太陽を待ちながら 〜 Hello, I love you. いやぁ、もうね、寂しいですな。まったくもって物悲しい。ポカポカと暖かい日差しを浴びてなお寂しい。縁側でかき氷を食べながら風鈴の音色がさらに物悲しい。冷たい風に舞い散る枯れ葉がまた侘びしい。木枯らしとともにチラチラと降り積もる細雪が案の定うら寂しい。
夜明けから夕暮れまでが寂しい。月明かりの夜が寂しいし、明けの明星の淡い光がまたなんとも寂しい。それでいて東へ旅立つまだ幼い鳥たちが寂しいし、西から吹く季節風もまた寂しい。つまり大陸から大洋まで寂しい。しかも北斗七星から南十字星までが寂しい。あろうことか太陽の汗から月の涙まで寂しい。当然ゆりかごから墓場まで寂しい。あぁ寂しい寂しい。 最近は「さよなら」を言うことが流行っていて何とも寂しいかぎり、思わず「ニコラス、おまえもか!」と心の中で叫び、震える手でシケモクを口に運びながら、どんよりした梅雨空を見上げる朝。 粘りつく湿気とはうらはらに、涙さえこぼれぬような乾いた心象風景は、殺伐としたアスファルトかあるいは荒涼とした砂漠がどこまでも続くだけの昼下がり。 すべてがもう終わりを迎えているのではないかと感じて、もはや魂は蛻けの殻、進化のどん詰まりで途方に暮れるしか手がない夕暮れ。 ふぅーっ・・・。 そうは言っても、「さよなら」と同時に踵を返し、そしらぬ顔で「こんにちは」と言えるのがヒト科ヒトの生き方。つまり、ヒトが「さよなら」を言うとき、そこにはすでに「こんにちは」が今か今かと飛び出しかけているはずだし、またヒトが「こんにちは」と言ったとき、あたりにはまだ「さよなら」の余韻が名残惜しげに漂っているもの。「さよなら」と「こんにちは」は実は表裏一体、本来ならば同時に言うべき言葉なのです。 そうと決まったらオチオチ寂しがってはいられません。侘びしいなどとこぼしてシケモクなどに手を伸ばしている場合ではないのです。2.0になり損ねた(いや、2.0への夢が完全についえたわけではないのですが)この「open minded」も今までどおり1.xの姿のまま、新たな地平に立つことができるかもしれない。いや、きっと到達してみせる。太陽を待ちながらも、7月には必ず、Hello, I love you. と笑顔で言ってみせる。 「.MacはまもなくMobileMeになります。」 さてと・・・。 実はわたくし、一昨年に「BlogMe」というブログツールの出現を予言しています(「あいまいな私のブログ 」2006.10.19)。 今でも、この MobileMe の標準ツールとしての、まだ見ぬ「BlogMe」を待ちながら、Hello, I love you. と歌っているのです。 Posted: 月 - 6 月 30, 2008 at 03:38 午前 |