Diary 2001(その1)

1/8

『ブルー・ベルベット』を懲りずにまた最後まで観ちまった

これで5、6回目の鑑賞^^;俳優たちがすっかりデビット・リンチの描く極彩色の世界に毒されているのがなんとも面白くて笑えてしまう。圧巻はマイクがわりに懐中電灯を握ってロイ・オービソンの「In Dreamsを歌うオカマさん。光を自分の顔に照らしてウットリ歌うオカマの狂気じみた妖艶さが異様に悲しくて、デビット・リンチは案外このシーンがこの映画の山場と本気で考えてたかもしれない。虚と現実に板挟みされるときにスパークされる異次元な感覚。のちにリンチはこの異次元感覚を『ツイン・ピークス』というオモチャを使って子供のように遊んでしまう。

 

1/10

ピンク・フロイドの『おせっかい』をまわす。懐かしくも、なぜか振り返るのに照れが生じる我ら団塊世代の青春期。オーティス・レディング、ジャニス・ジョップリン、ドアーズのジム・モリソンなど、おいらにとっての音の神様たちが嘘みたいに次々と死んでいった。音楽を失ったがらんどうの耳穴に、かろうじて沁み透ってきたのがピンク・フロイドの「エコーズ」だった。まるで母胎の中でうごめく胎児をさらに揺さぶるような単純で強固なリズム音が、延々と鼓動みたいに叩きつけられてゆく。このような音が何故あの時、掛け値なしの癒しになりえたんやろか?

ジャニス・ジョップリン

 

1/12

*道化の華*


闇夜の星もとろけだす甘美な日記文をひそかに献上しようと意気込んではみたものの、相も変わらぬ酔人の戯言。しかし、たまたま御観覧下さった数少ない貴重な方々よ。これは決して絶望の言ではありませぬ。奇形じみたこの精神がお空に爪立てる目一杯の希望です。粗野で品格に欠けるわたくしが書き殴ったものですが、こぼれでる夢に泣きながらオウオウ唸って虚飾の街を歩いていく道化の華が綴った精一杯の落書きです。どんぞお暇のときにお立ち寄り下さいネ。

 

1/13


以前編集したベストソング・テープをウォークマンにセットして30分間のrunning。のっけはクラプトンが月に吠える雄犬みたいに歌う「Layla」、お次ぎは御大ボブ・ディランの「knockin`on heaven`s door」、

三番手はかつて映画『ラスト・ワルツ』で涙腺ぼろぼろになったたザ・バンドの「I shall be released」。このへんになると早くも状態はランニング・ハイに突入。スティーヴィー・レイ・ヴォーンの「Ain`t gone `n` give up on」が流れ出すと、もういけない。

心はすっかり夢うつつのお空の彼方。お好みの寂寥ソング集を聴きながらのランニングはコカインよりも魅惑的です。是非お試しあれネ。

 

 

1/14


40分の復活ランニング。BGMはロイ・オービソンのラスト・アルバム『ミステリー・ガール』。酒とニコチンで充満した体にひとつの小さな通気孔がゆっくり開いてきて、そこから宇宙の微風が吹きぬける。久しぶりに味わうビリッとした外気との交感。年の初め、復活の劇(リハリビ)はまずまずのスタートだが、なにせ怠慢の塊が息吸ってるようなこの身体。この「日記」を含めてどこまで続くか自信がない(トホッ)。

でもとりあえずは、足腰はランニング、大胸筋・腹直筋系統は水泳で、感性のしなやかさは春樹・龍・ばなな・詠美(カッコして太宰も加えとこう)たちの言葉によって、聴覚はブルース・ロック系によって、日夜育成鍛えて参ろう参ろう。


1/16


NHKハイビジョン・小柳ゆきライブ。こんなに若い時点で「世界でも通用する歌唱力を有する歌姫」みたいな名札をつけられて窮屈じゃないんかなぁー。けれど優れた歌唱力は確かなものでオジジ唸っちまう。末恐ろしやの歌姫間違いなし。しかし・・・しかし無念ながらこの子の歌で涙は流れない。異音域へ声がねじり移ってゆくときブレてしまう(特に高音から中・低音部へ移行するとき)。ブレるということは心の粘着が不足してるということ?年齢の問題なんかなぁー? ことにHarry Nilssonの名曲「Without you」を「熱唱」したとき観てて痛々しかった。このハートに声をとどかせるには、ゆきちゃん、まだ若すぎるわいな。(確かに無い物ねだり)

 

1/22


丸の内プラゼールにて映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』観る。震えが来ました。カラスさえ襟を正すほどの鳥肌もの。___。傑作を観たあとは暫く体が凍って失語の状態になるんです(^ー^)。内容はこれから観られる御方もいるはずゆえ語っちゃいけないですね。

とにかく凄まじい映像で心臓のど真ん中に強烈なカウンターがめり込んでくること間違いなし。だから体力があるときでないと映画館からの帰り道、まるで泡盛焼酎に身も心も犯されて腰抜けの状態になったような無残なお姿で、帰ってくることになる。まだ観てない人は御注意です(笑)しかし主演をはったアイスランド生まれのビョークという女性、タダモノではねえ。

 

 

1/23


NHK/HV「細野晴臣イエローマジックショー」。まぁ皆さん親爺になったこと!(おらも親爺になるわけや。トホホ)松本隆、鈴木茂は70年細野と結成した伝説のバンド「はっぴいえんど」の元メンバー。和製ボブ・ディラン(?)岡林信康が♪わたしたちの望むものは と歌っていたバックで演奏してたんも彼ら。ビートルズがアルバム『Let It Be 』で空中分解したあたり、「アンダーグランド」という怪奇な世界が成立していた不思議な時代が終りを告げる。或る者は地下で沈んだまま溶解していき、或る者は地上に這い出て練り上げた翼を空へ飛ばした。終わるものと始まるものがハッキリ目に見えた時代。しかしシーナ&ロケッツのお二人、お若けえ! 1/25

 

◆ ロジャー・ウォーターズへの届きようもない私信 ◆


こんばんは、ロジャーさま。東欧諸国の壁崩壊の頃ご当地ベルリンでぶちかました「ザ・ウォール ライヴ・イン・ベルリン」(90年)から10年後に敢行されたこの全米ツアーのライブ盤。心浮き浮きお尻フリフリで買い求めましたがイマイチ納得いかず(泣)。かつてギルモアと別離しピンク・フロイドから抜けざる得なかった鋭敏すぎる貴方の詩心は、現在どのような音域にその刃を突きつけているのですか?懐かしく優しいノスタルジアのお池にはまってる時間など音の錬金術師の貴方にはありえないはず。(人生は欠伸がでるほど長いかも。けれど振り返れば矢の如し)こんな筈じゃないはず。。

 

1/29


今日聴いたalbum:ビョーク(「ダンサー・イン・ザ・ダーク」主演の女性)の『TELEGRAM』
テクノ・ポップ系といっていいのかな。最先端の音楽器材や高度なメディア・テクノロジーを駆使して未知の音を手探りしている。現代のテクノ・吟遊詩人といった、なかなかの存在感。(坂本龍一教授を聴いてても同じ感想をもつんだけど)未知のほうに音を訪ねているようだけど同時に自分の内なる時間の河を逆に辿っているようにも聴こえる。シンセやPCで音のサンプリングやリミックスを繰り返しながら、魚のサケが生誕の地へ向かって河また河を遡行していくように、自分の「音源」を訪ねていっているような気がするなー。ちなみにビョークは荒木経惟の大ファンでこのアルバム・ジャケットは荒木撮影のものらしい。なんか微笑ましいね(笑)

 

1/29


昨日レンタルで観た映画『サイダーハウス・ルール』(99年・米) 

監督:ラッセ・ハルストレム 原作・脚色:ジョン・アーヴィング『ガープの世界』『ホテル・ニューハンプシャー』等を書いた小説家) ◇キャスト:トビー・マグワイア、シャーリーズ・セロン、(名優)マイケル・ケイン
心優しきヒューマン・ドラマ? だけど一味違う。いつも感心するが、海の向こうのヒューマニティって強靭なんだわなぁ。ヤワじゃない。相当鍛えられてる。吹けば飛ぶよな日本の(大方の)お嬢ちゃんヒューマニズムとは訳が違う。たとえば、毒あるもの・邪悪なものを初めっから異物扱いして簡単に排除なんかしない。むしろ自分たちの心身を構成している不可思議な部分として、ハッキリ見据えて課題のうちに取り込んでいる。けっして水で薄めたような「愛」と「涙」を押売りしないし、それで済まそうともしない。そんなヤワなやり方が商品に繋がるなんて信じてもいない。おお 日本映画よ、そなたは何処にゆく? 北野さん、がんばってぇ。。  

 


2/2


いま後ろで流れてる曲 「You've Lost That Lovin' Feeling」(邦題「ふられた気持ち」)By Righteous Brothers 。

映画『ゴースト ニューヨークの幻 』(90年)のテーマソング「Unchained Melody」を歌っているのもライチャス・ブラザーズ
高2のころクラスメートのお薦めで聴いた彼らのアルバムは当時純粋無垢で多感だった美少年(??)をすっかり恋の奴隷にしてしまったです((笑)←苦しい )「恋をするためだけに俺は生まれてきたんだ」と本気で思ってたので 体の隅々まで染み透ってくる彼らの甘くせつない絶妙なハーモニーは 戸惑うペリカンみたいに右往左往する情けな い片思いを 熱き現実へと向かわせるまさに天使の応援歌だったス。いま、恋心などとっくに凌駕し、人の恋路をニッコリ笑って眺めている悟りの境地に達っしていたと思ってたこのオジジ。おお なぁんて素敵な曲なんじゃろぅ 。人間、そんなに変わりえるものじゃないということ? とほ。。

 

2/4


今日観た映画『グラディエーター』(レンタル)監督:リドリー・スコット『エイリアン』『ブレード・ランナー』『ブラック・レイン』など)キャスト:ラッセル・クロウ(『L.A.コンフィデンシャル』)、アウレリウス皇帝役がよく見ればナント!リチャード・ハリス!
面白がったぁー 大ローマ帝国を舞台に血潮飛び散る壮絶な大スペクタル巨編。この種の歴史物のスペクタル映画って少しでも手を抜くと子供の真似事に終わって失敗するんよネ。でも、さすが名匠リドリー・スコット!『ベンハー』にはチト及ばないけど、それなりに重厚な見応えある娯楽作品に仕上げちゃった。昔からこのリドリーちゃんの映像感覚が好きでタマランの。『ブレード・ランナー』の廃墟じみた近未来都市映像、『ブラック・レイン』の世紀末的カラオケ・クラブのシーンなど。劇画調には違いないけど空想をリアルに感じさせるのはこの監督の力量です。でもあんな凄まじい男、古代ローマには、おったのね・・・(反省)

 

2/6


いま後ろで流してるalbum:『THE KOLN CONSERT』BY KEITH JARRETT
時折無性に聴きたくなる音がある。キース・ジャレットJAZZピアノもそのひとつ。その華麗なピアノテクから飛翔される美しい旋律にきっと天神さまも脱帽ですわ。風のように自由な音操り。次々と未知の扉を開け放ちスリリングに乱打されるピアノタッチ。このアルバムは当時の西ドイツの古都ケルンにて行われたソロ・ライヴで最後までキースの孤独な即興が続くが弾き飛ばされた音たちはチットモ孤独感をもたない。楽しそうに踊っとる。これだけ気持ち良く弾き飛ばされたらピアノの音たちも幸せやろうなぁ。99年秋、念願のライヴを観にいったけど彼は気持ちが高じると腰が浮いてきて立って演奏しだす・うめき声を上げる(笑)カッコえがったぁ 


2/10

いま後ろで流してるalbum:『勝訴ストリップ』By 椎名林檎 

目クソ鼻クソを笑うみたいな新旧対立の思想劇など何の役にも立たないし、進歩的と名乗る人間は例外なく整理癖のあるヒステリーで、鬼の首でも獲ったように社会の魔女狩りにうつつを抜かしてる。脳軟化気味の倫理規範はいつだって現実より一周遅れで見当違いのタガをはめに来るし、「恋人」でさえ「わたしたちの恋愛」をカテゴライズしてくる。たとえばこんな阿呆らしい風景に、嫌気がさしてる女の子がいたとして、そしてその子が剥き出しの自分を音の渦中に放り込んで唄いだしたなら、やはりこんなalbumをつくっちゃうんだろうなー。林檎の出現は不可避と思う。(いちばんのお気に入りはやっぱり「罪と罰」)

 

 

2/14


いまWOWOWで観おわった映画『チャック・ベリー ヘイル・ヘイル・ロックンローク』(87年)

ロックンロールの創始者のひとりチャック・ベリーの60歳誕生日記念コンサートを中心に映したドキュメンタリー。クラプトンやストーンズのキース・リチャーズなどがゲスト。
黒人ロックンロールが猛威をふるい米当局が恐れをなし放送禁止にした時代が50年代にはあって、その中軸にいた一人がチャック・ベリー。場末の酒場で交わされるような口説き文句や嘆き節を荒っぽくもハートフルなロックンロールのリズムに乗せちゃう手腕は、さすが大御所!当時の白人にとって恐怖の的になるのも頷ける。チャックが、自分の曲のカバーがビートルズやパット・ブーンの声で流れたのを初めて聴いたとき「時代の流れとはいうもんの、なんて甘っちょろいんだ」という感想を持ったという(笑)。タフで荒々しい彼の音からすれば「お子ちゃま」リズムにしか聴こえなかった、そんな気持ちが解るような気がする。

 

2/20


ただいまTVでながしている映像(VTR):NEIL YOUNG & CRAZY HORSEのライヴ『WELD』(91年)
彼らの歪んだ音響やギターノイズが、ちっとも歪みや煩さを感じさせないのは何故か? それはね、僕がニールとクレイジーホースの野郎どものフアンだから(笑) これじゃ身も蓋もない物の言い方。でも好きなものは、なかなか正確な評を与えることが出来ない。言葉の不足を過剰に感じてしまって、なにか零れ落ちているんじゃないか、その零れ落ちは致命的なんじゃないかと、結局は黙ってこのライヴを堪能しているしかない(泣) しかしまぁ  ニールがその怪奇的な面構えから汗吹き出して巨漢の体を恐竜のごとくに揺り動かしギタープレーする姿はいつもこのオジジを感涙させるのです。

 

2/24


22日に放送された(WOWOW)『グラミー賞2001』で気になったアーティスト。まずはメイシー・グレイ(「I TRY」)という黒人女性シンガー。レコード・オブ・ジ・イヤーはU2に掠われてしまって非常に可哀想 。声の絞り方がいい。おいら好みのカスレた声。なにかに板挟みになってて、そこから傷ついた夢が擦れた声で這い出てくるみたいな歌い方。羽ばたきたくても羽ばたけない、でも体はウズウズしてるみたいな哀しげな主調音。一曲しか聴いてないけど買ってみたくなるalbum。もう一人、気になった御方がいましたので下へ続きます。

もう一人はalbum『The Marshal Mathers』が米で700万枚突破したエミネムという話題騒然のひと。グラミーではエルトン・ジョンと当たり障りのない曲(「Stan」)をデュエットしてましたが、このラップシンガーの真価はそんな生易しいお花畑に咲いてはおらず。ネットでこの人の歌詞翻訳を探して読んでみたけれど、とにかく「アメリカン・ドリーム」というものが完全に終わりを告げたなぁと実感してしまうくらい歌詞が「病態・狂態」に満ちている(笑)。歌というよりアジテーションっぽいメッセージに近いので、おいらのような英語ダメ人間には聴いてても面白くもなんともない(泣)

 

3/5
いま後ろで流してる new album:『REPTILE』 By Eric Clapton  


「チェンジ・ザ・ワールド」で97年度グラミーを獲得したあと砂糖菓子のかたまりのようなアルバム『ピルグリム』をつくり、そのあとB・B・キングと後ろ髪を引かれるように、やっぱり好きで好きでたまらない泥んこのブルース・ワールド「ライディング・ウィズ・ザ・キング」を口直しするみたいに発表。そして今回リリースしたのが現在の極めて微妙なクラプトンのスタンスが窺える「渋味」と「甘美さ」が危なげに配合されたこのアルバム。でも決して損はさせない上々のデキ。レイ・チャールズなどのカヴァーを気持ち良さそうに歌ってる。クラプトンいまだ健在を思わせたのが「SUPERMAN INSIDE」。やっとこさ彼の荒々しさが息を吹き返してきたです。

 

 

3/7


album:『On How Life Is』 By メイシー・グレイ (2001年度グラミー賞で初めて目撃)
この黒人シンガーの本領はやっぱりこの皺枯れた声。彼女の地を這うような枯れ声が甘くせつないロマンを熱っぽく歌いだすと、根っからの枯れ声好みの僕の聴覚は鼓膜に涙さえ浮かばせ嬉しがるのです。聴いていると何故か、まるで婆ぁさまが少女みたいに頬を赤らめ遅すぎた恋を浮き浮きしながら告白しているという、まだ30前の彼女にはまことに失敬な情景が浮かんできます。これがデビューアルバムとなった遅咲きのR&B系の歌い手(僕はジャズシンガーと思いますが)。ジャズボーカルがお好きな方にはお薦め盤です。唯一不満に思えたのは音楽ジャンルを超越することを意識し過ぎたためか曲によってはバックの管弦楽がちと出しゃばりすぎ。

 

3/15


Bob Dylan and His Band 2001 Spring Tour at 武道館 (March 14, 2001)

当日のセットリスト=1.Duncan And Brady 2.Mr. Tambourine Man  3.Desolation Row  4.Stuck Inside Of Mobile With The Memphis Blues Again 5.Tryin' To Get To Heaven  6.'Til I Fell In Love With You 7.Mama, You Been On My Mind 8.It's All Over Now, Baby Blue 9.Tangled Up In Blue 10.Not Dark Yet 11.Cold Irons Bound 12.Rainy Day Women 13.Love Sick 14.Like A Rolling Stone  15.If Dogs Run Free  16.All Along The Watchtower  17.Knockin' On Heaven's Door 18.Highway 61 Revisited  19.Blowin' In The Wind

 
おそらくミュージシャンも物作りの場面にて、実績も権威も習得技術も無効とされる、「丸裸の自分」に直接向き合ってしまう時間があるにちがいない。そしてその時の丸裸の自分はそんなにカッコイイものじゃない。もしそのミュージシャンが実績・権威・習得技術の上に胡坐をかかず、その打ち震える丸裸の自分に絶えず音を与えようとしたとき、たぶん彼は知らぬ間に「現在」の音域に触れていることになる。これがボブ・ディランの音を古びたものにさせない理由なのだろう。どんなにきらめいていても美味しそうでも今の「丸裸の自分」にそぐわない音は全部捨てる。でなければ彼にとっての音楽はその意味を無くすからだ。

彼は停滞するという恐さをよく熟知している。「一度やったことは二度とやらねえ」みたいな意地がべったり張りついている。ライブでは原曲が何なのか解らないくらいアレンジを代えてくるが、とくにラストの「Blowin' In The Wind」などはコーラスが入るまで曲名が判断できなかった。「Knockin' On Heaven's Door 」の時はさすが涙腺決壊。でもそれは決して懐かしさの涙じゃなく、今年60歳になるディラン自身のその老いと、老いていく哀しみと、けれど「まだ、いける」という意欲を、まるごと名曲「 Knockin' On Heaven's Door 」にぶち込んでいくディランの「いま」に、つい泣いてしまったのでした。

 

3/18


レンタル鑑賞した映画『ザ・ハリケーン』
監督:ノーマン・ジュイソン(好きな作品→『シンシナティ・キッド』65’『夜の大捜査線』67’『月の輝く夜に』87’)主演:デンゼル・ワシントン

怪物ボクサーのルービン・'ハリケーン'・カーターの実話である。1966年に発生した殺人事件の容疑者として逮捕され人種偏見者の刑事の仕掛け罠にはまり終身刑の囚人として20年間の投獄生活を余儀なくされちゃう。観て損はないです。知性派を無理なく演じられる黒人男優が二人います。シドニー・ボアチエ(夜の大捜査線)とこの映画のデンゼル・ワシントン。この二人の魅力をさらに揺さぶって磨き上げた名監督N・ジュイソンの手腕はお見事と言うほかない。最終判決を言い渡す判事役にロッド・スタイガーが登場してきた時やボブ・ディランが当時ルービンの釈放を訴えるのに作った「ハリケーン」が劇中で流れた時、僕ちゃん飛び上がって喜んだぁ。

 

 3/22


←ブコウスキーの生命のネジを巻き上げていたものに「書くこと・酒・女・競馬」があったが、晩年MacintoshのPCがそれに加わった。この酔いどれ作家がMacと戯れている姿はかなり微笑ましい光景だ。彼の言語感覚とMacの気まま感覚はとてもよくミットしてる。ところで老朽化していた僕のMacがいよいよ瀕死状態。換えどきには違いないが、さぁ 迷っている。Win系システムがネットワーク網を制覇しており、ゆえにMac系がいたるところで不具合の泡を吹き出している。この事実は動かし難い。かといって林檎姫を捨てるには忍びない。

スティーヴ・ジョブスよ!心踊るスーパードリームマシーンを作ってくれぇ 。すれば哀しみの転向切符を切らずに済む。

 

3/26


林檎をかじると血が出ますの世界と、窓を開ければ港が見えるの世界のどちらかを選ぶとしたら、あなたはどちらに触手が動きますきゃぃ?

ものの深層を訪ねてゆくには多少の出血も覚悟しなくちゃならないし、魅惑的な彼方を探り寄せるには少なくとも窓を開けないと始まらない。ぼくは数日間、昼下がりの団地妻のように悶絶し悩み果てたあげくに、欲張りではありますが、どっちも手放さないことを決めました。Macintoshのロック魂はやはり捨てがたいし、新参者のWindowsはウナジの綺麗なバイオちゃんで、未来の音つぶてたちへの最良の水先案内人になりそう 。林檎をかじりながら窓辺に佇むっちゅうのは、ちょっとした贅沢。。

 

3/30


バイオ奮闘記・その一。この小娘は歳に似合わず几帳面で執拗なほどオイラの操作の行方を訊いてくる。「これで、いいの?」「それすると厄介なことになるよ」等など・・。初心者にとっては慈愛溢れる親切心に違いないが、林檎マシンのダイナニズムに彩られた大胆不敵な操作性に慣れていたオイラには、ちと口うるさい小姑に思えてくるのれす。確かに年中無様な失神(システムエラー)を繰り返す林檎ちゃんの幼児性も困ったもんですが、一点の曇りも僅かなエラーも許さない、潔癖さだけが自己目的みたいな、変に大人びた窓マシンもイマイチ遊び心が足りない。めざすはバイオの心臓部、コントロールパネルをいじりにかかる。