事の句。 人妻のキスの甘さよ昼の火事 騒々子 火事場にて昔のひとに会いにけり ズボン堂 騒々子の句は啄木の「やや長きキスを交わして別れ来し/深夜の街の/遠き火事かな」をパクッたものですが誰も気付かず意味をなさず失敗。ズボン堂の句には後日談あり。この句会が終わってから、辻征夫、安西均さんのお見舞いに行き、退屈しのぎにと作者名を伏せて句をお見せしたところ、安西さんこの句を見て「嘘ばっかり」と破顔笑された由。 選句が終わる頃は宴もたけなわ、大いに気分良くなったせいか、日頃目刺しと奴しか食べない連衆も、天麩羅やおでんといった高いものを頼み、ショーチューを呑む。ただし赤帆と克彦はビールだけ。いつしかサラリーマングループはいなくなり、われらにわか俳人のみとなる。店のママ婆さんも少し俳句をやるのである。油断大敵とはこのこと。 その時ズボン堂に電話あり、またもやどこから嗅ぎつけたのか俳人白川宗道の登場である。これ最近のわれらが句会の一パターンで、これを名付けて「白川騒動」という。ここでネジが巻き直しとなったかのように全員また始めからのみ直し、語り、ふらふらになって帰る羽目却になるのである。それはそれで面白い話があるのであるが、句会の付属編となるのでこれはオプションとする。 数日後、小生のもとに来信あり。「詩も書も絵も俳句も基礎が大事であることは当然であるが、このことを忘れている人が多い。何事も第一歩から謙虚に学ぶべきである」と。−その通りです。初心忘るべからず。その主の句。 仲見世や裏道ゆけば冬薔薇 克彦 「句会報告」というのは、もともとは小沢信男さと一緒にやっている余白句会の例会報告といったもので、それも始めから井川個人が、頼まれもせずに勝手にやっているもので、とんちんかんな俳句批評が売り物です。今回ここにお見せするのは、その余白句会の番外編というべきもので、辻征夫氏の「お誘い」の文にあるような趣旨で行った句会の様子です。あえてこうした下手な句をしかも無断で披露するのは、詩人の句会というものがどんなものかを知ってもらいたいからです。ひとことにいって楽しそうでしょ? それでも、楽しさの中にも礼儀あり。私たちはかれこれもう5年ほど続けていますがそのモットーは「フザケテ作らない、チャント作ろう」です。そしてやるからには、俳句から富を充分いただこう、ということです。 念のためにいつもの「余白句会」のメンバーを紹介しますと、作家の小沢信男さんを中心に辻征夫、中上哲夫、八木幹夫、渡辺俊慧、有働薫、國井克彦、木坂涼、八木忠栄(以上入会順)、それに井川博年です。 |
1993・12・5記 |