瞳の奥で


いやぁ、もうね、眠たいですな。まったくもって欠伸ばかりだ。いくら寝ても眠いですよ。毎日12時間以上寝たいくらいに眠い。つけめんに黒胡椒をたっぷりとふりかけたいほど眠い。新宿御苑の年間パスポートを作っていただきたいくらいに眠い。
やっぱり意味不明ですか。あぁそうですか。

でね、このブログでは「見た五つ」というのをやっていて(「五つ」カテゴリ参照。でも最近すっかりサボっているんですけどね)、これはその日印象に残った五つのものを書き出すという単にそれだけの作業です。目に留まったものをメモに書いておいて後で五つ選ぶんです。
目に留まったと言っても「見る」という動作自体は、実は非常に能動的なものですよね。「見る」ことを含めてヒトの知覚ってのは思われているより人工的なものなんです。つまりね、ヒトが自分で見ている「世界像」は実は、今までの経験から得られた記憶の標本によって人工的に合成されたものなんですわ。

「見る」というのは一体どういうことなんでしょうか。ヒト科ヒトの瞳の奥では一体何が行われているんでしょうか。
第一に、目というのは、独立した器官というよりも脳の一部といえます。脳が頭蓋骨に開いた二つの穴から外側へ突き出した部分を「目」と呼んでいるんですな。さらに脳を覆っている硬膜に開いた穴が瞳(黒目)の部分です。白目部分はその脳を覆っている硬膜の一部です。
目の裏側にある網膜には光受容体の層があり、網膜の中心部に行くほどたくさんあります。ただしさらに後ろにある視神経の束が伸びている部分には光受容体がありません。ヒトの視野に盲点があるのはこの所為です。
光受容体は網膜の中心部に密集しているため、中心窩で捉えれば高解像度フルカラーで見ることが出来ます。
(あ、以前、有袋類のクワッカワラビーもフルカラーを見分けられるそうですよぉ、という紹介をしましたな。参照「カンガルーはTシャツの色を見分けるか」4/9/2005)
逆にヒトの視野のうちで中心部分以外は、意外と解像度が低いので、眼球をしょっちゅう高速で動かして(毎秒3〜5回と言われています)、興味の対象物を中心窩で捉えようとします。いわゆるサッケード運動です。
 人間の眼が1つの注視点から次の注視点に素早く移動する運動(飛越運動)のことを、サッケードという。私たちは物を見る時、平均約300ミリ秒の固視(1つの注視点に留まること)と数十ミリ秒のサッケードを繰り返して外界の情報を処理している。サッケードは非常に高速であり、移動中の視覚像が意識されることはない。
 約210°ある人間の視野のうち、詳細な情報処理をできるのはほんの数度である。そこで対象となるものをサッケードによって視野の中心に持ってくる必要がある。ほとんどのサッケードは15°、読書(日本文)の時は2〜3°(3〜4文字)である。また、視野を制限してサッケードを起こしづらくした場合、その対象物の形は把握できないことがわかっている。
Vocab(Takashi Tachibana)-サッケード」の項より
サッケード運動時、つまり注視点が移動している間は視覚信号は抑制されています。運動が始まる直前に遮断されるんですわ。つまり一秒間に3〜5回、ヒトは網膜で光を捉えているにもかかわらず、視覚信号は脳へ送られないんです。自分の顔を鏡で見ながら視線を動かしてみても、眼球の動きを「見る」ことができないのはこの所為です。

ヒトは盲点やサッケード運動、狭い高解像度域等々のおかげで、ふだん自分で思っているほど世の中を「見て」いませんな。かなりの情報を自分がすでに知っている記憶の標本から得ているんですわ。そしてそのヒトの記憶標本というのは、まったくもって偏見に充ち満ちていて、数多くの錯覚や誤解の元になっていますよ。そして錯覚を補正しようとすればするほど、誤解を解こうとすればするほど、さらに注意深く見ようすればするほど、眼球をさらに微動させてしまい、補正しきれなくなった脳みそはまた新たな錯覚を生む・・・。
モダシンさん[Modern Syntax:動いて見える1枚の画像]経由
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元ページはここ「北岡明佳の錯視のページ

いやぁ、もうね、ますます眠たくなってきましたよ。やっぱり眠たい時には無理せず素直に目をつぶって寝てしまった方が得策かも知れませんな。ふぁー。

Posted: 木 - 4 月 20, 2006 at 05:09 午後      


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