よごれた顔でこんにちは。キミ元気かい? 僕は気にしなくていいのさ


 あなたがもし地球上にお住まいで、なおかつ日常的に二足歩行で移動する種族に属しておられるなら、歩行という行為が身体を左右に揺らして行なうものであることにお気付きのはず。体重移動するあいだに身体が倒れてしまうのを食い止めるため、しかたなしに足が前に出てしまうものであるということ。

SONOMONO

 asmの作った本が送られてきて第一に思うことは、こういったいわゆるリトルプレスに対して、まず敬意を表するということ。敬意を表するなどと偉そうにひと言で片付けてしまったけれども、これは本当に並大抵の努力では出来ない仕事です。今から20数年前に、CPUとHDDを内蔵した(つまり立派なコンピュータであった)レーザーライターという装置が市販されて以降、デスクトップ・パブリッシングというムーブメントが沸き起こったのだけど、それでもある程度のクォリティで製本することは今でさえ難しいはず。

 そうは言ってもリトルプレスの醍醐味というものがやはり存在していて、それはデスクトップ、いや今はむしろラップトップ・パブリッシングとも言うべき身軽な制作現場で編集・デザインが出来ること。身を削る労力と引換えに、その醍醐味を堪能できるのは幸せといえるでしょう。

 もちろん個人的な関心事をどうやって一般化するかという大難関を乗り越えていると断言は出来ないし、デザインについてもいわゆるポストモダンのショウケース的な習作というべきかもしれません。オムニバスながら一冊通してのトータルコンセプトである「Rhythm」というキーワードも一般普通名詞として昇華できているとは言えないかもしれません。

 それでも、未刊を含めた全巻を通しての「SONOMONO」という単語がいつか、個人的なだけの意志ではなく、体重移動に伴うヒト科ヒトのしかたなしの必然的な一歩前進であることに気付く時が来ると思うのです。それはちゃんとこの本の表紙に現れていて、おそらくasm自身のものであろう、一瞬たりとも留まっていないその手を、自分自身で信じていることが表現されているから。しかたなしに、必然的に動く作り手としての自分の手を信じているという表明であるから。

 さてと・・・。

 一方、このわたくしはというと、この数年のあいだ、まったくもって安易な手法、つまりジ・インターネットという実際はローカルなネットワークのワールドワイドウェッブ上に、iBlog などという一見お手軽なツールを使ってニセブログを作り、その場の思いつきだけの駄文を書き散らしてきて、これが結局のところ、自分にとってのしかたなしの歩行であったわけです。一種のリハビリテーション。

 ところがその安易な行為さえも、とうとう一カ月以上もあいだを開けてしまうというという体たらく。相変わらずイヤフォンを耳穴に突っ込んでダラダラ暮らす日々。
 たとえそこに流れる音楽が最高の音楽であったとしても、つまり手に汗握るインタープレイ、絶妙のアンサンブル、高揚するオーケストレーション、そしてまた時には、ヒトはどこから来てどこへ行くのかと思わず空を見上げて涙し、あるいは、さぁ一歩ずつ地面を蹴り出せと力がみなぎるというような抒情性あふれる音楽、そんな20世紀最高の名曲、Don Cherryの「Teo-Teo-Can」であったとしても、それでもコーヒーカップ片手にぼんやりとタバコを吹かしながら腰掛けて、日が沈むのをじっと見つめているだけ。

 ふぅーっ・・・。

 あなたがもし地球上にお住まいで、なおかつ日常的に二足歩行で移動する種族に属しておられるなら、三つ以上のタイヤで移動する自動車にはそれほど興味を持たれないはず。
 タイヤを三つも四つも使うそんな過保護な乗り物なんて、二足歩行も億劫になり、日が沈むのをぼんやり眺めているだけのデスクトップ・パブリッシャーか、あるいはその足が弱体化してヒレや尻尾ほどの役割しか果たせなくなった進化のどん詰まりに腰掛けてタバコを吹かしている生命体の専用物。

 体重移動するあいだに倒れてしまうのを食い止めるために駆動するしかない乗り物、止まったら倒れてしまうような乗り物、そしてヒト科ヒトがその足で支えてやらないと絵にならない乗り物、つまり二輪車こそが二足歩行する動物にふさわしい。
 たとえ走る道がこの先どん詰まりであろうとも、あれこれ面倒なツールに手を焼こうとも、つまり、ドットマック・チャンネルが残り期間わずかになろうとも、そして相変わらず手のかかる iBlog にうんざりさせられようとも、それでも体重移動するその瞬間の感覚は忘れてはいません。バックアップはかろうじて保存されている。バランスを崩す直前のアクセルワークでこのブラインドカーブもクリアできるはず。

 そうしてそのカーブの先で立ち止まり、何食わぬ顔で歌うのです。よごれた顔でこんにちは。キミ元気かい?と。つまりこれは何よりも大切なことだと思うのだけど、行間からしかたなしにこぼれ出てくるノイズというもの。
 「ノイズまみれの僕は気にしなくていいのさ、ホコリ風が吹いてたし、汗びっしょりなのさ。でもいつかわかってもらえるさ」と歌うこと。それこそがリトルプレスを作ることそのもの、SONOMONOだと思うのです。

Posted: 土 - 6 月 28, 2008 at 02:15 午前      


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