藤壺日記
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恩師イヴ・ジェラール先生と一緒に国立図書館へ戻ってひと勉強した後、今度は図書館入り口でマルク・タレさんと待ち合わせ。タレさんは、1980-91年に「ミクロロゴスMicrologus」という古楽アンサンブルを結成して来日したこともあります。青山の子供の城で、中世の衣裳をつけて踊りや歌などを披露してくれました。1991年からは現代音楽の作曲に専念、現在はドイツとの文化交流にも携わっています。 タレさんのプロフィール: http://brahms.ircam.fr/textes/c00002612/、http://www.emepublish.com/eme10.htm#tallet パリでお会いすることになったのは、以前に日本ガンバ協会主催でヴィオラ・ダ・ガンバのための作曲コンクールが日本で開催された時に優勝し、作品が出版されたのですが、よく計算したら著作権料が少なく支払っていたことが判明したからです。つまりパリへ行くついでに、差額1940円分を渡すことに(^.^; タレさんとお会いしたのは上記の公演の時で、藤壺が通訳やインタビューをしてあげました。でも、その前からお母さまを存じ上げていたのです。その頃、ドイツ人のお父様がゲーテ・インスティテュート所長として東京に赴任なさっていたのです。お母さまはフランス人で、日本とフランスの女性の親睦会で藤壺と御一緒で、仲良くしていただいてました(^.^) ある時、この会のパーティーで慈善くじのような催しで藤壺に「自動車のタイヤ」があたったことがありました。でも、藤壺は車をもっていないので(T.T) タイヤが当ってもどうしようもありません(T.T) タレさんのお母さまには、ホテル・ニューオータニのペア宿泊券が当ったのですが、世界中に赴任し、旅行も頻繁にしているからホテルは珍しくないけれど、車のタイヤは必要だからと、交換してくださったのです\(^ o ^)/ そこで藤壺の両親がホテルに泊まりに行きました(^.^) 感謝m(_ _)m その後、御両親はケルンやパリのゲーテ・インスティテュートに赴任しました。ケルンを訪れた時には御自宅でお茶の後、食事に連れていってくださいました(^.^) パリでは退職後に住む予定で購入した郊外の家にも招かれて、泊まったこともあります。国立公園に隣接した広大な土地、プールもあります。でも、内装は自分達でコツコツと少しずつ完成させていってました。今回は風邪がひどいということで、お会いできず残念(T.T) パリでタレさんが連れていってくださったのは、オペラ座近くのセルフサーヴィス・カフェ。何しろ、お昼をおなかいっぱいに食べてしまったので、ケーキすら入らない状態の藤壺でしたから、落ち着いた雰囲気のカフェがぴったり。ゆっくりとお茶を飲みながら、いろいろお話をしました(^.^) それから一度、家に戻って、夜はリュリ/モリエールのコメディ・バレ「町人貴族」へ。17世紀の音楽劇ですが、何と踊りはヒップホップ(*.*) 劇場は若い人たちで一杯でした! 翌日は、5月に来日して講演するシルヴェット・ミリオさんと打ち合わせを兼ねて昼食を御一緒。日本食が御希望だったので、図書館からサンタンヌ通りをコメディーフランセーズやルーブル美術館の方へ歩いたところにあるレストラン「やすべえ」へ。中はフランス人でほぼ満員(^.^; 相席のフランス人男性2人は刺身定食を。でもミリオさんは、刺身が苦手というので、焼き魚定食。さんまの塩焼きを上手に箸で召し上がっていました(^.^)えっ、藤壺は何を食べたかですって? もちろん幕の内弁当です(^.^; だってお刺身、天ぷら、野菜などがたっぷりと入っているのですもの。それで日本とおなじくらいのお値段\(^ o ^)/ 食事をしながら講演内容の打ち合わせで閉店まで(^.^; ミリオさんは、マラン・マレの伝記(Fayard 社出版)の著者。他に、18世紀パリの製作家についての博士論文をさらに発展させた20世紀までの弦楽器製作家の歴史(演奏家ではありません!)についての大作があります(全4巻で最後の巻を執筆中)。 講演は5月23日(火)午後7時から東京日仏学院でおこなわれます(入場無料ですが先着順です)。藤壺が通訳しますので、ぜひいらしてください(^.^) いろいろな案が出たので、日本へ戻って相談してきますと言って、別れました。その後、近くのインターネットカフェでメールをチェック。そうしたら、そこにマラン・マレ生誕350年記念フェスティヴァル実行委員会の企画や事務方要として活躍なさっていた有松さんの訃報が(T.T) そんな、そんな(T.T) これから講演の相談をしようと思っていたのに。。。ショック(*.*) 前日の夜中まで皆と一緒に飲んでいたのに翌朝、心臓マヒで(T.T)。メールを読んだ後は、あまりの衝撃に思考停止状態(T.T) ともあれ、他の実行委員会のメンバー、出演者一同が遺志を継いで頑張るしかありません。皆さま、ぜひぜひ、5月27日と28日のフェスティヴァルにお出かけくださいm(_ _)m マラン・マレ生誕350年記念音楽祭 http://w2322.nsk.ne.jp/%7Epom/marais/maraisfes.html いつものことですが(?)、パリにいる時は3日めからは忙しくなり、アッと言う間に過ぎてしまします。今回はとくに、多くの人にお会いしました。 まずはフランソワーズ・ランジュレさん(クラヴサン奏者)。お家が藤壺のいるところから歩いていけるのです! その道筋には エスパス・ジャポンというところがあります。いろいろな活動をしていて、受け付けの方はとっても親切。 * http://www.espacejapon.com/ HPより:エスパス・ジャポンは、パリ東部の中心、レピュブリック広場から5分のところにあります。映画「北ホテル」で知られるサンマルタン運河にも近いこの地区は、アーティストたちの新しいメッカとして注目され、画廊も急増しています。3階建の建物には、展覧会場の他、図書室、日仏資料室、ビデオ室、「オヴニー」編集室などがあり、連日、多くの日本人やフランス人が訪れ、講演会やコンサート、日本語フランス語教室なども。 ここには日本語の使えるパソコンもあり、ネットやウェブメールも可能なのです(^.^)問題は開館時間と2台しかないこと。さらにキーボードがフランス式なので、アルファベットの位置が違って慣れるまでは疲れます(T.T) でも、ネットカフェより格段にお得な使用料金。 というわけで、寄り道してメールチェック、さらに翻訳原稿を完成させて日本へ送付(^.^) 代金を支払って出ようとしたら、受け付けの方が出来上がったばかりのパリ情報紙「オヴニ」(無料)をどうぞと。これが後に幸運(?)をもたらすことになろうとは! ともかく急いでランジュレさんを訪問。いつも素敵な笑顔で迎えてくださいます。そして今回、机の上には色とりどりのマカロンが(^.^; どれでもどうぞと言われて、まずは緑のピスタッシュ(ピスタチオ)を。美味ーーーーーーーーー\(^
o ^)/しばらくしたら、またすすめられました。断ることなど、藤壺にはできません。こうして次々と(T.T) いくらなんでも食べ過ぎです(T.T) 今までマカロンは固くて歯にくっつくので嫌だったのですが、これはしっとりとして上品な味。これなら、マカロンファンがいるのも納得。日本にはマカロンマニアのサイトもありましたhttp://www.h7.dion.ne.jp/~vieniqua/macaron_report2.htm写真やおすすめのお店も掲載されているので、お楽しみください(^.^; 翌日は、留学時代の恩師イヴ・ジェラール先生と昼食を御一緒に。待ち合わせはフランス国立図書館の音楽部門の閲覧室。そこから近くのイタリアン・レストランへ。モダンでさっぱりとした内装で、感じの良い対応。ランチセットとアラカルトがありました。 どれでもお好きなのをと言われて、迷ったのですが....せっかくだからと、メインは久しぶりのステーキ(^.^; ところが、オードブルの野菜サラダの量が凄いのです(*.*)もしかしたら2人分? これだけでおなかが一杯です(^.^; 本当なんですから。そしてステーキ。つけあわせはマッシュポテト。ところが、これもボリュームたっぷり(^.^; まだかたちが残るくらいでホクホクして、おそらくバターたっぷり! これ以上は食べられません(T.T) デザートは泣く泣く断念しました。 先生へのおみやげは、原宿にある浮世絵美術館のグッズ。ドビュッシーが「海」の初版表紙に用いた波の絵が入ったボールペンです。偶然にも最近の先生はこうしたグッズに関心をおもちで、その時もオランダの美術館グッズのボールペンを使っていらっしゃいました(^.^; というわけで大変に喜ばれて、藤壺も満足。 先生はボッケリーニの作品目録を作成なさった学者です。その後、ベルリオーズの回想録の監修をなさってます。今はサン=サーンスの伝記を執筆中。そしてボッケリーニの目録の改訂も始められました(^.^) 最近になってようやくメールを使い始められたので、これで連絡が楽になります。 先生への初メールは、昼食の時に先生を撮影した写真。そうしたら、ボッケリーニゆかりのイタリアの町からメールが届きました\(^ o ^)/ 夜の7時にメトロのポルト・マイヨーの駅ビル地下で待ち合わせ。高級大型ホテルや国際会議場もありますので、ショッピングモールと呼んだ方が良いかもしれません(^.^; 地下のスーパーもちょっとおしゃれ、そしてこんなところにもPAULのパンが! 携帯電話で今そちらに向かっていると連絡があり、地下鉄の方へ。GAPの前でお互いに電話をしながら歩いているのを確認(*.*) 渋滞を避けて車を別のところに止めてきたというので、またメトロ→バスに乗って...ナノンのボーイフレンドの家の前を通って少し行ったところに車が(^.^; シャルトルまではパリから約93キロということでしたが、高速ではなく国道だったので、意外に時間がかかりました。ところどころ標識がわかりにくかったり、暗かったり、時にはわざとバッシングしたりする車があったり(T.T)。何だか大変で、ナノンはこの行き方を教えたボーイフレンドに電話でずっと文句を(^.^; あっ、でも受話器を手にもってはいません。だって危険ですもの。ちゃんとハンズフリー・イヤフォンを装着しておりました(^.^) シャルトルの町に入る時も出る時もわかりにくくて大変。到着したのは8時半! 1時間くらいのつもりで、席も余裕で探してのはずだったのですが(T.T)駐車場から少し歩いたところにあるので、結局は開演ギリギリ。えっ、そんな時刻だったらコンサートは終わっているのではないか!ですって? とんでもございません。この日の開演時刻は、20:45だったのでございます(^.^; ステンドグラスで有名なの大聖堂ですが、夜は真暗で何も見えません(T.T) シャルトルのオルガン協会主催なので、聴衆はかなり多く、席を探すのは大変。結局近くですが別々の場所にすわりました(^.^; その夜はレクチャーコンサート。 講師はGilles Cantagrel。シャルトル・オルガン協会会長。放送解説で知られ、著作も数多くあります(レジオンドヌール勲章も)。演奏はVincent Warnier。1992年のシャルトル・オルガン・コンクール優勝後、1996年からパリのサン=テティエンヌ・デュ・モン教会の首席オルガニストになった若い演奏家。 腰をかけて前を見ると、祭壇の上にスクリーンが張られています。さすがフランスと思ったのは、そのスクリーンが真四角ではなく菱形のように張られていたこと\(^ o ^)/ ![]() 左の柱の下に小さく講師の姿が見えます。話とともに、スクリーンには肖像画、自筆譜などの映像が。講演の方は、さすが放送で鍛えているだけあって、お風呂のような残響でふつうは聞き取りにくい教会でも言葉がきっちりと聞こえてきます。 そして演奏が始まりました。ふつうだとオルガンの演奏しているところは見えないのですが、この日はオルガン席にカメラが2台か3台設置されていて、手や足が上や横からのアングルで写し出されるのです(^.^) 最近では東京のオペラシティでもこうした試みがおこなわれていますが、まさか教会でスクリーンを使ってとは(*.*) ![]() プログラムは「モーツアルトへのオマージュ」なのですが、バッハのトッカータとフーガBWV540、6つのシュープラーコラール。モーツアルトのグラスハーモニカのためのアダージョ、ファンタジー、小ジーグ、メンデルスゾーンのオルガン・ソナタ、われらが主に基づくコラールと変そう、フーガ、アンダンテ。リストのB.A.C.H.に基づく前奏曲とフーガ。 どこがモーツアルト?バッハじゃないの??という感じで、しかも1つのコンサートくらいの演奏時間(-.-) 演奏は、きっと近現代だともっと才能を存分に発揮できるだろうなと思いました(^.^; 最後のリストでは華麗なテクニックを披露。レジストレーションにも思い切った色彩を使って(^.^) オルガニストでもあるナノンは楽譜持参。他の人はしないが、自分もここであの音色を使っていたと満足そう\(^ o ^)/ コンサートでは、作品ごとに講師の話が入り、休憩なしで終わった時には11時すぎ(T.T)しかも広大な大聖堂ですから、暖房がきくはずもありません(T.T) 最後は寒さに震えながら聴いていました(T.T) 後で考えたら、ホカロンをすれば良かったのですが(-.-) まったく忘れていました! 結局パリのトランクに入れたまま、帰国するまで使用せず、お世話になった日本人の方に差し上げました(^.^; 終演後、外に出たら銀世界! そうです。雪が降っていたのです(T.T) 晩御飯もまだで、何か食べたいのですが、さすがにもうレストランは終了。駐車場近くのカフェというか、ロッテリア風の軽食のお店で、お茶とサンドイッチを食べて、パリへ。今度は高速道路で戻ったのですが、途中は雪が上からではなく、まっすぐに向かってくるような感じ(T.T) 風も強くて危ないので、さすがに100キロを超えることはなく(^.^; でもナノンの運転の腕は、年令を考えると信じられないくらい確か。日本だと免許書返上を考えるくらいなのに。ところが、今でも彼氏と一緒に頑丈なオートバイでツーリングするくらいですから、安心? それでもパリに到着したのは真夜中すぎ。藤壺が泊まっているところまで送ってくださいました。感謝m(_ _)m ![]() パリに着いたら、いつもしていること。まずは、朝御飯前のピアノ・レッスン(T.T)地下鉄の切符はもう買ったので、メトロに乗って、今度は両替えに。オペラ座の前に行ったらいつものお店はなく、きれいになった両替えカウンターが。悪い予感はしたのですが、レートは悪くなかったので、とりあえず両替えを。 レシートを見ると、えっーーーーーーーー! そんな、そんな(T.T) どうして、こんなに手数料が??? これだったら成田の方が手取りは多いのです(T.T) そんな、そんな(T.T) この手数料は昼食1回分に相当するくらい(-.-) でも、どうしようもありません。 昼食は、せっかくだからとフランス国立図書館音楽部門の近くにあるフランス料理の定食屋さんへ。ところが、えっーーーーーーーー! お店が消えてます(T.T) そんな、そんな(T.T) 隣にある2つの韓国料理店は健在なのに。しかたありません(-.-) せっかくパリへ来たのだから、やはりフランスの味を。そこで以前にも一度入ったことがあるレストランへ。サンタンヌの通りには、17世紀フランスの音楽家リュリの館がありました(^.^) ![]() 外見と同様、中もアンティーク(^.^; お客さんは顔なじみの人が多いみたい。みぞれまじりの寒い日、ちょうど本日の定食メニューは野菜スープ。メインはお魚料理。つけあわせはライス。軽い食事だったし、さすがに疲れていたので、デザートにクレーム・キャラメル(プリン)を\(^ o ^)/ そこから国立図書館に入館カードの手続きに。入り口には荷物検査のおじさん(?)たちがいて、空港にあるようなセンサー付きの門をくぐります。今回は大学の欧文身分証明書を持参していたので、入館証の発行係の女性はとっても親切(^.^; あっという間に手続き終了、会計窓口で支払って外へ。 今回の入館カードは回数制限があるので、この日は前を素通りして、最近流行のアーケード街にあるインターネットカフェに。新しい発見は、サンタンヌ通りからの抜け道に気付いたこと。いつもヴィヴィエンヌの方まで遠回りしていたのですが、これだと楽です(^.^) ネットカフェでメールをチェック。ここでは日本語が使えます(^.^) 30分までは時間制、30-60分は同一値段(後日、31分だったけれど、出ないといけなくて悔しい思いをしました)。以前なら、ここからもう本屋とかスーパーをまわるのですが、自重して戻りました。もちろん、6階までエレベーターなしの階段で(^.^; というのも、実は夜に予定が入っていたからです。朝、ナノンに電話したところ、今晩シャルトルでオルガン・コンサートがあるから一緒に行かないかと誘ってくれました。待ち合わせは夜の7時。だからちょっとひと休み(-.-) いつも空港へ迎えに来てくださるナノンが用事で駄目。しかたありません(-.-) 空港からパリ市中へは、タクシー、リムジンバス、電車(RER)のとれか。時間は午後4時半くらい。道路はそろそろ渋滞かもしれません。今回は節約したかったので電車に乗ることにしました。 でも、藤壺が乗って来た全日空は、第1ターミナル。電車へは、まず無料のシャトルバスに乗って駅まで移動。そこから電車に乗らなければなりません。重いトランクと機内持ち込みバッグを持っての移動はけっこう大変です。シャトルバスの中で、トランクがバタンと倒れたり(T.T) でも、親切な人が立ててくれました(^.^) 窓口で切符を買って乗り場へ。エスカレーターでホームに降りた途端に電車が!ラッキー。そこから北駅まで、そんなに遠くはありません。懐かしい駅に降りてみると、改修工事が終わってきれいになっています。と、そこに「PAUL」の文字が(*.*) 今回いろいろなところで、このパン屋が出店しているのを見かけました。 ここからタクシーに乗ろうと、出口の指示に従って外へ。ところが目の前には階段がそびえたってます。重いトランクを抱えて上がるのは、とても無理(T.T)でも、改札を出てしまったので、また駅に入るには切符が必要です(T.T) そんな、そんな(T.T) でも、でも、よく見ると、改札の向こうにエスカレータがあります。いつもパリでは、月曜から日曜まで地下鉄とバス乗り放題のチケットを買って動くことを思い出しました。よく考えると、到着したのは月曜日。つまり、今日でも明日でもチケットの値段は同じ\(^ o ^)/ それならば、買った方が得した気分ではありませんか(^.^; そこで、また窓口に。ところが、行列が中々前に進みません(T.T) そんな、そんな(T.T) 何しろ開いている窓口はひとつ。買う人は何だか知らないけれど、いろいろと注文をつけていて終わりません(T.T) 早くーーーーー。やっと藤壺の番が来ると、アッという間でした(T.T) こうして地下鉄の入り口を通って、中に入り、1階に出てタクシー乗り場へ。また、そこまでが遠いのです(T.T) でも、さすがまだ夕方なので人が少なく、すぐにタクシーに乗り込むことができました(^.^) でも、やはりパリは渋滞中。そんなに遠くないのに、かなり時間がかかりました(T.T) 目的地は、最近よく泊めてくださるフランス人の家庭。そう、あのエレベーターなしの6階の家です(^.^; 建物の前に着いてから携帯で連絡しようとすると、圏外になっているではありませんか。どうして、どうして(T.T) しかたありません(-.-) 扉を開ける暗証番号は知っていたので、中に入って、まずは守衛さんに話しました。私は荷物は持って上げるなんて出来ないし、携帯はもう少し先に行けば通じるはずと(T.T) しかたありません(-.-) 3つほど先の建物まで行くと、守衛さんの言葉通り、通じました。泊めてくださる家の御主人が降りて来てくださり、かつぎ上げてくださいました。感謝m(_ _)m 友人はポンピドゥーセンターにある図書館で働いているので、帰宅は8時頃。それまで、ひと休みすることに(^.^) 夕食は8時半に家族の人たちと一緒。終わったら、御主人はさっそく電子ピアノの前に(^.^; 昨年はお留守でしたので、ピアノのレッスンは久しぶりでした。でも、毎日1時間くらいは練習していたということで、手のかたちは崩れていません。でも指使いがめちゃくちゃ(T.T) そこで指使いの大切さを説明し、納得していただきました(^.^) それからが大変。この曲は? 今度はこの曲...と、次々に今までうまくいかなかった曲の楽譜を広げて質問ぜめ。何しろ3年分ですから(^.^; きわめつけは、左右の手をあわせるのが大変、リズムが難しいという悩み。 よく聴けば、それもそのはず、なんとブルースを弾きたがっているのです(*.*) このレベルで難しいのは当然とも言えます。右手は即興でけっこうかっこよく弾けているのですが(^.^; でも、詳しくは明日ということで、その夜はこれでレッスン終了。何しろ、ここでは夜の11時になると、全員が就寝。シーーン(-.-) おやすみなさいm(_ _)m 気分一新のため、パリへ飛び出してきました(^.^; 主目的は、17世紀フランスバロックの音楽家ジャン=バティスト・リュリが作曲した「町人貴族」bibl-fr.htmが当時のように蝋燭で上演されるのを見るため。 決心したのは、偶然にもインターネットで座席が確保できたのと、超格安キャンペーンの飛行機があったから(^.^) すぐにパリのフランス人夫婦に泊めていただけるかどうかメールしました。そうしたら、オーケー\(^ o ^)/ これでホテル代の心配もなくなったので、後は出発するだけ。 でも、出発前には大学の試験採点などがあり、例のごとく疲労困ぱい。「何でそんなに疲れているのに、無理してまで...」などと言われながら、「もう飛行機もチケットも手配したのだから...」と。 ただ格安飛行機のため、出発一週間前まで、どこの会社で何時に出発・到着するのがわかりません(T.T) 結果は、全日空で午前出発、午後着ということに。さっそく成田エクスプレスを予約。藤壺の最寄り駅からは1日1本だけ早朝に成田空港行きがあるのです。ただし午前6時10分発。 例のごとく眠る暇もなく、ギリギリまで原稿を書きながら荷物を詰めて...。やっぱり飛び出してしまいました(T.T) 何とか列車に間に合って、すわったとたんおやすみタイム。それでも新宿くらいまでは駅名が聞こえていたのですが、目が覚めると、もうすぐ成田空港(*.*) 時刻は8時頃。まだまだ余裕があるとゆっくり改札を出ると、そこに新しく両替え所ができていました。どうやら隣国関係のようですが、1万円単位しか扱わないけれど待たずにすぐもらえるという呼び込みが(*.*)前回のユーロがまだ少し残っていたので、どうしようかと迷ったのですが、何となくレートがよさそう(^.^; 思い切って(?)1万円だけ。でも結果としては正解でした。パリの目抜き通りの両替所より手取りが多かったのです! 悠然と出発ロビーへ移動。ポストに原稿や書類などを入れてホッ(^.^) 今回は保険も出る前につけてきたので、あわてる必要はありません(テレビか新聞で、カード付属の保険は保障範囲が少ないとか、空港でつけるよりも自宅から往復までも保障してくれるから早めが良いと言っていたので) 飛行機のチケットは空港で受け取る式でしたので、窓口に行くと、すぐにもらえました。そうして全日空のカウンターへ向かうと、さすが(*.*)大勢の人がもう並んでいて、かなり焦りました(^.^; ようやくチェックイン。希望通りの通路側がとれました(^.^) でも、まだ出発までには3時間ほどあります。今回は国際会議ではないので、おみやげもあまり必要ではありません。だから売店を見る意欲もわかないし、パリは寒いという情報があって厚いセーターを着てブーツをはいているので、熱気で頭がボーッとして(T.T) というわけで、いつものように2度めの朝食、お蕎麦を食べに。このお店は滑走路などの見晴らしが良く、わりと人が少なくて静かなのです(^.^) わさびも本物で、おろし金がついてきます。ゆったりと食べて、外で出ようとしたところ、入り口付近で九州大学のA先生とばったり(*.*) 素敵な御主人と御一緒でしたので、おふたりで御旅行かと思ったら、御主人はお見送りにいらしたのです(*.*) A先生は、いつものように溌溂として、とってもエネルギッシュ。これからニューヨークにいる娘さんとフランクフルトで待ち合わせとか。インターナショナル!! かなり早めに中へ入り、飛行機の搭乗口前のソファで軽く(?)眠って...それでも時間が余ったので近くのお店を見たりして。ここには書店までありました。免税店は入らず、ふつうの売店でふとお酒の小さな小さなパック(升とセット)を買いました。以前、瓶を買ったら空港で割って、お酒の匂いはたちこめるしで悔しい思いをしたことがあったので、紙パックならと。これが正解。実は泊めてくださるところの御主人に前回タバコを頼まれて買っていったのをすっかり忘れていたのです。それで到着してから謝って、お酒を出したら、ちょっと機嫌をなおしてくれました(^.^) 直行便の飛行機では、ふつう飛び立ってしばらくしてからと到着前に食事が出るので、途中はゆっくりと眠ることができます。今回もそのつもりでいたのですが、各席にある液晶モニターで見ることができる映画のリストに、「ハリーポッターと炎のゴブレット」があったのです(*.*) そんな、そんな(T.T) これは見逃すことなんてできません(T.T) 眠かったのですが、頑張って最後まで(T.T) 終わってから3時間ほどぐっすり眠った後、またもや映画「ブラザーグリム」を。これも見たかったもの(^.^) これも頑張って最後まで(T.T) そうこうするうちに、もう食事の時間(-.-) 小平市の五日市街道沿いにも、マ・メゾン(私の家という意味のフランス語)の欧風家庭料理のレストランがあります。落ち着いたクラシックなたたずまい、料理も美味しいのはもちろん、落ち着いた雰囲気、値段も無理がなく、ボリュームもあって..... なので、ついでに御紹介を(^.^) ![]() 昨年の6月、K音大図書館で音楽文献目録委員会の仕事を終えた後、友人のHさんが車で送ってくださいました。ところが途中まで来たところで大豪雨!そこで、雨宿りを兼ねて(?)ちょうどそばを走っていたのでレストラン「マ・メゾン」へ。 折しも愛媛県の八幡浜直送の魚フェア中(^.^) 藤壺の家族は愛媛県出身ですから懐かしく、1週間後、妹の誕生日に、父や妹家族と一緒に出かけました。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 今回利用したのは、「マ・メゾン」(フランス語で私の家)という欧風家庭料理レストランが経営するホテル・レストラン。食事を楽しむのがメインなので、宿泊費は手ごろで、華美なところはありません。 残念ながら、HPがまだ工事中ということなので、またまた絵日記です(^.^; 夜のお食事が終わってから、凍えそうになりながら、寒い外へ出て写真を撮りました。 ![]() お部屋は、本館であればシックな別荘風なのですが、藤壺は妹と一緒に新館へ。ここはふつうのホテルかペンション風。寒いので水を出したままにしておかないと凍りついてしまいますという張紙がありました。 時は大晦日。本館のお部屋が1つだけとれたので、義弟と甥が占拠。そのかわりに、そこに皆が集まって、カウントダウン。久しぶりに紅白歌合戦などをチラチラ見ながら、焼酎などを飲みながら...(*.*) それでも午前5時に起床。合宿なみです(^.^; 朝食は9時になると食堂が暖まるということで、まだまだ時間があります。少し前の日記に書きましたように、富士山と初日の出を見るため、車でポイント地点に移動。ひたすら待ちましたが、曇り空。富士山も今年は雪が少なくて、暗い感じ(T.T) それでも、珍しい逆さ富士を見ることができたので、藤壺は満足でした(^.^) 朝食はふつうのホテルの洋食。泊まり客の差し入れの美味しい日本酒がお屠蘇がわり(^.^; 食後、荷物をまとめて外に出ると、外はもう明るくなっています。これなら、昨晩あんなに寒い思いをして写真をとらなくても(T.T) しかたありません。またカメラを構えました(^.^; ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 今年のお正月、藤壺は喪中ということで、何もしないことにしておりました。どこか温泉に行くとか、都心のホテルとか、ジルヴェスター・コンサートでカウントダウンとか....いろいろ頭の中では考えていても、やはりひとりでは寂しいような気がして(-.-) 妹も喪中ですから、家族でどこかにと考えていたようです。結局、部屋がとれた西湖のホテルレストランへ行くことに。そして大晦日の3日前にキャンセルで1部屋余分にとれるからと、藤壺を誘ってくれたのです(^.^; 西湖は、富士五湖のひとつ。以前、急に増水した事件で有名になったところです。でも、山の中で水辺だと寒いのでは(T.T) 何を着ていくのかが問題。やはり伊豆にすれば良かったなどと、出発前は心配でした。 そして大晦日のお昼頃に出発。高速道路(中央道)は帰省騒ぎが嘘のよう。渋滞もなくスイスイと流れてます。午後3時には、もう「道の駅なるさわ」に到着。さすがに風は冷たいのですが、空は晴れて、富士山がよく見えます。 ![]() 翌日は元旦。朝の5時半に起きて、富士山と初日の出の絶景を見ようと車で出かけました。人気のない静かな湖、目の前には富士山がくっきりと見えます。辛抱強く待っていると、あたりが少しずつ明るくなってきました。でも、でも、黒い雲はいっこうに消えてくれません。 でも、ほんの一瞬、山際明りて...(^.^; 期待させてくれたのですが、太陽は姿を見せてくれません。それもそのはず、この日の天気予報は曇り(T.T) そんな、そんな(T.T) でも、でも、考えてみえれば、藤壺ご一行さまは喪中なのですから、初日の出が見えなくても当然???(-.-) ![]() と、その時です。義弟が水辺に走っていき、すわって湖面をじっと見つめているではありませんか。どうしたのでしょう。何が起こったの? すると今度は、藤壺に向かって、「ほら、逆さ富士が」と言うではありませんか。まさか! でも、本当でした! さざ波が立っていた湖面が一瞬のうちに鏡のようになって、そこに富士山が映っているではありませんか\(^ o ^)/ ![]() ![]() この風景を見ただけでも、西湖まで来たかいがあったというもの(^.^) 凍てついて凛とした大気の中、湖面が見せてくれた一瞬の奇跡! 雄大な自然に触れただけでも、この1年を前進していくエネルギーが湧き出てくるような...。 その後ホテルに戻って、ひと眠り(^.^; 美味しい朝食には、宿泊客の差し入れという清酒のグラスまで添えられていました(^.^) 帰りにまた「道の駅」へ寄って、昨日から目をつけていた新鮮な野菜をゲット。 そして外を見ると、富士山が帽子をかぶっています。そのそばには写真ではあまりよくわかりませんが、渦を巻いているような気流の流れが奇妙な雲のかたちな形に(^.^; |
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