信憑性 このところのマスコミ・・・つまり三流現代詩とも言えるようなもったいぶった回りくどいテクストがご自慢のニュースサイトや、思わずコマンドプラス(or
マイナス)したくなるフォントサイズの新聞・雑誌などの紙製媒体、それから歌劇「キャッチ22」(そんな歌劇が存在するのかどうかまったくもって不明なんだが)の登場人物みたいな出演者たちが声高・居丈高にスタジオを所狭しと動き回るだけのニュース報道ショウ番組、そして物事をあまりにも深く掘り下げすぎて地球の反対側に出てしまい、えへへと照れ笑いを浮かべているといった風情の論評誌やドキュメンタリー・ショウ番組などなどのことですが、そんなマスコミの最近の重要キーワードのひとつに「信憑性」というものがあります。
「いま、オマエが並べたマスコミに対する皮肉を、そっくりそのままオマエのブログに突き返してやるぜ」とお思いのあなたに対しては、両手を高くあげながら「ごもごもごもごもごもっともー」と爽やかな笑顔でお迎えしたいヤマタツです、こんばんは。 まずはこちらのニュースを。 「有名ブロガーの情報の信憑性は知人・友人よりも低い」(2007.2.23/CNET Japan)このCGMってのは、個人が情報発信できるサイト(Consumer Generated Media)ってことで、個人ブログとかSNSとかを指しているんですが、なんつぅか、無能なマーケ屋がすることがなくて退社時間までの暇つぶしに調べそうな題材でありまして、「自分が知っている人のことは信用しやすい」というヒト科ヒトのよく知られた習性、ごくごく当たり前の習性を今さらながらに繰り返し述べているだけですな。 一次情報云々とか論評がありますが、重要なのは、その有名ブロガーがどれだけ権威のある書き手かということでして、その権威の高さ(ブランドの強さと言い換えても可)の度合いがある地点以上になると、信頼度は友人よりも高くなるはずです。権威というのは社会的な権威ではなく、受け手個人の中での権威ですよ、念のため。 これはブロガーに限らず、例えば、同じことを深夜番組で三流お笑いタレントが言うのと、ゴールデンタイムに人気度ナンバーワンの名俳優なんかが言うのとでは、信憑性は明らかに違うわけです。顔中シミだらけのうえに無精ヒゲ、怪しげなブードゥー・サングラスに薄汚れたジャージ姿のマッドサイエンティスト風貌の(自称)科学者が「地球温暖化は免れませんぞ」と警告するのと、アイビーリーグで地球物理学の博士号を取得して惑星科学界に貢献し続けているツルリとした役者顔の若き元政治家なんかが、一年中適温に保たれた温水プールでくつろぎながら「地球は今、危機に瀕しています」などとリポートするのとでは、その信憑性といったらまったくもって雲泥の差。(どっちもどっちですか、そうですか) 一方で、穴の開いたボロボロの白衣を着ていてちょっと一般常識に欠けていると思われる老いぼれ科学者風情が、時には真実を言い当てているということを、視聴者はあらかじめ映画やドラマなんかで「知って」いるので、ニュース報道ショウ番組なんかでは、これから公表しようとしている情報の信頼度アップのために適したキャラクターである老教授を無理やり引っ張り出してきたりすることもあります。 つまりね、信憑性とか信頼度といったものは送り手によって人為的に作られるモノであるということです。視聴者は自分の理性が信憑性を測っていると勘違いしていますが、信憑性も信頼度も相対的なものですね。したがって、怪しげな情報や信憑性の低い情報(これが当て馬だったりするわけだ)がすぐそばにあると、本命情報が俄然、信頼度アップしたりもするわけです(もちろん道連れにされて、もろとも沈没ってこともあり)。 さてと・・・。 不思議なことに、いや別に不思議でもなんでもないんですが、例の捏造報道以降も納豆を食べ続けると痩せると信じている人が未だに存在します。しかも赤坂にあるTV局の社員ですよ、お台場ではなく。 彼の情報に対する信頼度の基準が一風変わっているのかもしれませんが、どちらかというと「信じるものは救われる」といった信念が彼をそうさせているように見えます。「大好きな納豆を食べ続けると、こんなに不健康に出っぱった腹もへこんで健康的に痩せることができる」という信念。 必死の形相で納豆をかき混ぜている姿は、まるで断食に耐えながら写経する修行僧のようだというもっぱらの噂ですが、納豆をかき混ぜている現場にはあまり近づきたくないのでこれは未確認。 彼曰く「情報というのはほとんど常に、高い信頼を勝ち取ることを期待されて発信されているけど、一旦これが信用するに値しないと判断された場合は、裏通りに放置された自転車の錆びついたカゴの中に、泥水のようなコーヒーが飲み残された空き缶と一緒に放り込まれるわけですよ」。 まったくもっておっしゃる通り。つまり、不正だとされた情報というのはいくら、間違いでしたすみません、と三人揃ってせーので深々と頭を下げられても、きれいさっぱり抹消されずに、別の誰かが拾えるところに無造作に捨て置かれるわけです。そして忘れた頃になって、急に日の目を見たり、新解釈という名のもとに復活したりすることもあるのです。 もしかしたら、いつかあなたの知人・友人が、あなたの納得できるような科学的データを携えて、信憑性の高い「新・納豆ダイエット法」をブチ上げるかもしれません。 ふぅーっ・・・。 やっぱり事あるごとにこのブログのキャッチフレーズを書かなければなりません。そしてこれはこのブログだけでなく、おおよそ世界中すべてのブログ、いやむしろ、世界中すべてのメディアのキャッチフレーズになるかもしれません。 渾沌のカテゴリ、迷走するアーカイブ、破綻寸前のエントリ、まったくもってシンプルな配信。 お決めになるのは読者の皆さま。すべては読者の自己責任。 ご幸運を! Posted: 火 - 3 月 6, 2007 at 01:22 午前 |